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Le mardi, 30 novembre 2004 今日は、特に何もなし。 こちらのブログを開始してから、異常なほどのアクセスがあった。やっとこの数日で落ち着いてきた。ちょっとホッとしている。何だったんだろう? ちょっとした更新情報を。 サイド・バーのフリーページ・リストに、ピニョン氏のお薦めの本を載せている。少しずつだが、サイド・バーの方もいじって行きたいと思っている。そちらの方も時々開いてみてもらえるとうれしい。
2004年11月30日
Le lundi, 29 novembre 2004 今日は、同じ語学学校のEさんの誕生日。土曜日に、一応、A君とメールでどうするか、簡単な話はしていたが、いつもの様に、行き当たりばったりって感じ。 まずは、A君の購入していた誕生日カードにささっと、メッセージを書いて、みんなにこそこそ回す。ピニョン氏は、お昼には、そのカードをEさんに渡すとばかり思っていたら、夜にみんなで食事をしようと言うことらしく、その時にカードを渡すと言うのだ。だから、ピニョン氏が用意していたプレゼントは、夜まで持ち越し。 19時半に、これまたいつも通りに、コメディに集合。総勢5人。ちょっと寂しいが、まぁ、こんなもんか。多すぎても場所に困るしね。 ヴァージン・レコードの側の、ヴェトナム料理店で食事をする。みんなコース料理を頼み、会話を楽しむ。G君は日本の大学でヴェトナム文学を勉強しているので、お店のオーナーと少しヴェトナム語で話す。Eさんの誕生日で来た事を言うと、おめでとうを言ってくれた。 食事の合間に、オーナーが、Eさんに、お守り?をプレゼントしてくれる。とてもサンパなオーナー。 さて、デザートを決めた後、A君から、カードの贈呈と、A君のプレゼント、ビール6本セットが登場。おい、それ、ビンだろ?重いぞ! お次は、ピニョン氏の赤ワイン。また、水物。重いぞ。それと、何故かゴール・キーパー用グローブ。あ、これは、ピニョン氏が、サイズを間違えて買った小さいやつ。勿論、おまけだ。Eさんにも、ちょっと小さかったようだ。 会計を済ませた後、C君が合流するので、またまた、コメディへ。が、そこでちと待たされる事になる。たまたま、C君が友達に出会い、ちょっと話し込む。寒い寒いと言いつつ待つ。で、出発となるが、これまた、途中で、A君が友達と会う。で、待つが、寒いので、飲む場所は決まっていたから、そっちに行こうということになる。あとから、A君が追いつく。 何故か途中の噴水前で記念撮影。 いつものアイリッシュ・パブで飲むが、歌が始まってしまい、会話が大変。一緒に来ていた、C君の友達カップルが、静かなところに行きたいというのを気に、引き上げることにする。 ピニョン氏は、一人方向が違うので、途中でみんなと別れる。23時に部屋に戻る。
2004年11月29日

Le dimanche, 28 novembre 2004 今日は、11時40分に友人M君と駅で待ち合わせ、その頃に列車で到着するM君の友人を拾って、モンペリエのサッカー・スタジアム、スタッド・ドゥ・ラ・モッソン(Le stade de la Mosson)に、モンペリエのサッカー・チーム創立30周年マッチとそのあとのレギュラー・シーズン戦を見に行く。 天気は生憎の曇り空。いつ雨が降り出してもおかしくない感じがする。ただ、時々雲の切れ間から太陽が見える。非常に微妙。 さて、二人と合流した後、途中でお昼を買い、歩きながら、M君の部屋に行く。M君の友達が今日は泊まりなので、荷物をM君の部屋に置くため。 その後、トラムでモッソンまで行く。M君の友達は、バルデラマの大ファンで、パリからわざわざ出てきたのだ。すごい。ファンとはこうあるべきなんだろうな。ふむ。 スタッドに着くと、結構な人だかり。いつもの様に、入る前の荷物点検と身体検査。その後、決められたあたりのシートに座る。指定じゃないので、結構いい加減。チケット購入時は、きっちり分けられた場所を示されたが、どうも、あまり関係ないようだ。そのエリアがスタジアムに表示されているわけでもないようだし。バック・スタンド側には、アルファベで位置が示されていたけど。はてはて? このスタッドは、98年のワールド・カップでも使用されたいいスタッドである。選手にも近いしね。非常に見やすい。 13時半より、往年のモンペリエの選手たちが、15分間のエキシビション・マッチを、3回やった。白髪のおじいさんから、明らかに若いだろう?って感じの選手までいた。若い選手は、多分、人数の関係で入っているのではと思う。 はっきり言って、誰も知らない。しかし、皆さん、流石は元プロ。非常にボールの扱いがうまい。パスの精度が高い。がつがつ行くようなゲームではないが、非常に面白い。一つ一つのプレーがしっかりしている。そういう意味では、とても楽しめたゲーム。 僕はひたすら、ローラン・ブランの登場を待つ。2試合目のメンバーにもいない。3試合目。最後の試合。いた!!おなじみの5番のナンバー!!デジタル・ズームで、画質が落ちるが、そこはぐっと我慢して、写真を撮る。ブランと対戦するチームに、バルデラマがいた。これもおなじみの金髪のライオン・ヘアー!!多分100メートル先からでも見つけられるだろう。ちなみに、ブランのチームには、ロジェ・ミラもいた。残念ながら、カントナは登場せず。(写真手前が、ブラン。奥の金髪が、バルデラマ) ブランは、現役でもまだ通用するだろうと思うぐらい、体の切れも良く、パスも正確。見ていてとても面白い。バルデラマの方は、いつもの通り、あまり走らないし、守備もしない。それでも、彼がボールを持つと沸く。15分の試合だが、20分ぐらいやっていたのではと思う。先の2試合より、スピードもあったしね。面白かった。 最後は、大拍手で幕。むぅ。満足。 さて、15時にゲームが終了。16時より、モンペリエ対シャトールーの試合があるが、3人とも寒いと意見が一致。多分、この後の試合は、違う意味でもっと寒いだろうと見解も一致。知っている選手もいないし。で、帰ることにする。 トラムでサントル・ヴィルまで戻り、ピニョン氏は、2人と別れ、部屋に戻る。いやぁ、生ブラン、よかった。 追記。 モンペリエ対シャトールーの試合の後の映像をテレビで見ていたら、どうやら、カントナは来てはいたようだ。しかも長髪だよ。試合終了後のグランドをブランと歩いていた。 確か、彼は、ブランなどと一緒に、フットサルの試合にフランス代表として出ていたはず。
2004年11月28日
Le samedi, 27 novembre 2004 今日は、M君とサッカーの練習をしてきた。試合ではない。純粋に練習。 先週のサッカーの帰り道に「練習したいねぇ」と話しをしていたのだ。 で、昨晩、M君から電話があり、やることになった。ピニョン氏のほうも、日曜日のモンペリエのサッカー・チーム30周年のエキシビション・マッチに、誰か一緒に行かないかなぁと考えていたところだった。で、M君に聞いてみたところ、行きたいというので、では、今日、練習前にチケットを買いに行くことにした。 14時に、コメディで待ち合わせ。土曜日は人が多い。おまけに、ノエル前だし、カタルーニャの民族展みたいなものを木曜からやっており、コメディにステージが出来て、大変なことになっていた。 14時にMくん登場。オフィシャル・ショップに行く。実は、初めて入った。存在は知っていたが、入ったのは初めて、カウンターで聞くと、チケットは残り少ない様である。M君の友人が、パリから明日やってくるので、彼も見に行きたいのだとか。電話で、彼の希望を聞く。その間、エキシビション・マッチとその後のリーグ2のモンペリエの試合は別料金なのかと聞く。おば様の話だと、エキシビションは、おまけだそうで、そのまま、あとの試合も見れるのだとか。 結局、フィールドに近い2番目に安い8ユーロのところにする。そこも、あと3枚だった。 モンペリエは、90年代は、何気に強かったらしい。レギュラー・シーズンでは、優勝経験がディヴィジョン2の時に一度あるぐらいで、あとは、カップ戦では、何度か優勝経験がある。そのころに、コロンビア人のバルデラマが在籍しており、89年シーズンには、イングランドに行く前の、エリック・カントナもいた。最近の選手ということでは、あのローラン・ブランがキャリアをスタートさせたところ。その時に監督が、ワールド・カップ優勝時の監督、エメ・ジャケ。この時に、2部リーグの優勝を勝ち取っている。 さて、その後、いつものグランドに行き、練習をする。M君はトラップの練習がしたいということで、パスの練習やら何やらとやる。ピニョン氏は、ヘディングと、へたりきった左足の強化。本当は、シュート練習もしたかったのだが、以外にも土曜なのに、たくさんの人がいた。何度か試合に参加するように誘われるが、今日は2人とも練習をしたかったので、断る。 2時間ぐらい、なんだかんだやっていた。17時前に帰る。 部屋に戻ると、何故かすごく疲れていた。ちょっと休んだ後、買物。その後、忘れていた買物をする。 明日は、11時40分に駅でM君と待ち合わせ。いい試合を期待したい。
2004年11月27日

モンペリエに来るには、車、飛行機、列車とあるが、一番簡単なのは、列車である。モンペリエは、TGV(Le train grand vitesse)が停車するので、パリからなら、3時間半で着く。写真は、モンペリエの駅。ここには、ピニョン氏の出会いと別れがたくさんあるところ。 日曜日に、食事に困ると、ここに来ると便利。食べ物も飲み物もあるし、レストランもあるのだ。2階には、カフェもありし、実に便利なところ。
2004年11月26日
Le lundi, 22 novembre 2004 今日は午後に、みんなとお昼を取らず、部屋に戻り、洗濯をする。そのあと、モンペリエの大学に行き、付属の語学学校の仮登録をしなければならないからだ。期限が12月3日だったので、何か問題があるといけないので、早めに行くことにしていた。 久しぶりの大学。やはり、私立と違い、沢山の学生が居る。おまけに今日はすごくいい天気。上着を一枚脱いで丁度良いぐらいの暑さ。そんな日に限って、沢山歩くのだ。とほほ。 大学付属の事務所に行く。今年の6月までここで勉強していたので、必要書類を再提出する必要があるかどうか尋ねた。書類の確認をするとお姉さん。以前の学生証を持っていっていたので、渡す。何せ、日本人の名前は全く馴染みが無いので、こういう時は、名前がわかるものは必要。その方が早い。 が、書類が見つからない。おいおい。 でも、こっちも以前の学生証を持っているし、はずかしい結果の成績表も持参していたので、向こうも、どこかにあるはずだと探してくれる。その間に、用意していたパスポートのコピーと小切手を出し、手続を終わらせる。何とか、書類を見つけてくれた。ふぅ。週末に、仮登録の証明書を送ってくれるそうだ。良かった。とりあえず、登録を完了。年明けに、本登録をしに行く。 帰りに、私立の学校により、少し話しをしてくる。 部屋に戻る前に、買物をして戻る。 さて、今晩は、何を食べるかな?
2004年11月22日
Le dimanche, 21 novembre 2004 14時に、トラムのスタッド・フィリピデス駅で、待ち合わせて、みんなでフットボールをすることになっていた。 メンバーは、T君、D君、S君とピニョン氏は日本人。あとは、ドイツ人A君とスイス人C君、モロッコ人J君の予定だった。 日本人は、ほぼ時間通り。が、A君とC君が来ない。待てど暮らせど。A君から電話がくるも、一向に来ない。何をやっているんだ?J君は先にグランドで待っているはずだから、困った。 やっとのことでA君に合流出来る。が、そこにEさんもいる。あ、やるの?答えは勿論ノンでした。はははぁ。 しかし、C君が居ない。さて、どうすっか。とにかくグランドへ行く。途中でC君発見。どうも、彼もA君同様、スタッド・フィリピデスでやれると思っていたらしい。ありえん。それは、ピニョン氏だって、芝の上でやりたいが、それは無理でしょう。 道の途中で、J君にも合流。彼、結構待っていたらしい。すまん。 近くの土のグランドに到着。 しかし、グランド全面を使って、フットボールをしている集団あり。よって終わるまで待つ。その間に、J君の友達、R君がやってくる。 終わった後、やはりピニョン氏たちと同様に待っていた、アラブ系の人たちとやることになる。これが、うまいんだな。ピニョン氏は、初めキーパーをやっていたので、大いに困る。本格的にシュートを打ってくる。これはイカン!ちゃんと守備をしないと、どうしようもない。あたた。早く変わってくれ! 中国人の集団が、来ていて、入れ替わる。ちと休憩。待っている間に、練習。 しばらくして、中国人たちと交代。が、今度もうまくかみ合わない。むぅ。押さえどころが後ろから見てわかるので、早くフィールダーになりたいなぁ。 また、中国人グループと交代する。みんなで作戦会議を少しする。 そこに、M君が来る。ご両親のパリ旅行の手伝いにパリに行っていたのだが、さっき戻ってきたそうな。 M君にキーパーを代わってもらい、ウイングになる。高い位置から守備をかける。よって、後ろでボールが拾えるようになる。その甲斐あり、1点取れた。 そのあと、また中国人と交代。みんなかなりお疲れ。雰囲気的に撤退か?ちょっと休憩してから、やはり大半が撤退。ピニョン氏とT君、M君、R君が残る。シュート練習をしようとしていたのだ。 すると、さっきのグループも、何人か帰ってしまったので、人が足りなくなったらしい。ピニョン氏は少し練習したかった。何故なら、今から試合に参加するとボールが見辛いからだ。案の定、しばらくするとすぐに暗くなる。ボールが見づらくて、やり辛い。 途中で、仲間内で口論が始まる。いい機会、M君と帰ろうということになり、抜ける。 着替えていると、T君も抜けてきた。やっと終わったらしい。真っ暗だもんね。 3人で帰る。ピニョン氏が一番遠くに住んでいるので、大変。足がへとへとだから。前回よりはマシだけどね。それでも、左の太ももは軽い肉離れだな。とほほ。そんなに酷くは無い。 試合もいいけど、ちょっと練習がしたいなぁ。
2004年11月21日
Le samedi, 20 novembre 2004 今晩は、リーガ・エスパニョールの注目の試合、レアル・マドリー対バルセロナの試合があった。で、ピニョン氏は見たいがために、アイリッシュ・パブに出かける。 テレビ・ガイドで見ると、放送が21時からになっていたが、いざバーに行ってみると22時になっていた。あた。一度で直して22時に行く。 ところが、いつも行っているお店は人で一杯。とてもじゃないが見れない。だから、昨日行ったアイリッシュ・パブに行ってみることにする。 そこは、人が入れないほどではない。よって、クローネンバーグのパイントを買って、立ち見。しかし、ほとんどがスペイン人。いつも思うが、フランス人は、パブでフットボールはあまり見ないんだな。昨日も、それほど見ている人がいなかったし。これがマルセイユの試合だと沢山詰め掛けるんだろう。むむぅ。 今日のお店は、いつものお店ほどタバコ臭くない。寮からちょっと離れているが、今度からこっちにしようかな?テレビが2台しかないから、人もそんなに押しかけないし。 ゲームについては、裏に書いたので、そっちに譲る。気分的には疲れた。 明日は、2時からフットボールをみんなでやる予定。楽しみ。 そうそう、20時過ぎに、S君が、ピニョン氏と同じ寮に住んでいるLさんと現れる。Lさんの部屋で、お寿司パーティをやるらしい。 Nさんとは全く初対面。他にも、この寮の中に、何人か日本人がいるらしい。もっとも、みんな Paul Varely の生徒さん。今は面識が無い方が当たり前か。もっとも、ピニョン氏は、この寮に何人の日本人がいようが気にしないのだが。 一緒にどうかと誘われるが、それよりも、ピニョン氏はフットボールである。それに、この寮は22時で友人は帰ることになっているのですが・・・。決まりは守ろうね、みなさん。 S君は、ピニョン氏のDVDコレクションを発見。早速、借りて帰る。Nさんまで借りていった。おいおい。どうなってんだ?ちゃんと返してくれるんだろうな。S君はわかるが、Nさんは初対面だぞ?まぁ、いいか。部屋番号は聞いたから。でも、部屋を変わるなんていってたしな。ふぅ。 今日は、何か人間関係でつかれたよ。とほほ。 追記。 パブから帰ってきて、書いていると、携帯に、22時過ぎのメールが届いた。Yさん?って誰だよ、S君。
2004年11月20日
Le vendredi, 20 novembre 2004 学校が終わり、お昼をみんなで取る。学校で、Hさんから、郊外のハイパー・マルシェの行き方をたずねられたので、それに答えてからみんなに合流。スエドワ(Suédois スウェーデン人ではない)を食べる。みんなと一緒のテーブルに着くと、丁度、太陽がテーブルに反射してとてもまぶしい。こりゃ堪らんとサングラスを掛ける。すると、何故かみんなが笑う。?何だ? その後、学校で自習。帰り際に「ピニョン、今晩は来るんだろう?」と聞かれる。どうしようかと考えていたら、「あ、絶対来なくちゃいけないんだよ!」と変なこと言われる。勿論、冗談なんだけど。いいや、参加するよ。 そのあと、一度部屋に戻って、荷物を置いてから、GO SPORT に行く。日曜日にサッカーをするのだが、このところすごく寒い。流石に短パンはきついのだよ。だから、パンツを探しに行く。 こっちでは、G君曰く、「シャカパン」なる、ウインドー・ブレイカーがちょっとおしゃれになった感じのパンツが流行り?らしく、そんな物しかない。あとは、スウェット。どうせなら、普段でもはけるのがいいなと思い、その「シャカパン」なる物を見る。ピニョン氏は、adidas 好き。Nike ではない。Nike は高いのだ。何故か、puma がえらく高かった。何故?ちなみに、フランス人は、「ピューマ」と発音する。 黒のシャカパンを選び、サイズS(日本のMサイズ)を試着。勿論、断ってから試着。フランスではこれ重要! む、お尻とお腹が・・・。サイズM(日本のOサイズ!)を試着。うん、これぐらいのゆったりがいい。ウエストは紐で締めれば大丈夫。が、丈がね。ちょっとね長いね。とほほ。 あと、上の階に上がり、サッカー・コーナーであるものを探す。これは、日曜日に成果を報告する予定。 家計を済ませ、部屋に戻る。途中で、ドイツ人A君とスイス人C君に会う。そうだ、A君、日曜日に洞窟にみんなで遠足に行って、車を盗まれたのだ!警察にも連絡したのだが、いまだ音沙汰なし。それで、ついに車の購入を決意。それで、今、中古の車を探しているのだ。それについては、どこかに書こう。 夜の再会を約し、部屋へ。食事まで、ブログの過去の日記のアップ作業をする。この際だから、以前の『ピニョン氏のつぶやき』分、2004年4月から6月までもアップしようと考え、そちらのデータを処理、閲覧する。 夕食後、21時半に、いつものコメディ広場の、噴水前に出かける。今日は、総勢13人。座れるか?サンタンヌ(Sante-Anne)教会の側のパブに行く。一番奥に行くと、何とか座れる。もっとも、そこは、サッカー小屋。テレビをみんなで見れるような配置になっている。 今日は、リーグ1のレギュラー・シーズンの試合。パリ対リヨン。好カード。 行った時は、ハーフタイムだったので、普段あまり話をしない日本人S君と話をする。彼は日曜日に一緒にサッカーをすることになっている。 それで、色々話が出来た。S君、可愛いフランス人の女の子とお話がしたいらしい。それは、ピニョン氏も同じである。それを否定するつもりは全く無い。でも、なかなか知り合う機会が無いもの事実。2人で、如何にしてお友達になるかを熱く語る。 0時過ぎに、場所変え。帰る人と踊る人に分かれる。で、ピニョン氏、帰る人になろうとしたら、スイスとスペインのハーフの女の子、Tさんに、「ピニョン、帰るの?」と帰るTさんに言われる。君は行かんのかね?と問いかけたいの堪える。日曜にサッカーをするからと答えると、「明日は土曜日よ!何言っているの!」いや、ピニョン氏の筋肉は貧弱だから・・・。と答える。Tさん、大丈夫と言うが、君に僕の足の具合まではわからんでしょ?老いは、恐いんだぞ!! ピニョン氏は、踊るのが苦手である。が、先日、サングラスを掛けて踊ったことが、どうも他の生徒さんに強烈なインパクトを与えていたらしいことが判明。だから、今晩も、ピニョン氏が、サングラス・スタイルで踊り狂うであろうと思われいていたのだ!どうりで、昼間、サングラスを掛けた時に、みんなが笑うわけだ。納得。 で、その事をEさんに言ったら、「私は千春だと思う」と言われた。ピニョン氏は、古い千春の歌なら歌えるが、千春になるつもりは無い。どっちかと言えば、まさしの方が好きだ。 そういう話ではないな。とほほ。 帰る組が早々に撤退したので、ピニョン氏は、踊る組と途中まで帰る。どうせ、通り道だし。 途中で、皆様とお別れして、部屋に戻る。う、小腹が空いた。ぐっと堪えて、何故かリフティング。早く寝ろ!その後、就寝。
2004年11月19日
Le mercredi, 17 novembre 2004 15時半より、学校主催の、ワインとチーズの講習会にでる。そんなすごい物ではなく、フランス文化の一部を知ってもらおうという感じの物。昼食を押さえ気味で待つ。 残念ながら、カメラを忘れてしまい、写真を撮ることが出来なかった。大失敗である。 チーズの代表的なものがテーブルに並び、ワインも高めではないが、中ぐらいのそこそこいいものがあった。 ピニョン氏は、日本でチーズなんぞ食べる人ではなかった。フランスに来てもそれはあまり変わっていないのだ。で、色々試して、好きなチーズを発見するべく、参加。決して、ワインを飲みたかっただけではない。 結果、ピニョン氏は、frais(フレッシュ) と mou(柔らかい) な fromage(チーズ) が苦手だと判明。牛乳の種類では、chèvre(ヤギ) が駄目。vache(牛) か brebis(羊) が向いているらしい。で、何が一番かと言うと、Roquefort(ロックフォール) が一番美味しいと感じる。青カビのチーズ。味もちょっと塩辛く、力強い味わい。これが vin rouge(赤ワイン) に良くあう。先生の話だと、白の辛いワインでもいけるんだとか。今度試してみよう。一回り食べた後、ずっと Roquefort をバゲットに付けて食べていた。勿論、赤ワインと一緒に。 友人たちは、大体、大きく二つに分かれた。camembert(カマンベール)派のmou な fromage とComté(コント)派のmidi-dur(セミ・ハード)。時々、ピニョン氏のように、極端に走る人もいた。ピニョン氏は、Comté は許容範囲かなと感じる。どちらかというと、dur の方が好きだな。 かなりお腹がいい感じになる。17時過ぎに片づけをした後、解散。部屋に戻る。 夜は、学校の友人の一人が、国に帰るので、飲みに行こうということになり、夜に出かける事になっていた。しかし、ワインとチーズのお陰で、すごく眠い。19時過ぎまで寝ていた。その後、起きるも、お腹が空かない。むぅ、どうしよう。 今日は、フランス代表対ポーランド代表の親善試合の日だったので、前半を見てから行くつもりだったので、遅れていく旨を友人に事前に伝える。 アンリのジリジリするようなミス・シュートの連発で、かなりストレスのたまる試合だった。 前半終了後、ドイツ人A君に連絡を取り、コメディまで迎えに来てもらう。A君と合流すると、彼は突然変な事を言い出す。「今晩は、僕とピニョンだけなんだよ」へ?「これからお店を探さないとね!」おい!何故、肩を抱く?「じ、じゃあ帰ろうかな?」と動揺する。勿論冗談だったので、みんなの待つバー兼ディスコに行く。一階はバーで、中二階が、半分踊れる感じ。2階は、結構広く踊れるスペースを作っている。曜日ごとに、スペシャルな事をやっている様で、火曜日は、サルサをみんなが踊りに来るらしい。 行くと、大きなスクリーンで、さっきのサッカーの続きをやっている。もっとも、みなさま、全く興味がございません。一人で、ドミ片手に観戦。途中から、ミラー・ボールは廻りだすわ、色付きのライトが明滅し始めるわで、見にくい事、この上ない。 結局、試合は、0対0のドロー。むぅ。 そのあと、みんなと会話をする。しばらくすると、DJがやってきて、ダンス・ミュージック等と流し始める。みんながボチボチ踊り始める。ピニョン氏は、踊れないのだが、週末にサッカーをするので、運動を兼ね、踊りと言うより、ステップを踏んでいた。足腰の鍛錬である。おぉ、カズ・ダンスの原点ここにあり!ですな。 もっとも、ハッスルしすぎて、後半は座っていた。 子一時間も踊ったところで、0時過ぎだったこともあり、帰ることにする。帰り際に、A君が「ピニョン、ちゃんと8時半に学校に来るんだよ」という。わかっとるわ!! 部屋に戻ると、お腹が空いていた。かと言って今から食べるわけにもいかず、我慢して寝る。
2004年11月17日
Le mardi, 16 novembre 2004 今日は、こちらでお世話になっている、Montpellier 歴30年以上の大ベテランMさんのやっている、日本語の授業のちょっとしたお手伝いに行った。16時半にコロムに集まり、コンピュータ専門学校に行く。メンバーは、T君とAさん、これが初対面になるMさんの4人で、マダムMのお手伝い。17時過ぎに学校に到着するも、前の授業が続いていて、中に入れない。廊下で待つが、一向に終わらない。 フランス人も続々と集まってきた。馴染みの顔もちらほら。昨年末に、マダムMの企画で、日本料理店でのフェット以来の人もいる。今日は、上級クラスだとか。水曜日は、初級だそうだ。 結局、事務所の人とおぼしき人が、別の教室を開けてくれたので、そちらでやることになる。2時間の授業。日本人四人は、散らばって座り、所々で、日本語の発音をしてみたり、分らないところのサポートをしてみたりした。大したことは出来ないが、授業で日本語を聞くこと自体、面白かった。ははぁ、フランス語でああ言うんだなとか、フランス人がカタカナに弱いというのも、知った。あと、数字の読み方。これは、ピニョン氏たちにも言えること。すごく親近感が湧く。なんだ、君たちも苦労しているんだと思う。ただ、こんなにゆっくり喋ってくれる先生はフランス人にはいないぞ!と思った。ははは。 途中で、停電のアクシデントもあったが、無事終了。フランス人も、普段、マダムMの発音しか聞いていないので、何気に面白かったらしい。またやりたいとのこと。 帰りは、T君とAさんは、フランス人に送って行って貰い、ピニョン氏とマダムMとMさんは、バスとトラムを乗り継いで帰る。 マダムMの最寄り駅で降り、マダムMと途中まで一緒に帰る。そのあと、Mさんと寮に戻る。Mさんとは同じ寮なんだな、これが。おまけに同じ階だった。一度もあったことが無かったよ。本当に、人に会わないところだからなぁ。日本人も結構いると、事務所でも聞いているんだが、会った事が無い。会っても、面識が無いから、日本人か中国人か分らん時もあるしね。ピニョン氏は相手が日本人だと分るが、向こうは、ピニョン氏を日本人とは思うまい。ふふふ。 さて、これから遅い夕食といきますか。
2004年11月16日
Le dimanche, 14 novembre 2004 現在使用中の某ブログが、おかしなこと言い出したので、密かに引越しを敢行。が、すでに見つかっていることも判明。ならば、ボチボチ書きながら引越しをすることにする。 流石に、以前の日記をこちらに移すのは手間なので、データのバック・アップを取る。後日、移転のお知らせを出した後、すべて削除することになるだろう。まったく、無駄な作業をさせられる。 まだ、こちらの使い方がよく分っていないので、本格的な稼動は12月ぐらいになる模様。順次、カテゴリー等の整理、プロフィールの記載等をしていきたい。 とりあえず、今日はこの辺で。
2004年11月14日

Le samedi, 13 novembre 2004 今日は、先日の第一次大戦の終了記念日にちなんだ訳ではないが、寮の近くにある、Musée de l'infanterie(歩兵博物館?とでも訳すのか?)を14時過ぎに見に行き、20時より、これも近くの映画館、Diagonal Centre に『Un long dimanche de fiançilles』を見に行く。 歩兵博物館は、その名の通り、歩兵の歴史を色々な資料と制服等を展示しているところ。歩兵専門学校?に併設されている。勿論、入口は別。 さて、入口に行くも、がらーんとしている。車も一台止まっているだけ。あとは、装甲車両と大砲なんかが並んでいる。むぅ。 ピニョン氏、休みかと思うも、入って見る。あ、ドアが開くので大丈夫だろう。 入口に、「受付でチケットを買え」とあるので、行ってみると、おじさんが奥の事務所から出てきた。かなり太っちょのおじさん。首はどっかに置き忘れてきたらしい。でも、とても親切。規定料金を払おうとしたら、「モンペリエから?学生?」と聞くので、そうだというと、学生証があれば、1ユーロ50だよと言う。学生証を提示して、お金を払う。「初めて?」と聞かれる。勿論、そうだ。するとおじさん、博物館の説明をしてくれた。順路、展示している物、その他もろもろ。むぅ、とても親切。ひとしきり説明を聞いてから、順路に従い、まずは2階へ! 1480年からとあったから、ルイ11世の頃からスタートして、現代、未来までの歩兵の変遷を展示している。言い忘れたが、勿論、対象はフランスの歩兵である。 中世期のものはあまりない。これはしかながない。近世に入ってからは、若干増えるも、やはり、ナポレオンの辺りからかなり資料も充実してくる。制服、武器(刀剣、銃器等)が沢山展示してある。かなり面白い。 ピニョン氏は戦争マニアではないが、歴史が好きなので、とても楽しい。地元ならではのものばかりだし。パリの軍事博物館アンヴァリッドも面白かったが、ここも小さい割りに良く出来たところ。おまけに、人が全然いない。貸しきり状態。ただ、制服を着たマネキンが沢山なので、あまり気味がいいとは言いかねる。 ナポレオン期が終わり、第二共和制、第二次帝政、第三共和制ぐらいになってくると、次第に武器が進歩してくる。そこの展示品だと、機関銃が20世紀初頭には登場する。このあたりになると、ちょっと毛並みが違うんだよね。一回打つだけで、沢山の人間を殺せる機械。そういう色合いが物凄く強くなる。そして、悪夢ともいえる第一次世界大戦。5年に渡る過酷な戦闘が繰り広げられ、それまでの戦争とは桁違いの戦死者を出す。新兵器の登場、それまでの突撃戦法では機関銃の餌食になるだけだった。よって、塹壕戦。おまけに、前線は、フランスの北部。冬になれば、寒いし、気候が悪い。そんな劣悪な条件下で戦闘をしなければならなかった。戦死もあるだろうが、そんな状況下で亡くなった人も多いのではないか? 第二次世界大戦になると、さらに上を行く。もっとも、フランスは早々にドイツの電撃作戦の前に敗退。そらまぁ、歩兵対機械化部隊じゃあねぇ。歯が立つわけがない。 現代まで来ると、今度は、少し逆行する。フランスが単独で他国との戦闘をしたものが出てくる。つまり、アフリカ。モロッコ、アルジェリア、ヴェトナムである。そこに登場するのが、現在も活動している、フランス外人部隊である。1831年、7月王政期、ルイ・フィリップによって創設されている。彼らは、過酷な状況下で戦闘をする為に集められたスペシャリストであり、アフリカ戦線でも活躍している。現在はかなり規模も縮小されている。 最後の部屋で、現代とこれからのフランス歩兵部隊が描かれていた。戦闘目的だけでなく、あらゆる状況下でも活動できる集団、と言う感じでだった。未来の軍隊はこうでなければいけないんだろうな。しかしなぁ。なんとも、不思議な気分だった。軍隊なんか無いに越したことはない。生産性のある暴力など存在しないからだ。しかし、現実では、今もどこかで戦闘が行われている・・・。 好奇心と妙な哲学じみた気分で博物館を出る。そこで、考えたのが、日曜に予定していた映画を今日の夜にすること。時代背景が第一次大戦ということもあり、気分的にも、入り込みやすいと考えたから。帰りに映画館により、時間を確認。20時から。よって、買物をした後、早めに夕食を取り、出かける準備をする。 さて、今日の映画、『Un long dimanche de fiançilles』は、『アメリ』のオドレイ・トトゥと監督のジャン-ピエール・ジュネが、再び組んで撮った作品。映画の詳細記事のイラストに、「塹壕の中のアメリ」なんて書いてあった。 19時50分ぐらいに行くと、あら、並んでいる。結構な混雑。やはりフランスでも話題の作品なのだ。料金を払う時、いつもの様に、5ユーロ80だと思って、10ユーロ80出したら、「6ユーロ50だよ」とお兄ちゃん。え!?値上がりした?あたた。ちぃぃ! この映画館、ちょっと古くて、音が時々割れるんだよね。すっかり忘れていた。まぁ、いいか。予告で、『ハウルの動く城』と『イノセンス』があった。フランスでも話題の日本のアニメーションである。『イノセンス』は、カンヌのコンペティシヨン出品作だし、『ハウル・・・』はヨーロッパで評価の高い宮崎駿。『イノセンス』は12月1日、『ハウル・・・』は来年1月12日になっていた。ふむ。 さて、映画のほうは・・・。うぅ、難しいよぅ。とにかく、言葉で説明することが多くて、理解が大変。時間軸も幾つかあるので、混乱する。 話は第一次世界大戦後なのだが、話がとにかくあっち行ったりこっち行ったりなのだ。ピニョン氏の理解力では間に合わない。あと、キャラクターが沢山登場するので、それを覚えて追っかけていかなくてはいけないし、戦場での顔と、それ以前、それ以後の顔が微妙に違うので、誰が誰やらわからなくなった。パニック! 話としてはありきたりと言う印象。ただ、ジュネ監督の作品だけあり、映像は凝った物。見ているだけでも楽しい。現代をセピア色にして、過去の話(戦場の風景など)と一連のあるシーンのみカラーにしているところがにくい。 そういえば、ゴダールが過去カラーで、現代を白黒、何て映画を数年前にとっていたように思う。とにかく、難しかったぞと。面白かったけどね。もう一度見てもいいかな。行くかどうかは分らんけど。 外に出ると、とにかくすごい風。飛ばされそう!冗談抜きですごいのだ。こういう時、寮がすぐ側で助かる。
2004年11月13日
Le vendredi, 12 novembre 2004 今日は、友人T君とAさんのお部屋にお邪魔して、チーズ・フォンデュ(La fondue)を食べることになっていた。昨日、T君からの連絡で、飲み物を買ってきて欲しいとのこと。むむぅ。ピニョン氏は食に詳しくないし、おまけにフォンデュなる物を食べたことが無い。困りましたよ。 学校が終わり、みんなで食事をしているときに、スイス人にお伺いを立てる。「フォンデュって、何と一緒に食べればいいの?」とスイス人L君に尋ねた。「よく聞けよ、ピニョン。それは、とてもよく冷えた水だ!」 がーん!ワインじゃないのか?!かなり動揺する。再度確認するも、「駄目駄目、ワインなんか飲んだら、お腹の中で、チーズがガムみたいになっちゃって、お腹を壊すぞ!」というではないか。嘘だ、嘘に違いない。何故なら、L君は、何故か薄笑いを浮かべているからだ。納得できず、L君が授業に行った後、同じくスイス人のPさんに尋ねると、「そうねぇ、フォンヂュ用の白ワインがいいわよ」と教えてくれる。L!二度とてめぇにものは尋ねねぇ!! てなことで、夕方に、カーヴに行って、相談することにする。これは以前、T君から教わったお店。寮からも近いのだ。が、誰もいないんだな。しばらく待ってみたが、誰も出てこない。何か泥棒になって気分。ちょっとおっかなくなって、お店を出た。 さて、困ったぞ。仕方なく、スーパーのワイン・コーナーで裏ラヴェルを丹念に読む。ほとんどが魚用だとか、アペリティフ向けだと書いてある。むむぅ!!が、そのうちの一本が、強めのチーズにもよいと書いてある物を発見。値段も4ユーロとある。よし、これにしよう。あとは、もう一本、シードルを買って行く。今日は、総勢4,5人と聞いていて、さらに、半分以上が女性だからだ。 19時半よりと言う話だったので、ワインとシードルを冷蔵庫で冷やす。時間がしばらくあったので、一眠り。 18時半過ぎに起き、そそくさと出かける準備をする。 外は、寒い。ピニョン氏は寒いのが大嫌いなので、しっかりと着込んで行く。T君の部屋は大体15分ぐらい歩くと着く。寒いので、自然と早足。19時半過ぎに到着。 T君とAさんのほかに、Aさんのクラスメイトの中国人女性が来ていた。 あまり会話が得意でないピニョン氏は、聞き上手。ふむふむと聞いている。アペリティフ代わりにシードルで、おつまみをバリバリ。お腹を空かせて来たので、ペースが速い。T君に「フォンデュ!まだ!お腹一杯になってしまう!」と急かす。T君、苦笑い。ふむ、何かと色々時間が掛かるもんらしい。 そこで、Aさんが、サラダを出してくれる。Aさん自家製のドレッシングつき。これが、ピリッとしていてなかなかいける。うまい。 その後、何とかフォンヂュにありつく。うーん、デリシュー!パン、ジャガイモ、ブロッコリなどをとろけているチーズに和えて食べる。うーん、美味しい。ついでに、ピニョン氏が持ってきた白ワインも開ける。フォンヂュは、あっと言う間に無くなった。餓狼のようだな。 そして、T君に目で口で訴える。「次は?」すぐに第2弾の準備に掛かるT君。みんな手分けしてやるが、ピニョン氏だけすることが無い。一人でワインをちびちびやる。むぅ、美味。 第二弾も第一弾同様に、すぐに消滅。流石に、みなさま、ご満悦。ワインをちびりちびりやりながら、話をする。Aさんより、ピニョン氏の持ってきたワインにお褒めの言葉あり。よかったよ、ふうぅ。 お茶まで出してもらい、これまた、Aさん自家製のお菓子を頂く。最後には、日本のりんごまで出てきた。うまい。 時々、T君宅に押しかけて、色々食べさせてもらうが、ここに来ると栄養補給になるなぁ。ピニョン氏、満足である。 さて、夜も更け、1時になったので、ピニョン氏と中国人女性はお暇する。彼女はトラムで帰るので、1時ぐらいが最終となるからだ。ピニョン氏は、自分が動ける間は帰れる。案の定、Aさんが、「あ、帰るの?」とのたまう。ここで帰らんと帰れなくなりそうだったので(ちょっと眠くてね)、お暇する。外はやはり寒い。くぅ。早足でたったか帰る。途中、金曜のよるということもあり、変な一団を目撃。なんだ、あいつらは。どこの国にもおかしなのがいるもんだ。 部屋に戻り、一息ついた後、就寝。美味しかった夜だった。
2004年11月12日

ピニョン氏は、現在、南フランスの Montpellier に住んでいる。が、誰がこの都市名と位置を一致させることが出来ただろうか?といつも考える。そこで、簡単ではあるが、挨拶代わりに、地図を使って、モンペリエを紹介したい。もっとも、「フランスってどこ?」といわれる方。世界地図の購入を強くお薦めする。 さて、Montpellier は、南フランスの地域圏の一つ、 Languedoc-Roussillon (ラングドック・ルシヨン)の中にある。ラングドック・ルシオンの中には、5つの県があり、モンペリエは、 Hérault 県(エロー県)にある。そして、その県庁所在地だ。さらに言えば、ラングドック・ルシヨンの Préfecture de Région でもある。む、これに当る日本語が無い。「地域圏」とは、日本語の「地方」か?フランスでは、その「地域圏」ごとに庁が置かれる。それが、Préfecture de Région である。Préfecture というと、「県庁」と訳されてしまうが、これに Région が付くと、「地方圏庁」(とでも訳すか?)という物になる。ちなみに、知事(préfet)は、地域圏知事と県知事を兼任すると聞いた。 言いたいのは、モンペリエは、一地方都市ではあれ、れっきとした地方行政都市なのである。小さいけどね。 で、場所はここ。地中海(La Méditeranéé)もすぐ側!いい街だよ。 さて、場所がはっきりしたところで、今回は、ここまで。
2004年11月11日
Le mercredi, 10 novembre 2004 明日は、第一次大戦の終戦記念日(Armistice 1918)。テレビでは、明日から週末に掛けて、第一次大戦関連のドキュメンタリーがいくつも放送が予定されている。映画では、現在公開中の『Un long dimanche de fiançilles』が公開中。これは、『アメリ』(『Le Fabuleux destin d'Amélie Poulain』)の主演女優オードレイ・トトゥ(Audrey Tautou)と監督のジャン-ピエール・ジュネ(Jean-Pierre Jeunet)が再び組んでいる。この映画は、今週末に見に行く予定。先週末の予定だったが、過酷なスポーツのために延期されていた物。 さて、通常、フランスの休日は、お店がほとんど閉まっている。しかし、今日は、多くのお店が開いている。大型ショッピングセンターのポリゴンヌを始め、ヴァージン、モノプリ、郊外の大型スーパー、あとは、Centre ville の小さなお店も沢山開いていた。流石に、第一次大戦ともなると、フランス人でも、あまり重さを感じていないのかもしれない。これが第二次大戦となるとこうはいかないだろう。何せ、戦場に出た人がまだ生きているからね。 しかし、当時、この Hérault 県から出兵した10万の兵士のうち、13,858人の戦死者が出ている。これは、当時のエロー県の人口の3%に上る。 Montpellier には、L'école d'application de l'infanterie (歩兵専門学校?)がある。その中に、Le musée de l'infanterie (歩兵博物館?)があるのだ。そこには、Louis XI の頃から現在までの約800年の歩兵隊の歴史が色々な資料と共に見ることができる。 先日、この博物館に、子供たちが見学している様子をテレビでやっていた。ピニョン氏も、部屋から近いので、行ってみようかなと思っている。 まさか、行く人はいないだろうが、一応、住所などを。Musée de l'infanterie 住所 École d'application de l'infanterie, avenue Lepic 電話 04 67 16 50 43 Ouvert tous les jours sauf le mardi, de 14h à 17h30.Tarif: 3euros pour les adultes, gratuit pour les moins de 18ans. だそうだ。お近くにお住まいの方は、ここを訪れ、この機会に戦争と言うものを見直してみてはどうか?
2004年11月10日
Le dimanche, 7 novembre 2004 おう、下半身と腰にすでに疲労が蓄積されているのが分る。部屋中にサロメチールの匂いが・・・。明日掃除なんですが・・・。まぁ、いいか。薬をやっていると思われければいいや。 今日は、15時より、いつものグランドにて、サッカーをする。今日は多分足がつるだろうと思っていたら案の定である。そこで、ピニョン氏は、久々にあのポジションをすることになった。そう、あのポジション。 さて、そのポジションとは、Gardien de but!!あ、ゴール・キーパーね。久々だったけど、小さい時にやったことって結構覚えていて、体が勝手にボールに行く。はははぁ。もっとも足が付いてこないので、防げるシュートを2本ばかり決められた。悔しいぞ! やった場所は、スタッド・フィリピデスの側のグラウンド。前回と同じ。15時にトラムのスタッド・フィリピデスで、M君と待ち合わせ。M君と一緒にT君も登場。もう一人、日本人が来るというのだが、現れない。M君が電話したら、隣駅で待っていた。よって、途中で合流することにする。彼は、あのK君が住んでいたアパートに住んでいる。無事合流できた。 M君に今日のメンバーを確認すると、これだけだという。?じゃあボールは?無いの?あたた。昨日、ボールを買った話をすると、M君もまさかピニョン氏がボールを買っているとは、考えもしなかった様だ。よって、モロッコ人Y君の部屋にボールを借りに行くが、不在。むぅ。仕方ない。グランドに行って混ぜてもらうことにする。 運良く、沢山人がいる。久々に晴れたからね。中国人グループと試合をしたかったフランス人たちが、人数が足りないので、人を待っていた。そのチームに参加する。 こういう時、なかなか言葉で意思の疎通が出来ないのは辛い。個人が勝手気ままにポジション取りするし、パス交換もうまくいかない。中国人チームは、言葉が通じるし、比較的、ポジションを固めているので、再三ピンチになる。 初めに、フランス人がキーパーをしていたのだが、彼が沢山シュートを止めてくれたので、なんとかゲームらしくなる。キーパーは疲れた人がやるところみたいだ。 ピニョン氏も頑張るのだが、如何せん体が付いてこない。パスは精度悪いし、トラップすら満足にいかない。やはり秘密特訓が必要だな! とにかく、全員守備、全員攻撃みたいなものだから、つかれるよ。どれぐらいの時間か分らないが、ついにこむら返りを起こす。まずは左足から。次にボレーシュートを狙って蹴ったら、右足が・・・。動けないよぉ。仕方なく、キーパーになる。 なった直後にいきなりシュートが来た。慌ててセービングしたら、流石に感が戻っていなくて、すっ転んだ感じになる。中国人に失笑を買う。むか!おまけに右の手の平が転んだ拍子に切れた。あたた。さらに、むか!!俄然やる気になる。この日のピニョン氏、上は長袖シャツを着て、その上におニューの日本代表ユニフォームを着ていた。下は短パン。勿論、キーパー用のクッションが入っているものではない。おまけに、グランドは芝ではない。セービングすれば、擦り傷だらけになる。 が、この日のピニョン氏は、笑われたことで火が付いてしまった。ばんばん飛ぶし、スライディングも厭わない!!ただ、あまり動けんけどね。踏み切るときに、ふくらはぎが痙攣するんですよ。参ったなぁ。 なんだかんだ言って、2時間ぐらいぶっ続けでやっていた。少し暗くなってきて、ぽつぽつフランス人が帰っていく。当然、人も減る。まだやりたい中国人は、自分のチームから人を送り込み、やめようとしない。 こっちは、ボールがすでに見えなくなりつつある。これは危険。ボールを取るとか取らないとかの問題ではなく、純粋にボールがいつ飛んでくるか判断できない。それでも、17時半過ぎに、やっと中国人も諦める。解散。M君など、30分ぐらい前に帰っていたなぁ。 T君ともう一人の日本人と帰り支度をしていると、日本人とフランス人のハーフの青年が声を掛けてくる。しばし歓談。彼は、18歳まで日本にいたそうな。日本語も喋れる。 流石に真っ暗になってきたので、お開き。またね、って事で、お別れ。暗い中着替えて、3人で帰る。このとき、すでに足にかなりの疲労を感じている。むむぅ。 帰ってシャワーを浴びる。うお、予想以上に擦り傷が!!シャワーを出た後、サロメチールを塗り捲る。その後ストレッチとマッサージをする。やることはやった。さて、どうなるやら。間違いなく筋肉痛なんだろうけど。 追記。あまり効果は無かったようだ。階段の上り下りとしゃがんだり立ったりが、キツイのなんの。とほほ。
2004年11月07日
Le samedi, 6 novembre 2004 以前から欲しかったサッカー・ボールをついに購入。以前、ボールを持っていた友人がパリに引っ越してしまったので、知り合いでボールを持っている人間がいなくなったのと、時々、リフティングの練習をしようと思ったからだ。 さっそく、スポーツ・ショップ、GO SPORT に行く。 本当は、adidas のボールが欲しかったピニョン氏だが、「う、高い・・・」15ユーロって言うのはどういうことですか?あぁ?勿論、日本円にすると、安いと思う。しかし、フランスでの生活が1年も続いていると、どうしても10ユーロを越えると、高く感じてしまう。7ユーロのボールがあるので、それにする。なんせ、空気入れとボール用のピンを買わねばならなかったから。合計で15ユーロしないんだから、こっちを選ぶわな。でも、グランドで見かけるボールは高いボールを使っているなぁ。みんなお金持ちなんでしょう。Merde! にんまりしつつ帰っていると、学校の友人に出くわす。確か、今日、バトミントンに行ったはず。声を掛ける。すると、どうもバトミントンをやるところが遠くて行けなかったんだとか。で、明日のサイクリングの為の下調べをしにツーリスムに行くところだったのだ。その後にクレープを食べるんだけど、一緒にどう?と誘われる。 ツーリスムに行くも、改装中。おたた。で、そのあと、仮に開いていると言う場所に行くがそんなもん無い。確か、駅にもあったはず。そっちに行くが、閉まってた。そこは、物怖じしないA君の出番。彼は、駅の案内所に突撃。電話帳を借りる。そこで、電話を掛けることにしたのだ。目的地の自転車レンタル屋が日曜は閉まっているというので、みんな困惑気味だが、モンペリエのレンタル・サイクルにたずねることで、解決することになったようだ。僕は、日曜は、映画に行く予定だったので、このサイクリングには参加しない。 そのあと、いつものパン屋でクレープを食べる。途中で、友達M君からメールが来る。明日、サッカーしないってか?むぅ。今日ボールを買ったっていうのを知っているみたいではないか? 楽しいひと時は、すぐに終わる。 みんなと別れた後、モノプリのパン屋でバゲットを買って買える。そのあと、部屋であれやこれやしていると、あっと言う間に真夜中だ。さて、明日はサッカーか映画か?
2004年11月06日
Le vendredi, 5 novembre 2004 今日は、友人のスイス人が土曜日に帰るので有志の集まりで、飲みに行くことになった。といっても、ほとんど毎晩飲みに行っているのではないかと思う。ピニョン氏は初参加。いや、まじで。 スイスに帰る、スイス人の彼、A君、スペイン人とスイス人のハーフ。スペイン語とドイツ語(スイス・アルマン)を話せる。いいなぁ。21時半にコメディで待ち合わせた後、フィッツ・パトリック(アイリッシュ・バー)に行く。 各人、ビールやら何やらを頼み、楽しくお喋り。 そこで出たのが、ドイツ人A君、この所、ホモセクシャルの疑いを掛けられいているだ。彼もふざけてそれに乗ったりするもんだから、えらい事になっている。彼は、ピニョン氏と一緒の午前中の授業の後、午後から商業フランス語を勉強している。それも、C先生と2人きり。何の勉強しているのかな?って、スイス人A君が言ったことが始まり。おあぁ!俺は彼らと午前中毎日勉強しているんだぞ!!!やめろ!!!と叫ぶも、みんなどんどん話を大きくしていく。ドイツ人A君も、何かアホなことを言っているし。石鹸がどうしたって?あぁ?! 「ピニョンは、学校を変えると言っているぞ!」とスイス人A君が言うと、ドイツ人A君は、「じゃあ僕も変えるよ」って流し目で言うな!やめてくれぃ!!A君、いいヤツなんだが、悪乗りしすぎだよ。 反対側で、ドイツ人A君が、A君ズ・ショウ!を繰り広げている時に、さて、ピニョン氏はというと。スイス人A君とスイス人L君とつるんで話しをしていた。A君が「ピニョン、面白い話をしてやるよ」って言うので、聞いていたら、・・・(以下自主規制)。3人で笑い転げていた。A君のトークは、その後も続き、ピニョン氏は、そのたびに腹筋が痙攣していた。なぁ、帰るなよ、A君! それを見ていたスイス人C君、不思議そうに眺めていたなぁ。申し訳ない。あぁ、腹痛かった。 沢山笑って過ごした時間はあっと言う間。12時になったので、スイス人L君は明日からの週末にマルセイユに行くので、帰る。朝の早い列車に乗るんだとか。 そのあと、ロック・スター(ディスコ)に行く事になる。移動中、コメディの駅で、男性カップルが熱いベゼを交わしていた。スイス人A君は「おいピニョン、見ろよ、あれ!」と指を刺す。よせ!!ドイツ人A君に、「すごいねぇ」と言ったら、「うん、夜のこの通りには、沢山あぁいうカップルが居るよ」と事も無く言ってのけた・・・。 で、ディスコ。ピニョン氏は、日本でも行った事が無いんですが。1時からなにやら始まるらしい。しかし、ピニョン氏、踊れないんですよ。そもそも、どう踊るの? とにかく、そのあと、1時から、30分ばかり、踊りらしきものをする。自分で言うのもなんだが、のりが悪い。 そのあと、スイス人A君が帰るというので、一緒に帰る。途中まで帰り道が同じだったから。帰りにゆっくり話も出来た。本当に彼が帰るのは寂しい。でも、彼は、12月にモンペリエに試験を受けに来るので、また会える。その時にまたみんなで飲みに行こうと約束をする。今から楽しみだ。またサッカー談義でもりあがろうな、A君!
2004年11月05日
Le mercrdi, 3 novembre 2004 今日は、サッカーのチャッピオンズ・リーグの1次リーグ第4戦2日目。ピニョン氏の大好きなジダンが所属するレアル・マドリーの試合があるのだ。ただし、フランスでは、有料放送でしか見れない。よって、スポーツ・バー(アイリッシュ・バーなんだけど)に友人と行くことになった。 A君とは、見ようと話しをしていたのだが、他の誰が来るかは知らん。サッカー好きはあまりいない。困ったもんだ。A君は、バイエルン・ミュンヘンのファン。彼は、ミュンヘン出身なのだ。ピニョン氏も、そういうチームが欲しい。今日は、ユベントスとの試合がある。昨日見た限りでは、バイエルンも試合があったはず。ところが・・・。何故か放送が無くなっていたらしい。それは、後で知ったんだが。ピニョン氏はそれどころではなかったのだ。 レアル・マドリー、むーん、立ち上がりからイマイチ。フィーゴ、ピリッとせんなぁ。ジダンは低い位置からスタートだと思っていたが、左から中央に掛けて動く。それでも、ディフェンスに下がることが多い。いかんなぁ。っと、思ったら、ディナモ・キエフに先制される。パボンに当たってのラッキー・ゴールだったが、困った!!さらに困ったことに、追加点。あぁ??周りのスペイン人やポルトガル人、はたまたイタリア人が大騒ぎ!!あたた。 ところが、ここからレアルが一時的に復活。Allez!! Zizou!!と思ったら、フィーゴからのスルーパスにラウルがきっちりと決める。やはり、彼はフォワードに戻すべきなんだろうなぁ。しかし、ロナウドはいるし、オーウェンは調子を上げてきているし。ラウルの体力がいつまで持つやら。はぁ・・・。 さらに、ロナウドがペナルティ・エリア内でファールを受け、これをフィーゴが決める。 そのまま、前半終了。後半は、キエフの攻撃が止まらない。レアルは再三ピンチに陥るが、ボールをキープして、何とかキエフに攻撃させないように踏ん張る。やはり、中盤の基点になる選手が必要だと思う。 後半の半ば過ぎ、キエフの集中が一時的に切れる。レアルは一気に畳み掛けるも、決まらない。オーウェンは下げられ、ロナウドもモリエンテスに変わる。ピニョン氏的には、モリエンテス、ラウルのコンピが復活する事を期待しているのだが、どうなるかな?モリエンテスの方が、前線で為をくくれるので、そっちの方が良いんだけどなぁ。 そんな調子で、終了。後半に見るべきものは無い。横で、終了間際にモナコが点を決められる。あたた。リヨンは2点のハンデを盛り返し、4点をたたき出した。ジュニーニョが効いているね。 そのあと、みんなでのんびり話しをしていたら、謎のイタリア人登場。どうやら、A君の知り合いらしい。ローマから来ているらしい。すごいイタリア語なまりのフランス語。みんなしばし彼のローマ談義を聞く。おもしろい。そのあと、ダイジェストで試合を見た後、ボチボチ真夜中。退散。むーん。ヘンな夜だった。
2004年11月03日
Le lundi, 1er novembre 2004 バルセロナ2日目。今日も雨。むぅ。 9時に、Eさんの部屋に集合になっていたので、8時に起床。シャワーを浴びる。G君は寒いだのなんだの言って、シャワーを浴びないと言っている。好きにしたまえ。強制は嫌いだ。 ゆっくり温まり、風邪をひかないようにしっかり体を拭く。シャワーから出ると、G君が、やっぱりシャワーを浴びると言う。その間に、荷物をまとめる。テレビでは、『忍者ハットリ君』をやっていた。勿論、スペイン語の吹き替え。 フランスでも、時々日本のアニメーションを吹き替えでやっているが、違和感は拭えない。特におかしいのが、名前が変わっているのだ。ひどい時には、主題歌まで変わっている。おまけにカッコ悪い。 正直言うと、フランスの歌はあまり好きではない。うまい人はうまいし、好きな歌手もいる。しかし、何でお前が歌手なんだ?なんてのもいる。その辺りの感覚は訳が分らんね。 おっと、バルセロナだった。 9時に、Eさんの部屋に行く。すでにA君とC君は来ていた。すると、A君が「荷物は?」という。チェックアウトを済ませて荷物を預け、そのまま朝食に行くというのだ。どこか近所で朝食を取ってのんびり出かけると思っていたピニョン氏とG君は、ちょっと慌てる。もっとも、1泊の旅行なので、大した量ではない。すぐに片付け完了。 支払いを済ませ、荷物を預ける。雨は相変わらず。小降りにはなっているが、寒い。残念。バス停を一つしか移動しなのに、バスに乗る。あ?勿体無い!多分、グールモン・コンビ、お腹がすいて堪らないのだ。 バス停の側のブラッスリーに入り、朝食。ピニョン氏は、噂の肉を食べたいと思う。スペインはお肉が美味しいのだ。そこで、ジャンボン・トーストとでも言うのか?トーストの上に、トマト・ソースを塗り、その上にジャンボンを大胆に乗っけている。これがうまいんだ!むさぼるように食べてしまった。 みんなお腹一杯になったところで、今日の目的地、アクアリウムに行く。何故、アクアリウムかはさっぱり分らん。ピニョン氏は、よっぽど、スタッド・カンプ・ノウの方が面白いと思ったが、なにせ、サッカーに興味があるのは、A君のみ。おまけに彼はドイツ・サッカーしか知らん。NON!!!と言っても仕方ない。 メトロで港近くまで行き、昨日のコロンブスの記念碑を写真に取りながら、移動する。アクアリウムは、そこそこ大きそう。開館直後だった様で、人も結構いる。A君が早速入場料を確認に走る。13ユーロ15なり。あぁ?ざっと計算しても1,500円を軽く越えてますが・・・。どんな水族館だ? ふと、C君を見ると、かなり渋い顔。彼は何気にしまり屋さんらしい。昨日、話した時に、彼は自分の事を「失業者」と言っていたので、何となく分る。 雨も降っているし、他に?行くところも無いと来た。みんなで入る。一応、学生割引があると書いてある。試しにA君が、ドイツの学生証を出したら、「これ、ドイツの学生証でしょ?国際学生証で無いと駄目なのよ」と言われる。ピニョン氏とG君は国際学生証を持っていたので、割引を受ける。しかし、たったの1ユーロ!スペインという国がよく分らなくなってきた。食べ物は安いが、どうも公共施設に関しては、沢山お金を取る国らしい。沢山そういうところに行ったわけではないので、はっきり言えないが、そんなイメージ。 ピニョン氏、あまり海が好きではない。何故なら、水という物に入ると動きが思うようにならない。これがまず嫌。次に、海の底って正直恐い。何があり、何がいるのか分らんではないか。おまけに、ピニョン氏は幼少の頃、あの有名なパニック映画『ジョーズ』を映画館で見て以来、海の中には、あのような巨大鮫がいるに違いないと信じて疑わない。実際、水族館の水槽への入口に、巨大な鮫の歯が展示してあった。やっぱりいるんだ!何々?体長20メートル? 展示室は、写真撮ってもいいよと書いてある。フラッシュは勿論駄目。魚によくない。子供が沢山いる。チケットを買うときに見かけた、ロナウジーニョのレプリカ・ユニフォームを着た子供も食い入るように水槽を見て廻っていた。祭日ということもあり、スペイン語、フランス語、英語と色々な言語が飛び交っていた。あ、アジア人は全く見かけなかった。昨日は沢山見たのにね。 ピニョン氏は、魚より人間観察に精を出す。ピニョン氏、子供があまり好きではないのだが、外国のお子様を見るのは好きだ。ちゃんと躾けられている印象が強いからだ。親の元を離れても呼ばれればすぐに戻る。これは犬も同じ。流石に犬と子供を一緒にするつもりは無いが、これは裏返せば、それだけ、子供の誘拐などが多い証拠なのかもしれない。日本は違う意味で、ちゃんと管理して欲しい。子供が何をしても怒らないのだけは、勘弁してくれ。いけないことはいけないと教えてやってくれ。何でそれがいけないのかもね。頭ごなしに怒るのは、意思を持っている子供に失礼ではないかな?と思ったりしつつ、子供と親の様子を見ていた。知らない人でも、子供が悪さしていたら、駄目だというからね、こっちでは。 あ、バルセロナ、バルセロナ。 ピニョン氏は、あの水槽の下を通過するのが嫌い。物凄い圧迫感を感じるのと、鮫が真上を通った時など、正直背筋が寒くなった。あの2重3重に連なった歯もしっかり見えちゃったよ。今、このガラスが割れたら・・・。生きながら喰われたりしたら・・・。何て考えると正直落ち着かなかった。 12時過ぎぐらいまで見ていただろうか?ピニョン氏は、先に出口で待っていた。よくもあれだけの水槽を2時間も掛けて見れるもんだと逆に感心しながら待っていた。 上に上がっても、幾つかの展示物があり、それを見て廻る。13時過ぎに水族館をあとにして、近くの巨大な公園に行き、巨大な凱旋門?の前で写真を撮る。流石にお腹が空いてきたので、その公園の近くにあったブラッスリーで昼食。チョリソーのサンドウィッチを食べる。美味い! そのあと、メトロで移動して、ガウディがデザインしたという、公園に行く。この公園に行く頃には、少しずつだが、晴れ間も見れる。雨は降ったり止んだり。 ピニョン氏は、やはりあの色使いがどうも気に入らない。こればかりは好き嫌いだから仕方ないか。 時間も16時近くなり、丘の上にある公園の頂上辺りにあるホテルを見て帰ろうということになる。その途中、横道を見つけたピニョン氏は、先回りする。上のホテルを眺めつつみんなを待つが、一向に上がってこない。おかしいなと思って引き返すと、なんと、ピニョン氏を探していたらしい。おたた。申し訳ない!よって、ピニョン氏が上までの近道と見所をみんなに案内して廻る。 さて、帰るかということになり、ホテルに戻る。が、次第に天気が物凄く悪くなる。遠くでは雷鳴が響いている。そそくさとホテルに戻る。荷物を回収して、みんな順番にトイレに行って戻ってくると、外は大雨。A君が一人、車を取りに行った。なんていいやつなんだ、A君。 A君の愛車Maxがホテルに着くと、みんな荷物を運び込み、C君のナビでバルセロナを出る。高速に乗ってしまえば、後は、フランスにめがけて走るだけ。雨は20分ぐらい猛烈に降った後、ぴたっと止んだ。 フランス国境を抜けた後、少し眠っていたらしいが、A君に悪いので、ガムをかんで起き続ける。 約3時間後、辺りもすっかり暗くなっていた頃に、Montpellier に到着。A君が道を間違えて危うく海岸に行くところだったが、無事に道を修正。19時過ぎに戻ってこれた。ありがとう、A君、Max! 部屋に戻る前に、モノプリに寄るが、バゲットが無い。う、仕方ないかな。今日は休みだもんな。バゲットは諦め、黒パンを買う。 部屋に戻り、簡単な食事の後、明日の授業の準備をした後、就寝。
2004年11月01日
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