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2026.06.26
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報徳論


問うていわく、
先生の道は推譲をもって主と為すとは何ぞや。
いわく、
人として一日も推譲なければ、人倫の道立たざるがゆえなり。
いわく、
人世五倫五常礼楽刑政をもって立てり。
何ぞ推譲のみを主とせんや。
いわく、
五倫五常も推譲にあらざれば行われず、礼楽刑政もまた推譲によって行わる。
いやしくも推譲なければ掠奪争闘紛乱生ず。

何となれば、推譲は人の道なり。
争奪は禽獣の行いなり。
上古神聖いまだ興らず、人道いまだ立たざる時は、人の人たるもの、鳥獣とあい去る遠からず。
それ禽獣の性や、終日区々として飛走し、食を求め、生を養うのみ、父子ありといえども父子の親しみなく、夫婦ありといえども夫婦の別なく、兄弟ありといえども長幼の序なく、朋友の信なく、また君臣の道なし。
ゆえに年老いて飛走するあたわず、他のために害せらるるも、あえてこれを救助するの行いなく、疾病に苦しむといえども、かってこれを哀れみその病を治するの心なし。
専ら己の口腹を養うのみ。

朝(あし)たより夕べに至るまで食を求むれども、その求むる所、終日の食のみ、
かって貯蓄の慮りなし。

かつ他より我を害し、食となさんとするを恐れ、キョウキョウとして常に憂苦を懐き、周年の間、一刻の安きを得ず、人として禽獣と群れをなし、禽獣の行いを免れざれば、掠奪残害憂苦痛嘆止まず。
あに哀しまざらんや。

天照大神(あまてらすおおみかみ)、蒼生のかくのごとく、浅ましき困苦を深く嘆かせたまい、推譲の道をもって、豊葦原を開き、安国(やすくに)と平らげたまう。
その初め、わずかに数頃の田を開き、秋実を来歳に譲りて開墾し、年々歳々推し譲り、開かせたまい、ボウボウたる原野、漸く開田となり、津々浦々に至るまで、限りなき米粟器財を生じ、終に豊穣安楽の土地となしたまうもの、推譲の致す所なり。
万民飢えず寒(こご)えず、衣食足ってしかして後、教うるに仁義五倫の道をもってす。
ゆえに民の教えに従う。
川流の海に帰するが如く、君臣義あり、父子親あり、兄弟序あり、夫婦別あり、朋友信あり、掠奪貪戻の風一変して、推譲温厚の道行わる。
ここにおいて、君は臣に譲り、臣は君に譲り、父は子に譲り、子は父に譲り、兄弟互いに譲り、夫婦あい譲り、朋友ともに譲り、彼はこれに譲り、これは彼に譲り、礼儀正しく、貴賎和睦し、生財日々に豊かに、貯蓄余りあり、家々足り、戸々給し、士農工商おのおのその業を勤め、その生を楽しみ、また更に災害貧困の苦あるなし。
昔し掠奪して一日の安息を得ざるもの、今は推譲によって、幸福安楽の民となる、大なるかな、譲道や。
然らばすなわち富国安民の道、何をもってか推譲に加うるものあらんや。
然して独り我が朝の開けしのみ譲道によるにあらず。
およそ天地間万国の興廃も皆然り。
それ漢土開闢より幾千歳の間、人道いまだ立たざる時に当たりては、なお我が国の上古のごとし。
伏義(ふうぎ)・神農・黄帝・堯・舜生まれ出でしより以来、譲道をもって治め、海内(かいだい)泰然として、一民もその所を得ざるものなく、人倫五常の道大いに行われ、上下こもごも譲り、四民互いに譲り、治平の政万歳に冠たり。
中古、桀・紂幽れい(ゆうれい)の時に至り、国の衰乱を生じ、万民塗炭の苦に陥り、獣(けもの)あい食うがごとく、掠奪・争闘・災害・禍乱並び起こり、身弑(しい)せられ国亡ぶ。
他なし、奪ってもって一人を利せんとするの致す所なり。
然らばすなわち国家の安富・尊栄・豊穣・治平は一の譲より起こり、国家の衰廃・争闘・災害・危亡は一の奪より起こる。
瞭然として見るべし。
何をか疑い何をか惑わんや。
けだし人の人たるゆえんのもの、推譲の道あるがゆえなり。
一日も推譲の道なくんば何をもって禽獣に異ならん。
禽獣虫魚は譲道なし。
ゆえに開闢より以来、幾万歳の末に至るまで、富優安寧を得るあたわず。
人は万物の長となり、永く盛富安栄を得て、患害危亡の憂いなきもの、神聖譲道を立て万世を安んじたまうがゆえなり。
人たるもの、あに一日も神聖の賜もの譲道の、貴きを忘るべけんや。
然して叔世の人情、往々奢侈を好み、遊惰に流れ、治乱・盛衰・存亡・禍福・吉凶・貧富・栄辱の数者、譲と奪との2つにあるを忘れ、汲々として目前の利にはしり、他に奪うをもって益となし、譲るをもって損となし、日々に富優を欲していよいよ貧困を倍し、月々に福を求めて、いよいよ禍を招き、歳々安栄を求めて、いよいよ危亡に陥るもの、これなお荑稗(ていはい)を蒔きて、稲梁(とうりょう)の実りを待つがごとし。
いよいよ労していよいよ実るものは荑稗なり。
稲梁を欲せば、何ぞ稲梁を蒔かざる。
富優安栄を欲せば、何ぞ譲道を行わざる。
過ちの甚だしきにあらずや。
およそ天下国家の治乱盛衰は譲道によらざるものなし。
それ推譲は万物増倍豊富の道なり。
掠奪は万物減少危亡の道なり。
試みに近くこれを喩(たと)えん。
今ここに米粟一俵あらんに、直ちに貪りてこれを食らえば、わずかに数日の食のみ。
一俵尽くるの後は復一粒の得べきものなく、飢渇死亡の憂いを免れず。
もしこれを譲りて、もって土中に蒔けば、数十俵となり、また譲りて蒔かば、数百俵となり、歳々このごとく譲らば、数万の米粟を生ず。
また一家の内、父たるもの子に譲る、これを慈といい、子たるもの父に譲るこれを孝といい、兄として弟に譲る、これを良といい、弟として兄に譲る、これを悌(てい)といい、夫として婦(つま)に譲る、これを義といい、婦の夫に譲る、これを聴(ちょう)という。
このごとくなれば一家和睦し、財優(ゆた)かにして、安居を得るや必せり。
もし一物の微だも、父子互いに奪い、兄弟互いに奪い、夫婦互いに奪わば、忽然として忿怒(ふんど)怨望起こり、一家破滅の禍立って待つべきのみ。
一家すらなおかくのごとし。
いわんや、国、天下におけるをや。
人君自ら分を引き去り、有余を生じ、これを譲り、四民を恵み、大いに仁政を下さば、誰かあえて悦服せざらんや。
伝にいわく、
上これを好む者あれば、下必ずこれに甚だしき者有らん。
大夫随って譲り、士もまた互いに譲り、庶人争って譲る。
この時に当たれば、財あるものは財を譲り、米粟あるものは米粟を譲り、あるいは衣を譲り、食を譲り、道を譲り、田圃を譲り、家々譲らざるなく、人々譲らざるものなし。
国家日々に、盛隆・豊富・菽粟(しゅくぞく)・財宝湧くがごとく、民なんぞ不仁なるものあらん。
五倫五常の道自らその中に流行す。
何をか憂い何をか求めんや。
伝にいわく、
一家譲ならば一国譲に興ると。
このいいなり。
いやしくも譲道を益なしとして一人奪う時は紛乱・争奪・賊悪の行い起こり、上下こもごも奪い、亡滅数年を待たず。
かくのごときは仁義五常・礼楽刑政の道、何れのところに行われ、何れのところに存せんや。
人道ここに滅し、上古鳥獣の行いに帰するのみ。
ゆえにいわく、
五倫五常礼楽刑政も、その本源一の譲道にありと。
譲道一たび廃すれば、国家墟とならん。
また何をか論ぜん。
けだし鳥獣は奪うがゆえに食足らず。
人道は譲るがゆえに衣食豊かなり。
今人譲道を棄てて身の幸福を滅し、奪ってもって鳥獣の行いに陥るもの、嘆くべきの至りにあらずや。
我幼より人の禽獣に異なるゆえんは、一の譲道にあるを察せしより以来、既に五十有余年、専ら譲って怠らず。
これゆえに、あるいは廃邑を興して、これを富ましめ、あるいは衰国を再盛して、百姓を撫育し、これを安んじ、上下の憂苦を除きしも、他なし。
この譲道を主として行うがゆえなり。
天下国家の治平は譲道にあり、衰廃危亡は奪道にあり。
開闢より方今に至るまで、かくのごとし。
後世幾万歳といえども、またまたかくのごとし。





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最終更新日  2026.06.26 06:00:05


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