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【黙れフランス】 お前みたいなイケメンは、移民テロリストを武装集団で包囲して殺しまくることができても、こっちはそんなことできないんだよ。 単独凶悪殺人犯が相手のときに射殺なんかしたら、「包囲できてるんだから殺す必要はなかった」「戦力差で言えば虐殺ですよ」みたいなことを左翼メディアが人権派弁護士を表にたてて騒ぐんだよ。そーなの、知ってるの、経験してるの! 欧州イケメン国家は、なにかあれば「EUではー」「欧州ではー」「世界ではー」って主語をでっかくできるし、みんなを味方にできるけど、こっちはそうじゃないんだよ、味方とかいないの! 日本みたいな不細工が「アジアではー」って言えば中国が文句をつけるし、「極東ではー」って言えば韓国がケチをつけるし、それどころか国内の左派左翼が「日本がアジアの代表みたいなことを言うな」って騒ぐんだよ。不細工には味方とかいないの! お前みたいなイケメン国家が、こっちに関わるなよ、あっち行け!
2022.05.31
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コロナワクチン接種に関する否定的な考え方や、コロナワクチン接種に際しての副反応(限りなく副作用に近い現象)について、いろいろと言いたい医者っていると思うんだ(実際にいる)。 けれど、多くは「下手に騒いで反ワクチンを勢いづかせるのは本意じゃない」「反ワクと一緒くたにされるのは不本意」ってことで、沈黙している。 「コロナワクチン接種によって、免疫的な均衡が崩れたために〇〇の症状が急性増悪したと思われる症例」みたいなものはあるけれど、反ワク騒ぎに巻き込まれる可能性を考えると、言わないでおこうとかさ。 反ワク界隈が騒げば騒ぐほど、沈黙を強いられるひとたちがいる。 荒唐無稽な陰謀論が静かにしてくれたほうが、ワクチン接種に関する不都合な事象を発表しやすいんだよなぁ…。
2022.05.30
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「ワクチンの副反応で死亡した患者は診たこと無い」ってツイート。 実際に存在はしているし、それを「自分はみたこと無いから存在しない」っていうのは、「自分の周りでコロナで死んだひとはいないから、コロナはない」ってひとと同じところに向かっちゃってるじゃん。 コロナワクチン接種から1週間後に体調を崩しても、「ワクチン接種は直接的なものではなく、たまたまでしょう」な扱い。 癌治療中の患者が、コロナワクチン接種から1週間ほどして癌が活発化しても、「ワクチンとの直接的な因果関係は不明」な扱い。 医者が軽々に「ワクチンで死んだひとはいない」なんて言いきるべきじゃないと思うね。 そうやって、軽々しく言い切るから逆に信用を堕としてる部分ってあると思う。
2022.05.29
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お前ら旧帝大医学部や慶應医学部のやつがフロモックス処方しても問題ないけど、俺ら底辺私立大学は違うの! そーなの!知ってるの! 患者は病院のHPで医者の出身大学とかチェックしてて、受診する前から「どうせ、勉強できないボンボン医者なんでしょ」って目で見てんの。 お前らイケメンが、何も検査せずに発熱ってだけで抗生剤を処方しても何も言われないのに、俺ら底辺私立医が処方すると「いきなりフロモックスですかぁ?www」みたいな目でみられるの、そーなの! それで蜂窩織炎とかになっても、「最初から抗生剤処方してもらってて良かったですね」とか言われるのに、俺らが処方しても「たまたま運よく当たったけど、なんで検査しなかったんだ?」」とか責められるんだよ。そして、もし処方しなかったら、「なんで最初に抗生剤処方してないんだ」とか言われるんだよ。そーなの、知ってるの! 最初にCTとか検査すると、「本当に必要だったか、よく考えろ」とか言われるけど、お前らイケメンは言われない。最初に検査して早期発見できたとしても、お前らイケメンは「さすが」とか言われるのに、こっちは「たまたま検査してみつかっただけ」扱いなんだよ! 同じ検査、同じ処方しても、お前らイケメンは「さすが!」だし、こっちは「よく考えろ!」なんだよ。 同じ検査、同じ処方をしなかったら、お前らイケメンは勝手に周囲が「いきなり最初からそんな検査したり、決め打ちで処方しないから」とかフォローされるのに、こっちは「なんでやらなかったんだ、ちょっと考えればわかるだろ」とか言われるんだよ。絶対にそうだし、これまでもそうだったの!そして、これから先もずっとそうなの! 正論が通るのは、お前らイケメン限定で、こっちは最初からマイナススタートなんだよ!
2022.05.28
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やっぱ、夜桜家の子どもに、百の子どもでいる覚悟っていうか百の子どもとして生きる資格っていうのが欠如してると思うの。 子どもでいる資格っていうのがわかりにくかったら、親の愛情を受け容れる義務を理解してないってこと。 子どもなんて、親がいなかったらこの世に生まれることもできなかったわけだから、そういう意味では父親って子どもの創造主ともいえるわけで、創造主といえば、いわば神よ? 神とひととの間には、人として果たすべき義務ってものがあるでしょ。子どもは、親の愛情を受け容れる義務があるってこと。その義務も果たさずに、薄い人生経験の浅慮な子どもが父親の考えていることが理解できないからって、父親を気持ち悪いとか言って否定するなんて許されない。 でもね、百は家族愛の権化だから、そんなことで子どもたちを責めたり、家族団らんを諦めたりしないんだよ。 百の気持ちは、大切な家族を喪った経験のある太陽なら、よくわかるんじゃないかな。太陽だって、もしも家族を生き返らせることができるってなったら、どんな犠牲でもかえりみないよね。百がやってるのも、そういうことだよ。太陽だって、自分の家族に、自分の奥さんを紹介したりしたいでしょ、一緒に食卓を囲んで一家団欒をしたいでしょ。六実に自分の両親を「お義父さん」「お義母さん」って呼んで欲しいよね。わかるわかる。 もうさ、百は新しい家族を創ってやり直したら良いね。わからず屋の子どもたちは諦めて、もう一度、奥さんとやり直しちゃわない? いまの子どもたちのことは、それはそれとしてさ。 reboot夜桜家♪ Neo夜桜家♪ 真・夜桜当主♪ 新世界を創造しよう。
2022.05.27
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子どもたちが全員で会いに来てくれるだなんて、父親としては嬉しいねぇ。 夜桜百サンは、突然、太陽を殺そうとして「六実にも、大事な誰かを喪うという父さんの気持ちを分かって欲しかった」みたいなことをしない。 娘の愛する旦那を殺そうとするような、浅い愛情ではなく、もっと深いところで子供たちを愛しているはずだから。 百サンは、愛する奥様を生き返らせたら、家族で過ごすひとときの団らんのあとで、自分が死んでしまっても良いくらいに思ってるんだ。子供たちの愛する母親を復活させたなら、その罪は自分ひとりで背負うくらいの覚悟がある。 百サンの気持ちが理解できないのは、本当の愛情を知らない可哀想なひとたちだ。自分よりも大切な愛するものの存在を知っているような幸福な人生をおくっていれば、百サンの行動は理解できるし支持できるのが当然で当たり前。百さんの行動は愛情深い人間がとってしまう自然な行為。 子どもが父親を理解しようとしなかったり、受け容れられなかったりするのは、親離れのために父親が味わう痛みだけれど、それも子どもたちがいずれ父親になる日がくれば理解できるようになる。 出産のときの母親の痛みが、父親の味わう子どもからの無理解、拒絶、拒否なのだから、子どもたちが父親を理解しようとしないことは責めたりしない。父親の味わう痛みとして受け容れよう。 家族みんなが幸せになることこそが、百サンの望みで、それ以外のものは求めていないんだ。子どもたちは未熟だから、本当の幸福がわからないんだ。だから、百サンは、父親として、子どもたちに本当の幸福を教えてあげようとしているんじゃないか。 百サンだって、不要な殺人なんかしたくないんだよ、でも家族の幸福のために必要だからやってるんじゃないか。子ども夫婦と一緒に、夫婦で食事をしただけなのに、何が問題だっていうんだ。
2022.05.26
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なぜ父さんの愛情が理解できないんだ。父親の愛情を理解できないような子どもに育てた覚えはないのに。 父さんがこんなにしてまで、お前たちの幸せと笑顔のために、もう一度、母さんと家族そろって食卓を囲み、一家団欒をしようという想いをなぜ理解しようとしない。 そうか、お前たちはまだ結婚もしていなければ、子どもをもったこともないから、家庭の大切さがわからないんだな。未熟な子どもに怒っては父親失格だ、未熟な子どもを導いてこそ、理想の父親というものだ。 父さんはお前たちを責めないぞ、そして諦めたりしないぞ。お前たちは、父さんの愛情を理解するには人生経験が足りないんだ。自分よりも大切な家族の価値というものが理解できていないだけなんだ。家族というのがどれだけ大切なのかわからないんだ。この世で最も大切なものが家族だ。それに比べたら、この世の中の有象無象の生命なんて無価値に等しい塵芥だ。 六実だって、太陽君という愛すべき伴侶を得たのだから、自分よりなによりも大切なものの存在というものを少しは理解できるようになっただろう。太陽君のためなら、何を犠牲にしても構わないという感情を少しはわかるんじゃないか。 そうか、六実には想像ができないか…。大切な誰かを喪ったときに、もしもう一度、そのひとを取り戻せるのならば、なにもかも犠牲にしても構わないという気持ちが理解できないんだな。 それならば、六実も太陽君を喪うようなことがあれば、父さんの気持ちを分かってくれるね
2022.05.24
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今年は、2年ぶりの遊べる夏になりそうです。 ・TVでも言われてますが、熱中症に気を付けて。 「長い時間、屋外で遊ぶのが久しぶりな子どもは水分摂取を忘れやすい」はもちろんですが、小児科で熱中症として受診する子は中学生のほうが多いです。小さい子は親も教員もこまめに「水分とりなさい」と注意してくれます。中学生になると、いちいち注意してくれないし、注意されても言うことをききません。中学生の親御さんは、「もう中学生なんだし…」と油断せずに、水分摂取を声がけしてください。 ・デオドラントスプレー(塩化リゾチーム含有) タマゴアレルギーの児が、塩化リゾチーム(塩リゾ)含有のデオドラントスプレーによってアレルギー反応をきたしたという話。当時は話題になり、製品の回収も行われましたが、すっかり忘れられちゃってます。 「去年のスプレーを使おう」と引っ張り出してきた方はご注意ください。 「うちにはタマゴアレルギーの子はいないし」と思っても、学校で、部活で、スポーツクラブで使用する際に周囲にタマゴアレルギーの児がいるかもしれません。「貸してー」「いいよー」の貸し借りは普通にあることです。防げるトラブルは防ぎましょう。 今年は、子どもたちが楽しい夏を過ごせますように。
2022.05.23
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もうね、こればっかりはしょうがない。 大日向教授の回答に納得はいかないけど、より適切な答もない。 自分のことで言うと、医者になって結婚して子供も生まれて、まぁまぁ及第点だと思ってるけど、それを親が納得してるかは別。 自分が私立医学部に入学するときに親には「毎年、すごい税金を納めているのに私立か」みたいなことを言われたからね。 うちの兄弟がみんな私立大学っていうのもあるけど、国公立に行って欲しかったのはあった。 どこまでいっても、親は子供に期待するもんだよね。 それとは別に、親同士の見栄みたいなのもある。 相談者の「うちの子は〇〇進学校からxx大学に進学したの」な話は、コンプレックスをチクチクする。でも、それって一生モノだよ。 〇〇進学校 xx大学 ◇◇商事に就職 △歳で結婚 □歳で孫 … そこから、孫の人数,性別,孫の進学先,孫の就職先って続くわけじゃん。 死んだら、自分の仏壇の値段や戒名,墓石の大きさや色や値段まで気にしちゃうの? 死後の世界で、「あそこの家は、親の葬式代が〇百万円で、葬式に届いた花がx基だった。それに比べて、私の葬式に子供は△十万円しかかけてくれなかったし、戒名は安いし、花は少ないし、墓石は安いし、もう嫌だ」ってなっちゃうの? 大日向教授は、相談者を「誇れるものを欲しがり屋」って言うけど、違うんだよ。自分の子供を自慢したいし、それは自分の子供への愛情の一部なんだよ。赤ちゃんのときに、笑った,食べた,ハイハイした,つかまり立ちした,歩いた,喋ったって喜ぶじゃん。それの延長線上に、「ウチの子は〇〇大学に進学した」「〇〇商事に就職した」っていうのがあるんだよ。 うちの姉の子(甥っ子)が、あまり学校の成績が良くなくてね。姉の親族(姉の旦那義実家)の子供たちに比べて、進学先が良くない。それを姉はすごく気にしてて、「旦那の兄弟の子は成績が良いのに、うちの子の成績が悪いと、自分の血が悪かったようで凹む」って言うんだよね。まぁ、弟からみてもうちの姉は成績優秀ではない人間なんだけど、それはそれじゃん。叔父さんからみて、姉の子(甥っ子)は成績が悪くてもバイタリティ溢れる(生きるチカラがガッツリある)タイプで、良いと思う。ちょっと(かなりしっかりと)発達障害が入ってると思うけど、そこそこ育て上げた姉は偉いと思うんだよね(姉のことは好きじゃないから言わないけど)。 相談者は、「うちの子が自慢できないので人付き合いに支障がー」って相談になってるけど、本音は「うちの子をもっと自慢したいのに、自慢できない、しにくい!」でしょ。 他所の親が「うちの子、すごいでしょー。ふっふーん♪」ってときに、「うちの子もすごいのよ!」ってしたいんだよ。わかる!それは、自分のプライドだとか子供のアクセサリー化とかじゃなく、「うちの可愛い子供ちゃんを自慢したい!」だよ。 別に良い成績じゃなくても、スポーツができなくても、自慢したい。たとえば、「こないだ、四国に旅行に行ったときに、現地の朝市で〇〇を送ってくれて美味しかったの」でも良いんだよ。「体調を崩したら、こっちに来てくれて洗濯とか掃除をやってくれた」でも良い。「うちの愛する子供がねー」をしたい。それは、別に悪いことでもないし恥ずかしいことでもない。 優秀な大日向教授サマは「高校入試の結果だけでー」とかいうけどさ、違うんだよ。世の中には、優秀でも親より先に逝ってしまう親不孝もあってさ。子供としては、心身ともに元気でちゃんと親のことを気遣えるなら、それで花丸!親が、自分の子供のことを自慢したいのは当たり前! 毎日、元気にメシ食って、元気だったら、それだけで自慢の子どもでしょ。
2022.05.22
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【異形でしかない者】 スピナーのような「異形でしかない者」をもっと描いて欲しかった。 スピナーたちは、現実世界で言えば「不細工なレズ」「ブサイクなゲイ」「なんら才能のない発達障害」なんだ。 「美人なレズ」は奇異な目で見られたとしても、受け容れられやすい。 「耽美なゲイ」は奇異な目で見られたとしても、受け容れられやすい。 ダウン症やADHDやASDといった発達障害者も、「でも彼らは(非常に稀に)特別な才能がある(こともある)」ときには受け容れられやすい。 しかし、多くは「異形でしかない者」たちだ。 ヒロアカの世界では、「才能ある個性」はヒーローとして生きられる。 しかし、「秀でた才能はなく、姿かたちだけの異形」は生きにくいだろう。 発達障害者の多くは、特に音感が優れていることもなく、特別な色彩感覚をもっていることもなく、ただ単純に障害者だ。 ダウン症の児だからといって、心が綺麗なことはなく、もし心根の優しいダウン症の児がいたならば、それはその両親や環境や本人の性格であって…そこ児は健常で生まれたとしても心根の優しい子だろう。 身体障碍者だから性格が良いことはなく、性格の悪い身体障碍者もいれば、性格の良い身体障碍者もいる。 健常肢体の音楽家もいれば、盲目のピアニストもいる。 なんら才能に恵まれず、環境にも恵まれず、ただ異形なだけのー社会において異物なだけの異形の者たち。ヴィランとなるだけの才能や能力に恵まれず、ただ偏見に晒されて生きている者たち。 スピナー・伊口秀一がヒロアカの世界にいる理由は、なんだったのか。 無個性の緑谷よりも、別の意味で生きづらかった者として描かれるためだったのだと思っていた。
2022.05.21
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よみうり堂で紹介されている「加速思考症候群」。 わかる…実感として共感してしまいます。 そして、いまの若い人の時間が消費させられているとも思う。 ファスト映画だとか音楽の前奏を飛ばすだとか、情報の渦のなかで商業的に時間を消費させられてる。 時間を消費させられることで、創造性を育む時間を潰されてる。 やっぱさ、ポケーっとしてる謎時間が子供には必要なんだよ。 「3時からオヤツを食べて、3時40分から計算ドリルを始める」って予定なのに、3時30分にオヤツを食べ終わってもなぜか計算ドリルを始めるのは4時になっちゃう。謎に消費される30分…。 ポケーっとしてたり、筆箱を出したり、計算ドリルを持ってきたり、椅子に座るのにかかる時間。何をしているでもなく消費される謎時間。 あれは脳のシナプスを繋いで、入ってきた情報を咀嚼して、定着させるのに必要な時間なんだよ。 あの謎時間によって、十数年後に「子供の頃にオヤツで食べたポケモン化石ホリダー」が思い出になるんじゃないかなぁ。 自己の確立だとか、自己肯定感だとか、親の所有物でない自分だとか、そういったものを育むのに消費する時間っていうのが必要で、それは「4時から4時半までは自己肯定感の時間」みたいなものじゃないよね。 いろんなところで、少しずつ育てていく時間が必要で、それが子供の「謎時間」なんじゃないかなぁ。
2022.05.20
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昨冬に美味しかったマリベルのパンドラボックスを、再び購入しました。 初めてのときは、シトラスダクワーズが美味しそうで購入したのですが、エンガディナーショコラがとっても美味しかった。 今回、初めて食べる人がシトラスダクワーズに期待していたので、内心「シトラスダクワーズはあっさりしていて物足りないんだよね」と思っていたら『美味しい~♪』と。 食べてみたら「あ、いまの季節はこれ美味しい…」。 冬にはシトラスダクワーズは物足りなくて、他の3種のほうが美味しいと思ったのですが、いまの季節はシトラスダクワーズが爽やかで軽い甘さがピッタリでした。 まぁ、日本の夏は湿度が高いので、早めに食べきれないといけませんが。
2022.05.19
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楽天で「いちご煮(お試し缶)」を購入したんですよ。 そしたらね、缶がベコっと凹んでるのが届いたんです。 「これ、店頭だったらワゴンセールだよなぁ」 「店頭には並べられないのを通販に紛れ込ませるのってどうよ」 とかなり不愉快になりましたね。 味とかじゃなくて、気持ちが萎えるっていうかさ。 商品とか製造会社は悪くない。その通販の会社の性格が非常に不愉快でしたとさ。
2022.05.18
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「多様化をふりかざす群」 「LGBTをふりかざす群」 「フェミを振りかざす群」 っているじゃん。 そこに 「多様化を振りかざして日本をdisる群」 「LGBT正義棒をぶんまわして殴り掛かってくる群」 「フェミっぽぃことを言って自分たちの欲望をまき散らす群」 が混ざっててさ。 そうなると、「とりあえず、多様化とかフェミとかLGBTっぽぃことを言ってるヤツには噛みつく」みたいなのもでてくるよね。 そんでもうぐちゃぐちゃ。 「アフタースクールメイト」は面白かったよ。画は拙いけど、物語は良かった。LGBTに関する自分の偏見としては『勿体ない』だなぁ。せっかく男に生まれたのにもったいない。せっかく女に生まれたのにもったいない。 「あるがままで良いんじゃないの?」って思うけど、「脳が男(女)なんだから、身体をそれに合わせるのが『あるがまま』なんだ」ってことだろう。 「キラキラー」は、読者に不快感を与えないブサメン造形。 ブスの百合,ブサメンのゲイって、世の中には溢れてるけど、それが受け容れられるかっていうと、不細工ってだけで受け容れられないよなぁ。
2022.05.17
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小学生以下は、そろそろFreeで良いと思うんだ。 普通に運動会やって、普通に授業参観して、普通に社会科見学に行って、普通に修学旅行に行って、普通に林間学校に行って良いよ。 もちろん、発熱時には検査して、コロナ陽性なら隔離期間は守っていく。 でも、「運動会は学年で午前の部,午後の部で分ける」「授業参観は保護者1名で、半数ずつ分ける」みたいなのは解除しようよ。 発熱で発熱外来を受診してコロナ陽性でも、子どもは解熱剤処方して帰宅させるだけじゃん。 大人がちゃんとルールを守れば、子どもはFreeで良いよ。
2022.05.16
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うちの10歳未満児が小児用コロナワクチンを2回接種しました。 特に体調不良もなく、無事に終了。 発熱外来には、ワクチン2回接種済のコロナ陽性者は珍しくないけれど、ワクチンについては「接種しないよりはマシ」くらいの位置づけなのかなぁと。 家族内に有症状のコロナ感染者がいたときに、ワクチン接種をしておけば「無症状の濃厚接触者」で済むくらいの効果はありそう。「ちょっとノドが痛い」「ちょっとダルい」「ちょっと食欲ない」くらいを有症状とするのか無症状とするのかで線引きは難しいけれど、「無症状~きわめて軽微な症状」の濃厚接触者or陽性者で済むんじゃないかなぁ。 インフルエンザワクチンと同程度の効果くらいはありそう。インフルエンザワクチンだって、「感染を完全に防ぐのではなく、重症化を防ぐ」ってことになってるからね。 ワクチン接種に不安があって接種しないひとと接種したひとの関係は、LGBTみたいなもんで良いんじゃないの? そういうひともいるよねーってことでさ。
2022.05.15
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XRJ-65X90J 購入しての感想…と言っても、画質だとか音質だとかではなく、気持ちの感想です。 「思ったほど感動しないなぁ」という枯れた感想ですね。 初めて液晶TVを買ったときは、「おー、薄い!」みたいなちょっと未来が来た感じでした。28型くらいで画面の両側にスピーカーが付いてるタイプ。プラズマと液晶が競っていた時代ですね。 その後、40型にしたときは「大きい!大画面」みたいな喜びがあり、アンドロイドTVにしたときは「YouTubeがそのまま!アマプラがそのまま!スマホがそのまま画面に!」みたいな驚きもありました。 それが今回は、「あぁ、大きいねー」くらいの感想…。 買う前のほうが「65型だよ。ここにドーンとTVが来るよ。ドキドキ。ワクワク」みたいな盛り上がりがあったのに、実際にみると「まぁ、こんなもんかなぁ」と。 ギラつかないし、見やすいし、不満はないです。音は…良すぎて戸惑うくらい。ひとの声だけ響くモードにすると、ニュースとかうるさく感じるくらいです。音量をあげて楽しみたいと思っていたのに、10-12くらいまでしか使いません。 あと、他人のやってるゲームで酔う…。今までは大丈夫だったのに、大画面だと他人がやってるゲーム画面(アクション,シューティングなど)を観てると、なんかめまいを感じます…。 「うぉー!すっげー。楽しい♪」みたいに思えないのは年齢のせいですかねぇ?
2022.05.14
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65型のTVをamazonで買いました。 「アマゾンで大型家電とか大丈夫?」って思ったんだけど、まぁ実店舗で売り切れだったから仕方が無い。 7月に新商品が出るかもしれないけど、出ないかもしれない。 なにかしら新しい商品は発売されるだろうけど、値上げがえげつないかもしれない。 値上げがすごいうえに、品薄で値引きがなくて、1カ月以上待つかもしれない。 などなどの「かもしれない」に囚われて、amazonで買ってしまいました。 結果としては、問題なかったです。 引き取りと設置をお願いしての購入でしたが、クロネコの引っ越し便できました。 「箱から出して台の設置」までを屋外でやっていたけど、雨だったら屋内だったんでしょうね。ゴミも出ないし、まぁ家電量販店で購入するのと特に差は感じませんでした。 家電量販店だと、「〇月x日の午前便」「〇月x日の午後便」って選択できますが、amazonだと「8時~20時までのお届け」になります。そして、前日にヤマトから「〇時~x時くらいのお届け」の連絡がきます。違いはそれくらいかなぁ? 購入前の「TV台の大きさ(設置の際の注意点)」みたいなのを家電量販店ではしてくれますけどね。あとは、壁掛けにしたい人は、家電量販店で設置を相談したほうが良いと思います。 流石に冷蔵庫や洗濯機をネット通販で購入する気はないし、エアコンもおそらく実店舗でしか購入しないけど、今回のTV購入でかなり気持ちのハードルは下がりました。
2022.05.13
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一条工務店のTV台って大きいんですよ。 43型のTVを設置していると、「なんか無駄な空間があるなぁ」って思ってしまうくらいにTV台の占めるスペースが大きい。 そこでどれくらいの大きさが入るのか検討してみたら65型が良い感じに収まると思われたので、65型TVを購入しました。 結果としては…55型でも良かったかなぁ。 いや、大きくて迫力あるし、買って後悔はあまりしてない。でも、「収まるからといって設置するものでもない」っていうね。もしも、一条工務店のTV台に65型を考えてる人が居たら、まずダンボールかなにかでサイズを具体的に見たほうが良いです。メジャーで計って「入るじゃん。いけるいける」って思うと、「おや?TVしか置けない」ってなっちゃう。 TV台って、TV以外にもスイッチやらPSやらを置いてあって、それらのアクセサリー(リングコン,トイコン,ガンコンなど)を置いてあるでしょ。それが65型を設置すると置けるのはサウンドバーくらいになっちゃう。 うちは43型だったので、かなりスペースがあったものだから積みプラなんかの置き場所にしてあった。それらが置けなくなりました。まぁ、移動するだけですけど、もうちょっとモノを置くスペースがあっても良かったかなぁと。ちなみに家内は「スッキリとTVだけになった」という感想だったので、TV周りにいろいろモノがあるのがイヤだったんでしょうね…。 65型でTV脚を端にすると、綺麗にTVだけが収まってスッキリした感じになりますから、これはこれで良い。 今ならamazonで20万円ほどまで値下がりしてます。 画質も音も良いのでお勧めです。
2022.05.12
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幼稚園から小学生2年生ころまでって、かなり自由な空き時間があって、何をするでもなくポケーっとしてたと思うんだよ。 庭で草木をみたり、虫をみたり、行く宛てもなくぶらぶらしたり、何も考えずに何かを考えるって時間がたくさんあった。 いわゆる「そこはかとない時間」を過ごしていた。 あの「ほっとかれる時間」っていうのは、自己の肯定を作り上げる時間だったんじゃないかと思う。「何をするでもなく、誰かと一緒に過ごすでもなく、自分のままでいる時間」が、自分を形成して、「自分のままでも構わない」という肯定を作っているんじゃないか。 いまの10代~20代の若い子のなかに、「自分をケアしない子」がいるのが気になる。 それは身だしなみとか勉強とかの面だけの話ではなく、ちゃんと身だしなみをしている子や勉強をしている子であっても、「自分の存在にケアしない」「自分とうまく折り合いをつけようとしない」ようにみえる。 疲れている自分をケアしないとか、自分の生活をコントロールしないって意味だけでなく、自分に関心がない。 尾崎15の夜のような「自分の存在が なんなのかさえ わからず震えていた」という意識がない~自分の存在を肯定するでもなく、否定するでもなく、自分の存在に不安を覚えるでもなく、自分の存在に関心がない。自分がどうでもいい。 「自分なんかどうなったって構わない!」みたいな自暴自棄でもなく、ただ「自分がどうでもいい」。 自分に関心がなく、自分をケアしようと思わないから、周囲に相談しないし、本人も困ってないし、医療機関などに相談もしない。周りの環境が身だしなみを整えているから自分もそうするし、周りの環境が生活設計のお手本を提示してくれるからそれに従う。「頑張れ!」っていうから頑張るし、「頑張り過ぎだから休んだら?」と言われたら休む。 そんな若い子をみてると不安になるけど、大丈夫なのかねぇ?
2022.05.11
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洗濯機の調子が悪くて、買い換えました。 今までは、SANYO→パナソニック→東芝の縦型でしたが、今回は日立のビートウォッシュ。ビートウォッシュは、洗濯物を叩くっていうのが不安だったんだけど、ビートウオッシュ方式が発売されてから随分と経つけど特に問題を指摘されずに売り続けてるので大丈夫かなぁと。 家電量販店購入しましたが、いろんな売り場に商品が無かった。 半導体不足とか上海閉鎖とか、まぁいろんな問題だけど、だからといってすごく安売りするわけでもなく、高いわけでもなかった。7月に新商品が販売されるのかどうかも不透明だし、壊れてから買おうとして商品がないのは困るので購入したけれど、どうだったんだろうか。 展示品を購入するのも不安だしねぇ…。 冷蔵庫にしても洗濯機にしても、家族構成が変わると新しいものにするきっかけになる。 「この大きさじゃ、いまの家族には小さすぎる」 「この大きさじゃ、いまの家族には大きすぎる」 子どもが生まれたり、子どもが独り暮らしを始めたり、子どもが出戻ってきたり、子どもが結婚して同居したりとかさ。 同居の親が亡くなったり、相方が亡くなったりとかさ。 それを考えると、商品が売れにくくなるのも、そうだよなぁと。ずーっと同じ家族構成だったら壊れるまで使い続ける。ずーっと同じ環境だったら、変化に対応するのが面倒になる。 日本の停滞と少子高齢化は、まさに悪循環なんだよなぁ。
2022.05.10
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ちょっと前に、婦人画報で紹介されていたシェ・シバタのセック ショコラ バリエ。 美味しかったです。 上品な大きさのクッキー缶で、1人で贅沢に食べるか、2人で楽しく食べる分量でした。 お値段も手ごろで、購入しやすかったです。 フランボワーズは、果実の甘さと酸味に、クッキーの塩味のバランスが良い。「美味しくて次に手が出る」というよりも、一つを満喫するという感じ。 ショコラクッキー(カカオニブクッキー)は、マリベルのカカオニブクッキーよりもこっちのほうが好み。 抹茶は、しっかり贅沢にふんだんに抹茶を味わえます。 普通に百貨店や駅に並んでいても、落ち着いたデザインで見逃してしまいそうですが、さすがは婦人画報と思いました。自分では気が付かなかったり、もう少し人目を惹く商品を選んでしまいそう。婦人画報にあったから、購入する気になったと思います。 大阪のPOIREから3点ほど購入。 ショコラ・オ・ウィスキー(マッカラン): ウィスキーの風味が強くて、子どもは無理な、大人のためのチョコレート。珈琲に良く合います。ウィスキーに合わせてはいないけれど、お酒同士だとどうでしょうか? 夫婦で食べるのに100gを購入しましたが、これは50gで充分だったかも…たくさん食べるものではないし、酔ってしまいます。 最近、ウィスキーとチョコを合わせたペースト状の商品をよく見かけます。カズノリ・イケダのパヴェ・ドゥ・ボウモアも興味があって、お取り寄せしたい。 クッキーはメルシーをお取り寄せしました。これもまた個性的なクッキー。 大阪のクッキー缶のイメージはジャンゴ(ginkgo)が強かったのですが、こちらも美味しい。 山椒のクッキーは、シェ・シバタの山椒のクッキーがカカオと合わせているのに対して、こちらは甘いクッキーに合わせた山椒のクッキー。 チーズとドライトマトのクッキーは、ginkgoのクッキーがお酒に合いそうな個性でしたが、こちらはクッキーらしいクッキー。 他のクッキーもそれぞれ個性的ですが、全体として個性を控えめというか、「もっと個性的なものもある」ので比較してしまいます。冒険的でないというか野心がないというか、贈答用の余所行きの顔をした味わい。 自分のために買うなら、もうちょっと冒険的な商品が良いし、よそ様に贈るならこちらのほうが安心して贈れるかもしれません。 チーズケーキは、未食。
2022.05.09
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不登校の相談を受ける際に、「不登校について家庭で学んだほうが良い」と思うことがしばしばある。 スクールカウンセラーといったひとたちの一部に、「いまは疲れているので休ませてあげましょう~不登校を続けてOK,無理に登校させる必要はありません」といったメッセージを発するひとたちがいる。 だが、その疲れは学校に行かないことで癒され、学校を欠席することで回復し、登校できるようになるのか。学校を欠席することで、より不安となり、より学校に行くことが困難となるのではないか。そもそも、その児を疲れさせているのは学校生活なのか。 不登校だからといって、原因が学校にあるとは限らない。SNSで大手を振っている「元・いじめられっ子の私たち」の主張が激しく、「不登校=学校生活に原因があり、学校から遠ざかることで回復する」というイメージが独り歩きしていないか。 両親が不仲で、家庭に居場所がない児は、楽しそうな同級生をみるのが辛く、楽しそうにしている同級生に馴染めないという。 ヤングケアラーと言われる子供たちは、自分の家庭環境が周りの子供たちと違うことに疎外感を感じ、孤独を深めるという。 発達障害の児は、学校の授業の内容についていけず、学校に行くのがつらいという。 そんな彼らは、学校を欠席することで癒され、回復し、再び学校に行けるようになるだろうか。 授業についていけずに学校に行くのがつらい子は、「わからないというのが恥ずかしかった」「わからなくても、みんなと一緒にわかったふりを続けていたら、辛くなって行けなくなった」「教員にも親にも、授業が分からないと言えなかった」という。そして、それを親に説明したところ経済的に比較的裕福な家庭であったことから家庭教師をつけてもらい、学力を補うことで登校できるようになった。その経過のなかで、「図や文章(文字)ならば理解できるが、言葉で授業が進むと難易度に関係なく理解できない(アタマに入ってこない)」という問題点も明確になった。診断のつかない発達障害傾向の疑いだろうが、「文字の情報として、参考書を使って予習&復習する」ことで高校受験も可能になった。 もしも、彼を「学校に行くのが辛い不登校児」として、「つらいなら休みましょう」という言葉で解決した気になっていたら、彼は救われただろうか? 「学校に行くのが辛い」という子供に、「なぜツライのか問い詰めない」「原因を追究しない」という助言がある。しかし、不登校児という大きなグループに含まれた彼らは、1人ひとりが個性をもつ違った子供たちだ。「原因を追究せずに、無理に登校させない」ことが常に正解ではない。 「学校に行くのが不安」「学校に行く気力が起きない」という子供たちに向き合うならば、「なにが不安なのか」「なぜ気力が起きないのか」を考えて欲しい。 「結論:不登校の原因は、本人の不安と無気力です。 解決策:本人の問題なので、本人が解決できるまで待ちます」は、何も関わろうとせず、放置しているだけだ。それでは、悪化の一途だろう。
2022.05.08
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※生命の危機にあるような緊急避難的な不登校は除く 【「不登校のもたらす結果」と「対策」への理解】 西原氏のマンガは大好きだけど、萩上チキはキライ。 不登校新聞の言ってることは半分しか賛同できない。 彼らは「不登校なんて深刻じゃないし重大でもない。不登校は人格欠損でもなければ人間失格の烙印でもない」ってことを伝道してきた。その結果には、功罪の両面がある。 「不登校は人格欠損でもないし社会不適合者の烙印でもないが、不登校によってもたらされた結果を受け止めるのはあなただ」という当たり前のことが抜け落ちている。「てめえのケツはてめえで拭け」「人生の借金からは逃げられない」ってところまで伝道するべきなのだ。 不登校を否定するわけではなく、「修正可能であれば修正したほうがいい」「安易な不登校が重大な結果を招くこともある」というところまでフォローしたほうが良い。 中学ー高校と進学したほうが、社会が居場所を作ってくれる。不登校はー中卒は、社会の居場所が限られる。中学を不登校で過ごすと、出席日数が足りずーかと言って留年もさせてもらえず、進学先がないままに中学を卒業するー中学校を追い出される。不登校支援者は、「フリースクールがー」「高校に行くことが全てではなくてー」と言うだろう。しかし、「高校に行った方がラク」な人間がほとんどだ。中学で不登校となり、出席日数が不足して受け容れてもらえる高校が(制度上として)なくなってしまった子供が、「「高校が全てじゃない」「フリースクールで勉強して社会人になる」ことの困難さに耐えられるだろうか。 「フリースクールで受け容れてもらって、気が楽になりました」「自分の居場所が見つかりました」という体験談を美談のように載せているメディアがあるが、フリースクールに入学したがそのまま出席せず不登校になる子は少なくない。底辺Fラン私立高校に入学したが4月に数日だけ通って、そのまま不登校から自主退学という子がいるのに、なぜフリースクールなら普通に通えると思うのか。 「フリースクールに通うような子供は、心が優しくて、その優しさゆえに普通の学校には馴染めないような子供ばかり。そんな子供たちの集う場所だから、傷ついた自分を受け容れてくれて、穏やかに平和に楽しく学校生活をおくれる」などというのは、捏造された美談だ。フリースクールは、底辺Fラン私立高校にさえ行けなかった子供たちが集う場所だ。 世の中には小学校高学年から不登校気味で、中学は入学式に出席しただけという歴年の不登校児がいる。彼らは中途半端に不登校に関する情報に浸っており、「中学は行かなくても卒業させてもらえる」「中学卒業したら、フリースクールや専門学校に行けばいい」と勘違いしている。現実は、「出席日数が足りなくても追い出される」「専門学校は高校卒業の資格が必要なことがほとんど」「フリースクールは存在しない地域の方が多く、学費(経費)が高額」「スクール(自称)であって卒業しても学校として扱われない、認めてもらえない」というものだ。 まず、高校卒業の資格を取る程度のことをしておいたほうが、人生は生きやすい。 高校を卒業する程度のことをするには、高校を受験し、入学する必要がある。 高校を受験するには、最低限の出席日数が必要となる。 これらを理解して、そのうえで不登校の道を考えるべきではないか。 なお、生命の危機があるような緊急事態は、その限りではない。
2022.05.07
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5月の連休が明けて、これから小児科外来には「不定愁訴」「五月病」「不登校」の相談がやってくる。 ここで、不登校初期に学校から家庭に提供してほしい情報がある。 それは、進学のための出席日数と出席授業回数だ。 学校側としては、「1年間で少なくとも〇〇日数の出席がないと高校受験が難しい」「3年間で欠席日数が〇〇日数だと、進学する高校が限られる」といった情報が知れられると『じゃあ、そこまでは休んでOKなんだ!』『じゃあ、まだ休める』という誤ったメッセージになることを恐れているのだと思う。しかし、そういった「現実的な数字としての情報」は、不登校という事態を家庭で理解し取り組むことの一助となる。 学校側は、本当に出席日数が足りなくなる直前になってから「このままでは行ける高校がありません」というが、それでは遅い。 「本人は〇〇高校を希望していて、学力としては可能ですが、内申点の出席日数が足りません」と中学3年の秋になって言われても取り返しがつかない。 「遅刻してきたり、保健室登校をしたり、5時間目だけ登校しても出席にしてきたので、卒業や受験のための出席日数は足りています。しかし、1週間の1時間目の授業は5回が数学だったので、〇〇高校を受験するには数学の出席日数が足りません。」と言われても、ほとんどの親は「そんなこと知らなかった」「今になって言われても」となってしまう。 学力は塾,家庭教師,本人の努力で取り戻すことはできるが、過去の欠席を出席にすることは不可能だ。 不登校の初期に、保護者が学校に「どれくらい休んでも大丈夫ですか?」と質問したときに、情報提供してくれる学校はない。「それを知ったら、ギリギリまで休むだろうから、教えないように」という指導が学校内にあるものと思われる。しかし、進路を決めるときになって初めて「その進路に進むことはできない」というのは誤りではないだろうか。
2022.05.06
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コロナ禍に「自分ができることは何もない」と無力感から鬱状態になるひとたちが少なくなかった。 ウクライナ戦禍でも「この世界に自分が干渉できることなんて何もない」と抑うつ状態になるひとが多い。 この状況に年齢的なデータはみていないが、若者が多いのではないだろうか? 目の前に仕事~やるべきことがあり、それが社会に貢献するようなことであれば、それが救いになるだろう。 配送の仕分けであれ、運送であれ、介護職員であれ、看護師であれ、医師であれ、社会に貢献する仕事だ。日本初の緊急事態宣言下では、あらゆる仕事が社会に貢献することを深く理解することとなった。 緊急事態宣言下であっても、医療従事者は公共交通機関を利用して職場に向かい、コンビニで食事を購入し、病院には医療物資が搬入され、帰宅したら通販で購入した商品が届いている。振り返れば、当時はあらゆる職に対して「ありがとう」の言葉があった。 だが、一方ではそのころにも「自分は何もできない」と無力感に苛まれるひとたちがいた。目の前の死にゆくコロナ感染者に対して何もできないという無力感ではなく、社会に対して何もできないという無力感だ。医者であれば、眼科,耳鼻科などの医者は「自分は医者なのにコロナ禍で患者は減っていくのに、コロナ感染症に対してはなにも貢献できない」という無力感。看護師や検査技師や介護士でも、「自分は何もできない」という思いに囚われていた。エッセンシャルワーカーではない職種~殊に観光旅行業などに携わる人々は、無力感に合わせて「自分たちは必要ないのではないか」という疎外感も味わっただろう。 では、当時の若者はどうだろうか? いつの時代であっても、若者は「まるでなんでもできるかのような口を叩き」「自分の存在が世の中の中心であるかのような甚だしい勘違いをしており」「万能感に浸っている」ものだ。「将来の成功は約束されて」いて「世の中を善くする」ことができ、「あらゆる社会の困難な事象を排除する」ことさえも可能な存在と思いこんだりもする(その一方で、自分など取るに足らない存在だとの思いもあるのだが)。 そんな万能感をもつ若者に対して、新型コロナ流行やウクライナ戦禍は、どんな絶望感と無力感を叩きこんだだろうか。 既に、自分が取るに足らない存在であり、凡庸であり、凡百であり、モブであり、世界に蠢く有象無象の一員でしかないことを心身に叩き込まれた中高年であれば「いつもの無力感」でしかない。「また、なにもできなかった」「無力感は慣れっこだ」「なんら世界に干渉できなかったが、いつものことだ」と思いながら、自分にできることをできる範囲でしながら生きていける。既に翼などないのだから、飛ぶことも無い。 しかし、太陽まで飛べると思い飛び立ったイカロスは、大地に叩きつけられてしまうのだ。 私たちは、大地に死屍累々と築かれているイカロスたちに目を向け、彼らを癒し、救う必要がある。
2022.05.05
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5/5,読売新聞の五味太郎氏。 「楽(らく)と楽しいは同じ」 「自分のラクに逃げれば良い」 半分は賛同できるけど、半分は賛同できない。 ラクに逃げるんじゃなくて、楽しいに逃げるほうが良い。 自分は逃げてきた。逃げて逃げてきたら医者になった。医師免許を取ってからも逃げて逃げて、病理教室に入局したけど逃げて、いまは小児科医をやってる。これは、逃げてきた結果だけれども、ラクに逃げたんじゃなくて、楽しいに逃げた。 二つの険しい山があって、どちらかを登るってことになったら、「登らない」って逃げるんじゃなくて楽しそうな山を選ぼう。五味氏だって、振り返れば「ラクなほうへ逃げたんじゃなくて、楽しいほうに逃げてきた」って言うと思うんだ。 親父の跡を継いで、百姓になるよりも、勉強のほうが楽しいから勉強に逃げた。 無理やりに運動させられて、運動部に入部させられるよりも、勉強のほうが楽しいから勉強に逃げた。 でも、「何もしないほうがラクだから何もしない」には逃げなかった。 大学病院に戻って勉強したり研修医の指導をするよりも、民間病院で臨床をやってるほうが楽しいから大学病院には戻らなかった。大学病院に気の合う同僚や先輩医師がいたら、そっちのほうが楽しそうだから戻ったと思う。病理教室が楽しかったら、病理教室にいたと思う。別にラクなほうを選んだんじゃなくて、楽しほうを選んできたと思った。 楽(ラク)は安易じゃないし易しいでもない。 楽しければ~楽しめるならば、ラクじゃなくてもどうにかなる。 いまのインフルエンサーとかいう人々は「安易(ラク)こそ正義」みたいなことを言って本を出して動画を流してるけど、安易か困難かじゃなくて、楽しめるかどうかだよ。そして、楽しむための基礎体力こそが義務教育だ。最低限の算数や数学や思考訓練がなければ、楽しめるものも楽しめない。 本を読んで理解して、映画を観て理解するための基礎知識や訓練を積もうぜ。
2022.05.04
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5/2朝のNHKで「ウクライナ報道(情報)に接した子どもとどう向き合うのか」を報じていた。 我が家でも、一時期、NHKや民放でウクライナ戦禍の報道が始まるとTVのスイッチを切っていた。どれだけ悲惨な映像を流せるのかを競うような報道が多かったからだ。しかし、それは一時的なもので、悲惨な映像を長時間流し続けたり、過激な言葉を並べ立てる報道は少しずつ減っていった。写真よりも図で表したり、直接的な表現を減らしながら、戦争の犠牲を伝えるようになった。 これはネットでの情報と対極に感じる。 ネットの情報は、基本的に小学生以下の子供たちが接触することを前提としていない。朝食や夕食のときにTVをつけたら、子どもが悲惨な映像や過激な報道に接するような状況を想定していない。 これはひとつの棲み分けだろう。 大人向けの情報番組では、未だにウクライナ降伏論を主張する人物が喋っている。だが、家族向けの報道番組では、「ロシアが侵攻したこと」「それによって被害がでていること」を報道し、ウクライナへの過度な肩入れやロシアを擁護するようなことを言うことはほぼなくなった。 過激なだけの面白おかしい情報も、それを忌避する傾向が顕著となれば消えていくのだ。
2022.05.02
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街を歩いてるひとの表情が明るく、そして活気がある連休でした(まだ後半がありますが)。 ショッピングモールはかなり混雑していて、フードコートよりも家族向けのレストランが繁盛していました。レストラン街で席待ちの列っていうのは久しぶりにみましたね。実際に買い物をしているひとも多かったし、子ども連れの家族の表情も明るかった。 連休後の感染者数増加だとかリバウンドは少なからずあるかもしれないけれど、それはそれで仕方が無いかなぁ。上海みたいに「感染者数ゼロ」に縛られてしまうよりも、「ワクチンも接種したし、重症化はしないでしょ」と明るく楽しんだほうが良い。 マスクをしない海外旅行組に比べたら、日本国内組はかなり節度を保っている印象をもっている。というか、日本のジェスチャー&アイコンタクト的なサイレントコミュニケーションって、良いよね。街中では、確かに喋り声や笑い声を以前よりも聞かないけれど、沈黙ではなく、静かに穏やかに楽しんでいる。喋るのは家族内にしているけれど、だからといって周囲に気配りをしないわけではなく、静かに譲り合ったり、静かにコミュニケーションをとってる。 ガヤガヤワイワイと騒ぐことが楽しみの発露とは限らないんだよなぁ。
2022.05.02
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反ワクチン活動に熱心なひとは、「いまの状況に何かしたいけど、何もできない」という無力感を味わって、そして「自分にもできる何か」として反ワクチン活動を選んでしまったという説。 なにかのきっかけに反ワクチン活動を知ったときに、「自分にできることはこれだ」みたいな回路へカチっと嵌っちゃった。そんなひとに「何もしないでくれるほうがマシ」とか言ったって無意味。だって、「何かしたい」って人…というか、「何もできない」「自分にできることは何もない」という想いに囚われちゃったひとなんだからさ。 コロナ禍って、本当に厄介なのは「何もしないでいてくれる?」って圧が社会にあったこと。ウクライナ戦禍が起きてから、反ワクチン活動への参加人数が少なくなったり広がりが減ったのは、ウクライナのために何ができるのかを考えるひとが増えたからじゃないか。参加人数が減って、広がりがなくなるにつれて、反ワクチン団の行動は過激になっているのは、反ワクチン団の結束を強めるためなんだろう。 反ワクチン団へ消火のための呼びかけに「何もするな」「接種しない自由は勝手に行使したらいいが、黙ってろ」と言ったのは悪手だった。他にできることや、他にして欲しいことを呼びかけるべきだった。 無力感を克服するために、彼らは「今、自分たちにできること」を探して、反ワクチン活動に辿り着いてしまったんだなぁ。
2022.05.02
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橋下や共産党のような中露の手先としてウクライナ降伏論を展開してるけど、彼らの言ってることは、「ウクライナは降伏する自由を奪われてる」だよね。 EUや米国のような自由主義陣営の支援によって、降伏することもできず、ゼレンスキーのような好戦的な武力抵抗主義が指導することによって降伏する自由が奪われている。 『本当は降伏したい市民が多い(に違いないというか、そうに決まってる)』にもかかわらず、降伏する自由を奪われて戦争の犠牲者になっているっていう論。 まぁ、目新しいものじゃなくて、沖縄の反基地活動家の主張が、まさしくそれ。 「沖縄は中華が侵攻してきたら戦闘を放棄して、中華人民軍を歓迎したいのに、米軍がいるから戦闘に巻き込まれる」って主張で、彼らは沖縄から米軍を追い出そうとしてる。台湾の親中も同様。 中露の活動家が言ってる「ウクライナ降伏論」を認めると、「沖縄にも中国の統治で暮らしたい住民もいる。中華の傘下に入る自由が奪われている」ってことで、「住民投票によるクリミア半島占領」を繰り返すことになる。 橋下も小川純也も、ロシアが仕掛けてきた情報戦をそのままなぞってて、恐ろしくなる。これらを、そのまま地上波で放映している日本のTV局は、「両論併記」という言葉で思考停止し責任を投げ出しているよ。
2022.05.01
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