2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全28件 (28件中 1-28件目)
1
結局、この人生という、この世界という舞台で、私らしく、私自身を演じるしかない。私の芯にある自分のこころに近づき離れ、また近づき、そして多くの思いを思い、多くの感じを感じ、気づき、喜び、傷ついて、ショックを受けて感動して、もう充分に充分に体験しつくせばいい。これが生きている意味なのだ。生まれてきた理由だ。誰でも違った固有の体験を体験しにいきているのだ。 ありがとうございます。
2009年02月28日
コメント(0)
汚れ役は必要である。汚れ役がいないとドラマにならない。いつでも汚れ役がいる。なんとも損な役回りに思えるものだが、舞台が終われば、みんな一緒なのだ。「お互いによくやったね。どうもありがとうね。」ということになる。だから大切なのは、一所懸命にやることだ。十分にやることだ。自分が自分らしくやることだ。自分の役回りを迫真の力でやればいい。そう、そのままでいいのだ。 ありがとうございます。
2009年02月27日
コメント(0)
汚れ役という役をやる人がいる。より美しくなるために自ら汚れ役をかって出た貴重な方であり、貴重な役割である。この汚れ役は、嫌われ役でもある。理由があって、嫌われ役をかってでたのである。充分にその人をその人たらしめ、その役割を全うしていただこう。私たちは、反面教師として、充分に学ばなければならない。 ありがとうございます。
2009年02月26日
コメント(0)
汚れなければ、お掃除する必要もない。けれどもお掃除しないときれいにならない。より美しくなるためには、汚れという磨き砂が必要なのである。汚れを拭いていくと、中からピカピカのこころが現れる。以前にもまして、さらに磨きがかかり美しくなっている。 ありがとうございます。
2009年02月25日
コメント(0)
こころって、ほっとくと汚れる。それは、ほんとうの自分から離れていっていることと同じ。でも、汚れをきれいにお掃除すると、こんどは、もっと美しくなる。この汚れは、実は磨き砂だったのだ。だから、汚れているようでいて、実はその汚れが重要である。この汚れのなかに、すばらしい美しさが隠れていたのである。 ありがとうございます。
2009年02月24日
コメント(0)
世の中には、いつでも課題があり、解決されるのを待っている。この課題は、尽きることがない。尽きることがなくて逆にありがたい。やることがいくらでもあるのだ。その課題に願いをもって取り組む。社会的課題であれば、社会起業家である。その社会的課題に目を向けたことは、自分にとってそれはなんらかの意味がある。何か、ご縁があるのだ。その課題を何か自分が何か貢献したいという願いを持つ。その願いをもったとき、何か解放されるような感覚を持つ、何かワクワクするような感覚を持つ、何かこころ温まるような感覚にかられる。そうそのこころ持ちを持ち続ければいいのだ。しかし、すぐに課題に立ちふさがる障害が目に付く。その障害について、あれこれみる。その障害がなければ、その課題がなくなっているはずなのだから、障害は課題をつくりだしている原因であったりする。実は、これが有り難い。山登りでいえば山のようなものだ。山がある故に山登りができるのである。さて、大事なのは、その山をみている時に、どのようなこころ持ちになっているか?その障害をみて、うんざりしているのか?その障害をみて、やりがいを感じているのか?もし、うんざりしているのなら、何か思い方が間違っているのだ。イメージの仕方を間違っている。ほんとうの自分とその思いがかけ離れてしまっている。そのこころ持ちが、本来の自分に合っていれば、気持ちいい感じがするものだ。越えられないような山をみて、いやな気持ちになっていないか?うんざりするような見方をするのではなく、足下をみればいいのだ。そして楽しみながら、ワクワクしながら、本当の自分にとって気持ちよい方法で、タンタンと登ればいいのだ。何しろ、自分のこころ持ちがどのようになっているのかを意識する必要がある。 ありがとうございます。
2009年02月23日
コメント(2)
自分が自分であり続けるためには、人が必要なのだ。人は一人では、自分自身を確認できない。生きていることを確認できないのだ。従って、多くの気づきは、人間関係を通じて得られるのである。 ありがとうございます。
2009年02月22日
コメント(0)
人は自分の鏡であるという。それは、教師であったり、反面教師であったりする。すべては、自分の写しだ。ところで、反面教師というのは、また特別な存在だ。教師からは学べない貴重な体験を得るが故に、貴重な学びを得ることができる。これはまた特殊な貴重な存在だ。でも充分学んだら、お別れのときを迎える。これは教師も同じだ。 ありがとうございます。
2009年02月21日
コメント(0)
なぜ、人は苦しむのか?なぜと問われても困る。それは、体験しようと思ってきているからだ。苦しみの体験も終わってみればおつなものだ。 ありがとうございます。
2009年02月20日
コメント(0)
人間は偉大だ。求めるものが与えられる。ただ、普通は時間がかかる。魔法のようでいて、魔法ではない。こころ持ちが、自分の行動になり、そのこころ持ちの人を引き寄せ、行動が作用し、現実に現れるというプロセスをたどる。そして、奇跡が起こるのだ。この時間の積み上げができるかどうか。自らの使命に合致した生きかたをすればよい。何のために生まれてきたのか?その答えは、ほんとうの自分、芯の自分に問いかけることだ。それは、行動ではなく、こころ持ちの体験である。 ありがとうございます。
2009年02月19日
コメント(0)
「思考は現実化する」というナポレオンヒルの有名な書籍がある。思考が現実化するとは、その願いのこころ持ちが現実になるのだ。単に強い願いみたいなものが単純に実現するというものではない。その現実化には、時間が媒体になっている。魔法のように一瞬でないところがミソだ。しかし、時間など経ってみれば一瞬である。残りの人生では、可能なかぎり、自分のこころ持ちをほんとうの自分に合致するように、気持ちよくなるように、美しくなるように、こころ温まるように積み上げていきたい。そう、時間とは積み上げるものなのだ。 ありがとうございます。
2009年02月18日
コメント(2)
せこいこころ持ちでいたら、せこいこころ持ちの人を引き寄せた。そして、当然せこい事象が起こる。あたたかなこころ持ちでいたら、あたたかなこころ持ちの人を引き寄せ、作用してあたたかな事象が起こるのである。 これを間近にみた。 ありがとうございます。
2009年02月17日
コメント(0)
目先の利を追い求めた結果、目先の利を追い求める人をひきつけた。そして後でその人のことで苦労することになる。目先の利を追い求めるようなこころ持ちの結果、目先の利を追い求めるようなこころ持ちの人を引きつけた例を間近にみた。それは目先の利を追い求めた利を、目先の利を追い求める人に取られるような結果となった。後ろめたいこころ持ちで、目先の利を追い求めた結果、目先の利を追い求める人にその後ろめたきことが暴露される例を間近にみた。結局は、人間は、自分の想いが現実化する。そのこころ持ちが、そのこころ持ちの人を引き寄せ、作用が連鎖して現実化するのである。 ありがとうございます。
2009年02月16日
コメント(0)
私、いつも自分のこころにしっかりくるようなことばを捜しているんだなあと思いました。それは、かんてんパパの伊那食品工業株式会社の創業者、塚越代表取締役会長の著書「いい会社をつくりましょう」を読んでいるときでした。私、人事のことで大きくこころが揺れていたのですね。当社の職員憲章にある「すべては喜びと成長のために」のこの喜びと成長は、当社のキーワードなのですが、職員の採用基準が私の中でなかなか定まらなかったのです。しかし、塚越代表の著書で「この会社で幸せになれる人を採用する」の中で、「話しているうちに、にじみ出てくるようなその人の可能性を、引き出したいと感じたときに、採用を決めてきました。」ということばに触れたときに、私もやもやしたものがはっきりしたんです。「私自身が、この人の可能性を引き出したいと欲するか、感じられるか、予感できるか、願いを持てるか」というこの一点だけだったんだということがこの時、はっきりときたのですね。私自信の意欲がどのように現れるか、この人を何とかしてあげたいと思える、欲する人なのかどうかということだったんです。その人がどうのこうのというわけではなく、自分のほうだったんです。自分のこころのほうの感じ方、パワーの出方だったんです。「何しろ、この人といっしょにやりたい。この人の可能性を引き出してあげたい」と私が思えるかどうかだったんです。人事採用においても、最後は、この人を見ているようでいて、私のこころを見るということだったんだとはっきり分かったのです。これなら、もう覚悟ができます。私のこころを感じればいいのですから。目先の利益や、目先の困りごとゆえに、せこい判断やせこい欲望で行ったことは、結局は後で必ず現実に現れるということも同時にわかりました。私、目先の利益に惑わされるなというのはお金のことだけかと勝手に思っていたのですが、人財採用も全くいっしょだということがわかりました。目先の利で人を採用することはできない。10年後を見越して、できれば私の人生で、一生つきあうぐらいの気持ちで、人財を採用するという態度を持とうと思いました。 ありがとうございます。
2009年02月15日
コメント(0)
喜びは、何から生まれるのか。それは本気だということ。念を入れているということ。気持ちがこもっているということ。まごころがこもっているということ。これが喜びを生み出すもとだ。そして、それが成長を生み出すものだ。 ありがとうございます。
2009年02月14日
コメント(0)
仕事は喜びの創造だ。喜びを生み出すことだ。もし、その仕事に喜びを生み出していないとしたら、自分が喜べず、誰も喜べない。それは、仕事ではない。自分が喜び、誰かが喜んでこそ、仕事だといえるのだ。 ありがとうございます。
2009年02月13日
コメント(0)
人間の強さは、弱さに支えられていた。弱さと強さは、支えあう関係なのかもしれない。ということは、弱さと強さは両方がお互いに必要なのだ。この世の原理は、パラドックスだ。 ありがとうございます。
2009年02月12日
コメント(2)
人間は弱くていいのだ。それは揺らぎであり、それは体験であり、それは気づきであり、それは強さの源であるから。創造という強さの源であるから。 ありがとうございます。
2009年02月11日
コメント(0)
人は、成長することで、大きな願いを持つようになり、その願いを実現できるスピードも速くなっていく。弱さゆえに気づきがあり、気づきゆえに成長できる。人の弱さと、世界を創りあげていく創造力は、つながっていたのだ。 ありがとうございます。
2009年02月10日
コメント(0)
人間だけが、弱さと強さを持っている。弱さゆえに成長という喜びと創造という強さの喜びを併せ持つ特別な存在だ。 ありがとうございます。
2009年02月09日
コメント(0)
人は、弱くて強い。弱さとは、揺れることである。しかし、揺れることで、体験がなされ、体験がなされることで気づきが得られる。気づきがあることで、成長できる。弱さとは成長の源であったのだ。人は、自由だ。自由意志を持つ。自由に願いを実現できる。自分の人生を創造できる。これが強さだ。 ありがとうございます。
2009年02月08日
コメント(0)
自分の思いをほんとうの自分に合わせるための方法として、ことば遣いがある。自分の感じ方、感情がよくなるようなことば遣いをしているか。明るい、ピュアな、軽やかな、温かいことば遣いをしているか。形から入る手もある。形が整っていくうちに、こころも伴ってくる。 ありがとうございます。
2009年02月07日
コメント(0)
自分の人生を創造する方法は、自分の思い、自分の願い、自分の念をほんとうの自分に合わせることだ。自分の思いをほんとうの自分に合わせるためには、自分の感じ方、感情を意識すればよい。その感じ方、その感情は、自分にとって、心地好いものかどうか。その感じ方には、愛があるのか、その感じ方には喜びがあるのか、その感じ方には、ワクワクがあるのか、その感じ方には、軽やかさがあるのか、その感じ方には、明るさがあるのか、その感じ方には、温かさがあるのか。それを自分で、感じ方、感情を確認していくのだ。感じ方、感情がよくなるように、自分の思い、自分の念、自分の願いを調整していけばよい。 ありがとうございます。
2009年02月06日
コメント(0)
自分自身がここちよいことばを遣っているかどうかは、自分自身で聞いているからほんとうは分かっている。でも意識しないと分からない。自分自身に相当な悪影響を与えているのだ。自分のことばを聴く。自分の感情を聴く。そしてフィードバックをかけて、これを整えていく。そうすれば、自分自身が、ほんとうの自分にいつも近くなる。これは、訓練だ。訓練次第でだれでもできる。でも、素直でなければ入口に入れない。 ありがとうございます。
2009年02月05日
コメント(0)
自分で聞いていて、心地好いことばを遣おう。ここち悪いことばを遣えば、自分がダメージを受ける。自分の思いが、イメージがほんとうの自分とずれやすい。自分自身が言っていることばをフィードバックして、自分の耳でよく聞こう。それが心地好くなるように、心地好くなるようにすればよいのだ。 ありがとうございます。
2009年02月04日
コメント(0)
こころがじーんとあたたまる、明るい、クリアーな、ピュアな、軽やかな、マイルドなことばを遣おう。聞いていて、心地よいことばだ。自分が言うのだから、自分の耳が一番そのことばを聞いている。そのことばが、自分の思いのありようを整えてくれる。そのことばが、自分の念の状態を整えてくれる。自分の思いのありようを整えることができれば、自分の人生の創造力を発揮できる。 ありがとうございます。
2009年02月03日
コメント(0)
「ついてる、ついてる」っていっていると、気持ちが軽やかに、まろやかに、明るくなってくる。斉藤ひとりさんは、シンプルなこの呪文の効果を教えてくれた。気持ち、感情を、可能な限り、よい状態を示すように、自分の思いをコントロールしていけばよい。だから、「ついてる、ついてる」ってことばは、ほんとうに「ついてる」のだ。 ありがとうございます。
2009年02月02日
コメント(4)
時間とは、いのちの営みそのものだ。時間があるから生きていられる。時間があるから体験ができる。時間があるから気づける。時間とは、いのちの営みそのものだ。時間がこの世のカギとなっている。 ありがとうございます。
2009年02月01日
コメント(0)
全28件 (28件中 1-28件目)
1


