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(▲数年前のうちの薔薇。)■待てばバラの花咲く■季節もある、という諺がある。 (待てば海路の日和、と日本ではいう。)**「園芸家12カ月」/カレル・チャペック**チェコの生んだ最も著名な作家カレル・チャペックの「園芸家12ヶ月」に出てくる。■体調が悪い■と嘆いていたが、5月、薔薇の咲く季節に回復した。もちろん、万全の体調というわけではないが、薬を飲んで、あとは運を天に任せて生活している。待てばバラの花咲く季節もある。待てばバラの花咲く季節もあると辞職を待っていられないのが、舛添要一東京都知事。高額の給料をもらいながら、税金で家族旅行、公用車で別荘に行き、ファーストクラスで大名旅行。 税金で、絵を買い、食事をする・・・。 家を事務所と偽り、税金を払わない。まだまだあり過ぎて、書ききれない。かばう都議団と自民党、公明党。辞任するのを待つだけではいけない。■2016年5月に見た映画■*ちはやふる -下の句-*スポットライト 世紀のスクープ*レヴェナント・蘇りし者*ズートピア*マクベス*ヘイル、シーザー!■書きのこしたネタ■*ならまち*古墳ネタ*竹ノ内街道*スモーキング フリー*瀬田川洪水の原因と対策*「とと姉ちゃん」と昭和ネタ*イースターネタ*電気の自由化*雪が降った時、クライストチャーチでは・・・。*枕草子の冬はつとめての「つとめて」の語源。**「園芸家12カ月」/カレル・チャペック**チェコの生んだ最も著名な作家カレル・チャペックは、こよなく園芸を愛した。 彼は人々の心まで耕して、緑の木々を茂らせ、花々を咲かせる。その絶妙のユーモアは、園芸に興味のない人を園芸マニアにおちいらせ、園芸マニアをますます重症にしてしまう。 無類に愉快な本。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.31
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■NZクライストチャーのハグレー公園■で見たごみ箱は、分類するために2つ置いてある。黄色がリサイクルできるもので、赤が普通のごみ。▲ごみ箱の裏は、銀色。■北欧デンマークのコペンハーゲン■のホテルの部屋のごみ箱。▲中は、分類が出来る。中のごみは、「使用済み電池はここ」とモデルに置いているのか、私たちのものではない。まったく同じごみ箱が、ノルウェイだったかスウェーデンにもあった。▲北欧、コペンハーゲンの待にあったごみ箱は、シックで、素敵!!■ドイツ・フランクフルトの中央駅■は4分別。四ヶ国語なのか4つの言葉が並んでいる。青の字は、「紙」。外国に行くと、ごみ箱の写真をとってしまう。 私の部屋のごみ箱は、小さ目の火鉢の中に小さな箱を入れ、透明のナイロン袋を入れて使っている。街になじむ、シックな、ごみ箱は、素敵だ。ごみ箱がなくてもいい街はもっと素敵だ!!5月30日は、「ごみゼロ」の日。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.30
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■5月26日友人と、■さかい利晶(りしょう)の杜(もり)■に行ってきた。堺は、古くから栄えた町で、戦国時代を描いた大河ドラマなどには、必ず出てくる。例えば、本能寺の変のさい、徳川家康は境に来ていて、死にもの狂いで逃げて帰ったという話などは有名。そんな、堺には、有名人が多いが特に有名なのが、千利休と与謝野晶子。そのふたりの名前の一文字をとって「さかい利晶(りしょう)の杜(もり)」は、一年前に作られた。今回は、千利休を中心に見た。利休が作った四畳の茶室の模倣の写真。写真の床の間の軸は書。利休は、絵より書を好んで掛けたそうだ。また写真の右の明かり取りは、書が読めるようにという配慮。床柱は、木の形を生かしている。天井の、黒く見えるのは葦?それを細めの竹で押さえている。千利休茶の湯館・与謝野晶子記念館・三千家家元が命名した茶室など、利晶の杜館内を観光ボランティアの解説付きで案内してもらった。ツアー参加費は無料。 抹茶をいただいた後、さかい利晶(りしょう)の杜(もり)のすぐ横にある利休の家跡に行った。かつては、千坪あったという利休の屋敷も今では、60坪になっている。一緒に行った友人は、堺生まれの堺育ち。かつては、堺の浜辺に進駐軍がいて、大きな邸宅は、彼らの居住地になっていたなど昔の様子。利晶の杜は前は、市民病院だったこと、与謝野晶子の実家を見たこと、などいろいろ教えてくれて楽しかった。「児島屋のけし餅は有名よ」と教えてくれたので、お土産に買った。■けし餅■けしの実は、室町時代インドよりもたらされたと言われ、江戸時代初期より、大阪、堺、和歌山周辺で盛んに栽培されるようになりました。このけしの実を、小豆のこしあんを餅皮で包んだものにまぶし出来上がったものが「けし餅」です。 延宝年間において本邦最初の珍菓として登場して以来、各界名士のご愛顧はもとより全国菓子博覧会における幾多の賞碑の受賞等、全国的に名声を博し、現在に至っております。 ついでに、「竹水」とうお菓子も。300年以上続くのに、普通にあるのが堺のまちの歴史を物語っているようでいい。 ■大阪:さかい利晶(りしょう)の杜(もり)■■堺名産消し餅本舗:小島屋■チンチン電車という方が通りがいい阪堺電車に乗って行った。両方ともそのチンチン電車の「宿院」駅下車すぐ。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.29
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マッチネタは、もう書いたと思われるかもしれない。■確かに書いたし■写真もアップした。この大量のマッチを使い切るのは、いつのことだろうとため息をつきながら、アップしたものだ。そして、去年の冬からストーブ用に使いはじめ、夏が来て、また冬が来た。マッチの季節だ。使い始めて少ししてから考えた、いったい、ひと冬にどのくらいマッチを使うのか?で、使ったマッチの空き箱をとっておいた。ストーブを仕舞った5月に使った空き箱を並べて撮ったのが上の写真。これだけしか使っていないのか?まだまだ、残っているマッチ・・・。_| ̄|○夏、蚊取り線香用に使い、冬には、ストーブ用・・・。来年は、どれだけ減っているか楽しみだ。*老前整理*老いる前に身辺を見直して、今後の生活にいらないものを整理すること=老前整理を提唱してきた著者による、老後に快適な生活を送るための生き方指南書。 高齢になればなるほど整理はおっくうになり、悪化すればごみ屋敷のような社会問題に発展する。 本書では、片付けられずモノに囲まれて暮らす人が、老前整理の考えを知り、思い切って整理に取り組み、生き生きとした暮らしを取り戻すさまが描かれる。 実用的で社会的使命もある新しい整理術の提案。 ・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.28
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■喫茶店全盛期■昭和40年代~50年代。このカフェストリートには、エトワール、スワン、モンテカルロ、 モンシェリー、モカ、森の詩、黄昏、ブルーメ…など多くの喫茶店がありました。 現在のように携帯電話のない当時の人々にとって、喫茶店は待ち合わせやデートコースに使われ、 この通りに面する南街会館(現なんばマルイ、TOHOシネマズ)での映画の待ち時間などには欠かせないスポットでした。 そこには人々が集まり、いつも会話があふれていました。 映画と映画の間に、ふと映画館の裏通りに足を踏み入れた。この映画館には何年も通っているし、映画館のあるビルの真裏なのに、はじめて。かつては、喫茶店で賑わっていたこの路地をなんとか復活出来ないかと道路も石畳にし、電線を地中に埋め、この通りを「カフェストリート」と命名。 仕掛け人は「夜のカフェテラス」という絵をイメージしたそうだ。時間がなかったから外から見ただけだが、どの店も「カフェ」のおしゃれなイメージはなかった。「カフェストリート」というなら、通りの店が競って、外観もきれいにし、カップやランチもカフェ風にしてもらいたい。いっそ、「喫茶店横丁」という通りの名前に変えるのもありだと思った。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.27
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私が小学生の頃、岡山の田舎に住んでいた頃のことだ。父は、歯が弱かったせいからか、胃が弱かった。農作業の途中で、地下足袋をはいた足は、部屋の外に出したまま、うつぶせになっていた。胃の痛みに耐えていたのだろう。 そんな父が、「ジヤスターゼが含まれているから大根は消化にええんじゃぁ」と言いながら食べていた。また、ある時は、「昔、『タカジヤスターゼ』いう胃薬があった」と言っていた。なぜか、「タカジヤスターゼ」という言葉は半世紀以上たっても覚えていた。 今年、4月から朝日新聞の連載で夏目漱石の「吾輩ハ猫デアル」が連載されはじめた。その2回目に、猫の家の主が「タカジヤスターゼ」を使用しているという。実際に夏目漱石も飲んでいたそうだ。父は明治45年生まれだけれど、物心がつくころまで、「タカジヤスターゼ」はあったのだろうか。それとも私の祖父から聞いたのだろうか。もし、売っていたとしても、貧しかった父の家ではなかなか買えなかっただろう。もう父はいないから、その事実を知ることはない。「タカジヤスターゼ」は、その後も研究を重ね、改良され現在も『第一三共胃腸薬』などに配合されているというから、父も飲んだのかもしれない。父は兵庫県龍野市に引っ越して10年くらいしてからだっただろうか、胃を半分、切除した。以来、胃が痛いとは言わなくなった。私も今年になってから、ずっと■歯と胃■の痛みに悩まされていたが、やっと、最近よくなった。私の胃と歯が悪いのは父譲りかもしれない。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.26
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高低差がものすごい、■大津神社■の裏。大津神社の由来は、「津」つまり、水だからきっと川があったに違いないと思っていた。しかし、名前の由来は「津氏」の神社ということが分かった。そして、10年ほど前に、ここに運河が流れていたことを知った。今はなき運河の名は、「古市大溝(ふるいちおおみぞ)」。 古市大溝は地表に残るわずかな痕跡や、発掘調査の成果を手掛かりにすると、富田林市の喜志附近で石川の水を取り入れ、羽曳野市の西浦から軽里、野々上、高鷲を経て、島泉附近で東除川(ひがしよげがわ)に合流していたことが推定される。幅20メートル、深さ5メートル以上の溝の両側には、さらに土手を築いたところもあり、人力だけで堅い大地を掘り開く、困難な大工事であったことが想像できる。説明板『河内ふるさとのみち』より。大津神社は、近鉄「高鷲駅」のすぐ南、この道の右側にうつっている緑の所にある。そして、この写真の道の左側には、池がある。「古市大溝」の名残りではないかという説に賛成!!■古市大溝は■全長4kmにもおよぶ古代の運河だった。しかし、その用途は灌漑説、船運説などがあり、意見の一致をみていない。掘削時期については、古市古墳群の南群の築造と古市大溝は密接に関わっていたとして、古墳時代中期の5世紀ごろに築かれたとする意見が一般的である。だが、この大溝を掘削するのに破壊された古墳があることが明らかになってきており、6世紀中葉以降に掘削されたとの意見もある。 このような運河を作ることは、当時としては、古墳と同じくらいの国家プロジェクト。今回の調査?で古市大溝の地形が残っている所があることを知った。失われた川というのは、私の大好物。灌漑説、船運説があるが、幅数メートル、深さ5メートルというのは、やはり船だろうと素人の私は勝手に思っている。■古市大溝■・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.25
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■退職したらやりたいこという記事■を書いたのは、去年の8月。その中に「ブラタモリ!」をするというのがあった。NHKの「ブラタモリ」は大好きな番組で、欠かさず見ている。まあ、タモリのように知識もないし、ガイドもないから、もっぱら、町歩きのグループに参加したり、旅行中に、ガイドさんに案内してもらうくらい。桜の花は、とっくの昔に終わったのに、桜の写真からで申し訳ない。m(_ _"m)家からそんなに遠くない所に「大津神社」という桜の美しい所がある。ここなら、体調が悪くても行けると行ったのが、4月のはじめの桜の満開の頃。境内の桜を見たり、椿を見たりしていたら、「あれ???」木の回りに囲いのある不思議な木!!!近づいてみたら、なんと、神社の境内よりも随分と深いところから生えている!!神社の横の道を見ると道の左側、白い家の所から急に傾斜がきつくなっている。境内の例の木が生えているのは、その辺りだろうか。そして、こうなる。神社の境内の土地と下の土地の高低差は、2メートル以上ある。この神社の歴史は古く、平安時代以前から、あったそうだ。平安時代には、ここに運河が通っていたという。「ロマンやな~」と一人でぶらぶら歩いて感心した。■大津神社HP■当大津神社は、十世紀はじめ、醍醐天皇(八八五~九三〇)の御代に編纂された「延喜式」に「大津神社」と明記されている由緒の古い神社で、「丹下の郷の大宮」と称えられていました。 応神天皇(四~五世紀はじめ)に、文字をはじめ各種の大陸文化が朝鮮半島を経由して我国に伝来した際、当河内地方は難波の港と大和を結ぶ要路であったことから渡来人が土着しました。荒地を開拓し産業を興して、遂に河内文化の繁栄を見るに至りました。 当時この地方には、百済貴須王の子孫といわれる「葛井(ふじい)氏、船氏、津氏」の三氏が勢力を張っていました。この三氏のうち津氏一族がこの地を卜して「大宮山」と称し、自分達の守護神を奉斎したことが「大津神社」の発祥だろうと云うのが古来からの定説で在ります。このように大津神社は津氏一族の守護神として創祀されましたが津氏一族が朝廷に召されれて大和に移住し、また時代の推移に伴って氏姓制度が衰退していくと、中世以降には、大津神社はこの地方九ケ村の人々の「氏神」として受け継がれ、「河内の大宮」と称えられました・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.24
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あまりも、ケチがつきすぎの東京オリンピック2020.これまでにあった問題点を箇条書きにしてみた。ただし、あまり多すぎるので覚えているかぎりと言わなければならない。★メイン会場。総額4554億円もかけるスタジアム建設。高すぎる建築費は、どこが出すか明確になっていない状態で没。もちろん、没になったからといって、多額の金が動いている。★メイン会場2。没になったので改めて、設計しなおした。しかし、聖火台を設置する場所がない!!設計者に、聖火台は必須と言っていなかった、関係者の無責任ぶり。★エンブレム問題。最初に決まったエンブレムは、パクリだった。このエンブレムにかかった費用が1億三千万円。このエンブレムをパクった佐野研二郎氏は他にもパクリを沢山やっていた。2回目のエンブレムは、博報堂の永井一史氏が監修。しかし、パクリが発覚し没となる。オリンピック関連の「&東京」のロゴ作成者である永井一史の父親がエンブレム選考委員長の永井一正というお粗末。パクリロゴ関連でかかった費用1億3000万円の内訳は、(1)ロゴマーク自体に500万円、(2)商標調査に2540万円、ポスターや映像などPRツールのデザイン経費に7000万円──などだという。パクリのエンブレムの選考にかかったとされる5700万円が無駄金になり、誰も責任を取らない。★五輪招致疑惑!ディアク前会長の息子に関係するシンガポールの銀行口座に、計280万シンガポールドル(約2億2300万円)が振り込まれたことが判明。しかも、開催地決定と送金時期が近いに!ディアク前会長は昨年、ロシアのドーピング違反に対する制裁を見送ったことで謝礼を受け取ったとされ、汚職と資金洗浄の疑いで逮捕された。こんな人に2億円も・・・。★JOC会長の無責任ぶり。竹田会長は、まともな調査などまったくしていないペーパーを朗々とした調子で読み上げているだけで、この問題に対する当事者意識も、疑惑をきちんと調査しようという姿勢もまったく感じられなかった。トップが知らないはずはないと部下も言っている。★都知事。オリンピックのおひざ元の東京。「TOKYO!」と2020年の開催地が決まった時に、発表現場にいて大喜びしていた猪瀬前知事。違法な献金でアウト!★都知事2。税金で家族旅行、公用車で別荘に行き、ファーストクラスで大名旅行。税金で、絵を買い、食事をする・・・。家を事務所と偽り、税金を払わない。まだまだあり過ぎて、書ききれない。かばう都議団と自民党、公明党。まさに、「私物国家」!!「こんな奴は、牢屋に入れなければならない」by 舛添要一。★黙るマスコミ。このことを大きな声で言えないマスコミ。ベッキーの不倫問題は、あんなに書き立てたのに、書けないのは、後ろに大きな問題があるからだ。★季節。8月の日本は暑い。8月を選んだのは欧米だという。彼らは、日本の夏の暑さを知らないから、バケーションに合わせて、8月を選んだというが本当の力が出ない選手が気の毒。国民の借金は、一人400万円。不良債権を生み、経済と国家を崩壊させ、ひたすら私腹を肥やすのは誰か? 今なら、オリンピック返上を申し出ても間に合うギリギリの時。世界の恥にならないためにも、返上して、その分のお金は被災地に回してはどうだろうか。■東京オリンピックまとめ■・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.23
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古い町並みが続く■和歌山県海南市黒江にて■ ■丸瓦と▲物見格子、または紀州連子格子。物見格子というのは、桟が下の方は密に、上は荒くなっている。下は、外から見えにくく、内からは外が見えやすというもの。▲家の中を見せるために、開けてくれている古い家。▲細い路地を二階で結ぶ橋?昔からの知り合いで、気心があっているからできるのだろう。 ■あちこちに、海抜の印。▲紀州備長炭発見館の軒下に炭の風鈴?白崎海洋公園(しらさきかいようこうえん)は、和歌山県日高郡由良町大引にある海辺の公園である。2009年8月に道の駅白崎海洋公園として道の駅に登録された。公園は日本の渚百選に選定された白崎海岸(白崎海岸県立自然公園)にあり、ダイビングスポットが多数ある。また、オートキャンプ場・貝の展示館・レストラン・ダイビングプールを併設している。公園全体が白い石灰岩で囲まれていて、青い海と氷山のような白い岩のコントラストが美しく、周囲は豊かな自然に囲まれている。毎年3月から7月頃にはウミネコの大群が公園全体に飛来する。水仙の群生地である。入園・駐車場無料(一部施設使用時有料)。また近海を漁船で遊覧できる(要予約)。石灰岩は古生代ペルム紀のもので、採石場跡地ではフズリナやウミユリの化石を確認できる。2009年4月読売新聞社主催の平成百景に周辺の白崎海岸が選定された。以上、5月14日~15日に行った和歌山旅行の記録。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.22
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■5月15日(日)■のこぎりの町・黒江■と棚田百選に選ばれたあらぎ島■と見た翌朝、■紀州備長炭発見館■に行った。 備長炭の語源は「備中屋長左エ門(びっちゅうやちょうざえもん)」がウバメガシを材料に炭を作り販売したことによるものだという。ウバメガシと普通の木で焼いた炭を比べて見たが、ウバメガシが断然、重かった。ということは、火が長持ちするのだろう。館内には、炭を燃料に走る木炭車が展示してあった。日中戦争以後10数年にわたり、木炭車は日本のたいせつな交通機関だったというが、人間を長くやっている私も、さすがに、はじめて見た。また、炭焼きといえば、農家が農閑期の冬場に行うものと思っていた。しかし、年中、炭焼きをしている人がいたそうだ。山の生活を実物大で再現。昭和30年代までの備長炭の炭焼きさんは山に入り炭窯と小屋をつくり炭を焼きながら生活していました。一山分の原木を焼き尽くすと、また次の山へ移ります。その人たちは、山に小屋を建て、沢かわ水を汲んできて、炊事をした。その、暮らしが分かる小屋が館内に展示してあった。 炭は、燃料としてだけではなく、吸湿作用を利用するという性質があるので、ユネスコでは開発途上国に木炭浄水器を奨励しているという。 先日見た、■世界の果ての通学路■でも、初めの方に、炭の*伏せ焼き*を手伝う少年の姿があった。燃料として、木炭が生活の必需品となっている地域も少なくないのだ。日本は、山が荒れ放題になっていて、竹が木を覆っている所をよく見る。その竹を炭にすることで、里山保全になると思うのだが・・・。 ■紀州備長炭発見館■*伏せ焼きとは*・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.22
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■ヘイル、シーザー!:あらすじ■♪音が出ます!最高にゴージャスな大走査線、始まる。1950年代、ハリウッドが“夢”を作り世界中に贈り届けていた時代。スタジオの命運を賭けた史上空前のスペクタクル超大作「ヘイル、シーザー!」の撮影が始まっていた。だがその撮影中、主演俳優であり世界的大スターのウィットロック(ジョージ・クルーニー)が何者かに誘拐されてしまう。スタジオが大混乱に陥る中、事件解決への白羽の矢を立てられたのは貧乏くじばかりを引いている“スタジオの何でも屋”エディ(ジョシュ・ブローリン)だった。お色気たっぷりの若手女優(スカーレット・ヨハンソン)や、みんなの憧れのミュージカルスター(チャニング・テイタム)、演技がどヘタなアクション俳優(アルデン・エーレンライク)など撮影中の個性溢れるスターたちを巻き込みながら、エディは難事件に挑んでゆくが……。アカデミー賞作品賞に輝いた『ノーカントリー』をはじめ、ヒット作を連発するジョエル&イーサン・コーエン兄弟が手がけたコミカルなサスペンス。1950年代のハリウッドを舞台に、スター俳優の誘拐事件を巡る騒動が描かれる。スター俳優役のジョージ・クルーニーをはじめ、豪華キャストが個性豊かなキャラクターを演じる。 楽しい映画だった。1950年代の華やかなハリウッドが舞台。「ヘイル、シーザー!」のヘイルとは、万歳という意味。「ハイル、ヒットラー」というのを聞くけど、同じ語源だろう。1950年代といえば、映画全盛期。だから、セットでは、いろんな映画を撮っている。*若手女優が人魚になって泳ぐ美しい映画。*歌って踊ってのミュージカル映画。*演技がどヘタなアクション俳優(訛り強し)は西部劇。*世界的大スター(セリフ覚え悪し)のスペクタクル映画・・・。「ヘイル、シーザー!」は、社運を賭けた、映画なのに、主役が誘拐され、身代金を要求される。誰が、何のために・・・。 1950年代は、またテレビや飛行機が台頭してきた時代だ。赤狩りもこの時代だ。そんなことも盛り込まれた内容が面白いのだが、ネタバレになるのでやめておこう。一つだけ、バラすと共産主義者の犬の名前が「エンゲルス」。( ̄m ̄*)ぷっ。「ヘイル、シーザー」は「ベン・ハー」を思い浮かべた。 テレビのコーヒーでかっこい男を演じてるジョージ・クルーニーが、三枚目の味が出ていた。監督は■トゥルー・グリット■のコ-エン兄弟。映画に対する愛を感じた。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.21
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■マクベス:あらすじ■♪音がでます!!夫が王になった時、2人の運命が狂い出す。中世スコットランド。仁徳が高く慈悲深いダンカン王(デヴィッド・シューリス)に仕える将軍マクベス(マイケル・ファスベンダー)は、反乱軍との激しい戦闘の末、勝利を収める。その帰路、謎めいた魔女が現れ“マクベスは領主になり、そして王になるだろう”という不可解な予言を囁き、ともに行動していた将軍バンクォー(パディ・コンシダイン)には“子孫が未来の王になる”と言い残して忽然と霧の中に消えていった。そこへ王の使者が現れ、コーダーの領主が死亡しマクベスが領主となるよう勅命が下る。そんな中、マクベス夫人(マリオン・コティヤール)は、愛する夫を王位に就かせるために一計を案じる。マクベスの領地にやってくるダンカン王を暗殺しようというのだ。その恐ろしい計画を聞かされたマクベスは妻の邪悪な囁きに激しく動揺する。実在のスコットランド王マクベスを主人公にしたシェイクスピアの戯曲を、マイケル・ファスベンダー主演で映画化した人間ドラマ。野心に取りつかれ、妻とともに王殺害を企てる将軍マクベスの悲劇が描かれる。 シェークスピアの四大悲劇のひとつ「マクベス」が映画になったので見に行ってきた。実在のスコットランド王マクベス(在位1040年–1057年)をモデルにしていると言われているが、実際のマクベスは17年間の長期にわたって王位にあり、また当時は下剋上がしばしば見られる時代であって、マクベスの行為も悪行とは言えず、統治の実績もあり、戯曲に見るような暴君ではなかったそうだ。映画の中で、魔女が予言する、「王になる」は自分の欲望のあらわれがそういう形になったのではないだろうか。魔女は、マクベスを不安にする予言もするが、それは徳のある王を殺したことで次は自分が殺されるのではないかという、疑心暗鬼が、悲劇になった。 シェークスピアの戯曲は、言い回しが大袈裟だ。きっと、当時は、それがうけたのだろう。元を知らないから、字幕を読んでも、日本人の私には、どこまでが、シェークスピアの戯曲なのか分からないのが残念だ。ところで、マクベスの狂気を見た王の息子たちは、イングランドやアイルランドに逃げたというがイングランドとスコットランドは敵同士なのではないのかな?敵の国の王の息子が逃れられたのが不思議だ。スコットランドの陰鬱な景色と気候が悲劇を盛り上げる?効果になっている。■シェークスピアの四大悲劇「ハムレット」、「マクベス」、「オセロ」、「リア王」。今年は、シェークスピア没後400年だそうだ。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.19
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■5月14日(土)清水地区のあらぎ島は、舌状の台地をなしており、2~10aほどの大小の水田54枚が階段状の扇形に開かれています。この河岸段丘は高野山を源とする有田川の浸食がもたらしたものです。ここでは、江戸時代初期に開田され、稲作が行われてきました。国道480号線から眺めると水田から吹き抜ける涼風が心地よく、四季それぞれに美しい景色が楽しめます。日々、とりどりの緑と背景が醸し出す色合いが織りなす景色は、残しておきたい和歌山の季節感です。■黒江の町を見た後■棚田百選で知られる「あらぎ島」に行った。私は、棚田が大好きだ。山や谷を切り開き、石垣を積み上げ階段状に作られた小さな田んぼ。先人たちの知恵と苦労の結晶で、昔は、米を作るために必死に作ったものだろうが、今となっては、米よりも景観としての価値がある。機械化が当たり前となった今では、小ささや、階段状になった田んぼは、機械に不向きなのに残っているのは、その景観の美しさからだろう。棚田を残そうと1999年「日本棚田百選」が選ばれた。あらぎ島も入っている。また、あらぎ島は、2013年、重要文化的景観として選定された。去年行った九州・別府市郊外の■内成(うちなり■の棚田も「日本棚田百選」のひとつだ。人間が手を加えないとすぐに荒れる棚田。 田んぼは、稲を作るだけではない。 大雨が降ったら、水をためるダムの役目をする。 湿地として、鳥や昆虫の生きる場所だ。また、日本人の原風景でもある里山は、残して欲しい景色だ。(▲内成の棚田)■あらぎ島HP■■棚田ネットワーク■・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.18
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■5月14日(土)■黒江の町■を歩いていると、いろんな所に、古い町の記憶が残っている。まず、中言(なかごと)神社に行ってみた。黒江の地名の由来は、大昔、このあたりは、入江で牛に似た岩があったという。満潮には隠れ、干潮にはあらわれるというところから黒牛潟と呼ばれたのが、黒江の地名の由来だ。中言神社には、黒牛があった。徳川光貞筆と伝わる「梅鶯」がこの神社の社宝だそうだ。 このあたりのマンホールの蓋は、鳥と花だが、これは、梅に鶯なのだろうか?次の寺は、浄国寺(じょうこくじ)。石垣の形が見たことがなかったので、写真を撮った。その石垣から、なんの木だろう、大木が!!いつも、■隙間植物■を応援している私だが、これは、すごい!浄国寺と下の土地の高低差!!その下には町が広がっている。細い道は、かつては川だったことが分かる。三角の影がつづいて、まさに「のこぎりの町・黒江」だった。ここには書ききれない、2時間半の興味深い町歩きだった。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.17
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■5月14日(土)■和歌山県・黒江■は、漆器の町。ガイドさんと待ち合わせた「うるわし館」の前に、漆(うるし)の木があった。漆の木にキズをつけて、樹液を集めるところから、漆塗りは始まる。漆にキズをつけることを、「かく」というが、「ひっかく」からきたのだろうと私は考えた。漆の樹液を精製して、塗るのであるが、その前に、塗るためのお椀がいる。その、お椀を作るのが木地師で、「木地屋」の看板がある。木の椀は、塗師によって塗られ、完成する。もちろん、漆を集めたりする仕事や絵付けをする人もいただろう。そうして完成したお椀は、船江戸に出荷されていたというが、船会社は、四国の讃岐の人だったそうだ。彼らは、旅の安全を祈願し、ここに小さな神社を建てた。写真には写っていないが、石垣の上だ。海のすぐそばにあったらしい。水運のおかげで、今から考えるより、ずっと讃岐、江戸ともちろん、大阪なども繋がっていた。漆の集めて、精製、木地師、塗師、絵付け、運搬と完全に分業され、古くから賑わっていたようだ。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.17
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■5月14日(土)■和歌山訛り■が楽しい、ガイドさんに案内されて、和歌山県海南市黒江に行ってきた。■もともと、黒江の漆器は■室町時代に始まり、江戸時代には藩の保護を受けて大きく栄えた。漆器の繁栄とともに、手狭となった黒江地区は徐々に埋め立てられた。黒江の町並みといえば、のこぎりの歯のようになった家の並び方が象徴的です。これは江戸時代に黒江の入り江を埋め立てた宅地が平行四辺形だったことから、このような並びになったといわれています。 埋め立てられた古い家の前には、三角形の余地がある。それは、●荷車(荷出し車)を置くため。●家の向きが、南向きに近づくように建てたためという二つの説がある。(▲ここが海とつながっていた。)*川端通り*元弘元年(1331)頃に大きな地震があり、土地が隆起して、海は一部だけが川のように残りました。やがて海の両側が埋め立てられ、海は運河のようになったのです。両側を西の浜、南の浜と言い、その中にできたのが「川端通り」です。川端通り界隈は漆器問屋の町として栄え、運河は漆器を港まで運ぶのに大いに役立ちました。運河は当初、5mほどの幅がありましたが、大正中期に2mまで狭められ、昭和初期には上を覆って暗渠となっています。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.16
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5月14日~15日、和歌山県に行ってきた。退職後、故郷の御坊に帰った夫の古い知り合いに会いに行ったのだが、どうせ行くならと数か所廻ってきた。そのひとつに、黒江という町がある。そこを案内してくれたガイドさんの訛り!!普通に喋っているのに、時々、「ざ」が「だ」に変わり、「ぞ」が「ど」になる。方言大好きな私は、そのことを指摘すると、「黒江ことば大番付」という紙をくれた。 和歌山県人は、動揺の「ぞうさん」が歌えないなんていう笑い話になる。♪どーさん、どーさん、お鼻が長いのね~となるのだ。 もっと、おかしかったのが「探偵ナイトスクープ」という番組の依頼。「私の母は、自分の孫の名前が言えません。祥三(しょうぞう)を*しょうどう*と言います。どうぞ、母に孫の名前を呼べるようにしてやってください。」というような内容の依頼だった(名前は私が勝手につけました)。■ザ行とダ行が入れ替わる。■(例:動物園の象→ぞうぶつえんのどう) 泉州と紀州を走る南海電気鉄道の案内放送では、関西国際空港開港時に改められるまで「でん車輌だ席指定、特急サダン、和歌山港ゆきでごだいます」のような発音が聞かれた。 南海電車の放送、聞いてみたかったな・・・。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.15
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(▲映画「アメリ」で有名なパリの運河。)パリ、シャンエリゼが歩行者天国に!■フランスの首都パリ■では、大気汚染が深刻になっているため、観光名所のシャンゼリゼ通りで毎月1回、車両の通行を規制して歩行者天国にする試みが始まりました。パリでは大気汚染が深刻な問題になっていることから、市当局は、車の排気ガスを減らそうと、毎月1回、シャンゼリゼ通りを歩行者天国にすることを決めています。初回となる8日、凱旋門(がいせんもん)近くからコンコルド広場に至る、およそ2キロにわたって、緊急車両を除く自動車の通行が規制されました。 ヾ(*´∀`*)ノ、シャンゼリゼが歩行者天国になった!!大都市も、地球の未来を考えると、こうあるべきだ。といっても、月に一回。せめて、週に一回か、土日は、車を入れないでほしい。とはいっても、私は凱旋門(がいせんもん)近くからコンコルド広場までを歩いたことはない。凱旋門には行ったことがあるが、メトロを使った。 ところで5月のパリといえば、思い出す歌がある。■「美しき五月のパリ」■「Ah! Le joli mois de mai à Paris ! 」「オ ル ジョリ モァ ドゥ メ ア パリ !」この歌は、下に紹介する「五月のミル」という映画で聞いたように記憶している。映画「五月のミル」は、美しい自然とアンティークな家具、ストーリーと、どれも大好きだった。若者や学生が、世界を変えられると思って闘っていた時代を1968年をユーモアを交えてえがいた、美しい映画だ。五月からシャンゼリゼが歩行者天国にというニュースを知って、*「美しき五月のパリ」*「五月のミル」がいっぺんによみがえった。■美しき五月のパリ!■♪音が出ます!!!『五月のミル』1968年5月。南仏の田舎町にある屋敷で、年老いたヴューザック夫人が亡くなった。一緒に暮らしていた長男ミルは、母の葬儀のため自分の娘や兄弟たちを呼び寄せる。遺産配分や屋敷を売る話ばかりの彼らにうんざりしながらも、ミルは葬儀の準備を進めていたが、葬儀屋までがストを決定。「五月革命」は彼らにまで影響を及ぼしはじめる--。美しい田園風景のなかで繰り広げられるブルジョワジーたちの日常と事件を、おおらかかつシニカルに描くアンサンブル・コメディ。脚本のジャン=クロード・カリエールが見事に取り込んだブニュエル的世界にルノワール風のタッチを加え、名匠たちヘオマージュを捧げている。作品に一層の魅力を与えるのは、ステファン・グラッペリが奏でるジャズ・ヴァイオリンの軽快なメロディ。五月のフランス。美しい緑とザリガニと、そして革命……!?上流階級(ブルジョワジー)を皮肉った、コミカルでちょっぴり切ない家族のものがたり。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.13
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■ズートピア:あらすじ■あきらめない。何があっても・・・。動物たちが人間のように暮らす文明社会“ズートピア”を舞台に、警察官になりたいと願うウサギのヒロイン、ジュディとキツネの詐欺師ニックが出会い、巻き起こす騒動を描くディズニー・アニメーション作品。ジョン・ラセターの製作総指揮のもと、『塔の上のラプンツェル』のバイロン・ハワードと『シュガー・ラッシュ』のリッチ・ムーアが共同で監督を担当。 動物が主人公の映画といえば■ファンタスティックMr.FOX■。予告編やチラシを見て、絶対に見たいと思った映画、後に、■グランドブタペスト・ホテル■など、私の大好きな映画を作ったウェス・アンダーソン監督だと知った。 「ズートピア」は、同じアニメでもタッチが全然違い、ディズニーテイスト。ウサギの警官、ジュディのペンは、ニンジンの形をしている。 ウサギのジュディは、もとより、キツネのニックの可愛らしさよ!大人も楽しめるアニメで、さすがディズニーと思わせる映画だった。(私は「ファンタスティックMr.FOX」の方が好きだけど・・・。)・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.11
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■レヴェナント・蘇りし者■♪音が出ます復讐の先に、何があるのか。アメリカ西部の未開拓な荒野。狩猟中に熊に喉を裂かれ瀕死の重傷を負ったハンターのヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は、狩猟チームメンバーの一人、ジョン・フィッツジェラルド(トム・ハーディ)に見捨てられ置き去りにされたばかりか、最愛の息子を殺されてしまう。グラスはフィッツジェラルドに復讐を果たすため、厳しい冬の寒さに耐え、交戦中の部族の熾烈な襲撃を交わし、約300キロにわたる過酷な旅に出る……。熊に襲撃され、過酷な自然にさらされながらも生き延びたハンター、ヒュー・グラスの実話を、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化したサバイバル劇。自分を取り残したハンター仲間への復讐を果たそうとする男の姿を、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が映しだす。 はじめの方から美しい景色が広がる。森の中を流れる水、いや、水の中に生えている木々・・・。これは、どこで撮ったのだろうか?こんなとこ、見てみたい。そんな所を通って、毛皮を運ぶ30人の白人たち。毛皮をこんなにとってということは、動物の殺戮があったのだろう。いろんな戦いがあったのだろう。★人間対動物の戦い。ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は熊に襲われ、瀕死の重傷を負う。熊だけではなく、野生動物も生きていくために人間と闘う。★白人とインディアン。白人が上陸するまで、アメリカは、ネイティブ・アメリカンのものだった。土地を敬い、自然に寄り添って暮らしてきたのに、白人は、勝手に土地を荒らし、村を焼き、命さえも奪う。怒るのは当然だ。★部族対部族インディアン(あえて)には、いろんな部族がいて、なぜか闘っている。土地が問題になっているのだったら、話し合いで解決して、その分みんなで、白人にかかっていけば、道も開けたろうに・・・。★自然恵みを与えてくれる自然も、時には人間を襲う。降る積もる雪や高い山、流れの早い河、深い谷・・・。★仲間同士。自分勝手な人間は、仲間であろうと裏切る。瀕死の仲間を置き去りにしたり、殺したりする。 こんな中で生き残っていく人は、体力、知力全てに秀でていないとだめだ。私みたいに、■弱い人間■は生き残れない。何が食べられるかを知り、食べられるものは、なんでも食べないとだめだ。動物を倒して、内臓を手掴みで食べたりしているシーンをみると、身震いする。暮らしの知恵も必要だ。医者など、いないのだから薬草も知っていなければならない。映画の中でネイティブアメリカンは、あっという間に、小屋を作った。白人が来たため、絶滅してしまった動物やインディアンの暮らし、言葉・・・。どんなことも7世代まで考えて決めなければならない。アメリカ・インディアンの書物より賢い言葉 イロコイ族の言葉★第88回アカデミー賞★★主演男優賞★監督賞★撮影賞を受賞。作品賞にもノミネートされた。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.10
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■去年、九州に行った。■熊本にも、もちろん行った。しかし、加藤清正が築き、日本三大名城の一つとして知られる熊本城には寄らなかった。車でまわったから、交通の便の悪い所に行って、熊本城のような、名所は、いつでも行ける。そう思っていた。あれから半年。熊本城は櫓や門など重要文化財に指定されている13の建築物全てで深刻な被害が出ているという。数百年も、もったのに、自然の力の前には、どうすることもできない。それならば、わざわざ、今あるものを、しかも、美しいものを壊すとは、何事だと思う。(▲心斎橋大丸玄関)(心斎橋大丸玄関の拡大:動物のステンドグラス)■日本一美しい百貨店■といわれた、心斎橋の大丸百貨店。大阪が「大大阪(だいおおさか)」と言われた時代のたてもので米国出身の建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、アールデコの華麗なデザインと細部までの手の込んだ造りの百貨店が「耐震性」という名のもとに改装される。本当の所は売り場面積の拡張だと私は思っている。どんなに、頑張っても、自然の前には無力な人間だから、使える限り美しく残したいと思う。人間の力で守れるものは守りたい。(▲心斎橋大丸のエレベーターの飾り)((▲御堂筋のイチョウ並木にはえる外観)■ヴォーリズ建築の大丸心斎橋店本館保存を!■■関西ヴォーリーズ建築を巡る■■ヴォーリーズ建築の危機:心斎橋大丸■◆華麗なる大丸百貨店◆ (←心斎橋大丸の美しい柱)(▲何階だったか失念したが、照明も星の形だった。)(▲アール・デコの時計)(▲御堂筋からの入口)(▲入口の飾り)(▲華やかな天井。心斎橋大丸の魅力は、このような電飾だという。)(▲エレベーターの美しさ!!)(▲入口には、大丸のシンボルの孔雀。昔、近くに孔雀の剥製を持つ家、孔雀屋敷があったという。)(←創業1717年!)・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.09
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■過去にないような地震が起きた。■4月の半ばには、テレビは、地震の放送ばかりしていた。しかし、今は、めっきり減った。被災者は、元の生活に戻ったわけではない。3.11の時は、町内会が募金箱を持ってきたが、今回は回ってこない。で、夫が5月のはじめに、私に千円札を数枚くれた。「街頭で地震の募金箱を持っていたらこれを、使って。また、ほかにも募金をすると思うけど・・・」そして、続けて言った。「いっぺんに全部入れんと、千円ずつ、いろんな人にバラバラに入れてな。」私は、署名運動をしたことがある。ほとんどの人が、知らん顔をして通り過ぎるけれど、たまに署名してくれた時の嬉しさ。夫も署名活動をして、そのことを知っているから、いろんな人に、募金をするようにと私に言う。先日、映画を見た時に、3人の募金活動をしている人たちの箱にそれぞれ、千円づつ入れた。まだ、残っているので、次に募金活動をしていたら、渡そうと思う。決して大金持ちでない私たちに出来ることは、しれている。■貧者の一灯(ひんじゃのいっとう)■だ。お互いに地震国に生きているのだから、困った時はお互いさまだと思いたい。 ■貧者の一灯(ひんじゃのいっとう)■貧しい者が真心を込めて供える一つの灯明(燈明)の方が、仏は喜ぶという意味から。 大事なのは量や金額ではなく、誠意の有無だという教え。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.08
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■スポットライト 世紀のスクープ:あらすじ■♪音が出ます!暗闇にひときわ輝く、希望の光・・・。2002年、アメリカの新聞『ボストン・グローブ』の記者たちによって、カトリック教会のスキャンダルが明るみに出る。神父による性的虐待とその事実を看過し続けたカトリック教会の共犯とも言える関係を、『スポットライト』と名のついた一面記事に掲載したのだ。彼らの追跡は、教会で長く隠蔽されてきた衝撃的な歴史を暴き、社会で最も権力をふるう人物たちを失脚に追い込むことになる、記者生命を懸けた闘いだった……。 02年1月にアメリカの新聞ボストン・グローブ紙が報じ、世界中に衝撃を与えた、カトリック教会の神父による児童への性的虐待と、それを隠蔽してきた組織への追及。この衝撃の実話を映画化した社会派ドラマ。マーク・ラファロ、マイケル・キートンら実力派俳優たちが共演し、巨大権力に屈せず、事実を明るみにしようとする記者を演じる。 「神父による性的虐待・・・」と聞いて、思い浮かべたのが■薔薇の名前■。僧の結婚の禁止が同性愛や村の貧しい娘や若い僧がターゲットになるという話。「薔薇の名前」は、中世の話だが、「スポットライト・・・」は現代の話。それも、2002年にアメリカの新聞ボストン・グローブ紙が発表するまで、30年間も続いていたという。狙われたのは、小さな子ども。しかも、父親のいない家の子どもが狙われたという。協会は地域に強大な影響力を持っている。被害者の親は、友人たちに、「教会を守って!」という名のもとに、事実を隠すことを半ば強制される。加害者である神父は、転任か病気療養という名のもとに、なにもなかったことになる。 ひどい!どうして、だれも30年間も、黙っていたのか・・・。たまに、新聞に載っても、すぐ忘れられる。2002年に世界中が知ったことというが、私は、今回まで知らなかった。きっと、その新聞は読んでいなかったのかもしれない。もしテレビのニュースを聞いていたとしても、どこか遠い国も話として気にもとめていなかったのだ。「スポットライト 世紀のスクープ」は、第88回アカデミー賞の作品賞、脚本賞を受賞している。 「これ(神父がこれまでやってきたこと)を記事にした場合、責任は誰が取る?」という上司に「では、記事にしない場合の責任は?」という若手記者。日本でも、タブーとされていることがある。それは、スポンサー。きっと記事にしたくてもスポンサーのことを考え、記事にしないことがあるのだろうと映画を見ながら考えた。 ローマ法王庁が2月初旬に本作の上映を主催した。また、アカデミー賞授賞式の翌日、バチカンの日刊紙の一面に「本作が被害者の痛みを世に広めた」という賞賛の言葉が掲載された。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.06
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■世界の果ての通学路■という映画を2014年に見た。次の年だったかにNHKTVでやっていたので見た。そして4月30日にもNHKで再放送されていたので見た。ただ学校に行くという子どもたちを描いたドキュメンタリーの、この映画、本当に、いい映画なのだ。なぜなら、彼らは命がけで通学しているからだ。★ケニアのジャクソンはサムブル族の11歳の少年。妹と象などの野生動物が出没するサバンナを小走りで通う。往復30キロを4時間で駆け抜ける。★アルゼンチン、アンデス山脈の人里離れた牧場で暮らす11歳のカルロスは、妹と二人で危険な道なき道を馬で1時間半かけて通う。★3000m級の山が連なるモロッコのアトラス山脈の中心部、イムリル谷近くの辺境の地に生まれたベルベル人の少女、ザヒラ。毎週月曜日の朝、4時間かけて行く。学校には寮があり、金曜日には、また4時間かけて家に帰る。★インド・ベンガルの13歳の少年サミュエルは、未熟児で生まれたため足に障害がある。貧しい彼の家は、車椅子も買えないので急作りのオンボロ車椅子で1時間15分かけて4kmの道のりを弟に連れて行ってもらう。こんなに危険な通学なのに誰も、学校に行きたくないなんていう子はいない。危険な道で彼らは、真剣に、時に歌を唄ったり、冗談を言い合ったりして、学校に行く。学校に行って勉強をすることが、自分の未来を拓くことを知っているからだ。今日は「子どもの日」。世界にはいろんな子どもがいる。日本の子どもと彼らはどちらが幸せなのだろうかと思うくらいに、彼らの瞳は、希望に満ちている。今年は無理でも、来年の「子どもの日」に家族で見ることをおすすめします。学校へ送り出す朝、神へ切なる祈りを捧げる親と、 あまたの危険を避けながら、道無き道を行く子どもたち。 学校へ着くことそのものが、まるで奇跡のような・・・小さな胸に宿す、大きな夢だけが頼りだなんて!ここには、厳しくも、成長することの煌めく尊厳がある。■世界の果ての通学路HP■・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.05
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今日は「みどりの日」。祝日があるくらいだから、日本は緑を大切にしているのかと思いきや、 「ニッポン景観論」を読んで日本と他の先進諸国の建設事情を比べるとビックリした。土木、建設の占める割合は以下の通り。アメリカ・・・・8%ヨーロッパ・・・6~7%日本・・・・・・40~50%土木、建設に関する雇用の割合アメリカ・・1%未満日本・・・・12~14%コンクリートの量でいうと、日本はアメリカのなんと33倍!!!おびただしい量のコンクリートが、日本の山、川、海に流されていたのです!!!以上、「ニッポン景観論」参考 今、日本は空前の外国人が来る観光ブームだと言われている。外国人たちは、コンクリートの道、山、海を美しいと思うのだろうか?(▲下鴨神社の森)「歴史的に貴重な樹木が大量に伐採される可能性がある。 許可は基準に合致せず違法」と指摘されている■下鴨神社の境内■にマンションを建てるというようなことを、「みどりの日」という休日のある国が許していいものだろうか?アレックス・カー著「醜悪な建築」「邪魔な工業物」「過剰な看板」などの写真を並べながら、なぜ日本の景観は破壊されるのか、貴重な観光資源を取り戻すにはどうすればいいのかなどを論じた、異色のヴィジュアル文明批評。■緑したたるニュージーランドの公園■■「みどりの日」■名前の由来「みどりの日」の名前の由来は、各界識者をメンバーとする小渕恵三官房長官(当時)の私的諮問機関(皇位継承に伴う国民の祝日に関する法律改正に関する懇談会)において、「昭和天皇は植物に造詣が深く、自然をこよなく愛したことから『緑』にちなんだ名がふさわしい」という主旨の意見が多数を占めたからであるとされている。他の意見には「科学の日」などがあったとされ、いずれにしても4月29日が休日となるゆえんとなった昭和天皇の、博識であった面にちなんだ名前となっている。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.04
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■ちはやふる -下の句-:あらすじ■きみがくれた情熱 今、きみのために戦う千早(広瀬すず)、太一(野村周平)、新(真剣佑)は幼なじみ。いつも一緒にかるたで遊んでいたが、家の事情で新が引っ越し、離れ離れになってしまう。高校に入学した千早は、新にもう一度会いたい一心で、再会した太一と一緒に“瑞沢高校競技かるた部”を作る。創部1年目ながら、エース千早の活躍と抜群のチームワークで何とか強豪・北央学園に勝利。都大会優勝を成し遂げた。そして舞台はいよいよ全国大会へ……-。だが、都大会優勝を報告する千早に、新から思わぬ告白が。“俺、かるたはもうやらん……”。 ショックを受ける千早だったが、全国大会に向け、懸命に仲間たちと練習に打ち込むのだった。そんな中、千早は同級生ながら“最強のクイーン”と呼ばれる若宮詩暢(松岡茉優)の存在を知る。全国大会の個人戦で詩暢と対決する可能性がある。新に会って“強くなったな”と言われたい、詩暢に勝てばもう一度、新とかるたを取れるかもしれない……。“クイーンに勝ちたい。”千早の気持ちは次第に詩暢に捕われ、競技かるた部の仲間たちから離れてゆく。そんな彼女の目を覚まさせようとする太一。千早、太一、新の気持ちが、少しずつバラバラになってゆく……。果たして、全国大会の行方は……?■ちはやふる -上の句-■を見て、続きが早く見たかった。この映画、いろんなファンがいるのだろうと思う。*漫画を読んだファン*青春映画としてのファン*広瀬すずのファンそして、私のように*百人一首のファン。百人一首は知らなくても、楽しめるけれど、知ってたら、いろんな憶測が出来てたのしい。タイトルの「ちはやふる」は、千早ぶる 神代(かみよ)もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは 在原業平朝臣(17番)の歌。また、映画の中で、福井の高校生、新が思い出していたのが、祖父との思い出の歌。人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける 紀 貫之(きのつらゆき)この歌は大好きで■使ったことがある。■若宮詩暢(わかみやしのぶ)と読むそうだが、これはしのぶれど 色に出でにけり わが恋はものや思ふと 人の問ふまで 平兼盛(40番からとったのかな?「ちはやふる -上の句-」にはなかった、友情が描かれていてよかった!!千早たちも行った全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会(かるた甲子園)は、滋賀県の近江神宮で行われている。近江神宮は競技かるたにおける聖地となっている。近江神宮、一度行ってみたい。もちろん、観光で。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.02
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原発事故緊急対策マニュアル 放射能汚染から身を守るために 【内容情報】(「BOOK」データベースより)「安全神話」が崩壊した今、家族の身を守るために、知っておくべきこと。【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 もし、原発事故が起こったら(「事故前」にどんな知識と準備が必要か/「事故初期」にどんな緊急措置が必要か/「事故初期」にどんな緊急措置が必要か/「事故中期」にどんな対応策が必要か/その後の対応について)第2章 原発事故の特徴と対策について(原発事故の程度/これまでに起こった重大事故/原発事故の被害と影響の特徴/事故の時間的経過からみた被ばく/決定的に重要な事故情報/日米の事故対策はどうなっているか/緊急対策のポイント)第3章 放射線障害から身を守るために(放射線とはなにか/放射線障害はなぜ起こるか/放射線からの防護)第4章 重大事故はどのようにして起こるか(核分裂の連鎖反応/原子力発電のしくみと安全性/事故はどのように進行するか/放射能雲による被ばく)第5章 原発事故緊急対策についての提言(法制度の改正を提言する/現行法制度のもとでの改善を提言する) 揺れ続ける熊本。九州の川内(せんだい)原発は、■中央構造線という日本一長い断層■に近い。昨日もテレビ討論を見ていたら、「川内原発は、中央構造線上ではないので・・・」と推進派の■青山 繁晴■が言っていた。彼は、経済産業省の総合資源エネルギー調査会の専門委員に任命され2006年12月 内閣総理大臣の任命により原子力委員会・専門委員(原子力防護専門部会所属)に就任。この人は推進派だから、安全だと言わざるをえないのだろうが、誰が考えても、川内原発は危険と思うだろう。九州では、川内原発を止めて欲しいという運動が巻き起こっている。地震は止められないけれど、原発は止められる。原発を止めろと言いつつ、原発事故が起こった時に、どう動けばいいのかと考えるために、「原発事故緊急対策マニュアル」を学校や市町村単位で読んで置くべきだと思う。・・・・・・・・・・・・ にほんブログ村・・・・・・・・・・・・
2016.05.01
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