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昭和の猫には、鼠を狩猟せねばならないという使命感がありました。猫を飼っている家は、ほとんどが鼠退治目的でした。もちろん、仕事をしてくれるので かわいがってもいました。キャットフードなど まだなくて、もっぱら食事は猫まんまの、味噌汁掛けご飯です。だしに、煮干しを使っていたので、味はイケていたはずです。鼠を食べたり 魚など頭や内臓を生で食べていたので、昭和猫は、口臭がきつかったですよね。夜遊びから、帰り和子ちゃんの布団にもぐり、朝までぐっすり。布団をめくってみれば、泥 砂 泥 砂 まみれでした。
2012.11.30
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昭和は長かったので、大きく三分化くらいに分けられますね。今、私は30年代頃を遊んでいます。その頃の子たちの遊びは、アウトドア一途、とにかく5人兄弟姉妹が平均と言っていいくらいで子供の存在は豊富でした。だから、集団で遊ぶのです。いわゆる餓鬼大将がいて、指揮をふり、指示を発声します。それに則り、我を忘れて、しかしヒーローになった時は、激しく我を意識して遊ぶのです。おなかが空いても、うす暗くなってもみんなずっと遊んでいたかったのでした。
2012.11.22
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テレビが発売された頃、そのお値段はお父さんの平均月収の5カ月分はしたのです。今考えると、一目散に日本全国の家庭が購入したので、その頃各家庭は、備蓄があったのでしょうね。テレビを買うために、借金をしたという話は、子供でしたが、聴いたことなかった気がします。だけどうれしくてうれしくて、しかたなかったんですよねえ。高度成長期のスタートダッシュだったんですね。お父さんたちは、その頃猛烈に働いていましたよね。
2012.11.15
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昭和30年代頃まで、結婚式は、お嫁さんを迎える家で、近所の人に公開して、とりおこなわれていました。カップルはさぞ、はずかしかったでしょうね。嫁入り道具の布団や家具もお見せするわけです。見参に着た人たちは、色々想像したことでしょうね。三三九度の盃も、親戚の子どもが、儀式をしたのです。
2012.11.08
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ああ、クリスマス一色に。 木枯らしも吹き荒び、寒冷地は、もう秋が、終わろうかとしています。四季の中で短かすぎる季節です。 今年は、紅葉が美しすぎたので、とっても名残り惜しく感じますね。9月は、気温が高くて、10月に入り、平年並みに下がったからなのでしょうか、歳を重ねると、何が明確に把握できているかというと、経過する季節の気温の変化ですね。だから、年配の方は、ご挨拶の最初に、自然に天気の話題から、入るのです。それはそうと、今月の中旬頃から、世間は、あちらこちらでキラキラ クリスマス一色になりますね。クリスマス ってプレゼントがもらえる、おいしいものを食べれる、愛する人と過ごせる。人の三大欲望そのものですよね。そして、商業界が、演出して楽しく過ごすよう、販促のため、お誘いをかける。その商業界にいるので、クリスマスのポップ今年も、作りましたので、いくつか、貼ります。
2012.11.02
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