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「Those Were The Days(悲しき天使)」の大ヒットでポップス史に名を残し(ただし一発屋として)、ビートルズ・ファンには「アップルのシンデレラ・ガール」としてもお馴染みのフォーク歌手がメリー・ホプキンである。1950年生まれ、ウェールズ出身のメリー・ホプキンは、民謡歌手として地元で活動していた所を、イギリスの女性タレントであるツイッギーに見出される。ツイッギーを通してポール・マッカートニーに紹介された彼女は、ビートルズのレーベル"Apple"と契約。ポールの前面バック・アップの下にデビューする事となった。アップルからのデビュー作として1968年にリリースされた「Those Were The Days(悲しき天使)」は、話題性も手伝って、全米2位・全英1位のヒットを記録。ポールがプロデュースしたこの曲は、ロシア民謡を改作したものだった。そして、翌年の1969年に2ndシングルとしてリリースされたのが、同じくポールのプロデュースによる「Goodbye」である。全米13位、全英2位を記録。作曲もポール(レノン/マッカートニー名義)であるこの曲は、「I'll Follow The Sun」「Blackbird」を思わせるアコースティック・ポップの佳作で、この手の作品を得意とするポールの持ち味が生かされた名品となっている。ポールらしいメロディ・ラインはもちろん、メリーの清楚な歌声、パタパタしたリズム・アレンジ(ひざを叩く音?)は中々にソソる。反面、弦楽器を加えたアレンジが少し鬱陶しくもあり、メリーがポールのプロデュースに反発したというハナシも何となく分かる。ついでに言うと、この曲はポール本人によるデモ・ヴァージョンもあるのだが、はっきり言って簡素な仕上がりであるこちらの方が数倍出来がいい(笑にも関わらず、現在ではブートなどで聴けるのみ。せめて例のアンソロジー・シリーズの時に世に出しておいてほしかったなぁ~メリー・ホプキンのバージョンもオリジナル・アルバムには未収録。上の写真にあるベスト盤は、この曲の他にも「Temma Harbour」や「Knock Knock Who's There」など、アルバム未収録のシングル曲を収めているので要チェックである。メリーはこの後、ポールとは決裂し、ミッキー・モスト、トニー・ヴィスコンティ(後に結婚→離婚)などのプロデュースで作品を発表。特に、トニーのプロデュースした2ndアルバム「Earth Song/Ocean song」は、彼女本来の資質が生かされたブリティッシュ・フォークの名作だ。メリーは1970年に来日。大阪万博でその歌声を披露した。70年代に入ってからは徐々に第一線からは退いていくものの、その後も地道に活動を続けた。近年でもチーフタンズと共演したり、自己のレーベルから作品を発表したりと、現役として頑張っているようだ。つーコトで「Goodbye」を聴くにはここをクリック!ポールによるデモ・バージョンはこちら。なお勝手ながら、ポム・ブログはしばらくの間、休止させていただきます。今後の予定については全くもって謎ですが、たぶん(笑)また戻ってくると思いますので、物好きな方はどうかよろしくですそれでは皆様、どうかお体にお気をつけて。グッバイ~グッバイ~♪(←無理やりオチをつけてみる
2007.07.30
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殿下が先日、またまた充実した新作を発表してくれましたね。50の齢を前にして、いまだ全く才能の衰えないおプリ様そんな殿下に敬意を表して、本日はこの曲じゃ!邦題、「ビートに抱かれて」。殿下六枚目のアルバムにして、本人主演の映画のサウンド・トラックでもある「Purple Rain」(写真)のからの1stシングルである。1984年に5週連続全米1位を記録。その年のビルボード年間No.1シングルにも選ばれたこの曲は、殿下のキャリア史上、セールス的に最も成功した曲である。作詞、作曲、プロデュースはもちろん、演奏も全て殿下本人によるもの。ミディアム・テンポのファンク・ナンバーだが、いつものような濃密さはあまり感じられず、殿下としてはかなり聴きやすいポップ・ソングに仕上がっている。それが大衆に広く受け入れられた要因なのかもしれないが、同時にファンの間では賛否が分かれる結果にもなっている。曲は挑発的なギター・ソロに始まり、パーカッシヴなリズムと、妖しくてどこか哀しいメロディが6分にも渡って展開されていく。聴き手を誘惑するかのような殿下のヴォーカルにも心を奪われるが、それ以上に耳に残るのは、甘くて軽い音色のシンセサイザー・リフだ。エロスと毒、そして孤独を感じさせる響きは、まさに殿下ならではもの。このキャッチーなリフは、後にMC・ハマーのヒット曲「Pray」(全米2位)にサンプリングされた。映画からのシーンも盛り込んだビデオ・クリップは、いきなり殿下の入浴姿から始まるという刺激的なモノ。殿下美学と胸毛はここでも健在よアルバム「Purple Rain」からは、この後もタイトル曲や「Let's Go Crazy」(全米1位)などのヒットを連発。殿下のアルバムはどれひとつとっても傑作だし、個人的に最も好きなのは「1999」か「Sign 'O' The Times」あたりなのだが、彼がトリック・スターとして最もギラギラしたオーラを放っていたのは、「Purple Rain」の時期だったと思えない事もない。個人的には、ちょうど洋楽を聴き始めたばかりの時期で、リアルタイムの記憶は定かではないが、この当時の殿下はマイケル・ジャクソンと無理やり比較されていたらしい。「よいこ=マイケル、悪いコ=プリンス」って、なんじゃそら~(ゲラゲラそういえば、昔見たアナログ盤のシングル・ジャケットにも「俺達のボスはプリンスだぜ!」なんてキャッチ・フレーズがあったなあ。才能とカリスマ性を垂れ流しにしていた、この時期の殿下の記録であり、何もかもが楽しかった80'sの甘酸っぱい思い出である。「When Doves Cry」を聴くにはここをクリック!ワン・アンド・オンリーな殿下ワールドに萌えろ!※ポム・スフレのメインHPでは、プリンスの名盤「Sign 'O' The Times」について取り上げています。
2007.07.28
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今日からフジ・ロック・フェスティバルですねえ。ちくしょうカネもヒマもなくて行けなかった……来年こそは絶対行くぞ!(←去年もおとどしも言ってた)…って、今年の出演者リスト見てみたら、観たいアーティストがほとんどいねぇ~www邦楽はまだしも(ボアダムスとフリクション観たい…)、洋楽のアーティストでワシが観たいのっていったら、再結成したクーラ・シェイカーと、ファウンテンズ・オブ・ウェイン(以下FOW)くらいじゃねえかよ。 しょぼっ!まあ、ワシが時代遅れのオッサンなだけなのかもしれないがソレはおいといて、今日はFOWだ。FOWは、クリス・コリンウッドとアダム・シュレンジャーの二人を中心とした、現在形パワー・ポップの代表格といえるグループである。特にアダム・シュレンジャーは、ボストン出身のポップ・バンドClick Fiveをプロデュースしたり、トム・ハンクス監督・主演の映画「That Thing You Do!」の主題歌を書いた才人でもあり…と、その筋のファンには有名……な筈(笑FOWといったら、ワシのメインHPの「キャッチーポップス天国(ページの下の方)」でも紹介している「Stacy's Mom」が何といっても必聴なのだが、今回取り上げる「Mexican Wine」も聴き逃せない一曲である。前述の「Stacy's Mom」を収録した'03年の名盤「Welcome Interstate Managers」(写真)のオープニング・ナンバーでもある、この曲。ストレートなギター・サウンドと効果的に使われる60年代的アレンジは、まさにパワーポップ。ビートルズやモンキーズへの憧憬をあらわにしたメロディは、甘くてとても優しい。コリンとアダムの職人的な曲作りも見事な、懐かしさと新鮮さを兼ね備えたナンバーであり、ビートルズ、オアシスのファンからJ-POPのファンにまで多くの人に訴えかける、珠玉の一曲だと思う。こういうのを聴くと「世の中まだ捨てたモンじゃないな」と思わされます。イヤ、ホントFOWは今年の春には4年ぶりの新作を発表。古き良きポップスの伝統を受け継ぐ存在として、これからも頑張ってほしいものだ。つーコトでFOW三連発!「Mexican Wine」を聴くにはこちら。どキャッチーなメロディと、まんまカーズなサウンドが楽しい代表曲「Stacy's Mom」はこちら。彼らのデビュー作である瑞々しい名曲「Radiation Vibe」はこちら。FOW最高!※ポム・スフレのメインHPでは、FOWの名盤「Welcome Interstate Managers」について取り上げています。
2007.07.27
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スザンヌ・ヴェガは、60年代フォーク・ムーブメントを生んだ事で知られるNYの街グリニッチ・ヴィレッジから登場した女性シンガー・ソング・ライターである。'87年に全米3位を記録したヒット曲「Luka」が代表曲で、児童虐待というヘヴィな内容をポップなメロディに乗せて歌ったそのナンバーは、当時多くの人に親しまれた(自分が彼女を知ったのもコレがきっかけ)。そして、彼女の代表作とされる、もうひとつの曲が「Tom's Diner DNA Remix」である。元々は、その「Luka」を収めた'87年の名盤「Solitude Standing」の冒頭を飾るナンバーで、オリジナルは二分半にも満たないアカペラ・ナンバーだった(かつてはTVのCMでも使われていた)。それを三年後にあたる1990年に、英国のプロデューサー・チームであるDNAが、作者であるスザンヌに無許可でリミックス(というかサンプリング)したのがこのヴァージョンである。結果、全英2位、全米でもTOP5に入るヒットを記録。当のスザンヌは激怒したというが、当時の僕は「オリジナルよりこっちの方がカッコいい」とか思いながら聴いていた記憶がある(笑非常にダンサブルなナンバーで、曲の中で執拗に繰り返される「トゥトゥ・トゥールットゥトゥトゥールッ…♪」というスキャットがとても耳に残る。…であるが、オリジナル・バージョンでは、その部分は最後の方で付け足しのように顔を出すだけ。DNAのバージョンは、その部分をメインに持ってくる事によって、この曲をポップ・ソングとして強調させている。クールに跳ねるビート、歯切れの良いホーン、妖しく動くベース・ラインは、淡々とした彼女の歌とうまく絡み合っており、この曲の魅力がまた違った形で引き出される結果となった。シンプルで個性の強い素材も、アレンジひとつでガラリと変わるという好例であり、DNAなる人達の着眼点の鋭さに感心させられる名トラックである。彼女の繊細かつ鋭い感性が滲み出る歌詞も見逃せない。但し、これはオリジナル・バージョンで聴いた方がよく伝わるかも。また、この曲は、様々なアーティスト/DJによってサンプリングに使用されるなどして数多くのヴァージョンが存在し、それをまとめたトリビュート・アルバム『Tom's Album』なんてのが出た事もあった(もう廃盤?)。現在ではスザンヌの英断により、自身のベスト盤(写真)に収録。「Luka」や「Gypsy」などと共に、一度は聴いておきたい一曲だ。独特の緊張感が心地良いオリジナル・バージョン(こちらはベスト盤未収録)も忘れずに。「Tom's Diner DNA Remix」を聴くにはここをクリック!ちなみに、この曲のオリジナル・バージョンは、MP3の開発にも大きく貢献しているらしい(詳しくはここを参照)。
2007.07.26
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ガンズ・アンド・ローゼズの来日公演が無事終了しましたね。しかも評判は上々だったとか。ご褒美にワシも取り上げてやるか(←エラそう僕がガンズを初めて聴いたのは、1987年(だったと思う)。「ベストヒットUSA」で流れた「Welcome To The Jungle」のPVを見た時だった。後に全米7位を記録するこの曲だが、それは後発の「Sweet Child Of Mine」(1988年、全米1位)のヒットに便乗した結果であり、この時点ではまだどこの馬の骨とも知れない存在だった。その時は、曲自体は「騒々しい」くらいの感想しか持てなかったのだが、アクセルの放つふてぶてしい存在感と身のこなしが、妙に印象に残った記憶がある。↓だがそれ以上に、後ろでPVを流し見していたオカンの一言「うわっっ! キ×ガイじゃ!!」…母ちゃん、キ×ガイって…… いや、そうなんだけどさ……その後ガンズは、「Sweet Child Of Mine」のヒットを皮切りに、狂ったように売れ始めるのだが、彼らの登場はあらゆる意味で衝撃的だった。当時売れていた他のHR/HMバンドにはなかったアンチ・モラルの匂い(あえて言うならモトリーがいたか)。デビュー・アルバム「Appetite For Destruction」(写真)で聴ける荒々しい音の感触と疾走感、暴発するエナジーは、パンクをリアル・タイムで体験できなかった僕には、新しい時代の到来にすら思えた。少なくとも自分にとって、これに並ぶインパクトは、ニルバーナの「Nevermind」(1991)が発表されるまで待たなければならなかった。この「Paradise City」は1989年に全米5位を記録した、ミドル・テンポのロック・ナンバー。「Welcome To The Jungle」、「Sweet Child Of Mine」と共に、前述の「Appetite For Destruction」に収録。現在でもコンサートのクライマックスで演奏される、ガンズの代表曲である。なめらかな、それでいてどこか屈折したギターのアルペジオ。そこに割り込んでくる重いドラムの音色。続けてアクセルが「パラダイス・シティに連れてけよ」と抑えめに歌う。音数を増やしつつ、徐々に盛り上がっていき、笛の音を合図に曲は本編へ。トゲトゲしいギター・リフ、渋めだが耳に残るメロディ、変化自在なアクセルのボーカル。ん~カッコいい。楽曲自体の構造は実に単純だが、聴いてて飽きる気配は全くない。4:35も過ぎた頃、よく伸びるアクセルの歌声や派手なドラミングと共に曲は大円団……かと思いきや、演奏はそこでいきなり大爆発!凄まじい疾走感で一気に突っ走る。鬱憤を撒き散らすかのようなアクセルの歌声、パンキッシュなリズム隊、スラッシュのめまぐるしいリード・ギター。くおおおぉぉぉ! コイツは燃える燃える燃える!!そして、紙吹雪を散らしたくなるエンディングで曲は終わる。完璧。6分48秒という時間が短くすら思える程の完璧さだ。スタジアムで演奏する姿を納めたPVは、エアロスミスとのツアーのもの。おそらくエアロの前座としての演奏だろうが、当時はガンズ自身がスターダムを駆け上る時期だったので、観客もノリノリ。何よりもメンバー皆、足が地についている。アクセルから滲み出る時代の寵児としてのオーラ。この時、スラッシュは23歳。う~ん、渋すぎる。この頃のガンズはカッコよかった。最高だった。アクセルを始めとして、イジーもダフもスティーブンも、そしてスラッシュも、皆危険なニオイをプンプン放っていた。アルバム「Appetite For Destruction」が発表されてからもう20年経つが、今も全く色褪せていない。恥ずかしい言葉で恐縮だが、時代やジャンルを越えた「本物のロック」というものが詰まった数少ない一枚だと思う。…で、10年近く待たされた新作は本当に発売になるのか?(ここを参照)メンバーの姿が最高にイカす「Paradise City」のPVはここをクリック!
2007.07.24
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ビートルズの3rdアルバム「A Hard Day's Night」は、全13曲中10曲がジョンの作品である。よって、このアルバムの主役はジョンという事になるのだが、じゃあポールの影が薄いのかというと実はそうでもない。ポールがこのアルバムに書いた3曲はどれも高いクオリティと違った味わいを持っており、当時ソングライターとして急成長していたポールの実力を濃縮した出来となっている。「Can't Buy Me Love」はその中のひとつであり、ビートルズ及びポールの全キャリアを語る上でも忘れられない一曲となった。ジョン作の「A Hard Day's Night」に向こうを張るかのようなアップ・テンポのナンバーで、演奏に初期ビートルズならでは熱さと勢いが詰まってるのが嬉しい。反面、歌に関しては、ポールの多重録音ボーカルがメインとなっており、ビートルズならではコーラスが聴けないのがチト寂しい(?)イントロ抜きでいきなりサビから始まるという構成は、前々作のシングル「She Loves You」の手法に則ったもの。発案者も「She Loves You」同様、ジョージ・マーティンである。それでいて「Can't Buy Me Love」の場合は、出だしの瞬間がアカペラになっているので、「She Loves You」とは微妙に違ったインパクトがあるという具合。Aメロは C-F7-G7というノーマルなロックン・ロールの3コードで展開していくのだが、サビではEm-Am-Dmなどのマイナー・コードを使っており、対照的なコード進行を用いてメロディにポップな感触を持たせている。甘いメロディに対して、ポールの歌声はなかなかにブルージー。曲の軟弱化を防ぐと共に、ポールのロック・ボーカリストとしての一面が出る仕上がりとなった。チョーキングを効果的に使ったギター・ソロもペランペランながら味わい深い。サビでジャンジャカ鳴るパワー・コードがまた泣かせるなあ。「愛はお金では買えない」という歌詞については……今回は省略アメリカでビートルズ旋風が起こる直前の時期に録音されたこの曲は、アメリカでは210万枚、イギリスでは100万枚が予約注文された。結果、当然の如く英米でNo.1を記録。アメリカでは'64年の4月4日から5週間連続1位を記録しているが、同年の2月1日から5月2日までの三ヶ月間、ビルボード・シングル・チャートのトップの座はずっとビートルズが居座るという状態が続いた(『抱きしめたい』→『She Loves You』→『Can't Buy Me Love』の順)。また、この曲は初登場27位で登場し、さらに次の週にはナンバー1になるという、棒高跳びのような記録を持っている。この記録は、'95年に初登場1位を記録したマイケル・ジャクソンの「You're Not Alone」によって破られているが、チャートの集計法やレコード売り上げの基準が大きく変わっていた事を考えると、両者の価値に大きな差異はないと思われる(←あくまでも私見)。そして、'64年4月4日のシングル・チャート(下記参照)では、上位5曲がビートルズに独占されるという事態も生んでいるが、その時に1位だったのもこの曲である。1位 Can't Buy Me Love2位 Twist And Shout3位 She Loves You4位 I Want To Hold Your Hand5位 Please Please Meビートルズの有名曲というと、「Yesterday」「Help!」「Hey Jude」「Let It Be」(←全部1位になってるし…)などが真っ先に思い浮かぶが、数字的な業績(記録)という点で一番忘れがたいのが「Can't Buy Me Love」といっていいかもしれない。ビートルズがライヴ活動を停止してから、この曲も長きに渡って封印されてきたが、ポールの1990年のツアーにおいて見事に復活。以降、ポールのライブに欠かせないナンバーとして現在も生き続けている。つーコトで、やんちゃなビートル達の姿がカワイイPV(というか映画のワンシーン)はここをクリック!ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.07.22
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ラブ・サイケデリコの新作「Love Grapefruit」、評判いいみたいですね予想していたとはいえ、結構なコトで。帰国子女であるKUMIとNAOKIから成るこのユニットは、今から7年前(もうそんなになるのか…)である'00年にデビュー。同年の2ndシングル「Your Song」を聴いた時には「むほっ」と思ったものだが、その後の彼らの飛躍ぶりは予想以上だったなあまあ、ワシは熱心なファンてわけでもないのだが、洋楽に強く根ざしたポップ・センスにカチッとした曲作り、力強くて聴きやすいサウンドは、充分に心惹かれるものがある。それでいて、どの曲を聴いても、メロディもサウンドもどこか既聴感があるのが微笑ましい。それも「洋楽大好き!」という純粋な気持ち故のものなのでしょう。何にしても、洋楽スノッブなワシが推すJ-POPグループのひとつではあります。この「Free World」は、2001年に発表された彼らの4枚目のシングル(当時ポカリのCMソングとしても使われていた)で、2ndアルバム「Love Psychedelico Orchestra」(写真)に収録。70年代アメリカン・ロックを思わせるシンプル&キャッチーなリフからして、まず耳を奪われる。泥臭いギターの音色も実にいい。全体のノリは、ストーンズというよりはレーナード・スキナードか。甘さを抑えたポップ感覚もカユい所に手が届く。KUMIの乾いたボーカルもカッコいい。歌詞は英語と日本語のチャンポンだが、KUMIの発音ゆえか、あるいは「洋楽として聴いて」というメッセージなのか、全篇英詞に聴こえるのがまたソソる。「って、これシェリル・クロウじゃん!」という指摘は……まあご愛嬌というコトで(笑ともあれ、新曲「Freedom」がBS野球のテーマ・ソングに使われたり、「Aha!」及び「7Days」がDocomoのCMソングに使われたりと、彼らの音楽が何気に聴かれている(…はず)のは嬉しい限り。結論→ラブ・サイケデリコには洋楽テイストな名曲がいっぱいさ~\(´ー`)ノつーコトで「Free World」を聴くにはここをクリック!※ポム・スフレのメインHPでは、ラヴ・サイケデリコの1stアルバムについて(←ページの下の方)取り上げています。
2007.07.21
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ヘイKids! 夏休みだね~ぃって、この間3連休だったのに、もう夏休みかよ!!そんなゆとり世代のKidsに贈るのが、血湧き肉踊るこの曲じゃ!シアトリカルなステージとストレートなハード・ロックで一世を風靡したアリス・クーパーは、デトロイト出身のミュージシャン、ヴィンセント・ファーニアの芸名(現在は戸籍上でも改名)であり、バンド名でもある。60年代にフランク・ザッパのレーベルからデビューした彼らは、70年代にはグラム・ロック・ムーブメントの追い風もあって、一気にブレイクを果たす。この「School's Out」は、'72年発表の同名アルバム(写真)のオープニング・ナンバーであり、全米7位、全英1位を記録した彼らの代表曲である。プロデュースは、後にピンク・フロイド、Kiss、ルー・リードなどを手掛ける事でも有名なボブ・エズリン。アリス・クーパーの持ち味が存分に引き出された仕上がりとなっており、シンプルで骨太なギター・リフからしてグイグイ引き込まれる。続いて飛びだす、アリスの猥雑なガラガラ声も強烈! それでいてどこか人懐っこさを感じさせるのがミソ。そして、何気に親しみやすいメロディは彼の確かなポップ・センスを示すもの。ゆったりと盛り上がるサビは、力強いリズム隊とも相俟って興奮するなあ。何よりも最高なのがその歌詞で、「学校はもうオシマイ、汚い先公はもうたくさん」というフレーズは、やんちゃな十代の心情を見事に代弁している。コイツを聴くと、「クソッタレ!」と一人で息巻いていたあの頃を思い出すなあ本物の子供声を被せるという演出がまたイカしており、曲にリアリティを与えている。この方法論は後に、同じボブ・エズリンがプロデュースするピンク・フロイドの「Another Brick In The Wall」('80年、全米1位)でも用いられている。そして、ベルの音と子供達の歓喜の声に包まれるエンディングで昇天(最後の最後で力抜けるけどw)。楽しさと興奮に包まれた3分25秒だ。オジー・オズボーン、エアロスミス、ボン・ジョヴィといったビッグ・アーティストから、シューレアリズム画家であるサルバドール・ダリ(故人)まで、アリスに心惹かれる者は数多い。長いキャリアの中で何度かの浮き沈みも経験したアリスだが、ハード・ロックの重鎮として現在でも精力的に活動を行っている。「School's Out」を聴くにはここをクリック!こちらはスタジオ・ライヴでの映像。夏休みだ。学校はもう終わりだ。粉々になっちまったのさ。エンピツもいらない。教科書もいらない。汚い先公ももうたくさんだ!(ポム・スフレ訳)
2007.07.19
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台風の次は地震かよ!そんな時はディラン先生のこの曲を聴いて元気を出すのじゃ!ディラン先生の代表作の一枚である「Desire」('76年、全米アルバムチャート1位)のオープニングを飾るこの曲は、無実の罪で投獄された黒人ボクサー、ルービン・"ハリケーン"・カーター(※)を支援するために作られたもの。「ディランがプロテスト・ソングに戻った」と、当時話題を呼んだらしい。演劇出身の人物、ジャック・レヴィとの共作という点でも、ディラン作品の中では異色なものだ。シングル・カットもされた結果、全米31位を記録。チャート成績ほどそれほどのものではないが、ディラン先生の曲の中でも最もキャッチーな響きを持つ傑作である。録音はローリング・サンダー・レヴュー(採算をド外視したと言われる伝説のツアー)の最中に行われており、そのせいか演奏にもライブの勢いがそのまま持ち込まれている。録音メンバーは、女性ヴァイオリニストのスカーレット・リヴェラを始めとして、ほとんど無名のミュージシャンであり、ツアーのバック・メンバーそのものでもあった。静かで不穏なイントロから始まるこの曲。アグレッシヴなメロディ、熱っぽいディラン先生の歌声、荒々しいアコースティック・ギター、そして縦横無尽に舞うヴァイオリンが、聴く者の胸を揺さぶる。特にサビの部分におけるパーカッシヴなビートは高揚感に満ちており、ゾクゾクするようなカッコよさだ。演奏自体はかなり粗削りで、リズムが思いっきりズレている箇所もあるのだが、表面的な完成度よりも勢いや熱さを重視したのだろう。結果、8分30秒という長さを全く感じさせない仕上がりとなっている。歌詞はディラン先生にしては表現が直接的で、深みに欠けると言えない事もないが、ストレートな分、彼の怒りが伝わるものでもある。前作「Blood On The Tracks」で見せたような繊細さには欠けるが、ディラン先生のハード・ボイルドな面を親しみやすい形で昇華してみせたこの曲は、「All Along The Watchtower」と並ぶ代表曲と言える。アルバム「Desire」には、この他にも「Isis」「One More Cup Of Coffee」「Romance In Durango」「Sara」などの佳曲がいっぱいじゃつーコトで、「Hurricane」を聴くにはここをクリック!夜の酒場、銃声が鳴り響く パティ・ヴァレンタインが上のロビーから駆け降りて来る 彼女の目に飛び込んで来たのは血の海に横たわるバーテンダー 「何てこと、皆殺しにされちゃったわ」と、悲鳴をあげる これがハリケーンの物語 やりもしないことで 当局に罪を負わされ 監獄にぶち込まれた男、かつては 世界チャンピオン目前だった (中川五郎訳)ポム・スフレのメインHPではボブ・ディランの名盤「Blood On The Tracks」について取り上げています。※ルービン・カーターの半生は、後にデンゼル・ワシントン主演で映画化もされた。
2007.07.17
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ジョージのアルバム「Living In The Material World」のオープニング・ナンバーにして、シングル発売もされたこの曲は、1973年に全米1位、全英8位を記録。彼のソロ・キャリアを代表する一曲である。プロデュースはジョージ本人。当初は前作に引き続きフィル・スペクターがプロデュースをする予定だったが、色々ゴタゴタがあったため、ジョージ自らが手掛ける事になったとか。当然、フィルのウォール・オブ・サウンドな音作りに比べてシンプルになっているのだが、結果、ジョージのプロデューサーとしての資質が引き出される仕上がりとなった。イントロにおける、アコースティック・ギターの柔らかなストロークと、とろけるような音色のスライド・ギターからしてもうメロメロ。歌詞は、前のNo.1ヒット「My Sweet Lord」に続く神サマ路線となっており、「愛をお与えください。弱い私をお救いください、神様」と歌う内容は、無宗教かつアホなワシにとっては正直ほえーなのだが、普通に聴き流す分にはほとんど気にならない。よかった。英語が分からなくてメロディ自体も、起伏は少ないがジョージらしい美しさを感じさせるもの。クラウス・ヴァーマンによるツボを押さえたベースや、ニッキー・ホプキンズによる繊細なタッチのピアノも素晴らしい。その弱々しい歌声も含めて、ジョージの優しさと哀しさがいっぱいに詰まった名曲だ。エンディングがなぜか尻切れトンボ気味というか息切れを感じさせるのがまた愛おしい^^なお、この曲が全米1位になる際、前の週に1位の座にいたのはポール・マッカートニーの「My Love」であった。元ビートル達が大活躍していた時期だったとはいえ、喧嘩別れ(?)した元同僚を引きずり下ろす形になったのは、少しばかりの皮肉を感じる。また、'73年6月30日付けのビルボード・チャートを見てみると、1位 ジョージ・ハリスン「Give Me Love(Give Me Peace On Earth)」2位 ポール・マッカートニー&ウィングス「My Love」3位 ビリー・プレストン「Will It Go Round In Circle」(←これも直後にNo.1を記録)となっており、トップ3がビートルズ・ファミリーに独占されるという結果になっている。アルバム「Living In The Material World」もいぶし銀の美しさに満ちた名盤。ビートルズ・ファンならCDラックに入れておきましょう「Give Me Love」を聴くにはここをクリック!ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.07.15
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今から21年前(←泣…)にもなる1986年。当時の僕が毎週楽しみにしていた「ベストヒットUSA」で、一本のビデオ・クリップが紹介された。しばしの静寂を置いて聴こえてきたのは尺八の音。いきなり映し出されるオタマジャクシに続いて目に飛び込んできたのは、ヘンなオッサンのキモい顔面。「何コレ……?」当時それを見ていた洋楽ファンは、多かれ少なかれそう思ったに違いない。そのPVの曲名は「Sledgehammer」。ピーター・ガブリエルのソロ・キャリアにおける最大のヒット曲にして、80年代を代表する一曲である。PVを流し終わった後の小林克也による解説を聞いて、「どうやらこのオッサンは昔、フィル・コリンズのバンドにいた人らしい」という事は分かったのだが、その時は「奇をてらったPVを使ったヘンな曲」くらいの印象しか持てず、おそらく二度と耳にする事もないだろうと思っていた。反面、その奇妙なインパクトゆえに、その曲及びそのPVが妙に頭にこびりついたのも事実だった。ちょうど同時期には、フィル・コリンズのバンド(だと思っていた)であるジェネシスの新曲「Invisible Touch」が話題になっており、僕もそれに入れ込んでいたのだが、その一方で「Sledgehammer」のPVもあちこちで流されており、「まーた、あのヘンな曲が流れてる」と思いつつも、気がつけばそれが歌えるようになっていた。その後、そのヘンな曲のオッサンが、かつてはジェネシスのリーダーにしてボーカリストであった事を知って驚くのだが、さらに驚いたのはその曲がビルボードのチャートを昇り始めた事だった。「えっ!?こんなヘンな曲が売れちゃうの!?」僕の驚きをよそにその曲「Sledgehammer」は、じりじりとチャートを上昇。ついには'86年7月26日付ビルボード・チャートで1位に輝いてしまった。しかも、その前の週にNo.1の座にいたのはジェネシスの「Invisible Touch」。ピーター・ガブリエルという人は、かつて自分の在籍していたバンドの曲を蹴落として、初の全米1位を獲得したのだった。なんという運命のイタズラか。当時チャート少年であった僕が目を丸くした夏休みの思い出として、今も鮮明に覚えている。この「Sledgehammer」は、ピーター・ガブリエル5枚目のオリジナル・アルバムである「So」に収録。タイトルに初めて自分の名前以外のものを冠した(それ以前のアルバム・タイトルは全て『Peter Gabriel』)このアルバムは、ピーターのターニング・ポイントとなった一枚であり、彼を「コアなファンを対象としたカリスマ」から「世界的なスター」へと押し上げた忘れがたい作品である。当時の僕の理解力では「ヘンな曲」にしか聴こえなかったこの曲だが、それもピーター・バラカン氏の言葉を借りれば「凄く丸くなっちゃった」仕上がりであり、以前からのファンだった人達も似たような感想だったらしい。確かに、それまでのピーター・ガブリエルに比べれば、ポップ・ミュージックとして分かりやすい作りにはなっている。が、それと同時に彼のイビツな個性が決して失われてはいない所がミソ。尺八の音で始まるポップ・ソングなんて、このオッサンじゃなきゃ思いつかねぇよ(笑ピーターは三枚目のアルバム以降、民族音楽の導入にも貪欲になっていくが、この尺八もおそらくそうした発想からだろう。イントロと間奏の二箇所で使われているが、結果として曲にピタリとハマッているのがスゴイ。やっぱりヘンな曲だ(笑そのメロディ・ライン、女性コーラスやホーンの使い方、何気に強力なファンク・ビートなど、黒人音楽の影響を彼流に消化した仕上がりとなっており、特にサビにおけるリズムの刻み方などは中々にカッチョいい。名ベーシストであり、キング・クリムゾンのメンバーとしても有名なトニー・レヴィンの演奏も見逃せない。とはいえ、この曲があれほど話題になったのは、音楽そのものの魅力よりも、変態スレスレの魅力に溢れたビデオ・クリップ(スティーヴン・ジョンソン監督)による所が大きい、というのは誰もが認める所。もっとも、それはヴィジュアル的なインパクトで話題を狙ったというよりも、映像表現にも多大なる関心を寄せるピーターと、MTV全盛だったあの時代の波長がうまく合わさった結果というべきだろう。このビデオ・クリップはMTVミュージック・ビデオ・アワーズのベストビデオ賞を受賞。同アルバム収録のヒット曲「Big Time」(全米8位)でも同路線のPVが制作された。アルバム「So」自体も大ヒットを記録(全米2位、全英1位)。その年のグラミーにもノミネートされた。また、このアルバムのプロデューサーは、後にU2の「The Joshua Tree」を手掛けるダニエル・ラノワである。本作をピーターの最高傑作であるとするかどうかは意見の分かれる所だろうが、彼の代表作である事には違いない。かく言う僕も、個人的によく聴いたのは、ジェネシスの幻影濃い1stや「Biko」が収録されている3rdだったりするのだが、自分の中のピーター・ガブリエルのイメージといったら、いつまでたっても「スレッジ・ハンマーのオジサン」なのである。というコトで、「Sledgehammer」のシュールでアーティスティックなPVはここをクリック!う~ん、やっぱりヘンな曲だ
2007.07.13
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バッド・レリジョン好きでした。アメリカン・ハードコアの元祖的な存在にして頂点でもあるバンドだが、僕がその存在を知ったのは90年代も半ば。当時はいわゆるメロコアなる言葉が流行っており、オフ・スプリングやNOFX、日本ではハイ・スタンダードがもてはやされていた。僕もグリーン・デイなどと一緒くたにして、それらのバンドを聴いていたのだが、バッド・レリジョンもそんな流れの中で知ったバンドだった。バッド・レリジョンは'80年に南カリフォルニアで結成。USインディー・シーンの中で将来を期待された彼らだったが、2ndアルバムを発表した'83年には一旦活動を停止してしまう。5年間の沈黙の後、アルバム「Suffer」で活動を再開。だが、その名が本格的に知られるのは90年代に入ってからだった。この「I Want To Conquer The World」は、'89年に発表された4thアルバムにして代表作である「No Control」(写真)に収録の名曲。その激しいイントロからしていきなり首を振りたくなるが、ザラついたサウンドに重厚で疾走感溢れる演奏、グレック・グラフィンの無骨な歌声が何ともカッコよく、そこに込められたエネルギーは今聴いても色褪せてはいない。そして、覚えやすく美しいメロディは彼らの真骨頂。パンクとメタルの美味しいトコ取りをしたようなこの曲は、そうした音楽が好きな人にも、そうでない人にもオススメしたい、ジャンル無用な魅力を放つキャッチーな一曲である。この曲、及びこのアルバムを聴けば、後の世代に多大なる影響を与えたという彼らの偉大さが分かろうというもの。社会的メッセージが特徴でもある彼らだが、英語ヨクワカラナーイな上に歌詞にあまり関心のない僕にとって、バッド・レリジョンの音楽は単純にカッコいいメロディック・パンクである。というコトで「I Want To Conquer The World」を聴くにはここをクリック。首がタテに動くぜ!
2007.07.11
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ジュリアン・レノンの事をマトモに覚えている人って、今やどれくらいいるんだろうか?モノマネ芸人なんかじゃなくて、れっきとしたジョン・レノン二世だぞ。とはいえ、ヨーコさんとの息子、ショーンがアーティスト・デビューしてからはますます忘却の彼方に追いやられてるような気がするなあ……(泣ジョンとその最初の妻であるシンシアとの間に生まれたジュリアンは、1984年、20歳にしてデビューを飾る。ジョンの死からまだ四年しか経っていなかった上に、そのマスクが親父に激似だったため、当然話題にならない筈もなく、日本でもいきなり武道館でライヴをやったり、HONDAのCMなんかにも出ていた記憶がある。ワシのおカンがそのCMを見るなり「うわっ、オヤジそっくりっ!」とか言ってたのを思い出すなあそういえば、1986年頃の「MTV Midnight」ではジュリアンの「Stick Around」がやたらと流れていた記憶もある。この曲そんなにヒットしたワケでもないのに。セーラさんはひょっとしてジュリアン贔屓だったのか?この「Say You're Wrong」はデビューアルバム「Valotte」(写真)からの3rdシングルで、全米21位を記録。プロデュースは、ビリー・ジョエルなどを手掛けた事で有名なフィル・ラモーンだ。前述の車のCMに使われていたのもこの曲で、80'sな洋楽ファンだったら耳に覚えのある人も多いだろう。ビートリーなメロディとシンプルな構成による明快なビート・ポップ・ナンバーで、親父譲りのポップ・センスが泣かせる。パワーポップにも通じるストレートな演奏が気持ち良いが、コーラスもしっかりとビートルズしており、聴いていると思わず頬がゆるむ。惜しむらくは、ややパンチの足りないヴォーカルか。声質がオヤジ似なのはいいんだが、歌声がどこかヘナッており、メロディや演奏についていってない。そういえばオヤジもソロ以降の作品では歌声がヘナっていたが、そんなトコまで真似しなくていいのに……と思うのはワシだけか?ともあれ、現在の耳で聴いても充分魅力的な一曲である事には違いない。このアルバムからは他にもタイトル曲(全米9位)や「Too Late For Goodbye」(全米5位)などがヒットし、アルバム自体も最高17位を記録するヒットとなった。だが、それ以降のジュリアンは、佳作を出し続けるも「親の七光り」と勝手に決め付ける世間の過小評価に甘んじ、徐々に忘れ去られていく。フビンだ……これらの他にも「Saltwater」「Day After Day」「Help Yourself」などのビートリーな名曲がいっぱいあるのにぃ~というワケで、ビートルズ好きな方は、この人のベスト盤を中古屋かなんかで見かけたら即ゲットする事をオススメします。たぶんウン百円程度です、ハイ。まずは「Say You're Wrong」を聴いてみよう。ここをクリック!※ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.07.08
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80年代を語る上で忘れられないガールズ・ロック・バンド、バングルズの最大のヒット曲である。1986年末から1987年初頭まで、年をまたいで4週連続全米1位を記録。'87年度ビルボードのシングル年間1位にも輝いた。1984年にアルバム『気分はモノクローム(All Over The Place)』でデビューした彼女らは、2年後の1986年、プリンスが変名で書いた「Manic Monday」をプレゼントされ、その曲が全米2位まで上がるヒットとなる。プリンスはスザンナ・ホフス(Vo,G)が特にお気に入りだったらしく、一時は結構強く彼女に迫ったとか(結局カワされたらしいけど)。ちなみにその「Manic Monday」のAメロは、プリンスの自身のヒット曲「1999」の使いまわしでもある。そして、同年の10月にリリースされた「Walk Like An Egyptian」は予想を超えた大ヒットとなった。リズミカルで妖しげなイントロに導かれて始まるこの曲。特別キャッチーというわけでもなく、つかみ所のないメロディなのだが、どこか奇妙な魅力があり、気がつくと結構クセになっているという不思議な一曲である。グループのメイン・ボーカリストはスザンナ・ホフスなのだが、この曲はヴィッキー・ピーターソン、マイケル・スティール(←元ランナウェイズ)、そしてスザンナという順番でリード・ボーカルを分け合うという構成。メンバー全員が歌えるというこのグループの強みが遺憾なく発揮されたものだ。また、彼女達の演奏も、LAのインディ・シーンで活動していたという下地が生かされたもので、すき間を生かしたシンプルなバンド・サウンドと小気味よいビート感が気持ち良い。ブレイクで入る口笛も実にクール!後半で出てくるサイケなオルガンの音色もツボだなあ。だが、それ以上に忘れられないのはそのビデオ・クリップで、シュールでコミカルなエジプト歩きと妖艶な彼女達の姿は強烈なインパクトがあった。この曲のヒットはこのPVによる所も大きいと思われる。この曲の作者はリアム・スタンバークという人物で、彼女達は半分冗談のつもりでアルバムに収録する事にしたらしい。この曲や「Manic Monday」を収録した「Different Light」(写真)は、他にもジュールズ・シアーの「If She Knew What She Wants」やビッグ・スターの「September Gurls」のカバーが収録されるなど、彼女達の選曲眼の高さを示していた。また、彼女達はこの翌年、サイモン&ガーファンクルの「Hazy Shade Of Winter(冬の散歩道)」をカバー・ヒットさせている('87年全米2位)。その後も彼女達は「In Your Room」、「Eternal Flame」などのヒット曲を出すが、80年代の終わりと共に一旦解散。現在ではマイケルを除くメンバーで再び活動しているとの事。今となっては「'80sの良き思い出」以上の評価は与えられていないような気もするが、彼女達の残した音楽は今も瑞々しい魅力を放っているし、優れたガール・ポップのお手本として、これからも残っていくと思う。というコトで「Walk Like An Egyptian」のPVはここをクリック!う~ん、思わず体がカクカクしちゃう♪
2007.07.06
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この曲が収録された「In Through The Out Door」(写真)は、前作「Presence」から三年と五ヶ月ぶりとなる'79年8月に発売されたオリジナル・アルバムだった。アルバムは英米共にNo.1と、商業的には成功したが、当時は本作に対して否定的な声も少なくなかったという。と、いうか(Zepのアルバムとしては)今も決して評価が高い方ではない…ような気がする(笑その主な理由のひとつとして、「Zepらしくない」というのが挙げられるだろう。ジミー先生のギターはかなり退き、代わりにジョン・ポール・ジョーンズのキーボードが前面に出たサウンドは、それまでの彼らの音楽とはかなり印象が異なるものだ。いわゆる「ニューウェイヴ風」なサウンドも聴けるこのアルバムは、「ハードな音楽を捨てて時代にコビを売った」という評価も当時はあったらしく、それもある意味当たっているとは思う。だが、「新しい事をやりたかったんだ」というジミー先生の言葉を借りるまでもなく、そもそもZepはハード・ロックという枠組みだけで収まるようなバンドではなかったし、ニューウェイヴ全盛であった'79年という時代にそれまでと同じようなハード・ロックをやっても、「ちょwww 何これ? ダサっっw」とか言われるのは目に見えていた。そういう意味では、この思い切った変化は正しい判断だったと思える。もっとも、それが音楽的に成功していない部分もあるのだが…ちなみに僕は後追いのZepファンであり、メチャクチャな順番で彼らのアルバムを聴いていったのだが、この「In Through The Out Door」はかなり最初の方に聴いた作品でもあった。このアルバムをして「Zepらしくない」と上に書いたが、元々節操のない性格な上に、当時まだZepに対して知識も思い入れもなかった僕にとって、本作はフツーに聴けるポップ・アルバムとして単純に楽しめる一枚だった。そんな思い出もあってか、Zepの作品中あまり注目度の高くない本作が、僕は今でも大好きだったりする。……って前フリながっっ!Zepについて語り出すとグダグダになってイカン(いつもそうだけど)。というワケで改めて曲紹介。この「Fool In The Rain」はアルバムの3曲目に収められている作品で、シングル・カットされて全米21位を記録している。レゲエとシャッフル・ビートを合わせたようなリズムが楽しい作品で、楽曲的にもZepとしてはかなりポップ。キャッチーに弾むリフが耳に残るが、プラントの抑えた歌唱もイカしてる。サウンドの要となるのはジョン・ポール・ジョーンズのキーボードだ。ジョン・ボーナムのドラムも心なしか、いつもに比べて軽い。途中で、笛の音と共にサンバのリズムが飛び出すという展開も面白く、彼らの音楽的視野の広さが伺える。これはアルバム全般に言える事でもあった。「In Through The Out Door」は音楽的な新生面を見せ、商業的にも成功したアルバムとなったが、この翌年ジョン・ボーナムが寝ゲロにより急死。ジミー先生はあっさりと潔い決断を下し、'80年12月、Zepは美しい伝説となったのでしたとさ(その後が結構グダグダだったがw)。というワケで「Fool In The Rain」を聴くにはここをクリック!みなさん寝ゲロには気をつけましょう
2007.07.04
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「Abbey Road」に収録のこのナンバーの作者は、"リチャード・スターキー"ことリンゴ・スター。ビートルズの全楽曲中、2つしかないリンゴのオリジナル曲のうちのひとつである。そのもうひとつのリンゴ作品であり、ホワイト・アルバムに収録されている「Don't Pass Me By」が、「簡単なコード進行(C、F、G7)でとりあえず作ってみましたあ」的な仕上がりだったのに比べると、この「Octopus's Garden」の方はポップ・ソングとしての完成度が格段に増しており、そういう意味ではリンゴの成長が伺える。もっとも、作曲に関してはジョージ・ハリスンがかなり助言をしているらしく、後のジョージの発言からしても、事実上の共作と考えた方がよさそうだ。リンゴらしいお気楽さと温かさが伝わるこのナンバー、アルバムではポール作の緊張感みなぎる三連バラード「Oh! Darlin」と、ジョン作のヘヴィで混沌とした「I Want You」との間に挟まれており、中和剤として重要な役割も果たしているのだが、リンゴの作品までもが大きな存在感を示しているという点では、「Abbey Road」がビートルズにとっての事実上のラスト作であり、"有終の美"である事を改めて思わせてくれる。何とも印象的なイントロのギターは、もちろんジョージによるもの。丸みを帯びたクリア・トーンのサウンドが曲にピタリとハマっている。カントリー・フレイバーを感じさせる旋律もセンスを感じさせるもので、間奏のメロディアスなギター・ソロ共々、楽曲において重要な役割を果たしている。ポールの弾くベース・ラインもシンプルながらツボを押さえたものだ。ポンポン弾むピアノもステキ。歌メロもほのぼのとした楽しさが漂っており、「海の下のタコの楽園が大好きさ」というある意味シュールな歌詞の魅力も相俟って、思わず一緒に歌いたくなってしまう。ジョンのコーラスも楽しそうだ。「海の底」を表現するブクブクしたSEの安直さが、また微笑ましい(笑映画「Let It Be」にも登場する事からも分かるように、曲のアイデアは「Abbey Road」以前からあったもの。「タコさんの庭で暮らしたいよう」という歌詞は、当時のバンドにおけるギスギスした雰囲気に疲れたリンゴの心の叫びだったのだろうか。そういえば、一番最初に「ビートルズを辞める」と言ったのもリンゴだったっけなあ「Octopus's Garden」を聴くにはここをクリック!ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.07.01
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