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ブログのネタがないのは、仕事のせい、ということにしまして、最近のことをつらつら。あまり更新があいてしまうと、そのままほったらかしになってしまう可能性が高い、自分の不精な性格に関しましては、自信がありますので。最近のはまりものは、今更ながらに『ONE PIECE』です。知人に借りて読んでいたので、エース奪還のあたりで止まっていましたが、またまた買い足し始めまして、ようやく30巻をこえました。大人買いするには長すぎますし、じっくり読みたいですし。とにかく大好きなのは、エニエス・ロビー編。ロビンさんに泣かされまくりました。思い出しただけで、泣ける……そこまでは確実に揃えるつもりです。ついでにアニメも見始めました。1巻からDVDを借り始めています。最初に違和感があった声も、大分慣れました。といっても、ロビンさんの声が若干しっくりこないぐらいだったんですけどね。まだサンジさんが仲間になるあたりで、ロビンさん出てないですけども。漫画本やらアニメばかりでなく、『ONE PIECE』に生き方を学ぶ的な本も、何冊も出ていますね。これだけ多くの人に愛される漫画本なのは、憧れとか、欲しいものとか、いっぱいつまってるからなんでしょうね。どんなに痛くても、辛くても、苦しくても、麦わらの一味のような人の間にいたいって、その中にいて恥ずかしくない人でありたいって、そう思いますもん。どこか気恥ずかしくて語れなくなった友情も、傷つくことなんてためらわずに人を信じていける強さも、強さとか弱さとか関係なく人を守っていける優しい力も、まぶしくて目を細めて見てしまうような、そんな憧憬がつまってます。ちなみに、私が一番欲しい能力はロビンさんのハナハナの実の能力ですね。結構そういう人、いるんじゃないでしょうか。便利すぎますよね、あれ。離人症の方は強かったり弱かったり、浮き沈みの中で不安になることもありますが、どうにか折り合いながら付き合っています。不意に、思うことがあるんですよ。例えば今、よくあるファンタジーのように、死神さんあたりに余命宣告されたとしたら、よかったってほっとするのか、それとも怖くて嫌だなって思うのか、どちらだろう、と。生きているんだかどうだかわからないような、もはや生きも死にもできないような、そんな中途半端なところにいる自分に、終焉が提示されたときに、自分はどう思うのだろう?そんなことを、結構考えたりします。勿論、今どうこうしたい、ではなくて。いつも結論は同じで、怖いけど、ほっとするんじゃないかなあ、と。嫌かどうかは、正直わかりません。今は特に感じませんが、つきつけられればそんなの嫌だと首を横に振る可能性も十分ありますから。死ぬのは怖い。怖いけれども、それを実感したときに、初めて生きられるのかもしれない。そんな気持ちもあったりします。最近考えることがもうひとつ、伝えることは、何故時に人の心を軽くするんだろう、と。何か分かって欲しいんだけど言えないことがあったり、隠し事をしなければならなかったり、でも、言いたくて、わかってほしくて、胸の内はどんどん重くなる。そうして、あふれだすように口にすれば、多少はすっきりと、軽くなる。隠していることの後ろめたさや、伝えられないことのもどかしさはあるかもしれませんが、そういうことじゃなかったとしても、人は伝えたいし吐き出したいわけで。何でだろう、と考えて、そうか、言葉にすることで、その重さを相手にゆだねたんだ、と思ったりしまして。勿論全部じゃなくて、半分とか、四分の一とか、そんな程度かもしれません。でも、思いを言葉にするということは、言葉に思いを乗せるということでもありますから、その思いが重さを持って相手に届けられたとしても、不思議じゃありませんよね。だから自分の胸の内が、軽くなったりもするのかなあ、と。などなど、最近思うことをつらつらと。ちょっと長くなってしまいましたね。何かネタ、転がっていないかなあ……
2011年11月27日
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前回の記事で松島に遊びに言ったことを書きましたが、宮城といえば、ただいま県立美術館にフェルメールが来ているということで、勿論、足を運んで参りました。人生初のフェルメール、東北にフェルメールが来るなんて、ということで、にやけつつ、にやけつつ、うきうきしながら行ってきたわけです。予定していた日に急に会議が入ってしまい、美術館の滞在時間が短くなってしまったのは心底悔しかったですが、それでも3時間ほど、フェルメールの時代辺りのオランダ美術を楽しんできました。フェルメールですから、すごい人でしたね。平日に行ったのに。こう、隙あらば、ひょいっと額縁を持って逃走できないかなとも妄想してみましたが、フェルメールの部屋には、ちゃーんと怖そうな警備の方がいましたね。残念(>こら)。まあ、あれですよ。保存状態を確保できない我が家にあるよりも、温度湿度管理ができている美術館にいた方が絵だって幸せってものですから、むしろ、美術館においてあげてるんだよ、ぐらいの勢いで、広い心で妄想にふけるのもまた一興かもしれません、ということで(>わけわかりませんね)。昔は、風俗画とか、肖像画とか、風景画とか、あんまり興味がなかったんですけども、それは自分にその絵の持つ魅力とコミュニケートする心とか意志とか、そういったものが欠けていたのかなあ、と思うことがあります。西洋での絵画の価値が、最初は宗教画や神話がのように、「美」と「崇高」「荘厳」「神秘」などにあったところから、印象派が出てきてその「崇高さ」や「高貴さ」といった価値を取っ払い、現代アートにいたっては「美」すら絵画の必須用件ではなくなっています。その西洋絵画の歴史に何故だか従うように、私も宗教画から絵に興味を持ち始め(わかりやすさが一番の理由かと)、印象派を通り越して後期印象派の画家が好きになり、石田徹也さんなどに興味を持って、という風に興味の枠組みが移っていきましたが、基本的に絵画の持つ「意味」という価値から、自分は抜け出していなかった、ということなんでしょうね。メッセージを感じないなあ、とか、意味わからないなあ、とか、そんな些事なことに縛られていたのかなあ、と。でもそんなもの、本来なら絵画にはいらないんですよね。何か言語化できないやむにやまれぬ自分の中の意志が、絵画へと人を向かわせるんでしょうから。絵画を意味から解き放つという時に考えるのは、そもそも絵ってもっと自由だったよなあ。なんていうことでして。言葉を覚えるより前に、子どもが壁に落書きをするように。文字を覚えるよりも先に、落書き帳を不思議な模様が埋めていくように。絵って本当はすごく身近なはずだったのに、学校の時間の中で「うまくかく」ということが一つの価値体系として刻まれてしまって、それ以外の絵の持つ力が、まるでないことのようになってしまう。そうして自然としていた落書きは、自分から縁遠いものへ。もったいないことですよね。私は絵画に限らず、絵本も漫画も好きですし、色んな形の表現が、もっともっと人に身近だといいなあと思います。それはすべて、人間的な救いというか、希望というか、そういうものにつながっていくのだと思いますから。
2011年11月23日
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七色の空のハードル飛び越えて たどりつけるか希望の王国someday over the rainbow......虹の彼方のどこかに希望の国があると歌ったのは、オズの魔法使いだったでしょうか。先日、松島に行ってきました。地元の浜辺以外の海沿いに行くのは震災後発のことで、少し緊張もしましたが、緋色の橋を渡り小島を歩き回り、水族館でマンボウなども見たりして、存分に楽しみました。少し見えづらいところが崩れていたり、津波の爪あとが見えたりしましたし、カキを食べたら一部広島産のものがあったりもしましたが(十分量がとれないようです)、3月11日のあの日のことがウソみたいに、にぎわっていましたよ。よくここまできれいになったなあと、人が戻ってきたなあと、嬉しくなりました。人がいる、というのは、それだけで嬉しいことですね。人が訪れる、記憶に残る、離れていってもつながっていく。人が行き来するというのは、それだけでとてもよいことだと思いました。3月11日から数えて、もう8ヵ月。政治は相変わらず遅いですし、どじょうさんになってからは、復興に関することがどうなっているのかさえわからなくなっています。そんな様子を見ると「何も変わってないじゃないか」と言いたくなることもありますが、地域にしっかりと足をついた人、それからその人たちを応援してくれる人のおかげで、確かにきれいになっている場所や進んでいくものもあって、政治なんかの一面だけを見て「変わってない」というのはあまりに失礼なことでもあり。震災以来、日本がもやい綱で結ばれたたくさんの舟でできているのだと、そんなことを考えるようにもなりました。つながりの中にある人々といいますか、あのとき確かに、多くの人がそれぞれの立場で痛みをわけあおうとしたし、わけあったのだと思います。今、『希望学』という本を読んでいることは前に書きましたが、そのせいか、あの圧倒的な喪失の中で、人々はどのように希望を維持したのだろう、と考えています。むしろ、地方と呼ばれる場所は、日本の中でも衰退していく場所であり、希望を求めて若者が去っていく場所でもありました。希望が人の死や街の死のような大きな絶望を超えて、未来につながっていけるものであるとしたら、その力はどこからやってくるのでしょうね。『希望学』を読み続けていれば、その答えがでるのでしょうか。まだまだ、考えていきたいと思っています。とりあえず自分にできることは、つつがなく毎日を送ること。私のそれは、希望の槌の音に支えられているのか、否か。それすらわからない状態なんですけどね。
2011年11月20日
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愛のない道を選びし者とても ただ優しさに殉教すべく離人症のせいか生来のものかはわからりませんが、特定の人に対して、愛情という観点からの執着は薄い私ではあるものの、「冷たい」あるいは「優しい」の二者択一の問題でいくならば、「優しい」と言われることの方が、多いと思われます。(むしろ「冷たい」と評されるのは、離人症になる前の方が圧倒的に多いくらい)否定することはなく、そうかもね、と思います。それは、自分自身が「優しいから」という意味では勿論なく、むしろ優しくないからこそ、「優しくあろう」と心がけているからです。何がいいことなのか、正しいことなのか、自分自身の望みがなんなのかさえ、わからないこともありますが、「冷たい」と「優しい」のどちらかを選ぶならば、「優しい」方がきっと楽しいしあたたかいよね、という単純な結論です。それに信じるならば、やっぱり「優しさ」じゃないかな、と思ったり。悪意を持った「優しさ」も確かに存在するけれど、人が最後に信じたいのも「優しさ」なんじゃないかと、精神科病院に勤める私としては思ってしまうわけです。それならば、優しくあろう、と。吉本隆明さんが、どんなことでも10年間毎日続けていれば一人前になれると、そういうことを言っています。だから、最初はうまくなくても、届かなくても、10年間毎日、優しくあろう、とし続けたのならば、本当に優しくなれるのではないか、と思いまして。「優しさ」に対する憧れみたいなものって、ありますよね。好みのタイプは? 優しい人。なんてやりとりも、それを表しているのかと思いますし。なんだか、「優しく」あった方が、機嫌よくいられる気もしています。
2011年11月19日
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フィギュアのシーズンが始まり、グランプリシリーズが開幕していますね。昨日NHK杯が終了し、一通りの選手が出揃ったところ、でしょうか。NHK杯では女子は浅田選手に鈴木選手、男子では高橋選手に小塚選手と見所満載。非常に楽しみにしていましたが、浅田選手と高橋選手の演技がもう、最高でしたね。この2選手、昨シーズンに比べてスケーティングがやたらすばらしくなってませんか?スピード感も、なめらかさも、一蹴りの伸びも、何もかもが最高です。勿論、重ねている時間、取り組んでいる時間の分、どの選手も昨シーズンより進化していると感じますが、この2選手はずば抜けているような。特に、浅田選手のエキシビジョン「ジュピター」が最高でした。泣くかと思いました。昨シーズンの終わりに東日本大震災があって、それぞれの選手が無力感を感じながら、自分にできることを探しながら、もくもくと練習に取り組んできたのは、各種インタビューを見ているとわかるような気がします。上に述べた4選手とも、被災地である当地域にも来てくれましたし、あのときはそれぞれの選手の演技や笑顔に励まされました。震災の後でしたし、中止になっちゃうんじゃないかなあ、と思ってさえいましたから。昨日のエキシビジョンで、浅田選手が何を想い、何を乗せてあの演技をしたのか、そのこころの内が正確にわかることは勿論ありませんが、それでも、私にとってあの演技は『祈り』そのものでした。人への祈り。希望への祈り。未来への祈り。そうして、人々がなくしたものへの祈り。特に、「ジュピター」は平原綾香さんの歌もありますからね。「私のこの両手で何ができるの 痛みに触れさせてそっと目を閉じて」こんな風な歌詞だったかと思いますが、この部分を思い起こして、なくなった人や町への鎮魂であるとともに、これから生きていく命への真摯な祈りであるとも思えたのです。フィギュアスケートという一つの表現方法で、こんな気持ちにさせられることが起こりうるなんて、考えても見ませんでした。本当に稀有な才能だと思います。あの震災から8ヵ月。奪われたものの大きさに立ちすくみ、絶望しながら、それでも、人は歩みを止めずに毎日を送っていく。二本の足で立つこの地面を揺らされて、浮き上がったのは、地域の人々が足をつく、土台の強さでしたね。今、『希望学』という本を読んでいるのですが、「希望がいつの時代も前提であるわけではない」というひらめきのもと、希望というものが個人、そして社会にどのような影響を与え、受けるのか考察されています。「不信の時代」は、「希望への不信の時代」だったのかもしれません。それでも、そこここに希望の種を蒔く人がいてくれるのも事実。あのとき、多くの人が、自分のことのように被災地の痛みを受け止め、その痛みを共有していこうとしたことを今も忘れません。忘れないようにしよう、と思います。目を向けさえすれば、希望を蒔く人がいて、そうしてその希望は確実につながっていきますから。
2011年11月14日
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似た傷をなめ合い生きたら進めるの? 手に入れたいのは救いか未来か全く同じ傷、というのは勿論ないのでしょうか、似たような傷、というのはあるに違いなく、似たような経験や喪失をしたとか、たとえばこの場所も、離人症という喪失を経験した人が通りすがるのかと思います。傷の比較、というのはできないし、好きではないな、という旨のことは以前書きました。「辛いよ」と言ってる人に「みんな辛いよ」だとか「もっと辛い人いるよ」だとか言ってその人の辛さを平均的なものにして痛みを軽くしようとする試みは全く癒しにならないことをなぜおまえはすぐに忘れるのか>自分。ツイッターで見つけたこの文章にも、ほんとそうだ、とうなずいたことも。傷のやりとりというのは、とても難しいです。そもそも、すでに傷ついて苦しんでいる誰かに、それに見合う言葉というのがあるのかどうかも疑わしいぐらい。でも、人を救うのもまた、人なわけでして。苦しいときは、人を求めると思いますから。傷を見せられたときに、比較、というのはあまりにさみしい。言葉を重ねるには、その人を想う気持ちに値するものには、あまりに遠い。そうなるともう、沈黙しかないわけで。つまりは、体温、ですよね。手のひらのあったかさも、寄り添ったときの体温とか、そういう伝導熱も勿論ですが、熱の伝わり方には、輻射熱というのもあります。あったかいものから空気を通して伝わる熱。どうしても言葉が欲しいときも中にはあると思うんですけれども、でも、なんにもできなくてもそばにいる。それだけでも、あっためられるのは確かです。ただ、いつまでもその温度の中にとどまれないのも確かで。心地よいところからはどこにも行きたくないですけれどね、仕方ないです。そこからの一歩は、勇気が必要ですね。
2011年11月09日
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世界文化遺産登録記念大特集、という副題のもと、平泉の特集でした。黄金の都・平泉はいかにして築かれたのか?いにしえより脈打つ東北の文化とは?平泉のみならず、各地に伝わる尊き古仏を通して、心を揺さぶる、みちのくの美の世界に迫ります!と、冒頭に書かれて始まった特集、自分の東北人の一人ですから、興味深く読みました。ただ、私は平泉に行ったことはありません。すぐお隣の県なんですけどね。近くにあるほどいつでも行けるからと結局行かない、ありがちな現象です。現在の平泉の姿というよりも、平泉を築いた奥州藤原氏についての歴史や、坂上田村麻呂に討伐された(実際は討伐という乱暴な形ではなかったようですが)、東北に根付く蝦夷の精神についてなどの方を興味深く読みました。あとは平泉を中心に、東北各地にある仏像についての紹介、ですかね。とりあえず4代くらい先まで生まれも育ちも東北人の私ですから、自分のルーツでもある、ということもできるわけでして。自分が生まれた育ち、暮らしている土地でありながら、郷土史的なものは全く知らないんだよなあ、と改めて思ってみたり。別になんとかの血が流れてるとか、そんな大げさなことを思うことはないですが、それでも、その土地土地に時間と共に確かに積み重なっていく人の形、というものはあると思うんですよね。県民性とかいう言葉もありますが、人が何かを記憶して伝えていくのと同様に、土や風や海や空が人をはぐくんで、そしてはぐくまれたものを吸収して、という人と土地との鎖のようなものがあるんじゃないかなあ、と。それは縛るもの、という意味での鎖、ではなくて、環、という意味でのわっかのようなものだとは思うんですけれども。
2011年11月06日
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うがたれた傷さえ僕のかたちだと 笑う君の屈託のなさそんな風に笑える強さがあったらいいんですが、なかなかこれは困難で。傷は治すもの、癒すもの。そう考えるのが普通ですし、ぱっかり傷が開いて血がにじんでいたら、痛くてつらくてかなわないから、薬を塗ったり病院で縫合したりするわけですね。でも、当然のことながら、傷が深ければ深いほど、それは治りがたく、痕も残りやすくなってしまいます。痛くて苦しい状態から早く脱したいから、もがいたりもしますが、傷がふさがるのは時間とか自己治癒能力とか色々かかわってきますから、まあ、自分の力ではどうにもできない、そういう流れに従うしかない側面もあります。強さ、じゃなくて、これも寛容なのかもしれないなあ、と思うこのごろ。というか、私の思うところの強さというものは、基本的に寛容であったのかもしれません。受け入れる、ということ。もがかない、ということ。あらがわない、ということ。痛いよ苦しいよ、と泣き叫ぶこともできるけれど、そうしないこともできる。でも、何もかもを我慢すればいいのかと問われると、また違うとも思いますし。人間背負えるものの重さは決まっているでしょうから、吐き出すときに吐き出さないと、その重さにつぶされてしまいます。じゃあ、どうすればいいんだよ、と自分でも思いますが。ただ、傷を傷のまま、苦しみを苦しみのまま、つらいをつらいまま、過剰に痛がらず、苦しがらず、つらがらず、ま、それが今の自分だと笑えたら、何か違うかなあ、と思ったりしたもので。なんだかつらつらと書いてしまいました。
2011年11月03日
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