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2026.08.02
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 沢木興道


   不落不昧の話
錯時直須徹底錯 (錯(しゃく)の時は直に須らく徹底錯なるべし)
親時更要徹底親 (親(しん)の時は更に徹底親ならんことを要す)
不落不昧論来久 (不落不昧論じ来ること久し)
何曾夢見野狐身 (何ぞ曾て夢にだも野狐身を見ん)


「錯(しゃく)の時は直に須らく徹底錯なるべし。親(しん)の時は更に徹底親ならんことを要す」仏の説く道は、如来常住、無有変易、再び因果のないのが当り前である。常住不変である。そんなら一面かといえば、ベタ一面ではない。山あり川あり千差万別、高い低い、うまい味ない、甘い辛い、なんともいわれん。同じ世界がいろいろに見える。差別の時には徹底差別なるべしじゃ。平等とはいわれん。毎日変化はある。日々是れ好日であって、日々昨日と同じではない。食い物も違う。毛色も違う。雨も降る。風も吹く。嵐も来る。それは天気が良くって暑い日もあるし、寒い日もある。しかし、日々是れ好日。今、錯(しゃく)の時は直に須らく徹底錯なるべし。
  同じ日を心一つに住み替へて捨つるはやすき我が身なりけり
 千変万化、差別はないといわれん。昨日今日、あんた、わたし。眼と鼻と耳と口、皆これ差別である。錯(しゃく)の時は直に須らく徹底錯なるべし。だが、この四海同胞、天地同根、万物一体。親の時は更に徹底親ならんことを要す。諸法の時は諸法、実相の時は実相、この諸法と実相とゴッチャにするのではない。そうして、この諸法が実相であり、実相が諸法である。
 しかるに「不落不昧論じ来ること久し」やれ不落因果というたら野狐精に落ちたとか、やれ不落因果というたら助かったとか。―不落の時は徹底不落なるべし。不昧の時は徹底不昧なるべし。しかるにこれを不落は悪い、不昧はいい。いや不落不昧を一荷に担うて、合わせて一つであるとか、いや、不落でもない不昧でもないとか、不落不昧論じ来ること久し。長い間そんなことを口先でいうたり、妄想分別したりしておるものがあるが、それはみな、わが身可愛さからである。
 自分がこんなことをしていたら狐になるとか、いや狐になりともないとか、狐になりともないから不昧因果というておこうとか、不落因果というたら狐に落ちるとか、狐がいいとか、狐が悪いとか。―しかし問題は、そんな処にあるのではない。本当の問題はもっともっと大きい。
 われわれこの地球ぐるみ、太陽の黒点の中にパッとブチこんだら、そこになにがあるか。百尺竿頭一歩を進めねばならん。本当にこれは自己の問題である。昔話でも、歴史の話でもない。だから道元禅師も「言を尋ね語を逐うの解行を休すべし。須らく回光返照の退歩を学すべし」といわれた。不落不昧論じ来ること久し、そんなことを口でいうておるなら「何ぞ曾て夢にだも野狐身を見ん」野狐で一生終わるであろう。で、この野狐の話はどこどこまでも野狐の話である。(大智禅師偈頌講話p.127-129)





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最終更新日  2026.08.02 02:00:05


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