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府立高校の卒業式で、君が代の流れる時、不起立の先生が数人、戒告処分されたと新聞が伝えていた。業務命令違反とのこと。「命令」って何やねんやろう。「命令」に従わざるを得ない先生、生徒!? 髪を切りに行った、わたしと子。長すぎる!?子の髪。いろいろ考えて、日を決めたのは母。パーマ屋さんで切る長さに口出しするのも母。(上の子の時も学期初めにスポーツ刈りにするのが、わたしが与えた決まりだった。そして、従わなくなるのが?!小学高学年。)8センチ切るという子にそれでは、まだあかんと美容師さんに「ボーイッシュに。」という母。8センチという長さを、親子で検証!?すべきだった。美容師さんは子どもに気の毒がって、「すぐ伸びるよ。」と。早く終わった子は、母に「じゃあ。」と約束通り先に帰った。「自由」とは?「命令」とは?
2010.03.31
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桜の花が美しい。この季節になると花を咲かせる。それが、自然ということか、それなら、人としての自然とは・・・人となり!?その人の息づかい。その人はその人を生きているんやと思う。自分かて。誰かにないがしろにされるのはいやや。でも、自分もしてへんか!?自分にとって、苦いことも、栄養やと思いつつ・・・
2010.03.30
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もう二十歳になろうとする子。クライミングから、遠ざかってたんが、久々に父や弟と行った。この年まで、クライミングが友だちでいてくれた。充分やろう。これからもと、思うがそれは彼が決めること・・・でも、おかんは、「クライミング、クライミング」と言ってしまいそう・・・他のことと違ってこれだけは続ける気があるような・・・
2010.03.29
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♪「遊べや遊べみな遊べ」ってあったよなぁ~こどもの春休みそのもの。時に里山・クライミングが入る。ずっとほったらかしにしていた味噌づくりに着手すべく、子どもを動員。母はミキサーの刃で負傷。あほぉ~!もう一発「遊べや遊べもっと遊べ」
2010.03.28
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今月は、里山の活動に参加できていない。春休みということで、平日の活動に参加できるか連絡をとると、「明日よかったら。」とのこと。子どもと参加する。集合場所に着くとたき火が待っていた。しばをくべたりしているうちに、体も気持ちも温まってくる。今日の作業は、チェーンソーで切った木をしばにして片づける。枝を切るのはいいが、束ねて藁縄でくくるのが、難しい。3本ほど片づけてお昼。韓国のお茶をいただいた。午後からはは、幹が太い木の玉切りに子どもが挑戦。後で、チェーンソーで切ってもらったらと思うが、口出ししなかった。今回の伐採は、木が影になって、田んぼに日が入らないからでした。里山の暮らしやねんなぁ~
2010.03.27
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「吾子よ吾子よ生きてだにあらば かい抱きいやますますにいつくしましを」木下利玄 生きている吾子よありがとう・・・何を子に求めるのか・・・不遜やないのか・・・こうべを垂れよう~我が子の命が消えようとしている夢を見た。悲しくて悲しくて・・・神様がわたしに与えられた夢なのだろうか!?子どもたちに真摯になれよと・・・
2010.03.26
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下の子が言った。「僕って誰の甥?」「R君のおばちゃん。」はたと思いついて、家系図!?を書いて説明した。夫の家系、わたしの家系、こどもには、15人の大おじさん、大おばさんがいることが判明した。(血のつながりがある。父や母の兄弟妹)父や母の兄姉妹弟の多さにあらためて、びっくり。産めよ殖やせよの時代とはいえど。今もそうやなんやろけど。正月、法事となってら、にぎやかやったなぁ~遠い昔・・・いとこたちとの交流、おじおばから叱られたことなど、育てられたなぁ~我が子たちには、そんな場はなかったけど。いろんな活動に参加する中で、それが得られた。自主保育のようちえん。NPO法人の学校など、ありがたいなぁ~とあらためて、思った。
2010.03.25
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母として上の子に言う。「おまえなぁ~」だんなのわたしに対する「能動的聴き方は?」のツッコミ・・・父として「おまえなぁ~」に、わたしは「能動的聴き方は?」のツッコミ。子は「申し訳ございませぬ。」の一辺倒?!このトライアングルが我が家流!?
2010.03.24
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みんな、懸命に子育てしてるんやと思う。わたしみたいな「トンデモ親」でさえ・・・親も愛しい。子も愛しい。親子が愛しい。
2010.03.23
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林望先生の「アイスクリームの恍惚」というエッセイの中の軽井沢、駅ということばから、もう30年前の信濃大町の駅が浮かんだ。夏山合宿の打ち上げ。駅前の「やまや」という食堂。大皿いっぱいのトマトやキュウリにたっぷりの味噌。3、4日の山行といえど、生野菜に飢えていた。名前の通りやまや御用達のお店。生野菜は、サービス。あ~今から行きたい。かなわねえ~あのお店はまだあるだろうか・・・そこにいる自分を夢想してしまう。夏の日のオバハンのひとり山旅。かなうか?かなわねーからこそ、輝くのか!?
2010.03.22
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アーモンドの花は、桜より大ぶりで、繊細さに欠けるよなと、思っていた。でも、雨に濡れてるアーモンドの花は、ピンクを際立たせ美しい。心弱っている時は、雨に濡れてるアーモンドの花の方が、はかなげなソメイヨシノより、力をくれるような・・・その時々でいろんな表情があるのは、人も一緒やなぁ~
2010.03.21
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駅の改札近くのガラスケースの中の生け花。ピンクのチューリップに桜の枝に緑濃い端正な葉。母と一緒に見ている。『お母ちゃん、きれいやなぁ~』母が傍にいるようで。生け花展に「母」と行ってみようと思う。
2010.03.20
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ある人に電話して、そんなことばが聞かれた。久しぶりの電話で、そんなことばを受けてこたえた。自分に直接向けられたものではないとゆえ。言われた内容について、自分もその時から、その人の立場に立っっていた。自分は物事に取り組む態度がええ加減なんやろう。だから、「納得いかない。」にはならないんやろう。しんどいことから、逃げる。清濁合わす呑むで。でも、負の感情も味わおう。ありのままの豊さを~
2010.03.19
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「エコロジーとは耳に心地よいコピーとして、街に跋扈するものではない。それが絶対的な〈善〉としてまかり通る現状にため息も出る。自然と近い暮らしを営む人々は他の生き物と何かを分かち合いながら生きていることを強く認識している。見返りを求めない贈与の関係といってもいい。野山に生きる人々は結果的に自然と親和性のある生き方になった。それが目的ではなかった。見返りを求めた「いいこと風」のキャンペーンは、上辺だけを取り繕った営業ツールのように見えてなんだかむなしい。森の人は決して声高に叫ばない。」(石川直樹写真家)耳が痛い。エコロジーとは、生態学を背景とした思想や活動を表すことばとのこと。時流に流されている!?自分の頭で考えてみる!?そのための判断材料とは!?「木を切るな!」という主張がある。(持ち主じゃない人の)でも、それは、山の循環を考えてるのかな?となんにもわかってへんねんけどふと思うことがある。関心があるのなら、学ばなあかんなぁ~生活と密着してへん弱さはあるけど。先達に学び、人とつながりながら・・・
2010.03.18
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去年の紅白で坂本冬美で聴いた、「♪まだ君に恋してる~ 」そそられんなぁ~こどもが歌ってる。「なんで?」「コマーシャルで歌てる。」いいちこで、ビリー・バンバン だった。また、坂本冬美と違う味わいがある。坂本冬美の「熱」もええけど、ビリー・バンバンの落ち着いた雰囲気も魅力がある。わたしと夫もビリー・バンバンの声みたいな熟成されたもんあるやろかぁ~琥珀色のウィスキーのような・・・「まだ君に恋してる~」まだまだ青いかなぁ~チューハイぐらいかなぁ~
2010.03.17
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なんとなく、アルバムをながめていた。幼い頃の我が子たち。ちょっと若い夫とわたし。あ~ず~っと幸せやったんやぁ~わたしがしんどい時、慰められる存在にありがとう!わたしは夫や子どもたちにとってどうだろう。自信がない。そんなとんでも母ちゃんを受け入れてくれる夫や子どもたちに最敬礼!
2010.03.16
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命は宇宙の摂理につながっている!と思ったら、亡くなった父や母が懐かしい。ほんに、そばにいてくれるような・・・宇宙の摂理と思ったら、日常の心惑わされることなんて、ちっちゃい、ちっちゃい。でもやっぱり振り回される。生きてるってそんなこと・・・
2010.03.15
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植え込みの中から顔を出す小さなピンクの小花。大ぶりの黄色いカタバミ。どこから飛んで来たのかポピー。世の中、捨てたもんやありまへん!こんなうれしいことがいっぱいあるんやもん!
2010.03.14
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春まだ浅き中を咲いてきたジュウガツザクラ。寒い中のジョグには、慰められてきたのに・・・他の艶やかな桜が咲き出すと、「華ないのぉ~」自分の冷たさに愕然・・・一隅を照らす姿よ。真の友人よ!春の女神は、貴女です。
2010.03.13
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「おいしい記憶」というエッセイが募集されてる。わたしのおいしい記憶。母は料理の上手な人やなかった。玉ねぎをよう炒めてない卵とじ・八宝菜!?という名の薄い中華!?スープ。泣きそうで、父に訴えたら、こっぴどく叱られた。父は立派だった。母のかしわの唐揚げ風はおいしかったなぁ~大根と豆腐とうす揚げとこんにゃくの炊いたんは我が家の困った時のおかずだ。夜間の一年間の講座に通ってた時の帰って来て、母が用意してくれてた、ポテトサラダ、スイカを思う。上の子が通った生活団の懇談会。ヘロヘロになって、子を迎えに行ったら、わたし用にサンドイッチを持たせてくれた。もっともっと幼い頃、友だちをもてなすのに、食パンのジャムサンドを作ってくれた。もてなす気持ちが大切なこと、教えてくれた。母が亡くなる少し前、切り干しの炊いたんを持って行ったら、「お母ちゃんより、上手やなぁ~」と言ってくれた。わたしを支えてくれる・・・
2010.03.12
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夢を見た。劇中劇ならぬ夢中夢!?インドを旅している。強いまなざしが次々現れる。こどもからおとなまで・・・『生きることは、こういうことなんか。』と、夢の中のわたしが思っている。なんだか励まされている。『だいじょうぶだよ。』と・・・
2010.03.11
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法句経(お釈迦さんのことば)「おのれこそおのれのよるべ おのれを措(お)きて誰によるべぞ よくととのえしおのれこそ まこと得がたきよるべなれ」自分の配慮のなさ、ええ加減さ、カッコ悪さを引き受けやなと思う。それ以上ではないんやから。それが自分やから。
2010.03.10
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角田光代氏「人と人が関係を結ぶときは、美点によってかもしれない。けれどその関係を深めていくのは、美点ではなく欠点なのではなかろうか。」欠点てなんやねん!?て思ったりするが。弱さやかっこ悪さが愛おしいもあるような・・・やっぱその人まるごとを感じたいと思た時から始まるような・・・
2010.03.09
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認知症の介護についての記述(和田行男氏)「きれいごとだけでは済まない難しさがあるのは事実です。〈してはいけないこと〉〈当面、そうするしかほかに手がないこと〉と、〈本来こうありたいこと〉との間に折り合いをつけ・・・」これって、いろんなことに言えるよな。子育てにも。現実を見据えながら、対応し、高みを目指す。いやいや高みなんかよう目指さんけど、考え続けたい・・・こんな姿勢が虐待に陥らんことかなぁ~思ったり・・・でも、こどものこと、どなってるよな。思い通りにしようとしてるよな。ごめんなさい。
2010.03.08
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ふと思った・・・自主保育のようちえんの当番を抜けて一年近くになるんやなぁ~やっぱり、こどもたち、お母ちゃんたちとの関係が淡くなってるんやなぁ~こどもたちに本気で頭にきたり、お母ちゃんにざわざわする思いを抱いたりがなくなってきた。寂しく思ったりする。濃密な時間やってんなぁ~そんなん人一倍苦手やと思てたのに・・・今を生きてると思いつつ・・・
2010.03.07
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餓死した5才の男の子。死なせてしまった母親と自分との間は遠いのだろうか?マスコミは、母親を撃つ。それで、問題が解決するのならいいだろう。この事件ですくんでしまっている母親たちに、届ける声とはなんだろう・・・真摯に子どもに向かい合いたい。傲慢にも、びくびくにもならず。(この事件で、初めに思ったこと。父の家を訪ねた時、父は寝床で意識朦朧となっていた。救急車を呼んだ。その時、救急隊員に、こっぴどく責められた。「こんな状態になるまで、放っておいた。」と。部屋の中はカーテン締めたまま、真っ暗だった。ただ、動揺していた、父の姿に。救急隊員の言葉はわたしに突きささった。妊娠中を言い訳にしたかった。そんな自分を思い出した。)
2010.03.06
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〈・・・心の枯渇感を埋めるため、気持ちや体験を人とシェアしながら共感できるところを増幅していく「共振」という新しい動きが出ている。共振することで心が満たされ、活力も得られる。シェアはますます活発になるだろう。電通総研消費者研究センター宮城美幸氏〉自分が選んだ活動の中に入っていくこと何やろう。でも、るつぼの中に自分をほうりこむ!自主保育の仲間との関わりは、もうないかなぁ~よくも、悪くも遠慮のない関係は。(一方的であってはらないと思うが。)だから、大切な仲間なんだと思う。今の自分にとっても。
2010.03.05
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糸糸山秋子氏の「下戸の超然」の批評。〈NPO活動にのめり込み、僕をも巻き込もうとする彼女とのすれ違いが絶妙。僕が彼女に抱く《ポジティブな不毛》という印象は、「正しさ」を強要することがむしろ周囲を不自由ににしてしまうという現代の空疎を、辛辣に撃っていた。読売新聞文化部山内則史〉正しさとは、自分にとって、所属する組織にとって、社会にとって、人間として?不毛にも同じことが言えるんやろう・・・「適応すれど同化せず」「理解すれど同化せず」いろいろ聞くけど、他にもいろいろ言われてるんやろなぁ~「〇〇すれど、同化せず」
2010.03.04
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ひなまつりの起源は、穢れを人形に託して流すところからだとか・・・ひなまつり、わたしは小さなものを五つも持っている。わたしと夫をそれに見て・・・そんな雛の夜、夫の山の先輩から、山の知り合いが自死したと連絡が入った。その人とは、2、3か月前に山で亡くなった人の追悼の会で久しぶりに会っていた。信じられぬ思いの夫。『ええ人ほど、早よ死ぬ。』の思いの中にいる。先輩は、「葬儀には、行くな。俺もわからん。」律儀な人だけに、そこに込められた悔しさを感じる。夫も肯く。そこに師弟の関係を見たくような。夫は「山で死んだらあかん。」が座右の銘。だからこそ、山で死んだ知り合いに対しても、無念な思いだったのだろう。自ら死を選ぶなんて・・・「子ども(小学生)を冬の八ヶ岳に連れて行ったで。」と笑ったSさん。それが、わたしたち親子の励みになりました。安らかにお眠りください。わたしたちの「山」を見守っていてください。
2010.03.03
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ユーミンは、別に好きやないけど、♪春よ~は、ええなぁ~公園には、ホトケノザやらオオイヌノフグリやら、ハコベやら~今年も会えた!ホトケノザには、お釈迦様がおわされるような・・・春には、花祭りもあることやし・・・
2010.03.02
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自分なんか、ずいぶんそうなんだろうと思う。開き直って、そのまま、突っ走っちゃえと思う。そのせいで、周りの困っている人たちなど、「知ったこっちゃない!?」生きていくとは、そんなとこあるんやないかい?許されよ!わたしのまわりの人たち・・・「ごめんちゃい」
2010.03.01
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