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今日はNHKの衛星放送で『リトル・ダンサー』をやるというので、大学の授業でもどこでも会う人、会う学生ごとに「見ろ、見ろ。とにかく見ろ」と言いまくっていました。この映画、好きなんですよね~! で、先程、実際に自分でも見たのですが、何度見てもいいねえ! あんまりいい映画なので、粗筋を書く気にもならないという・・・。まだ見たことがない方は、まあ、とにかく見てごらんなさいな。この映画、教授の熱烈おすすめ!です。これこれ! ↓リトル・ダンサー(DVD) ◆20%OFF! さて、今日は大学院の授業があったのですが、通常の授業はお休みさせてもらって、院生二人を前にちょいとスピーチの練習をさせてもらいました。 通常の学会発表とかシンポジウムですと、発表者がしゃべる時間というのは、そうですね、せいぜい30分くらいなものですが、近いうちにその3倍、90分もの時間しゃべることになっているので、どのくらいの分量の原稿を用意すればいいのか、どのくらいのペースでしゃべればいいのか、その辺を実地に見たかったんです。 で、観客たった二人の前で一通りしゃべってみて、大体の様子が掴めました。なるほど、手持ちで用意している原稿は少し長過ぎますね。ふんふん。あそこを切って、あそこも切って、それでちょいと後半足して、それでバッチリって感じかな・・・。院生たちの感想とか、意見もしっかり聞いたので、それを参考に微調整と行きますか。 私、自分が他人の研究発表を聞く場合でも、制限時間オーバーする発表者って大嫌い。っていうか、認めません。30分と言われたら30分きっちり話す。それがプロってもんでしょう。 だから、自分が発表する時は必ず事前に予行演習します。で、一回予行演習すれば、どこをどうすれば制限時間内に過不足なく終わるか分かります。そこはそれ、百戦錬磨という奴でして。やるとなったら、絶対受けるスピーチをして見せる。どこで笑いとるか、どこで唸らせるかも計算済み。 とはいえ、今回はちょっとね・・・。まったく筋違いの学会での講演なので、さすがのワタクシも若干不安。アウェイの試合に臨むサッカー選手みたいな心境。 でも、ま、何とかなるでしょう。『リトル・ダンサー』のエンディング・テーマでも、希望があれば何とかなる、って歌ってたもんな。 ということで、明日からまた頑張って原稿に最後の仕上げを施すとしますか!
June 30, 2008
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誰にもあると思いますが、「好きなニュースネタ」というのが私にも幾つかありまして、その中に「外来種ネタ」があります。外来種の動植物が日本に持ち込まれ、それが異常に繁殖して日本古来の在来種の生態を破壊しつつある、みたいな奴。この種の話題がニュースで取り上げられると、つい興味深く見てしまうんですよね~。 で、今日も「ブラックバス」や「ブルーギル」などの外来魚が琵琶湖をはじめとする日本の河川・湖沼の生態系を壊しているという話題をテレビでやっているのを見かけ、しっかり見てしまったという。 しかし、ブラックバスの繁殖力ってのはすごいですな。琵琶湖なんかでも、岸辺近くに生えている葦なんかの周辺をタモで掬うと、ブラックバスの稚魚が面白いほどウジャウジャ獲れる。あんなに獲れるもんですかねえ・・・。 で、こいつらが鮎の稚魚だとかをみんな食ってしまうので、琵琶湖の鮎の漁獲高も悲惨なことになっているのだそうですが、さもありなんという感じですね。それから琵琶湖名物の鮒鮨も、鮒の激減により、作れる量が減っているのだとか。もちろん地元の漁師さんたちもこうした事態を受けて外来魚駆除に精を出し、すんごい量のブラックバス・ブルーギルを捕まえるのですが、こんなの焼け石に水なんだそうで。 ところで、こういう報道を見る度に思うのですが、こういう外来魚は何からの形で利用できないんですかね・・・。 例えばあんなにウジャウジャ捕れる稚魚。あれ、佃煮とかにしたらどうなんだろう? なんかうまそうですよ。それに成魚だってもともとスズキの仲間なんだから、淡白な白身でフライかなにかにしたらそこそこおいしいんじゃないの? 人間なんて、自然の動物を絶滅させる名人なんだから、ブラックバスも獲って獲って獲りまくって、食って食って食いまくって、「最近ではめったに見かけませんねえ」状態にすればいいのに。やたらに増える魚だから子孫繁栄・商売繁盛で縁起がいいとかいって、お正月にブラックバスの卵の塩漬けを食べるとか。 あるいは、北米からブラックバスの天敵を輸入するとか。何なんだろう、ブラックバスの天敵って? ワニか? ワニを琵琶湖に放すのは、ちょっとまずいなあ・・・。余計問題が起こるよなあ。 ま、どうするのが一番いいのかは専門の人に考えてもらうとして、いずれにせよ外来種ってのは困ったもんですね。もとはと言えば、人間の都合で輸入しちゃったんでしょうから、我々が何とかしなくちゃいかんでしょうけどね。
June 29, 2008
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今日は一日原稿書き。ま、割と気持ちよく捗った方ですね。 ということで、心に油断が生じてしまい、夜はついついテレビで放映していた『ターミネーター2』を見てしまったという・・・。 いや~、何度見ても面白いね、この映画。よくできてる。今見ても、全然古くないですもん。そしてキャスティングの良さ。特にリキッドメタル役の人はいいですなあ。前作『ターミネーター』ではあれほどサイボーグっぽいと思ったシュワちゃんが、本作ではほとんど血の通ったいい人に見えてくるほど、非人間的で冷酷なリキッドメタルのたたずまい。あれはシビレます。 それでいて、そのリキッドメタルに、自分とよく似たマネキンの姿にぎょっとさせてみたり、ピストルを握ったまま格子を通り抜けようとして一瞬ドジを踏ませるなど、ほんのちょっとしたギャグもそこここに渋く添えられていたりして。脚本として完璧じゃない? 90年代くらいまで、ああいうよく出来た映画は結構沢山あったのに、どうも最近のハリウッドはいかんですなあ。『T2』のような映画を見るだに、やれば出来る子なんだから、もうちょっと頑張りなさいよ、といいたくなります。 ということで、夕食後は少し失速してしまったのですが、明日こそ頑張って一応予定の原稿を仕上げてしまいましょうかね。それでは、皆さん、おやすみなさい!
June 28, 2008
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今、うちの科では、現在の3年生が来年、4年生になった時に所属するゼミを決定する作業を行っています。 大抵は学生の希望通りになるのですが、入ゼミ希望者が殺到する人気のゼミではどうしても何らかの選抜をしなければなりません。当然、私のゼミに入るためには厳しい競争率になります。というわけで、今日は入ゼミ希望学生一人一人と面接し、硬軟とりまぜた質問に対する彼らの反応を見ながら、入ゼミを許可する学生と、残念ながら他のゼミに回ってもらう学生を決めていたのですが、毎年これをやる度に「何ともはや・・・」と言いたくなります。なんとなれば、学生たち一人一人の顔かたちは変われど、彼らの答えはまるで金太郎飴のようにおんなじだからです。 例えば、「誰か好きな作家とか、いる?」と聞くとするでしょう? すると十人中九人までが「恩田陸です」と答えます(←実話)。また、「今まで見た中で、一番好きな映画は?」と尋ねると、これに対しては十人中十人が「ハリー・ポッターです」と答えます(←これまた実話)。まるで、私をからかうために、入ゼミ希望者全員が控室で口裏を合わせているのかと疑いたくなるほど。 しかし、それにしても「恩田陸」だの「ハリー・ポッター」だのというのは、大学生の、しかも大学3年生の答えなのかしら? いや、もちろん実際にそういう本だとか、映画が好きだ、というのはいいですよ。それは個人の勝手。しかし、こういう面接の場でこの種の質問をされたら、それに応じた答え方というのがあるでしょう? 例えば「好きな本は?」と聞かれたら、「トーマス・マンの『魔の山』です」と答えるとかさ・・・。あるいはせめて「『チボー家の人々』です」くらいなことは言って欲しい。また「好きな映画は?」と尋ねられたら、「フェリーニの『8 1/2』です」とか「『旅芸人の記録』です」あたりが正解でしょ? 「それが答えだ!」ってなもんじゃないですか。 で、思うのですけれど、私たちの世代が大学生だった頃と今の学生の違いは、私たちが背伸びをして、実際にはよく分かりもしないものを、大人ぶって読んだり見たりしたのに対し、今の学生は自分に理解できるものしか読まないし、見ない、ということですね。 しかし、学生時代に「背伸び」しないで、いつするのさ? で、背伸びしないだけならまだしも、自分に理解できるものが「恩田陸」であり、「ハリー・ポッター」だと公言することを、まったく恥ずかしいことと思っていないところが情けないんだよな~。いいですかね諸君、君たちの異口同音の答えは、大学生として恥ずかしい答えなんだよ! 「好きな食べ物はオムライスとハンバーグです」とか、「下着はいつもお母さんに買ってもらいます」と答えるのと同じくらい恥ずかしいことなんだよ! ということで、まったく背伸びをせず、そのことで悪びれもしない入ゼミ希望学生たちの無邪気な顔を見つめながら、あと1年半でこいつらをどこまで大人に出来るのか、非常に不安になってしまった今日のワタクシだったのでありました。ほんと、世話が焼けるなあ・・・。
June 27, 2008
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レストランで沢山のカップルが食事をしている時、そのカップルが恋人同士か、それとも夫婦かを見分ける観点ってご存じ? 答えは簡単。食事中の会話が少なく、黙って食べているカップルが夫婦、だそうです。なるほど・・・。 今日の昼食、たまたま家内と外食していた時に家内がどこかから仕入れてきたこの豆知識を披露してくれたんですが、なるほど、と思ったのは、確かにその時、私たち夫婦は運ばれてきたスズキのポアレに熱中し、モノも言わずに食べていたからでした。あははは。 しかし、ま、そういうもんでしょう。何しろしょっちゅう一緒に居るんですもん。ですからこの会話の少なさというのは必ずしもマイナスの意味にとる必要はなく、安心して一緒においしいものに熱中できる、というプラスの意味にとるべきではないかと愚考しますが如何に。 一方、私たちの周りにいた子連れ主婦の皆様。よくそんなにしゃべることがあるなあ! と感心するほど、ひっきりなしに、声高に、主婦友同士、しゃべっておられましたなあ。ま、我々は自分たちがしゃべっていない分、周囲のおしゃべりがみーんな聞くともなく聞こえてしまうのですけど、「男の子は親の言いつけはもちろん、自分が言ったことすらすぐに忘れて何かに熱中してしまうのに対し、女の子は母親のミニチュアで、母親の言うことを一聞けば十理解するところがある反面、ちょっとうざい」的な子育て主婦ならではの実感までさんざん聞かされてしまいましたよ。(そういうもんすか?) さて、それはともかく、昼食が外食だったので、夕食は少しシンプルにしようということになりまして。その結果登場したのが・・・ 「冷し中華」でーす、ガーン! いや~、ついに出ましたか、冷し中華。今シーズン初。 でも、あれですな、冷し中華ってのは、蒸し暑くて食欲が落ち気味な時でも俄然、食欲をそそるものでございますな。誰が発明したのか知りませんが、あの酸味のあるタレ、あれを作った料理人は天才だね。なんて思いながら、またまたモノも言わずにペロッと平らげてしまったワタクシ。いや、「これ、うまいなあ!」と心の中でしみじみ思いながら食ってるんだから、多少口数が少なくても許して下されよ、奥方。 そして、食後のデザートとして登場したのが、これまた夏を感じさせる果物、スイカ。これも今シーズン初、かな。見た目まだ発展途上かなと思いきや、食べてみたら結構甘くて、夏の味を堪能してしまいました。うーん、満足! ということで、今日の我が家は何だか一足飛びに夏の食卓となってしまったのでありました、とさ。冷し中華、また食べたいな~! 日本人に生まれて良かった!
June 26, 2008
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家内が「『テンカ』って遊び知ってる?」と聞くので、私は「もちろん知っているよ、『天下落とし』のことでしょ?」と答え、その遊び方を教えたのですが、名古屋育ちの家内は、そんな遊び、聞いたことがないと言います。 うそ! そうなの? いや~、「天下落とし」なんて、ドッジボールと同じように、日本中の小学生が知っているものかと思っていましたけど、そうでもないのか・・・。 ちなみに、ひょっとして知らない方がいるかも知れないので一応説明しておきますと、「天下落とし」(または「テンカ」)というのは、1対1で遊ぶボールゲームです。両手で持ったボール(ドッジボール大)を足の間から勢いを付けて3メートルほど向こうに立っている相手に投げ、ボールを受け取った側はまた投げ返すという形でキャッチボールを続け、どちらか一方がボールを落としたら落とした方が負け。 もっとも、ただボールを投げ合っているだけではそうそう勝負は決まらないわけで、そこにはちゃんと工夫があります。つまり、ボールを受ける時に敢えて難しい受け方をして成功すると、その分、特典が与えられるんですな。例えば片手で受け取った場合、自分が投げる時は片手のアンダースローで投げることができる、とかね。両手で振り子のように投げるより片手のアンダースローの方が強く投げられますから、相手がボールを受け取り損ねる確率がその分高くなり、リスクを冒した分、俄然有利になるわけですよ。また両手を交叉させた状態で相手のボールを受け取ることに成功した場合は、3歩前に出て投げることが出来ます。たかだか3メートルくらいしか離れていない状態で3歩前に出るのですから、もう相手のすぐそばまで迫ってボールを投げることになり、これも相手が落とす確率が高くなる。そうやって勝ったり負けたりしながらゲームを続けるんです。面白そうでしょ? いや~、このボール遊び、関東地方独特のものなんですか? それとも、各地にあるのだけど、名古屋にだけないのかしら? でも、もしそうやって地方差があるのだとしたら、随分もったいない話ですなあ。面白いゲームなのに。私も一肌脱いで、名古屋でも流行らせてしまおうかしら。 宮本常一という民俗学者が『家郷の訓』(岩波文庫)という本の中で、その昔、日本の子供たちがどのような遊びしていたかを紹介しているのですが、これがまた素晴らしい描写で、今、そういう子供同士の遊びが廃れてしまったことが本当に悲しいことだと思わされるのですけど、「天下落とし」のような最近の子供の遊びすらも、ある地域では知られることもなく済まされてしまうのかと思うと、何だか寂しい気がしますね。もちろん「天下落とし」に限らず、名古屋の子供たちは知っているけれど、東京の子供が知らない遊びだってあるかも知れませんし・・・。 ここは一つ、日本中で取材して、面白い遊びの遊び方を、子供でも読めるような「遊び百科」みたいな形で出版しないといけないのではないでしょうかね。 ま、それはともかく、今日はふとした家内との会話から、懐かしい「天下落とし」のことを思い出しました。私、結構強かったんですよ。ほんと、懐かしいですなあ! これをお読みの方で、「私も子供の頃、『天下落とし』で遊んだ!」とか、逆に「そんな遊び、全然知らないよ~」という方、コメント下さい。それによって、どの地域で遊ばれていたのかが判明しますから。
June 25, 2008
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今日はまたまた教育実習生の研究授業を参観するために犬山の方まで出張に行って参りました。今日、私が参観した授業は中学2年生の英語の授業だったのですが、ゲームなんかを採り入れつつ、割と上手にそつなくやってましたね。 ところで研究授業を参観した後、当該の指導学生や担当の先生と少しお話をしたのですが、その時、話題が塾のことに及びまして。塾に通う子がやたらに増えたことで、学校の授業運営の上で非常にやりにくい状況になっている、ということなんですが。 要するに学校でやる授業なんてのは、塾でとっくの昔にやってしまうし、教科書の内容についても塾の方で全訳や解答を生徒に渡してしまうので、学校の授業には目新しいことがまったくない、というわけ。ですから生徒としては、最後がどうなるか分かっているサスペンスを二度見しているような感じらしく、「はいはい、もう知ってる」という具合で、まったく身が入らないと。 で、塾では能力別授業編成をしているので、生徒たちの中では、学力の序列についての認識が既にできているというのです。つまり、「あいつ、塾でSAクラスなんだってさ」「すっげー、俺なんてまだBクラスだよ」みたいな調子。そうやって中学の時から自分の能力の「身の程」を知ってしまうんですな。だから成績の伸び悩みから潰れてしまう子もいれば、はなから野心を失ってしまう子もいる。 そういう状況が既成事実としてある中で、学校としてはどういう教育をすればいいのか、現場は悩んでいるようでしたね。 ま、そうは言っても私に「こうすればいい」という秘策があるわけでもなく、「大変ですねぇ」と同情して帰ってきたわけですけれど、教育の現場はその時々の社会状況に対応していかなければならず、ほんとに大変そうでしたね。ご苦労様です。 ところで、そんな大変な現場から帰ってくる途中、私には一つ楽しみがありまして。 犬山方面から名古屋に戻るとなると、小牧インターから名神高速に乗るわけですが、この小牧インターのすぐ近くに、「Villa Nova」というブラジル・マーケットがあるんです。これがなかなか面白いところでしてね。 ブラジル人居住者の多い愛知県には、あちこちにブラジル人向けのマーケットがあります。で、ここもその一つなのですが、ブラジルの食材やら日用品が売っていて、すごく面白い。私は小牧方面に来る時は、ここに立ち寄ることを楽しみにしているんです。 で、今日も沢山買ってしまいましたよ! お菓子類が大半ですが、その一部をお見せしちゃいましょう。これこれ! ↓ 左の方の袋菓子はポテトチップス、右の方の缶ジュースは「マンゴージュース」だとか、「パッションフルーツ・ジュース」だとか、いかにも南米っぽいもの。まん中はパウンドケーキの類ですね。それから「豆とベーコンとマカロニのスープ」(乾燥)なんかも買ってしまいました。 それから今日のおやつにと、生ケーキも買ってしまいました。コンデンス・ミルクがふんだんに使われていて、ちょっと甘過ぎるところもありましたが、結構、おいしかったです。 ↓ その他、今日は買いませんでしたけど、肉類も安くて、牛肉なんてすごく大きな固まり肉が600円とか、信じられないような値段でしたよ。店員さんも親切だし、お近くにお住まいの方、試しに行って見て下さい。「ヴィラ・ノヴァ」、教授のおすすめ!です。 あ、それから、このヴィラ・ノヴァのマーケットの二階はレストランになっていて、ブラジル流焼き肉のシュハスコなんかが堪能できます。レストランの方もおすすめです。 ということで、今日は日本の教育の問題に頭を悩ませた後、ラテン系ショッピングですっかりノーテンキになって、いい気分で帰宅したワタクシだったのでありました、とさ。オブリガード!
June 24, 2008
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東大教授にして、私も所属する大きな学会の会長でもある某大先生のブログを見ていたら、先般の宮崎勤死刑囚に対する死刑執行に関して次のようなコメントが載せられておりました。曰く・・・「鳩山邦夫は死神どころか、地獄へ落ちる極悪人だ。正義の名の下に合法的に人を殺したい殺人鬼だ。まあ、地獄で、宮崎勤に永遠に殺され続けろ。」これこれ! ↓rentoの日記 ・・・。す、すごいコメントだ・・・。 いいんですかね、こんなこと言っちゃって・・・。 どうもこの方のブログを見ていると、時々この種の発言が見られ、大きな学会の会長さんといった要職にある方の発言としてはちょいとはしたないと言いますか、不用心な物言いが多くてガッカリさせられます。如何に何でも他人様に対して「地獄で殺され続けろ」はないんじゃないかしら。こういう発言をする方がトップにいるとなると、この学会、会員であることを辞めようかなあ・・・。閑話休題。 ここで気分を変えまして、季節にふさわしい気持ちのいい話題を。 今日、この夏初めて「麦茶」を飲みました~! 昨夜作って、冷やしておいて、今日飲んだのですが、やっぱりこれを飲むと日本の夏が来たな、という気がしますね。 麦茶、それから西瓜、蚊とり線香、扇風機、風鈴、すだれ、花火・・・。日本の夏をイメージさせるものって色々ありますけれど、どれも不思議と郷愁を誘うものばかりだなあ。子供の頃、夏休みに祖父母の待つ田舎に遊びに行ったことの記憶なんかが蘇るのでしょうか。原風景って奴ですな。 夏休みまではまだ少しありますが、梅雨の蒸し暑さを冷たい麦茶で吹き飛ばしながら、もうしばらく頑張るとしましょうか。
June 23, 2008
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ま、別に何かを買う予定があったわけではないのですが、ちょいと研究室で使うパソコンの下見を兼ねて家の近くの大型電器店を覗いてみました。すると・・・。 電器店ってのは、面白いね! 何しろ電気製品の世界はあらゆるものが日進月歩。ちょっと見ない間に驚きの新製品が続々ですもんね。この世に電器店マニアが存在する理由も分かるような気がします。 例えば冷蔵庫。シロモノ家電の代表格みたいなものですが、今は昔と違って白一色ということはなく、様々な色の冷蔵庫があります。で、機能もすごくて、ドアを開けるにしても今は自動ドア式。ワンタッチで自動的にドアが開くんですもん、ちょっと感動ですよ。でまた庫内も使い易くなっていて、今はドア・ポケットが大きく、しかも2列になっているのが主流。瓶もの、ペットボトル、ミルク・カートンなどがたっぷり収納できるようになっています。消費電力も少なくなっているようで、ふーん、いいなあ・・・。 それから、洗濯機も新型がズラリ。縦型ドラムの奴なんて、パッと見、タイムマシーンのようなデザインです。と思ったら、そういう映画が既に作られているんですってね。知らなかった~。 あと電器炊飯器ね。最近の炊飯器は、純銅釜だ、対流式だ、スチーム直噴だ、という具体で、ほとんど10万円に手が届こうか、というのまであるようですが、こういうので炊いたご飯というのは、おいしいのでしょうかね・・・。それからオーブン・トースターも最近のはカクカクしたデザインが主流。プロ仕様みたいでカッコいいなあ! 昔の所帯染みたデザインとは大違いじゃないですか。 デジカメ売り場でも、色々な新製品が出ておりました。昔のコンパクト・デジカメが恐竜に見えてくるほど、今どきのデジカメは薄く、軽く、さらにコンパクトに作られておりますなあ。それでいて今や1000万画素や顔認識は当たり前、光学ズームも半端じゃない! そろそろ今の重いデジカメ、買い換えようかしら・・・。 とまあ、こんな調子であっちの売り場でビックリ、こっちの売り場でドッキリしながら新型電気製品に「これも欲しーい、あれも欲しーい!」と歓声を上げつつ、結局何にも買わずに帰って来た貧しい教授とその奥さん・・・。トホホ。でも、二人とも結構楽しめました。今や大型電器店ってのは、一種の娯楽施設ですな。 ・・・な~んて、私としたことが、「必要」ではなく「購買欲」そのものによって人々に購買を促そうとする消費社会の毒手に完璧に捉えられているじゃん! いかん、いかん。 でも、人間たるもの、必要のみにて生きるにあらず、というのもまた一つの真理なのでありましてね。は~、新型電気製品一杯買えるように、せいぜい頑張って働こうっと!
June 22, 2008
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報道によると、朝日新聞の夕刊コラム・素粒子が、鳩山法相を「死に神」呼ばわりしたということで法相が激怒、とのことですが、まあ、これは朝日新聞が悪いんじゃないですかね。あれは法務大臣の職務なんで、それを姑息なやり方で批判するのは、いかんと思います。 そんなことを言ったら、実際に処刑を実行する人たちはどうなるんですか。書類にサインするだけの法相と違って、その人たちは「これを押したら、死刑囚が死ぬ」というボタンを押すわけでしょ。誰かがやらなきゃいけないその仕事をやっている人たちを、やはり朝日新聞は「死に神」と罵るのでしょうか。 死刑制度の存置自体を批判し、それを無くそうとすることは、一つの考え方として別にあってもいいと思いますが、それは法制度の議論なんで、現行法の下、職務を遂行している人に対して、あの物言いはないでしょう。大体、元々「処刑」というのは、死刑判決後6箇月以内に執行すると決められているのであって、それを平均8年ちょいは執行されないのだから、2年ちょいでは早過ぎるとかいう根拠のない話はしたって仕方ないのではないかと。それに、死刑囚に我が子を殺された親の立場に立ってみれば、何故に根拠もないのに処刑が延期されるのか、わけが分からんというところでしょう。 でまた、こういう重要なことを社説で堂々と批判するのならまだしも、朝日新聞は小さなコラムでもって、しかも斜に構えたような言い方で揶揄するでしょう。そこがまたイヤラシイんだよな・・・。で、法相側からもう講義を受けると、「これは別に批判しているわけではない」みたいな言い逃れをするじゃないですか。 鳩山さん自身も失言の多い人ですが、朝日新聞の今回の「死に神」批判は、明らかに人権を無視したひどい失言だと思いますね。しかも、それを失言と認めず、反省もしないとなると、朝日新聞に人の失言を批判する権利はないな。 私、日本のジャーナリズムというものには常に批判的ですけど、体制に対して批判するなら、堂々と社説でやれと言いたいですね。
June 21, 2008
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コーヒーを飲みながら同僚たちと雑談していた時、普段、どんな酒を飲んでいるかということに話が及んだのですが、これがなかなか面白くて。 まずお酒の好きな「兄貴」ことK教授は、元々ウイスキー党だったのが転じて、今は焼酎党になったとのこと。35度の甲類焼酎をコップに半分ほど、寝酒に飲むのが楽しみなのだとか。 ちなみに、私も焼酎ブームに乗って何度か試したことはありますが、どうも私の舌には単なるアルコールを飲んでいるようで味気なく、なぜこんなものを人は好んで飲むのかさっぱり分かりません。で、その旨K教授に言うと、教授曰く「そこがいいんじゃん!」ですと。 つまり、味がないから飽きない、というんですな。・・・が、もっとよく聞いてみると、理由はそれだけではないらしい。K教授のようなウイスキー党がウイスキーを飲み始めると、あまりにもおいし過ぎて、つい飲み過ぎてしまう。それで度を越して飲んでしまい、色々失敗した経験が過去にあるので、今は嗜好よりも社会生活をとったと、ま、そういうことなんですな。 兄貴! たまには破目を外して、嗜好を優先させちゃって下さいな! 冷静沈着な兄貴が破目を外すところが見てみたい、っと! 一方、「叔父貴」ことO教授は、毎日ではないにしても、寝酒にウイスキーを少々嗜まれるとのこと。というのも、寝る前に哲学書かなんか読んで頭の中が興奮してしまい(←哲学書で興奮できるところがスゴイですが・・・)、寝つけなくなってしまうことがしばしばあるので、そういう時にウイスキーを少し飲まれるというわけ。 が、ウイスキーを飲んでそのまま寝ると、寝酒の効果が効き過ぎてぐっすり眠れる反面、夜中に目が覚めてしまうことも多いのだとか。そこで一計を案じたO教授、ウイスキーを煽った後、一旦風呂に入り、ある程度アルコール気を抜いてから寝るという習慣を身につけた、というのですが・・・。 ま、本人は至って平然と口にしていますが、哲学で興奮した頭にウイスキーを注ぎ、直後に熱い風呂に入るという荒技に同僚一同、唖然。先生、危ない、危ない! 頭の血管がプッツンしちゃいますって! さて、それではイギリス人のR教授は如何に? その問にR先生答えて曰く、「シェリーを少々」。おお! さすが外人サンは言うことが違う! シェリー酒と来ましたか・・・。ま、無論ワタクシも興味本位で飲んだことはありますが、強化ワイン特有のクセに閉口し、なかなか飲みきれなかったという・・・。ああいうのを飲むのは小説の登場人物だけなんだろうと思っていたら、そうでもないんだ。勉強になるなあ・・・。 で、非常勤講師のU先生は、さすが若いだけあって、主に飲むのはビールとのこと。とはいえ洒落モノのU先生、こだわりはあるようで、「サッポロの黒ラベルが一番旨いですかね・・・」ですと。が、あれを缶にして4本も飲むと段々独特のクセが感じられてくるそうで、3本までがベストなのだとか。またその他にもコロナ・ビールやクアーズなど洋モノビールにも手を出すそうで、偉い、偉い。学者たるもの、キリンだ、アサヒだと、大メーカーの製品ばかりにうつつを抜かしていてはいけません。冒険心、冒険心。 しかし、こうして話を伺っていると、飲酒の傾向にしてもそれぞれの先生の個性が見られるもんですなあ! え? ワタクシの飲酒習慣? 聞きたい? ま、もちろん私の飲酒事情も私の個性が反映するわけでありまして、つまり、他の教授陣よりお洒落の度合いが違うということですね。具体的に言いますと、飲む酒は主としてワイン、それもこの世の最高の酒は赤ではなく白ワインだと思っていて、たまには貴腐ワインやシャンパンに手を伸ばし、カクテルではキールを最もクールなものとして愛好。一方、最も陽気な酒はサングリアだと見なし、ビールは最初の3口だけで結構、アメリカ文化専門とは言えウイスキーは断然スコッチ派、とはいえ基本的に蒸留酒には好奇心以外の興味はなく、米由来の酒は洗練に欠けるとしてさほど好まないとはいえ、場合によれば日本酒や紹興酒も辞さず、それでいて酩酊するほど酔ったことは生涯一度もないという・・・。 ま、そんなところかな。酒飲みではまったくないけれど、たいていの酒飲みより酒には詳しいよ。だって、色々知っているのがワタクシの商売なんだもの。小説に酒の話が出た時に、その酒の味を知らなければどうしようもないでしょ? さてさて、そんなこと自慢していても仕方ありませんから、そろそろ家内と深夜の茶会でもして、寝るとしますか。やっぱり私には、酒より紅茶の方が合っているのかも知れません。
June 20, 2008
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以前から憎からず思っていた作家の安部譲二さんが書いたエッセイ『八ケ岳あかげら日誌』をアマゾンで古書として購入し、読み始めたのですが、これがなかなか面白いんです。 安部さんといえば『塀の中』シリーズで有名ですが、作家になった後も出入りが激しい人生だったようで、バブルの崩壊で得た借金が数億。とにかく連載を抱えるだけ抱え、作品を書きまくって返済に奔走し、ようやく6割方返済し終わっていささかホッとしたところで、「八ヶ岳」と運命的な出会いをしてしまったというのですな。 というのも、八ヶ岳で別荘地開発をしている「泉郷」の部長さんからのお誘いで、泉郷の別荘に泊まり、その住み心地をレポートするという仕事を安部さんは引き受けたのですが、初めて八ヶ岳に泊まった翌朝、朝未だきという時間帯にこつこつとドアをノックされるような音に目覚めた安部さんは、そのノックの主がなんと八ヶ岳の森に住むアカゲラであったことに気づき、大感動するんです。 任侠の世界に身を置いていたこともある男一匹、60年間生きてきて、初めてアカゲラに起こされるという体験をする。これは、確かに一大事です。で、これを天啓と見た安部さんは、泉郷の部長に掛け合い、別荘地開拓の過程で敷地の端っこの方に生じてしまう半端な土地74坪を安く買い受け、ここに別荘を建てることにする。 ま、まだこの辺までしか読んでないので何とも言えませんが、借金返済のため、財政引き締めに力を入れていた奥様に対し、あの手この手で別荘住まいのメリットをまくしたて、なんとか夢の別荘ライフを実現しようと骨を折る安部さんがなかなかカワイイわけ。あの人は、どことなく可愛げがあっていいですよね。やっぱ、いい男というのは、どこかに可愛げがないと。いや、それは女も同じか・・・。 とにかく、同じく八ヶ岳に住むことを究極の目標と定めるワタクシ。安部さんが書いている八ヶ岳讃歌にいちいち納得で、知己を得た感一杯。週末は、例の洋モノ・ミステリと安部さんのエッセイで、至福の時を過ごすことができそうです。まだ読み切っていないとはいえ、安部譲二さんの『八ケ岳あかげら日誌』、教授のおすすめ!です。これこれ!(既に絶版ではありますが・・・) ↓八ケ岳あかげら日誌 ところで、既に絶版のこの本、私はアマゾンの古書部門で購入したわけですが、アマゾンの検索って、ちょっと厳密過ぎて使いにくくありません? 例えばこの本を検索するにしても、『八ヶ岳あかげら日誌』で検索してもなーんも引っ掛からない。「安部譲二」で検索していくとアマゾンがこの本を扱っていることは確かなので、なんで書名では検索できないのか、不思議に思っていたところ、『八ケ岳あかげら日誌』で検索するとうまく行くことが判明。何だそりゃ。間違っとるやん。 それに第一、『八ヶ岳』も『八ケ岳』も同じようなもんじゃないですか。その程度の表記の揺れは、検索エンジンの側で適当に判断してくれればいいのに・・・。 ということで、厳密過ぎるアマゾンの検索システムには、ちょいと苦言を呈しておきましょう。
June 19, 2008
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うちの学科の同窓会の会報が完成し、あとは郵便局に持っていくだけとなりました。やー、疲れた~! 同窓会の会報なんですから、同窓会が編集・発行・発送すればいいようなものですが、誰もやる人がいないので、結局私がすべてやっているという・・・。編集作業とか、印刷とか、そういうことが何より好きな私だからやってられるので、普通なら続かないでしょう・・・。だって、原稿の依頼から始まって、集まった原稿の編集、印刷、帳合、何百通分もの袋詰め、宛先と差出人のタックシール貼りから、封書の封をするところまで全部一人でやるんですもん。いやいや、そればかりでなく、何百通という封書を郵便局に持って行って「料金別納」のハンコを押す作業まで全部私がやるんですから。一体どのくらい時間をとられることか・・・。 それでも全部の作業を一人でやる。偉いぞ、釈迦楽先生。 まあね。それでも、卒業生が喜ぶからな・・・。 でもって、何人かはこの同窓会会報を受け取った後、近況報告とかしてくれるし。それを楽しみに続けているようなもんですわ。 しかし、心残りは最近の卒業生のこと。実は数年前に大学内の組織が変わってしまったので、ここ数年の卒業生は旧組織の同窓会のメンバーになっていないんです。そこが可哀相なんだよな~。ま、自分のゼミ生に関しては、このブログが同窓会会報みたいなものですが。 ま、それはともかく、ここ数日、掛かりきっていたことがようやく終わって、一息ついているワタクシなのでありました、とさ。
June 18, 2008
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万事便利なマンション暮らしの中で、私が「嫌だな~」と思うことの一つは、「エレベーターの乗り合わせ」です。 私としては職場から帰ったら、まっすぐ、直接、自宅のドアに辿り着きたいのですが、マンション暮らしだとそうはいかない。その前にエレベーターに乗らないといけないわけです。で、一人で乗るなら別にいいのですが、そこが集合住宅の悲しさ、しばしば他人と一緒に乗り合わせなければならない。自宅に着いたのに、まだ自宅じゃないという状況、これが辛い。 例えば賑やかな奥様連の中に男がただ一人という状況で乗り合わせるというのも嫌なものですが、逆に年頃の女子高生なんかと二人だけで乗り合わせるというのももっと気が重かったりする。双方とも「早く自分の降りる階に着かないかなあ」と思っている、その気持ちが狭い箱の中に充満しているような気がしてね。 でまた、どうかして小学生の帰宅時間なんかと鉢合わせしてしまうと、有象無象のガキどもと一緒にしばしエレベーターに乗らなければならない状況に陥ったりする。これは最悪です。 時間からすれば短い時間ですけど、自宅に帰りつくまでのこのしばしの試練、毎日のこととなると、結構、疲れるんだ・・・。ワタクシが一刻も早くマンションを出て一戸建てに移りたい、できれば八ヶ岳の山の中に引っ越して世間から逃避したいと思うその理由の一つは、実にこのマンションのエレベーターでの乗り合わせなんです。 で、実は今日も大学からマンションに戻り、やれやれ今日は一人でエレベーターを独占できそうだ、と思っていたところへ、2歳くらいの坊やを連れた若いママさんがご帰宅とあいなり、結局今日も他人とエレベーターに乗り合わせることになってしまった、と。はぁ~・・・。 ところが、しばしエレベーターを共有することとなったこの坊やがなかなか愛嬌のある、可愛い坊やでありまして。ニコニコして、しきりに私の注目を引こうとするわけ。足をドシンとやってみたりしてね。で、その度にお母さんに叱られるのですが、それでもとにかく、懸命に私の注意を引こうとする。ま、私はお母さんの方に遠慮して、坊やの思惑には乗らないようにしていたのですが。 で、彼とお母さんが先に降りることになったのですが、お母さんに抱っこされて私とほぼ同じ目の高さになった彼は、お母さんの肩ごしに私を見ながら、これが最後のチャンスとばかり、私に向かって精一杯伸び上がりながら「バイバイバイバイバイバイバイ」と言うんです。で、ついに私も折れて、坊やに微笑みかけながら「バイバイ!」と言ってあげると、もう感極まったように嬉しそうな顔をする。で、彼のママも、私と坊やの寸時の交流に気づき、やはりかすかに微笑みながら私に軽く会釈をして去って行ったと。 あら・・・、感じいいじゃ~ん! ということで、「エレベーター乗り合わせ」の大嫌いな私にして、今日ばかりはついつい、いい気分になってしまったのでありました、とさ。ま、結局、ギスギスした気まずい空気を緩めるのは、ほんのちょっとした愛嬌があればいいっちゅーことなんでしょうな。 今日は、私も、2歳の坊やに教えられてしまいましたよ。
June 17, 2008
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今日、大学院の授業で面白いことを聞きました。 今年のクラスには、私とほぼ同世代と思しき主婦(兼・英語教室の先生)のEさんが参加していらっしゃるのですが、授業の合間の雑談の中で、国文卒の彼女がいかにして英語を勉強したかという話になったんです。 で、Eさん曰く、主婦として子育ての忙しい時期を通過しながら、それでも英語をモノにしたいなと思いつつ、効果的な勉強法を探していた時、青山静子氏の『主婦たちの英語奮戦記』という本に出会い、これにものすごく影響を受けたのだそうで。 なんでもこの本、同じく一主婦だった青山氏が一念発起、英語を勉強しようと思い立ってから、家事の合間の寸暇を惜しんで猛勉強した、その記録らしいんです。で、その過程で同じ志を抱く主婦を集めて勉強会を開き、互いに切磋琢磨しながらさらに猛勉強。英語上達の目安として英検にも挑戦し、最終的には1級をとるようなところまで行く。で、この本に影響を受けたEさんは、「私も青山さんのようになりたい!」と思い、英語に憧れを持つ主婦友達を集めて勉強会を開き、頑張って英語を勉強したのだとか。 ほ、ほう・・・。 この話を聞いた私は、青山静子さんという方が一体どんな英語の勉強の仕方をしたのか、ちょっと興味が出てきて、帰宅後、ネット検索したのですが、『主婦たちの英語奮戦記』自体はかなり前に出版された本らしく、既に絶版になっていました。しかし相当版を重ねた本ではあるようで、おそらくこの本が出た当時は話題になったのかも知れません。 あと、Eさんによると、彼女が主婦同士で勉強会を開いていた時に、主として「茅ヶ崎式」の教材を使ったそうで、そうなると今度はこの「茅ヶ崎式」なるものにも興味が出てきました。なんでも4000語レベルの英会話の達成を目指し、時事英語をテキストにした、リスニング重視の勉強法なのだそうで、私も「茅ヶ崎式」の名前だけは知っていましたが、実際のところは何も知らなかったので、その点でも興味津々。 やっぱり大学院レベル、とりわけ大人相手の授業だと、院生から学ぶことは多いですな。だから私は「大学にもっと大人の学生を導入せよ!」と獅子吼しているんですけどね。 ということで、今日は「青山静子氏」「茅ヶ崎式英語勉強法」という二つのキーワードをゲットしたワタクシだったのであります。今後、ちょっと両者を研究してみなければなりますまい・・・。 ところで、これはいつも思うことですが、一般に女性というのは、身近にロールモデルを得た時に、ものすごく影響を受けて頑張る、ということがあるようですね。 実はワタクシが今の大学に赴任した時、私の前任者は女性の教授だったのですが、この方が「英語の鬼」と言われた人だったんです。特に長期に亙る留学経験はなく、日本に居ながらにしてネイティヴ並みの英語力をつけたと自負する女丈夫で、毎日浴びるように英語のニュースを聞き、字幕なしの外国映画を見、外人を見かければ話しかけ・・・という調子で英語を勉強したらしい。 で、彼女が居た頃、うちの学生、特に女子学生たちはもう完全に彼女の虜になってしまって、彼女を英語学習のカリスマとして崇め、「私も先生みたいになりたいっ!」とばかり、みんな狂ったように英語を勉強したんですな。もう、彼女以外の教授のことを馬鹿にしちゃって困ったもんだったよ、と、同僚の先生方から昔語りに聞きました。 で、その先生が他大学に去り、そのあとを襲ってワタクシが赴任すると、うちの学科の女子学生の間のにわか英語ブームも跡形もなく消え去りました、みたいな・・・(何でだよっ!) ま、いずれにせよ、この例からも「身近な同性のロールモデルへの傾倒」という、女性の心理が窺われます。女性誌なんかを見てても、いかにロールモデルを作り出すか(ここにカリスマ主婦あり、あそこにカリスマOLあり、みたいな感じ・・・)、ということに専念していますもんね。 そのことが分かったからといって、どうなるもんでもないですけど、なんか一つ、「分かった、そういうことか・・・」的な、女性なるものに対する認識を得た今日のワタクシだったのであります。この次英語の教則本出す時は、「釈迦楽子」みたいな女性名の偽名を使い、「主婦向けの英語勉強法! 私もこれで英語が話せるようになりました!」的な惹句を弄しようかなあ・・・、なんてね!
June 16, 2008
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何だか急に分厚いペーパーバックの洋モノ・ミステリーが読みたくなって、夕方、買い物に行きがてら、隣接する本屋に立ち寄って何か見繕うことにしました。 ま、このジャンルに詳しいわけでは全然なく、そもそも特に何が読みたいということもなくて、ただ単に分厚いペーパーバックの、分厚い割に案外軽いその手持ち感を味わいたいがために買うようなものなので、何でも良かったのですが、結局「New York Times Bestseller」というお墨付きに惹かれて『The Cold Moon』という本を買ってみました。Jeffery Deaver という作家の作品です。もっとも、よく見たら、その辺に置いてあるほとんど全てのペーパーバックに「New York Times Bestseller」と書いてあったので、このお墨付きはあんまり当てになりそうもないですなあ。 で、家に帰ってからぼつぼつと読み始めてみたのですが、いきなり冒頭に2件の、やや猟奇的な殺人事件勃発。どちらの犯行現場にも時計が置いてあり、犯人の挑戦状ともとれる「the Watchmaker」なる名刺まで置いてある。で、事件解決に動き出したのが、車椅子の探偵Lincoln Rhyme。さて、この先どうなるのか・・・。 ・・・ってなところですね。 それにしても、この車椅子の探偵の設定、どこかデジャヴ感があるなあと思ったら、このジェフリー・ディーヴァーというのは『ボーン・コレクター』の作者なんですね。ほれ、映画版でデンゼル・ワシントンが車椅子の探偵を演じた奴。なーるほど。じゃ、そこそこ有名な作家なんだ・・・。 ま、私のこのジャンルに対する知識なんて、そんなもんです。だってワタクシ、この種のものって、飛行機に乗る時とかしか読まないんですもん・・・。その飛行機にもめったに乗らないし。 でも、なんかいいですね。楽しくなってきた。久し振りにこういう分厚いジャンクなペーパーバック読んで。そうだ、忙しさに紛れて忘れていたけれど、こういう楽しみがあったんだ、って思い出しましたよ。 明日からまた仕事ですけど、合間を縫ってしばらくこの車椅子の探偵の活躍に付き合うことにしましょうかね。
June 15, 2008
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今日、とある本を読んでいたら、イギリスの古典的なジョークというのを知りました。次のような会話なんですけどね・・・A: Who was that lady I saw you with last night?B: That's NO lady, that was my wife! ま、敢えて訳すと・・・A: 昨夜お前がレディーと一緒にいるのを見かけたが、あれは誰だ?B: どこがレディーなもんか、ありゃ、俺の女房だ! ということになるのでしょうか。で、イギリス人はこの会話を読むと腹を抱えて大爆笑なのだとか。 さて、これのどこがそんなに可笑しいのでしょう?? いや~、私にはどこが面白いのか、さっぱり分かりませんが。単に、「うちの女房はレディーなんてシロモノじゃない! とんでもない鬼婆だ!」というところが笑いどころなのかも知れませんが、それじゃあ、ユーモアのかけらもないもんなぁ・・・。少なくとも「古典的ジョーク」の誉れ高いものともなれば、もっと高度な笑いがあるのではないかと思うのですが、それが何なのか、私にはまるで分かりません。 こういうのが文化の壁ってものなんでしょうかねえ。そういえば先日、小谷野敦さんのブログを読んでいたら、小谷野さんがイギリスの有名なユーモア小説『ボートの三人男』を読み始めたところ、思わせぶりなばかりでよく分からないイギリス流ユーモアに閉口し、ついに途中で投げ出してしまった、というようなことが書いてありましたけれど、確かにそういうところはありますね。日本人にはどうしても分からないユーモアのセンスというのが、イギリスにはあるような気がする。いや、その国独自のユーモアのセンス、ということで言えば、何もイギリスばかりが特殊、というわけではないかも知れませんけれど、イギリスのジョークに特にそういうわけ分からんものが多いような気がします。 例えばの話、イギリスの有名なドタバタ喜劇・『空飛ぶモンティ・パイソン』なんて、一体何が面白いのか、よく分からんことが多いですもんね。でも、あれこそがイギリス流のユーモアなんでしょ? わけ分からん・・・。 ということで、もし上記の「レディー」ネタに関し、「このジョークはここが面白いんだよ」ということをご存じの方、いらっしゃいましたら、哀れな教授にご教示下さい。よろしくお願いします。ま、どなたにも分からないようであれば、そのうちイギリス人の同僚に聞いてみます。
June 14, 2008
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今日は大学がお休み。ということで、軽くドライブがてら紫陽花を見に行くことにしました。向かった先は蒲郡の近く、形原というところ。愛知県の紫陽花の名所ですな。これこれ! ↓全山、これ紫陽花の海 白い紫陽花もいいものです でも、一番好きなのは、やはりこの色! ・・・が、今日は「紫陽花日和」というには、少し暑過ぎました。やはり紫陽花というのは、今にもザァっと来そうな曇天とか、あるいはいっそ、そぼ降る雨の中とかで見た方が、感じが出るような気がします。梅雨の花ですからね。ま、それでもとにかく、今年も無事、形原の紫陽花を堪能することが出来たので、善しとしましょうか。 ところで、今日、蒲郡にやって来た私たちのもう一つの狙いは、蒲郡駅の近くにある「スズキ・プランタン」というケーキ屋さんに寄ることでした。ケーキハウス スズキ プランタン ここ、蒲郡では有名なケーキ屋さんらしいのですが、以前、卒業生がここの焼き菓子をお土産に大学に遊びに来たことがあって、その時食べたダックワースの味を忘れかねた私は、今度こちらの方に来る時は絶対ここで焼き菓子を買おうと思っていたんです。 ということで、買いまくりましたよ、各種焼き菓子を。ダックワースはもちろんのこと、マドレーヌだとか、栗の入ったガレットだとか。試食に出ていたソフトクッキーもおいしかったのでそれも買ってしまいました。値段も常識的なものでしたしね。 で、念願のスズキ・プランタンの焼き菓子をゲットした我ら夫婦は、さらに足を伸ばして「ラグーナ蒲郡」というところに向かい、ここの「お魚ひろば」というところで「まぐろのカマ焼き」をゲット! これ、昨年も紫陽花見物の帰りにここで買ったのですが、馬鹿ウマなんですよ。 かくして紫陽花も堪能し、焼き菓子も仕込み、夕食用のマグロのカマ焼きも入手した我らは、すっかり満足して家路へと向かったのでありました。 で、家に帰ってからコーヒーを淹れてダックワースをいただき、その後、夕食にマグロのカマ焼きを食べたわけですが、どちらも最高に旨かった! 蒲郡に行ったら、この二つを買わなきゃウソですよ。教授の熱烈おすすめ!です。 今日は紫陽花も見れたし、スズキ・プランタンの焼き菓子も食べられたし、「お魚ひろば」のマグロのカマ焼きも食べられたし、久々に充実のドライブとなったのでした。今日はすっかり遊んでしまったので、明日・明後日は勉強頑張るぞ!
June 13, 2008
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今テレビ・コマーシャルをやっている永谷園の「そうらーめん」っていうんですか? あれ、前からチェックはしていたんですが、ついに今日のお昼、釈迦楽家の食卓に上がってしまいましたよ。これこれ! ↓ そうらーめん 茹で時間わずか3分、市販の蕎麦ツユに、付属するレモン汁と香味油を加えた上で、そうめんのように、あるいはラーメンのつけ麺のように食べるんですけど・・・ おお! うま~い! 確かに「そうめんののどごしとラーメンの味わいを同時に楽しむ」という謳い文句は、ほぼその通り、という感じですね。ま、食べているうちに「確かにうまいが、これと冷し中華と、どこが違うんだ・・・?」という気がして来なくもないというところもありますが、でも冷し中華がうまいのと同じように、「そうらーめん」もうまいのですから、別に文句をいう筋合いではありません。我が家ではプチトマトを添えて食べましたが、冷し中華的にハムやキュウリの細切りや、あるいは玉子(錦糸玉子とか茹で玉子など)を添えて食べても良さそうです。 ほれ、「そうめん」をツルっと食べるだけだと、何となく物足りない感じがするでしょ? その点「そうらーめん」は、もう少しボリュームがあって、「ちゃんと食べた」という満足感がある。そこが大きい違いじゃないかな。これから季節は暑くなるわけですが、夏のお昼の簡単メニューとしては、結構いいのではないかと思います。 そうそう、そういえば今日はもう一つ、初めてのものを食べました。プリングルスの新味(?)で、スパイシー グァカモレ」という奴。普通のスーパーで売っているかどうか分かりませんが、ちょっとした輸入食材も売っている程度のお店なら揃えていると思います。 プリングルスはもともとファンで、様々な味にトライしているのですが、この「スパイシー グァカモレ」は、近来ないヒットかも。味としては、そうですね、南米グリーンサルサ系? 適度にスパイシーで、ビールのつまみなんかには最高でしょう。 ということで、今日は新しい「味」二種にトライしてしまったワタクシなのであります。好奇心なくして、何の人生ぞ! 「永谷園そうらーめん」と「プリングルス スパイシー グァカモレ」、教授のおすすめ! です。
June 12, 2008
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今日は教育実習の研究授業参観をするため、犬山市にある某中学校に出張してきました。この学校、ちょっと特色のある学校で、木曽川のすぐ脇にあることもあり、卒業を控えた3年生が世話になった机を木曽川まで持って行って川の水でゴシゴシ洗い、きれいになった机を後輩たちに託す、という伝統行事があるのだそうです。そういう、ちょっと変わった風習があるので、愛知県内では割と知られた学校なんですけどね。 さて参観したのは私にとっては専門外の国語の授業だったのですが、ま、お世話になっているうちの実習生も、そこそこいい授業が出来ていたのではないかと思います。 ところで、実習授業を参観しながら、ちょっと気になった点が一つありまして。というのはこの実習生、授業中に「班活動」というのをやたらにやらせたがるんです。で、彼が「はーい、それでは班に分かれて!」という風に声をかけると、生徒たちも慣れた作業でさっと机を動かして4人一組の班を作り、班毎に教科書の内容についての話し合いをし、そこで出た結論をやはり班毎に発表する。常にそういう形式で授業が進んでいくんです。 このやり方が少し気になったので、実習生を指導して下さっている先生にお尋ねしたところ、これは当該の実習生のオリジナルということではなく、この中学全体の方針なのだそうで、「学び合い」と称しているものなのだとか。つまり生徒たち自身が、勉強の苦手な子を助けたりしながら、全員ゴールを目指す、というやり方を重視しているんですな。 で、そういうのは今どきの学校教育の一つの流行なのだそうで、班に分かれるにしても「4人で一班を構成する」のがベスト、ということまで研究されているのだそうです。この「4人で一班」のメリットは圧倒的なのだそうで、「3人」とか「5人」で班を構成した場合と比べると、運営が非常にスムーズに行くのだそうです。中京大学のなんとかいう先生がそういうことを特に研究されているのだとか。 ・・・なるほどねえ。そういうことか。 しかし・・・。教育学とか、そういうことの知識がまったくない素人のワタクシからすると、こういう「学び合い」方式ってのは、本当にいいものなんだろうか、という疑問がありますね。 だって、中学生なんてまるで子供ですよ。子供たちに子供達同士で判断させたら、子供の判断しか出来ないに決まってるじゃないですか。しかし、「成長」ってのは、常に子供から大人への変化でしょう? で、「教育」というのは、子供が大人へと成長していく、それを促し助けるものなんだから、子供の判断を重視し過ぎるってのは、そもそも教育の方向性として間違ってないっすか? 最近の凶悪犯罪なんか見てると、「人を殺してみたくなった」とか、呆れるほど幼稚な動機で犯行に及ぶ傾向が見て取れますけど、こういうのも、公教育全般の流れの中で子供の幼稚な判断を是正せず、重視する一方だったことが遠因としてあるんじゃないかという気がしますけどねえ・・・。 ちなみに、非常に特殊な教育で知られたある私立の学校で育った私自身の例を申しますと、中学時代の国語の時間なんて、とにかく毎回のように厳しい漢字テストをやらされたという記憶があります。相当難しい漢字まで書かされましたよ。で、そうやって漢字を叩き込まれた上で、やはり相当難しい文学作品を読まされる。もちろん教科書なんて内容が易し過ぎるのでほとんど使いません。市販の文庫本をその都度買わされるんです。 で、もちろん「学び合い」なんてしません。うちは「自学自習」がモットーですから、他人とは関係なくまずは一人一人が考え抜く。で、その後、個別に先生と面談しながら、自分の出した結論に対する評価を受け、まともな答えが出せるまで突き返される。そういう繰り返しをやるんです。その作業の中で、少しは「大人っぽい」考え方、理解の仕方を身につけていったわけですが、今、思い返してみると、少なくとも今日私が参観した「学び合い」の授業内容よりも、はるかに大人びた、高度なことをやっていたような気がします。 私、思うに、子供の頃の教育なんてのは、多少この種の叩き込みでいいんじゃないでしょうかね。例えば、「食事」のことを比較に出してみてもそうなので、子供が好む食べ物ばかり食べさせていたら、肥満になったり、必要な栄養素が欠けたり、味覚が発達しなかったりするわけでしょう? だからこそ、子供が好きかどうかは別として、親が食べさせるべきだと判断したものを子供に食べさせるというのが家庭での食事の正しい道なんですよ。だったら、教育全般もそれとまったく同じ。子供同士で出す幼稚な結論なんて放っておいて、これはこういう意味なんだ、こういうところを読み取るべきなんだ、ということを大人が上から教えてやるべきなのではないかと愚考するのですが、如何? ま、今回に限らず、教育実習の参観に行く度に思うことですけれど、日本の公教育は子供に甘過ぎ。子供の考え方ばかり助長していないで、大人の考え方を教え込む方にもっと力を注ぐべきなのではないかと思うのであります。中等教育がそんな甘ちゃんだから、二十歳を越えてもまだ幼稚園生的感性の奴らが大学に来るんだよ~! 何とかしてくれ~!
June 11, 2008
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先週末行われたF1カナダグランプリ。アクシデント頻発の荒れたレースを制したのは、ポーランド人ドライバーのロバート・クビサ。個性的なマスクに人好きのする性格で、ただいま人気急上昇中。ワタクシも彼の栄誉を讃え、似顔絵を描いてみました! 分かる人にしか分からないと思いますが、結構似ています。これこれ! ↓祝! F1カナダグランプリ優勝! ロバート・クビサ
June 10, 2008
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何だか最近、「出前授業」というのが流行っておりまして、困っております。 そも「出前授業」とは何ぞや、ということですが、要するに大学の先生が高校へ出向き、そこで1時間ほど模擬授業みたいのをやる、というもの。うちの大学に来るとこんなに楽しい授業が受けられますよ、という大学の宣伝をやるわけで、今後の少子化を睨んだ受験生争奪戦の一環なんですな。 で、勤務先大学も右へならえをして、「出前授業、やります。希望する高校はどうぞお電話下さい」みたいなことをPRしたらしいんです。すると・・・ これが、来るんだ。意外なほど、出前授業の申し込みが来る。それこそジャンジャン来る。 で、こちらから「やります」と言った手前、大学としても断るに断れないわけでして、それは回りに回って我々のところに問い合わせとしてやってくる。「英語科で2、3校引き受けてくれませんか」というわけです。それが毎週のようにくる。 いや~。ビックリですね。高校生とか、そんな模擬授業聞いてどうするんだろう? 芸人のお笑いコンクールみたいな感じで、一番面白い授業をやった先生のいる大学に行く、とでも言うのだろうか? もうね、大学というのは、先生が何か面白いことを演じてくれるところじゃないのでありまして、そういうことに期待しないでもらいたいんだよね~。 っつーことで、ワタクシは「出前授業」のコンセプトそのものに賛同できないので、そんな大道芸人だか客寄せパンダみたいなことできませんと言って、上からの問い合わせには、すべてお断りの返事を出しているのですけど、しかし、申し込みの数自体が多いですからね。労働負担平等の観点からそのうち否応なくワタクシにも出撃命令が下ることでしょう。くわばら、くわばら。 ちなみに、私個人としては、少子化に伴う受験生の減少傾向大歓迎。これからは一旦社会人となった人のUターン受講、あるいは停年を迎えた後の老後世代の大学回帰こそ、目指すべき方向ではないかと思うんですよね~。学問に年齢の壁なし! 一度社会に出た後、「もう一度勉強したい、し直したい」という人たちこそ、大学が諸手をあげて歓迎すべきなんじゃないかと思うのであります。 そういう人たちへ向けての模擬授業だったら、不肖・釈迦楽、いくらでもやっちゃうよ。 ということで、ガキンチョのお守りだけはカナワンと思っている私なのでありました。もう、わけ分からん!
June 9, 2008
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光文社文庫から続々と出る世界文学の復刻。しかし、昨年出たスタンダールの『赤と黒』の新訳が誤訳だらけ、という批判が出ているようで。 ま、翻訳には誤訳が付き物なので、程度の問題なんだろうと思いますが、野崎歓氏の新訳を批判している立命館大の下川茂氏によれば、「誤訳博覧会」の様相を呈しているといいますから、ひょっとすると問題アリなのかも知れません。ま、専門家ではないので、私にはよく分かりませんが。 ところで、先程も言いましたように、誤訳というのはなかなか全滅させることが難しいものであります。例えば、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』を例に挙げますと、この小説には既に10種を越す日本語訳があります。が、一番最後に出た訳に誤訳が少ないかというと、必ずしもそうではない。新訳を出そうという訳者が、既存の訳すべてを参考にするのであれば、誤訳はいずれ虱潰しにされ、確実に減っていくはずですが、そこまでやる人は実際にはいないんですな。ですから、ある旧訳の誤訳が新訳で直されることがあったとしても、新訳の中に新たに誤訳が生み出されることがあるので、結局、誤訳の数自体は全然減らないわけ。 それに、新訳が意図的に誤訳をすることもあります。例えば、意外なベストセラーとなって業界を仰天させた光文社文庫の『罪と罰』の新訳。あれは日本人読者にとって読み易い訳にすることに主眼が置かれているようで、そのためややこしいロシア人の人名を、原作通りに訳すことをしていません。ロシア人の人名は、相手に対する敬意や親しみの度合いによって呼び方が様々に変わるわけですが、それを一々訳し分けていると、日本人の読者には誰が誰だったか分からなくなってしまうことになりがちなので、光文社文庫の新訳では敢えて人名の呼び方を統一してしまったわけです。これは、ある意味では英断ですけど、そのために原作者の意図を正確に訳し分けることをある程度あきらめなければならないところもあるわけで、功罪相半ばするところがあると言えるでしょう。 ま、今回問題になっている『赤と黒』も、同じ光文社文庫の新訳ですから、「現代人にとっての読み易さ」というところに主眼が置かれ、訳自体の正確さがなおざりにされたのかも知れません。「世界文学の古典の新訳は売れる!」ということで、二匹目、三匹目のドジョウを狙った光文社が、訳者を急がせたということろもあるでしょう、きっと。さて、下川氏からの挑戦状を受けた野崎歓氏がどういう対応を取るか、ちょっと興味深いところではあります。「誤訳博覧会」とまで批判されたら、やはり反論をするなり、非を認めるなり、しないとまずいでしょうからねえ・・・。 しかし、それにしてもこのところの「古典ブーム」、すごいですね。ついに小林多喜二の『蟹工船』まで爆発的に売れているというじゃないですか。現代の労働状況が、蟹工船のそれに近いから、などという分析もなされているようですけど、ほんとですかね? ま、ハリウッド映画もリメイクばっかりの現在、ネタは過去に探れ、ということもあるのではないでしょうか。 そういう点で行くと、次に新訳が出て売れる「世界文学」は何でしょうかね? 私が思うに・・・サルトルとカミュ! 実存主義! ・・・の辺りじゃないかと思うのですけど、どうでしょう。秋葉原歩いていたら、突然、何の意味もなく殺されてしまう不条理な世の中ですもの。「意味のある人生」なるものが当然ある、という信頼が揺らいだとしても、可笑しくない。 だったら、その辺りのことを考えているサルトル・カミュ系が次に来るんじゃない? 定評ある白井浩二とか佐藤朔とかの訳も、もう大分時代を経てきたことだし。大体、ドストエフスキーとかカフカみたいな実存主義の先駆が光文社文庫版新訳で大ブームということ自体、フランス実存主義まであと一歩、という感じがしません? ということで、長き不遇の時代をかこってきた仏文の皆さーん、久々にあなた達の出番ですよ~、と叫びつつ、日曜日が終わってしまうことの不条理さを耐えようと思っているワタクシなのでした。
June 8, 2008
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このブログ、「セレクトショップ」と名乗っているわけで、本来、モノを売ることを主眼に始めたわけですけど、何だか最近は付録の「教授のお気楽日記」の更新ばかりに気を取られ、セレクトショップの方は放置しっぱなし。気にはなっていたんですけどね。 ということで、ほんの少しですけどセレクトショップの売り物を更新してみました。ページ冒頭の商品陳列棚(?)をご覧下さい。日欧の中古車を仕入れて置きましたよーん。これ、ほんとに買えるものばかりですから、いいクルマだなと思ったら買ってください。 ところで、ここに商品を陳列しながらつくづく思ったのですけど、昔の日本車の中にも、実にデザインのいいクルマがありましたねえ・・・。 特に下段、一番左端の赤いクルマをクリックしてみて下さい。 可愛いでしょ? これ、スズキの「セルボ」というクルマなんですけど、現在のダサい「セルボ」とは大違いの、抜群のデザインだと思いませんか? 何しろ当時は「軽のカウンタック」と呼ばれたほどですから。 このクルマには、ワタクシ、非常に思い入れがありまして。 今を去ること四半世紀前。私が大学1年生の頃ですよ。ついに念願の免許を取りましてね。さて、クルマを買おうということになった。で、私はかねてからこのセルボに目を付けていて、当時としても既に中古車でしか手に入らないようなクルマでしたが、ぜひこいつを買いたいと思っていたわけ。 で、知り合いのクルマに詳しいお兄さんに頼んで一緒に中古車屋を回ってもらい、一台、程度のいいのを見つけたのですが、実際に乗ってみると、まあ小さいわ、狭いわ。何せ軽自動車のクーペですからね。一人で乗る分にはともかく、家族を乗せてどうのこうの、というクルマではないことが判明。しかも当時の軽自動車は2サイクルのエンジンだったので、バイクのエンジンみたいに排気のスモークが青く、しかもガソリン臭い。 で、結局、一緒に回ってくれた知り合いの人や中古車屋さんの勧めもあり、セルボを断念してカローラの2ドアハード・トップを買うことになったという・・・。 ま、初めて自分のものとなったそのカローラ・ハードトップも悪いクルマではなかったですけど、デザイン的には「ごく普通」のクルマであることは否めず、やはりあの時、セルボを買えば良かったという後悔は、今でも若干残っております。もし、セルボを買っていれば、「我がクルマ人生、乗ったクルマのすべてが卓越したデザインのクルマであった!」と胸を張って言い切れたものを・・・。 ということで、今回、自分のセレクトショップにセルボを仕入れつつ、「これ、自分で買いたいよなっ!」とつくづく思ったのでございます。ちなみに、セルボの右隣の青いフロンテ、こいつもいいデザインですな。まるで往年のイタリア車、フィアット126みたい。こんなステキなクルマが日本にもあったなんて、信じられません。(ま、このクルマの基本デザインを決めたのは、ジョルジェット・ジュッジャーロというイタリアのデザイナーなんですけどね。) いやはや、ブログの衣替えをしながら、自分のクルマ人生のスタート時のことを、つい思い出してしまいました。ま、こんなノンビリした週末も、たまにはいいでしょう。
June 7, 2008
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先日、新聞のテレビ欄を見ていたら、深夜に『蜘蛛女』というのをやっているのを見つけました。ほ、ほう、プイグの『蜘蛛女のキス』をやるのか、じゃあビデオに撮っておこうかしら、などと思いながらさらによく見ると、映画タイトルの横に「ゲイリー・オールドマン」と主演俳優名が書いてある。ん? 『蜘蛛女のキス』にゲイリー・オールドマンなんか出てたっけ? 不思議に思ってネットで調べてみると、『蜘蛛女』というのは『蜘蛛女のキス』の省略形ではなく、ちゃんとそういうタイトルの映画があるということが分かりました。もっとも原題は『Romeo Is Bleeding』即ち『ロメオは血まみれ』というタイトルのようですが。しかも、色々調べてみるとこの映画、B級映画として相当高い評価を得ているらしい。となれば、オールドマン・ファンの私としては、『蜘蛛女のキス』以上に興味が湧くというもんじゃないですか。 ということで『蜘蛛女』、しっかりビデオに撮って、そいつを昨夜見てみたというわけですよ。すると・・・ うーむ、なかなか良い。 以下、粗筋を示しますと(ネタバレバレ注意)、オールドマン演じる悪徳刑事ジャックは、マフィアから金を受け取り、彼らが消したいと思っている警察側の証人の居場所の情報を流す、ということをやっているんです。最初のうちは欲しいもの、買いたいものがあって始めたことなんでしょうが、今やそれが習慣化し、金を集めることだけが生きがいのようになってしまっている。で、「習慣化」は彼の結婚生活にも当てはまり、結婚当初の情熱もどこへやら、彼と妻のナタリーとの関係は倦怠期の真っ只中にあるという感じ。 ところが、あることがきっかけで、この変化のない、熱を失った生活が激変することになるんです。 彼が関係しているマフィアのボス(ロイ・シャイダーが好演!)が、彼の後釜に座ろうと企むロシア系マフィアの女ボス・モナを恐れ、彼女を亡き者にするため、ジャックから情報を引き出すのですが、このモナというのが魔性の悪党で、警察の監視を破って逃亡、その結果彼女の殺害は未遂に終わってしまうわけ。 そこでマフィアのボスは、モナ殺害失敗の責任をジャックに着せ、ジャックにモナを殺すことを命じるんです。もちろん、嫌だと言えばジャックの命はないことは言うまでもありません。このシーンにおけるロイ・シャイダー演じるところのボスのコワイこと、コワイこと! やばいことになったジャックは、とりあえず妻のナタリーを逃がし、愛人のシェリーも逃がし、独り身になって事に当たることにする。 ところが、一枚上手のモナはこうした取引が行われていることを見通し、逆にジャックに近づいて、マフィアの5倍の報償金でジャックを抱き込み、モナの死亡通知の偽造を持ちかけるんですな。で、半ば自暴自棄になったジャックは、モナの誘いに乗る、と。 ところが、このモナというのはマフィアのボスより恐ろしい女、まさに自分の糸に引っ掛かった男は破滅させずには置かない「蜘蛛女」でございまして、まんまと偽造文書を持ってきたジャックを(爆笑しながら)殺そうとする。すんでのところで彼女の毒牙を逃れたジャックですが、結局モナには逃げられてしまいます。 で、逃げたモナは自分の左腕を自分で切り落とし、モナの一味に捕まっていたジャックの愛人のシェリーを殺して(ジャックが誤って彼女を殺すよう仕向け)、その死体と共に自分の腕を燃やし、自分の死を警察とマフィアに一旦信じ込ませます。そしてその上で、自分を殺そうとしたマフィアのボスを捕まえ、逆に彼を生き埋めにして殺してしまう。 それだけではありません。モナはさらにジャックの汚職ぶりを警察に通報して彼を逮捕させ、自分は司法取引で自由の身を得ようとするんですな。そして、まさに逮捕されたジャックと、自由の身になろうとしているモナが警察署(裁判所?)のホールで交錯する。ジャックをあざ笑うモナ! しかし、その時、何かが起こって・・・。 最終的には、もちろん生き残るのはモナではなく、ジャックです。今、彼は警察の保護を受けつつ、名前も変えてアリゾナ州のうら寂れた道路沿いの食堂を経営しながら暮らしている。そして一人寂しい暮らしをしながら、彼は危機的状況の中で別れた妻が自分のところに戻ってきてくれるのを5年も待っているんですな。もしこの危機を生き伸びることが出来、しかもまだ自分のことを愛してくれているのなら、毎年5月1日か、12月1日のどちらかに尋ねて来てほしい。別れ際にそう言った自分の言葉を守って、ジャックは妻のことをじっと待っている。荒涼としたアリゾナの僻地の中にポツンと立っているジャックの食堂と、寂しげなジャックの姿を映して、映画は終わります。この最後のシーンがいいんだ、すっごく! ・・・とまあ、そんな感じの映画なんですが、とにかくね、蜘蛛女モナがやたらに恐ろしいわけ。何せ生き延びるため、自分の目的を達成するためなら何でもする女、自分の腕すら笑いながら切り落とす女ですからね。コワイ、コワイ、マフィアのボスですら彼女を恐れるのもわかる気がする。そんな蜘蛛女の糸に引っ掛かってしまったジャックの恐怖たるや、想像するだに・・・。 で、期せずしてそういうことに巻き込まれてしまったジャックは、そうなる前の生活、つまり倦怠期の真っ只中に居た頃の生活が、実はどれほど幸福な時間だったのかを知るわけですよ。だからこそ、彼は自分の妻が自分のもとに帰って来てくれる幻すら見ながら、毎年5月1日と12月1日を首を長くして待っている。その切ないこと、切ないこと。その辺り、ゲイリー・オールドマンが見事に演じるんですなあ。 大体、「待っている男」というこの映画の主題がいいね。すごくリアリティがある。 歌謡曲なんか見ていると、たいてい待っているのは女でしょう? あみんの「待つわ」とかね。「岸壁の母」もそうか? 「待つわ、いつまでも待つわ」というわけです。 でもワタクシ、(「岸壁の母」のケースは母子ですからこれは別として、男女の恋愛感情について言えば)この状況にはリアリティがない、と思うんですよね。それは、私が勤務先大学の地下組織・「愛の最高裁」の判事として様々な恋愛相談に乗ってきた経験からも言えます。女性は、待ってなんかないですよ、普通。別れたら別れたで、さっさと次のステージに行ってしまう。 むしろ未練がましいのは男、いつまでも引きずるのは男の方です。ですからね、「待つ男」というのはものすごくリアリティがある。ジャックが別れた妻をいつまでも待つ気持ちは、だから、非常によく分かります。男が見ると、余計分かるんじゃないかしら。 ということでこの映画、確かにB級っぽい作りではあるし、高貴なところはないのですが、マフィアのボスはコワイし、モナはもっともっと怖いし、巻き込まれたジャックは笑ってしまうほどとんでもない目にあうし、最後は何とも言えず切ないし、という具合で、色々な感情を掻き立てられる映画でした。私の印象批評点もそれなりに高得点でありまして・・・ 「83点」でーす! 十分お薦めするに足る映画でしたね。少なくともゲイリー・オールドマンのファンの方にとっては、彼が最初から最後まで出ずっぱりの映画として、一見の価値はありますよ~。あ、それから最後の方で、トム・ウェイツがちらっと顔を出す、という辺りもB級映画ならではの楽しみかも。 それにしても、『レオン』の悪徳刑事役の時も思いましたけど、ゲイリー・オールドマンという人は、服の着こなしが最高にうまいね! 決してハンサムではないけれど、いい俳優です。彼が監督した『ニル・バイ・マウス』も映画として素晴らしい出来で、監督としても才能のある人。今後とも目の離せない人ですな。
June 6, 2008
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ブログで知り合った「まるまる酒場」さんのブログを読んでいたら、「マッコリ」を飲んだ、という内容の記述があって、それを読んだら何だか急にマッコリを飲んでみたくなり、今日、大学からの帰り道、お酒屋さんに寄って買ってしまいました。 ところで、このマッコリなるもの、ご存じですか? 同僚でお酒の好きな先生に尋ねたところ、「何それ?」と言われたので、お酒を飲まれる方でさえ必ずしもご存じとは限らないらしいのですが、要するに韓国のお酒ですな。といってもジンロのような焼酎系のものではなく、むしろ日本酒の濁り酒に近い感じ。アルコール度数も6%くらいのものです。 で、夕食の時に私も初めて飲んでみたのですが、うーん、なるほど、甘味のある濁り酒で、まさに白酒ですな。あまり洗練されたお酒ではないけれど、まっこりとして・・・いや、まったりとして、嫌いじゃない味かも。お酒の弱い家内ですら、「もう一口!」とお代わりしていましたので、女性にも受ける味かもしれません。 ということで、人生初となる韓国酒マッコリを飲んで、ニッコリの私なのでした・・・って、予想通りのオチだなっ!これこれ! ↓【送料無料】日本じゃ飲めない“本生”マッコリ 300ml 3本セットフレッシュ&フルーティー氷温... で、一杯気分となった私と家内は、その勢いで、先日深夜に放映していたのを録画しておいたある映画を見たのですが、これがまためちゃくちゃインパクトのある映画でございまして。 で、その映画とは何かと申しますと・・・いや、その話をすると長くなりそうなので、また明日のココロにしておきましょう。それでは皆様、お休みなさ~い!
June 5, 2008
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用があって、丹羽隆昭著『クルマが語る人間模様 二十世紀アメリカ古典小説再訪』という本を読んでいるのですが、この中にちょっと面白いことが書いてありまして。 いや、クルマの個性、という話なんですが、著者の丹羽さんによると、同じメーカーのある特定車種、しかも排気量もグレードもまったく同じものを2台乗り比べると、乗り心地や運転感覚がまったく異なる、というのですな。 つまり、現代のクルマのように沢山の部品で成り立っている製品ともなると、2台まったく同じものは作れないので、どうしても一台一台に個性が出てしまうということらしい。 は、はーん。そういうこともあるかも知れません。そういえば、前にこのブログにも書きましたが、ステレオに関しても同じだそうで、同じメーカーの同一機種でも、実際に音を出してみると一台一台まるで違うと言います。この世に同じものは2つとない、という真理が、こういうところにも顕れるのでしょう。 だから、クルマというのは、漠然と語ってはいけないのであって、それぞれ個性を持った唯一無二のものとして語らなければならない。小説の中にクルマが登場する場合でも、「単なるクルマ」としてではなく、一個の「登場人物」として見なければならない。 例えば、フィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』を読むにしても、ギャッツビーの乗り回す「外装が黄色、内装が緑のロールス・ロイス」のことを読みとばしちゃいけないわけで、この個性的なクルマの持つ意味を読み取らなければならない。ま、そんな感じで、アメリカ文学の中に登場する様々なクルマのことが語られる。この本は、そういう本なんです。 ちなみにこの本、各論に移る前に、その前提として「アメリカにおけるクルマの発展史」のような章があるわけ。で、私のようなクルマ好きからすると、この章が一番面白いとも言える。だって、この方面のことを探っていくと、意外な事実が色々出てくるんですもん。 例えば、鉄道と自動車、開発のスタートからすると、むしろ後者の方が早かった、とかね。なんか逆のような気がするでしょ? で、なんでそういうことになるかといいますと、当初自動車の動力としては、蒸気機関が一般的だったから、なんですな。でっかいボイラーを鼻先にくっつけた自動車が往来を走り回っていた、なんて想像すると、なかなか面白いではないですか。それから電気自動車なんてのも、開発はよっぽど早くて、むしろガソリン車の開発は一番遅いんです。 それから、自動車の部品の開発に関して言うと、「ブレーキ」の開発が一番遅れたそうなのですが、どうしてそういうことになるかというと、最初期の自動車は「馬のない馬車」として開発されたので、馬車という乗り物についていない「ブレーキ」のことに思い至らなかったからだというのです。面白いでしょ? ということで、私はこの本に関しては最初の章が一番面白いと思ったのですけど、ある女性研究者曰く、「この本、最初の方にクルマのことがあれこれ書いてあって退屈した」そうで、男と女では、同じ本を読んでも感じ方が違うんだなあと思ったりして。 ま、とにかく、この本の著者の丹羽さんという方、相当なクルマ好きのようで、その点だけでも私は共感しつつ、楽しく読むことが出来ました。ちょっと専門的な本になってしまいますけど、アメリカ文学とクルマとの関係ということに興味のある方には、おすすめです。 それにしても、最近のガソリンの値段にはビックリしますね! 我が愛車プジョー306は、生意気にもハイオク指定なんですけど、リッター180円って、一体どういうこと! この調子じゃ、クルマも先祖返りして、そのうち「蒸気自動車」が復活したりして。ボイラーのお湯が沸くまで動かないところがアレですけど、お湯さえ沸かせるなら、燃料は石炭でも薪でも紙屑でもいいわけですからね。スピードだって相当なものらしいですよ、蒸気自動車。 ま、そうなるとクラクションも汽笛風に「ポォーーーーッ!」ってな感じになるわけで、それはそれで面白そうですけど、とりあえずはガソリンの値段が下がることを祈りましょうかね。
June 4, 2008
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夏風邪、なかなか治りません・・・。 人も知る「薬好き」のワタクシ、風邪を引く度に新たな市販風邪薬を試したくなるわけでありまして、今回も早速ドラッグストアにいそいそと赴き、いまだ試したことのない風邪薬を物色していたのですが、お店の薬剤師の方と思しき方と相談の結果、いわゆる「ジェネリック」に分類される薬を試してみることに。 ま、風邪なんて大昔からある病気なので、どんな成分が対処療法になるかなんてとっくに分かっているわけですよ。ですから特許期間が過ぎた成分の配合をした薬でも、効き方に問題はなかろう、というわけ。であるならば、安い方がいいですからね。実際、ジェネリックの薬は他の市販薬に比べ、4割くらい安いのではないかしら。 で、これも前から試したかった「風邪薬を栄養ドリンクで飲み下す」というのもついでにやってみたわけですが・・・。 やっぱり、風邪ってのは、治るまでは治らないもんですな・・・。 ということで、いまだに風邪っ気が抜けないワタクシなのですが、なんとか頑張って週の山場を越えたいと思いマース。意外にこの時期、風邪が流行していると聞きますので、皆さんも気をつけて下さいね~!
June 3, 2008
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昨日からどうも体調の悪い私。昨夜も、喉の痛みのせいかなかなか寝つけず、結局、夜が白々明けるまで眠れませんでした。おかげで、久々にドーン・コーラス(dawn chorus)を聞いてしまいましたよ。 ところで「ドーン・コーラス」って、何かご存じですか? これ、明け方に野の鳥たちが一斉に鳴き出すことを指して言う言葉なんです。「明け方の合唱」ということですな。 その昔、私がまだ大学院の院生だった頃、英文学の偉い教授がこの言葉を教えて下さって、それが妙に記憶に焼きついているのですが、私はあまりいい院生ではなかったので、せっかくそんな偉い先生から色々と教えていただいたのに、しっかり覚えていることといったらこの言葉しかないという・・・。申し訳ないったらありゃしない。 しかし、ドーン・コーラスというのは、実際に、本当に、存在しますね。 昨夜の場合ですと、明け方の4時25分。夜の静寂を破って、目を覚ました鳥たちがほぼ一斉に鳴きだしました。最初は小鳥が、やがてもう少し力強い鳴き声の鳥が鳴き始め、最後にはカラスが文字通り「トリ」をとる。まさに「コーラス」としか言いようがないこの鳥たちの競演は、およそ10分間続きました。なかなか寝つけずに苦しい思いをしていた私も、思わず聞き惚れてしまいましたよ。 ま、本当は毎晩熟睡して、ドーン・コーラスなんて知らない方が幸福なんでしょうけど、昨夜は久々にこれを耳にして、ふっとこの言葉を教えてくれた先生の学恩を思い出しました。これはたしかに学恩なのであって、もし「ドーン・コーラス」という言葉を知らなければ、鳥たちが一斉に鳴き出したところで、それに気づかなかったかもしれませんしね。 認識が命名に先立つのではなく、命名が認識に先立つ。そういうことは、よくありますから。 かくして、ドーン・コーラスを聞いて何だかホッとした私は、目を覚ました鳥たちと夜勤交代をして、ようやく短い眠りについたのでありました、とさ。おかげで今日は寝不足で、体調はさらに悪いですけど、ま、連日鳥たちのコーラスを聴いてもいられないので、今日は熟睡を心がけ、一足早く寝るとしましょうか。
June 2, 2008
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何だか体調が下降気味。風邪を引いたとも思えませんが、何故か喉が痛くて、パッとしません。ということで今日は一日家を出ず、本を読んだりしながらぐずぐずしておりました。 そんなパッとしない休日で唯一の楽しみとなったのが、つい先日入手したジャズCD、ジェリー・マリガンのリーダー作、『オリジナル・ジェリー・マリガン・カルテット』です。 私、放っておくとついピアノをメインとしたCDばかり買ってしまうので、勉強のためにピアノものを買う時は、別にもう一枚、敢えて管楽器系のCDも買うようにしているのですが、今回入手した分に関しては、ピアノものの『鬼才トリスターノ』よりも、サブで買った『マリガン』の方がピンと来ましたねえ。 ジェリー・マリガンというのはバリトン・サックスの奏者ですが、アレンジャーとしても優秀で、かのマイルス・デイヴィスにも影響を与えた人。その彼が弱冠25歳の時に作ったアルバムがこの『オリジナル・ジェリー・マリガン・カルテット』でございます。 で、このアルバム、ピアノ・レスなんですよね~。で、マリガンのバリトン・サックスに絡むのはトランペットのチェット・ベイカー、当時22歳。まさにニューヨークに対抗する西海岸ジャズをリードすることになる二人の顔合わせ。しかもドラムには名手チコ・ハミルトンが加わるのですから、これはもう必聴盤でしょう。 ・・・と思って買ったのですが、これが確かに名盤ですわ。 ま、あれこれ説明する前に、ジャケットを見てください。中央下に写っている若きマリガンの、ふてぶてしいほどの不敵な笑顔。「なんか、ビックリするようなことをやらかしてやるゾ!」という感じがアリアリじゃないですか!これこれ! ↓JAZZ 決定盤 1500 30::オリジナル・ジェリー・マリガン・カルテット でも、実際の演奏は、粗削りどころかむしろ爽やかなまでのスムーズさ。バリトン・サックスというのは演奏が難しいと聞きますが、その難しい楽器をいとも軽やかに吹いてみせるマリガンの腕。くせのないチェット・ベーカーのトランペットとの相性もバッチリで、1950年代初頭の西海岸系クール・ジャズの何たるかがわかるような作品。こいつをいいステレオで、しかもできるだけ大音声でかけたら、もう1950年代のカリフォルニアにタイムスリップですよ。 ということで、体調の悪い割に、心は軽やかにジャズに酔っている今日の私だったのでありました。ジェリー・マリガンの『オリジナル・ジェリー・マリガン・カルテット』、教授のおすすめ!です。
June 1, 2008
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