全29件 (29件中 1-29件目)
1
![]()
最近ユニクロの宣伝に出てくる、あの、その、「ブラトップ」っていうんですか? 女優の吹石一恵さんが大胆にも衆目の中、着てみせる奴。 あれは・・・・、ああいう着方でいいのですか? 下から履くの? 上からかぶるのではなくて?これこれ! ↓吹石さん、その着方でいいの? 私は男ですので、多分永久に着ることのないタイプの服ですから、どうでもいいっちゃ、いいんですけどね・・・。ま、ちょっと疑問に思ったものですから。 さて、「エコ替え」などというわけの分からん言葉まで登場する昨今ですが、ついに我が家にもエコな電球が登場しましたよ~。 ダイニング・テーブルの上にかかる照明の電球が切れてしまったので、その替えを買いに近くの電気屋さんに行ったのですが、私が求めていた白熱電球は売り場の端っこの方に追いやられ、その代わりに白熱電球のソケットで使える蛍光灯(電球形蛍光ランプ)が大宣伝と共に売られているじゃあ、あーりませんか。 ま、いつもであれば、そんなものには目もくれず、いつもの白熱電球を手に取るところなんですが、今日はどういうわけか気が向いて、その電球形蛍光ランプを手に取ってみた、と。 すると・・・ナニナニ、100ワット白熱電球と同じ明るさで3倍長持ち、しかも消費電力は80%オフですと・・・。そんなに違うのか・・・。 が、値段も前々違います。普通の白熱電球が330円なのに対し、電球形蛍光ランプは1680円!? これじゃ、3倍長持ちでも元がとれないじゃん! ・・・いや、電気代を考慮すれば、元はとれるのか・・・。ン? どうなんだ? と、しばし逡巡した挙げ句、ついに電球形蛍光ランプの方を買ってしまったワタクシ。 いや、言っておきますが、私、「エコ」志向のいい人では決してなく、普通の人以上にガソリンを消費して自動車をぶっ飛ばしておるような人間でございます。所詮、人間はこの地球にダメージを与えながら存在しているので、多少のエコ志向なんぞ単なる自家発行の免罪符に過ぎない、という気もしますし。もちろん、普通の人並みには地球を汚すことに抵抗がありますが。 ですから、私が電球形蛍光ランプを買っちゃったのは、出来心というか、単なる興味本位なんでーす、ガーン! で、そいつを早速、ダイニングの照明器具にセットしてスイッチ・オン! すると・・・ ン? 何だこれ。何だ、この薄暗さは。全然「同じ明るさ」じゃないじゃん! と思ったのも束の間、次第に調子を上げてきた我が電球形蛍光ランプ君は、段々明るくなって、ついに眩しいほどの明るさに到達したのでありまーす。 ほ、ほう。ウォームアップが必要なのね。 でも、明るさだけでなく、明るさの質も白熱電球のそれに近いし、昔の棒型蛍光灯みたいにチラチラしないし、なかなかいいんじゃないの、これ。これで電気代80%オフなら、文句ないかも。 ということで、図らずも「エコ替え」が始まってしまった釈迦楽家のダイニングだったのでありました。ちょっと初期投資がお高いですけど、電球形蛍光ランプ、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓【今話題のECO省エネ電球】電球形蛍光ランプ《省エネ電球》東芝[TOSHIBA]ネオボールZ 100ワット...
May 31, 2008
コメント(8)
あーあ! またシャマランのツマラン映画を見てしまった・・・。 M・ナイト・シャマラン。監督の名前で客が呼べる人だと言われていますが、私はぜんっぜん評価しませーん。アホらしい映画ばかり撮る奴という印象しかないです。 で、そんなに評価してないのなら、彼の映画なんか見なければいいのですが、その作品のあまりの馬鹿馬鹿しさ見たさについ見てしまうという・・・。ほとんど自虐の域ですね。 で、今日も『ヴィレッジ』なる映画を金曜ロードショーでやっていたのを、つい出来心で見てしまった、という・・・。そして・・・ アホくさーーーい! もうあまりにも馬鹿馬鹿しくて粗筋を言うのも口の穢れなんですが、現代社会の中で様々な暴力的事件に巻き込まれ、親族やら愛している人を失った人たちが、とある森の奥に入って時代錯誤的な、というのか、一種アーミッシュ的なコミューンを作った、という話なんですな。で、子供や若い連中がこのコミューンから抜け出して近くの町に行ったりして、うっかり現代社会に触れないよう、コミューンを取り巻く森の中には「魔物」が住んでいるという荒唐無稽な話を作り、脅かし続けていた、という。ったく、ご苦労さんなことでございます。 だから、こもコミューンではまともな薬もないわけ。ですから、病気になった子供など、あっさり死んでしまったりする。 ところがある若いカップルが結婚することになったのを妬んだ男が、相手の男を刺して瀕死の重傷を負わせてしまったので、フィアンセの女性が彼を救うため、盲目であるにも係わらず、コミューンを抜け出して町へ薬を取りに行くことを決意する、みたいな展開になるんです。で、仕方なくコミューンのリーダーの一人が、彼女にコミューンの真実を告げ、彼女が町へ出ることを許可する、と。 で、彼女は無事に町に行き、たまたま親切な森林警備隊の若者の助けを得て薬をゲット。フィアンセを助けることができましたとさ・・・。 ・・・何だこれ? あり得ない話。そもそも、コミューンの設定自体あり得ないですよ。若い世代がコミューンを取り囲む森を恐れるように仕向けるため、大人連が口裏合わせてお化け話を作り出し、お化けの着ぐるみまで作り、たまにはこれを着て子供達を脅かしたりするなんて、悪趣味の極致でしょう。 しかも、この秘密を守るため、いたいけな病気の子供が薬もなく死んでいくのを放っておいたりするわけでしょう? どういう精神構造なんだろう? そのくせ、主人公となる若いカップルを助けるために、盲目の娘が町へ行くのは最終的に許可するんだからなあ・・・。ますます意味が分からん。 大体、コミューンの秘密をばらしてしまった上で、なお盲目の娘に薬をとりに行かせる意味がわかりません。目が見えない娘が、初めて入る森の中で道に迷わないはずがないじゃないですか・・・。 もっとも、この娘はちゃんと町まで行って帰ってくるんですけどね・・・。 あと、映画の最後で、今後もこのコミューンを維持する、ということがリーダーたちの間で合意されるようですが、秘密を維持している大人たちが年をとって、着ぐるみ着るのもしんどくなってきたらどうするつもりなんだろう? 次の世代に「実は今までお前たちを騙しておったのじゃ。森に魔物なんかおらん。じゃが、これからはお前たちがお前たちの子供たちを騙す番じゃ」とか言って、伝統の着ぐるみ芸を引き継ぐ予定なんだろうか? ってな具合で、話の筋も矛盾だらけなんですが、それだけでなく、作劇術もまったくなってなくて、例えばコミューンのリーダー格の人と、シガニー・ウィーバー演ずるところの未亡人とが、どうやら密かに思い合っているらしい、ということが映画の中で何度もほのめかされるのに、結局、二人のロマンスは映画の筋とも何ら絡むことなく放置されるという・・・。じゃ、なんのための脇筋なんだよ? さらに、この森がどうして現代社会から切り離されたままでいられるのか、という秘密について、森林警備隊の人がペラペラしゃべって映画を見ている観客に教えるというところも芸がなさ過ぎる。 それに俳優の使い方もまるでなってなくて、先に述べたシガニー・ウィーバーの他、エイドリアン・ブロディとか、石原良純(じゃなくてホワキン・フェニックス)など、名のある俳優を使っているにも係わらず、彼らをまるで活かしていない。 要するに、この映画、最悪です。もはや手のつけようがないね、M・ナイト・シャマラン。これからはツマラン映画、締まらん映画、しょうもない映画のことを「もう、なんと、しゃまらん映画!」と言うことにしましょう。 というわけで、この映画に対するワタクシの印象批評点は・・・ 「3点」でーす! 出ました、久々の一桁点! 今年のワースト映画候補の最右翼だなあ。 M・ナイト・シャマラン監督の『ヴィレッジ』、まだ見てない方は、見てないことの幸福に感謝しつつ、絶対に見ないことを力強くおすすめ!しまぁす。時間の無駄でーす。
May 30, 2008
コメント(6)
研究室で使っている愛用の iMac がついにお陀仏になりつつあります・・・。 しばらく前からネットに接続できなくなっておりましたが、ついに「ワード・フォー・マック」も動かなくなりました。いや、ギリギリ動きますけど、スクロールするにも1行動くのに2秒くらいかかるという。もう、ダメかな・・・。 十数年というもの、絶え間なくマックを使って来ましたが、ついにしばらくマックとサヨナラする時が来たのかも知れません。 ということで、このところ、この十数年の間、マックで作成してきた様々な文章を、ワード文書に書き換え、ウィンドウズ・マシンに移し替える作業に没頭しております。いわば「文章のお引っ越し」です。 とはいえ、何しろ十数年もの間書き溜めた文章群ですから、分量的にも相当なものがあります。もちろん、捨ててしまってもいいものもありますが、中には再利用が可能なものもあるし、単なる思い出としてとっておきたいものなどもある。そういうのを選んでワードに書き換えているわけですが、何しろこの作業を行っているマック自体が臨死状態ですから、時間がかかるんだ、これが・・・。 でもね、これが結構楽しかったりもするんです。我ながら書いたことも忘れていたような内容の文章がひょっこり出てきたりしてね。例えば随分前に担当していた授業の講義ノートとか。ああ、昔は結構真面目に講義ノート作っていたんだなあ、という感慨があります。これ、ちょっと書き直せば論文として通用するじゃん、なんてのもあったりして。マジ、リサイクルしちゃおうかな・・・。 あと、読み直して楽しいのは大昔の手紙の下書きですね。旅行中の日記なんかも再読すると笑える、笑える。 あー。こういう文章を、マックで書いてきたんだなあ・・・。マックよ。お前は可愛い奴だった。別れるのが、ツライぜ・・・。 とはいえ、ワープロさえ動かないのではどうしようもありません。いよいよ、私のパソコン生活もオール・ウィンドウズ体制になる日が近そうです。 かくしてマック・ライフとの(しばしの?)決別の準備として文章のお引っ越しをしつつ、ひとりちょっとしたタイムトリップを楽しんでいるワタクシなのでした。今日も、いい日だ!
May 29, 2008
コメント(2)
今日、私も係わっている大学出版会の編集委員会があったのですが、まあ、大学上層部、および事務方のビジネスセンスのなさに呆れるやら、ガッカリさせられるやら・・・。 例えば出版会設立1年目の出版・販売状況の表が資料として配られていたのですが、どの本が何部売れた、ということしか書いてない。で、報告として流されそうになったので、ワタクシ、颯爽と手を挙げてぶちかましてやりましたわ。「で、結局、出版会はいくら儲かったんですか?」とね。 だって、いくら儲かったかの報告がない収支決算報告なんて、ビジネスとしてあり得ないじゃないですかっ!! で、事務方がしばらく協議した結果、出てきた数字が「おおよそ100万円」ですと。 で、すかさず私、問いただしました。「その100万円の使い道は? その報告がないようですが・・・」。 連中、何と答えたと思います? 「大学の会計に入れてしまいました」ですって! おえっ!? なんで出版会の収入を大学の会計に入れちまうんだよっ! 我々編集担当委員たちが苦労して稼いだ100万円を、どうして出版会の資産としてキープしておかないんだっ! で、猛抗議をしましたよ、私。おかしいじゃないか、と。すると、居並ぶ理事&学長補佐連が何と言ったと思います?「いや、釈迦楽さん、出版した時のお金は、大学から各先生方に配分した研究費などで賄っているのだから、そこから出た収入は大学のものじゃないですか?」ですって。 馬鹿言っちゃいけない。大学から配分される研究費の使い道なんて、それぞれの教授の勝手じゃないですか。そのお金で本を買う人もいれば、パソコン買う人もいれば、文房具を買う人もいる。で、そうやって使ったお金は、もう大学のもとには戻らないわけですよ。使っちゃったんだから。 ところが、先生方の中には研究費の一部を使って本を出版し、それを売って利益を出している人たちがいて、そこから上った収入が貯まり貯まって100万円の王台に乗った、と。つまりこの100万円は、出版会が存在しなければ生まれて来ない100万円です。 だったらこの100万円は、大学とは無関係の、出版会の収入と見るべきなんじゃないの? 逆に、もしこれがあくまで大学の金だと言い張るのなら、文科省への会計報告、どうするわけ? 研究費としてある予算を使い切ったと報告しておきながら、実はその中の100万円は大学の資産として実質キープした、ということになるじゃないですか。それ、裏帳簿ですよ、はっきり言って。 ・・・ということを、私、力説したのですが、どうもこの理屈が理解されないんだよなあ、大学のお偉方には・・・。 もともと「大学内企業」として立ち上げたはずの我が出版会。しかし、大学首脳部と事務方には、この「企業」という側面を理解していないんですよね。 そのくせ、理事&学長補佐連から出てくるのは、「案外、売れてませんなあ・・・」とか、「このままじゃ在庫が増える一方だ・・・」といった、出版会に対する批判ばかり。もちろん、ワタクシ、「売れないのはなあ、お前らが邪魔して、取次業者と契約を結ばないからじゃ、ボケっ!」という内容のことを(もう少し柔らかい言葉で)言い返してやりましたが。 ああ、もうっ! 100万円も大学に儲けさせてやったというのに、「それはもともと大学のお金だから・・・」と、儲かった事実そのものを否定し、自分たちが販売促進に動かないために売れ行きが悪いのに、さも本の内容が悪いかのような言い方をする大学首脳部。お前ら、みんな出版会を去れっ! 顔も口も出すなっ! 出版ってのはね、出版が好きな奴じゃないと勤まらない仕事なの。出版に興味がないのに、偉そうに出版会に顔なんか出すんじゃねえ! というわけで、今日はいささかご立腹のワタクシなのでございます。やれやれ、こんなビジネスセンスのない連中を頭に据えた出版会の中で仕事しなきゃいけないなんて、わけ分からんなあ・・・。
May 28, 2008
コメント(2)
今、我々の世界では初夏の学会シーズン。先週、今週と週末はちょっとした旅行続き。 ところで、学会で1泊から2泊くらいの旅行をする時、困るのが旅行カバンです。愛用の旅行カバンではちょっと大き過ぎ、旅先でかさばりますし、学会の会場を大きなカバンを持って歩き回るのもちょっと不便。かといって、普段通勤などに使っているカバンだと、旅行用品まで入れるには小さ過ぎる。 で、ビジネス用のカバンを一回りだけ大きくし、1~2泊くらいの旅行用品も収納可能なカバンを探しているのですが、これが案外なくてね・・・。 いや、まったくないというわけではなくて、そういうカバンももちろん売ってはいるんです。出張の多いサラリーマンが使いそうな、ナイロン製のソフトな奴はいくらでもある。しかし、ワタクシ好みのものとなると、これがまったくと言っていいほどない。 私の好みというのは、ソフトなカバンではなく、かっちりして角のたった四角いカバンなんです。アタッシェケースの太った奴、とでも言いましょうか。それも革製じゃなくて、ナイロン製の、ごくごく軽い奴。ほら、『男はつらいよ』の寅さんが持っているカバンがあるじゃないですか。ああいう四角いカバンで、軽いモダンなものと思って下さい。そういうのが欲しいんです。 あ、それからカバンの内側には、仕切りなんかなくてもいいです。とにかく、ごちゃごちゃしてないのが理想。中がガランとした空間なので、外見から想像されるよりもよほど収納力がある、というようなのがいい。 しかし、今、そういうカバンは売ってないですね、どこにも。 実は2年くらい前に家内が「コムサ」系のお店で旅行カバンを買ったことがありまして。で、これがものすごく軽くて、中がガランとしていていいんです。しかも、値段も馬鹿安で、確か2000円代だったはず。 が、残念なことに、このカバンには取っ手と車輪がついていて、ガラガラ引っ張ってあるけるようになっているんですな~。私、カバンは手で運びたい方なので、そういうガラガラはついていない方がいいんです。 私が求めているのは、ほんとにシンプルなカバンなんですけど、そういうのはどこにも売っていない・・・。 ま、不思議なことに、私が欲しいと思うものってのは、何であれ、ことごとく売ってないんですけどね。 ということで、今から探したのでは、今週末の京都行きに間に合いそうもないですけど、もしそういうカバンを売っているお店をご存じの方、ありましたら、ご一報願います。よろしくお願いします。
May 27, 2008
コメント(2)
![]()
広島からの帰り、新幹線の中で青木玉さんのエッセイ集『上り坂 下り坂』(講談社文庫)を読んでいたのですが、この中に面白い言葉、というか面白い食べ物の話が書いてありまして。それは何かと言いますと・・・ 「西瓜舟」です。ガーン! 西瓜舟・・・。うーん、聞いたことのない言葉ですなあ。 で、これは西瓜の食べ方なのだそうで、青木玉さんの説明をそのまま繰り返しますと、「(西瓜の)真ん中の種の少ない所を、スプーンでくり抜いて口へ運ぶ。これ以上の贅沢はない食べ方をした。ほんとうの西瓜好きの人からは睨まれそうだが、あとは西瓜舟にする。かき氷と砂糖を入れて冷たく甘い露を吸った。舟というにふさわしい大きな西瓜は、飲んでも飲んでもたっぷりの甘露が湧いた。ほかの果実が持つ酸味や粘りがない甘さは口に飽きない。体中の血液の半分は西瓜の果汁になってしまったかな、と愚にもつかぬことを思って楽しかった。」(p.25) ・・・とのこと。 しかし、西瓜を割って少しくり抜いた中にかき氷と砂糖を入れると、汲めども尽きぬ果汁が湧き出すって、本当ですか、それ? ちなみにインターネットで「西瓜舟」を検索すると、「西瓜を運ぶための舟」という意味のものは引っ掛かるのですが、西瓜の食べ方としてはほとんど引っ掛かってきません。唯一、以下のような文章が、青木玉さんの「西瓜舟」の記述にマッチするものでした。 「夏の食べ物として西瓜は江戸時代にも人気がありましたが、現在の西瓜のような甘さはなかったようです。『本朝食鑑』(1697)には、西瓜を半分に割り、果肉をえぐって砂糖を入れ、暫くおいてから食べる方法が書かれています。」(江戸食文化紀行 No.16) なるほどこれを見ると、確かに西瓜の食べ方として砂糖を加える方法があったことがわかりますが、これはやはり実を食べるためのものであって、果汁を飲むことを主眼とした「西瓜舟」の楽しみ方とは少し異なるようです。それに、青木さんの記述にあった「かき氷」のことが何も書いてない。もっとも『本朝食鑑』が書かれた17世紀末に、庶民が気軽に「かき氷」を楽しめたとも思えませんが。 じゃあ、青木玉さんが楽しんだという「西瓜舟」というのは何だったのか? 青木玉さんは、何しろ幸田露伴の孫ですから、おそらく「西瓜舟」のこともまた、日本の古い習慣などを熟知していたはずの露伴から幸田文さん経由で玉さんに伝わったのでしょうが、果たしてこれは日本に古くからある西瓜の楽しみ方だったのか・・・? で、今日、大学に行った時に、年配の先生方に「西瓜舟」を知っているかどうか尋ねて回ったのですが、「知っている」と答えた人は皆無、逆に私から「西瓜舟」の楽しみ方を聞いてビックリしている人が多かったという・・・。 ふーむ、事情通のワタクシもついぞ聞いたことがなく、周囲の誰も知らない「西瓜舟」。一体、何なんだ? ま、とにかく、青木玉さんのエッセイを読んで、この「西瓜舟」をぜひ一度試してやろうと思っているワタクシなのですが、もし、これをお読みの方で「西瓜舟、知ってる! 飲んだことある!」という方がいらっしゃいましたら、ご教示下さい。よろしくお願いいたします。これこれ! ↓上り坂下り坂
May 26, 2008
コメント(2)
今日は夏場所千秋楽。今場所は久し振りにカロヤン(=琴欧洲)が実力を発揮して初優勝。良かった、良かった。 ちなみに、このところさっぱり評判の良くなかった琴欧洲。しかし、私は彼の実力を早くから認めておりましたよ~。その証拠に、2006年11月26日の私のブログをご覧下さい。「しかしそんな中、今場所、私がもっとも目を見張ったのは大関・琴欧洲です。不思議なことに、今場所の琴欧洲はほとんど誰からも注目されていませんでしたが、あれは逸材ですよ。たしかに今場所は10勝しかしていませんが、勝った相撲は、凄い内容で勝っています。がっちり両回しを引きつけ、相手の肩口に噛みつく様な姿勢で鯖折り気味に寄っていく時の迫力たるや・・・。あんな凄い相撲見せられて、彼の実力に気づかない解説者たちの目って、ひょっとして節穴じゃない?」 上の文で、「がっちり両回しを引きつけ、相手の肩口に噛みつくような姿勢で鯖折り気味に寄っていく時の迫力」という部分、まさに今場所のカロヤンの相撲そのものではないですか。やっぱり、私のような相撲の見巧者こそ横綱審議委員になるべきだよな~! 皆さんも、そう思いません? ところで、そんな琴欧洲の爽やかな活躍の一方、やってくれました朝青龍と白鵬の二人。この二人の取り組み、ご覧になりました? 神聖な千秋楽最後の取り組みだというのに、まるでや○ざの出入りじゃないですか・・・。 もうあの二人、目にするのも不愉快。横審も少しは責任を感じて、しかるべき処分をしなさい。 閑話休題 さて、相撲はさておき、昨夜、広島大学での学会から戻って参りました~。 今回は金曜に一仕事してから、3時頃名古屋を出発、6時頃広島入りしてホテルに直行。そして土曜日は午前中から会議2つ(計5時間半)に出席、その後友人と広島風お好み焼きを食べながら旧交を温めるチャンスがあったものの、それもあまりノンビリはできず、慌ただしく8時半の新幹線に飛び乗って夜11時に名古屋に戻るというハード・スケジュールぶり。学会を楽しむとか、広島そのものを楽しむ暇はなかったですなあ。 とはいえ、新幹線に乗ってとりあえず遠くに行った、というだけでも、結構楽しいのですけどね。なんと言ってもワタクシ、新幹線大好きだし。ほんと、新幹線ってステキだな! あれは「地上を飛ぶ飛行機」ですね。 それにしても、広島大学の「東広島キャンパス」というところには初めて行きましたけど、まあ、でかいこと、でかいこと。キャンパスのイメージとしては「西の筑波大」という感じ。そういや筑波大の前身たる東京教育大と広島大は、教員養成に関して東西のメッカでしたね。 その代わり、広島駅から遠い、遠い。広島駅から山陽線で西条まで小一時間、そこからさらにバスで20分ですからね。何をするにも不便なところですわ。 だけど、どうなんですかね、こういう郊外型巨大キャンパス。かつて文部省の方針もあって、日本中の大学が都市部にあった伝統の校舎を捨て、郊外に学園都市的な広大なキャンパスを作った時期があり、広島大の郊外移転もその一環だったのでしょうが、今から考えると、これもまた文部省の愚かな方針だったんじゃないかな。 筑波大にしろ、都立大(首都大学東京)にしろ、東京外語大にしろ、広島大にしろ、あるいは中央大にしろ、青山学院大にしろ、郊外にキャンパスなんか作っちゃって、後悔してるんじゃないかしら。青山学院なんて、人知れず厚木キャンパスを手放して、少しずつ都心に戻りつつありますもんね。名古屋でも愛知大学がついに名古屋郊外の三好キャンパスを手放し、名古屋駅の隣の空き地に新キャンパスを作るようですし。 やっぱり、大学ってのはそれぞれの地方の都心部にあって、周囲に美術館があったり、音楽ホールがあったり、図書館があったり、でかい本屋があったり、色々なレストランや喫茶店があったり・・・とにかくゴチャゴチャした雑多な環境の方がいいんじゃないかな、なんて思います。ま、広島大の学生たちがこの広大なだけがとりえのキャンパスに満足してるのなら、何もワタクシが口を出すいわれもないんですけどね。 さてさて、慌ただしい週末もそろそろ終わりますが、来週は来週で京都で学会です。ま、これに参加するかどうかはまだペンディングですが、しばらくは初夏の学会シーズンの混迷を楽しむことといたしましょうかね。
May 25, 2008
コメント(6)
今朝、顔を洗いながら並木路子の「リンゴの唄」を口ずさんでいた(何故?!)のですが、歌っているうちに、この歌の歌詞が案外難解であることに気がつきました。一体全体、この歌はどういう意味なんでしょうか?「リンゴの唄」赤いリンゴに唇寄せて黙って見ている青い空リンゴは何にも言わないけれどリンゴの気持ちはよく分かるリンゴ可愛いや可愛いやリンゴ 冒頭の2行を見ると、赤いリンゴに唇を寄せ、黙って空を見上げている人がいるということが分かります。歌詞からはこの人が男性か女性かは分かりませんが、歌っているのが女性なので、多分女性なんでしょう。 で、彼女曰く、「自分にはリンゴの気持ちがよく分かる」と。 さて、ここで問題です。この時リンゴはどういう気持ちだったのか、50字以内で説明せよ。 ほら。案外、難しいでしょ? この人は何の脈絡もなく、いきなり「リンゴの気持ちが分かる」と言ってますが、・・・しかもただ「分かる」のではなく「よく分かる」と言ってますが、リンゴが心に秘めていた「気持ち」が果たして如何なるものだったのか、ワタクシにはどうもよく分かりません。 あるいは、この読み方自体が間違っているのかな? ひょっとして、歌を歌っている女性とリンゴの気持ちはシンクロしているので、3行目以降の「気持ち」というのは、リンゴの気持ちであると同時に、歌っている女性の気持ちを表していると解すべきなのかしら・・・。すると、「リンゴの気持ちがよく分かる」べきなのは、あるいは、「リンゴ可愛いや」と思っているのは、この歌を聴いている我々自身であるということになりますよね・・・。 うーん、仮にそうだとして、それでもやっぱり彼女がどういう気持ちなのか、「よく分かる」とまでは言い切れないなあ・・・。 それとも、これは恋の歌なのかな? 「唇寄せて」「黙って」というあたりの歌詞を読むと、何となく歌っている女性が今、恋をしているというようなニュアンスが感じられますし。 すると、恋をしている女性がリンゴを手にしながら、ぼんやりと意中の男性のことに思いを馳せている、と。その気持ちを、傍から見ている我々はよく分かる、と。いじらしいなあ、と。そういうことなのかな? しかし、仮にこの解釈が正しいとすると、この歌の文法的な構造とこの歌の意味の間には随分大きな飛躍があるという感じがしますねえ・・・。そんな飛躍のある歌を、人々は正しく解釈していた(いる)のかしら・・・? ということで、どうもワタクシにはこの歌の意味がよく分からないのでした。この歌の作詞はサトウハチローさんですが、彼はどういう意味でこの歌を書いたのでしょうか。 もし、「いや~、この歌はこういう意味なんだよ」ということをご存じの方、いらしたら、ご教示下さい。よろしくお願いします。 さてさて、週末の私ですが、明日から広島に出張でございます。ちょっと更新が途絶えますが、また帰って来てから旅先の噂などを記すと思いますので、どうぞお楽しみに!
May 22, 2008
コメント(6)
年金の問題、後期高齢者医療の問題等々、色々騒がしいようですが、ワタクシ、これら国内問題すべて一挙に解決する秘策がありまして。それは何かといいますと・・・ 「犯罪税」導入でーす! ガーン!! 要するにですね、軽犯罪から重犯罪まで、ありとあらゆる犯罪に税を課す、というものでーす。罰金じゃないですよ、税金、税金。 あれ? 何だろう、この空気。ひょっとしてご賛同いただけなかったとか? じゃ逆に聞こう、犯罪税の何がまずい? (←髭男爵風に) たとえばですね、交通関連の罰金のことを考えてみましょう。現在の法律ですと、酔っぱらい運転は一律30万円の罰金ですね。免許を持つ同乗者がいた場合は、その同乗者も同罪。しかも酔っぱらって事故を起こしたとかいうのではなく、たまたま検問に引っ掛かっただけでも30万円の罰金です。 また、スピード違反のことを考えてみましょう。鼠取りで引っ掛かったら、これまた問答無用で免許減点+罰金です。「10分前に彼女と別れたばかりで、心神耗弱だったんです!」などと主張しても無駄。一度警察官が切符切っちゃったら、その時点でもうおしまい。 つまりですね、これらの法律では、「問答無用」が原則なわけですよ。で、それを我ら日本国民は了承した、と。だったら、これと同じことを他の犯罪にも応用しようじゃないですか。 殺人・強盗・・・こういうのはもう裁判の動向とは別に、とりあえず犯罪が立証された時点で一律300万円くらいとってもいいんちゃうん? 微醺状態で、遵法運転していてさえ30万円なんですから。 コンビニや書店、スーパーでの万引き。これも一回30万はいけそうです。計画性のある窃盗はもう少し重くて50万円。痴漢も50万円。破廉恥な犯罪は一律同額50万円。 大型ゴミの不法投棄やルールを無視したゴミ出し。これは計画性があって悪質だから、捕まったら50万円。空き缶、タバコの吸殻のポイ捨て、これらは30万円でどう。 生徒を自殺に追い込むような苛め。これも十分、犯罪税に値しそうです。もちろん、苛めを見て見ないふりをしたクラスメート全員の家庭にも負担させましょう。酔っぱらい運転同乗者同罪の論理を応用して、ね。「そりゃ、たまらん!」ということで、苛めを止めに入るクラスメートも増えそうです。 それから、もちろん車の不法駐車とかは全部問答無用で30万。30キロ以上オーバーのスピード違反も全員捕まえて30万。暴走族の皆さんなんて、いかにも税負担してくれそうじゃないですか。 つまりね、犯罪なるものを日本の一大「資源」にするわけ。この無尽蔵の「資源」から膨大な額の税金を徴集すれば、現在の日本の年金問題とか、医療費負担の問題なんか、一発で解決じゃない? それにね、もしこの方面の税収が下がってきたとしたら・・・それはつまり、日本がいい国になってきたということで、それはそれで喜ばしいじゃん? それに何と言ってもこの方式だと、税を負担するかどうかが国民一人一人の意志に委ねられるというところがいいよね~。消費税的な間接税と異なり、税金を払うかどうかはこちらの腹積もり次第ですもん。税金を払いたくなければ、犯罪を犯さなければいい。ただそれだけのことですもんね。 ほーら、段々いいアイディアだと思えてきたでしょう? あ、それからね、今、刑務所に入っている人たちの処遇についても改善案がありまーす。 彼らにはですね、家具なんか作らせてないで、希望者全員、地雷の埋められた地域に連れて行って、不発地雷の除去に当たらせるというのはどう? 犯罪の軽重に従って、「あなたは地雷を10個除去したら日本へ帰れます」「あなたは50個掘り出さないとダメ」とかにするの。 もちろん、現地の宿泊施設は、地雷の埋められた地域のど真ん中に作る。万が一「脱走しちゃおうかな・・・」と思ったとしても、それはそれで命懸けです。 でも、これ、きっと現地の人に感謝されるよ~。そのうち、名人芸みたいな服役者が出て、1000個くらい地雷を取り除いてしまう奴が出てきたりしてね。そうしたら、彼には生き甲斐ができるし、日本も感謝される。ノーベル平和賞ものですよ。 ね。いいアイディアでしょう! マイナスをプラスに。犯罪を逆転の発想で活用すべき資源に。これこそが最善の方策。釈迦楽教授考案になるこの「犯罪税」導入案。このブログからスタートさせて、法案成立を目指そうじゃないですか! 日本の未来は明るいぞ~!
May 21, 2008
コメント(0)
書店なんかでただで配っている新刊本案内の小冊子『これから出る本』。私、2週間の一度出るこの小冊子が私は大好きで、レジのところに置いてあれば必ず一部もらって、新刊本の品定めをすることにしているんです。 で、今日も現在出回っている「6月上期号」をパラパラめくって楽しんでいたのですが・・・ ややっ! かの白水社から『猫を償うには猫をもってせよ』という本が出るという予告が載っているじゃ、あーりませんか! 白水社というと、フランス語の語学の本だとか海外文学の翻訳の出版で知られ、その瀟洒な装丁のセンスもあって私なんぞは憧れの出版社の一つなんですが。 ちなみに、ここはJ・D・サリンジャーの傑作、『ライ麦畑でつかまえて』の日本版の版元としても有名。著者であるサリンジャー氏の強情な気まぐれにより、この本は日本では白水社以外からは出版できないことになっているので、長く親しまれた野崎孝氏による旧訳と、村上春樹氏による新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が、同じ白水社から同時に出版されるという妙な事態になっている、なーんてことも、私のようなサリンジャー・ファンには興味深いところ。 ま、それはさておき、この『猫を償うには猫をもってせよ』という奇妙な題は、『もてない男』などの著作で知られる小谷野敦さんのブログのタイトルそのものなんですよね~。何を隠そう、実は私もこのブログは愛読・・・というか、興味を持って読んでいるのですが。で、そのブログが今度、本になると・・・。 なるほどね~、小谷野さんレベルともなると、ブログに書き綴っているエッセイが白水社から本になってしまうわけか・・・。 ま、私は小谷野さんほどブログで戦っておりませず、ただお気楽な日記を綴っているだけですけど、たまには我ながらいいことも書いていますので、出版社関係の方! 『釈迦楽教授、かく語りき』みたいな本でよろしければ、いつでも応談ですよ~。ご連絡お待ちしてマース! ところで、その小谷野さんがいつだったか、私もまんざら関係なくはない日本英文学会の会長、大橋洋一大先生のブログ「rento の日記」をクソミソに貶していたので、どんなもんかしらと思ってたまに読みに行くのですが、これがまたなかなか長大なブログでありまして。大橋先生なんて、何せ東大教授にして英文学会の会長ですから、すごく忙しい方なんだろうと思うのですが、その割にすごく長い文章を頻繁に更新しておられるのにはつくづく感心。 で、内容の方にも感心するかと言いますと、ま、読んでいると知識は増えますね。・・・知識は増えますが・・・、その、何と言いますか、とても勉強にはなるのですが・・・、あーん、それ以上言わせないで! などと言いながら、はっきり言っちゃいますとね、大橋洋一先生のブログは、その~、いかにも東大教授にして英文学会会長がちょっと下界に降りてきました、みたいな匂いのするブログですね。私、どうもその匂いが・・・。どうなのかしら、大橋大先生も、このブログ、いずれ岩波書店あたりから本にして出版しようとか、思っていらっしゃるのかしら? もしそうなったら、英文学会の全国大会でさぞ沢山捌けることでしょう。私は・・・買いませんけど! 私の好みから言いますと、大橋大先生の「rentoの日記」よりもむしろ、最近見つけた安部譲二さんのブログ、「続・八ヶ岳あかげら日誌」みたいな素朴なブログの方が好きかな・・・。ちなみに、『八ヶ岳あかげら日誌』は既に本になっています。私も断然八ヶ岳派ですから、安部さんの本なら買ってもいいです。 ま、小谷野さんの『猫猫』にせよ、安部さんの『あかげら』にせよ、面白いブログが次々と本になるご時世。私もひとつ頑張って、このブログのベスト・オブ・ベストをどっかから出版したりしようかな、などと妄想をしたりしている今日この頃なのでありました、とさ。
May 20, 2008
コメント(6)
マックの100円コーヒー&アイスコーヒー、もう飲まれました? 実は私はどちらもまだなんです。でも、評判いいですよね、マックの100円コーヒー。私の周辺でも絶賛する人が結構おりまして。以前のマックが提供していたコーヒーの平凡さと比べると、月とスッポンだというではないですか。 ちなみにネットの情報によると、どこかの調査会社だかがこの種の店のアイスコーヒーの味比べをやった結果、マックのアイスコーヒーがドトールやスタバのそれを凌駕して堂々の1位に輝いたと言いますから、ますます興味津々です。ま、もっともこの情報によると、ミスタードーナツのコーヒーがスタバのものより上位にランクインしていましたので、このランクそのものをどこまで信用していいのか、ちょっとまゆつばなところもあるのですが。だって、ミスタードーナツのコーヒーがスタバより上って、あり得ないでしょう? ま、そこは百歩譲るとして、マックのコーヒー&アイスコーヒー、飲んでみたいですなあ。大体、「100円」という値段がいいですよね。私思うに、相当高価な豆を使ったレギュラーコーヒーでも、1杯100円とれば絶対元はとれはずなんですよ。普通の喫茶店で、さほどうまいとも思わないコーヒー一杯に600円以上の値段がついていたりすると、ちょっと頭に来ますもんね。 おっと、この「コスト・パフォーマンス」に対するシビアさ、私も相当名古屋人になったもんだ・・・。 それはともかく、そんなにマックの100円コーヒーが飲みたいたら、さっさと行けばいいわけですけど、なんとなくマックってせわしなくて、コーヒーだけのんびり飲みに行く、という感じではないもので、ちょっと腰が重いんですよね・・・。 それでも、「いや~、コーヒーだけでも飲みに行く価値あるよ!」というような声があれば、背中を押されますので、もしこれをお読みの方で「マックの100円コーヒー、うまいよ!」と思われる方がいらっしゃいましたら、ぜひコメントをお願いします。
May 19, 2008
コメント(8)

以前、「死ぬまでにしたい10のこと」について書きましたが、その中に「キャンピング・カーに乗って日本一周」というのを入れておいた私。いや~、キャンピング・カーというのは、男なら一度くらいは憧れたことがあるのではないでしょうか。 で、昨日・今日と「オートプラネット名古屋」というところでキャンピング・カーの展示会があるというので、ちょっと遊びに行ってきました。ま、嫌がる家内を引きずって、と言っておきましょうか。 行ってみますと、小さいのは軽自動車ベースの超小型キャンピング・カーからワンボックス車改造タイプ、さらにはトラック架装タイプから本格牽引タイプに至るまで、各社のキャンピング・カーが勢ぞろい。そうですね、40台、いや50台くらいはあったかな? で、まずは軽自動車タイプから見始めたのですが、さすがにこのサイズとなると、ちょっとした水回りとオーニング(庇)、それに二人分のベッドを装備するのが精一杯で、それこそバーベキューか何かをやる時の仮眠用という感じ。これに泊り込んで長距離を移動するには役不足という感じは否めません。 次、ワンボックス車の内装をいじったものを見ると、さすがに軽自動車ベースのものより余裕がありますが、やはり本格的な宿泊は難しいかな・・・。なによりトイレがないのが厳しいのではないかと。 うーん、こういうんじゃないんだよな~、もっとこう、なんと言いますか、走る応接間みたいなのはないの? ・・・という思いは、トラック架装タイプのコーナーで解消しました。そうそう、これだよ、これ。私のイメージの中のキャンピング・カーは! まずは前から見たところ。こんな感じです。 で、中に入ると向かい合わせのインテリア。ここももちろんテーブルを畳んでベッドにすることができます。 車の後方にはキッチン(写真右手)、ガス・グリルに加え、電子レンジも装備しています。その奥に見えるのが最後尾にある二段ベッドです。 キッチンの向かい側にはコンパクトなトイレが! ここはオプションでシャワールームにすることもできるようです。 車の最後尾にあるベッド、そして運転席の上側にも一人分のベッドが装備されています。 どうです? なかなかよくできているでしょう? ベース車はニッサン製ですが、もちろん普通免許で運転可。値段は600万円台。ベンツやアウディなどのドイツ製高級セダンととんとんの値段ですが、さて600万円の「走る一軒家」、高いのか、安いのか・・・?? 一方、牽引するタイプは、上のトラック架装タイプよりもさらに広くて、しかも値段は300万円台から400万円台。でも、こんなでかいものを我が愛車プジョー306で牽引できるとも思えず、現実味はないかな・・・。 逆に、「現実味」を重視するなら、案外、最初に見た軽自動車ベースのキャンピングカーで、ワンデイ・バーベキュー・ツアーを楽しむ、という方が現実的だったりして。しかし、やはりキャンピング・カーとなると、一泊、二泊くらいはしたいよな~。 ・・・と、思いはグルグル回転するばかり。もちろん、それ以前の問題として、数百万円もするものを買うお金はないんですけどね! でも、夢のキャンピング・カーを色々眺めて、楽しいひと時を過ごすことができました。家内にしても、最初は嫌々だったくせに、しまいには自分から車に乗り込んで、あちこちの扉をあけたりして、楽しんでいましたしね。 ということで、今日は晴天の下、キャンピング・カーの品定めで、日曜日らしい一日を過ごしたワタクシだったのでありました、とさ。今日も、いい日だ!
May 18, 2008
コメント(2)
先日から読み進めている高山宏さんの『超人 高山宏のつくりかた』で、高山さんが朝日カルチャー・センターで長年講師を務めているという話が出てくるんですが、その内容がなかなか魅力的なんです。 参考までに、高山さんの講義のタイトルを並べて見ますと・・・○庭園の思考:ヨーロッパ近代の造園文化論の試み(1996)○幻想建築試論:西欧近代を見る一視角(1997)○蒐集の世紀末(1998)○予言と文学(1999)○エロティック・ヨーロッパ:恋するシェイクスピアの世界(2000)○メルヴィルを読む(2001)○「夢十夜」を十夜で:ぶきみなり、漱石(2002)○大正大都会の幻想文学:E・A・ポー的なるもの(2003)○萩尾望都ファン:偏愛的少女漫画論(2004)○待っていた『ダ・ヴィンチ・コード』:文学の中の謎(2005)○ロシア古典文学再着眼:はやらせよう「新人文」(2006)○フランケンシュタイン的:理科系の文学誌(2007) これは講義のごくごく一部なんですが、これだけでも聞きたいものばかり。で、高山さんもカルチャー・センターでの講義を相当楽しんでいるようで、同業者から勉強好きな老婦人に至るまで、聞き手のレベルに合わせ、自在に内容を変えながら、ここでの講義を叩き台に講義のパフォーマンスに磨きをかけているのだとか。いやあ、私も東京に住んでいるのであれば、一人の「素直なスチューデント」(←松任谷由美氏の造語)として、高山さんのカルチャー・センターでの講義に出てみたいっ! 昔は「カルチャー・センター」というのは、随分と馬鹿にされたものでありました。要するに、上辺だけの知識を求める浅薄な人々の象徴という感じで捉えられていたんですな。大学で行われている講義こそが本物で、カルチャー・センターは偽物の手軽な知識、という偏見が罷り通っていた。 しかし、私なんかも思うのですが、全員が同じ年齢の、勉強より遊びたい盛りの、しかも授業料から生活費に至るまで親がかりの学生たちを前にするより、年齢・性別関係なし、ただ「学びたい」という欲望から、わざわざお金を払い、休日をつぶしてまで集まってくる老若男女を前に授業した方が、よっぽど面白いのではないかと。 ま、これは「カルチャー・センター」の話ではないですが、私の大先輩の名誉教授H先生も、停年後、放送大学のスクーリングに携わるようになって、受講生から刺激を受けているということを盛んにおっしゃっていました。何しろ、スクーリングを受講している方々というのは、社会人としてそれぞれの道でプロとしてやっている方々ですから、ちゃらちゃらした若い学生とは大違い、勉強に取り組む姿勢が違う、というわけです。 というわけで、高山さんの本を読むだに、H先生のお話を聞くだに、レベルはともかく、今、一番授業しがいがあるのは、大学ではなく、カルチャー・センターや放送大学のスクーリングなんじゃないかという気がしてきました。 私も、決して話が下手な方ではないですから、カルチャー・センターみたいなところの講師、やっちゃおうかしら・・・。名古屋だと、中日新聞系でそういうのないかなあ。 ま、それは半ば冗談として、自分の話を知的興味を持って聞いてくれる聴衆がいるのであれば、何もそこが大学でなくてもいいかな、という気がしている私なのでありました。カルチャー・センター経営者の皆さん、ここに一人、いい講師がいるよ~!
May 17, 2008
コメント(0)
事務から「至急連絡せよ」との報が入ったので、何かと思ったら、私のところのゼミ生(男)が教育実習をドタキャンしたとのこと。ひゃー! マジですか!? 実習はもうすぐ、6月の頭から始まりますから、この時期のキャンセルはまさに非常識。だって、受け入れ先の学校だってそのつもりでスケジュール組んでますからね。よほどのことがない限り、この段階でキャンセルはないでしょう・・・。 で、当該ゼミ生の言い分によると、先日、受け入れ先の中学校で、校長先生が実習生を事前に集め、訓話をされたのだが、それを聞いているうちに「これは僕には合わないのではないか」と思い始め、家族と相談の末、実習を取りやめるとの結論に達した、とのこと。 この「言い分」とやらを聞いて、ワタクシ、ますますビックリ。 だって、教員になるかどうか、というのは、自分にとっての一生の問題ですよ。それを大学も4年になった今頃になって、自分に合うとか、合わないとか、そんな寝ぼけたこと言ってるバヤイじゃ、ないんじゃないの? そんなの、これまでの大学生活を通じ、教職科目を履修していく中で、自ずと決まってくることじゃないですか。 ま、百歩譲って、そういう先々の進路についてはまだ決めていない、というのであったとしても、教員免許を取得しておくというのは、前々から決めていたことでしょう? だったら、さっさと実習に行ってとってくればいいじゃん? それを、校長先生の訓話一発で覆されるだなんて、一体何の話だ? なんで自分の進路を、他人の「お話」ごときで左右されるんだよ! でまた、「家族に相談して」と来たもんだ。男一匹、自分の進路くらい自分で決めろよ、バカタレ! 実習の配属が決まった段階でのドタキャンというのは、実習生を受け入れてくれた学校に対して非常に失礼なことであり、また大学の信用を落とすことでもあり、それだけはやってくれるなよ、と指導してあったのに、このていたらくは一体何事ですか。もう~、嫌になるなあ! でまた、このドタキャン男、いかにもドタキャンしそうな奴である、というところがまた腹が立つんだよな~。やっぱり問題を起こすのはお前か! っという感じ。こいつ、今からこんな調子じゃ、社会人になってもモノにはならんだろうな。 事務からは、「当該学生をしっかり指導して下さい」なんて怒りの要望が来ているし、週明けにはトッチメテやらなければなりますまい。ヤレヤレ。
May 16, 2008
コメント(6)
今日は大学がお休み。天気も良かったので、昼は外食することに。 ということで家内を連れて覚王山というところに向かいました。ここは「日泰寺」というお寺の参道の両側に広がる、名古屋郊外でもちょっと歴史の古い、おハイソな住宅街でもあります。 ちなみに「日泰寺」というのがまた変わったお寺で、様々な宗派が3年毎に住職を出し合い、お寺を守っているという「超宗派」のお寺なんです。タイから仏舎利を贈られたものを奉っているようで、それゆえ「日本+タイ」で日泰寺(にったいじ)なのだとか。「覚王山」という地名にしても、お釈迦様の別名である「覚王」から来ているので、私・釈迦楽とも多少は縁のある土地と言えましょう。 で、今日我らがお昼を食べたのは、日泰寺のすぐ脇にある「ル・センティア」というお店。普通の住宅をレストランに仕立てたお店で、ハンバーグが有名。 ということで我らも悩むことなくハンバーグ・ランチ(1600円)を注文したのですが、まず出てきたのがサラダ。ごく普通にレタスとトマトを皿に盛っただけのサラダで、お、これは期待薄だな、と思ったのですが、食べてみるとこれが実に新鮮! 久し振りに口の中でパリパリ、サクサク弾けるレタスを食べました。続くスープ(新ジャガのポタージュ)も、飾りっ気はないけれど、飲んでみるとおいしい、という感じ。 そしてメイン。ハンバーグの温野菜添えは、その名の通り野菜たっぷり。コンソメで含め煮にした大根を台にし、これに焼いたカボチャと焼き茄子を乗せ、その上にハンバーグがドーン! 周囲にヤングコーン、豌豆、ブロッコリー、サトイモなどが取り巻くという陣容。味も水準以上。そして最後にコーヒーとデザート(今日は梅ゼリー)が出ます。 全体的に見て、1600円でこの内容というのは、不満のないものですね。サラダや温野菜のありようを見ると、見た目以上に手が込んでいるという感じがします。が、その反面、とにかく洋食の王道そのままのメニューですから、今日はどんな料理が出てくるかな、という驚きがない、というところはある。一度行って楽しみましたが、贔屓の店として何度も通うかというと、うーん・・・。でも、ま、決して悪い店じゃないですよ。ハンバーグ好きなら、一度お試しを。 さて、ル・センティアでランチを楽しんだ我々は、次に日泰寺参道の散策を楽しむことにしました。町が「覚王山MAP」というのをわざわざ発行しているくらいなもので、参道の両脇には雑貨の店、陶器の店、紅茶の専門店、中国茶の専門店、古布の店など、ちょこちょこ面白い店もありますのでね。 で、今日の散策で一番面白かったのは「覚王山アパート」に立ち寄ったこと。ここ、古いアパートをリフォームして、若いアーチストたちのギャラリーとして使っているのですが、絵のギャラリーあり、万華鏡の専門店あり、布アートのギャラリーあり、古本カフェあり、といった具合で、しばし時間を潰すにはもってこいの場所なんです。 私たちもここには初めて立ち寄ったのですが、一つ、非常に面白い店を発見。「針金細工 八百魚(やおうお)」という工房兼ギャラリーで、文字通り、針金で作ったオブジェが沢山置いてありまして、その一つ一つのオブジェが素晴らしいんです。太い針金で作った大型のオブジェもインパクトがありますし、細い針金で作った小振りのオブジェも繊細かつユーモラス。そうですね、いわば、「3次元のジャン・コクトー」といった趣と言いましょうか。大きな作品の値段は見ませんでしたが、窓辺におけるようなオブジェは8000円くらいでしたから、ま、その程度のものでしょう。そう考えると、ちょっと欲しくなるものばかりです。指輪やブレスレットなんかにも面白いものがありましたしね。 ということで、日泰寺参道脇・覚王山アパート内、「針金細工 八百魚」、教授の熱烈おすすめ! です。名古屋にお住まいの方、ぜひ行ってみて下さい。私も、次はもう少しお小遣いを持って行きますよ~! とまあ、そんな具合で散策を楽しんだ私たちは、帰りにちょっとおハイソなスーパー、「ヤマナカ フランテ」で「牡蠣のスモークのオイル漬け」みたいなのを購入。こいつをフランスパンとワインでいただいたら、日曜日のお昼っぽい食卓になるぞ! などと思いつつ、今日の散策終了~。 さて、今日はランチがらみで、散策を楽しむことができました。天気もよかったですしね。でも、ちょっと遊び過ぎましたので、夕食後は少し気合を入れて勉強するとしましょうかな。それでは、今日はこの辺で。
May 15, 2008
コメント(2)
![]()
先日、四方田犬彦氏の由良君美伝『先生とわたし』を再読して結構面白かったので、同じ由良君美門下の・・・何学者と言えばいいのか・・・高山宏氏の一種の自伝、『超人 高山宏のつくりかた』(NTT出版)を読み始めました。 高山宏。もとは英文学者ですが、そんな狭い学問ジャンルに留まる人ではなく、人文学全般、文学・哲学・建築・美術から江戸文化や映画・漫画に至る幅広い文化事象を、「マニエリスム」という概念を基点に分析する知の巨人の一人。かつて「月刊タカヤマ」とも呼ばれ、毎月のように大著を執筆・翻訳し、出版していた時代もあり、その著作・翻訳は数知れず。まさに自他共に認める「学魔」とご紹介しておきましょう。 ま、そんな学魔がいかにして学魔になったか、というのがこの本、『超人 高山宏のつくりかた』なんですが、たとえばかつて高山氏が東大助手だった頃、駒場・英文科の図書室の検索用カードが単純な著者名別の分類になっていたことに不満を持ち、論じられている主題毎にクロス・レファレンスできるようなカード分類システムを独自に作りあげようと思い立ったが最後、結局5万5千冊の書物の全冊読破に近いことを2年ほどの時間でやり遂げようとし、片目の視力をほとんど失ったとか、そういう「超人 高山宏」ならではのエピソードが満載。 もちろん学魔超人の頭の中身を高速で紹介していくので、凡人読者としては未消化のまま引きずられるような気になる部分も多いのですが、ところどころで「あ、そうか!」と唸らされる部分も多い。例えばロジェの『シソーラス』を論じた一文。シソーラスと言えば、類義語辞典として有名ですが、私なぞ今までこの辞書を使う時、目指す言葉をアルファベット索引で引き、そこに出てくる類語を探し出すだけで満足し、この辞書全体の構造にまで目が行っていなかった。しかし、この類義語辞典、1ページ目に「存在する」を意味する言葉の類義語がズラリと並び、その次のページに「存在しなくなる(=死ぬ、消える)」の類義語がズラリと並ぶというような、旧約聖書創世記的感性で言葉(世界)を分類した辞書である、ということを高山氏に指摘されると、途端に私のような凡人にすらこの辞書が単なる辞書と思えなくなってくる。見方を変えれば別世界が見えてくるということを、高山氏ほど上手に教えてくれる人はそうはいないでしょう。 ところで、この本は一応自伝ですから、学問的なことばかりでなく、高山さんのプライベートな部分にも踏み込んで書いてある。そしてこれがまた仰天ものなんですな。氏の最初の奥さんが、もと教え子であったというところはご愛嬌ですが、やがてこの奥さんと子供3人を捨てて別な女性のもとに走り、以来2つの家族を養ってきた、なんて話を読むと、この学魔は、確かに「魔」であるなあ!という感慨も一入。それにしても大学からもらう給料はすべて前の奥さんの方に行ってしまうというのですから、今の奥さんと家族は給料以外の執筆料・講演料などで養ってきたことになるわけで、そう考えると、高山さん、男の甲斐性の方もすごいもんだなあ、と変な感心の仕方をしたりして。 ま、本人も言ってますが、巨才に見合った重い十字架を背負った人ですね。 というわけで、『超人 高山宏のつくりかた』、万人受けする本とは思いませんので、「おすすめ!」とは言いませんが、学魔の暗黒に敢えて触れたい向きには、どうぞ、と言っておきましょう。これこれ! ↓超人高山宏のつくりかた しかし、どうなんでしょうね。今、世間的に「高山宏」といって通用するのかしら。高山さんの本って、どのくらい売れるんだろう。少なくとも、私のゼミの学生たちに聞いても「知らない」と言うだろうなあ・・・。高山さんの先生である由良君美となると、もうその著書すらほとんど絶版ですし。専門家から見て、この人はすごい、すご過ぎる! という人たちですらそうなんですから、ましてや平凡な学者なんて推して知るべし。 もちろん、理系の学者さんは別です。「脚気の原因はビタミン不足だ」とか、「結核はストレプトマイシンで治る」などといった理系の発見は、長く人類の宝となるでしょう。コンピュータの発明だってそう。しかし、文系の学者の業績は? なーんも残らない。そう考えた方がいいでしょう。だとしたら、我々文系の人間は何のために研究しているんだろう? 自己満足、かな。 結局、そういうことじゃん? となると、学魔・高山氏のように膨大な仕事を残すも、私のような浅学非才の徒が、わずか1冊の本、しかも他の専門家からすれば「笑止」の一言で済まされるような本を出すも、自己満足という点では等価、というふうにも言えるのかも知れません。 高山氏の本を読んで、というわけではありませんが、最近、そんな風に考えるようになりました。そうじゃなきゃやってられないし、実際、そうなんじゃないかしら。 というわけで、自己満足のために、小さくとも自分なりの仕事をするぞ~! それしか出来ないし、それでいいんだ! という気になっている今日のワタクシなのでありました、とさ。
May 14, 2008
コメント(0)
![]()
私、傾向として「コク」より「キレ」を重視する方でありまして、とにかくシャキッとするものが好きなんです。で、その「シャキッ」の代表格でありますメントールものも大好き。 で、毎年、初夏の頃になるとシャンプーもメントール入りのものに変えます。ポンプ付きの大きな容器に入っているので、大体4ヶ月以上は持つわけですが、今頃から使い始めると、これを使い切る頃にタイミングよく秋風が吹き始めるという具合。その意味でもちょうどいいんです。 というわけで、今日、大学からの帰りに薬局に立ち寄り、今年のメントール・シャンプーを購入しました。わーい、いよいよスッキリ、シャッキリの季節が来たゾ! さて、目的のシャンプーをゲットしたついでに、店内をグルグル回っていたところ・・・ん、これは何だ? お、もしやこれはメントール入りの洗顔石鹸、しかもブシュっと泡で出てくる奴ではないか! おーし、これもゲットだ!これこれ! ↓クール感がたまらない!ひんやりホイップ洗顔!!マンダム ギャッツビー アクアクーリングホ... なんだか知らないけど、「アクア」とか「クーリング」とかいう言葉に弱いワタクシ。これで顔を洗ったら、なんかきっとシャキッとしそうです。楽しみ~! ということで、メントール系グッズ2連発、初夏のグルーミングが楽しみになってきた私だったのでありました。シャキッ!!
May 13, 2008
コメント(4)
十何年も学生の卒論指導をやってきて、最近ようやく分かりかけてきたことがありまして。それは何かと申しますと・・・ 卒論指導のコツは、「明確な指示」と「締め切り」、この2つなのではないか、ということでーす。ガーン! まあ、どの分野でもそうだと思いますが、個々の教員の指導法というのは、その教員が学生の時に受けた指導法に影響されるものでありまして、私なんかも典型的にそう。つまり、私自身の指導教授が「放任主義」だったのを受けて、私もまた、卒論に関しては、私の指導学生達をわりかし放任してきたんです。要するに、好きなようにやれ、卒論というのはそういうもんだろ、というわけ。 しかし、私の場合にうまく行ったことが、私の学生達にとってうまく行くとは限らないのでありまして、そこがどうやら失敗の元だったらしい・・・。それで毎年、卒論提出締め切り間際までどたばたするという同じ過ちを繰り返していたんですな、今まで。 で、今年はようやく我ながらこの愚に気づき、卒論指導のスタイルを変えてみた、と。 つまりね、適当な時期に「今やるべきこと」というプリントをゼミ生たちに配り、その中で具体的な指示を出すようにしたんです。しかもかっちりした締め切りつきで。 たとえば「GW終了までに各人、卒論のテーマを決定し、その概念図をA4一枚にまとめ、休み明けの最初のゼミの時に提出せよ」、とかね。ま、これが実際の第一回目の指示でありまして、今日がまさにその締め切りの日だったのですが。すると・・・ 出すんですな、ちゃんと。こりゃ、驚いた。あ、そうなんだ・・・。締め切りを決めた上で具体的な指示を出せば、皆、ちゃんとやってくるんだ・・・。 で、こいつはうまく行ったというわけで、今日はまた入れ代わりで別な指示を出しておきました。曰く、「各卒論テーマに関連した資料を集めて来ること。インターネットを駆使して探し出したもの10件以上、大学附属図書館で集めてきた資料10件以上、他大学の図書館にある資料を相互貸借制度を利用してコピーしたもの2件以上。それらをすべてファイルして、5月末日までに提出すること」。 さてさて、今回の指示がちゃんと守られれば、とりあえず資料探しの方法には慣れるでしょうし、それぞれの学生が一応定めた卒論テーマについて、相当数の資料が集まるかどうかの見当も付くでしょう。また逆に、もしこれだけの数の資料さえ揃わないのであれば、そのテーマは卒論のテーマとしてふさわしくないかもしれないという見通しもつくでしょう。その場合は、振り出しに戻ってテーマの設定からやり直せばいい。 うーん、なんだかうまく行くような気がしてきたゾ! で、この調子で次は「6月末までにアメリカン・センターで資料を10件以上探して来い」とか、「7月中に中間発表のプレゼンやれ」とか、「夏休みまでに1章分書いて来い」といった指示を出し、最終的には「クリスマス前までに全部書け」とやればいいわけだ。そうすればゼミ生たちも私も、共に平和で楽しいクリスマスと年末年始を迎えられるはず、うっしっし。 最近の学生の自主性のなさを逆手にとって、相手がロボットででもあるかのように、指示、指示、指示の連続で指導してみる・・・これが今年の私のゼミ運営上の実験です。 実験の1回目はうまく行きましたが、さてさて、次回以降もうまく行くのか。それとも、やっぱりどこかで躓き、失速するのか。その辺、ちょっと興味津々のワタクシなのでありました、とさ。
May 12, 2008
コメント(6)
昨日、シンポジウムに参加してきたことを書きましたが、その落ち穂拾いを少し。 シンポの後の懇親会で聞いた話なんですが、最近の大学生の学力の低下は留まるところを知らないようで。たとえば名古屋にあるX大学というところでは、英語の授業も、通常の意味ではなかなか成立しない、というのですね。たとえばここの学生の中には、be動詞の「is」、あれを「i」の複数形だと思っている学生がいるらしい。 ええっ! そんな大学生がいるの?! と思ったアナタ。あなたはまだ甘い! その学生はX大学ではトップクラスの学生だ、というのです。なぜならその学生は「複数形にはs を付ける」という英語のルールを知っていたのですから。X大学では、そういう学生すらまれだ、というのです。それどころか、そもそもアルファベットが分からないので、英語の辞書が引けないのですって。辞書のどの辺のページを開けば「Q」で始まる言葉が載っているか、そういうことすら分からないらしい。 で、X大学では学生たちにアルファベットを全部覚えさせるところまでは高望みしていないんですって。英語の授業を1年間施して、たとえば「S」は小さいものの記号、「L」は大きいものの記号、「M」は中ぐらいのものの記号、ということを覚えさせるのに成功すれば万々歳。この3つのルールを覚えれば、自分のサイズの洋服が買えるようになるわけですから、サバイバル英語の伝授としては大成功なのだとか。 ええっ! 大学生にもなってそのレベル?! と思ったアナタ。あなたはまだまだ甘い! この大学では、生まれてからずっと名古屋で暮らしながら、「名古屋」という故郷の名を漢字で書けない学生が多いのだそうです。「名」と「古」までは辛うじてOKなのですが、「屋」でつまずくらしい。八画以上の漢字は無理なんですって。 これ、決してジョークではなく、この大学に実際にお勤めの二人の先生から伺った事実ですからね。 いや~。それにしてもこういう話を聞くと、ためになるね~。だって、このような我が国最高学府の現状を聞くだに、我が勤務校の学生たちが天使に見えて来ますから。上を見たらキリがないけど、下を見てもキリがない。X大学の学生に比べれば、うちの学生なんかまだまだマトモな方なので、これで不満を言っちゃいかんな、という気になります。ポジティヴ志向で行かなくちゃいけませんね。 さてさて、今日は昨日からの心地よい疲れがまだ若干残っていることもあり、一日のんびり過ごすことにして、昼は家内とトルコ料理の名店「オリエンタルの青い月」に食べに行きました。今日食べたのは「ドネルケバブ・ランチ」。炭火で回し焼きにしたチキンの焼き肉をそぎ切りにしたものにタマネギのスライスとトルコ風ソースが添えられ、たっぷりのサラダとライスもつく。これがメイン料理で、これにひよこ豆のスープとトルコチャイ、さらにトルコ風アイスクリームのドンドルマまでつけて一人前840円。安くて旨くて健康的! 言うことなしですな。 そして帰る道すがら、最近このあたりで評判になっているチーズケーキの店「スウィーツ・オブ・オレゴン」に立ち寄って、レア・チーズケーキをゲット。夕方、このチーズケーキをおいしい紅茶と共にいただいたのですが、なかなかおいしかったですよ! 値段的にはちょっとお高めですが・・・。 ということで、今日はのんびり過ごしてしまいましたが、昨日頑張ったのですから、このぐらいの弛緩は許されるでしょう、と勝手に判断して、あとわずかな休日の一日を最後まで楽しむつもりでございます。それでは、皆様も休日の夜、ごゆるりとお過ごしくださいませ。
May 11, 2008
コメント(6)
土曜日、某学会のシンポジウムにパネリストとして参加してきました。 今回のシンポでは、高名な評論家・呉智英(くれ・ともふさ)先生もパネリストとして加わられたので、無名のワタクシとしても「そう舐めてもらっちゃ困るよ」という感じで、気合いを入れて発表してみたりして。で、手応えとしてはそんなに悪くなかったかなと。呉さんからも、後から「釈迦楽さんは、面白い! 今度僕のやってる漫画学会でも発表してよ」なんて誘われちゃいましたしね。 それにね、一通りパネリストの発表が終わって休憩時間に入った時、聴衆の中から一人の女性が私に近づいてきておっしゃるには、「私、パブリック・スピーチの講師をしている者ですが、今日の釈迦楽先生のお話しには聞き惚れました。先生はどこであのような話芸を訓練されたのでしょうか?」ですと! いやあ、あんなの自己流、自己流、とごまかしておきましたが、その後も「原稿は何度も書き直されるのでしょうか」とか「事前に何度か予行演習をされるのでしょうか」などと詳しく尋ねられてしまいました。でも、ちょっと嬉しかったですね。いわばプロの目から合格のハンコをいただいたようなものですから。 で、シンポジウムの後、懇親会にも招かれて言ったのですが、呉さんという方はビールが入るとまた一層元気になられるようで、「日本語の正しい使い方を心得ていない作家が多過ぎる!」などと怪気炎を挙げておられました。呉先生によれば、村上春樹なんて「あんなの全然ダメ!」だそうですが、それならば先生のお眼鏡にかなう日本語の遣い手は? と尋ねると、「うーん、そうだなあ・・・幸田露伴くらいかな!」ですって。呉さんの判断基準が幸田露伴にあるのでは、現存する日本作家じゃ、そりゃ太刀打ちできんでしょう。 しかし、もっと基本的なこととして先生は「今時の知識人は、たとえば簡単に『捨てる』と言えばいい場面で、『捨象する』なんて言葉を使いたがるが、そういうのは良くない。しかも『捨象』というのは、もともとabstractの訳、すなわち『抽象する』ということなのだから、これを「捨てる」という意味で使うこと自体、そもそも間違っている。難しい言葉を使って無知な民衆を騙くらかそうとする知識人のこの浅薄なあり方こそ徹底的に断罪すべきだ!」とおっしゃっておられましたが、それはその通りなのでありまして、さすが呉智英大先生、いいこと言うじゃありませんか。 とにかく、どんな小難しい評論家かと思っていたら、実際の呉先生は非常に気さくな、分かり易いことをおっしゃる人だったのでありました。ま、そういうことはよくありますね。大物ほど、分け隔てのない物言いをされるということは。 それにしても、今回のシンポジウム、私も多少肩に力が入っていたのか、家に帰り着いた途端、どっと疲れが出てしまいました。でも、今回は充実感のある疲れだったので、心は晴れやか。明日の日曜日は少しのんびり過ごそうかな、と思っているワタクシなのであります。
May 10, 2008
コメント(9)
F1トルコ・グランプリが開幕し、土曜日の予選、日曜日の本戦を前に、金曜日のフリー走行が行われたようですが、日本人のF1ファンとして非常に残念なことが。 自動車メーカーのワークス勢が鎬を削る現在のF1の世界では非常に希少な「プライベーター」として参戦していたスーパー・アグリF1チームが、資金難を理由に今回のレースから撤退してしまったからです。特に、このチームに在籍し、非力なマシンで善戦を続けていた佐藤琢磨選手が今回からレースに参加できなくなってしまったことが、何とも残念。 ま、もともと厳しい世界ですから、これも仕方のないこと、佐藤選手にもっと力があれば、もっとコンペティティヴなチームに在籍できたはず、というご意見もございましょう。しかし、3年前まで彼が在籍していたホンダ・チームは、周囲の評判とは裏腹に、トップチームというほどではなかったし、また当時の佐藤選手のドライブは、早く結果を出したいがための気負いからか、かなり乱暴なもので、せっかく表彰台に上れるチャンスをその乱暴なレース運びゆえに台無しにしてきたところもある。 彼がレーサーとして成長したのは、むしろプライベーターのスーパー・アグリ・チームに移籍してからではないでしょうか。常に財政破綻スレスレのこのチームにあって、「決してマシンを壊してはならない」というチーム事情から、佐藤選手のレーシング・スタイルは随分変わりましたし、かつての乱暴さは消え、非力で思うように走らないマシンを騙し騙し扱いながら、それでも時にトップ・チームに所属するライバル達と互角以上の勝負をしてきたと思います。とりわけスタートのうまさは特筆もので、最後尾からスタートしつつ、スタート時のドサクサを利用していきなり5台抜き、なんてことはしばしばありました。 それだけに、もし今の彼に競争力のあるマシンがあれば、どれだけの活躍が出来るか。そこがファンとしてはぜひ見てみたいところなんです。それなのに、資金難による撤退・・・。 世の中、何が悲しいって、「お金がないから、好きなことが出来ない」ということほど悲しいことはないじゃないですか。佐藤琢磨選手の心中の苦悩、推して知るべし。 まったく、日本のどこかに、あるいは世界のどこかに、スーパー・アグリF1チームのためにお金を出そうという企業はなかったんですかね・・・。それが出来るほど、日本は裕福ではないということなのか・・・。衣食足りて、というところで手一杯なのかな、所詮。 佐藤選手の今後については、色々な憶測があります。ルーベンス・バリチェロ選手に代わって古巣のホンダ・チームに戻るのではないか、とかね。しかし、私思うに、ホンダではもはや佐藤選手は芽が出ないのではないかと。むしろ、ウィリアムズのようなイギリス系のチームが、せめてテストドライバーとしてでもいいから、佐藤選手と契約を結んでくれるといいのですが。もし、そこでレギュラー・ドライバーを凌駕するタイムが出せなければ、佐藤選手としても諦めがつくというものでありましてね。 というわけで、一人のF1ファンとして、佐藤琢磨選手の今後に注目です。それから、オール・ジャパンでF1の世界に殴り込みをかけた鈴木亜久里さんには、ご苦労様でした、あなたは奮闘した、天晴れ! とエールを送っておきましょう。 さて、私ですが、明日は某学会のシンポジウムにパネラーとして参加する予定。上手に講演が出来るかどうか、ま、せいぜい頑張ります。
May 9, 2008
コメント(2)
今日、ちょっと面白い話を聞きました。ブータン王国の話なんですが。 ま、失礼ながら、一言でいえば「発展途上国」、ですわなあ。で、ブータン王国としても、何とか国の近代化を図りたいと思って「いた」(過去形)、らしい。 しかし、それは止めたんですって。近代化するのは、止めた、と。 それは何故か。 ブータン王国は、近代化した先進国の国々をよーく観察した結果、先進国になったからといって、その国の国民が幸福になっているとは限らないということを発見したんですな。つまり、GNP(国民総生産)が上ったからと言って、幸福度が上るとは限らないと悟った。だから、先進国の後追いをするのは止めた、と。 ブータン王国としては、国民総生産(GNP)ではなく、GNH(Gross National Happiness)、すなわち「国民総幸福量」の増大をあくまで追究する、と。そういうことらしい。 なるほどねえ。国民総幸福量か・・・。 ま、具体的に、どうすることがブータン国民の幸福量を増やすことになるのか、ブータン王国がこれからどうするつもりなのか、それは分かりません。しかし、何だかよくわからないけれど、先進国の後追いはしないという方針自体、一つの見識ではありますな。 ブータン王国の話は、一見すると現実離れした寓話のような話ではあります。しかし、毎週のようにあちこちで女子高生が死体で見つかる、これまた別な意味で現実離れした国に住んでいると、確かにブータン王国の言う通り、近代化してナンボのもんじゃ、という気にはなります。 普段あまり関心のある国ではありませんでしたけど、今日、ブータン王国の「国民総幸福量」の追究、という話を耳にし、そういう国があり、そういう国家的ポリシーがあるということを聞いて、ちょっと勉強になりましたね。
May 8, 2008
コメント(8)
先日、といっても3月のことですが、実家近くのコストコに行った時、母に頼まれて洗濯洗剤を買ったんです。アメリカでよく使われている「タイド」という洗剤だったのですが、これが柔軟剤入りの奴で、しかもその柔軟剤が「ダウニー」だった、と。 そう、今、巷で話題の、あの「ダウニー」です。 で、GW中に実家に戻っていた時、その期間中に出た洗濯物はこの「ダウニー入りタイド」で洗ってもらったわけですが・・・うーん、いい香り! アメリカの匂いだ! イェーイ、ロスで勉強していた頃を思い出すぜ・・・。 アメリカのアパートって大概そうですが、私の住んでいたアパートも各部屋には洗濯機というものはなく、アパート内に何箇所かある洗濯室に洗濯物を持ち込んで、コインランドリー式に洗濯するようなシステムでした。ですから、週に1回か2回はこの洗濯室のお世話になるわけですけど、これが案外面倒でね。まず洗濯物を洗濯機にかけ、そろそろ終わったかな、というころにもう一度洗濯室に出向いて、今度は洗い上がった洗濯物を乾燥機に移し変えなくてはいけない。でまた、そろそろ乾いたかな、という頃に洗濯物をとりに行くわけですが、この手間が結構面倒臭くって。でも、あまり放っておくと他の住人の迷惑になりますし、時には勝手に乾燥機から出されてしまうこともありますしね。 でも、この面倒な作業がすべて終わり、乾いた洗濯物を部屋に持ち帰る時は、何だか充実した気分なんです。これでしばらくは洗濯のことを考えなくてもいい! という安堵感といいましょうか。 でまた、アメリカの洗剤や柔軟剤は、結構インパクトのある香りがしますからね。まだ熱々の洗濯物から立ち昇る洗剤・柔軟剤の残り香、これがいいんです。いかにも「今、俺はアメリカにいるんだ」という感じがして。 ま、そんなこともありーの、実家で洗濯してもらった洗濯物を名古屋の自宅の箪笥にしまいながら、立ち昇る柔軟剤・ダウニーの芳しい香りを吸い込みつつ、その頃の記憶がザザッと押し寄せてきたという次第。ああ、これこれ! これがアメリカの香りじゃ~! と、いうわけです。 「香り」ほど、記憶に直結した五感はありませんからねぇ・・・。 ま、そんな記憶があってもなくても、「ダウニー」、やっぱりいいですね。別に今はコストコでなくても買えると思いますので、もしまだお使いになったことがないからがいらっしゃいましたら、一つ、お試し下さい。教授のおすすめ!です。これこれ! ↓ultra Tide with Downy(ウルトラ タイドウィズダウニー)クリーンブリーズ液体洗剤1.47L
May 7, 2008
コメント(2)
やあやあ、今日はいい天気でしたね! GW期間を通じて初めて「五月晴れ」というにふさわしい天気でした。お日様キラキラ、新緑は輝き、窓からは乾いた薫風がそよそよと入ってきて、気持のいいこと! 今が日本で一番いい季節といえるのではないでしょうか。 本当はこんないい日にはどこかドライブにでも行きたいところなんですが、体調がイマイチなこともあって、今日は一日家に居て、週末に行われるシンポジウムの原稿書きをしておりました。結構切羽詰まっているので、ねじり鉢巻きで取り組まなければならない原稿ですが、キラキラしたお日様と薫風が入ってくる部屋で、ハンプトン・ホーズのグルーヴィなジャズなんかをかけながらパソコンに向かっていると、詰まった切羽もどこへやら、やたらリラックスしてしまいます。 ちなみに、私の勉強部屋の方角ですが、実家のものは南向き、名古屋の自宅のものは北向きとなっています。で、両者を比べて思うのですが、やっぱり南向きの明るい部屋の方がいいですね! 精神集中の場所である勉強部屋は、日光の影響を受けない北向きの方がいい、なんてことを言う人がいますし、昔は私もそのように思っていましたが、よーく考えてみると、やはり明るい部屋の方がいいですわ。深刻なことであろうと何だろうと、白日の下で考えた方が健康的な結論が出そうです。 とはいえ、のんびりできるのは今日まで。私も今日、これから名古屋に戻ります。この時間からですと名古屋に到着するのは夜中になりますが、その方が渋滞の影響を受けなくていいかなと思いましてね。明日からまた何だかんだと忙しい日々ですが、そういうものだと思って頑張ることにいたしましょう。 皆さんも、黄金週間、お疲れ様でした。また明日から、お互い頑張って参りましょう。それでは、また。
May 6, 2008
コメント(0)
連休中の各地の天気と同様、どうも体調がパッとしない私ですが、せっかく帰省しているのに両親をどこにも連れて行かないというのも申し訳ないような気がして、今日はランチを食べに多摩センター方面に行ってきました。 で、せっかくだから今まで行ったことのないレストランを発掘してみようと、ネット検索して良さそうな店を探したところ、「ラ・プリマベーラ」というお店の評判が良いようなので、とりあえずこのお店を目指します。 で、お店は簡単に見つかったのですが、どうも店の入口のあたりの佇まいがちょっとシャビィな感じで、あらら、本当にこのお店、美味しいのかしら? という疑惑が浮上。と、そこへタイミングよく店からひと組の親子連れが出てきたので、ぶしつけとは思いましたが、妙齢のお嬢さんらしき人に「このお店、おいしかったですか?」と尋ねてみたんです。するとそのお嬢さん、ニッコリ微笑んで「ええ、とっても。」とのこと。その答え方が何ともステキだったので、よし、入ってみよう! と私も腹を括りました。 さて、お店に入ってみますと、外観から想像される通りの、ちょっと使い込んだ感じの内装です。しかし決して嫌な感じではなく、馴染みの店に入ったような気分で、落ち着ける感じ。でまた、店内をさっと一瞥して、あ、客層がいいな、という印象を受けました。テーブル席が5つほどのこじんまりとした店内はほぼ満席でしたけれど、皆さん物静かに食事を楽しみながら、しかも和やかにくつろいでいる。こういう店は期待できます。 そしてその期待は当たりました。ランチは三種類(肉料理と魚料理のランチが1500円、パスタランチが1400円)あるのですが、どれもとてもおいしかった。(ええ、とっても。) まずパストラミ入りのサラダがいい。新鮮なサラダにパストラミが乗り、さらにラタトゥイユ(野菜のトマト煮込み)も添えてあります。そして今日のスープは「新玉ねぎのスープ」でしたが、これはあっさりしたオニオングラタンみたいな感じで優しい味。パンも一切れ、スープにひたひたと浮いています。肉料理と魚料理にはパンが別に付きますが、パスタランチの方にはガーリック・トーストが付いてくるというところも、ちょっといい感じです。 そしてメイン。肉料理は「若鶏の香草入りパン粉焼き」、魚料理は「ムキカレイの紙包み焼き」、そしてパスタランチは「トマトソースのパスタ」でしたが、どれもおいしかった。特に私が注文した魚料理は、カレイをアクアパッツァ風にしたものを紙包みにしてオーブン焼きしたもので、野菜もたっぷり入っていて、やさしい家庭風の味がしました。添えてあるレモンをひと絞りすると、また爽やかな風味が加わって一層美味。 で、これにさらにコーヒーとデザートが付くのですが、今日のデザートである紅茶のプリン。これが豪華版で、ランチに添え物のデザートというより、単品で注文したデザートと言っても通るようなもの。これで1500円とか1400円というのは馬鹿安じゃないでしょうか。 でまた、このお店のシェフは、年の頃なら30代半ばくらいの女性シェフなんですが、彼女がまたべらぼうに有能なんです。料理はすべて彼女一人で作っていらっしゃるので、傍で見ていてもまるで早回しのフィルムでも見ているみたいなんですが、その動きに寸分の無駄もなく、すべての料理を絶妙のタイミングで提供しているんです。そしてこれまたただ一人のウェイターさんが手いっぱいになったと見るや、さっと自ら厨房から出てサーブもする。この彼女の気の回し方、テキパキとした動き、もう見ているだけで気持ちがいい! ほんと、有能な女性というのは、素晴らしいですね! というわけで、店に入る前に出会ったお嬢さんの言ではないですが、多摩センター駅近くの隠れた名店ラ・プリマベーラ、「ええ、とっても(おいしかったです!)」ので、教授の熱烈おすすめ!です。
May 5, 2008
コメント(2)
![]()
今日の本題に入る前に、昨日書き落としたことを一つ。友人のTが車を換え、バーベキューからの帰り道、1時間ほど運転させてもらったので、その印象を。 もともとステーション・ワゴンが好きなTは、ホンダ・アコード・ワゴンからスバルのレガシィ・アウトバック(排気量2.5リッター、4気筒)に乗り換えたのですが、今回は友人のつてにより、5年落ちのアウトバックを乗り出し価格100万円という破格の安値でゲットしたとのこと。5年落ちとはいえ、走行距離は3万キロそこそこですし、車体もピカピカ、HDDナビにワンセグ・テレビ付き、ETC付きでこの値段ならなかなかいい買い物をしたのではないでしょうか。実はアウトバックというのは、私の次期マイカー候補でもありますので、私としても興味津々。 で、実際に運転してみた印象なのですが、「パタパタ」という乾いた音が懐かしいかつてのスバルの水平対向エンジンとは別物の静かさ。まるでトヨタ車のように、遠くの方でかすかにエンジン音が聞こえる、という感じです。エンジンのフィーリングもものすごく滑らかで、平地を運転している限り、それなりに大きな車体の重さを全く感じさせません。まるでコンパクトカーを運転しているような軽い運転感覚です。特に急なカーブを切る時にその感が強く、4輪駆動の車とは思えぬほど軽―く回ります。普段急カーブの苦手なFF車に乗っているせいか、「よく曲がるなー」というのが余計印象づけられます。あと乗り心地はしっかりしており、しかも硬くなく、とてもいい具合です。 しかし、この車に関して「?」と思える部分もないわけではありません。特に運転席まわりの居住環境。特に「?」なのは、左足のスペースが妙に狭いこと。フットレストとブレーキの間の間隔も少なく、窮屈な感じです。また私にぴったりフィットする運転姿勢をとるのが難しいというところもマイナス点。なんだかお尻が落ち込んで視線が前方斜め上の方に行ってしまうような感じがします。ハンドルの径がやけに大きいことと相まって、妙に居心地が悪い。 それから、エンジンのせいなのか、ATの設定のせいなのか、ここ一発の瞬発力がイマイチですね。道を曲がってすぐ上り坂というような状況で、低速から急にエンジンに負荷がかかる場合、アクセルを踏んでもなかなかスピードが上がってくれないという印象があります。3リッター6気筒エンジンの上位機種ならもっと活発なのかも知れませんが、この車だって2.5リッターもあるわけですし、しかもハイオク仕様ですからね、もう少しガバッと加速してくれてもいいのではないかと。私が昔乗っていたホンダのビガーも2.5リッターでしたが、これよりももっとパワー感がありましたからね。 というわけで、全体的に見て、確かにいいところも多い車でしたが、「これ、欲しい!」というところまでは行かなかったかなあ・・。 さて、そんなこんなで昨日のバーベキューから一夜明けた今日、私はなんだか疲れてしまいまして。特に目が疲れ目で、腫れぼったく、涙が止まらない感じ。 ということで、今日は一日家に居て、のんびり本を読んだりすることにしました。で、読んでいたのは有元葉子さんの『イタリア 田舎暮し』(ちくま文庫)です。 この本、料理研究家の有元さんが、イタリアに家(別荘?)を買い、そこで暮らす中での経験をエッセイとして綴ったものですが、これを読むとイタリアという国の問題点やら、底力やらが何となくわかります。 まず問題点としては、南北の対立です。とにかくイタリア南部は貧しいらしく、政府の援助に頼ってようやく動いているというのですな。で、その政府の金というのは、要するに北イタリアから得た税金であるわけですから、北イタリアの住民としたらたまらないわけですよ。一方南イタリアの人々としては、ちょっとでも働いて収入ができてしまうと、政府からの援助がもらえなくなるので、余計働かなくなるという悪循環もある。この辺が社会福祉政策が充実した国が本質的に抱える悩みなんでしょう。 しかしそのことさえなければ、イタリアというのは相当住みやすい国らしい。社会福祉政策が充実しているので、年金なんかもたんまりもらえるそうです。働いていた時の給料と同額の年金がもらえるといいますから、老後の備えなんか必要ないくらいでしょう。 また1997年9月に中部イタリアを襲った大地震の時には、地震災害で被った被害の修理代の70%を国が負担したと言いますから、国民に対する国の保護は手厚いと言わざるを得ない。イタリアというと、「GDPがいくら」というようなスケールからすると「裕福な国」には入らないでしょうし、むしろ経済的には破綻している国、というイメージすらありますが、その国にしてこれですから、ヨーロッパというのは奥が深い。地震の被害地にプレハブの家さえ作れば国の責任は果たしたと思っているどこかの国とは大違いです。 また筆者の有元さんが料理研究家だからこそでしょうけれど、イタリアの食生活の豊かさの描写は、読んでいて思わずよだれが出そうです。で、そういう豊かな食材のすべてが地元で採れたものばかり。つまり、食糧自給国なんですな、イタリアは。で、パンを作るとなれば、地元の製粉所のおじさんところで粉を買い、野菜や肉を買うとなれば近くの市場に行き、そこで安くてうまい地元のワインも買う。空気が乾燥しているので、イタリアでは野菜も肉製品も冷蔵庫なんかに入れる必要がないのだそうです。あと水も良くて、どの町にも無料の水くみ場でおいしい水を手に入れることができる。暖炉で使う柴にしても、山に行けばいくらでもあるし、オリーブやブドウの剪定の際に出る枝を薪に使うと、燃やしてもいい匂いがするのだとか。また近所付き合いも楽しいもので、自宅の庭のブドウが実ったとなれば、近所のおじさんが自家醸造のやり方を教えてくれる。そして近所の修道女が山で摘んできた野草を分けてもらって野草サラダを作り、また道端にいくらでも生えている野辺の花で家を飾る。そういう、何百年も昔から続いてきた暮らしが今なお、当たり前のようにして存在している。それがイタリアだ、というわけ。 そんなことを綴った文章を読んでいると、けばけばしい「安売り」の旗の立ったスーパーで、どこのものとも分らぬものを買い、レジ袋を断って少しはエコに貢献したと思っている我ら日本人の生活がなんとも無味乾燥なものに思えてきますなあ・・・。ま、イタリアだって、もちろん誰もが有元さんのように暮らしているとは思いませんが、夢物語としても、そういう暮らしに憧れますね。 というわけで、GWに疲れた体と頭を休めるために読む本としては、なかなかよろしいものでありました。有元葉子さんの『イタリア 田舎暮し』、教授のおすすめ!です。これこれ! ↓イタリア田舎暮らし
May 4, 2008
コメント(0)
今日は5月3日、恒例のバーベキュー大会の日でございます。いつものように小学校時代からの友人5人が集まってバーベキューを楽しみました。 例年ですと相模川の河原でやるのですが、今年はちょいと趣向を変え、「清川リバーランド」という公営のバーベキュー・サイトを利用することに。場所代1050円、鉄板420円、網315円などを支払うと、備え付けられたバーベキュー・コンロが使えるという仕組みです。河原でバーベキューをする時は天候に左右されるわけですが、こういうところはたいてい屋根付きですので、多少の雨でもバーベキューを楽しめますし、またバーベキューをする上で一番やっかいな鉄板・網の始末をしなくても済むので、その点でも気楽です。 で、企画者であるT君が、「連休中は道も混むから朝8時集合、現地に11時着」などと連絡してきたもので、皆律儀に8時に集合して出発するも、渋滞などどこにもなく、結局清川リバーランドには9時に到着・・・。 ・・・普通ないでしょ、朝の9時からバーベキューって・・・。 でも普通じゃない我々御一行様は、なんと朝9時から火を起こし始め、9時半から肉を焼き始めたという・・・。リバーランドには沢山のバーベキュー・コンロがあるのですが、さすがにこの時間から始めたのは我々だけでしたね。 が、焼き始めれば案外食べられるもので、焼き鳥、ホタテ貝柱、ししゃも、ソーセージあたりから焼き始め、焼き肉、チヂミ、お好み焼き、塩焼きそば、こてっちゃん、と続きます。それにしても朝から食べるもんじゃないですね・・・。 そしていい加減に食べ飽きたところで、一旦休憩。昨日夜勤明けで一睡もしていないH君は車に戻って仮眠、T君は持参の新品のダッチ・オーブンに「火入れ」をするとのこと。私とE君は、バーベキュー・サイトに隣接する小川で釣り、ということになりました。 なんでそこで「釣り」が出てくるかと申しますと、昨年のバーベキュー大会の時に珍しくEの奴が「久しぶりに釣りでもしたいな~。来年は釣り竿持ってくるか」などと言い出したからで、これに往年の釣りファンの私が付き合うことにしたからです。 いや~、それにしても何年ぶりですかね、釣りなんて。私は中学の時に一時的に夢中になった後、ぱったりやらなくなりましたが、昨年のEの言葉に、なんだかもう一度釣りをやってみたくなりまして。そういや、中学時代に一度だけEと二人で川釣りに行ったことがありました。二人で竿を並べるなんて30年ぶりです。 で、釣果はと言いますと、いわゆる「ボウズ」、つまりからっきしダメだったのですが、釣りというのは釣れればいいというものではなく、のんびりウキを眺めるというところにこそ醍醐味があるわけでしてね。いや、ものの30分でしたけど、結構楽しかった。 さて、そんなこんなでそれぞれに時間を過ごした後、バーベキュー後半戦です。後半戦もすごいですよ。もういい加減お腹一杯だというのに、さらに焼き肉、豚タン、ソース焼きそばをしっかり堪能しましたから。結局、前後半あわせてどのくらい食べたか見当もつかず。で、最後にTが持ってきたパーコレーターでコーヒーを沸かし、これを飲んで今年度のバーベキュー大会終了~。 ちなみに事後の反省会で、来年のバーベキュー大会に備え、「来年はどんな食材を用意すべきか」ということを話し合ったのですが、ひょうきん者のH君が「来年はぜひ刺身が食べたいね~」などと言い出したので一同爆笑。バーベキューしに来て刺身はないでしょう・・・。 いや~、それにしても今年もよく食べ、よく話しました。釣りをする、という新しい試みもやりましたしし、面白かった。でも、やっぱりアレですね、今回のような管理された環境下でやるより、例年のように自然な河原でやった方が、バーベキューの醍醐味はありますね。大空の下、すぐそばを流れる川を見ながら食べるということの楽しさは、何物にも代えられないところがありまして。来年はまた、この反省を踏まえて、河原でのバーベキュー大会を復活させるということにして、我ら仲良し中年男たちは仲良く散会したのでありました、とさ。今日も、いい日だ!
May 3, 2008
コメント(2)
しばらく前から父がよく「最近の読売の『編集手帳』はいいね」と言うので、そんなものかなと思い、このところ注意して読んでいるのですが、確かに「ほう」と思わせるような文章がありますね。今、この欄を担当している記者さんの腕でしょうか。 新聞のコラムとしては、やはり何といっても朝日の「天声人語」が有名ですが、祖父の代からの読売党の釈迦楽家としては「天声人語」を読むチャンスというのはほとんどありません。ましてや名古屋なんてところにいると、あそこは中日新聞が圧倒的シェアを持っていて、読売なんか取っているのはほとんど例外中の例外。周囲の人間に「読売の『編集手帳』はいいね」なんて言っても、まったく通じないのが悲しいところ。 しかし、言われてみれば確かに最近のこの欄はなかなかよろしい。 つい先日も中原中也の「また来ん春」という詩を紹介しながら、上野動物園で死んだパンダのことに上手に話題を振り向けていましたが、その二題話の作り方など、大したものです。 第一、中原中也のこの詩がいいんですよね。「また来ん春」 中原中也 また来ん春と人は言う しかし私は辛いのだ 春が来たって何になろ あの子が返ってくるじゃない おもえば今年の五月には おまえを抱いて動物園 象を見せても猫(にやあ)といい 鳥を見せても猫(にやあ)だった 最後に見せた鹿だけは 角によっぽど惹かれてか 何とも言わず 眺めてた ほんにおまえはあの時は 此の世の光のただ中に 立って眺めていたっけが・・・ 中也の息子さんは2歳で亡くなったそうですが、死んだ息子さんの在りし日の動物園での一コマがまざまざと浮かんで来るし、その可愛い坊やが亡くなってしまってから、春が来ても少しも楽しくないという詩人の心持ちもよく分かるではないですか。せわしなく朝刊を読む中で、ふっとこんな詩をうまいこと読ませてくれると、一時でもほんわかした気分になるというものです。 それにしても、新聞の看板コラムを書く記者というのは、さぞ骨の折れるものでしょうなあ。私のようになんの義務もなくブログを書いているものですら、毎日更新ともなると「今日は何について書こうかな」なんて思うことがよくある。ましてや1000万人の読者を持つ大新聞の看板コラムともなると責任重大、胃が痛む日々なのではないかしら。 話題探しにしても、どうやっているのでしょうか。こういう人にはちゃんと助手が居て、その日にふさわしい話題や、関連する話題を、社内のアーカイブか何かから探してくるのでしょうか? その辺のシステムにもちょっと興味があります。 ま、それはともかく、現在の読売新聞朝刊のコラム「編集手帳」はなかなかよろしい。名前も表に出ない読売の「編集手帳子」さんのコラムに敬意を表して、ささやかながら私から「教授のおすすめ!」の一言を進呈しておきましょう。
May 2, 2008
コメント(6)
今日夕方に名古屋を出て、東京に戻りました。GW後半を実家で過ごそうと思いまして。飛び石連休的なGW前半は、仕事、仕事でほとんどゴールデンな感じがしませんでしたが、せめて後半は職場から少し離れ、休みの気分を満喫しようという魂胆です。 しかし平日の夜とはいえ、GWのさなか。東名高速の混み具合を心配したのですが、これはまったく問題なし。一度も渋滞することなく、すいすいと快適な4時間ジャストのドライブでした。 しかも今回はステキな車と遭遇することも多かった。まず豊田近くで遭遇したのがマゼラティ・クワトロポルテ。後ろ姿に惚れ惚れ。向こうは走行車線を悠揚迫らぬ感じで流していたので、こちらはゆっくりと追い越しをかけつつ、舐めるようにその美しい車体を眺めさせていただきました。すごいデザインだね、これ。 そして御殿場近くで遭遇したのは、なんとフェラーリ3連発。御殿場にはフェラーリ博物館みたいなのがありますから、その関係なんでしょうか。3台のフェラーリが抜きつ抜かれつしながら爆走していくのをちょっと追いかけてみましたが、さすがにたちまち置いて行かれたとういう。速い、速い! そして厚木のインターから合流してきたのは、ルノー・スポール。小さなハッチバックの後部座席をつぶして巨大なエンジンをぶち込んだメーカー公認の改造車は、これまたはじけるように合流してきたかと思うと、轟音を立てて飛び去っていきました。ひゃー、これも速いね! そのほか、ポルシェやBMW6シリーズ、コルベットのオープンなども見かけましたし、車好きには眼福のドライブとなりました。やはりGWの中だと、高速道路も華やぎます。 それにしても、これらの美しい車たちと並べると、日本車というのは単に絵を引き立たせるための額縁みたいですね。風景に同化しちゃって目に入らない。あれ、今のは何だろう? と思うような車はすべて外国車。メカはともかく、デザインの点ではまだまだ国産車は外国車の後塵を拝している感じがしますなあ。 ま、それはともかく、これからまたしばらく東京からのお気楽日記となりまあす。乞うご期待ということで。
May 1, 2008
コメント(0)
全29件 (29件中 1-29件目)
1