仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2026.05.09
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カテゴリ: 宮城

素朴に感じている疑問。旧田尻町は田尻と沼部に2つ密集地があるが両者の関係はどうなのだろう、例えば、沼部地区の駅名がなぜ田尻なのか。また、昭和の合併で新町名で揉めなかったか。

田尻町史編さん委員会編集『田尻町史 下巻』(昭和58年3月25日発行)をもとに、調べた。

1 田尻の地域区分史の概略

明治の町村制では、遠田郡に1町(涌谷町)と11村ができた。田尻地区では、大貫村、沼部村、田尻村が成立。その後、明治35年に田尻村が単独町制。小牛田町(明治40年単独)より先の町制である。昭和29年に、田尻町、大貫村、沼部村が合併して、田尻町が発足する。

2 明治の町村制について

明治21年4月、市政町村制が公布され、翌年4月1日に施行、あたらしく田尻、沼部、大貫の3か村が成立した。

県は政府の訓令に基づいて、一町村およそ300から500戸を標準としながらも、町村の旧慣、現状を考慮し、民情にそむかぬように、郡長の意見、地方民の希望にできるだけそうよう配慮した。合併後の新町村名を付けるときも、旧村を大字として残すなど、意外なほどに慎重な考慮を払った。たとえば、県の作成した合併試案の変化にもよく表れている。このなかで、大嶺、八幡など北西部の6か村で大幡村という全く新しい村域を構想したのは面白い。

田尻村554戸、沼部村514戸、大貫村292戸となった。


・沼辺村←沼部(242)、小塩(81)、大沢(102)、桜田高野(14)、北高城(8)、北小牛田(67)
・大貫村←大貫(189)、蕪栗(103)

大貫村が小規模なのは交通、地理上やむを得ないことだった。新村の組み合わせの後、新村名を付けるときに一悶着が起こった。たとえば沼部村では、連合村時代の村会議員たちが大沢村を主張し、あるいは、大沼村、鶴城村を持ち出すなど容易に定まらなかった。結局、沼部村に落ち着いたものの、藩政期以来の沼辺村の「辺」をさけて、沼「部」村と字を変えた。

村役場は、田尻村が新町田尻に、沼部村は沼部館浦の八幡社境内におかれた。ともに前代の戸長役場を踏襲した。大貫村役場は祇劫寺内におかれた。

その後、田尻村役場は、著しく老朽化したため、昭和7年に至って議会で庁舎位置を町浦22番地内に決定、着工。請け負った会社の倒産などもあったが、8年末に完成、昭和30年まで存続。

沼辺村役場は旧修験寺道場であり老朽が甚だしく、昭和9年、沼部字富岡183の21、もと産業組合事務所跡に新庁舎を建築した。

大貫村役場はまもなく大貫館山館跡に写った。それから明治33年3月、ふたたび字宿にもどって米谷源之丞別宅を借り受け移転。41年に大貫字2また71番地、高橋氏居宅の一部を借りる。大正13年に大貫海上春見所有の居宅を買い入れ、小学校運動場東に建築することとした。

3 東北本線田尻駅について

東北鉄道の敷設と小牛田駅の開業で、駅前に米穀肥料商が進出したばかりでなく、総じて田尻地方での地方商業資本の続出と成長を授けることとなった。これらをもたらした一つが道路整備。明治22年に遠田郡役所から小牛田、中埣、田尻、沼部、北浦、富永6か村に指示があり、小牛田駅から高清水村に至る街道(高清水街道)の修築が目的であった。前代までほとんど藩政期の脇街道そのままだったものを、路幅を広げ、屈曲を直し、近代的道路に替えるものである。明治22、23両年度の事業として、それぞれの村会で、組合設立(小牛田村外5カ村組合)と分担金を決議した。分担金は田尻村の負担が最も大きい。

高清水街道の修築と同時に、県議で中埣村出身の鈴木丙二は、自費で江合川に橋を架け、高清水街道を南北に結んだ。通行料をとったので営業橋という。34年に県に買い上げられ、遠田橋と呼称。

明治41年12月田尻駅の開業とともに、田尻駅前には田尻合同運送株式会社が興った。



ただ、22年の組合6カ村の「告第1号」には、次のような内容がある。
(概略)

第1区 小牛田停車場より小牛田駅まで
第2区 北浦村より中埣駅西出口まで
第3区 中埣駅西出口より田尻駅横町入り口まで
第4区 田尻駅出口より旧道を経て栗原郡界まで


ここで、停車場が鉄道駅のことで、北浦、中埣、田尻は、近世からの継立や宿駅としての意味なのだろう。停車場としての田尻駅については記載がない。

まったく想像なのだが、開業当初は停車場の計画はなく(反対運動に対する配慮もあったか)、その後地元の機運も沸き上がり設置した際に、場所は沼部だが、宿駅としての交通上の地位の重要性から、また先に町制を単独で施行した(明治35年)こともあったか、停車場名は田尻でおさまった、か。

4 昭和の合併



2月に4町村長、議長が会合したが意見の一致を見ず、一方、中埣村当局は村民投票で帰趨を問うこととし、3月7日住民投票、小牛田ブロック参政954票、田尻ブロック参政672票で、小牛田に決定した。

これがかえって3町合併機運を急速に盛り上げた。3月15日には話し合いで合併期日を憲法記念日の5月3日にすることなどで意見が一致。しかし、合併促進協議会の新調建設計画策定では、とりわけ 新町名と役場位置で紛糾した 。ようやく第4回協議会でまとまり、翌4月6日に正式に新調建設計画が作成された。

役場の位置は、旧沼辺村字富岡。なお、一時仮庁舎として、旧沼辺村役場および近接家屋を借り上げて充当する。役場位置とは、田尻駅前富岡であり、32年9月着工、33年4月竣工。沼部字富岡183の3番地。県内で初めて円形庁舎。

町村合併は、29年4月1日の1市3町(白石、小牛田、鳴子、岩出山)に次いで、二番目の新町である。5月5日、沼部小学校講堂で新町開庁式を挙行した。

4 当ジャーナル補足

上記(3)のとおり、 新町名と役場位置で紛糾した とあるが、じっさいにどのように紛糾して、どんな案が浮上したのか、などは記載がないようだった。

地図を眺めて気づいたのだが、郵便局名が、田尻地区(田尻町浦)が「本田尻郵便局」、沼部地区が「田尻郵便局」だ。このへんにヒントがあるかも。後日調べます。
(だいたいこのようなことは、地元に長く住んでいる人に聞けばわかることなのですが...)

〔当ジャーナルからお知らせ〕
次の記事(下記)で、謎を解いて(?)います! ご覧ください。
田尻の謎を解く(その2) (2026年05月12日)

■関連する過去の記事(旧田尻町)

● 加護坊山 (2026年05月04日)

● 涌谷商人隆盛の歴史 (2011年10月15日)
= 政宗の岩出山移転の際に、伊達三傑の一とされた亘理元宗は、遠田郡に村替えになる。はじめ、大沢村の 百々城 を与えられ、間もなく涌谷城に移る。百々城は田尻駅東南の丘陵で、岩出山城の南の抑えとして要地だった。

● 宮城県北の東北本線ルート (2011年8月20日)
= 当初計画は、吉岡ー古川ー築館ー一関の奥羽街道沿いだったが、三本木や金成が難工事だったことと、松島、塩竈に近くなることから、小牛田ー瀬峰ルートになったとされ、山地の少ない田尻を通ることになった。小牛田村長の奮闘も伝えられる。

● 幻の鉄道計画 改正鉄道敷設法の予定線(その2) (2013年4月20日)
● 気仙沼線の歴史とBRT (2015年9月22日)
= 大正11年の改正鉄道敷設法の別表による予定路線には、「気仙沼より津谷、志津川を経て前谷地に至る、津谷より分岐し、佐沼を経て 田尻 に至る」鉄道が含まれた。その前半部は昭和52年に気仙沼線として全通。後半部は、気仙沼線と東北本線田尻を短絡する路線だが、実現していない。

● 組合立だった名取高校、岩ヶ崎高校、岩出山高校など (2024年03月21日)
= 定時制分校の数が多すぎ、不振の分校もあった。そこで、昭和26年2月「高等学校(定時制課程)分校設置基準」が定められた。一方で分校振興のため、分校所在の町村と密接に連絡を取り充実に努めた結果、昭和27年4月には、 田尻 、米谷、前谷地、矢本が独立して町村立の定時制高校に昇格した。

● 奥州仙台の三大名数シリーズ(寺社仏閣) (07年8月21日)
=  大崎八幡社 について。栗原市旧栗駒町の営ケ岡(たむろがおか)八幡宮、岩手県奥州市の胆沢八幡宮とともに、奥州三八幡という。
大崎八幡社は後冷泉帝の天喜5年(1057年)に源義家によって創建されたと伝える。頼義、義家父子が安倍貞任を討ったとき糧食に乏しく飢渇に苦しんだが、義家が一夜八幡様の夢を見たので、陣頭に社壇を設けて勝利を祈願し、小松の柵(田尻)を攻め、逃げるを追って遠く衣川や厨川の柵をも陥れた。そして凱旋の際に、大崎、営ケ岡、胆沢の3社に武具等を奉納して祀ったのである。
営ケ岡八幡宮は、延暦年間に田村麻呂が東征の際に勧請した。その後上記の通り頼義義家父子が凱旋の際に奉納した甲冑が今も保存されている。営岡(屯岡)の名称は田村将軍がここに屯(たむろ)して蝦夷と対陣したことから生じたという。
田尻の大崎八幡は後に仙台藩祖政宗公によって仙台に奉遷されて今に至る。





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最終更新日  2026.05.12 21:33:35
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