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今から10年前、スーパーカーがデビューしてきた時、僕はリアルでそれを目の当たりにしていた。その時の印象は今でも頭に残っている。青森県出身、女性メンバーを含む4人組の彼らは、ソニー・レコードに送ったデモ・テープがきっかけで、'97年にデビュー。1stシングル「Cream Soda」をリリースした時は、石渡淳治以外のメンバーは、まだ十代という若さだった(その石渡も二十歳を越えたばかり)。ありがちなギター・ポップながら、「なかなかいいセンスを持ったバンドだな」と思った事を覚えている。同時期、雑誌に載っていた彼らの写真は"田舎の高校生"という感じで、かわいいなあ、などと思った記憶もある。デビュー時は、青さを残したフツーのギター・バンドに過ぎなかったのだが、わずか五年の間に彼らは予想以上の飛躍をとげる。この「Strobolights」は、'02年発表の4thアルバム「Highvision」(上写真)に収録のナンバー。'01年5月に発表された、彼ら10枚目のシングルである。当時、映画『ピンポン』の挿入歌として使われ、NEC・LaVieシリーズのCMソングにも起用された。最近でもキリンMCダノンウォーターズのCMで使われたので、耳に覚えがある人も多いと思う。前作「Futurama」で見せていたエレクトロニクス志向を一気に推し進めたサウンドで、初期のギターポップからは想像も出来ない音に仕上がった。だが、彼らの本質は何も変わっておらず、きらめくようなポップ・センスはここでも存分に発揮されている。ポジティヴな響きを持ったイントロ。ファンタジックで温かみのある電子音が想像力を刺激する。ミキ(Vo,B)による、素人っぽさを残したキュートなヴォーカル、Love&Peacefulな世界観をシンプルかつ味わい深く表現した歌詞。そしてサビで一気に炸裂する、カタルシスと飛翔感に満ちたメロディは素晴らしいの一言。ポップスとかエレクトロニカとか、そんな言葉もジャンルも必要としないクオリティ。若き才能と反復する電子音が見事に融合した一曲であり、彼らにとってひとつの到達点とも言える名作だと思う。また、同アルバム収録の「Yumegiwa Last Boy」は、砂原良徳(元、電気グルーヴ)のプロデュースで、前述の『ピンポン』の主題歌として使われた。こちらも見逃せない名曲だ。アルバム「Highvision」も、駄曲一切なしの名盤。スーパーカーのファンでなくとも一度は聴いておきたい一枚だ。スーパーカーは、この後「ANSWER」をリリースして、'05年には惜しまれつつ解散。メンバーは、それぞれの音楽活動を続けている。それではここをクリックして「Strobolights」と「Yumegiwa Last Boy」をメドレーで聴こう!今 愛の灯のライトすべての日々が今、愛の灯のライトすべてのひとが今、愛の灯のライトすべての綺麗が今、愛の灯のライトすべての事が今、愛の灯のライトすべての意味が※ポム・スフレのメインHPでは、スーパーカーの名盤「Highvision」について取り上げています。
2007.11.30
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ジョージを偲ぶ記事を書くのもこれで3回目か。。。よっしゃ! 今年はあの曲について書くか。と思いつつ、youtubeを検索してみる。……ない。しゃあない。今度はあの曲を検索してみる……ない。何だよ~。じゃあアレにするかあー……ねえよ!ふげー ジョージまだまだ人気低っ!っていうか、オレの選曲がマイナーなだけなのか?と、口をすぼめつつ、新たにネタを考えてみる。…って、おおそうじゃ! これがあった。これですよコレ。などと言いつつ、オレ自身、この曲の存在をすっかり忘れとった。こういう経緯がなければ今回も思い出さなかったろうなあ。たっはっは……^^「Poor Little Girl」は、ダーク・ホース(ジョージ自身のレーベル)時代の代表作を集めたベスト盤(上ジャケット)に新曲として収められたナンバーで、アルバムの冒頭を飾る一曲でもある。ジョージらしいミドル・テンポの佳作で、プロデュースも本人によるものだが、その作りはズバリ言ってジェフ・リンそのもの。前作「Cloud Nine」やトラヴェリング・ウィルベリーズでのジェフの仕事ぶりを、ジョージがいかに評価していたかが分かる仕上がりだ。イントロから滑り込んでくるスライド・ギターに、思わず頬が緩む。丸みのある、それでいてどこか人を喰ったようなこの音色。ん~、ジョージだねえ(´ー`) 円熟味を伴った、いい演奏です。メロディそのものも派手さはないが、"ジョージ節"とでもいうべき、いぶし銀の味わいに満ちたもの。それを引き立てる過不足ないアレンジ。サビ部分でのビートリーなコーラス・ワークが嬉しい。柔らかいアルペジオ・ギター、とぼけたシンセ・ホーンの音色もいい感じ。余裕すら感じさせるその出来には、ファンなら思わず「さすがです!」と膝を打ちたくなる。生きているうちにもう一枚アルバムを作っておいてほしかった……などという空しい思いも呼び覚ます、罪作りな一曲です(笑個人的にはジョージの代表作に数えたいこの曲だが、現在の所は前述のベスト盤「The Best of Dark Horse」で聴けるのみ。同盤には他にも、「Cockamamie Business」や「Cheer Down」(トム・ペティとの共作)などのオリジナル・アルバム未収の佳曲が収められているので、ファンなら要チェック。このベスト盤が出た当時('89年)は、ダーク・ホース時代の作品はおろか、ジョージのほとんどのアルバムがCD化されていなかった名曲「Blow Away」や「All Those Years Ago」を初めて聴いたのも、本盤を通じてである。ジョージ入門編として、コレを聴きまくっていたあの頃が懐かしいなあ…つーコトで「Poor Little Girl」を聴くにはここをクリック!ついでに「Cheer Down」もどうぞー。 ここをクリック!(※映画『リーサル・ウェポン2』の挿入歌でもあった。映像が使われているのはそのため)
2007.11.29
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スティーヴ・マリオットとロニー・レインを中心としたSmall Facesは、60年代英ロックを代表するイキのいい4人組だった。'65年に結成された彼らは、そのわずか6週間後にレコード・デビューを果たしたという(早っ!)。バンド名の由来は、メンバーが皆ちっこかった(全員165cm以下)事と、シーンの"顔役"という意味を込めてのものだとか。R&Bを下地とした演奏を武器に、ロンドンやマンチェスターなどのクラブで勢力的にライヴを繰り広げていた彼らは、いわゆるモッズ達から支持を受け、同時期にデビューしたThe Whoと並ぶ「Modsのヒーロー」に祭り上げられた。ただし、ピーターバラカンによると、当時のスモール・フェイセズは、10代半ばの女の子を中心に人気があったとか。'65年11月にキーボード奏者が、イアン・マクレガンに代わってから、活動はさらに軌道に乗り始める。'66年初頭に発表したラヴリーなポップ・ソング「Sha La La La Lee」は全英3位、ノリのいい演奏がイカす「Hey Girl」は同10位。そして'66年8月、彼らの代名詞的名曲「All Or Nothing」が全英1位に輝いた。'67年に入ってからの彼らは、サイケデリックな方向性も見せていくが、ワイルドなロック魂も忘れていなかった。'67年に全英9位を記録した「Tin Soldier」は、そんな彼らの熱い息吹を伝える一曲で、「All Or Nothing」と並ぶ代表作である。作詞・作曲はスティーヴ・マリオットとロニー・レインの名コンビ。元々は同じレーベルのシンガーであるPP・アーノルドのために書かれた曲だったが、マリオットがいたくこの曲を気に入ったため、自分達で歌う事になったとか。レコーディングには、そのPP・アーノルドもバック・ボーカルとして参加している。R&Bに根ざしたキャッチーなメロディ・ライン、黒く熱っぽいオルガンの音色、若さ溢れる弾けるような演奏、そしてスティーヴの荒々しくもエモーショナルな歌唱に舌を巻く。カッコいい。一気に炸裂するサビの部分には胸が躍る。ハード・ロックの先駆けとも言える仕上がりであり、後のハンブル・パイにも通じる名演だ。この曲は後にポール・ウェラーやトッド・ラングレンがカバー。彼らの音楽は、他にもグレン・マトロック(Sex Pistols)やノエル・ギャラガー(Oasis)など多くのミュージシャンを魅了した。スモール・フェイセズはこの後、名作「Ogden's Nut Gone Flake」を発表するも、'69年にスティーヴ・マリオットが脱退する。スティーヴはピーター・フランプトンと共にハンブル・パイを結成。残されたグループは、ロッド・スチュワートとロン・ウッドを迎え、フェイセズとして再出発したのでした。(……以降のハナシは別の機会に譲る)なお「Tin Soldier」はオリジナル・アルバムには未収録。当時は、アンソロジー的要素の強い編集盤「Autumn Stone」('69年、上写真)に初めて収録された。ちなみに、ワシが持っている「Autumn Stone」のCDは「なめとんのか」と思うほどの音の悪さ。最初は不良品かとマジで思ったが、どうやらこれは仕様らしい。こんなモン正規の商品として売るんじゃねえよゴラァ!!つーコトで「Tin Soldier」を聴くにはここをクリック!ついでに全英1位を記録した「All Or Nothing」もくらえ!(ここをクリック)
2007.11.28
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34歳で逝去した孤独なシンガーソングライター、エリオット・スミスの名曲である。マット・デイモン主演の映画「グッド・ウィル・ハンティング」の主題歌として世に出たこの曲は、彼の出世作にもなった。'69年、アメリカはネブラスカ州で生まれたエリオットは、'93年にヒートマイザー(Heatmiser)というバンドのボーカルとしてインディーズ・デビューを飾る。'94年にはバンド活動と平行してソロ・アルバムも発表。'96年にヒートマイザーは解散し、エリオットはポートランドやシアトルを中心として地道に活動を続けた。同'96年、そんな彼に転機が訪れる。友人でもあった映画監督、ガス・ヴァン・サントから「映画用に曲を書いてほしい」と頼まれたのだった。その映画が「グッド・ウィル・ハンティング」である。エリオットは、持ち前のレパートリーの中から数曲を提供。その中の一曲が「Miss Misery」だった(映画用に書き下ろしたわけではない)。時間にして3分強というこの曲は、エリオットの弾き語りで始まる哀しげなバラードである。少し暗めだが切なくも美しいメロディ、アコースティックを軸としたシンプルにして奥深いサウンド、そして静かに語りかけるようなエリオットのボーカル。派手さはないが、エリオットの繊細さが聴くほどに沁みこんでくる珠玉の一曲だ。この曲は映画のラストで使われた。主人公ウィルが走らせる車を後ろから淡々と映すショットに、この曲が重なるというエンディング・ロールは何とも心を動かされる。「Miss Misery」は、その年のオスカーにノミネート。惜しくも受賞は逃したが、評判を呼んだ映画共々、エリオットの名は一気に広まる事になった。この曲は、翌年発表されたメジャーからの第一弾アルバム「XO」(上写真)にボーナストラックとして収録された(ただし日本盤のみ)。アルバム自体も高い評価を受け、'00年には新作「Figure 8」も発表。彼のキャリアは順風満帆のように思えた。だが、その繊細な感性ゆえか、エリオットは精神を患い、ドラッグやアルコール依存症に悩まされていく。そして2003年10月21日、エリオットは自らの手でこの世を去った。享年34歳だった。彼の死を惜しむ声は少なくなかった。今も同じだと思う。「Miss Misery」や、「XO」に詰まった数々の哀しい名曲を聴くと、それも分かる気がする。「Miss Misery」を聴くにはここをクリック!「XO」収録の名曲、「Waltz #2」を聴くにはこちら。
2007.11.27
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お世話になっているPeTeRさんからバトンを頂いた。気分転換にやってみようか…などと思いつつ、謹んで書いてみる◆最近起きた喜怒哀楽をひとつずつ教えて♪喜:最近、携帯を変えた。ポイントが結構たまってたみたいで、思ったよりも安くアガりました。ワーイ♪\(´ー`)ノ怒:↑と思ったら、新しい携帯使い勝手悪っ! 前の携帯の方が性能いいじゃねえかよ!(怒哀:只今ダイエット失敗中 オナカが出てきたオナカが出てきた……楽:話題になってる小説『恋空』なるものをwebで読んでみた。なるほど、楽しめる。素晴らしいギャグ小説だ。スイーツ♪(笑 噂によると、どうやらギャグ小説ではないようだが。◆最近の好きな食べ物は? マルちゃんのカップ麺、『黒い豚カレーうどん』。うめ~ 食べる時に汁が飛ぶのが難点。◆最近好きな音楽又は着信音は? Zepのライヴをまた聴いとる。昭和歌謡曲の素晴らしさを改めてディスカバー。現在の着信音は『無敵超人ザンボット3』じゃ。◆最近の口癖教えて♪ 南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経◆最近出かけた場所は? 東京駅内に新しく出来た『エキナカ』へ行ってみた。各ジャンルの弁当、惣菜店の他にスウィーツなお店がいっぱい。東京駅でカップケーキが買えるとは(笑◆好きな色は? Orange◆嫌いな色は? 特になし。◆携帯の色は何色? Yellow◆回してくれた人の心の色は? エメラルドグリーン◆次の色に合う人にバトンを回して下さい赤→元テンさん桃→akikkiさん橙→カスタム77さん黄緑→junktionさん緑→PeTeRさん水→kid blueさん青→jboyひろさん紫→まなふみつぐさん黒→MoToDAMMさん灰→sonoriteさん白→オンデン1970さんここによく来てくださる方々の色を、自分の中のイメージで表してみました。深い意味はありませんので、お気を悪くなさらないように(笑バトンは、やってみたいと思う方がご自由に、お暇な時にどーぞ☆
2007.11.26
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ポール作のストレートなビート・ポップ・ナンバーである。「With The Baetles」におけるポールの曲というと、何かと「All My Loving」や名カバー・バージョンである「Till There Was You」にスポットがいきがちだが、ワシ的にはパワーポップにも通じる演奏具合が気持ちよい、こちらの方が好みだったりする。曲自体が出来たのは'61年。一日で10曲を録音した伝説の「Please Please Me」セッション('63年2月11日)でもこの曲が取り上げられたのだが、その時のテイクは一度棚上げにされている。再度レコーディングが試みられたのは、7ヶ月後の9月12日。10テイク分演奏して、そのままサクッと終了した。シンプルなギター・リフで始まるこの曲、ポールらしいメロディ・センスと膨らみのあるハーモニーに耳を惹かれるが、演奏やアレンジそのものはいかにも練りが足りない感じ。切迫したスケジュールに押されての結果なのだろう。「とにかくやっちゃえ」という声も聞こえてきそうな演奏だが、その見切り発車的な姿勢が、曲に勢いと清々しさを与えている…と言えないコトもない(笑これも初期ビートルズの魅力のひとつか。ギターソロのない構成、後ろで鳴る勇み足気味なハンド・クラッピングも微笑ましい。メロディには若干オールディーズ色も残っているが、コード進行が微妙にネジれている所などは、当時作曲家として頭角を現し始めていたポールの姿が伺える。ボーカルも力強く、サビの部分で対位法的にサポートするジョン&ジョージのコーラスが嬉しい。これといったライヴ音源は残っておらず、ポール本人からも「よく覚えてない」と発言されるカワイソウな曲だが、個人的には妙に思い入れのあるナンバーだったりする。後にポールは、自身のソロアルバム「Red Rose Speedway」('73年)に「Hold Me Tight」という同名異曲を収録しているのだが、何か深い意味でもあるのだろうか?スタックリッジによるレゲエ調のカバー・バージョンが思わぬ拾いもの。オリジナルと聴き比べたりしながら、「やっぱりいい曲だなぁ」とシミジミするワタシです「Hold Me Tight」を聴くにはここをクリック!※ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.11.25
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'72年にジャマイカ録音の「Mother and Child Reunion(母と子の絆)」をヒットさせ、ソロとして好調なスタートを切ったポール・サイモンは、翌年、アラバマの名門、マッスル・ショールズ・スタジオに赴く。そこでの録音曲を含む2ndアルバム「There Goes Rhymin'Simon(ひとりごと)」は、彼のソロ・キャリアを代表する一枚となった。アルバムの冒頭を飾る「Kodachrome(僕のコダクローム)」は、サイモン節とも言えるチャーミングなメロディと爽やかな疾走感を持った、楽しい一曲である。バックもマッスル・ショールズの腕利きミュージシャンが固めた。ダブル・トラッキングによるまろやかなヴォーカル、素朴でいて力強いアコースティック・ギターの音色が印象的(サイモン自身がギターの名手)。馬の足音を連想させるパーカッシヴなリズム・アレンジが躍動感を添える。軽やかに弾むピアノにもウキウキ♪ 後半からエンディングにかけての演奏には思わず体が動いちゃうしっかり作りこまれたプロフェッショナルなサウンドながら、どこかトボけた味わいを残しているのも良いなあ。この曲は'73年7月に全米2位まで上昇。イギリスでもシングル・カットされたが、放送禁止になったためヒットはしなかった。理由は、歌詞の中に実在の商品名(コダックのフィルム)が出てくるからだとか(90年代後半には、コダックのCMにこの曲が使われた)。ちなみに同年の日本では、かぐや姫のあの曲が大ヒットしていたのだが、それも歌詞に商品名が出てくるために紅白に出られなかったという。そういえば南こうせつって、ポール・サイモンの東京ドーム公演にもゲスト出演していたような…閑話休題。ともあれこの曲。サイモンのメロディ・センス、持ち前のフォーキーさと先鋭的なリズム志向、そしてサウンド・プロデューサーとしての資質が見事に発揮された一曲だと思う。この曲は、1981年に行われたS&G再結成コンサートでも、アート・ガーファンクルと肩を並べて歌われた(あまり出来が良くなかったのが残念)。ジャケット・ワークも素敵なアルバム「There Goes Rhymin'Simon」には、他にも名曲がいっぱいさ(詳しくはここを参照)。つーコトで「僕のコダクローム」を聴くにはここをクリック!僕のコダクロームを持っていかないで~♪
2007.11.24
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フリートウッド・マックといったら、スティーヴィー・ニックスとリンジー・バッキンガムが加入してからの、ポップ・バンドとしてのイメージが一般的だろう。'77年には「Rumours」という可もなく不可もないポップ・ロック・アルバムをメガヒットさせている(全米1位を31週間記録)というハクもあるししかし、フリートウッド・マックというバンドは、元々ピーター・グリーンを中心とした典型的なブルースロック・バンドで、60年代後半にはChicken Shack、Savoy Brownと共に"3大ブルースバンド"と呼ばれていた(そうだ)。キング・クリムゾンの1stと並ぶ"鼻の穴ジャケット"(上写真)が強烈なこのアルバム「English Rose(英吉利の薔薇」は、1969年発表。アメリカ仕様の編集盤であり、日本で初めてリリースされたフリートウッド・マックのアルバムである。ピーター・グリーン在籍時の代表作で、直球ど真ん中といった感じの、もろブルース・ロックなアルバムなのだが、エリック・クラプトンに続くジョン・メイオール門下生だったピーターのブルース・ギターは素晴らしいの一言。その後のピーターの不遇ぶり(墓堀り人夫もやったとか)を考えると、「エリック・クラプトンになれなかったよ」という歌が捧げられてもおかしくないくらいだ。また、サンタナで有名…というか、ほとんどサンタナの曲だと思われている「Black Magic Woman」もピーター・グリーンの作品で、このアルバムに収められているヴァージョンがれっきとしたオリジナルだ。ここで聴けるオリジナル・ヴァージョンは、ラテン的な味付けをしたサンタナのそれよりも、やや重苦しい雰囲気を醸し出しているが、呪術的とでも言えるこちらの演奏も充分魅力的である。もうひとつ、それと並ぶ本作の聴きものが、ラストに置かれたインスト・ナンバー「Albatross」である。"あほうどり"の意を持つこの曲は、69年1月に全英No.1を記録。作者は「Black Magic Woman」同様、ピーター・グリーンである。重く淡々としたリズム。簡素で地味だが、耳に残るギターのフレーズ。何ともいえないムーディ-な雰囲気を持つ曲で、聴いていると吸い込まれていきそうな妖しさが全体を支配している。レスポールを弾くピーター・グリーンはもちろん、当時十代だったダニー・カーワン、スライド・ギターの名手、ジェレミー・スペンサー、三人のギタリストによる一音一音に込められたフィーリングが素晴らしい。アンビエントにも通じるこの空気。渋い。シブすぎる。凡庸なブルース・ロックとは一線を画するナンバーであり、普段その手の音楽を聴かない人にオススメしたい名作である。この少し後に発表されるビートルズの曲「Sun King」(「Abbey Road」収録。作者はジョン・レノン)は、全体的な雰囲気が「Albatross」に実に良く似ているのが興味深い。ジョンが「Sun King」を作る際に「Albatross」に影響された事はまず間違いないだろう。また、同じ「Abbey Road」に収録のジョンの作品「I Want You」は、中盤のリズム・アレンジがフリートウッド・マック版の「Black Magic Woman」を思わせる。この2曲を聴くだけでも「English Rose(英吉利の薔薇」は、一聴の価値ありと断言したい。つーコトで「Albatross」を聴くにはここをクリック!
2007.11.23
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エリック・クラプトン→ジェフ・ベックときたら、次は自動的に…(以下省略映画「狂熱のライヴ」のリマスターDVD(※)も発売された事だしね。ちなみにZepは11月26日に再結成ライヴを行う予定だったが、ジミー・ペイジ先生が指を負傷したため12月10日に延期になったとの事。ほげー↓以下本題。「Black Dog」は、Zepの最高傑作とされる事も多い「Led Zeppelin 4」(上写真、別称『フォー・シンボルズ』)の冒頭を飾るナンバーで、ペイジ先生、ロバート・プラント、ジョン・ポール・ジョーンズの共作。アメリカではシングル・カットもされ、'71年12月にビルボード15位を記録した。チャート上では「Whole Lotta Love」('70年、全米4位)に次ぐヒット作である。タイトルの割りには、犬と歌の内容は全然関係ないんだワンワンライヴで初めて披露されたのは、アルバム発売の八ヶ月前にあたる3月5日。初の来日公演('71年9月)でも、アルバム発売に先駆けて「天国への階段」と共にこの曲が演奏された。不敵な響きのイントロで始まるこの曲は、プラントの歌とペイジ先生のギター・リフが交互に反復されるという構成で、変拍子を効果的に使ったスタイルは、リズム・アレンジが豊かだった彼らの個性の示すものでもある。曲の肝となるリフは、ジョン・ポール・ジョーンズによるもので、彼がマディー・ウォーターズの曲を聴いてる時にひらめいたものだそう。ギターとベースのユニゾンで演奏されており、無骨な印象を残す。どこかヘンテコだが、同時に覚えやすくもあるユニークなフレーズだ。「ヘヘイ・マ~♪」という歌い回しがカッコいいプラントのヴォーカル部分はアカペラ的な形態をとっており、これはフリートウッド・マックの「Oh Well」からヒントを得たものだとか。攻撃的かつセクシーな歌いっぷりにゾクゾクする。このヴォーカル・パートは、後にプラント自身のソロ・シングル「Tall Cool One」にサンプリングされた。ペイジ先生が大活躍する後半のギター・ソロは、バンドでグルーヴ感を出すのが難しく、演奏時にはリズム隊との息が合ってないとムザンなものに聴こえてしまうので注意が必要本人達の演奏にしても、ペイジ先生とジョン・ボーナムのドラミングの間に微妙なズレが生じているが、それがまた味になっている。このギリギリのバランス感覚がバンド・マジックであり、Zepなんだなあ。前述の「狂熱のライヴ」の中でも、この曲を演奏。「Bring It On Home」のリフに続いてプラントのヴォーカルが飛び出してくるというイカシた構成になっているが、演奏そのものはなかなかに乱雑。荒々しいペイジ&ボーナムの間を取り持つジョン・ポール・ジョーンズの存在が光ります。なお、現行のテイクは、3日間のライヴ演奏をそれぞれパートごとにつなぎ合わせたもの。ライヴとはいえ、ギミックなしのものは色々難しいのだろうが、ここまでされるとちょっと萎える今回のリマスターでも、その点が改善されていないのが残念。Zepって、もっといい演奏がブートでいくらでもあるのにねこの曲は、プラント&ペイジのツアーでも現代風のアレンジで演奏された。プラントの'05年のソロ・ツアーでもレパートリーに取り入れられている。つーコトで「Black Dog」を聴くにはここをクリック!「狂熱のライヴ」からの演奏はこちら。ワシと一緒に再結成ライヴを妄想するのじゃ!※サントラ・アルバムも曲目を増やして再発。
2007.11.22
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クラプトンの記事を書いてて、ふと気がついた。ジェフ・ベックについて、まだ語っていない…いかん、何たる不覚。ジェフ先生にお詫びをしつつ、謹んで書くのじゃ↓以下本題。ジェフ・ベック'76年の作品「Wired」(上写真)は、前作「Blow By Blow」と並んでソロ名義の代表作とされるアルバムである。「Blue Wind」はその「Wired」収録の作品で、ジェフ・ベックのキャリアの中で最も人気の高い曲のひとつ。この曲の作曲、プロデュース(※1)、シンセ&ドラムの演奏は、ヤン・ハマーによるもの。ジャズ畑出身のキーボード奏者ヤン・ハマーは、70年代後半にベックと多くの活動を共にした人物であり、後に「マイアミ・バイスのテーマ」('85年)を全米1位にする男である。キャッチーでどこか艶かしいメロディが印象的なこの曲は、ジェフのギターとハマーの弾くシンセが交互に渡り合う構成となっている。高音のフレーズがベックのギターで、中~低音のフレーズがハマーのシンセだ。ハマーの弾くシンセは、音色、奏法(ピッチベンダーを多用)共にギターそのもの。事実上、ジェフとハマーのギター・バトルといった趣になっている。ジェフの豪快かつテクニカルなギターは宙を切り裂くような鋭さを持つ。ギター侍、斬られて候。ヤン・ハマーも負けてはいない。二つの個性が真っ向からぶつかり合い、鬼気迫る疾走感が生まれている。焦点が定まっていながらも、どこか混沌とした雰囲気。カッコいい。手に汗握る。ファンキーなドライヴ感もたまりません。6分弱のインストながら、頭から終わりまでダレる所一切なし。ドラムがやや弱いのが難点だが、それを差し引いても胸躍る名演だと思う。他にも、アグレッシヴな威力満点の名曲「Led Boots」、チャーリー・ミンガスをカバーした「Goodbye Pork Pie Hat」、ナラダ・マイケル・ウォルデンの名曲「Love Is Green」なども入った本作は、捨て曲なしの名盤。一般的にはフュージョンのカテゴリーに入れられている本作だが、前述の「Blow By Blow」や'72年の大傑作「Jeff Beck Group」(※2)と共に、ロック・ファンこそ聴くべき一枚である。青みがかったジャケットのジェフも最高にイカしてるぜ!つーコトでここをクリック!ヤン・ハマー、ドラムにサイモン・フィリップスを迎えたライヴ演奏だぜ!※1:本アルバムの中ではこれだけ。他の曲のプロデュースを手掛けたのはジョージ・マーティン※2:ポム・スフレのメインHPではジェフ・ベックの名盤「Jeff Beck Group」について取り上げています。
2007.11.21
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akikki姉さんのトコロでな情報をげとー。「エリック・クラプトン波乱の人生が、7日間連続CMで見られる」そうです(詳しくはここじゃ)。うわ~、チェックチェックそれにしても、「Sunshine Of Your Love」はまだしも、「White Room」を"クラプトンの曲"みたいに紹介するのって何だかなあ… そりゃ確かにクラプトンも自分のステージ・レパートリーとして取り入れてるけどさあ。「White Room」はジャック・ブルースの曲だ、と思っているのは俺だけなんだろうか?というムダ話はさておき、'71年の夏にデレク&ドミノスを解散させたクラプトンはその後、デュアン・オールマンの死によるショックもあってドラッグにどっぷりとハマってしまい、結果、しばしの活動停止を余儀なくされる。が、ピート・タウンゼントやスティーヴ・ウィンウッドらの尽力によって実現された'73年のレインボー・コンサート(←美談)をきっかけに見事復活。彼の本格的なソロ・キャリアはここから始まったと言っていいだろう。以降のクラプトンは、火を噴くようなギター・プレイは抑え、代わりにレゲエやレイド・バックなどを取り入れながら、メロウで落ち着いた音楽を前面に出していく。評論家的には、こうした彼の変化を"円熟"と表現する事が多い。ソロ時代の代表作とされる「461 Ocean Boulevard」('74年)や「Slowhand」('77年)は、ポップですがすがしい名盤となった。ソロでのクラプトンといったら、こういったイメージが強いだろう。もちろん、そういうクラプトンも魅力的なのだが、ライヴで鬱憤を晴らすように聴かせてくれる奔放で鋭角的なギター・プレイは、やはりたまらないものがある。そして、そうしたものはブルースのカバーなどに表れる事が多い。唯一の全米No.1曲がボブ・マーリーのカバーだろうが、世間的なイメージ(特に若い人達の)があの曲だろうが、この人の本質はブルースマンなのだなあ……と当たり前な事を言ってみる上写真のジャケットは、'80年発表の2枚組ライヴ・アルバム「Just One Night」。'79年12月の武道館公演を収めたもので、個人的にはクラプトンのライヴ・アルバムで最もよく聴いた一枚…もとい二枚だ。「Wonderful Tonight」「Lay Down Sally」のようなポップな代表曲も入っているが、全体の選曲は渋め。ダイアー・ストレイツの「Set Me Up」なんかが取り上げられているのを見てムホッとする。「Double Truoble」はディスク2の冒頭に入っている曲で、オリジナルはオーティス・ラッシュ。クラプトンのルーツとも言えるブルース・ナンバーだ。秘めた情感が滲み出るボーカルとギタープレイには耳を奪われる。適度な重さ、フレージングにおける絶妙のタメ具合。ん~、スタジオ録音にはない魅力だ。この頃はまだ、アル中の真っ只中だったはずなのにさすがクラプトン。大人の落ち着きとブルースへの情熱が同居した、いい演奏さ(´ー`)という事でここをクリック!この前年('78年)に行われた、ヨーロッパ・ツアーでの演奏です。※ポム・スフレのメインHPでは、エリック・クラプトンの名盤「Slowhand」について取り上げています。
2007.11.20
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ジョージ・ハリスンを「ビートルズ第三の男」から"ひとりのアーティスト"へと押し上げた出世作である。この曲と「Something」「Here Comes The Sun」で、ビートルズにおける「ジョージ三大名曲」と括って考える人も多いだろう。後のジョージのコンサートで必ず演奏されている事からも、自身にとっても生涯の名曲だった事は想像に難くない。通称ホワイト・アルバムに収録。トボけた前曲「The Continuing Story Of Bungalow Bill」からジョンの「Eh Oh!」という掛け声を挟んで、もの悲しいピアノのイントロが流れるという構成が何ともいえない。この曲が書かれたのは例のインド旅行(修行?)の最中で、最初のテイクはジョージのボーカル、生ギター(とオルガン)だけによるシンプルで美しいバージョンだったが、ジョンもポールも当初はこの曲に興味を示さなかったという。それに対するあてつけなのか、ジョージがセッションに招いたのが当時親交を深めていたエリック・クラプトンだった。クラプトンは、当初「ビートルズの曲で弾くなんて…」と、演奏する事を躊躇したみたいだが、それに対してジョージは「だからどうした? これは僕の曲だぞ」と答えたらしい。これによって曲の運命は大きく変わっていく。クラプトンは、ギブソン・レスポールを使った見事なソロを披露。チョーキング・ビブラートを駆使したそのプレイは、まさに「ギターがむせび泣く」というべきもので、曲のタイトルにふさわしい名演となった。テクニカルと言うのかどうかは知らないが、「Play With Heart」(By スティーヴ・レイボーン)とは、こういうのを言うんだろうなあ。今でこそ"クラプトンのギター"が売りになっているこの曲だが、発表当初はその事が公表されておらず、彼の演奏によるものである事が明らかにされたのは、後のジョージ自らの発言からだったという。「本当にクラプトンのギターなのか?」と、疑う声もあるみたいだが、ジョージ本人がそう言っているんだから、まあ間違いないんじゃないかと。。。泣いているのはクラプトンのギターだけではない。Amを軸としたマイナー調のメロディに弱々しいジョージの歌声がピタリとハマッており、特にエンディングにおける「Oh,Oh,Oh……」というバースにはグッとくる。それ以外の部分も見逃せない。シンバルを効果的に使ったリンゴのドラム・プレイ、馬の足音を模したリズム・アレンジも曲を引き締めている。バック・ボーカル、ピアノ、6弦ベースなどを担当したポールも素晴らしい仕事ぶり。ジョージ自らが弾くハモンド・オルガンの音色も、曲を味わい深いものにしている。淡々としたアコギの音色もグー。ちなみに、この曲のプロデューサーは一応ジョージ・マーティンという事になっているが、このセッションで彼が何をやったのかは未だ謎のままだ。この時期になると、マーティンは良くも悪くも放置プレイにしておく事が多かったらしく、この曲にしても事実上は、ハリスンのセルフ・プロデュースと考えた方がいいかもしれない。ハリスンの本格的な出世作は、同時に彼のソロ・デビュー作であった……といったら言い過ぎか。何にしても"ハリスン印"と呼ぶにふさわしい名曲である事に違いはない。彼は、後のソロ・アルバム「ジョージ・ハリスン帝国」('75年)でも、この曲の続編ともいうべき「This Guitar(Can't Keep From Crying)」を書いている。カバー・バージョンはトッド・ラングレンからケニー・ランキンまで数多く、意外な所ではプリンスがライヴでこの曲を演奏している。個人的なベストは、盲目のギタリスト、ジェフ・ヒーリーによるバージョン(ジェフ・リン参加)か。ジョージ主催による「バングラディッシュ・コンサート」('71年)では、クラプトン自らがリード・ギターでこの曲を演奏。ミス・トーンによる、どこか危なっかしい演奏は別の意味でスリリングだったりする(笑ジョージにとって最後のコンサートになった'91年の日本公演でも、クラプトンをバックに従えてこの曲が演奏された。また、'02年に開かれた「Concert For George」では、クラプトン、ポールの他、リンゴ・スター、ジェフ・リン、ジョージの息子であるダニー・ハリスン、ゲイリー・ブッカー、ジム・キャパルディ…etcなど、錚々たるメンツでこの曲が演奏されている。「While My Guitar Gently Weeps」を聴くにはここをクリック!『Anthology 3』収録の美しい初期バージョンはこちら。'06年に発売された「Love」に収録のオーケストラ・バージョンはこちら。※ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.11.18
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80's音楽愛好家にとって忘れられない「素晴らしき一発屋」のひとりが、チェンジニア生まれのフレンチ・シンガー、F.R.Davidだろう。彼の代名詞的な名曲「Words」がヒットしたのは、'82~'83年。僕がこの曲を知ったのはそのだいぶ後なのだが、音がクソ悪い安物ラジオからこの曲のメロディが流れてきた時には、何とも心が癒されたものだ。'47年生まれの彼が、F.R.デヴィッドとしてソロ・デビューしたのは20歳の時。その後、バンド活動をしたりヴァンゲリスのアルバムに参加したりと、それなりにキャリアを重ねていったようだが、彼の名が世界的に知れ渡るのは80年代になってから。デヴィッド自らのペンによる「Words」がシングルとしてリリースされたのは'82年。この時彼は35歳になっていた。この曲はイギリスで最高2位まで上がったのをはじめとして、ヨーロッパを中心に大ヒットを記録。ドイツでは11週間1位に輝き、フランス、ベルギー、オランダ、イタリアなどでも軒並み1位を記録したらしい。日本でも、オリコンでの成績はさほどでもなかったが、ラジオやディスコなどではよくかかっていたという。最終的なセールスは全世界で800万枚。一説には2400万枚とも言われているが、そんなハナシもちょっとだけ信じてみたくなる、素敵なポップソングに仕上がっている。口下手な男の気持ちを切々と歌ったこの曲。憂いを帯びたデヴィッドの歌声、シンプルなビート、柔らかくも優しいメロディが胸に沁みる。80's丸出しなシンセの音は、ダサいけどとても温かい。いかにもフランス人らしい聞き取りやすい英語も泣かせてくれる。80'sの香り、ヨーロッパ的な気品と哀愁をたたえたこの曲は、「懐かしい」の一言で済ますには惜しい名ポップ・ソングだと思う。F.R.デヴィッドのヒット曲はぶっちゃけたハナシこれだけ。この他にも「I Need You」「Sahara Night」「Don't Go」などの佳曲もあるが、「Words」の前ではどれも霞んでしまう感は否めない。そういう意味では、悲しいかな「This Is The 一発屋」の名にふさわしい人なのかもしれない……とベスト盤しか持っていない自分が言ってみるそれでも、「Words」一曲だけでもこの人の名はポップス・ファン(注:30代以上)の記憶に残るだろう。現在発売されているベスト盤には上記の代表曲の他に、「Words」の新録バージョンや、アル・スチュワートや10ccのカバー曲なんかも入っていたりする。ポップスが好きな人や、心が癒されたい人などは、この曲を知っていても損はないかもしれない。F.R.デヴィッドの名曲「Words」を聴くにはここをクリック!Words Don't Come Easy To Me(←うう…身につまされるフレーズ…)
2007.11.17
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自分の中でのベスト・ファンク・バンドといったら、スライでもP-Funkでもなく、このオハイオ・プレイヤーズかもしれない(その日の気分でコロコロ変わるがw)。オハイオ・プレイヤーズは70年代に一世を風靡した大所帯バンドで、読んで字のごとくオハイオ州デイトンの出身。そのキャリアは前身バンド時代を含めると今年で48年にもなる(現在も活動中だとか)。彼らのファンクが前面開花するのは、マーキュリー・レコードに移籍した'74年からで、最も有名なのは'75年に全米1位を記録した「Fire」だろう。「Love Rollercoaster(愛のローラーコースター)」は、「Fire」と並ぶ彼らの代表曲で、'75年のアルバム「Honey」(上写真)に収録。1976年に全米1位を記録したこの曲は、現在でも黒人音楽系のラジオで頻繁にオンエアされる70年代ファンク・クラシックである。タイトルがタイトルだけに、遊園地やテーマ・パークのアトラクションなどではこの曲がよく使われるらしい。イントロにおけるリズミカルなギター・カッティング、それに重なるバスドラ&カウベルの音に思わず体が動く。続いて飛び出す「Rollercoaster!」の掛け声。シンプルで親しみやすいメロディと、ねっとりしたファンク・ビートがうまく合わさったキャッチーな仕上がりで、聴いて良し、踊って良しな一曲となっている。同じフレーズを延々と繰り返す構成が気持ちよい。弾むようなホーン、古臭いシンセの音も○。艶かしいファルセット・ボイスも聴き所。コーラス・グループとして下地を積んできた彼らの力量が生かされたものとなっている。ここにあるグルーヴ感は、大所帯による人力演奏という形態ならではのものだと思う。当時絶頂を極めていた彼らの勢いが詰め込まれた、名ファンク・ナンバーだ。この曲は後に映画やゲームに使われたり、'96年にはレッド・ホット・チリペッパーズにカバーされたりもした。オハイオ・プレイヤーズの全盛期は決して長くはなかったが、彼らの残したファンクは今の時代にも充分有効だと思う。彼らの音楽には、ソウルバラードにも優れたものが多い事も付け加えておきたい。「Love Rollercoaster」を聴くにはここをクリック!Rollcoaster , A Hoo Hoo Hoo~♪※ポム・スフレのメインHPではオハイオ・プレイヤーズの名盤「Honey」(←ページの下の方)について取り上げています。
2007.11.16
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アイルランドが生んだチョビヒゲ・ロックヒーロー、フィル・リノット。彼を中心として結成されたシン・リジィは、70年代ハードロックを語る上で欠かせない名バンドである。ツイン・リード・ギターという形式を早くから取り入れたバンドのひとつでもあり、そのメンバーにはゲイリー・ムーアやジョン・サイクスなどがいたこともあった。シン・リジィといったら、「Jailbreak」や「Boys Are Back In Town(ヤツらは町へ)」などの名曲を含むアルバム「Jailbreak」('76年)が名盤として知られるが、ゲイリー・ムーアが全面参加した唯一のアルバム「Black Rose」('79年、上写真)も、それに勝るとも劣らない傑作である。「Waiting For An Alibi」はその「Black Rose」からのシングル曲で、フィル・リノットとゲイリー・ムーアの共作。前述の「Boys Are Back In Town」と並んでシン・リジィを代表する名曲である。イントロから飛び込んでくるベースの音からしてググッと引き込まれるが、その上に乗っかるギターのフレーズで「キター!」という感じ。フィル・リノットの男気溢れる歌声、アイリッシュを感じさせるドラマティックかつ哀愁のあるメロディに血が騒ぐ騒ぐ疾走感みなぎるストレートなビートと歯切れのよいリズム・カッティングもカッコいい。そして、ゲイリー・ムーアとスコット・ゴーハムのツイン・リードによるギター・ソロ。テクニカルかつ感情がほとばしるプレイが最高!ブライアン・ダウニーによるタイトなドラミングも素晴らしい。文句なし。パーフェクトと言っても差し支えないこの曲は、フィルとゲイリーがぶつかり合う事によって生まれた名作と言えるかも。このアルバムには他にも「Do Anything You Want To」「Roisin Dubh (Black Rose): A Rock Legend」など、聴き所がいっぱいじゃ!シン・リジィは'83年に解散。フィル・リノットは'86年にオーバードースのため死去。36歳という若さだった。シン・リジィの音楽は、ジューダス・プリーストやアイアン・メイデンなどのヘヴィ・メタル勢に影響を与え、現在でも「アイルランドの英雄」として、本国のロック・ファンから絶大な支持を受けているという。2006年には、英国・欧州でフィル・ライノットの没後20周年を記念したツアー"20/20"が行われたりもした。つーコトで「Waiting For An Alibi」を聴くにはここをクリック!フィルとゲイリーのツーショットに萌えろ!ふたりとも面構えがカッコよすぎ……
2007.11.15
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松本零士デザインのジャケットと「ワンモアタ~イム♪」のフレーズでおなじみダフト・パンク。フランス出身のテクノ・ユニットである彼らが大ブレイクを果たしたのは、その「One More Time」を含む2nd「Discovery」で、「Aerodynamic」や「Digital Love」などの名曲も含むそのアルバムは、普段あまりテクノを聴かない人(ワタシもそう)にもアピールする分かりやすさを持った名盤だった。今回取り上げる「Around The World」は、1stアルバム「Homework」(写真)に収録されている'97年のシングルで、彼らの代表曲のひとつである。くぐもったようなイントロで始まるこのナンバー。シックの「Good Times」やクイーンの「Another One Bites Dust」を思わせるキャッチーなベースラインを軸とした曲で、地を這うような太いビート感は「One More Time」のようなメロディアスさとはまた違うカッコよさがある。ダークで無機質な、だけどどこかポップなこの感触。曲の構造自体は単調だが、同じフレーズを淡々と繰り返す構成はテクノならではの陶酔感を持つものであり、「One More Time」のような聴きやすさはないものの、ハマると抜け出せない中毒性があると思う。彼らのトレード・マークであるロボット・ボイスも存在感ばっちり。ブレイクで入る手拍子もキマってる。ロボットやガイコツ君達がカクカク動くPVもユーモラスでカッコいい。テクノ、ファンク、ディスコの要素を巧みにブレンドして聴きやすく仕上げた傑作です。テクノ好きな方もそうでない方も御一聴あれ。つーコトでここをクリック!ついでに「Discovery」収録の名曲「Digital Love」もどうぞ~(ここをクリック!)。
2007.11.12
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映画「Help!」のDVDがコスい値段(特にDXバージョン)で発売されましたねだからというワケでもないが、今日はこんな曲を取り上げてみる。アルバムの冒頭を飾るタイトル曲に続いて流れる、ポール作のビートナンバーで、テンポは若干ゆるく、メロディ自体も可もなく不可もないといった具合なのだが、このポールらしい中庸さが個人的にはなかなか好きだったりする。この後に続くのは、ジョンの名曲「You've Got To Hide Your Love Away」。アルバムの2曲目にして、ジョンの強力な二曲に挟まれてるという配置具合が絶妙だなあ。レコーディングは2テイクで終了。演奏自体もジョンがエレピを弾いているという事とポールの多重ボーカルという点以外、これといって特筆すべきコトもないような気がする。ぶっちゃけたハナシ、穴埋めのためにサラッと書いた曲という感がなきにしもあらずなのだが、この"書きなぐり感"からこぼれ出るポップさがとってもスイーツ……に思えないコトもない(笑とはいえ楽曲の作りは、わりかしブルージー。ポールの声はいつになくドスが効いていて、「ポール=バラードの人」と思っている方に聴かせたら「これ、ホントにポールが歌ってんの?」なんて答えが返ってくるかもしれない。ポールも実はロケンローラーなのさ~シェケナベイベーポールのヴァースの後に、「Ah~ Night Before♪」というジョン&ジョージのコーラスが加わる事でフレーズが完成されるという構成には頬が緩む。うーむ、なんだかんだでビートルズの曲だ(あたりまえか)。微妙に中途半端な印象を残すギターソロにも萌え。なお、このソロは高音と低音のユニゾンで録音されている。このアルバムにはタイトル曲「Help!」の他に、ご存知「Yesterday」や「Ticket To Ride」、前述の「You've Got To Hide Your Love Away」など、世間的にいう名曲がしっかりと詰め込めれている。……にも関わらず、自分がこのアルバムをひっぱり出す時は、大抵この「Night Before」や、作者であるジョンが嫌いだと言っている「It's Only Love」、ジョージの奥ゆかしさが感じられる「I Need You」なんかを聴きたい、という理由からだったりする。その後の扱いからして、ポール本人の中でもほとんど忘却の彼方に追いやられてる曲なのかもしれないが、ジャケット(上写真)の中でバンザイをするジョンの姿を見ながらコレを聴くと、妙に気持ちが安らぐのである「The Night Before」を聴くにはここをクリックさ~。ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.11.11
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1994年というのは、僕にとって90年代英国ロックが一番面白い年だった。ブリット・ポップなる言葉が大手を振って歩こうとしていた時期。この年にはオアシスが「Definitely Maybe」でデビュー。プライマル・スクリームが「Give Out But Don't Give Up」を、ドッジーが「Homegrown」という傑作を発表。エルビス・コステロも「Brutal Youth」という佳作を聴かせてくれた。一番期待していたストーン・ローゼズの2ndにはガッカリした記憶があるが、そんな思い出も含めて、僕が英国ロックに対して最も胸を躍らせた年だった。それらの名盤と並んで忘れられないのが、ワンワンジャケットが印象的な、ブラーの3rd「Parklife」(写真)である。1991年にデビューした彼らは「スミス以来のグループ」と言われたり、2ndアルバムも高い評価を受けたようだが、僕が彼らを知ったのはこの3rdだった。この「Girl & Boys」はアルバムのトップを飾るナンバー。全英5位を記録した、彼らの代表曲だ。僕がはじめて聴いたブラーの曲でもある。どこかキッチュなイントロで始まるこの曲、シングルにふさわしいディスコ風のナンバーだが、聴いた時はズバリ「若いXTC」だと思った。今聴いても基本的な感想は変わらない。ユーモアとシニカルさが滲み出るねじれたポップ感覚、ウネウネしたキーボードの音色。キャッチーなんだけど微妙に盛り上がらないサビのさじ加減がたまりません。ざっくりとリズムを刻むギターの音は思いのほかハード。アレックス・ジェームスの弾くベースが心地よく弾む。一筋縄じゃいかないんだけど、どこかに青さが残っているのも魅力で、曲全体に若さゆえの疾走感がみなぎっている。アルバムからはタイトル曲である「Parklife」もヒット(全英2位)。アルバム自体もチャート1位を記録。ブラーは、オアシスと並ぶ"ブリット・ポップの顔"として一気に注目を集める。「Girl & Boys」は、その年のミュージック・アワードも受賞した。彼らの大ファンにはならなかったが、この3rdはよく聴いた。オアシスやドッジーとはまた別な意味での「英国的ポップ」には、大きく期待したものだ。ブラーはこの後、オルタナやポスト・ロック、アフリカ音楽まで、様々な展開を見せていく。が、それらのアルバムも決して悪くはなかったものの、3rdほどの新鮮さは感じなかったし、それほど聴く事もなかった。結局の所、自分の中でのブラーというと、ワンワンなこのジャケットと「Girls & Boys」のメロディに集約されるのである。ブラーが90年代を代表する存在になれたのは、"ブリット・ポップ"の殻を突き破ろうとしたからだろうし、それは正しい選択だったとも思う。だが、それはそれとして、若さと勢いに溢れた「Girls & Boys」及びこのアルバムが、今でも大好きだ。つーコトで、「Girls & Boys」を聴くにはここをクリック!PVに映る坊やみたいなデーモンを見るたびに、「オアシスvsブラー」などとマスコミが勝手に騒いでいたこの時代を思い出すなあ
2007.11.10
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イーグルス、28年振りのオリジナル・アルバム「Long Road Out of Eden」(写真)が発売されましたねしかしまあ、ジェネシス、ポリス、ZepにX Japanと……再結成が続くなあ~。イーグルスが最初に(笑)再結成したのは'94年。その時発売されたライヴ・アルバムに収録されていた新曲を聴いた時には、ちょいとばかし胸が躍ったものだが、さて今回はこれいかに。「How Long」は新作アルバムからの先行シングルで、今年の8月にリリース。ラジオの他にもオンラインPVとして気前よく流されていた一曲である。むほっ初期を彷彿とさせるカントリー風のサウンド。曲もいいじゃな~い。でもコレ、どこかで聴いたコトあるような……と思ったら、J.D.サウザー(※)の1stアルバム('75年)に入っていた曲でした。ぼよよ~んしかもコレ、イーグルス初期のライヴでも頻繁に演奏されていたナンバーで、ファンにはおなじみの曲らしい。そんなのを今さら新曲(しかも先行シングル)として出すのかよ~などとヤジを飛ばしつつも、やっぱりメロはいいし、ドンとグレンが交互にヴォーカルを取るという構成にハメられまくり。コーラス・ワークも全盛期ほどの艶はないものの、ビシッときまっとるむー痩せても枯れてもイーグルス。やっぱスゴイわ、この人達。それでも、ランディー・マイズナーもバーニー・リンドンもドン・フェルダーもいない面子でこういう曲を歌われてもなあ。。。-----などと言うワタシはドン・ヘンリーを「Boys Of Summer」('85年)で、グレン・フライを「Heat Is On」('85年、映画『ビバリーヒルズ・コップ』の主題歌)で初めて知った3×歳♂「'69年のスピリットは、もうここにはございません」と歌われてから、もう30年以上経つのかあ……「How Long」を聴くにはここをクリック!さて、買ったばかりの2枚組アルバム「「Long Road Out of Eden」を聴くかあ!レビューは気が向いたら書くぜ(笑※ ウエスト・コースト・ロックを代表するアーティストのひとりで、イーグルスとは縁も深い名ソングライター。イーグルスの名曲「Best of My Love」、「New Kid In Town」、「Heartache Tonight」(全て全米1位)は、いずれもサウザーと、バンド・メンバーとの共作である。☆ポム・スフレのメインHPでは、イーグルスの名盤「One Of These Nights」について取り上げています。
2007.11.08
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"Love"という、そのものズバリな名前を持ったこのバンドは、鬼才アーサー・リーを中心として60年代半ばに、アメリカはロサンゼルスで結成された、白人黒人の混合バンドだった。バンドの3rdアルバムである「Forever Changes」(写真)がリリースされたのは、サイケの花が咲き誇る1967年。商業的な成功には至らなかったものの、サイケ、ガレージ、フォークなどの要素をゴッタ煮にしたサウンドにポップなメロディを乗せたその内容は、評論家筋から高い評価を受け、米ローリング・ストーン誌による「オールタイム・ベストアルバム」でも上位に選ばれている。アルバムの冒頭を飾る「Alone Again Or」は、サイド・ギターにしてサブ・リーダーであるブライアン・マクリーンの作。ソフトで親しみやすい感触を持ったフォーク・ロックだ。なめらかにフェイド・インしてくる、アルペジオによるギターの音色が美しい。流麗なメロディ、耳障りのいいボーカル、ストリングスや管楽器を大胆に使ったアレンジは、サイケとビートルズとバート・バカラックの美味しいトコ取りのようでもある。それはアズテック・カメラやペイル・ファウンテンズといったネオアコ系アーティストにも大きな影響を与えた。間奏におけるスパニッシュ風のギターやトランペットもツボ。曲全体を包む雰囲気もデリケートかつお洒落。発表から40年経った今でも瑞々しさを失わないこの曲は、「世紀の名曲!」…ってほどでもないかもしれないけど、聴くたびに心が洗われる気分になるのは確かだ。この曲は後にダムド(!)がカバー。ロバート・プラント(ex:Led Zeppelin)も、ラヴのファンである事を公言している。「Forever Changes」は21世紀に入ってから、大量のボーナス・トラック入りでリイシューされた。ポップスとしての美しさとほのかな狂気を兼ね備えたこのアルバムは、良質なポップ/ロックを求める人なら一度は聴いておいてもいいかもしれない。「Alone Again Or」を聴くにはここをクリック!
2007.11.07
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奥田民生も今年でプロ生活20年になるのね…(と、今さら言ってみる)。という事で、久しぶりにユニコーンの「自転車泥棒」を聴く。う~ん、やっぱりいい曲だあ~。4thアルバム「ケダモノの嵐」(写真)が発表されたのは1990年。日本がバブルとバンド・ブームに浮かれている真っ最中の時だ。聴きましたねぇ、このアルバム。後から知った事だが、これってオリコン1位やレコード大賞の他にも、「ミュージック・マガジン」の年間ベストアルバムに選出されてるのね。「自転車泥棒」はこのアルバムに収められてる曲で、個人的にはユニコーンの中で一番好きな曲だったりする。作詞・作曲はギターの手嶋いさむ。少し不思議な響きを持ったイントロで始まるこの曲は、民生のヴォーカル、XTCを彷彿とさせるアレンジ、ポップさと優しさに溢れた美しいメロディが絶妙にブレンドされた、名曲と呼ぶにふさわしい仕上がりとなった。なんとも爽やかで甘酸っぱい、この感触。ヘンにこねくり回さず、ストレートに演奏にしているのもいい結果を生んでいる。夏の情景が浮かぶノスタルジックな歌詞も素晴らしい。このバンドには他にもいい曲がたくさんあるが、この一曲でユニコーンは僕の中で忘れがたい存在になった。この曲、シングルにならなかった事もあって、当初は「隠れた名曲」扱いだったが、その後ベスト盤に収録されたり、ホワイトベリーやJackson vibeにカバーされたりもした。今では「ジャパニーズ・ポップスの名作」として多くの人に知られている……といいなあ(笑アルバムにはこの他にも、おなじみ「働く男」や「スターな男」、「ケダモノの嵐」、「フーガ」など名曲がてんこ盛り。民生をはじめとする五つの才能が見事にスパークした、バンドにとって最も幸せな瞬間が記録された一枚だなあ。つーコトで「自転車泥棒」を聴くにはここをクリック。ユニコーンのライブ映像なんだぜ!遠い昔 ふた月前の夏の日に坂道を 滑り降りてく二人乗りずっとふざけたままで手を離しても 一人で上手に乗れてたいつのまにか 一人で上手に乗れてた髪を切りすぎた君は 僕に八つ当たり今は思い出の中で しかめつらしてるよ膝をすりむいて泣いた振りをして逃げたとても暑過ぎた夏の 君は自転車泥棒 君は自転車泥棒
2007.11.06
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三十の齢を越えてからというもの、ラップやヒップホップなるものからはすっかり遠のいてしまった。そんなワシだが、蟹江さんの音楽なんかはつかず離れずという程度に聴いていたりする(と言いつつ、まだ新譜は聴いてないw)。理由はというと、このテの音楽としては非常に聴きやすいというか、ワシが単にミーハーだからなのだが。元々は、プロデューサー兼ソングライターとして注目されたこの人であるが、'04年には自らもアーティスト・デビュー。1stアルバム「College Drop Out」(写真)は全米2位。400万枚のセールスを記録。その年のグラミー賞では合計10部門にノミネートされ、結果、3部門を受賞した。蟹江さんの場合、ラップの技術自体はそんなに高くないのだが、万人に受け入れられやすい楽曲をサンプリングするという方法論は、ワシのような人間の耳を惹きつけるという結果をも生む。その優れたバランス感覚は、「プロデューサーが本業」という資質が生かされたものかもしれない。この「Through The Wire」は前述の1st「College Drop Out」からのシングルで、全米15位を記録した、蟹江さんの代表曲のひとつである。ここでのサンプリング・ネタはチャカ・カーンの「Through The Fire」。バラードだった原曲を早回しさせたそのトラックは、ポップでちょっぴり切ない。その上に、ややもったりとした蟹江さんのラップが乗る。この感触。悪くない。アレステッド・ディベロップメントやフージーズを聴いた時のような親しみやすさを感じるなあ。オールドスクールの香りを残したラップもワシ好み。後ろで鳴るハンド・クラッピングもグーなのよちなみにこの曲、居眠り運転で交通事故にあい、口の中にワイヤーを入れる程の大怪我を負った蟹江さんの経験から生まれたものだそうだ。そう思って聴くと、ここでのぎこちないラップも、何やら重々しく感じられる。蟹江さんはこの事故の後、「神に助けられた」としてクリスチャンになった。ともあれ、普段ラップを聴かない人にも訴えかけるものを持った一曲だと思う。アルバム自体も非常にキャッチーで密度の高い傑作。次作「Late Registration」(これも傑作)と一緒にオススメしたいヒップホップ・アイテムです。Jay-Zとの繋がりや、ジョン・レジェンドを送り出した実績も持つ蟹江さん。ワシのようなポップ老人を満足させてくれるような音楽を、これからも期待したい。つーか新作早く聴けよと。つーコトで「Through The Wire」を聴くにはこちら。※ポム・スフレのメインHPでは、カニエ・ウエストの傑作2nd「Late Registration」について取り上げています。
2007.11.05
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「宇宙を越えて」というタイトルが示す通り、ジョンの内的宇宙を抽象的に綴った一曲である。曲が作られたのは'67年頃。オリジナル・テイクはシングル用として、ポールの「Lady Madonna」とほぼ同時期に録音されたが、その時の発表は見送られた。その後、曲は、野生動物保護基金のチャリティ・アルバム『No One's Gonna change Our World』に提供される事になり、ジョージ・マーティンによって、新たなミックスが施された。それが『Past Masters Vol.2』などで聴ける、通称「バード・バージョン」である。ジミー・ペイジ先生もお気に入りというこのバージョンだが、楽器のバランスが悪いミックスや素っ頓狂な声のコーラスがウザく、ジョンの声も不自然に高い(テープ・スピードを上げている)それが、未だに僕は好きになれない。よって、今回取り上げるのは、アルバム「Let It Be」に収録されている方のバージョンである。このアルバムをプロデュースしたのは、ご存知フィル・スペクター。ミックスする際、フィルはテープ・スピードを下げ、キーをオリジナルより半音ほど落としている。ジョンの弾くアコギで静かに始まるこの曲。穏やかに流れていくメロディ、柔らかなジョンのヴォーカルと幻想的なサウンドがとても印象的で、「Jai Guru Deva」と歌うジョンの声に身をゆだねていると、こちらも宙に溶けていくような気分にもなる。イマジネーション溢れる詞も素晴らしく、'70年のインタビューではジョン自身、この曲をベスト(詞として)だと発言している。深いエコー、聖歌隊のような女性コーラス、壮大な響きを持ったストリングス・アレンジは、まさにフィル・スペクターの世界で、そのサウンドは不協和音と紙一重のバランスを保ちつつも、この曲の幻想的な部分を一層引き出す事になった。ジョージの弾くタンブラもここではいい感じ。従来あった「アーアアア・アーアーア」というコーラスを削ったのも正解だと思う。フィル・バージョンに関しては、賛否が分かれるであろう仕上がりだが、個人的には一票入れたい出来だと思うし、少なくとも前述の「バード・バージョン」よりはよほどいい。ジョン本人もフィルの仕事振りを讃えている。ただし、ただでさえ録音時期の違う曲に圧化粧を施したこのバージョンが、元々「生っぽいサウンド」を求めて作られたこのアルバムの中で聴くと、かなり浮いている感があるのは否めない。それでも、やはりいい曲には違いない。詩的な表現を重ねながらジョンは歌う。「何者も僕の世界を変える事はできない」と。後ろでポワワンと鳴るワウワウ・ギターの音色もいいなあ前述のフレーズ「Jai Guru De Va」はヒンズー教の言葉で『我らが導師、神に勝利あれ』の意らしい。ビートルズが一時期、インドに傾倒していた事は有名だが、この場合は宗教というより一種の言葉遊びと見る方が妥当だろう(ジョン個人がインド系の宗教にハマったという記述は見られない)。こうした感覚は、後の名曲「#9 Dream」にも受け継がれていく。なお、この曲。'96年に発売された「Anthology 2」には、最初に「一応のベスト・テイク」とされた'68年2月4日のバージョンが収録されたのだが、シンプルな美しさを持つそちらも捨てがたい出来だ。波打つようなアコースティック・ギターの音色には惚れ惚れさせられる。こちらのバージョンがベスト、という方も少なくないだろう。'03年に発売された「Let It Be...Naked」には、フィルのオーバー・ダビングをカットした「オリジナル・バージョン」も収録された。カバー・バージョンはデヴィッド・ボウイからフィオナ・アップルまで数多く、'05年のグラミー受賞式では、ブライアン・ウィルソン、ボノ、スティーブン・タイラー、スティーヴィー・ワンダーなど錚々たる面子によって、この曲が演奏された。つーコトでフィル・スペクターのミックスによる「Across The Universe」を聴くにはここをクリック!「Anthology 2」収録のバージョンはこちら。小鳥のさえずりや羽ばたきが聞こえる「バード・バージョン」はこちら。詩作に関しては、松尾芭蕉の影響を受けたと言われる事も多いジョン。この曲を聴くと、「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」という句を思い出すワタシです。※ポム・スフレのメインHPはこちら。
2007.11.04
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元The Go-Go'sにして、名曲「Heaven Is A Place On Earth」('87年、全米1位)で知られるベリンダ・カーライルのソロ・デビュー曲である。LAでのパンク・ムーブメントに刺激を受けた彼女は、ジェーン・ウィンドリンらと共に'78年にThe Go-Go'sを結成。学園祭バンドそのまんまなルックスと演奏で'81年にデビューした彼女らは、「We Got The Baet」(全米2位)、「Our Lips Are Sealed」(同20位)、「Vacation」(同8位)」などのヒットを出し、ピチピチ・ギャル(死語)のグループとして人気を博す。1stアルバム「Beauty and the Beat」は、女性だけのロックバンドとしては、初の全米1位を記録した。そのゴーゴーズも'85年には解散。ベリンダは早くも翌年に、同じレコード会社であるI.R.Sからソロ・デビューする事になった。この「Mad About You」は、彼女のソロ第一弾シングルにして、アルバム「Belinda」(写真)の幕開けを飾る一曲。心がウキウキしてくるチャーミングなポップ・ナンバーだ。作曲はGo-Go'sの末期メンバーでもあったポーラ・ジーン・ブラウン(とジェームス・ウェラン)。プロデュースは'70年代ポップスの職人マイケル・ロイドである。この曲は、'86年に全米3位を記録し、彼女のソロデビューを華々しく飾った。イントロから滑り込んでくる、キャッチーに弾むベース・ライン。これだけで即、名曲決定。このベース・リフを軸にして、曲は軽やかに進む。サウンドも、サビの展開も実に爽やかで、PVと合わせて聴くとカリフォルニアの陽が差してくるような気分にもなる。ベリンダの声は、屈託のないオネーサンという感じで、曲にぴったり。同時にGo-Go'sの頃に比べてだいぶ大人っぽくなっている。だが、ソロデビューにあたっての不安があるのか、ここではいくぶん、こじんまりとした感も。桜で言えば七分咲きといった所か。ヴォーカリストとしての彼女は、翌年の「Heaven Is A Place On Earth」で一気に飛躍する事になるのだが、コレはコレで初々しさがあってヒジョーによい。曲のタイトルは「あなたにゾッコン」という意味。この頃のベリンダは結婚したばかりで、その夫君も出演するPVでは幸せいっぱいの顔を見せてくれる。見ている側としては、しまいには「いーかげんにしろ」と言いたくもなるのだが。なお、彼女は、その2年後にも「I Get Weak(あなたにメロメロ)」('88年全米2位)という曲を出している。もうええっちゅーに。ギターを弾くのは、当時デュラン・デュランを離れたばかりのアンディ・テイラー(PVにも出演)。短いながらも、中音域をうまく使った、曲にピッタリのソロを聴かせてくれる。ベリンダとのつながりについてはよく分からないのだが、天真爛漫(だそうだ)な彼女に「ちょっとぉ、アタシの曲でなんか弾いてよぉ」とか言われて、「ああ、いいよ」という具合にでもなったのだろうか。ここでのアンディの弾きっぷりは、良くも悪くも「軽くお仕事」といったノリを感じる。ちなみに、彼女の'89年のシングル「Leave A Light On(輝きのままで)」ではジョージ・ハリスンがギターを弾いている。ベリンダ、結構オトコ受けがいいのかあ~?以降、ベリンダは前述の「Heaven Is A Place On Earth」をはじめとしてヒットを連発。その勢いは'90年まで続いた。その後はソロと平行しつつゴーゴーズの再結成も実現。21世紀に入ってからは乳を出したりして往年のファンを喜ばせた(笑)。2004年にはゴーゴーズとして来日。近年でもテレビに積極的に出たり、今年には全曲フランス語で歌った新作を発表するなど、50の齢を目前にして、その活動はまだまだ活発なようだ。つーコトで「Mad About You」を聴くにはここをクリック!ん~、このベース・ライン。心が躍るねぇ(´ー`)ついでに80's屈指の名曲「Heaven Is A Place On Earth」も聴こう! ここをクリック!
2007.11.03
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1987年2月~3月のアメリカといえば、ボン・ジョヴィの「Livin' On A Prayer」が飛ぶ鳥を落とすがごとく売れていた時期なのだが、そのドサクサ(?)にまぎれてヘンな曲がチャートの上位をウロウロしていた。「流行? そんなモン知るかよ」と言わんばかりの、泥臭くてストレートなギターサウンド。ふてぶてしさと人懐っこさが同居したボーカル。そして、つかみどころのない、だけどなぜか耳に残るメロディ。それがこの「Keep Your Hands to Yourself」である。1987年、全米最高2位。年間チャートでも35位を記録する健闘ぶりを見せた。この曲を歌ったジョージア・サテライツは、文字通りジョージア州アトランタの出身。1980年に結成された彼らは、クラブ・サーキットで腕を磨くが、'84年に一度解散する。だが、彼らの残したデモテープがイギリスのインディー・レーベルに拾われ、'85年にミニ・アルバムとしてリリースされた。それが思わぬ評判を呼び、バンドは急遽再結成。翌'86年にメジャーからリリースされた「「Keep Your Hands to Yourself」が、まさかの大ヒットとなった。ジョン・レノンの追悼セッションに集まったメンバーが意気投合して出来たというこのグループだが、その音楽はローリング・ストーンズやフェイセズにも通じる南部系ロックンロールだった(アルバムにはロッド・スチュワートのカバー曲もあった)。しかもダン・ベアードのしゃくれた歌声は、ミック・ジャガー直系。節回しも独特で、声が思いっきり裏返るサビの部分は、「マジメに歌っとんのか」とツッコみたくもなるが、これが何ともいえない個性となっている。が、当時の僕といえば視野狭窄のヒットチャート少年。こういう系統の音楽に理解があるはずもなく、最初、この曲がチャートを上がってきた時には、「ヘンな曲がチャートに入ってきた」くらいにしか思わなかった。使ってるコードはA、D、Eの3つだけ。ルーズで骨太なバンドサウンド。スワンプの香り漂うギター・ソロはロールウェル・ジョージの影響か。小汚いパブでウィスキーを飲みながら聴きたくなる、愚直なまでのシンプルなロックンロール。そこに滲み出るのは優れたポップ・センスと、ライブハウスで叩き上げた芸人根性だ。とはいえ、当時の流行にどこまでも逆行していて、どこかネジれている曲には変わりはない。こんな曲をチャートの中で受け入れる事ができたアメリカは豊かな国だなあ、などと思った記憶がある。田舎クサい低予算PVもダサかっこよかっただが、彼らのヒット曲らしいヒット曲といえばこれだけ。この曲を収録した1st(上写真)や、'88年に発売された2nd「Open All Night」も優れた作品だったが、以降は商業的に後が続かなかった。ジョージア・サテライツは'91年に解散。その後、ダン・ベアードはソロ・アルバムを発表。ギターのリック・リチャーズは、Guns N' Rosesのイジー・ストラドリンのアルバムに参加した。大方の予想通り(?)、見事な一発屋となってしまった彼らだが、時代に左右されないロックンロール魂は多くの無名の支持者を得た……ような気もするなあつーコトで「Keep Your Hands To Yourself」のPVはここをクリック!音のいいバージョンを聴きたい方はこちら(映像は関係なし)。トム・クルーズ主演の映画「カクテル」のサントラに入っていた彼らの曲「Hippy Hippy Shake」(カバー曲だけど)も、なんとなく好きだったワタシ。。。
2007.11.02
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