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今も現役で活動するChicagoは、今年で結成40周年を迎えるそうだ。ピーター・セテラの名唱で知られる「Hard To Say I'm Sorry(素直になれなくて)」('82年、全米1位)が何といっても有名なこのバンド。「25 Or 6 To 4(長い夜)」、「Saturday In The Park」といった名曲があるにも関わらず、「バラード専門のバンド」というイメージが払いきれないこの人達だが、そんなきっかけのひとつとなったのが、バンドにとって初の全米No.1ヒット('76年)となったこの曲である。邦題「愛ある別れ」。ピーター・セテラのペンによるこのナンバーは、シカゴ10枚目のアルバム「X」(写真)からのシングル曲であり、僕が小さい頃、親がいつも聞いていたラジオ番組のテーマ・ソングとして、いつも耳にしていた曲だった。シカゴの本来のトレード・マークであったブラス・サウンドが、ここではやや影を潜め、柔らかなアコースティック・ギターと格調高いストリングスを中心とした、清涼感溢れるバラードとなっている。滑らかなメロディもさる事ながら、ピーター・セテラのとろけるようなハイトーン・ヴォイスが絶品。間奏で聴ける、ちょっぴり切ないギター・ソロも溜息が出るような美しさだ。聴くたびに心が洗われるこの曲は、その年のグラミーの「ベスト・ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス」部門を受賞。名実共にシカゴの代表作と言えるナンバーとなった。バンドはそれまで、ロバート・ラム、テリー・キャス、ピーター・セテラの三巨頭体制という形のバランスを保っていたが、この曲の大成功によりセテラの株が一気に上昇。さらにその後、彼らの育ての親でもあったプロデューサー、ジェイムス・ウィリアム・ガルシオとの喧嘩別れや、テリー・キャスが拳銃暴発事故により他界してしまった事で、バンドの音楽性や内部の力関係に変化が生じる。以降のシカゴは、バラードを得意としたアダルトなポップ・バンドとして生き延びていく事になるのだが、その音楽自体は、アグレッシヴなブラス・ロックをやっていた70年代の頃と比べるとちょっと情けない。それもこれも、大好きな「If You Leave Me Now」が諸悪の根源(←ものすごい暴言)だと思うと、ちょっとフクザツな気持ちにもなるなあ名曲とは諸刃の剣なり。「If You Leave Me Now」を聴くにはここをクリック!※ポム・スフレのメイン・ホームページではChicagoの名盤「X」について取り上げています。
2007.01.27
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お面がトレード・マークのバンド、ビート・クルセイダーズは、ヒダカトオル(Vo&G)を中心としたポップ・ロック・グループで、ストレートなギター・サウンドにデジタルの味付けをした演奏と、とびっきりキャッチーなメロディが魅力。音楽的に分類すると"パワーポップ"と呼ぶのが一番しっくりくるのだろうが、そのクオリティはラモーンズやグリーン・デイと並べても全く遜色ないと言える程。ライヴでは「オマ○コール」と言われる下ネタ使いが有名で、そんなお下劣さもこのバンドの売りである(笑インディ活動が長かったバンドだが、2004年にはメジャー・デビュー。アニメ「Beck」の主題歌に使われた「Hit In USA」がヒットを記録し、2005年にはメジャーからの1stアルバム「P.O.A "Pop On Arrival"」を発表する。2006年に発表された「Tonight Tonight Tonight」は、アニメ「Bleach」の主題歌に使用されたシングルで、オリコン最高7位を記録。一度聴けば一緒に歌える超ポップなメロディと、全篇を突き抜けるすがすがしい疾走感。力強い歌声、ハードなギターとピコピコしたキーボードによる痛快な演奏はまさにパワーポップ。しかも全て英語で歌われているため、フツーに「カッコいい洋楽」としても楽しめる、ビークル印の名曲である。コアなファンに言わせると「最近のビークルはインディー時代のような勢いがない」そうだが、彼らにはこれからも頑張ってほしいものだ。「Tonight Tonight Tonight」を聴くにはここをクリック!ビークルおすすめよ~※ポム・スフレのメインHPでは、ビート・クルセイダーズの名盤「P.O.A "Pop On Arrival"」について取り上げています。
2007.01.25
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ロジャー・ウォーターズのいないピンク・フロイド。僕にとってのフロイド初体験がそれだった。僕が初めて聴いたピンク・フロイドのアルバムが「A Momentary Lapse Of Reason(鬱)」(上写真)である。ほとんどロジャーのソロ作品と言ってもいいアルバム「Final Cut」を'83年に発表した後、ピンク・フロイドは解散状態となり、各メンバーはソロ活動に入ってゆく。1986年にロジャーはピンク・フロイドを正式に脱退するが、フロイド側は「今後もバンドは存続する」との声明を発表。ソロ活動に展開を見出せなくなったデイヴ・ギルモアは、リック・ライト、ニック・メイスンに声をかけ、ピンク・フロイド再始動を計画する。リック・ライトはゲストとして参加を決めたものの、ロジャーは参加を拒否。バンド名の使用権を巡って裁判にまで発展した程だったが、結局フロイド側が使用料金をロジャーに支払うという形に落ち着いた。かくして'87年に発表されたのが「A Momentary Lapse Of Reason(鬱)」である。プロデュースにあたったのは、ギルモアとボブ・エズリンだった。----なんていう事情も全然知らなかった当時の僕は、ベストヒットUSAで流れる「Learning To Fly(幻の翼)」のPVを見て、「ピンク・フロイド?聞いたコトあるようなないような… でもコレなかなかいい曲かも」なんてコトを思った記憶がある。アルバムからの1stシングルにして、世界初のシングルCDでもあるこの曲。ギルモアとアンソニー・ムーア(スラップ・ハッピー)の共作で、ギルモアが飛行機操縦のライセンスを取得するまでの事を歌った曲らしい。それまでのフロイドに比べるとコンパクトな楽曲で、「フロイドらしきサウンドを使った産業ロック」と言えない事もない仕上がりだが、適度に歪んだギター・サウンドとスケール感を演出した作りは中々に心地よく、美しさと飛翔感を持った名曲になっていると思う。アルバムにしても、「フロイドの表面的な部分をなぞっただけ」という批判は当たっているかもしれないが、そのフロイドの音楽自体、ギルモアの歌声とギターあってのものだった事も否定できない筈で、そうした意味では本作も立派な「ピンク・フロイドの作品」なのだ。ゲスト扱いのリックはもちろん、ニックも実際に演奏したのはほんの一部らしく、ロジャー言う所の「ゴーストライターやミュージシャンを使った偽フロイド」というのは、後にギルモアも認めているが、それでもクオリティと娯楽性を併せ持ったこのアルバムが僕は大好きだ。少なくとも「納豆食べればヤセますよー」なんていうウソ八百を並べるよりはマシでしょうに\(´ー`)ノ本作発表の翌年には16年振りの来日公演も実現。サービス精神に溢れたステージも話題となった。だが、なんといってもスゴイのは、上のアルバム・ジャケットが合成でもCGでもないという事。音楽やステージだけでなく、ジャケットにまで体を張ったハッタリをかます。このスケールのデカさこそピンク・フロイドよ。「Learning To Fly」を聴くにはここをクリック!※ポム・スフレのメインHPでは、ピンク・フロイドの名作「Meddle(おせっかい)」について取り上げています!
2007.01.24
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ロバート・アルトマン監督のブラック・コメディ映画「M*A*S*H」(1970)のテーマ・ソングである。「M*A*S*H」のサウンドトラック(写真)に収録。映画は、朝鮮戦争下の移動米軍外科病院を舞台として、人間や戦争を皮肉るという内容であり、オープニング・シーンで流れるのがこの曲である。「自殺は苦しくない」と歌う、この美しいフォーク・ソングの作者はジョニー・マンデル。その物悲しいイントロと歌い出しのメロディからしてグッとくるが、シンプルなアレンジとヘタウマ風のヴォーカルが余計に哀感を誘う。"自殺は苦しい事じゃないそれは色々な気分転換にもなるするもしないも僕の自由だ"歌詞の内容は一見すると暗く絶望的なだけに見えるが、その奥に込められたユーモアや皮肉はかなり深い。それが憂いと優しさを持つメロディに載せて歌われる所に意味がある。「人生はくたびれるゲームだ。どうせ負けるに決まってる」というフレーズが、個人的には好きだなあ。美しくてシニカルな名曲「Suicide Is Painless」を聴くにはここをクリック!"ある時、勇者が僕に訊いた「大切な質問に答えてほしい。生きるべきか死ぬべきか?」と僕は答えた「やれやれ、なぜ僕なんだ?」自殺は苦しい事じゃないそれは色々な気分転換にもなるするもしないも僕の自由だ"なお、ロバート・アルトマンは2006年の11月に逝去。レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説をヘロヘロに料理した「ロング・グッドバイ」(1973)が好きだったなあ。
2007.01.22
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1971年に発表されたポールの傑作ソロ・アルバム『Ram』(上画像)に収録の「Uncle Albert~Adminal Halsey」は、ポールのソロ・キャリアにおける最初の全米No.1ヒット('71年9月)となった曲である。英国ではシングル・カットされておらず、'87年に発売されたポールのベスト・アルバム「All The Best!」の英国盤、及び日本盤には収録されていなかった。'70年に発表した1stソロ「McCartney」が当然の如くボロクソに叩かれた上、同年にジョンのみならずジョージまでもが傑作ソロ・アルバムを発表したのを見て、ポールも「ヤベエ」と思ったのだろうか。録音にニューヨーク・フィルハーモニー・オーケストラを迎えたこの曲は、持ち前のメロディ・センスと、ビートルズの「Abbey Road」で見せた構成力をありったけブチこんだゴージャスな仕上がりだ。ドラムには後にウィングスのメンバーとなるデニー・シーウェルが参加している。二つの曲を合体させるという、ポールお得意の手法を駆使したナンバーで、哀愁漂う前半パートと爽やかで楽しい後半パートからなる構成は見事。しかもそれが、コンパクトでスピーディーにまとめられている所がポールらしい。効果音や"語り"をふんだんに取り入れた作りは映像的でもあり、ドラマチックさを盛り立てているが、後半で出てくる管楽器(フレンチ・ホルン?)の弾むような音色は、ミュージカルを見てるような気分にもさせてくれる。リンダの素人ボーカルも強烈だが、この曲の中では違和感なく溶け込んでいる。これもポールのプロデューサーとしての手腕か(笑歌詞の中に出てくる「アルバートおじさん」とは、実在したポールの伯父の事であり、その事がドラマ性高いこの曲のリアリティをいっそう引き立ててもいる。5分足らずの中に詰まった様々なアイデアが、今も新鮮な気持ちにしてくれる名曲だ。この曲でポールも汚名返上!…となるはずだったが、なぜか当時のメディアはポールを総攻撃。アルバム「Ram」も、ローリング・ストーン誌からは「60年代ロックの腐敗の極めつけ」とまで言われたらしい。どこが「腐敗の極めつけ」なのか、ジックリ教えてほしいものだが。また、当時の奥方リンダとの共同名義となっているこの曲は、作詞・作曲にもリンダの名前がクレジットされているのだが、これの前作にあたるシングル「Another Day」がリリースされた時には発売元(ノーザン・ソングス)のオーナーから「リンダに曲など書けるはずがない」と訴訟を起こされたりもしていた。これに対してポールは「ソングライターとして認められているかどうかは関係ない。どんな形であれ、本当に僕の歌作りを手伝ってくれた人は、その歌の一部を担う事になると僕は思う」、と答えている。ポールの才能だけでなく、夫婦愛をも感じさせてくれる名曲なのでしたつーコトで、「Uncle Albert~Adminal Halsey」を聴くにはここをクリック!
2007.01.21
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話題の映画「ディパーテッド」が今日から公開ですね。出演はディカプリオに、マット・デーモン、ジャック・ニコルソン。で、監督はマーティン・スコセッシ。あひ~、シンボウたまらん。そして、映画のCMや本編のオープニング・シーンに使われているのは、ローリング・ストーンズの「Gimme Shelter」。'69年の名盤「Let It Bleed」(写真)の幕開けを飾る名曲である。不穏な匂いを漂わせながらフェイド・インしてくる、ゆったりとしたギターのアルペジオと、妖艶で退廃的なコーラス。何百回と聴いてる曲だが、このイントロには未だにゾクゾクさせられる。呪術的なミックのボーカルと、女性ボーカルを加えて妖しく燃え上がるサビが実にスリリング。加えて、ミックの吹くブルージーなハープや、ブルース・フィーリング溢れるキースのギターまで、曲全体を包む混沌とした雰囲気と張り詰めたテンションが最高にカッコいい。この曲が放つ魔力は、悪魔性とカリスマ性に満ちていた、この時期のストーンズならではのものだ。上にあるジャケットは、ケーキの上にメンバーの人形が乗った可愛らしいものだが、裏ジャケを見ると、そのケーキが無残に壊されているという不吉なカットになっている。つーコトで、「Gimme Shelter」を聴くにはここをクリック!なお、映画「ディパーテッド」のスコアを担当するのはハワード・ショア。さらに劇中で使われてる楽曲は「Gimme Shelter」の他にも、ジョン・レノンの「Well Well Well」、ビーチ・ボーイズの「Sail On Sailor」、バッド・フィンガーの「Baby Blue」、ロイ・ブキャナンの「Sweet Dreams」などなど、ワシのような人間にはシンボウたまらんものばかり。スコセッシやってくれちゃうなあ~。
2007.01.20
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邦題「愛への賛歌」。'70年に全米14位を記録したこの曲は、スティーヴン・スティルス入魂の1stソロ「Stephen Stills」(写真)のオープニングを飾るナンバーであり、スティルスの最高傑作と言える名曲だ。ちょうどこの時期はCSN&Yが大ヒットしていた時でもあり、その中心的存在としても、才能を爆発させていたスティルス。彼にとって自信作であっただろうこの曲は、正規のバージョンが発表される以前からCSN&Yのツアーでも披露されており、CSN&Yのライヴ・アルバム「4 Way Street」でも聴く事ができる。CSN&Yのアルバム「De javu」に収録しなかったのは、そのアルバムに同系等のスティルス作品「Carry On」があったためか、或いは単に出し惜しみしたのか(笑だが、それも充分納得できる素晴らしい出来栄えとなっている。キャッチーで、曲調的にもまんまCSN&Yなこの曲。演奏はアコースティック・ギターを軸としたシンプルなものだが、パーカッシヴなリズムと熱っぽいオルガンの音色が、高揚感を呼び覚ます。そしてコーラスには、デヴィッド・クロスビーとグレアム・ナッシュに加えて、ジョン・セバスチャン、リタ・クーリッジという錚々たるメンバーが参加。彼らによる、分厚く華やかなコーラスはゴスペル的でもあり、何度聴いても胸が高鳴る。「du lu du du …」というコーラスで終わるエンディングも希望を感じさせる、力強く美しい一曲だ。バッファロー・スプリングフィールド時代からのライバルであるニール・ヤングには、その後のソロ活動で圧倒的な差を付けられてしまったスティルスだが、結局この人って、バッファローとCSN(&Y)、そしてこの1stソロ作で才能を全部使い果たしちゃったんじゃないのかなあ…この曲を聴くたびに、そんなコトを思うワタシであった。…と思ったら、マナサスを忘れてたわん~、うまくオチなかったけど、そんなコトは気にせず、ここをクリックして名曲「Love The One You're With」を聴こう!(ただし細切れ)映像は映画「ブロークバック・マウンテン」から。
2007.01.19
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マイルス・デイヴィス門下生としても知られるジャズ・ピアニスト、ハービー・ハンコックは、1966年のアルバム「Maiden Voyage(処女航海)」がジャズの名盤として知られているが、ワシなんかはフュージョン寄りの名作「Head Hunters」(1973)や、'83年のファンク・アルバム「Future Shock」(写真)を聴く事が多かったりする。「Future Shock」のオープニングを飾る「Rock It」は、ハービーの代表作のひとつであり、後のヒップ・ホップに決定的な影響を与えた名曲。わが国では明石家さんまの番組に使われた事でも、一気に知名度を上げた。ビル・ラズウェルがプロデュース(共作も)を手掛けたこの曲。当時の最先端だったスクラッチ・ノイズを駆使した、ハービー流エレクトロ・ファンクが炸裂するナンバーで、ハードなギター・リフとクールなシンセがエラくカッコいい。サウンド的には、今聴くと古臭いの一言だが、インパクトの強い曲には変わりない。この無機質さとニセモノ臭いビート感は、デトロイト・テクノにも影響を与えたと言われる。ゴドリー&クレーム制作による,ダミー人形達が怪しげな動きを披露するPVも、いかがわしさ満点!チャート的には全米71位(ただしブラック系チャートでは1位)という結果に終わったが、歴史的意義も含めて、インスト・ファンクの定番として記憶に残る一曲だ。「Rock It」のPVはここをクリック!アルバム「Future Shock」は、この曲だけでも買う価値あるでよ~
2007.01.18
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70年代に人気を博した英国の子供番組「The Wombles」は、可愛いモグラ(Womble)のキャラクターが活躍するという内容で、アメリカで言えばセサミ・ストリート、日本で言えばポンキッキ(ーズ)のようなものらしい。当時はNHKでも放送されてた事があったようだ。その音楽を手掛けるのは、マイク・バット。自身も何枚ものソロ・アルバムを発表している、英国音楽の才人だ。上のジャケットは、当時4枚発売されていたアルバムから曲を厳選した、ベスト・サウンド・トラック。バットの職人的なセンスを感じさせる楽曲の数々は、ビートルズ、ビーチ・ボーイズ風からオールディーズやカントリー、アカペラまで実に幅広く、子供向けでありながら、大人のポップ・ファンも充分に楽しめる、質の高いものばかり。このシリーズから8曲のヒットが生まれており、その中にはロイ・ウッドと共演した「I wish it could be a wombling merry christmas every day」も含まれていたりする。小西康陽氏も推薦するウォンブルズ・ミュージックは、ポップス/ソフト・ロック・ファンなら見逃す手はない、優れたブリティッシュ・ポップ・アイテムだ。ここに紹介する「Wombling Song」は、ウォンブルズのテーマ曲といえるナンバーで、1974年に全英4位を記録。親しみやすいメロディはもちろんの事、のどかなフレンチ・ホルンの音色、広がるようなストリングス、そして弾むようなシャッフル・ビートがウキウキするような一曲。可愛らしいウォンブルの映像と一緒に見ると楽しさも倍増!つーコトでここをクリック!アニメにしろ音楽にしろ、本当に良いものにはオトナもコドモもないのさ(´ー`)
2007.01.16
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デヴィッド・ボウイが先日還暦を迎えたそうだが、彼とは切っても切れない縁を持つロックン・ローラー、イギー・ポップも今年で60になるそうだ(こちらを参照)。う~ん、イギーに赤いチャンチャンコ着せたいなあ。イギー&ストゥージズ名義の'73年の名盤「Raw Power」(写真)は、ドラッグにより活動停止していたものの、ボウイの援助もあって復活したイギーが、バンドを再編して作り上げたパンク&ガレージな一枚。ボウイは当初、本作のプロデュースも希望していたが、イギーに拒否され、ミキシングを行うにとどまっている。だが、ボウイによる迫力不足のミックスは、イギーのみならずファンからも不満の声が多く、97年になってようやくイギー本人がミックスしたバージョンがリリースされ、現在に至っている。この「Search And Destroy」はアルバムのオープニングにふさわしい爆裂R&Rナンバー。いきなり飛び込んでくる、ジェイムス・ウィリアムソンの轟音ギターでまず即死。ロン&スコット・アシュトンのリズム隊によるハンマー・ビート。そして、イギーの猥雑で噛み付くようなヴォーカル。これらが一体となった、スピーカーを突き破らんばかりの破壊力は、まさに音のナパーム弾。レッド・ホット・チリ・ペッパーズをはじめとして多くのバンドがカバーしているこのナンバーは、ロック・ファンにとって、まさしく「聴かずに死ねるか」の一曲。コレを聴けば、そこらへんのパンク・バンドが束になっても、イギーの足元にも及ばないという事が分かろうというもの。アルバム「Raw Power」は、この曲の他にもカッコ良すぎるロックン・ロールがぎゅう詰め。パンク・ファンはもとより、全てのロック・ファンは迷わず購入すべし!つーコトで、「Search And Destroy」を聴くにはここをクリック!俺はたんまりとナパーム弾を隠しチーターのように街を歩いているんだ俺は原子爆弾の申し子なんだ俺は世界から見捨てられた子供ただ破壊をもとめてうろつき回ってるのさねえ君、どうか俺を助けてくれないか誰かが俺の魂を救ってくれなきゃ自分自身が爆発しそうなんだ※ポム・スフレのメイン・ホームページではイギー・ポップの名盤「Raw Power」について取り上げています!
2007.01.15
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「Revolver」収録の、ジョン作の気だるい一曲。「ポール爆発!」といった感じのコテコテな「Eleanor Rigby」の後に続くこの曲は、ジョンの実験精神が程良く滲み出ていると共に、心地良い脱力感に包んでくれるナンバーだ。ホワイト・アルバム収録の「I'm So Tired」といい、こういう感覚の曲を作らすとジョンはウマイなあこのアルバムでの、実験色濃いジョンの曲としては、「Tomorrow Never Knows」が有名だが、僕なんかは、若干メロディアスで憂いのあるコーラスが効いた、こっちの方が好きだ。「Revolver」収録という事もあって、もっと凝ったサウンドをイメージしていたが、実際はジョンのアコギを肝としたシンプルなものであったりする。ポールのベースも要所要所で、しっかりとキメのフレーズを披露している。有名なのは、効果的に挿入される「ほわ、ほあ~ん」というトリッキーなフレーズで、録音したギターの音を逆回しにしたその音色は、偶然聴いたテープの逆回転から着想を得たのだとか。実際録音するにあたっては、一度楽譜を起こし、それを逆に演奏した上でテープを逆に回す、と手の込んだ方法が取られている。ジョン言う所の「人生を夢に描いた」この曲にピッタリの、幻惑的で美しいフレーズだ。テープの逆回転を効果的に使用した作品としては、ロック史上最も早いものとして知られるが、同じ逆回転サウンドを使ったアルバムでは、フランク・ザッパの「Freak Out!」が数ヶ月早かったりする。ややヘタレっぽく聴こえる、ここでのジョンのヴォーカルも、テープ・スピードの回転を早めたもの。ジョンのヴォーカリストとしてのピークは、「A Hard Day's Night」から「Help!」あたりまでで、ビートルズ後期からソロ以降は、歌声がどんどんヘロヘロになっていくのだが、その片鱗はこの辺りでも既に見て取れる(笑だが、そんなジョンの歌声が何とも気持ち良く響く事もある2007年1月14日の日曜日。納豆売ってねえぞゴルァ!朝早く 目を覚ます枕から頭をあげてもまだあくびうとうとと夢をみながらベッドの中で天にも昇る心地だどうか起こさないで揺すったりしないでそっとしといてくれこのまま眠っていたいんだ※ポム・スフレのメイン・ホームページはこちら。
2007.01.14
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一週間程前から「ポリスが再結成?」とかナントカで騒がれているようですが、結局今の所はハッキリしないみたいですね。スティングを中心として'77年に結成された、この3人組(当初は4人だった)。何といっても有名なのは、'83年のビルボード年間No.1シングルとなった「Every Breath You Take」(8週間全米1位)で、その曲を収録したアルバム「Synchronicity」を最後に彼らは活動停止してしまうのだが、その当時、僕はまだ洋楽を聴いていなかった(ちなみに「シンクロニシティ」という言葉を覚えたのも、後追いで聴いたこのアルバムがキッカケだった笑)。そんな僕にとって、かろうじて唯一の「リアルタイム・ポリス」となったのが、この曲である。「Don't Stand So Close To Me(高校教師)'86」と名付けられたこの曲が発表されたのは、読んで字の如く1986年。'81年の彼らのヒット曲のセルフ・カバーであり、同じ年にリリースされた、ポリス初のベスト盤「The Singles」の目玉として録音された企画シングルだった。オリジナル・ヴァージョン(全米10位・全英1位)が、どこかパンク的な焦燥感を持っていたのに対し、このリメイク・バージョンの方は「Every Breath You Take」を思わせる、ゆったりとした仕上がり。まるで「『Every Breath You Take』があれだけアタったんだから、こうするっきゃないでしょ」と言わんばかりのようでもあったが、レコード会社の意向もあったのだろうか?この曲は、当時のラジオやMTVなどでやたらと流れており、僕もシングルを購入するまでもなく、すっかり歌えるようになってしまっていた。話題になった割りにはさほどヒットしなかった(全米46位・全英24位)このヴァージョンだが、僕にとっての「高校教師」といったら、まぎれもなくこちらの方である。「ポリス再始動か?」という噂も当時は飛び交ったようだが、ゴドリー&クレイム監督によるそのPVは、そんな期待を抱くファンに対する引導であるようにも思えた。だが、結局正式な解散表明は出される事なく、三人はそれぞれの道を歩んでいった。ポリスのアルバムはどれも好き(個人的なベストは1st)だが、ただでさえ歯切れの悪いフェイド・アウトだったんだし、「いまさら中途半端な再結成はしてほしくないなァ…」というのが、リアルでポリスを体験できなかった僕の心境であったりする。つーコトで「Don't Stand So Close To Me '86」のPVはここをクリック!
2007.01.13
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80年代を代表するグループのひとつであるThe Carsは、リック・オケセイックの独特なマイナー・ポップ感覚と、ライトで無機質なキーボードを武器に、ヒット曲を次々と生み出した5人組で、スタイリッシュなヴィジュアル・センスや、リックとベンジャミン・オールという二人のボーカリストを擁した編成も売りだった。また、グレッグ・ホークスによるピコピコしたキーボード・サウンドは、後にウィーザー(リックがプロデュースを務めた)に受け継がれるなど、その影響はパワー・ポップにも及んでいたりする。カーズのアルバムはどれも良質だが、代表作として挙げられる事が多いのは、'84年の五作目「Heartbeat City」(写真)。AC/DCやデフ・レパードなどで知られるプロデューサー、ロバート・ジョン・ラングを迎えて制作されたこのアルバムは、全篇エネルギッシュかつキャッチーな内容となり、彼らにとって最大のヒットを記録する一枚となった。この「You Might Think」は、アルバムからの1stシングルで、全米7位を記録。まさに80'sな、軽~いキーボードの音色からして、何とも楽しい気分にさせてくれるこの曲は、リックの人を喰ったようなボーカルと、トボけたようでいて、とてもポップなメロディが小気味良い一曲。このキーボードの音色は、今聴くと脱力と紙一重とも言えるが、このチープさもカーズの魅力というもの。エリオット・イーストンのギターも、何気に曲を引き締めている。だが、その楽曲以上にインパクトがあったのは、この曲のPVで、そのシュールでコミカルな内容はとにかく見ていて楽しい。キング・コングのパロディはもとより、劇中で史上最低の映画として名高い「Robot Monster」(1953年)が使用されているのがソソる。無表情なリックがハエになって飛ぶのも、なんともシニカルだなあ。このPVは、第一回MTV大賞を受賞した作品として、忘れられない一本となった。おまけにリックは、PVに出てくる女優と後に結婚するなど、オイシイとこ持っていきすぎ。人生って不公平だなあだが、この後'87年にリリースした6th「Door To Door」が思うような成果を上げられなかったカーズは、翌年あっさり解散。リックはソロ活動やプロデュース業を行う一方で、2000年にはベンジャミンが逝去してしまった事により、カーズというグループは「80年代の思い出」として永遠に封印される事となった…かと思いきや、2006年には、エリオット・イーストンとグレック・ホークスが何とトッド・ラングレンを迎えて、リックもベンジャミンもいないカーズ(New Cars名義)を再編するという信じがたいマネをしてくれた。そのNew Carsも思った程悪くはなかったが、やはり僕にとってのカーズは、リックやベンジャミンの歌声と共に、80年代で止まったままだ。つーコトで「You Might Think」のPVはここをクリック!ベンジャミンの歌声が切ない「Drive」(全米3位)はこちら。※ポム・スフレのメイン・ホームページでは、カーズの傑作アルバム「Heartbeat City」について取り上げています!
2007.01.12
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1990年にブラジルでベスト・セラーになったドキュメンタリー小説「ボサ・ノヴァの歴史」は、ほとんど「ジョアン・ジルベルト物語」といってもいいくらい、ジョアンを中心に語られているらしい。ジョアン・ジルベルトという男が、ボサノヴァという音楽において、そしてブラジル音楽史において、どれだけ重要な人物であるかを物語るエピソードである。ボサノヴァを代表する名盤として知られる1963年のアルバム「Getz/Gilberto」(写真)は、ジョアン・ジルベルトに、これまたブラジルを代表する名作曲家アントニオ・カルロス・ジョビン、そしてテナー・サックスの巨人スタン・ゲッツ、という3人の天才がコラボレートして録音された一枚で、その年のグラミー賞も受賞した、ボサノヴァにおける記念牌的な一枚。スタン・ゲッツは'62年にジョアンの名曲「Desafinado」(アントニオ作曲)を取り上げて、全米トップ20に送り込んだ実績もあり、ボサノヴァを世に知らしめるのに一役かった人物でもある。さて、このアルバム。この3人を軸にボサノヴァの名曲が次々と演奏されていくという内容で、アルバム・タイトルにはスタン・ゲッツの名前が先に来ているものの、音楽的には「ジョアンのアルバムにゲッツが参加した」といった趣になっている。また、本作に飛び入りで参加した(誤解という説もある)アストラッド・ジルベルトは、ジョアンの当時の妻であり、歌うのはこれが初めてだったという。本盤のオープニング・ナンバー「The Girl From Ipanema(イパネマの娘)」は、アントニオ作のボサノヴァ・スタンダードで、英語で歌うアストラッドのヴォーカルをフューチャーした、ここでのヴァージョンは、世界的なヒットを記録した。ジョアンの涼しげなヴォーカル&ギターと、アントニオの控えめなピアノが醸し出すクールな感触が何とも言えない。アストラッドの素人ボーカルも淡白な味わいがある。賛否のあるゲッツのサックスについては、ミックスの悪さ(音デカ過ぎ…)もあって、野暮ったく聴こえてしまう所があるのは確か。だが、ここで聴ける心地よい緊張感は、やはりゲッツの参加あってのものだろう。ボサノヴァの神様とジャズの巨人が微妙なバランスで渡り合うこのトラックは、ジャンルに関係なく一度は聴いておきたい名演である。※ポム・スフレのメイン・ホームページでは、名盤「Getz/Gilberto」について取り上げています!
2007.01.11
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ポップでキャッチーなロックが大好物なワシにとって、いわゆるグラム・ロックというのは欠かせないジャンルなのだが、その中でもスウィートというグループは特に忘れがたい存在である。'68年にデビューした4人組の彼らは、70年代に入ってから、ソングライター/プロデューサー・チームであるチン&チャップマンと組む事によってヒットを連発。この時期の「Little Willy」「Poppa Joe」「Wig Wam Bam」「Teenage Rampage」「Blockbuster!」といった一連のヒット曲は、バブルガムでスウィートな名曲群だ。だが、オリジナル志向を強めていった彼らは、後にチン&チャップマンと決裂。70年代中頃からはハードなサウンドを中心としたオリジナル曲をヒットさせていく。'75年7月発表のシングル「Fox On The Run」は、メンバー自らの作曲による軽快なミディアム・テンポのナンバーで、全米5位、全英2位のヒットを記録。イントロにおける、テクノ・ポップを先取りしたシンセのビートと、続いてなだれ込んでくる前奏の破壊力。メロディアス、キャッチー、コンパクト、単純というポップスに必要な要素が全て揃った楽曲。加えて、クイーンも真っ青なコーラス・ワーク(というかデビューはSweetの方が先)とハードでカッチリまとまった演奏は、もう120点満点の出来。ポップス・ファンからハード・ロックのファンまで幅広い層にアピールする魅力を兼ね備えてると共に、今聴いても全く古くない、70年代ブリティッシュ・ポップの傑作だ。オリジナル・アルバムでは4枚目の「DESOLATION BOULEVARD」に収録されているが、様々な形で発売されている彼らのベスト盤で聴くのが手頃だろう。なお、「DESOLATION BOULEVARD」は、タイトルとジャケットは同じだが曲目が違うという編集盤(アメリカ盤?)が発売されていた事もあった。アイドル的要素も強かったためか、評論家筋からは評価が低いが、このグループが後の世代に与えた影響は決して小さくなく、デフ・レパードをはじめとした多くのHR/HM系アーティストが彼らの曲をカバーしている。また、グラム・ロックと呼ばれるアーティストの多くはパンクに影響を与えたが、このグループもそのひとつで、特に「Ballroom Blitz」「Hellraiser」などの演奏で聴ける疾走感はパンクそのものである。'79年にはヴォーカリストである、ブライアン・コノリーが脱退。残った三人はトリオで活動を続けたが、'82年に解散。'85年には「It's the Sweet Mix」というスウィートのヒット曲をメドレーにしたダンスチューンがヒットする。そして同年、コノリーが単独でスイートを再編成。Newスウィートとして活動を始めた。すると86年、アンディもミックを誘い、別のスウィートを一時的に再結成しツアーを行った。この時期スウィートの名前を巡って、両者が裁判で争った事もあったという。いつの時代もやる事は同じやねえ(´ー`)ブライアン・コノリーは1997年に、ドラマーのミック・タッカーは2002年にそれぞれ逝去。オリジナルでのスウィートはもう見る事はできないが、彼らの残した音楽は不滅であろう。つーコトでスウィート3連発!まずは「Fox On The Run」を聴こう。ここをクリック!映像はワンピから。ピート・タウンゼントも絶賛した「Teenage Rampage」はこちら。愉快痛快なポップ・ソング「Blockbuster!」はこちら。他にも名曲は山程あるぞ!We Want Sweet!We Want Sweet!
2007.01.09
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そーいえば今日は成人式ですね。式場で暴れたりする元気な若者は、今年もいるのかな?大人の仲間入りをした彼らのために、今日はブルース・スプリングスティーンの隠れた名曲を。この「Growin' Up(成長するってこと)」は、ブルースのデビュー・アルバム「Greetings From Asbury Park」(写真)に収録のナンバー。美しいピアノの響きに導かれて始まるこの曲。荒削りなフォーク・ロック・サウンドの中に光る繊細なメロディと、躍動感あるブルースの歌声が強いインパクトを残す名曲だ。叩きつけられるように出てくる、イメージ豊かな言葉の数々。ここでは「成長する」という事に対する葛藤が、ストリートに生きる若者の視点から奔放に、そして詩的に描かれている。レコード会社は元々、ブルースを「ボブ・ディランの後継者」的な扱いで売り出そうとしたらしいが、この1stアルバムにおける詩人としての彼は、確かにディランを思わせる。それと同時に、後に"Boss"と呼ばれる事になる男の類まれなる才能と個性が、この時点ではっきりと示されている。ブルースの曲の中でも決してポピュラーとは言えないこの小品は、発表から34年経った今でも、彼のライヴで歌われている。また、発表当時は全く売れなかったこのアルバムに収録されている「Blinded By the Light(光で目もくらみ)」は、後にマンフレッド・マンズ・アース・バンドのカバーによって、全米1位('77年)に輝いている。「Growin' Up」を聴くにはここをクリック!俺は真夜中、一人の仮面舞踊会で石のように立っていたばっさり髪を梳かし、夜の旅団に命令した痛みにさらされ、雨に降られ、曲がった松葉杖で歩いた死の灰が降った跡を一人で歩いたが、魂は汚染されなかった群集の混乱した怒りの中に俺は身を隠した彼らが座れと言った時、俺は立ち上がった成長するってのは大変な事
2007.01.08
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1967年11月に発表された、ポール作のシングルで、全米、全英共にNo.1を記録。B面だった、ジョンの「I Am The Walrus」と共に、アルバム「Magical Mystery Tour」に収録。その他、いわゆる青盤や「1」などの編集盤でも聴ける。イギリスではパイロット、日本ではチューリップの大先輩にあたる、ストレートで甘~いポップナンバーだ。つーか、チューリップは「魔法の黄色い靴」で、この曲のワン・フレーズをサンプリングしてるし聴き手の心をわし掴みにするメロディが、冒頭からいきなり飛び出してくるという構成。ヒラウタとサビの区別があまりない、というか全部がサビと言ってもいい楽曲の完成度は、才能垂れ流し状態だった、この時期のポールを象徴するものだ。同時に、「まさにシングル向けのキャッチーさ」を持った曲ではあるものの、あまりにも屈託のない、ツルツルのポップさ具合は、ビートルズというよりポールのソロに近い、とも言える。「そういう匂いがぷんぷんだろ。シングル用の曲を書こうとしたんだ。いい曲じゃないけど、終わりの部分はいい。」とはジョンのコメントだが、この曲に対するビミョーな気持ちが伺えると共に、なんとなく納得もできてしまう。ヴィオラの音が印象的なサウンドと華やかなコーラスに包まれたこの曲。昔は軟弱に思えて、あまり好きになれなかったが、今では聴くたびに甘酸っぱい気持ちにさせられる。特に、ドレミファソラシド~♪のメロディで歌われる「Hello Goodbye Hello Goodbye」のコーラスには泣ける。この部分、何度聴いても一緒に口ずさんじゃうんだよなあ(´ー`)マラカスの音が添える爽やかな躍動感、絶妙のタイミングで入るスライド・ギター、深いリヴァーブに包まれた「わわわわわ・わ・どぅゆせえぐっばい・ぐっばい・ばばばば…」のフレーズ、そしてフェイントを効かせたエンディング。頭から終わりまで、ポールの魅力がぎっしり詰まった名曲だ。2002年のポールのワールド・ツアーでは、コンサートのオープニング・ナンバーにもなった。「Hello Goodbye」というタイトルも非常にイイのだが、これって直訳すると「こんにちは さようなら」…語感って大切なのね「Hello Goodbye」を聴くにはここをクリック!ポム・スフレのメイン・ホームページはこちら。
2007.01.07
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ちょっち遅いけど、みなさん、あけおめ&ことよろです!つーコトで、ポムブログ2007、サクッとスタートだ!今年の第一発目は、愛とサイケに満ちた、この曲でいってみよ-!1983年にデビューしたデュオ、Tears For Fears(以下TFF)は、1stアルバム「The Hurting」が、いきなり全英1位を記録。続く2ndアルバム「Songs From The Big Chair」(1985年)は、さらに世界的な大ヒットとなり、ローランド・オーザバルとカート・スミスの二人は、一気にスターダムにのしあがった。アルバムからは、「Shout」、「Everybody Wants To Rule The World」が全米No.1を記録。日本でもCMで使われたその2曲は、当時洋楽を聴き始めたばかりの僕も大好きで、カセット・テープに録って、よく聴いたものだ。さらなる飛躍が期待されたこのデュオだが、その後の彼らは4年間の沈黙に入る。「出せばヒットが約束されている」という、超大物アーティストならともかく、移り変わりの激しいポップ・ミュージックの世界において、まだアルバムを二枚しか出していない若手の、4年間というブランクはかなり長く感じられた。その間、これといった活動も情報もなかったTFFに対して、当時の洋楽ファンも「そんなんで大丈夫なの?」という反応だったように思う。そんな事もあって、この「Sowing The Seeds Of Love」が発表された時には、僕も「やっと出たかあ~」という印象を、まず持った記憶がある。アルバム「Seeds Of Love」からの1stシングルであるこの曲は、1989年に全米2位・全英5位のヒットを記録。「皆が期待していたTFF」とはちょっと違う曲調とサウンドに、最初は「アレ?」となったものの、堂々たる風格と完成度を持ったその仕上がりには、「待たされた甲斐があったなあ」と一人で納得したものだ。ポジティヴなメロディと中期ビートルズを彷彿させるサウンドは、それまでの彼らにはなかったものだが、とびっきりのキャッチーさと練りに練られたプロダクションは、グウの音を言わせぬインパクトがあった。特にサビにおける開放感は、今聴いても感動的だ。ローランドの力強いヴォーカルと、カートの透明感ある歌声、という対比も実にいい。五分半という長さを全く感じさせない、完璧な一曲だ。サウンドがビートルズっぽい、というのは当時から散々言われた事だが、ビートルズへの憧憬をダイレクトに表しながらも、あくまでTFFならではのポップ・ソングに仕上がってる所に、彼らの非凡さを感じさせる。アルバム自体も佳曲揃いで、磨き抜かれたサウンドと構成は、素晴らしいの一言。特大ヒットとなった2nd程のような派手さには欠けるものの、本作も負けず劣らずの大傑作だ。しかし、こんな名盤が中古屋で300円で売られている、という日本の状況はあまりにもお寒い。TFFはこの後、すぐに空中分解してしまい、1993年には、ローランドによる「ひとりTFF」のアルバム「Elemental」が発表されたりもしたが、2004年には二人による再結成アルバム(未聴)が発表されている。つーコトで、「Sowing The Seeds Of Love」のPVはここをクリック!2007年はみんなで愛の種を蒔こうぜ!
2007.01.06
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