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さて、関東地方平野部の雪はほぼ無くなりほっと一安心なのだが、あの雪の翌日の朝は予想通り転倒事故が続出していた。そこでちょっと疑問なのだが、テレビ報道では朝から昼そして夕方から深夜まで首都圏での交通事故や転倒シーンを繰り返し放送していた。それも同じ局内ではすべて同じ映像を流していた。確かに交通事故はすべて事故後の映像だから仕方が無いものの、凍りついた横断歩道を定点観測して「スッテンコロリン」するシーンばかりを集めていたのはどうか?と思うのだ。そこで転んだ人達は朝から深夜まで何十万人の視聴者に「恥ずかしい姿」を披露しなければならない事になってしまったのだが、被害者?は皆さん「顔」が出ているので最低限放映許可は個々で取ってあるのだとは思っている。だが私の疑問は別だ、もし転倒して頭を打ち血まみれになった重症者が出たらどうしていたのだろう。恐らくと言うか間違い無くスタッフが救急車を呼んだりの救済以外にも、転倒被害者に放映許可を取ったり本来の仕事にも没頭するだろう。おかしいのは「転倒シーン」を撮りたい為だけのロケは異常ではないのだろうか?戦場カメラマンは自分の身内が殺されそうになってもシャッターを押すと聞くが、本来ならばその現場で「ここは滑りますから気を付けて下さいね」なんて歩行者に声をかけるのが、正常な人間のする事なのではないのだろうか?実は見ている人は気付かないだろうが、雪が降り凍結した路面で人が転倒するシーンを撮影する場所は毎回決まっている。知る人が見れば一目でわかる都内某所の横断歩道。つまりそれ程「滑りやすい横断歩道」として有名なポイントだからである。あの横断歩道の「白線を塗った塗装部分」は塗らない路面より数ミリ高い。つまり塗らない路面は数ミリ低いのでそこに雪が解けた水が溜まり早朝に「薄い氷」が張るのである。本来ならば「白線」の方がすべるので、人間の心理として黒く表れた路面の方が大丈夫だと思って大股で「滑りそうな白線」を踏まないように歩いてしまう。ところが体重をかけて踵から着地した「大丈夫なはずの路面」が凍っており、当然のように後方へのけぞるように転倒してしまうのである。普通の路面ではそれ程心配するレベルの凍結ではないのだが、横断歩道は渡るのに時間制限がある。朝は忙しい、都心部の信号は長い。なので赤になる前に急いで渡りたい・・・と言う心理。・・・で、歩行者信号が点滅始めると「スッテンコロリン」が多発するのである。まあ、確かに「凍った路面で人が転ぶ姿」というのは、コントでコケるのと違い一般素人でもあるのでリアリティーがあり、本当に大慌てしてしまうシーンが不本意ながらも笑いを誘ってしまうのだ。不謹慎かもしれないが、朝一番で見た時は思わず笑ってしまっていた。それが、ファッショナブルでお洒落な格好をしている人がコケると尚可笑しい・・・。つい「雪の翌日にハイヒールなんて履いて歩くなよ、雪国の常識を知らないなあ・・・」・・・なんて、完全にテレビ局の罠にはまっていたのだから、喜んで視ていたこっちもアホウである。ところが、同じシーンを何度も放映するのを見て「面白くなくなった」事から、この報道はちょっと変じゃないか?と気になってしまったと言う訳だ。さて、今後も寒波が続くそうだが毎年2月3月になると太平洋を進む低気圧が関東地方に近づくような気象配置となってくる。通常なら「雨」になるのだが、今年の場合は100%雪になるだろう。先日だって3日間の雨だったがたまたま寒波の緩みがあったから首都圏は助かったのである。関東の人は気付いていないかもしれないが、あのまとまった雨が3日間すべて雪だったら・・・。なんて考えると恐ろしい事なのだ。その恐ろしい事が今日本海側で起きている。ニュースで見て「雪が凄いなあ?」なんてレベルではないのだ。新潟では「一晩で80cmの積雪」なんて単純に言っていたが、雪が垂直に80cm積もるなんて事ではない。当然の事ながら風の影響で「吹き溜まり」が出来上がる。昔、長野県の「妙高高原」のスキー場で宿泊中に同じ状況に逢った事があったが、一晩でペンションの玄関ドアが開かなくなっていた。2階の部屋から外を見ると窓のところまで雪が積もっており、一見して状況が解からなくなっていた。確か窓を開けたらその下は駐車場だったはずだ。自分の車もこの窓の下に停めていた。ペンションから出られないどころか、当分帰れないかもしれない・・・と思ったものである。実際は2日後に「救助」が来て外から道を作ってくれて出入りができるようになったのだが、その時点でペンションの食料は無くなっていた。さらに3m以上の「積雪の壁」の中から横方向に車を探し出すのには本当に苦労したものである。中には雪の重みでフロントガラスが割れてしまった車もあったぐらい。つまり本当の「雪」の怖さはこれからなのである。ちなみに世界広しといえどもこんなに雪が積もる国は無いそうだ。昭和38年の「サンパチ豪雪」の際は「積雪の重み」で地球のバランスが一時的に崩れ「自転速度が変わってしまった」と言う事実もある・・・。「雪」と簡単に言うがそれ程凄い影響があるのだ。
2012.01.26
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先週、我家の「チビ太」(家内がそう呼ぶ)のタイヤをスタッドレスに換装しました。土日に雪だと想定してのチェンジでしたが毎年「大寒」になるとチェンジしておくのが我家の習慣です。本来は我家の車すべてのタイヤチェンジを行うのだが、最近は何をするにもこの軽自動車1台あれば事足りてしまうのである。・・・なのでコレだけでいい。関東の首都圏東京湾沿いは、同じ首都圏でも積雪量は少なく今回もテレビで見ていたJR新宿駅南口の様子と比べても「意外と少ないな?」と言う感じですね。 12時頃には完全に降りやみ、街は今静寂につつまれています。雪が降ると本当に静かになりますね。さて、この程度(3cm位)なら昼前には通行量の多い道路の雪は消滅してしまうので大きな問題は無いでしょう。でも雪国と異なり都会の住人は「他人の為に雪かきをする」なんて事は絶対にしないでしょうから、北側で日の当らない歩道や細い路地の雪は「根雪」になって厄介な氷の塊と化すのでしょうな。「路地の急坂で北斜面の影」なんて場所を車で通る事はしばらく止めた方いいだろう。特に雪国に行ったことが無い「4WD車オーナー」なんて人が厄介な事故を起こす。意外と中年のオヤジが多いようだが、「4WDは無敵」と信じきっている事が危ない。街中をソロソロと慎重に走行する車を後ろから「ドケドケ!」と言わんばかりに煽ったり・・・。雪国の車は市内の走行でも必ず車間距離を多く取り、前車の挙動を見ながら運転をする。それは当たり前の事なのだ、前の車を見ていれば走りやすい路面のコースも解かるし路面の「わだち」にタイヤを取られる事も避けられる。ところが4WDを過信して「ノーマルタイヤ」でスピードを出して前記のごとく煽るアホウが多く出没するのが明日の午前中だろうか?たとえ4WDで発進が楽であっても停止する時は普通の2WD車と条件は同じなのだ。下手にギヤダウンによるエンジンブレーキをかけて制御不能になったり・・・。関越道でクルクルスピンして雪の側壁に突入している車なんて状況は良く見かける光景だ。さらに雪が降り続き、雪国では当たり前でもある事だがスタッドレスタイヤでもグリップしなくて走行が出来なくなり、さらに「チェーンを巻いて走る」なんて経験はよほどのスキー・スノボ好きじゃないと体験できないでしょうからね・・・。さて、明日の朝歩道の雪は通行人に踏み固められて「氷の板」に変身し、冷え込む明日の夜には何人もの転倒者を出すのでしょうなあ・・・。しかも明日の朝から晴れてしまうと皆さん「通勤靴」で会社に行くでしょうがそれも危険です。こんな状態は雪の多い地域では普通の事なのですけれど、都会の人は雪上の歩き方も知らない・・・。体の重心を前に置き、前傾姿勢を保ちながら半ばガニ股で磨り足ぎみで歩く・・・。重心を踵に乗せるような「ふんぞり返る」歩き方は一発で滑り、地面にお尻を強打する事になるでしょうね。また雪国仕様のビジネスシューズは当たり前のように靴底に「金属製スパイク」が付いており、そのスパイクをクルりと立てれば凍った路面でもがっちりと食い込み滑る事が無い。それを知らないでテレビの画面だけ見て「雪国の人も雪の中を平気で皮靴で歩くんだ」なんて思ったら大間違いなのだ。首都圏でも靴屋さんに行くと「ゴムで固定するタイプ」のスパイクを売っているので、それを普段でも準備しておく方がいいでしょうな。ところで世界的に「温暖化、温暖化、」と騒がれていますが、一部の学者に言わせれば「年々地球が冷えて来ている」とも言っている。ただし、今から45年位前はもっと沢山雪が降り芝生の上にはキラキラと大きな霜柱が立っていた事を思い出す。その頃から比べれば格段に暖かいとは思うのだが、あの頃は緑も多く「土」や「草」に覆われた土地がたくさんあったので、今より「冷えやすかった」のかも知れない。今では「土」「草」が露出している場所を探す方が難しい・・・。一方、昔と違って家屋の暖房は「石油ストーブと炬燵」が基本。外に出る時のアウターだって今のようなダウンジャケットやヒートテックなんて存在しない。だから、昔は家の中も外もとにかく「寒かった」記憶があるのだ。今はエアコンでヌクヌク・・・。外に出るにもヌクヌク・・・。だから気付かないけれど、本当は寒くなっているのかも知れない。さて昨年は2月の末に大雪がいきなり降ったのだが、今年もそのパターンが続くのかも知れないですね。とにかく滑ってコケないように気をつけましょう。
2012.01.23
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我家の長男は今社会人一年生である。運よく世間では知らない人がいない「一流?」と呼ばれる会社に就職できたラッキー組でもある。聞く処に寄ると同級生の中では一番給料も良く、ボーナスも友人達の2倍近くの差があったらしい。だが実際は過酷な「労働」との引き換えに他ならない。新人なので、朝一番に出社して支社のカギを開ける。それがだいたい午前7時半前後らしい。そして、仕事が終わり通常の一般社員は残業して遅くとも「8時には帰らなければならない」と言うルールがあり、50人以上いる一般社員達はその時間あたりで退社する。しかし3人の「管理職?」には表向きの時間制限は無く、最後に長男が会社のカギをロックして帰宅するらしいのだがそれは大体午後11時前後。また、昼食にしても毎日この3人の内一人を会社に残して2人で食事をしているらしく、若い女性が多い一般社員達と食べに行く事も少なく、若者好みではない?しかも高い高級なお店であっても2名の「上司」に気を使い、嫌とも言えず好きな物も食べに行けないらしい。・・・と言うストレス。たまに金曜日に早く終わると上司や一般社員達から「飲み会」に誘われて夜中まで付き合わされる。そのうち数名は酔いつぶれて彼のマンションに転げこみ宿泊して行く事も多いとの事。先日も女子社員が4人も終電に乗れず彼のマンションに泊まって行ったと嘆いていた。ベッドもソファーも占領されて、ダウンジャケットを布団代わりに床に寝て、ここでも気を使う。・・・で、翌日、通常の定休日である土曜日や祭日にも出社して自分の個人残務を整理したりしている。そんな場合、酔っ払った女子社員達を自宅のマンションに残し、自分一人で会社に向かうとの事。これだけ働けば残業手当も相当に貯まり、毎月の給料もホクホクだろうと思いきや・・・。入社後半年、すでに残業手当の支払いを受けられない立場にされている。・・・そうなのだ。体よく?自動的に管理職に格上げされているので、残業手当支払いの対象外なのである。そんな話を聞いて心配していた家内が先日の土曜日に、そっと彼のマンションに行って来た。彼のマンションは思いのほか綺麗にされており、カーテンを含めて焦げ茶とベージュでまとめられた室内。17畳の部屋にモダンなセミダブルベッドと、いつの間にか買っていたのか?黒の豪華な革製コーナータイプの大型リビングソファーセットが中央にあり、さらに洒落たスタンド照明などのインテリア小物の室内配置は「まるで都内の一流シティーホテルのようだった」と家内は言っていた。駐車場も付いていてマンションの最上階角部屋。これで自己負担家賃は1万円ポッキリ。これだけの生活スタイルを見たら、家内だって「呆れた、こんなに贅沢していて何文句言ってるのよ」と最初は思ったらしい。ところが、休日である土曜日にその部屋で待っていると夕方に帰宅して「ああ来ていたの?」と言いながらスーツのまま、その真新しいソファーに倒れ込むように転がった。・・・で、数分後家内が「スーツが皺になるから着替えなさい」と声をかけると、彼はすでに鼾をかきながらもう熟睡していたと言っていた。家内は「こんな高そうなソファーを買ったり、インテリアに凝り金を使い過ぎる事の注意をしよう」と思っていたが、死んだように熟睡している長男を見ていたら「気の毒で涙が出て言えなかった」そうだ。思わず奮発して美味しいモノをご馳走してしまった。・・・らしい。まあ、「親バカ」と言えばその通りだが、彼の業界では30代で体の変調をきたす人も多く悩みを抱えながら働く人間も結構多いのである。いかに「図太く生きるか?」、何を言われても「気にしない図々しさ?」など、したたかな人間でないとやっていけないのかもしれない。彼の同級生や友人の多くは官僚を含めて公務員になった。公務員の場合「新人」は意外と「する事」が少なく「早帰りが多い」と聞く。ある親御さんは「6時には帰宅して家族全員で食事してますよ」と言っていたが、公務員はアフター5に自分の目的を持つ人が多いので「飲み会も少なく余り金を使わない」そうだ。しかも自宅通勤なので、我家の長男のように給料が多く無い公務員の給与でも結果として手元に残るお金は変わらないと言う事だった。ならば人間らしく楽しく暮らした方が良いだろう。今から一年前は「良い会社に就職できた」と夫婦で喜んだが、今にして見ると確かに彼は気の毒で仕方が無い。私からしてみればすべてにおいて「苦労」とは思わないので、どちらかと言うと冷静なのだが、今の彼ら軟弱な世代では耐えようの無い苦痛と見えるだろうか?さらに母親はもっと大変だ、先ず「男の子」との子離れ?ができていない。例えば昔の戦争中でも「お母さん!私は見事散ってきます」なんてセリフを残して「特攻隊」で出撃したり、というシーンがあるが・・・中心は「お母さん」だ。靖国神社の隣の展示館に並ぶ当時の若い兵士の手紙も「お母さん宛て」が殆どで「お父さん!」と言うセリフはあまり出て来ない。まあ、この頃の時代は「お父さんはすでに戦死」というパターンが多かったからなのだろうが、TVドラマでも映画でも?どうしても「お母さん」が主役になるし、またそれが絵になる・・・。つまり、今の家内の気持ちはこの「特攻隊」に取られた「息子」を思う母親の気持ちと通じる物があるのかもしれないなあ・・・。そして今度は「嫁さん」候補が見つかると、その女性に対しての「ライバル視」が始まるのだろうか?早く子離れして、夫婦の老後を考えてみないかい?と言うか、もう私は眼中にないのかもしれないが・・・。
2012.01.16
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さくじつ、朝食のトーストを食べている時に右奥歯が「ギシリ」と嫌な音をたてた。昨年二度の脳梗塞の影響で、右半身の知覚・触覚麻痺の後遺症が残っている。体は健常人と区別できない位によく動くが、基本的な右半身の筋力は握力を含めて小学生低学年以下のレベルにある。そんな人間でも「歯の噛む力」と言うものは凄いらしい。脳の感覚が壊れた人が全力で噛むと自分の歯が折れてしまうくらいの力は簡単に出てしまうらしい。実際は「脳」がそのパワーをセーブするので、意識をしないでもそこまで噛む事は無い。ところが、私の場合は「筋力が無い」と思い込んでいるので、まさか「歯の噛む力」も落ちていると思いこんでいたのである。ところがその歯の噛むと言う顎の筋力をセーブする機能そのものが一部壊れているらしく、自分が想像するよりも大きな力でトーストを食べたのだろうか?右奥歯が一本真っ二つに割れてしまったのである。もともと虫歯の治療で詰め物をしてあった歯なのだがいつの間にか「詰め物」が取れていたらしい。そんな状態で「強く噛んだ」為?歯が折れたと言う事なのである。右奥歯の一本は中央で真っ二つになった挙句、そのまま歯根は付いているのでカスタネットのようにカタカタと可動式の奥歯となっている。・・・で本日かかりつけの歯医者に行って治療してもらおうとしたが、「割れた二つとも抜歯するしか方法が無い」と言うのである。ところが抜歯すると当然かなり出血するが、実を言うと脳梗塞の治療薬の中には「血液をさらさらにする」薬も処方されており、自分はそれを毎日服用している。なので街医者が迂闊に抜歯手術をする訳には行かないとの事だった。歯医者はその場で私が入院した「東京歯科大総合病院」の担当医に連絡して、そこの口腔外科で抜歯をする事になってしまったのである。それが来週月曜日なのだが、偶然その日はその病院で定期検査のMRIを受ける予定だったので、結果それは丸一日仕事が出来なくなる事を意味する。それは想像するだけで悲惨な一日になりそうである。抜歯後の麻酔が切れて奥歯に詰めた脱脂綿を噛みしめながら?あのMRIの機械の中でじっとしていなければならないなんて・・・。放射線を使う「CTスキャン」はレントゲンと同じなので、ただ寝ていればいいにだが、MRIは強力な磁力を発生させて計測する機械であるため、ジジジジジ・・・。コンコンコン・・と交互に大音量で響き渡る機械の中に30分以上入らなければならない。しかも固定用の器具で顔から手足まで身動きができないようにベッドにくくりつけられて受けるのである。とりあえず防音装置のついたヘッドフォンを耳に付けるのだが、不思議な事に人間と言うものは「骨伝導」と言うか?骨から音を感じ取る事が出来るのである。なので、体全体が音を拾うのである。さて、昨日から奥歯で噛まずに飲める?「うどん」ばかり食べている。明日も明後日も「うどん」か?「お粥」も良いだろうと思われるが、お粥でも米粒がその「カスタネットのように割れた奥歯」の間に挟まった時の悲惨な状態を想像したら?食べる事ができない。下手すると月曜日以降も「うどん」が続くのだろうか?なんだか新年早々本当についていない。これが悲惨な一年の始まりなのだろうか?悲惨な一年?ついでだが、最近凄く気になる事象がある。我が家は有料のケーブルTVを使ってTV番組を視聴しているのだが、ここ数カ月の間「画面の乱れ」が時々起きるのである。空を飛ぶデジタル電波ならいざ知らずケーブル線を伝わる信号が乱れると言う事は何らかの力がケーブルに作用していると言う事のなのである。実を言うとあの「東日本大震災」の揺れている最中も度々同じ現象が発生していて、放送が寸断されて途切れる事すらあったのである。そんな時デジタルアンテナ経由の場合は、アンテナの揺れの影響か?と思うような感じであり大きな画像の乱れは少なかったと後から聞いている。さらに北海道大学の先生が「地震エコー」と言う物を研究していて、「地震直前数カ月の間は本来聞こえるはずが無い地域のラジオ電波が聞こえるようになる」事と地震の発生をデータで立証している。そして数カ月聞こえていたラジオが聞こえなくなった翌日が3月11日だった。その不思議な現象がまた起きていて、前回と同じ周期だとリミットは「残り3カ月以内」しかも方角的には「茨城県沖から千葉県東方沖」近辺が危ないと指摘していた。案の定?気象庁や政府専門家は認めていないのだが、うい先日東京湾湾奥で大型のナガスクジラが死んでいたり?東京湾の最奥端にある千葉県船橋市の港にイルカが迷い込んだり?と水生ほ乳類の異常行動も見られている。ご存じの通り、ニュージーランドの大地震の直前一週間位前?には多くのイルカが浜辺に打ち上げられて、東日本大震災の前にも確か茨城県か福島かどこか?の砂浜に小型のクジラが沢山打ち上げられていた事がありました・・・。歴史的サイクルを見ると、今度関東近辺で大地震が発生すると間違い無く富士山も噴火するらしい。・・・すると、今安いアメリカドルを大量に買っておくべきか?このままならもっと円高になり購入するとしばらくの間は大きく損をするだろうが、万一日本に致命的自然災害が発生したら?東日本大震災の時は、世界的な円の強みと復興特需もにらみ「円高」になったが、首都圏にダメージが出たらそんな呑気な投機は出ないだろうなあ?「円」なんて売りに売られて大暴落するだろう。今の円相場86円・・・、世界中で円が売られ120円以上の円安なんて起こるかもしれない。きっとそんな日本の大災害で大儲けする人も出て来るんだろう?それにしても嫌な予感がするなあ?
2012.01.13
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正月もあっと言う間に過ぎ去り現実の世界に戻ってしまった。年末の忙しさは半端なく、毎年29日ごろになると熱を出して倒れる。だが仕事は30日夜まで続き、31日は大掃除を手伝わなければならない。何しろ自宅に居るのは家内と私と85歳の婆様しかいないからである。・・・私の担当は外窓の洗浄と床のワックスがけと決まっている。一昨年の4月に建てたばかりとは言え汚れるのは同じである。なのでやっておかないと絶対にやる機会は無い。熱は38度位あったがその作業をこなし、正月恒例「箱根駅伝」応援の箱根詣での準備をしなければならない。幸い今年は天気に恵まれたので、スタッドレスタイヤに換装する作業が減ったので助かったが、その時点では「熱」は忘れてしまっている。駅伝の「熱」で吹き飛んでしまうからであろうか?現地「箱根」にいても朝は早い。往路のゴール地点駐車場は7時で満車になるし、復路の応援は8時過ぎとなり、道路規制により本数の少ない登山電車を使わなければ移動ができないのでやはり早起きしてホテルを出なければならない。箱根を去る最終日の4日は、新人サラリーマン長男がこの箱根のホテルから出社する為、朝4時半起きとなる。ホテルで朝食用のお弁当を作ってもらい、それを持たせて送りだす。それからひと眠りして遅い朝食後にチェックアウトする。今年は長男の送り出しが増えたので、特に忙しかったがこんな正月箱根旅行を25年以上続けている。そして、その疲れを取る為に、国道一号線の酒匂川を渡った直ぐ川沿いの寿司処で「鰻」を食ってから帰る事にしている。余談だが、この店の名前は覚えていないが、安くて美味しい良心的な店なので寿司や天ぷらそして鰻を食べて〆とするのである。ホテルでは初日に出されるフレンチコース、翌日は鉄板焼きのステーキコースを食べて来るのだが、私のような人種は普段食べる?「高級食材」の方が、安心なのだ。だからわざわざ、この店に立ち寄るのである。それが唯一の私が家族に願う「我儘」だからだ。そんな感じで「小田原厚木道路」の小田原東料金所あたりから東名高速へと向かうのだが、ここ数年1月4日はどこも道路はガラガラで渋滞に合った事が無い。なので、二時半に寿司屋を出て、自宅には4時半には着いてしまう。ところが安心した途端、そこでやっと年末に「熱」があった事を「体が思いだす」のである。・・・なので毎年1月5日から7日は40度近い高熱で寝込んでしまうだ。毎年5日になると「年始回り」に訪問客が多数集中するのだが、私自身が病院に行っていて不在だったり居てもボサボサ頭のパジャマ姿でのお出迎えとなる。これも毎年「恒例」なのである。来客は口を揃えて「社長、お身体が悪そうで・・無理をなさらないで下さい」と言われて、双方暗い気持ちの年始となってしまうのである。さらに不思議な夢を見る。夢の中で私が「襲われる」のである。相手は「何者」なのか「動物」なのか?はたまた「お化け」なのか?とにかく「殺そうと?」襲ってくる夢を見るのだ。・・・で6時頃に目覚める。信じて貰えるかどうか解からないが、今朝は何者かに刃物で突かれそうになったので右手の平でその刃物を遮ろうとしたのだ。(もちろん夢の中だ)その刃物が刺さった瞬間、なぜかその刃物は一寸法師の「針の剣?」に代わっていて、その針で刺された激痛で目覚めたのである。その後が気味悪いのだ。先程、風呂に浸かりながら右手を見ると「手のひら」にポツンと「針穴」のような「血豆」ができていたのである。最初はインクが付いたのかな?と思ってゴシゴシ洗ってみたのだが「触れると痛い」感覚もある。ベッド周りに手を挟むような物体は無いし、なら「夢の中」の針で刺された後なのかな?これって一体何なのだろう?不気味です。どなたかご説明できる方はいますでしょうか?
2012.01.10
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今年も感動をありがとう。箱根駅伝の選手の皆さんに言いたい。朝9時の「元箱根」ゴール地点。1月2日朝7時のオープンと同時に近?の駐車場はほぼ満車となる。上はゴール地点の写真だが、この中には入れない。人も少なそうに見えるがこの奥にはすでに千人位はいるだろう。何しろ午前9時頃からゴール地点奥にあるスポンサー企業の仮設テントにおいて、グッズや食品などの配布が始まるからである。私達が到着した時は7時10分位だったので一番近い有料駐車場はすでに満車となっていたので、少し先の無料駐車場に車を停めて歩いてゴール地点に移動した。ご存じの通り5区の見物は「柏原」の力走だった。このゴール地点は山を登り元箱根に向かってさらに最後のアップダウンが続く場所であり、選手の学生たちが最後の力を振り絞る姿を応援できる事にある。これは、他の襷をつなぐ中継ポイントでも同じだと思うが、5区6区の箱根エリアは環境が異なるのだ。テレビを見ていた方々は、この日は「晴れ」だと思っていただろう?ところが、このゴール地点では時々雪がチラつく程寒かったのである。それはこのゴール地点そのものが「高地」だからだ。ここで朝から5時間以上待機して「応援ポイント」を確保する我々も必死なのだ。今回は、とんでもなく早く到着した「東洋大」に対し、根性で登り切った「東京農大」の対比は涙物の感動である。東京農大がまだ来ていない事を知らない観光客は、まだ規制解除されていないのに道路を渡り始めたりゴール手前は大会関係者の手には負えない大騒ぎになっていた。このゴールエリアは電波状態が悪くワンセグも映りづらいし、ラジオさえ途切れる状態なので選手の状況を掴めていないのもあったが、少し間違えば沿道の人と接触する危険もあったのである。それを制止したのが、各大学の応援団や関係者達だった。自分の大学の応援が終わっても、各大学の応援団はその場に残って声の限り後続の大学の応援を続ける。その姿に気付いた見物人達は気付いてもう一度戻って応援を続けたのである。結果、ご存じの通り最後の「東京農大」の力走には、感動の嵐となっていたのだ。・・・で翌日の復路は、例年だと「宮の下」で応援するところを箱根登山鉄道「小涌谷」駅横の踏み切りに行く事にしたのである。理由は「日本でここでしか見る事ができないショー」を見る事が出来るかもしれないからだ。「選手の為に電車を止めて踏み切を開け放つ」シーンが見られる事があるのである。また「電車が通過中」の場合は審判がそこでタイムを計測しその踏切通過時間を後に差し引くのだが、電車マニア、通称「鉄ちゃん」達にも有名な場所なのだそうである。実際、早く到着した「東洋大学」の選手通過が、下り「強羅」方面行きの電車とバッティングしたため電車を止めたのである。その後踏切が手動で上げられて、選手や車両を通過させる。まさにほんの数秒であった。本来ならば踏切が上がった瞬間を撮りたかったのだが、携帯のカメラ起動が遅くて間に合わなかった。そして踏切が下げられてからゆっくりと電車が動き出したのである。それが上の写真だ。本当に珍しいシーンなのだそうである。さて明治大学が3位。着実に成績も上がっている。さらに今年の一年生も期待できる。来年も応援気合いを入れないと・・・。
2012.01.04
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明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。 これは箱根駅伝のゴール地点の少し手前「元箱根」から見た富士山です。そうなんです。今年も「箱根駅伝」応援の為、箱根に来ております。往路はゴール前の「明治大学」の応援席を確保する為、朝7:00から場所取りとなります。参加する各大学は、ゴール地点の応援席をOBを中心とした方々が先乗りしきちんと確保されていますが、明治大学に関しては大学のホームページを見ても5区・6区つまり折り返し地点での応援場所の位置が指定されていません。なので、当日大会関係者に「大体の場所」を聞いてから、我家が持参する「紫紺色」の旗を置いて、あたりに偶然集まってきた「顔も知らない」OB関係者数人で手分けして「場所取り」をしているのです。選手の到着は大体午後1時過ぎすが、大学の応援団が到着するのはその直前になります。つまりその時点ではすでに一般観光客や応援者が沿道に並んでしまっているので、正規の指定応援場所が指定されていても、応援団がそこを押しのけて入る事はできなくなります。なので、別に大学に頼まれているのではないのですが、ここ15年以上このボランティア?を続けています。・・・で、応援指導班の吹奏楽部とチアで構成された学生達が到着したら私達は場所を開けます。別に私達の名前を告げてもいないし、毎年場所を確保している事を応援団や大学関係者も気付いていないかもしれませんがそれでいいのです。逆に復路の応援は、「一般観光客」に成り切り「宮の下」で応援するのですが、今年は箱根登山鉄道の駅「大平台」か「小涌谷」駅のすぐ傍で応援する予定です。まあ、私が昨年2月に脳梗塞になり徒歩でのバランスが取り難く、「宮の下」駅の急坂を上り下りが出来そうもないからです。何しろ、昨年などは体は何とも無い状態でスロープを下りていたのにも関わらず、路面が凍りついていて2度も転倒しました。まあ、毎年の我家年初の「初仕事」ですからとにかく「楽しんで」きます。大学に関係なく、走る学生達の健闘と無事を祈りたいと思います。・・・で、一日おいて4日に帰宅します。神奈川で単身赴任中の長男は自分の車で来て、4日早朝にそのまま車で出社するそうです。サラリーマンは大変ですな・・・。
2012.01.01
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