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2026.06.28
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 沢木興道



【坐中有感(二)】
枯木巖前坐白雲 (枯木巌前白雲に坐す)
冷湫湫地著渾身 (冷湫湫地渾身を著く)
鐵牛不喫三春草 (鉄牛は喫せず三春の草)
吼破寒潭月一輪 (吼え破る寒潭の月一輪)


「鉄牛は喫せず三春の草」これはまあ禅の書物を読むと、じきに鉄牛、人間の生で鉄牛という。昔、塙団右衛門という、あれは鉄牛和尚という和尚になっておる。信州に行くと、須坂に塙団右衛門の手植えの梅や、塙団右衛門の書いた額がある。この鉄牛というのは、昔、洪水があって、どえらい鉄牛をこしらえて、それで洪水を防いだという故事がある。
鉄牛は喫せず三春の草。言葉を反対にいうたら、この鉄牛は、三春の草も食わん。こんな字というものは、作るものではない。読むものだからー。まあ鉄というても、この牛はなにをいうか。動物学上の牛でもない。仏書を読んで、字の通りに読む。そんな阿呆なことはない。そうすると、牛というのは一体なにをいうか。
昔の禅傑の詩の中に「鉄牛少室に眠る」というのがある。少室は達磨さんのことだ。こういう詩があるから、鉄牛というのは、これは達磨さんである。いわゆる非思量である。坐禅のことを鉄牛ということは申すまでもない。だが、坐禅というてもただ坐禅のことではない。達磨さんというても歴史的な達磨さんのことではない。本当に自己に徹したこの鉄牛、鉄牛は喫せず三春の草。
「吼え破る寒潭の月一輪」没蹤跡のところを大消息の消息。この無声の声の訪れ。この声を一体いかに聞くか。舌でなめる声か、足で味わう声か。吼え破る寒潭の月一輪。実にこれは不思議微妙の詩である。そうして、これはなんのことであるか。大智禅師自らジッと三昧に入って、いわゆる自己の三昧境をシミジミと詩に吟じた。すなわち余人所不見。自分自ら三昧境を行脚したその境界であろうと思う。(大智禅師偈頌講話p.77-79)





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最終更新日  2026.06.28 03:00:04


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