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前回の更新の続きです。ヨブ記から考えること。神と悪魔の試みに、命を除いて、家族も、財産も、健康も、理由無く奪われてしまった信心深いヨブの嘆きについて。吉本隆明さんは、この「神」を「自然」に置き換えて考えてみたらと提案しています。特段信仰を持たない私にとって、この考え方は聖書を読む上で非常に腑に落ちました。与えるのも神なら奪うのも神。与えるのも自然なら、奪うのも自然。生まれることも、生きていくことも、死ぬことも、自然のことです。理不尽に何もかも奪われたヨブは、突然の自然災害に様々な大切なものや、暮らしそのものを奪われる人の姿に重なります。因果応報。良いことには良い応えがあり、悪いことには悪い報いがある。ヨブの友人たちはヨブの惨状を見て、それは何らかの不正義があったからだと言うんですね。でも、ヨブは自分は神の教えに背くことは行わなかったと、がんとして譲らない。神は、正しいことにも間違ったことも、等しく扱っている、と。日本でも海外でも「天罰」という言葉が聴かれもしましたが、そんなことはありえない、と心から思います。どんなに正しい人も、たくさんの間違いをおかす人も、そんな区別なんかせずに、とりあえずその場にあるものを奪っていくのが災害です。特に東北は、身の丈の暮らしをしている人が多い地域ではないか、と思っています。東北、そしてその沿岸部が、その他の場所に比べて豊かだったわけではありません。むしろ、日々の糧を静かな生活の中で、必要な分量を得ながらの生活です。時においしいものを食べたり、旅行にいったりすることもありますが、たまにの贅沢は、過分ではありません。自然に奪われることにも壊されることにも、理由なんてないんですね。ただ私たちは、そこにいただけです。人は地球の上に住んでいて、地球は動いていて、その皮膚の動きの上にたまたま生きていた、それだけです。だからこそ、感情の置き所がわからないのです。だって誰も悪くないんです。それなのに、こんなに酷いことがおきる、酷い悲しみや苦しみがある。私たちはそこにどう向き合えばいいのでしょう。吉本隆明さんは、キルケゴールの考えを紹介しています。その圧倒的な喪失に対応するための、絶望学といいますか、希望学といいますか、そんな学問を、作ることも必要なのじゃないかと。学問的な枠組みがどんな助けになるかはわかりませんが、ヒントにはなるかもしれません。見通しが立たないことは、とても苦しいですから。最後に神とヨブは和解しますが、その和解の仕方は神が自分の偉大さを誇示し、ヨブが「私が間違ってました、あなたは偉大です」とひれ伏すという、なんとも微妙な結果に終わってしまうんですね。もっともっと、反抗すればよかったのに、と思います。それでもあなたは理不尽だ、と。吉本隆明さんは、こんな終わりではなくて、それぞれにヨブ記のラストを考えたらいいのではないか、と提案します。あなたならこの状況をどう受け入れる? という問いかけです。私にはこの問いかけに答えることは、まだまだできそうもありません。悲しみはもう十分、苦しみももう十分。ヨブのように吐き出すことができたらいいけれど、吐き出すことさえできず胸にためる人もいます。それでも生きている、ということをまず1番におきたい、とは思っています。そして願わくば、生きているということを、良かったと思える今日が来ますように。生きていてくれてありがとう。私はただただ祈ります。
2011年04月29日
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3月11日の震災から少し経った後、「ほぼ日」で吉本隆明さんの講演の録音を無料公開していました。阪神大震災の1年後、聖書のヨブ記を読むことが、こういった人の力の及ばない災害に向き合うヒントになるのでは、との講演です。講演は1月ほど前に聞き終わっていたのですが、読みかけの聖書を引っ張り出して、ヨブ記を読むのに時間がかかってしまいました。こういった自然の災害にどのように向き合うべきか、明確な答えを出すものではないですが、吉本隆明さんの一言一言が、今も胸の奥底に静かに沈殿しています。ヨブ記はヨブという老年の男性が主人公の章です。ヨブは非常に信心深く、神の教えに背くことも疑うこともない誠実な人間でした。信心深いヨブは家族に恵まれ、不自由ない生活を送っていました。ところがあるとき、神が悪魔に言われるんですね。ヨブが信心深いのは、自分が恵まれているせいだと。神は「だったら命を残して好きにすれば?」と悪魔に言ってしまいます。旧約聖書に出てくる神様は、どうにも俺様な人間くさいことがあります。そのせいで、ヨブは唐突に奪われます。家族も、財産も、何もかも。でも奪われても、ヨブは「元々持たずに生まれてきたのだから」と神を呪わない。そして遂に、ヨブは重い皮膚病にかかって、酷い苦痛に悩まされることになります。ヨブはそんな自分が生まれてきたこと、生きていることを呪うんですね。でもその中でも、ヨブには1つ、疑わないことがありました。自分は決して、神の教えに背くようなことはしなかったと。しかし友人たちは言います。いい事をしているのならば、神は必ずそれに報いる。ヨブがそんな状況になっているのは、何か背きがあるのだ、と。でもヨブはがんとして譲りません。自分は何一つ正しくないことは行わなかった。事実、その通りです。ヨブは信心深く、誠実に生きてきた。吉本隆明さんは、この「神」を「自然」と置き換えることができるのでは、と提案します。そう考えると、ヨブの状況は突然災害に襲われたのと似ているんですね。因果応報という考え方もあるし、悪いことには報いがあるとの考えてしまいがちだけれど、大きな災害は、そんな罪とか正しさとかとは無関係に、つまり、人を選ばずに、圧倒的な力で多くのものを奪います。ですから、このヨブ記を読み解くことが、我々が大きな喪失に出くわしたときの、考えの道筋の一つになるのではないか。講演の中で吉本さんはそう言います。内容だけで、かなり長くなってしまったので、続きは次の更新に。
2011年04月26日
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気がつけば、もう4月が終わろうとしているのですね。今年は寒い春で、まだ桜も咲いていないせいか、時間は、まだまだ冬の終わりに凍結したままのような気がします。余震も原発の事故も終わりが見えず、心もとない春だなあと思います。それでも希望の芽が、そこかしこに出ているのを見落とさないようにします。3月11日の震災から、ニュースで被災地の様子を見ていて、ただただやるせいないと同時に、本当にこんな酷いことが現実なのだろうかと思いもしました。それは元々現実感に乏しい私だけでなく、夢みたいだとか、夢だったらいいのにとか、ぴんとこない方はいたと思うんですね。亡くなられた方や行方不明の方の数が見たことのない数字に増えていき、たくさんの喪失と、たくさんの悲しみや苦しみを見ている中で、ふと思いました。今までの方が、非現実な日常だったのではないか、と。勿論、今までのあり方を否定するものではありません。文明とか科学の無力さを説くつもりでもありません。ただ、私は生死というものが、あまりにも遠い世界だったな、という印象を受けました。利便性に守られて、生きるということがとても簡単な世界だったな、と。生きにくい世の中になってきたなあと思ってはいましたが、それは精神的に、大変な世の中になってきた、という意味合いでした。今までは、「死」というのは病や事故などの限られた場合を除き、忌み事として遠くに追いやられていたと思うんですね。「生きる」ということが、常態となっている世界。誰も自分が明日死ぬかもしれないとか、隣で笑いあっている人がいなくなるかもしれないとか、現実として考えない世界。でも、地震と津波で失われた町や人を見て、そして、その喪失の中でも、生きて暮らすことを選択し続けている人たちを見て、今までの守られている世界の方が、ウソみたいだ、と思ったんです。「失う」ということの圧倒的なまでの力を、見ないことにしていただけだったんですね。「それでも人生にイエスという」ナチスの強制収容所を生き延びた方の著作のタイトルです。此岸の世界に戻された私たちは、生き延びた自分に、失ってしまった存在に、そう言うことができるだろうか?とても難しいです。それが分かるのは、もっともっと先なんでしょう。少なくとも私は、まだこの現実に耐えられるだけの強度を持たないようです。それでも今日も、この新しい現実を暮らすしかないんですね。そうであれば、無理くりでも希望の側に立ちたいと思います。
2011年04月23日
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通常更新に戻していくはずが、大きな余震が起こり一時停止していました。もう先週のことですが、再び大規模な停電。今回は幸い1日で回復しました。そして今も、各地で大きな余震が相次いでいます。あの震災から、ずっとずっと、ことばについて考えています。今の気持ちにかなうことばは、一体なんなのだろう、と。被災地を訪れた方々、テレビ越しに見た方々は、「ことばを失う」「ことばにならない」というような表現を、していることが多いように思っています。確かにその通りで、私自身ももう呆然といいますか、ただ目を開いて画面を見ているしかありませんでした。ニュースや新聞で語られる被災者の方々のお話に耳を澄ませるしかありません。深い傷を負った心の中には、踏み入ってはならない。同じ経験をした者を除いては。震災の何日か後に、新聞に載っていた言葉です(正確ではないです)。やっぱり外側から見た私からは、どんなに哀しくても、苦しくても、ほんとうのところは、わかろうと努力しても限界があるんですね。でも、心に踏み入らずとも、話を聴くことだけでなく、ことばを贈ることもできる。ならば、どんなことばがいくらかでも心を温めうるのだろう?コマーシャルを見るたびに、そう考えるんです。「みんなでがんばろう」 何をがんばればいいんだろう?がんばればこうなる、というがわかればまだがんばりようもあるけれど。「みんなでのりこえよう」 どう乗り越えればいいんだろう?「日本は強い」 別に強くある必要もないんじゃ……などなど、もう、心がちょっと曲がって解釈するわけです。本当に、揚げ足取りみたいなのですけれど、それが率直な気持ちでもあるんですね。そんな中で、歌はいいな、と思いました。中島みゆきさんの歌を繰り返し繰り返し聞いています。みゆきさんの『I Love You 答えてくれ』という曲の中に、「同じ時代に生まれて嬉しい」という歌詞があるんですね。その曲を何度も聴いているうちに、思いました。私に唯一言えることがあるとすれば、「いてくれて、ありがとう」。無事でいてくれたことに対する、感謝の気持ち、そして全肯定。それが精一杯だなあと思いました。ことばをもって傷つけるときには、言葉はとても強い力を簡単に発揮します。けれど、そのことばを気持ちを伝えるために使うときには、とても脆くて、難しいんですね。でも無力ではありません。希望の側にたって、まだまだ未整理な感情を、少しずつことばにしていけたらと思います。
2011年04月17日
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今日から更新も、いつもの感じに戻していこうと思います。仕事もしていますし、本も読んでいますし、いつもどおりです。ただ、やはり頭の片隅では色々なことを考えますね。ひとりでも多くの人が、会いたい人に会えますように。ひとりでも多くの人が、暖かな春の訪れを感じられますように。ひとりでも多くの人が、夜に眠れるようになりますように。先はまだまだ見えませんが、つながっていくものはあります。いつも通りのはずが、ついつらつら書いてしまいました。そんなわけで、芸術新潮3月号の特集は、生誕100年記念大特集 岡本太郎を知るための100のQ&Aということで、岡本太郎の特集でした。生誕100年のためなのか、はやっているせいなのかは分かりませんが、他の美術系雑誌の特集も岡本太郎だったりしましたね。彫刻といいますかオブジェといいますか、そちらは何点か見たことがあって、変わった物体を作る人、くらいのイメージしかなかったのですが、こうして特集号で見ると、また違った印象を受けました。「芸術は爆発だ」という言葉で有名ですが、その人生の中からあふれ出すエネルギーも、紙面からなのにすごく伝わりました。本当に時代を駆け抜けた人だったのだなと、認識を新たにした次第です。絵画はちょっとぶつけられたエネルギーが強すぎまして、原色で描かれたキャンバスはちょっと苦手なのですが、彫刻作品の方に初めて興味を持ちましたね。『もののけ姫』のこだまのような感じで、日本古来のアニミズム的な、そこここに宿る神様みたいだなあ、と思ったんですね。土偶や仏像を見ているような、永遠をはらんだ静けさがあります。プリミティブで、ある意味ご神体みたいです。岡本太郎が縄文を再発見したというのもうなずけます。小さな神様も、大きな神様も(神様でなければ精霊でも魂でも何でもいいですが)、競い合わずに、ただそこここでたたずんでいたり笑ってる、そんなようなイメージの作品達でした。
2011年04月07日
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あっという間に4月になりました。昨日と地続きな今日ではありますが、新しい年度の始まりです。昨日はエイプリル・フールでしたので、しょうもない感じのウソをついてみようかな、と思ったのですが、難しいですねえ。普段はB型らしく、どうでもよい明らかなウソをついてみたりもしますが、頭をひねらせても出てくるものではありませんでしたので、控えめに過ごしました。何かと自粛な雰囲気が続いておりますが、そろそろ少しずつ、できるところでは日常に着地し始めてもいいのかな、と思うのです。そうしないと、世の中は回りませんし、支援が必要な場合、助ける側が暗い顔をしていると「大丈夫なのかな?」と心配して、伸ばした手を引っ込めてしめてしまうこともあるかと思われます。「元気元気、だから大丈夫」という役割の人がいてくれた方が、私的には安心です。テレビを見ていても、自粛や助け合いを呼びかけるものが多いです。神妙な顔をした有名人の方々が、「節電」とか「買いだめやめて」とか掲げてます。それを見るたびに、「わかってるよ」と思うのです。「きっとたくさんの人が言われなくたってわかってるし、できる人はもうやってる」と。多くの人が無力感にさいなまれながら、それぞれ生きて生活している、と。だから、テレビのあり方とか、被災地以外で暮らす人々のこととか、意見は色々あるのでしょうが、もっと明るくなればいいなあ、と思っています。CMなんて特にそうで、元気づける曲を流して、歌った方が「がんばれ」とか言ってくれる方が、今の感じよりよほど元気付けられる気がます。お花見とかも、昼間ならやればいいのになあ、とか、入社式も、できるところならやればいいのになあ、とか。私は一応被災地に暮らしていますが、(しかし、私の場合、被害は極軽微で、今はほぼ日常に戻っています)地震を経験した者として、元気でいてほしいなあと思います。人も、世の中も。とりあえず、私は日常に戻っています。今までと同じではないけれど、新しい日常に。これからどうなっていくか、まだ具体的に思い描くことはできませんが、でも、希望の側に立っていたいと思います。
2011年04月02日
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