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今回は「他人との比較」というテーマで、この記事をまとめていきたいと思います。
健全な他人との比較であれば、自分の進歩や成長に繋がると思います。しかし、そうではない比較であれば、集中力を削がれたり、無意味な競争を生んでしまいそうです。では、この「比較」というものと、どうやってつき合っていけばいいのでしょうか。
まず「比較」というものがなぜ発生するのかを考えながら、人間界のルール的なものである「他人との比較」について考えていきたいと思います。
「あの人より優れている、優れていない」
「あの子より可愛い、可愛くない」
「あの仕事より給料が高い、安い」
人は何かと比べることで、物事を考えます。これは誰しもあることで、比較や順位というものは自然にできてしまいます。それでは、なぜ「比較」は生まれるのでしょうか? ここからは 3 つの視点で「なぜ比較が生まれる」のかを見てみましょう。
・教育
・身分制
・謙遜の意識
「教育」
まずは、子どものときの教育からの影響です。成績や順位などは教育に必要なものです。それはヒエラルキーをつけた方が、世界の見え方がわかりやすいからです。教育に限らず、世界の見え方がわかりやすくなるため、人間は他人と比較してしまうのです。
「身分制」
日本は江戸時代の身分制から続くムラ社会の伝統を受け継いでいるといえます。その中では、「である」という自分のステイタスの価値観がいまだに根強い社会なのです。自分の有能さを「所属」や「状態」で証明し、他人と比較する傾向にあります。「する」ということが評価される、実力の価値観が台頭している現代でも、まだまだ「である」という所属・状態の価値観を比較対象にしてしまうのです。
「謙遜の意識」
謙遜の意識は、日本人だからこそ生まれるものでしょう。「誰かより上に行くのが嫌」「自分が上に行って相手が下に行くのが嫌」という気持ちは、すでに「上・下」が存在しているのです。基本的に自分のことをマイナスだと前提していれば、遠慮の気持ちが健全なものにはならないでしょう。
「比較をすると世界の見え方がわかりやすくなる」というようにポジティブに捉えられる部分もあります。大きく見ると人類は、その上下の関係により集団の統率を高め、危険から自分たちの命を守る機能を作ってきたのです。
なので、人間は「勝った・負けた」のように集団の力関係を把握したり、その様子を観察することが好きなのです。「社会がつける序列づけ」というものは、人類の進化の過程でずっと遺伝的に残されてきたものであり、本能的なものなのでしょう。
「比較」というものが必ず存在するものだとわかったとしても、その中で疲れてしまうことも現実にあることです。では、なぜ人は比較の中で疲れてしまうのでしょうか。
まず現代の SNS などでは、「他者から評価されている自分」を強く意識してしまいます。自分の外側に意味を求めていると、人は疲弊してしまうのです。
そして比較の中で理想が高すぎると、「ないものねだり」に繋がります。基準に届いていない、ということは「満たされていない」ことになり、セルフイメージを落とすことになります。
セルフイメージを落とすと、社会がつける序列づけに対して不満を持ったり、無理に相手より優位に立とうとします。
これは「自分はもっと上なんだ!」というアピールのマウンティングに繋がり、不要な恨みを買ったり、人間関係がぎくしゃくしたりと、大抵マイナスに働きます。これによって、さらに疲弊してしまうのです。
それでは「比較」というものと、良いつき合いをするための 3 つのコツを見てみましょう。
①自分が納得する解釈を持つ
②自分に必要なことを明確にする
③自分の状態(ステイタス)を知るために使う
①自分が納得する解釈を持つ
他人と比較してしまう悩みの奥にあるものは、「自分とは何者なのか?」というものです。それを解消するためには「自分が納得する解釈を持つ」という軸があることです。比較をすると「高い・低い」「上か・下か」「良い・悪い」など、「いい意味」をもたなければならないと思ってしまいます。けれども、「本当のいい意味」とは、「自分の存在に対して自分自身が好きになれること」なのです。
②自分に必要なことを明確にする
「自分とは何者か」がわかっていれば、自分に必要なことが明確になります。それが明確になれば、「自分はどこで勝負するのか」がはっきりとしてきます。すると、中途半端な争いや無駄な争いがなくなり、マウンティングのようなことも少なくなります。マウンティングは動物的本能で下に見られることを防いでいるだけです。しかしそれは、ただ単に理想が高すぎているだけで、本当にやるべきことは実力を磨くことなのです。「金持ち喧嘩せず」という言葉があるように、本当の金持ちであれば“金持ち自慢”はしません。マウンティングは中途半端な人がすることで、無意味な比較なのです。
③自分の状態(ステイト)を知るために使う
比較対象がなければ、自分の位置がわかりません。自分の成績・順位・状態を知るために「比較」を使うのです。それには、「自分は何者でどこで勝負をするのか」が自分自身でしっかりと理解していることが前提です。他人と比較せずに自分自身に集中できることがベストですが、自然に他人と比べてしまうこともあるでしょう。それを自分の進歩に活用するのです。「こなくそ精神」という悔しさが、あなたを進歩させる側面もあるのです。
今の状態が完璧だと思えたら、自然とセルフイメージも健全になります。悔しさという感情も自分に必要なことだと考えれば、セルフイメージも上がっていくでしょう。「比較」という外側にあるものを、自分の内側(ステイト)を見るために活用するのです。
いかがでしょうか? 今回は「他人との比較」というテーマでお届けしてきました。
結局は比較対象があることで、ポジティブにもネガティブにも作用する側面があるということですね。これを上手に使うことが、よりよい人生に繋がっていくのでしょう。
そしてそれをふまえて、「世間とのつき合い方をどうするか?」を考えていくことが大事だと思います。それは、あなたの「人生の目的」に繋がっていくと思うからです。「比較」をうまく使って、ライフワークを引き寄せていきたいですね。
それでは読んでいただき、ありがとうございます。
【参考文献】
・「悩み」を「哲学」で解決できるのか? その⑤ ~【その他編】~(2021年10月7日記事) 「人は他のエネルギーから影響を受けてし… 2023/04/24
凸と凹がかちっとはまるから夢が叶う~人… 2023/01/15
あなたにとって家族の存在とは? 2022.12… 2022/12/17