全7件 (7件中 1-7件目)
1
大郷町のSSP構想をめぐる住民投票の問題。以前、記事にした後の動きについて。2025年8月の町長選挙で争点となり、構想を推進する現職田中学氏が敗れ、見直しを視野に入れるとして当選した石川良彦町長が、10月になって事業者と役場で会談。規模縮小を提案した町長に対して、事業者は撤退を意思表明。そして、きのう(2026年2月25日)、議会の解散請求の署名の一部に無効なものが含まれているとして町議3人が無効確認(186人分が代筆で無効)を求めて訴えていた裁判で、仙台地裁は、町選管が有効とした署名2135人分のうち、12名の署名を無効と判断した。違法な代筆が10人(本人に心身の故障がない、委任していない)、署名後に町選管が有効と判定するまでに死亡した人が2人いるということだ。これにより、有効署名数は議会解散に必要な3分の1(2127人)を4人下回ることになる。これにより、議会解散を問う住民投票は白紙となる見通しだ。なお、町は控訴を検討するとの報道があるが、地裁決定に対しては控訴はできず、上告の可能性だけ。下記2025年4月16日記事参照。もっとも、構想を断念した町として議会解散にこだわる理由は最早なく、どっちにしても住民投票はもうないだろう。SSP構想自体の帰趨は一定の方向に収束していくと思われる。この件の大きな課題としては、町選管の事務処理が適切だったのかがやはり問われなければならない。公務の信頼性の問題だ。ところで、仙台地裁の判決のニュースでこの件をきのう思い出したのだが、前の記事を書いた時点では、地方自治法の規定(76条4項で準用する74条の2第8項)により判決は100日以内だから、夏に結果が出ると思っていた。よくいう百日裁判とは、公職選挙法の場合(同法213条など)を指し示すことが多いようで、自治法の場合は結構長期になっているのが実態なのかも知れない。■関連する過去の記事 大郷町長選挙の結果(2025年09月01日) 大郷町SSP問題について(再び)(2025年04月18日) 大郷町問題(続)-直接請求と争訟について(2025年04月16日) 大郷町の議会解散騒動を考える(2025年04月12日)
2026.02.26
コメント(0)

4年ぶりになるが、三山線の線路跡をたどってみた。間沢からの西川町分のルートは以前記した(下記)が、今回は、前回はたどれなかった寒河江市分について。なお、国道沿いの酒造博物館(設楽酒造)は冬季閉鎖中で、展示の電車は足場とシートで囲まれていた。雪で一面白い田んぼの中を進む路線跡の道路は、爽快なドライブだ。国道112号をクランクのように横切って白岩地区に入る。白岩駅の跡の遺構を過ぎたはずだが気づかなかった。そして、寒河江川にかかるのが、みやま橋。みやま橋、寒河江川とある。その手前左手の青い看板には、自転車・歩行者専用道路、とある。画像の右側の看板は、さくらんぼサイクリングロード案内図。車は通行できないのだった。いったん戻り、国道112号を進んで、左沢線の羽前高松駅に寄ってみる。この駅舎の右手のほうに、三山線の駅舎とホームがあったという。待合室は非常にきれいで、いくつかパネルが壁に掛けられている。画像の左手のパネル。大正11年4月24日、羽前高松驛開通祝賀會余興藝者の踊、とある。右手のパネルには、次のように説明がある。大正11年(1922)4月23日、地区民待望の左沢線寒河江・左沢間が開通し、羽前高松駅が開業した。駅前には「祝開業」の見事な緑門が建てられ万国旗が翻った。高松迂回か、それとも左沢へ直行か線路敷設は大問題となったが、高松村の工藤八之助・國井門三郎等の大地主の政治力と寒河江川山内の人々の熱意が高松迂回を可能にしたという。やがて、駅周辺には農業倉庫、共同施設、商店などが建ち、この辺りの産業経済の中心となっていく。大正15年(1926)12月、月山山麓の資源開発等を目的として三山鉄道も開通した。(宇井啓)ホームから西方向(左沢方)を望む。この画像だと右手の方に、三山線の駅舎があったようだ。■関連する過去の記事(西川町、三山線) 三山線最後の写真(2023年11月19日) 三山線の名残りを探して(西川町)(2022年10月29日) 五色沼、志津温泉、清水と苔の西川町(山形県西川町)(2022年10月27日) 朝日軍道(2016年4月3日) 山形で一番寒い大井沢の「ゆきんこ祭り」(2016年1月7日) 出羽三山(2010年12月7日) 大井沢の大栗(10年4月13日) 山形交通三山線の電車モハ103(07年11月23日) 三山線とサイクリングロードのこと(07年10月21日) 月山トレッキング(07年10月20日)■関連する過去の記事(山形と鉄道) 奥羽・羽越新幹線整備実現同盟(2022年10月17日) 長井線の踏切たち(2016年5月4日) 山形鉄道フラワー長井線に乗る(2016年5月3日) 山形の鉄道建設熱を考える(続)(07年1月3日) 山形の鉄道建設熱を考える(07年1月2日)
2026.02.24
コメント(0)
きのうの新聞に共同の配信として、ロシア出身選手が外国の代表として多数出ているという。ウクライナ侵攻の制裁措置でロシアは国としてミラノ・コルティナ五輪に参加できないが、同国出身で外国代表として37人が出場、うち22人はフィギュアスケート選手である。ロシア国内では、他国代表となる選手に投じた多額の公費が無駄になると指摘され、賠償を求めるべきなどの議論があるという。日本時間の火曜日早朝のペア決勝では、日本の三浦・木原組(りくりゅう)が見事な金メダルだったが、私はテレビ画面のドイツ代表にボロディンの名を見つけて、ロシア五人組だ、と何度も言ってしまった。きのうの新聞記事には、そのボロディンが、ロシア国内でパートナーが見つからずドイツ国籍を取得したと記されていた。やはり、ロシア出身だったのだ。ロシア五人組。半世紀の前の小学校の音楽室の年表で見た記憶だけだ。たしか、ロマン派のあと、国民楽派に移るあたりに、5人まとめて緑か何かの背景色で括られていた。バラキレフ、キュイ、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、ムソルグスキー。年表の音楽家の名の下には、代表曲が記されているのだが、バラキレフだけは5人組の中心と書かれていたと思う。小学生のころは先生に音楽史を教わるでもなく、音楽的な理解も関心もなく、ただ、貼っている年表の名が無機質に頭に残っただけだ。中学生になって以降は、音楽に親しんだので、それぞれの作曲家の作品を聴く機会も多く、ボロディンといえば「中央アジアの草原にて」「イゴーリ公」と結びつく。いまでも日本の学校の音楽室に、年表はあるのだろうか。
2026.02.19
コメント(0)
きのう(2026年2月17日)の河北新報朝刊の記事から。浪江町で、伝統的工芸品大堀相馬焼の窯元の松永窯が、荒廃した旧店舗を遺構として公開している。4代目の松永武士(37)さんが、原発事故で奪われた故郷の記憶を次代につなげるため保存を決意したという。床には散乱した陶器の破片。壁の時計は2時46分あたりで止まっている。国の伝統的工芸品の大堀相馬焼は、浪江町大堀地区で江戸時代に発祥し、300年以上の歴史。青ひびと馬の絵が特徴。原発事故で20数軒の窯元は避難を強いられ、松永窯三代目の和夫さん(77、武士さんの父)は山形県や栃木県を転々とし、2014年に西郷村で作陶を再開した。事故から7年ほどたって武士さんが初めて故郷の店を訪れたとき、この惨状を伝えるための保存を考えた。23年3月に特定復興再生拠点区域として避難指示(帰還困難区域)が解除された。旧店舗を国費で解体する選択肢もあった。また、維持管理費などの負担から両親には反対されたものの、武士さんは保存を決断。国の補助金を活用して窓や壁を最低限補修し、通路を石畳にして歩きやすくした。維持管理費は、入館料200円とクラウドファンディングで充てる。25年夏に公開を始めている。今後は、隣接する窯場を住民の交流や芸術を学ぶ拠点にするという。年中無休、900から1700、無人営業なのでホームページ(下記)でチケットを購入する。震災遺構ギャラリー松永陶芸館■関連する過去の記事 大堀相馬焼(浪江町)を考える(2024年04月13日)
2026.02.18
コメント(0)

世界遺産の今帰仁城跡のエリアの入り口に位置する赤瓦の施設が、今帰仁村歴史文化センターだ。展示施設の城跡側の出口に、これがあった。大震災から7年を過ぎた2018年5月に、古宇利島沖で発見された。海流から考えると、いちどアメリカ大陸西海岸まで漂流して戻ってきたかも知れないという。大航海を経験した船を発見して引き揚げ、そして念願の持ち主に会わせてくれただけでなく、疲れただろうこの船にしばしの休みの場を作ってくれた沖縄の方々に、感謝です。来月で、東日本大震災から15年になる。旅人の私も、たまたまだが、ここで船に遭遇したのだった。
2026.02.15
コメント(0)

先日の記事(下記)に記した一番町四丁目のキクチさんをたびたび利用したのは、社会人になってからで、学生の頃の行動範囲では、文具といえば「巴屋」さんによく行っていた。中央通りの大町商店街(マーブルロードおおまち)の中で(1.5番丁などと呼んでいた)辻に斜めに面した店。今の楽天ショップのところだと思う。たまたま今日、家の中の片づけをしていて、これが出てきた。記載された住所は、やはりあそこだ。懐かしい。■関連する過去の記事 キクチが閉店(シリーズ仙台百景 44)(2026年02月12日)
2026.02.14
コメント(0)

一番町のキクチ。たびたび買い物していたので、閉店すると新聞記事でみたのが寂しく感じた。感謝をこめて、撮りました。■シリーズ 仙台百景(こんな企画で100まで続くでしょうか) キクチが閉店(シリーズ仙台百景 44)(2026年02月12日) 何事もあわてずいそがずまず相談(シリーズ仙台百景 43)(2024年10月14日) パルテノン神殿?(シリーズ仙台百景 42)(2024年01月06日) 止まる(シリーズ仙台百景 41)(2024年01月06日) 遊んではいけません(シリーズ仙台百景 40)(2023年09月10日) 旧代ゼミ前(シリーズ仙台百景 39)(2015年10月24日) ペデストリアンデッキのマーク(シリーズ仙台百景 38)(2015年6月2日) send i(シリーズ仙台百景 37)(2015年4月18日) 飲酒運転に、喝!(シリーズ仙台百景 36)(2011年9月24日) みんなのよい食プロジェクト(シリーズ仙台百景 35)(2011年5月14日) 彩雲?でしょうか(シリーズ仙台百景 34)(2011年5月3日) 耀け!!ベガルタ仙台(シリーズ仙台百景 33)(2010年12月26日) 太白トンネル(シリーズ仙台百景 32)(2010年11月23日) 富士宮やきそば(シリーズ仙台百景 31)(2010年10月17日) フェンスのメッセージ(シリーズ仙台百景 30)(2010年2月28日) 宮城刑務所(シリーズ仙台百景 29)(08年10月12日) 松森焔硝蔵跡(シリーズ仙台百景 28)(08年8月31日) 十一面観音堂(シリーズ仙台百景 27)(07年10月23日) 陸奥国分寺薬師堂(シリーズ仙台百景 26)(07年10月17日) 県民の森 鶴ケ丘口(シリーズ仙台百景 25)(07年8月26日) 一時停止だ!三時はお茶だ!(シリーズ仙台百景 24)(07年8月20日) 風の環(シリーズ仙台百景 23)(07年7月7日) 冷やし中華の龍亭(シリーズ仙台百景 22)(07年6月29日) 県民の森(シリーズ仙台百景 21)(07年4月8日) 数字の練習ボード?(シリーズ仙台百景 20)(07年3月25日) 半田屋一番町に進出!(シリーズ仙台百景 19)(07年3月1日) 仙台百景画像散歩(その18 撮影成功!霊気のトンネル)(07年2月6日) 仙台百景画像散歩(その17 変な漢字の看板)(07年1月28日) 仙台百景画像散歩(その16 駅前東宝ビル)(07年1月13日) 仙台百景画像散歩(その15 空から見た仙台)(06年12月29日) 仙台百景画像散歩(その14 光のページェント)(06年12月13日) 仙台百景画像散歩(その13 東京スター銀行)(06年11月30日) 仙台百景画像散歩(その12 建設ラッシュ再来?)(06年11月10日) 仙台百景画像散歩(その11 E721系電車)(06年7月25日) 仙台百景画像散歩(その10 ワンコイン端末)(06年7月7日) 仙台百景画像散歩(その9 ヤギさんの看板)(06年6月19日) 仙台百景画像散歩(その8 キック治療?)(06年6月18日) 仙台百景画像散歩(その7 ホテルモントレ)(06年6月4日) 仙台百景画像散歩(その6 佐々重ビル)(06年5月24日) 仙台百景画像散歩(その5 車止めポール)(06年4月29日) 仙台百景画像散歩(その4 オロナミンC)(06年4月4日) 仙台百景画像散歩(その3 東仙台案内踏切)(06年3月22日) 仙台百景画像散歩(その2 はんだや)(06年3月18日) 仙台ミステリー?風景(06年3月4日)
2026.02.12
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1


