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続きです。初稿:2013.07.22編集:0000.00.00<< 前の話 次の話 >>※月ノ章の本編です4-07【霊廟】 ・ ・ ・ それから数刻、案内役のエドゥアルトに誘われて、粉雪が舞う中央大街を進む。 神都の中央に位置する祝福の門を抜けると、古色蒼然とした風格を醸しだす巨大な石造建築―――レムギサロス大聖堂が目前に聳えたっていた。 先ずは聖宮へ赴き、新教皇との謁見を済ませることになると見越していたが違ったようだ。「メナディエル正教の総本山にしては、寂しい在り様じゃな」 青年の意図がわからずミュークがたわいない感慨を口にする。 白大理石を基調とした壮麗な佇まいの周辺には疎らな人影しか見受けられなかったのだ。「今はわけありでね。 休日や宗教的祝日ともなれば入場規制が敷かれるほどさ」 エドゥアルトは含みを持った言い回しをすると、足早に聖堂門兵に近づいていく。 暫く待つと、金属特有の軋みを響かせて、巨大な正面扉が開かれた。「ワチキは特定の宗派に属するつもりはないぞよ」「俺様もこんな辛気臭ぇところに用はねぇ」 ミュークとバルバロトが不満を口にする。「ご心配めされるな。 このエドゥアルト、不忠者なれど、美女とそれに準ずる美少女の期待を裏切るような真似は致しませぬ」 エドゥアルトは芝居がかった仕草でミュークとユイリーンの手をとった。 その際、ちらりと巨漢に目をやり、「ちなみに、俺が案内を頼まれたのはこちらの美しいお嬢さん方であって、むさい髭面中年は管轄外だ」と悪態をつくのも忘れない。「気が合うな。 俺様も男には興味ない」 バルバロトは豪快に笑うと三人に後に続いた。 大聖堂に脚を踏み入れると、エドゥアルト以外の三人がぽかんと口を開ける。「模様替えでもしておるのかや?」 ミュークが間の抜けた声で訊ねる。 人族の習慣に疎い屍族にも、一目で非日常的な光景だと理解できた。 礼拝者用の椅子は側廊に積み上げられ、ぽっかりと空いた身廊の真ん中には、鉄骨の高い足場が組み立てられている。 見上げると、天井モザイク画の所々が剥げ落ちているようだった。「今は人払いをしているが、修復作業の真っ最中なのさ」 ミュークの視線に気づいたエドゥアルトが実情を説明する。「最近、小規模な地震が多発しているそうじゃが、それが原因かや?」「よく存じていらっしゃる。 地震そのものは珍しくないのだが、ここの所、やたら数が多くてね。 不吉の前触れだなどと、吹聴する輩まで現れて困ったものだ」 言葉とは裏腹にそれを楽しむような口調である。 調子のいい男だ。 青年に促されて一同は内陣方向に歩を進める。 最後尾のバルバロトが盛大なくしゃみを立て続けにしているのは、石台に置かれた鉱物や植物、昆虫などの顔料が原因だろう。 数歩遅れて至聖所の紗幕を潜り抜けてたミュークの両眼に、主祭壇の側面で腰を屈めた青年の姿が映る。 黙って待っていると、何らかの仕掛けが作動したのだろう。 巨大な円石ごと祭壇が後方へと退き、地下へと続く石段が姿を現した。 青年は壁掛け角灯をひとつ拝借すると、「この下が目的地だ」と言って片目を瞑ってみせる。「まさか、蛍輝石の鉱脈が神都の地下にあるとは……」 慎重に石段を下りながらミュークが独り言つ。 地中深く連なる回廊は、深淵まで続いているように先が見通せない。 青年の話では、この先にあるのは歴代教皇の霊廟だという。 そして、その霊廟そのものが蛍輝石の巨大な鉱脈であるらしい。 隣ではユイリーンが得意気に鉱脈鉱床の形成講座を開いているが、本気で耳を傾けているものは皆無だ。 先頭で角灯を掲げたエドゥアルトだけが、上っ面で相槌を打っている。 一刻も経つと、ユイリーンの薀蓄も底を尽きたようで、会話の内容は、バルバロトの愚痴が中心となる。 だが、誰も相手をしないと巨漢も終には黙り込んだ。 周囲に響くのは四人の靴音と、次第に荒くなるミュークの息遣いだけになった。「肩を貸そうか?」 いち早く異変に気づいた青年がミュークに声をかける。 暗闇の中、歩を重ねるごとに、ミュークの足取りが重くなっていた。 まるで体中のチカラが抜けていくような感覚。 それは間違いなく目的地が近づいていることを意味していた。「心配な―――」 そう言い掛けた瞬間、ミュークの体が宙に浮き上がる。 唐突過ぎて、制止の声を上げる間もなく、バルバロトの腕の中に納まっていた。 所謂、お姫様抱っこのカタチである。「具合が悪いなら早く言え。 なんの為に俺様がついていると思ってやがるんだ」「お主は蛍輝石の為について来たのじゃろう?」 ミュークは気まずそうに巨漢から顔を背ける。 実のところ、てんで男女間の睦言に耐性がないようで、茹蛸のように頬が真っ赤に上気していた。 薄闇のお陰で、動揺を悟られずに済んで、ほっと胸を撫で下ろす。「あの金髪の嬢ちゃんを取り戻すまで、アンタは俺様の相棒だ。 ここに居る一番の理由はソレだな」 バルバロトは髭面をニカッと歪めて人懐っこそうに笑った。 微笑ましいやり取りだが、エドゥアルトだけが憮然とした面持ちで咳払いをする。 私情を優先させた青年は、踵を返そうとしたが、ユイリーンに脚をかけられて危うく転倒しそうになる。 渋々前方に向き直ると肩を落として歩き出した。「どうやら目的地が近いようじゃな」 ミュークの言葉通り、回廊の先がぼんやりと蒼白い光りに包まれていた。 永遠とも思えた行程が終わりを告げると、闇は光りへと展開した。 そこは数多の鍾乳石群が立ち並ぶ広大な地下空間だった。 鉱洞全体が生き物のように脈動している。 剥き出しの岩肌に露出した蒼白い鉱石の正体は見紛うことなく蛍輝石の原石であった。 中央の窪みには、天地を繋ぐ鍾乳官が立ち並んでおり、古ぼけた石棺が納められている。「これだけあれば、あの研究や手詰まりだった実験も……うふふふふ」 ユイリーンは背負い袋から採掘具を取り出すと、飛び跳ねるように緩やかな傾斜を下っていく。 エドゥアルトが少女の補佐にまわったので、鉱石の採取は任せてしまって問題はないだろう。「確かめたいことがある。 よければ霊廟の中心まで連れて行ってくれぬか」 ミュークはひび割れた声でバルバロトに懇願する。 蛍輝石の波動が満ちたこの空間で単独行動は不可能だった。 屍族特有の白皙の肌は化粧で覆い隠しているが、体中から血の気が引いて、冷や汗が止まらない。「構わんが、ほんとうに大丈夫か?」「うむ、どうしても確かめたいことがある」 青年から訊いた話では、アルフォンヌはこの霊廟でシャルロット姫を待ち受けていたという。 だが、屍族である母が理由もなく“ここ”を選ぶわけもない。 恐らく何か裏がある筈だ。 巨漢に抱えられたまま、窪みの中央に移動すると、ミュークが息を呑む。 遠目には、無秩序に立ち並んでいるように見えた鍾乳石が、一定の規則性を備えた配列であることに気づいたのだ。「これは……」 呻吟の喘ぎは、突如、地中からわき上がった呻き声のような地響きに掻き消された。「地震か?」 バルバロトが注意を喚起するように大声をだす。 瞬く間に、鳴動が波のように打ち寄せて、岩盤に亀裂が走る。 よろめいた巨漢の片膝が地に着く。 振り落とされないように、ミュークは分厚い胸元にしがみついた。 立て続けに、地軸を揺るがす轟音。 混乱の中、遠くからユイリーンの悲鳴が聞えるが、安否の確認も儘ならない。 岩壁が連鎖するように剥がれ落ちて、舞い上がった砂塵によって視界が完全に閉ざされた瞬間―――突き上げるような衝撃と共に、霊廟は崩落した。<< 前の話 次の話 >>※気まぐれに推敲致します。推敲後の文章はフリーページorHPの方で反映されます。■小説.■ファンタジー.■オリジナル.
2013/07/22
文字数制限を越えたので二つに分けます。初稿:2013.07.22編集:0000.00.00<< 前の話 次の話 >>※月ノ章の本編です4-07【霊廟】 翌朝、宿の主人の口利きで―――仕立て屋を叩き起こして防寒具を人数分揃える。 代金は全てユイリーン持ちだ。 国費で賄われたと思いきや、身銭を切ったらしい。 ミュークとバルバロトが何処からそんな金が沸いて出るのだと興味本位で訊ねてみると、「アナタ方と違って働いていますから」と棘のある言葉が返ってきた。 こんな年端もいかぬ少女が、ノルド研究の実施責任者として国際機関勤務とは驚きだ。 天才をダシにした馬鹿話を繰り広げていると、件の検問所に差し掛かった。 巨漢があからさまに不機嫌になるが、既に話は通っていたらしく、何事もなく通過する。 予定より一日遅れだが、無事に神殿都市セラディムへと辿り着いた。 ところが、着いて早々、またもや待ちぼうけを食う羽目になった。 合流地に指定した都門前に、アリエッタの姿がなかったのだ。 騎士見習いの少女は報告書を提出する為、神都郊外の守護騎士団宿舎で一夜を明かした筈だが、里心でもついたのだろうか。 明るい雪曇りの空を見上げるミュークの隣で、ユイリーンが苛々と革靴の踵で石畳を叩いていた。「王族との待ち合わせに遅刻するとは、市中引き回しの上、打ち首獄門ですわ」 少女は腰帯からラッパ型の銃器を取り出すと、怒りと寒さに震える手で先の尖った弾丸を装填していた。 極めて物騒だ。「久々の再会じゃ。 積もる話もあるのじゃろう」 死人がでても困るので、ミュークがアリエッタを擁護する。 「寒いから死刑」だの、「居ても居なくても同じ」だの、散々に論われたが、結局、目的を片付けた後で拾って帰ることになった。 一方その頃、当のアリエッタは騎士団宿舎の執務室で、ひとり頭を抱えてシクシクと涙に暮れていた。 積もる話どころか、眼前には、多岐に亘る始末書の山がうず高く積もってる。 相変わらず不幸だった。 無論、ミュークたちはそんなことになっているなど、知る由もない。「いろいろあって訊きそびれておったが、アダマストルの内乱について、妹姫殿は何か知っておるかや?」 ミュークが横を歩くユイリーンに訊ねる。 以前、カタリナ老公女から概要だけを聞かされていた話だ。 アルフォンヌの手紙に記された内容との関連性を確かめたかった。「その件は一応の解決をみていますわ―――」 ユイリーンは言葉を濁したが、ミュークと目が合うと諦めたように口を開く。 話は二週間ほど前まで遡る。 建国以来、表立った騒乱とは無縁だったアダマストル公国で、はじめて政治破壊活動に該当する案件が引き起こされたのだ。 事の詳細は、以下の通りだ。 公国の政務官だった宮廷貴族の邸宅が襲撃・占拠されて、家主と使用人を含め五名が人質となる。 首謀者は前もって民間の機関紙に犯罪予告をしていたらしく、事件は直に表沙汰となった。 犯行理由は、聖アルジャベータ公会の指導的地位に在るゾア大主教の退陣。 無論、人質の命と引き換えにである。 当然、教会側は強硬姿勢を貫いた。 だが、状況の膠着化は民意を思わしくない方向に誘うことになった。 我が身可愛さに、大主教が人質の命を見捨てたとの噂が流布するようになったのだ。 現状を危惧した公国は、聖アルジャベータ公会と協議の末、人質救出作戦を強行する。 結果、首謀者に自害された挙句、道連れとなった家主を含めて人質の半数が還らぬ人となった。「けっ、胸糞が悪くなる話だ」 最後尾を歩くバルバロトが石畳に唾を吐き、率直な感想を述べた。 巨漢の敵意が公国や教会など、特権階級の人間に向けられているのは明らかだ。 事実、人命を軽んじた公国と聖アルジャベータ公会の対応には、批判が渦巻き、国論が沸騰している。「対応の拙さには同意致しますが、非難の矛先は事件を起こした犯罪者にこそ向けられるべきです」 ユイリーンがバルバルトの発言を聞き咎めた。 首だけを傾けて背後を歩く巨漢にキツイ視線を送る。「そもそもの原因がお偉いさん方にあってもかい?」「ええ、その通りです。 アダマストルには公平な形で民意を吸い上げる為に、民政院が確立されています。 不満があるなら、正式な手続きを踏んだ上で、陳情すればいいだけです」 ユイリーンが理を通す。 理屈だけで物事が解決しないことも、世の中には数多くある。 それを知るには、少女は純粋過ぎた。「いい加減にせぬか、大人気ない」 頃合をみて、ミュークが仲裁した。 これは“大人な子供”と“子供な大人”の両方に向けられた言葉だ。 この手の論争こそ理に適っていないし、十歳の少女に情を促すのにも無理がある。「立場こそ違えど、求めるものが同じなら歩み寄ればよい」 振り向いたミュークがしたり顔で言うと、巨漢は頬を掻いて視線を逸らした。 此方も根は純粋な癖に素直じゃなかった。<< 前の話 次の話 >>※気まぐれに推敲致します。推敲後の文章はフリーページorHPの方で反映されます。■小説.■ファンタジー.■オリジナル.
2013/07/22
今日(既に昨日)、はじめてブックオフを利用しました。安いですね。かなり驚きました。軽いカルチャーショックです。・・・趣味のひとつが絶版本(絵本&童話)探しなので、海外の取り寄せ可能なネットショップや地元の古本屋は定期的に利用してます(´・ω・`)私的に古本屋といったら、「おじいちゃん」「縦長」「取り出せない」「最近、並べるつもりないでしょう?」「近年価値のわかる店主が増えてヤダな」こんな印象しかありませんでした。
2013/07/17
初稿:2013.07.15編集:0000.00.00<< 前の話 次の話 >>※月ノ章の本編です4-06【真因】 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 偉大なる母より馬鹿娘へ 黄泉の手向けに、其方の馬鹿面でも拝んでおこうと考えておったが止めることにした。 妾のお膳立てを全て無駄にしおって、相も変らぬ愚鈍振りのようじゃしな。 乳離れできぬ其方のことじゃ、今猶、妾のことを探しておるのじゃろう。 じゃが、妾が被った災厄を己の積と考えておるなら、ここまでにしておけ。 其方の存在に因らず王国の騒乱は予知されておった。 近年、相次ぐ不自然な世界の変遷は、全て仕組まれたものじゃ。 端役では、動きだした歴史の奔流には何の影響も与えることはできぬ。 せいぜい目に見えぬ傍流に絡め取られる程度。 それを知った上で尚、妾の後を追うつもりなら覚悟せよ。 其方が身を窶す安穏な流れも、いつしか冥く血に塗れた本流へと到るじゃろう。 ・ ・ ・ 全ては妾の咎。 聖女アルジャベータの姿をこの目で見て理解した。 十七年前、未来を託した陽だまりに憑いた闇の正体を。 穢れた神降ろしの血は、祟神の依り代と成り果てた。 どのようなカタチであろうと妾の手で終止符を打たねばならぬ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ミュークは青年より手渡された羊皮紙を閉じると、静かに瞑目する。 見えざる手が歴史を動かしている。 それだけなら取り立てて騒ぐようなことではない。 元より人の世は権力と利権の配分によって成り立っている。 顕世に身を置く者は、世界の調和を司る天秤を一定の範囲で揺らし続けることで利を得るからだ。 もっとも恐ろしいのは、常世を在り所とする者が世界の舵を握ることだ。 だが、“祟神”とはいったい何を指すのか? 確かな証左もなく憶測を重ねることはできない。 青年に向き直ると、更なる情報の提示を要求することにした。「それで母上に関して他に知っていることはないのかや?」「長くなるがいいかな?」「うむ、差し支えなければ伺いたい」 ミュークは青年に椅子を勧めてから、表情をおさえて対座した。 青年の口から語られた内容は俄かには信じられないものだった。 アルフォンヌとの出会いから始まり、神の島タルタロスに住む不思議な屍族が語った真実。 まるで吟遊詩人の調べのように流麗な言葉が紡がれていく。 果ては、聖剣戦争の英雄であった聖女アルジャベータから神剣アンネシュティフを譲り受けた逸話まで。 事のあらましを理解する内に、己を取り巻く状況が一本の線で繋がりつつあった。「そういえば、首人殿は、シャルロット姫の命が狙われていることを、予め知っていたような節があったな」 エドゥアルトもミュークの表情から何かを察知したのだろう。 私見を添える。 途端、ミュークが狂ったように笑いだした。 合点がいった。 手紙の冒頭に記載された“お膳立て”という単語にである。 商王との出会いも偶然のものではなかったのだ。 全てはシャルロット姫を守る為に、アルフォンヌによって仕組まれていたのだろう。 そう考えれば、直接の交渉役だった仮面の男が、血統アルカナ“女教皇”の秘匿されたチカラの存在を知っていたことにも頷ける。 老獪な母親に一杯食わされたのだと理解すると、今度は段々と腹が立ってきた。「ワチキの苦労もしらず、あの放蕩モノめが!」 衝動のまま、手紙を握りつぶそうとした瞬間、羊皮紙は炎となって小さな火花を撒き散らした。 驚いたミュークが慌てて羊皮紙を手放すと、黒こげになった紙辺が四散する。 手紙を破いたり丸めたりしようものなら、焼失するように術を施してあったのだろう。 全てを先読みした上での、手の込んだ悪戯である。「必ず見つけ出して、一泡吹かせてみせる」 どうやら探し出す理由が、罪滅ぼしから一発ぶん殴ることに変わったようだ。「止めはしないが、今ならまだ引き返すことも出来る」 エドゥアルトが遠回しな物言いをする。 大方、手紙の内容を盗み見ていたのだろうが、非難する気にはなれなかった。 自分が青年の立場なら同じ事をするだろう。 寧ろ抜け目ない立ち回りに感心するぐらいだ。「要らぬ気遣いは無用じゃ。 手紙の有無に関わらずワチキの心は既に決まっておった」「本当にいいのかい?」「くどいぞ、教会との協定は成立した。 口約束とはいえ、一度交わした約定を違えるつもりはない」 ミュークはきっぱりと断言する。 母の言葉が真実ならば、全てはひとつの因果が引き起こした悲劇である筈だ。 複雑に縺れた糸を解きほぐすように、己の為すべきことを為すことが、アルフォンヌの元に辿り着く最短の道だと気づいていた。 恐らく母との今生の別れは、その時であろう。 そんな予感があった。「それならいい、ついでに首人殿から直接の託も頼まれている。 『努々忘るることなかれ。 定められた運命を変えるのは、物質的なチカラではない。 其方が継承した女教皇の能力は、どのような剣よりも強大な武器となろう』だとさ」「母上がそのように?」 アルフォンヌから血統アルカナについて助言されたのはこれが初めてだった。「ああ、俺には何のことかさっぱりわからんが、アナタがシャルロット姫と共に歩く道を選んだなら、そう伝えてくれと仰っていた」「そうか」 ミュークは胸にためた息をゆっくり吐き出すと、唇の端に笑みを浮かべた。 ようやく、わかった。 確かに愚鈍な娘であったと自覚した。 あの時、死を覚悟した母が自分に何を求め期待したのか、やっと理解できたような気がした。 屍族と人族が手を携えて歩む世界―――成し得なかった夢の実現を、アルフォンヌは未来を選び取るチカラと共に子へと託したのだろう。 “女教皇”の血統アルカナは、他人の心や記憶を覗き見る能力である。 数千年に渡って世界を見定め続けたアルフォンヌが示した道を進むことに、躊躇いなどあろう筈もなかった。「ヒ、ヒトが……死に掛けている時……に、随分と……た、楽しそうですわね」 恨めしそうな声に振り返ると、黒羊の毛布を頭からすっぽり被ったユイリーンが扉の前で蹲っている。 小刻みに震える小さな手が、木扉の下枠に空けられた通気口に敷布を詰め込んでいた。 少しでも、室内に忍び込む冷たい隙間風を遮ろうとしているようだ。 ミュークが部屋を見渡すと、いつの間にか両開きの硝子窓も紗布で覆われている。 話に夢中で気づかなかったが、地道な努力は続けられていたようだ。 少女は一仕事終えると、覚束ない足取りで着席したふたりに向き直る。「それに、わたくし抜きで……話をまとめるなんて、納得いき……いきませんわ」 面倒なことになりそうだと危惧したがその心配はなかった。 ユイリーンはその場でぶるりと震えると、「ももも……もっとも結果が同じなら、や、やり直しを要求するほど……暇人でもありません。 さ、さっさと話を切り上げますわよ」 歯の根があわない声で了承の意を付け加えた。 最初から賛同すれば済む話なのだが、場を仕切らねば気が済まない性格なのだろう。「先だっては朝一番で防寒着と雪靴を買い揃えねばならぬな。 ワチキは問題ないが、人族はそうも行かぬようじゃ」「そ、そうですわね。 それ、それじゃあ、わたくしの防寒具を……み、見繕う名誉を……アナタに授けましょう」 ミュークの視線に気づいたユイリーンが体裁を整える。「それは光栄の至り」 ミャークが茶化したように答える。 成り行きで小間使いを命じられたが、腹が立つことはなかった。 機嫌を損ねていないか、毛布の隙間からチラチラと此方を伺う小動物のような仕草に好感を覚えたからだ。「確かに人族は面白い。 母上が先代の聖女に未来を託したように、ワチキはその子供たちに―――いや、リュズレイの姫君たちと共に世界を紡いでみせよう」 自分でもらしからぬ台詞だった。 ユイリーンは不思議そうに、エドゥアルトは小さく微笑んでミュークを見つめていた。 ・ ・ ・ 悲劇をなぞらえはしない。 託すのでなく、共に歩み見出そう。 未来へと繋がる扉を。<< 前の話 次の話 >>※気まぐれに推敲致します。推敲後の文章はフリーページorHPの方で反映されます。■小説.■ファンタジー.■オリジナル.
2013/07/15
帰宅後、すぐ寝てしまったので変な時間に起きてしまいました。「リュズレイの三姫記」ですが、シャルロット編・ミューク編・ラグナウェル編を全部読んでくださった方になら次回のアルフォンヌの手紙から物語全体の黒幕がわかるようにするつもりです。該当人物が登場するのは数話先の予定ですけどね。
2013/07/10
初稿:2013.07.08編集:0000.00.00<< 前の話 次の話 >>※魔法学校編です0-00【少年】 西大陸で唯一の魔導師の殿堂―――アルバテル魔召殿。 魔導を志す者たちが集う知識の庭は、アルル=モア公国の首都アンディーンに本拠を構えていた。 公国内に点在する五つの魔導師養成所で、半年に一度行われる選抜試験において、優秀な成績を修めた者だけが、王都に招かれる。 養成所で素質や知識を磨き、本殿で実践的な術式を学ぶといった流れだ。 術式の制御は、術者の資質もさることながら、基盤となる知識が礎となる。 制御法を誤って、命を落とすことも珍しくはない為、このような措置がとられていた。 それは殿堂を管理する魔導師協会の定めた規律であり、王侯貴族であろうと特別扱いはされない。 西大陸で魔導を志すなら、魔導師教会に所属して魔召殿で学ぶか、高位魔導師に認められて直接教えを請うかのふたつにひとつであった。 そして今、都の魔導師の間で、実しやかに囁かれる噂があった。 魔召殿の力の象徴でもある三長老のひとりが、数年振りに直弟子をとったのだ。 ・ ・ ・ 魔召殿の奥庭に三つの人影があった。 内のひとり、少し大きめの黒魔法衣で身を包んだ少年が白蛇の水妖と向かい合っている。 癖のある銀髪に深い海色の蒼眼、まだ幼さの残る相貌には汗の玉がいくつも浮き出していた。 ―――引き攣ったような噴気音 水妖はトグロを巻いた白色の胴体から鎌首をもたげて牙を剥きだしている。 発達した耳ヒレが威嚇するように左右に広がっていた。 水妖特有の無機質な凶眼に睨まれた瞬間、少年の身体が強張って思うように動かなくなる。 「大丈夫、教わった通りにすればいいだけだ……」 小さく呟いた少年は、右手に携えた樫木の杖を握りなおした。 下級の妖魔を使い魔にすることは、見習い魔法使いのにとって最初の試練である。 人族の扱う儀式魔術(典礼魔術)は主に使役術に特化している為だ。 また、降霊術の側面もあり、使い魔を生霊として己に憑かせて、その能力を自在に行使することも可能だ。 師の教えと、魔導書の知識を反芻する。 目的の成就には、様々な術具や触媒、魔方円などを用いて、儀式化された魔導式を忠実に履行しなければならない。 意識を集中すると、杖先を器用に操って、古代の魔術文字を地面に刻みこむ。 魔導に身を窶す者なら誰もが息を呑むほど見事な手並みだった。 寸分の狂いもなく下級水妖を中心とした契約の魔法円が完成する。 更に頭に叩き込んだ手順をなぞり、左手に握られた小瓶の栓を抜いて、純水を一滴、魔法円に滴らせた。 水滴が地に染み込むと、魔術文字が潤いを取り戻した草木のように息吹き脈動する。「我が名はレムリア・グリンハルト。 古き河の神に連なる水妖よ。 青帝と結びし古の契約に従い、汝の血肉を以って契約の証とせん」 契約の言霊を唱えた少年は懐から取り出した下級水妖の鱗を口に含む。 これで儀式は無事に完遂するかに思えた―――が、突如異変が生じる。 魔法円から噴水のように水が溢れだし、躍り上がった奔流が少年から呼吸を奪う。 すさまじい水圧は儀式の成果もろ共に全てを押し流してしまった。 全ては一瞬の出来事だった。「げほっごほっ……うぅ」 激しく咳き込んで、呑み込んだ泥水を吐き出す。 呼気を整えようとして、少年は激痛に息を詰まらせた。 陽光に晒された白皙の肌が灼ける。 水に濡れて陽避けの肌粉が流れ落ちてしまったことに気づき、背筋に氷塊が滑り落ちた。「レムリア君、大丈夫かい!?」 声と同時にレムリアの身体が赤色の布地で覆われる。 皮膚を刺す痛みが急速に遠のいていった。 見上げるように目を開けると、黒髪黒眼の優男が気遣わしげな表情で覗き込んでいる。 ぼやけていた意識が定まると、その人物が自分の魔導の師であることを理解した。「グラングラム先生。 は、はい……大丈夫です」「立てるかい?」 グラングラムは少年が落ち着くのを待って、背中を支えて助け起こす。 ふらつきながらも立ち上がった愛弟子の姿に、安堵の息を漏らすが、それは途中から大きなくしゃみへと変換された。 少年を陽射しから守る為、咄嗟の判断で魔法衣を脱いでしまったので、今は半裸に近い格好であった。 比較的温暖な気候帯に属するアルル=モア公国だが、北方に連なる白竜の峰から吹き降ろす寒風の影響で、日中でもかなり冷え込んでいる。 洋袴に薄い絹着一枚では、凍死してもおかしくない。「あわわ、大切な紅魔法衣が……。 申し訳ありません」「いや、気にしなくてもいい」 グラングラムは慌てて師の魔法衣を返そうとする少年を手で制する。 紅色の魔法衣はアルバテル魔召殿で最高位階・長老の証である。 魔導を志す者なら誰もが袖を通すことを夢見ていた。 それ故、気まずそうな弟子の姿に「誉はここにあって物品に宿るものじゃない」と付け加えた。「いいえ、気にするべきです」 ずかずかと、正しくそんな靴音を響かせて、ひとりの少女が近づいてきた。 年の頃、十五、六であろうか、つり上がった強気な瞳と長い巻き毛は明るい赤銅色に輝いている。 凛々しくも利発そうな相貌が印象的だ。 格好そのものは少年と同じだが、黒一色のとんがり帽子と魔法衣を纏った姿は、絵本に登場する魔女宛らの井出達である。 本来は魔召殿で学ぶ見習い魔法使いに支給される制服であるが、グラングラムの個人的な趣味で弟子にも着用させていた。 師曰く、カタチから入った方が身が引き締まるらしい。「なにより、先生はこの子に甘すぎだわ!」 少女はレムリアの顔に指をつきつけると、肩を怒らせてグラングラムを睨み上げた。 師に対して不遜な態度だが、ずり落ちるとんがり帽子に悪戦苦闘している仕草が愛らしく、本人の望まぬカタチで嫌味は感じられない。「そういうわけだ。 エイシャさん、レムリア君を医務室に連れて行ってくれるね」「先生……アタシの話を聞いていましたか?」 エイシャの大きな瞳が三白眼になっていた。「君の提案の優先度は、上から数えて32番目に位置している」「いくらなんでも低すぎます」 この手の言葉遊びは慣れているようで、両者共によく口が回る。「短命種である人族が効率的に生きる為には、常に優先度の高い事象から処理する必要がある。 そして、今この場で最も優先されるべき事柄は、乱れた水妖の精を鎮めることだ。 この意味がわかるね?」 グラングラムは駄々っ子を諌めるように、順序立てて理を説く。 儀式の最終段階、つまり使役対象の血肉を呑み込んだ術者が契約に失敗した場合、最悪の事態となる。 血肉を奪われた魔性が、術者に襲いかかるのだ。 水蛇は下級の水妖なので大した力はない。 術者の体内から鱗が排出されるまでの間、憑きモノとなって体調不良や睡眠障害など軽度の霊障を引き起こす程度だ。 だからといって小事が大事を生む可能性もある。 術暴走で何処かへ流された水蛇を探しだすことが先決だった。「なんでアタシがこんな子の面倒を……」「後輩ができると知って、飛び跳ねて喜んでいたのは誰だったかな?」 グラングラムは尖ったエイシャの唇を指先で押さえる。 少女の頬に薄っすらと赤みがさした。「そ、それは……。 まさか、屍族(吸血鬼)が来るなんて思わないし」「エイシャ」「わかってますよ。 皮相な見解は愚者の所業でしょう。 耳に金メッキのタコができています」 金言にあやかった皮肉だろう。 上手くはないが、言いたいことは十分に伝わったようだ。「物事の本質を見抜く目は魔導師にとって必要不可欠なものだ。 姉弟子としてちゃんと介抱してあげるんだよ。 それに君の今の格好も……その、アレだ。 ……早く着替えたほうがいい」 グラングラムはエイシャから視線を外すと、誤魔化すように咳払いをした。「格好? アタシは先生と違って露出愛好家じゃ―――きゃ!?」 エイシャは自分の姿を確認すると、一瞬にして耳まで真っ赤になった。 水妖の暴走に巻き込まれていたのだろう。 濡れた黒魔法衣が肌に張りついて、平均より発育のいい身体が浮き彫りになっていた。 思わず突き飛ばしたグラングラムに向けて、「異常性欲者」だの「小児性愛者」だの散々暴言を吐いて、理不尽な謝罪を勝ち取ると大きく息を吐いた。「ほらっ、いくわよ。 ここに居たら先生の邪魔になるから、さっさとついて来る」「あ、あの……でも」 戸惑うレムリアの手を引いてエイシャが本殿へと歩き出す。 手の平から伝わる確かな温もりは少年にとって心地よいものだった。<< 前の話 次の話 >>※気まぐれに推敲致します。推敲後の文章はフリーページorHPの方で反映されます。■小説.■ファンタジー.■オリジナル. 月ノ章の双子SIDEにするか、中編(外伝)として別に書くか迷いましたが、中編にすることに致しました。
2013/07/08
続きです。初稿:2013.07.01編集:0000.00.00<< 前の話 次の話 >>※月ノ章の本編です4-05【奇縁】「俺の名はエドゥアルト・ラガ・ディファル。 公務を離れることが適わない新教皇の正史として参上つかまつった。 教皇庁はウィズイッド家のご令嬢殿の来訪を歓迎するとのことだ」「このような些事に教皇の正使がお出ましとは随分と仰々しいの」 どうにも腑に落ちない。 ウィズイッドの名がでたことも気になるが、青年の口振りでは、教皇自らこの場に訪れることを望んでいたように聞える。「此方にもいろいろと都合があるのさ。 それに種族を問わず、アナタのように見目麗しい女性の相手は、このエドゥアルトの役回りだからな」 エドゥアルトと名乗った青年は芝居がかった仕草で傅くと、ミュークの左手の甲に恭しく口づけをした。 相手を大屍族と知った上で、気後れすることもなく平然としている。 軽薄な風貌とは裏腹に豪胆な心臓の持ち主である。「褒め言葉として受け取っておこう。 それで蛍輝石の採掘許可と、そこで寝ておる大ばか者の処置はどのように?」「検問所の件は不問にするとのことだ。 採掘に関しては、此方の提示する条件を飲んで下されば、教会から正式な許可が下りることになる」 青年の言葉に、ミュークは抱いた違和感の正体に合点がいく。 検問所でのいざこざを処理するだけなら、行政官を通じて書簡を交わせば済む話だ。 わざわざ、特使が赴く理由などない。 この青年は交渉人として遣わされたのだろう。「して、その条件とはなんじゃ?」「アナタ方の目的を公にして、教会の支援を受けいれて欲しい」 勿体振っていた割りに安直な要求だった。 拍子抜けするほどだ。「問題ないと云いたいところじゃが、ワチキの一存では決められぬな。 カタリナ公女が水面下で救出策を練っておることも聞いておるのじゃろう?」 ミュークが回答を濁す。 全てを知った上での裁可であるなら、些か早計過ぎると思えた。 勿論、事実を公にする利点もある。 単純に教会の力を最大限に利用することが可能になる点だ。 一枚岩とは言い切れないが、市民階級にまで裾野の広がった教会の情報網は侮りがたい。 逆に欠点は、カタリナ公女が危惧するように、敵を刺激して不測の事態を招くことだろう。 どちらが正しいと判断するのは難しい。 要は長期戦に持ち込むか、短期の決着を望むかの差でしかない。 だが、聖女の気持ちも理解できる。 妹を救い出す為に尽力したいと考えるのは当然だろう。 現状、人質の命に危険がなくても、これから先もそうであるとは限らない。 慎重を期すカタリナ公女とは相反するが、プルミエールの無事を願う心は同じなのだから。「その辺のすり合わせは教会が責任を持つそうだ」「そういうことなら、ワチキが口を挟む余地はない」 どちらが正しいとも判断できぬ以上、ミュークも当事者である血族の意向に従わざるを得ない。「交渉成立だな。 これでようやく肩の荷が下りると言うものだ」 エドゥアルトは実際に重荷を担いでいたかのように、右肩を軽く回して固まった筋肉を解していた。「しかし、慎重論を推すわけではないが、なぜそこまで事を急く必要がある?」「それが、教会の未来に繋がることだからさ」 エドゥアルトは新教皇の驚くべき真意を明らかにする。 聖女は種族の垣根を越えた未来を、この地に実現するつもりらしい。 無論、人族と屍族の間に生じた軋轢を取り除くなど並大抵のことではない。 恐らく前に進むほど自分自身も傷ついていく、茨の道であろう。「尊き信念じゃが、この件とどのような関わりがあるのじゃ?」「あるさ、屍族が人族の王女の命を救いだす。 この事実は大きい。 世の中、大半の人間は物事の表層のみに目がいく。 しかも、その屍族がウィズイッド家とくれば、様々な憶測を呼ぶことになるだろう」「ふむ、確かに其方の云う通りかもしれぬ」 聖剣戦争時に唯一人族に組した大屍族が、変わることなく正道を貫いている。 そうなれば、ウィズイッド家の汚名は払拭され、世間の屍族を見る目も変わるだろう。「この手の英雄譚には大抵尾ひれが付いてまわるもの。 此方の想定以上の効果を及ぼすことだろう。 その事実を掲げて、教会改革を進めるわけさ」 エドゥアルトの相貌に一瞬だけ自嘲するような笑みが宿るが、直に小憎らしいほど平然とした表情に戻る。「ウィズイッド家の現当主としては悪い話ではない。 じゃが、身内の窮地を利用しているようで鼻持ちならぬな」 ミュークが歯に衣着せぬ正直な感慨を洩らす。「裏の理由にシャルロット姫は関知していない。 彼女はひたすらに妹君を助けたい一心で教会の協力を申し出ただけだ」「では、喰えない知恵者の入れ知恵というわけかの」 影に聖女の理想を叶える為に策を講じている人間がいると、青年の言葉は示唆していた。 教会でもそれなりの地位にあり、敢えて汚れ役を引き受ける程、新教皇に肩入れしている人物。 敵になれば厄介だが、今のところその心配はいらないだろう。「同感だね。 自分は頭脳労働専門で、面倒事は常に弟子任せときた。 毎度毎度、堪ったもんじゃない」 エドゥアルトは手の平を上に向けて肩を竦めてみせる。 その様子から、こき使われる弟子とはこの青年のことだとわかった。 レムリアがこの場に居たら「その頭脳労働すらサボるミュークさまよりは随分マシです」などと口を滑らせて、ど突きまわされていたことだろう。「大まかには理解したが、その完璧とも思える草稿にも、二つほど穴がある」「穴とは?」「ひとつは、プルミエール嬢を拐かしたのも、また屍族という現実じゃ」 ミュークの疑念は当然のものである。 首謀者がオルカザード家では、人族の屍族に対する忌避感を煽ることになるだろう。「俺も最初はそう考えたが、そこにこそ意味があるそうだ。 屍族が聖人君子だと広めることが目的ではないらしい。 善人や悪人といった括りは個人の資質によるものだと理解してもらうことが重要なのだとさ」「なるほどの、英雄譚と見せかけた道徳譚とは、よくできておる」 ミュークも青年の師とやらの遠謀深慮に感服する。 屍族を人族と同様の価値基準で判断させて、両者の間に生じた溝を埋めようとしているのだろう。 それは、宗教者の理屈とは程遠い、理智の眼力ともいえた。「あの偏屈爺は人の世を、基盤の目を踊る駒の如く操る天才だからな」「じゃが、もうひとつ。 ワチキが裏切る可能性を全く考慮しておらぬ」 ミュークの紅眼に皮肉の色が宿る。 与り知らぬ間に随分と過大評価になったものだ。 毒を利かせた視線を送るが、青年は動じる気配もなく、にやりと口唇を吊り上げる。 まるで、その問いを待っていたかのようであった。「その心配はない。 なんといってもアナタはあの首人殿の娘なのだからな」「ま、待つのじゃ。 其方の云う“首人”とは母上―――アルフォンヌ・ウィズイッドのことかや?」 思わぬ名前が提示されてミュークの声が裏返る。 喉がからからに渇いていた。 予期せず捜し求めていた母親の消息を掴む機会を得ることになった。「正しくそのアルフォンヌ殿のことだが―――」「母上は今何処に? すぐに教えるのじゃ!」 燭台に立てられた蝋燭の炎が、ミュークの心裡を映し出すように大きく揺らめいていた。 無意識に青年の衣服の襟口を掴んで、力任せに前後に揺さぶる。 豹変したミュークの気勢に余裕の色を崩さなかった青年が鼻白む。「ぐっ、待て待て……美女に言い寄られるのは望むところだが、こ、この……ままじゃ愛の語らいすら儘ならん」「世迷言などいいから、さっさと話すのじゃ」 ミュークは完全に冷静さを失っていた。<< 前の話 次の話 >>※気まぐれに推敲致します。推敲後の文章はフリーページorHPの方で反映されます。■小説.■ファンタジー.■オリジナル.
2013/07/01
文字数制限を越えたので二つに分けます。初稿:2013.07.01編集:0000.00.00<< 前の話 次の話 >>※月ノ章の本編です4-05【奇縁】 シーザ港はルブルス島の海の玄関口であり、神都を訪れる巡礼者の拠点となる街である。 しかし、一年を通して巡礼者の列こそ後を絶たないが、よく言えば落ち着いた、実情は、寂れた風体を晒す街並みが広がっていた。 本来なら物流の中心であるにも関わらず、この地は経済の円環から切り離されていたのである。 元々、島全体が教会の領有地で、民に土地の私有が認められていなかったこともある。 加えて商いにも厳しい監視の目があり、民間貿易を制限していたからだ。 だが、新教皇がルブルス島一帯の経済・地権改革を打ち出したことにより、その様相は変わりつつあった。 以前は教会管轄地での商行為は禁じられていたが、今では一定の冥加金を納めることを条件に、商許可申請が可能になった。 石を投げれば巡礼者に当たると皮肉られたこの港に、商船や民間船の姿が見受けられるようになったのはその為だ。 経済が発展すれば、地域も潤う。 それは関税や取引税といったカタチで教会にも還元されることになるだろう。 全ては、清貧を旨とした前教皇とは違い、開かれた教会を目指すことを内外に示す為の第一歩であった。 もっとも、ここまで改革が迅速に成し遂げられたことには理由があった。 政務を司る元老院が全く干渉を示さなかったのである。 そんな教会の内情など知る由もなく、教会に訪れた新たなる夜明けに、シーザ港は漠然とした高揚感に包まれていた。「雪か……」 ミュークが気怠そうにアーチ型の硝子窓から外を眺めている。 低くたれこめた雪雲は空一面を満たしているが、本格的な吹雪の心配はなさそうだ。 海流の影響もあり、ルブルス島が属するソウルガユス諸島群は気温の年較差が大きく、同緯度の内陸に比べて冬の訪れは早い。 収穫期が過ぎると、底冷えする冷気が大地に浸透するようになる。「たくっ、いつまで待たせるつもりだ。 やっぱり、大門の兵士を張っ倒しちまったほうが手っ取り早かったんじゃねーか?」 バルバロトが物騒極まりない台詞を吐く。 一行がシーザ郊外の宿に押し込められてから、既に半日が経っていた。「却下じゃ。 缶詰もいやじゃが、異端の烙印を捺されて蒸し焼きになるのは、それ以上に御免蒙る」 ミュークが呆れたように返した。 ことの経緯はこうである。 無事に航路を辿り、ルブルス島に到着したのだが、検問所で問題が起こる。 バルバロトの海賊紛いの風体に検問使が疑いの目を向けたのだ。 教会船アメナディル号の船長だと名乗ったようだが、当たり前のように身分証を所持しておらず更に疑惑は深くなる。 先方の態度にも問題はあったが、腹を立てた巨漢が検問使を殴り倒してしまい、結果は見ての通りだ。 ユイリーンの口利きで投獄だけは免れたが、半軟禁状態なのである。 仕方なく、ユイリーンがアリエッタを伴って、一足先に聖宮に赴くことになった。 カタリナ公の書簡を届けて採掘許可を得ることと、大ばか者の恩赦を取り付けるのが目的である。「だが、アンタまでここに残る必要はなかっただろう?」「水臭いことを云うなや。 ここまで共に旅をして、ひとり置いていくのは忍びな―――」 皆まで言い終える前に、ミュークの短躯が巨漢の腕の中に抱きすくめられていた。 恐ろしいほどの馬鹿力で振りほどくことも適わない。 「やめい。 放すのじゃ」などと抗議するが、感涙に咽んだバルバロトには聞えていないようだ。 振り子の錘のように左右に振られながら、ミュークは自分の軽口を呪うのだった。 実際のところは、ただ単に、聖女に合わせる顔がなかっただけなのである。 密着したミュークの顔と巨漢の腹部の間から、「ぐぅ~」という潰れた悲鳴とも、腹の虫ともとれる擬音が響いた。「そういや腹が減ったな。 そろそろメシにするか」 遠のく意識の彼方で、バルバロトが上機嫌で口ずさむ鼻歌が木霊していた。 気づくと、ミュークはぐったりと長椅子に横たわっていた。 口は災いの元とはよく言ったもので、これではレムリアを笑えない。 視線を横に滑らすと、並べ置かれた寝台のひとつでバルバロトが盛大にいびきをかいている。 直に滞在許可が下りると踏んで、同部屋を選んだのだが、ここにきて乙女としての危機感を抱いていた。 先ほど腕力で勝てないと知ったので尚更である。 手篭めにするのはお手の物だが、されるのは遠慮願いたい。 欲望に素直な感慨であった。 ただし、今更部屋を分けを提言するのも、変な想像をしたようで気恥ずかしい。「う~む、これは困ったぞよ……」 頭を捻って打開策を考えていると、不意に扉が叩かれた。 僅かな期待を籠めて誰何するが、現れたのは頭の禿げ上がった恰幅のいい初老の男―――宿の主人だった。 暖炉の薪を継ぎ足しにやってきたようだ。 ミュークは己が屍族だと悟られぬように、薄く伸ばすように血統アルカナ“女教皇”のチカラを展開する。 その状態を維持したまま、宿の主人の記憶から神都の近況を直に引き出していった。 新教皇は即位後、教会内外から有能な人物を積極的に要職に据えていることから、開かれた教会という印象を持っているようだ。 加えて、悪徳官吏を徹底して取締まるなど前教皇の意志も尊重しており、一般市民からも広い支持を集めているらしい。 意識の表層に漂う記憶で、不審な点は特にない。 ただひとつ、最近になって小規模な地震が多発していることを不安視しているくらいだ。 元々、ソウルガイス諸島群は過去の地殻変動で大陸から分離して誕生した陸島である。 地震はこの地域の名物にも数えられている為、気に留めることでもないとミュークは判断した。 宿の主人が退出するのを待ち、窓辺へと移動する。 表街道は既に一面の銀世界だった。 揺らめきながら舞い落ちる白雪だけが世界で息づいている。 ふと、ミュークの視界に人影が映った。 暗闇の中、はっきりとは視認できないが、二人連れである。 長椅子に戻り暫し待つと、扉が開け放たれて、雪崩れ込むようにユイリーンが駆け込んできた。 少女は一目散に暖炉に駆け寄って、ガクガクと震えながら衣服に付着した雪をはたき落としている。 落ち着くまで、話は聞けそうにない。 仕方なく別の疑問を先に解決することにした。「そちらは何方かな?」 ミュークが扉口に佇む若者に訊ねる。 整った容姿に皮肉な光りを宿す碧眼。 白銀色の長髪にはひと房だけ斑な紅が混じっている。 民族衣装風の白服に赤と紫の絹紗を肩から斜めにかけた井出達は、まるで東方の踊り子のように見えた。<< 前の話 次の話 >>※気まぐれに推敲致します。推敲後の文章はフリーページorHPの方で反映されます。■小説.■ファンタジー.■オリジナル.
2013/07/01
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