『†Princesse du sang†』 月ノ章 0-02【双子】
月ノ章 0-02【双子】
―双子SIDE―
ゴルダの表情には焦りが色濃く浮き出ていた。 それもその筈、懐にしまったセナートル金貨が影も形もなくなっていたのだ。
ゴルダは恥も外聞もなく纏っていた衣服を脱ぎ捨てると、それを裏返しにしてバサバサと乱暴に振り回す。 しかし、衣擦れの音に硬質な響きは混ざらなかった。
そんなゴルダを尻目にレムリアは多少意地悪く口調を荒げた。
「現実の金貨が消えてなくなるわけもありません。 ボクが世間知らずな屍族だと、高を括って欺くおつもりですか?」
レムリアの詰問に呼応するようにルムファムの冥い碧眼がゴルダを睨めつける。 僅かでも双子の屍族を抑制する箍が緩まれば、ゴルダの命は消し飛ぶかと思われた。
「ま、待ってくれ、何かの間違いだっ!!」
しどろもどろに弁明するゴルダ。 脂肪で弛んだ頬肉を情けなさそうに歪ませると、ついには帳場台の下に這い蹲り回る始末だった。
「ない、ない……ない」
うわ言のように何度も呟くゴルダ。
「代金の差額どころか、受領した金貨まで返却できないとなると……。 ボクにも店主さんに悪意がないと信じることは到底無理です。 もし一方的に取引を違えられた場合、闇商人の貴方なら一体どうしますか?」
床に伏したままのゴルダの喉がゴクリと音をたてる。
商人組合に所属する店舗での売買なら過失に応じた損害賠償を求めるのが通例だ。 しかし、危険と常に隣り合わせな人間、市場の裏側に存在する闇商たちはもっと端的な解決法を採る。 取引違反に対して、耳や鼻、特に性質が悪い者は腕など―――見せしめとして身体の一部を切り落として制裁とするのだ。 一見、信用とは無関係な裏社会であるが、実はその逆で、法外な売買が成立するからこそ、厳格な掟が存在していた。
「そ、そうだっ! 少し待ってくれないか。 この街の、両替商組合に隠し金庫を預けている。 そこにいけばセナートル金貨そのものは無理でも十分な補償が出来る。 だから―――」
ゴルダは裏返った声で譲歩を求めた。 なにしろ、ルムファムがこれ見よがしに鈍く光る短剣をチラつかせている為に、生きた心地がしなかったのだ。
「もしも、店主さんが逆の立場であったのなら、その言葉を信じることができますか?」
レムリアの切り返しにゴルダは言葉に詰る。 軽々しく嘘をつけない辺り、根は正直者なのだろう。
「ボクもことを大袈裟にしたいとは考えていません。 むしろ店主さんのように有能な人間とは有意義な関係を築きたいと考えています」
泥沼にはまり込んでいくゴルダに対してレムリアの対応は努めて冷静だ。
「と、当方に一体どうしろと?」
「今のボクと店主さんに“足りないもの”で差額分を補って貰えれば結構です」
「足りないものと申しますと?」
成り行きから金銭ではないだろう。 だが、いくら考えてもゴルダにはこの会話に“不足する要素”の見当がつかなかった。
暫くゴルダの反応を伺っていたレムリアが穏やかな口調で答えを導く。
「“信用”ですよ」
「し、信用?」
ゴルダが狐につままれたような顔で間の抜けた声をだす。
「簡単なことです。 ボク達がここを訪れた際に店主さんが常に有意義な取引相手であってくれれば良いだけです。 尚、この契約は両者のどちらかが死ぬまで継続すること、以上です」
「そ、そんな簡単なことでいいのかい?」
幾分拍子抜けした感のあるゴルダであった。 恐らく、もっと無理難題を突きつけられると想定していたのだろう。
「ボク達屍族にとって、そしてミュークさまがご本懐を遂げる為にも、必要不可欠なことなのです」
屍族が異端視されるメナディエル教圏の国家で、ゴルダのように商売を通じて国際情勢に敏感な人間を味方にすることは、己の身の安全を計る上でも重要な問題であった。
「だが、こういってはなんだが。 こちらが裏切らないという保障はない。 それでもいいのかい?」
ゴルダはそう聞かずにはいられなかった。
「そうはなりません」
レムリアは首を横に振ると得意気に続ける。
「仮に店主さんが屍族を異端視する勢力、例えば公国や教会にボク達を売るような真似をしたとします。 その結果、通常なら報奨金を得られる上に身の危険もなくなり一挙両得です。 ですが、闇商としての店主さんを取り巻く環境を考えれば、得るものより失うものの方が遥かに大きい。 違いますか?」
聖女の末裔を王族として頂くアダマストル公国は聖アルジャベータ公会の総本山である。 屍族は異端視され、その存在が露見すれば、メナディルの教義の下に正義の鉄槌が下されることになるだろう。 だが、ゴルダ自身も違法な商売に身を窶している以上、なんらかの処罰は避けられない。 いや、これ幸いと財産を没収された挙句、罪人として投獄される憂き目に遭うのがオチであった。
「た、確かに……」
ゴルダは額に滲み出た汗を矢継ぎ早に拭う。
「ご理解頂けたのならば幸いです。 それとコレをどうぞ」
レムリアは満面の笑みで一枚の金貨をゴルダに手渡す。
「コレはっ!?」
見紛う筈もない。 それはセナートル金貨だった。
「先ほど床に落ちていたものを拾いました」
ゴルダは驚いたようにレムリアの顔を凝視する。 その両眼には疑いと非難の色が濃い。
「あはは……、そんな目で見ないでくださいよ。 ボクは嘘はついていませんよ。 これは金貨の在り処を尋ねなかった店主さんの落ち度です。 勿論、店内での拾得物です。 お話が済めばお返しするつもりでした♪」
いけしゃあしゃあと言ってのけるレムリア。
「じゃあ尋ねるが、この金貨を落としたのは誰だい?」
「確信を突いてきましたね。 お察しの通り、金貨を落としたのはルムです」
レムリアの回答にゴルダも得心するが、そうなると別の疑問が浮かんでくる。
「一体いつの間に掠め取ったんだい?」
「短剣を抜き取る時、店主さんが目を閉じた隙にですよ」
「……たしかに油断大敵だな」
ゴルダは大きく肩を落として茫然自失だ。 己が少年の手の平の上で踊らされていた事実は、闇人としての自尊心を酷く傷つけていた。 流石に居た堪れなくなったのか、レムリアはばつが悪そうに頭を掻く。
「騙すような真似をして申し訳ありません。 ですが、こうでもしないと店主さんは屍族と無用な関係を持とうとはしなかったでしょう。 う~ん、やっぱり怒っていますか?」
レムリアが上目遣いにゴルダを見つめる。 その聡明そうな碧眼はウルウルと滲んでいた。
屍族とはいえ、子供相手にこれ以上の醜態を晒すのも情けないと感じたのか、ゴルダはレムリアから目を背けると、ひとつ咳払いをする。
「い、いや……、商談に駆け引きはつきものだ。 それと見抜けなかったコチラにこそ落ち度がある。 なに、こちとらお天道様の真下で商売できるような真っ当な人間じゃない。 取引相手が脳足りんだと余計な心配も増すが、アンタのように賢い人間―――いや、屍族ならば大歓迎だ」
それに適度な緊張感を保てる点が特にいい。 ゴルダは内心でそう付け加えると晴れ晴れとした心からの笑顔をみせた。
「だが、もしも差額の釣り銭を用意出来たらどうするつもりだったんだい?」
ゴルダがふと感じた疑問を口にする。
「その時は―――」
レムリアが勿体振るように言葉を切る。
「その時は?」
ゴルダは鑑定台に身を乗り出すように少年の言葉に聞き入っている。
「おつりは全部“ガープ銀貨”でお願いしますと―――仮にそれも満たしているようなら、全て“銅貨”でと言います。 条件を満たさなくなるまで貨幣換算価値の低い硬貨に切り替えるつもりでした♪」
レムリアは事も無げに言ってのけた。
かなり乱暴な手段に思えるが、確かにガープ金貨四万三千枚は銀貨で四十三万枚、銅貨に換算すると四百三十万枚になる。 そんな大量の硬貨を常備している場所など政府直下の両替機関以外に見当がつかない。
「それと、店主さんがセナートル金貨での取引に応じてくださることにも確信がありました。 その金貨の真価を知る者なら、是が比にでも入手を試みることは計算済みでしたしね」
「大したボウヤだ」
感心するようのゴルダは呟いた。
どこまでOKなのか?(既視感x3)&推敲 2016/05/11
もうすぐ核心 2013/07/10
夜々閑話・其の弐拾陸 2013/06/10
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人物紹介
【人族世界】
アダマストル公国
聖アルジャベータ騎士団
メナディエル聖教
その他
【屍族世界】
ウィズイッド家
用語辞典
一般用語
夜ノ章【短編集】
0-00【炎神】
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| 13/05/05(日) |
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| 13/05/04(土) |
| >>光ノ章 3-10【聖座】 |
| 11/08/22(月) |
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| 11/08/11(木) |
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| 11/07/27(水) |
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| 10/05/19(水) |
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| 10/05/02(日) |
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| >>光ノ章 2-04【涜聖】 |
| 10/04/07(水) |
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| 10/03/31(水) |
| >>光ノ章 2-03【涜聖】a |
| 10/03/26(金) |
| >>光ノ章 2-02【我意】 |
| 10/03/01(月) |
| >>光ノ章 2-01【籠姫】 |
| 09/06/11(木) |
| >>光ノ章 2-00【老卿】 |
| 09/06/03(水) |
| >>光ノ章 1-06【脱出】 |
| 09/04/17(金) |
| >>光ノ章 1-05【残光】 |
| 09/04/05(日) |
| >>光ノ章 1-04【蠱毒】 |
| 09/03/24(火) |
| >>光ノ章 1-03【呪夜】b |
| 09/03/17(火) |
| >>光ノ章 1-03【呪夜】a |
| 09/03/11(水) |
| >>光ノ章 1-02【古怪】 |
| 09/03/02(月) |
| >>光ノ章 1-01【神都】 |
| 09/02/19(木) |
| >>光ノ章 推敲完了 |
| 08/10/06(月) |
| >>光ノ章 0-01【世界】 |
| 08/07/16(水) |
| >>光ノ章 0-09【聖船】下b |
| 08/07/15(木) |
| >>光ノ章 0-09【聖船】下a |
| 08/07/09(水) |
| >>光ノ章 0-08【聖船】中 |
| 08/07/04(金) |
| >>光ノ章 0-07【聖船】上 |
| 08/06/30(月) |
| >>光ノ章 0-06【妹姫】下 |
| 08/06/26(木) |
| >>光ノ章 0-05【妹姫】中 |
| 08/05/30(金) |
| >>0-02【妹姫】挿絵03 |
| 08/05/28(水) |
| >>光ノ章 0-04【霊鈴】下 |
| 08/05/25(日) |
| >>光ノ章 0-03【霊鈴】上 |
| 08/05/22(木) |
| >>0-00【籠姫】挿絵02 |
| 08/05/21(水) |
| >>光ノ章 0-02【妹姫】上 |
| 08/05/18(日) |
| >>光ノ章 0-01【籠姫】下 |
| 08/05/14(水) |
| >>光ノ章 0-00【聖女】上 |
| ※以下略 |
| >> †Curse of blood†時更新 |
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| 16/01/13(水) |
| >>月ノ章 4-11【祟神】 |
| 16/01/09(火) |
| >>月ノ章 4-10【祟神】 |
| 15/12/22(火) |
| >>月ノ章 4-09【奈落】 |
| 13/08/05(月) |
| >>月ノ章 4-08【奈落】 |
| 13/07/22(月) |
| >>月ノ章 4-07【霊廟】 |
| 13/07/15(月) |
| >>月ノ章 4-06【真因】 |
| 13/07/01(月) |
| >>月ノ章 4-05【奇縁】 |
| 13/06/23(日) |
| >>月ノ章 4-04【出立】 |
| 13/06/17(月) |
| >>月ノ章 4-03【技師】 |
| 13/06/10(月) |
| >>月ノ章 4-02【再会】 |
| 13/06/04(火) |
| >>月ノ章 4-01【因縁】 |
| 13/05/15(水) |
| >>月ノ章 4-00【迷途】 |
| 11/04/01(金) |
| >>月ノ章 3-12【凶刃】下 |
| 11/03/09(水) |
| >>月ノ章 3-11【凶刃】中 |
| 11/03/03(木) |
| >>月ノ章 3-10【凶刃】上 |
| 11/02/27(日) |
| >>月ノ章 3-09【取引】下 |
| 11/02/20(日) |
| >>月ノ章 3-08【取引】中 |
| 11/02/14(月) |
| >>月ノ章 3-07【取引】上 |
| 11/02/07(月) |
| >>月ノ章 3-06【捕竜】 |
| 11/01/23(日) |
| >>月ノ章 3-05【語部】 |
| 11/01/18(火) |
| >>月ノ章 3-04【天敵】 |
| 11/01/12(水) |
| >>月ノ章 3-03【水都】 |
| 10/01/07(金) |
| >>月ノ章 3-02【思惑】 |
| 10/12/22(水) |
| >>月ノ章 3-01【月兎】 |
| 10/12/18(土) |
| >>月ノ章 3-00【金策】 |
| 10/02/23(火) |
| >>月ノ章 2-08【転換】 |
| 10/02/16(火) |
| >>月ノ章 2-07【血渇】 |
| 10/02/07(日) |
| >>月ノ章 2-06【幻影】 |
| 10/01/27(水) |
| >>月ノ章 2-05【女難】 |
| 10/01/21(木) |
| >>月ノ章 2-04【国境】 |
| 09/11/16(日) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】c+ |
| 09/11/10(火) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下c |
| 09/11/09(月) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下b |
| 09/11/03(月) |
| >>月ノ章 2-03【灯台】下a |
| 09/10/22(木) |
| >>月ノ章 2-02【灯台】中ab |
| 09/10/01(木) |
| >>月ノ章 2-01【灯台】上 |
| 09/09/27(日) |
| >>月ノ章 2-00【呪地】 |
| 09/09/15(火) |
| >>月ノ章 1-06【余談】 |
| 09/08/31(月) |
| >>月ノ章 1-05【脱出】ab |
| 09/08/24(月) |
| >>月ノ章 1-04【取引】 |
| 09/08/07(金) |
| >>月ノ章 1-03【聖船】b |
| 09/08/04(火) |
| >>月ノ章 1-03【聖船】a |
| 09/08/02(日) |
| >>月ノ章 1-02【聖船】a |
| 09/07/14(火) |
| >>月ノ章 1-01【慧眼】 |
| 09/07/09(木) |
| >>月ノ章 1-00【日常】 |
| 09/06/21(日) |
| >>月ノ章 0-03【双子】 |
| 09/05/12(火) |
| >>月ノ章 0-02【双子】ab |
| 09/05/01(金) |
| >>月ノ章 0-01【双子】ab |
| 09/04/26(日) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】b |
| 09/04/26(日) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】a |
| 08/10/01(水) |
| >>月ノ章 1-00【兎姫】 |
| 08/09/26 (金) |
| >>月ノ章 0-09【潜入】 |
| 08/09/20(土) |
| >>月ノ章 0-08【死海】 |
| 08/09/12(金) |
| >>月ノ章 0-07【灯台】 |
| 08/09/07(日) |
| >>月ノ章 0-06【凶兆】 |
| 08/08/27(水) |
| >>月ノ章 0-05【翼竜】 |
| 08/08/10 (日) |
| >>月ノ章 0-04【双子】下b |
| 08/08/07 (木) |
| >>月ノ章 0-04【双子】下a |
| 08/08/04 (月) |
| >>月ノ章 0-03【双子】上 |
| 08/06/13(金) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】 |
| 08/06/07(土) |
| >>月ノ章 0-02【闇商】下 |
| 08/06/05(木) |
| >>月ノ章 0-01【闇商】上 |
| ※以下略 |
| >> †Curse of blood†時更新 |
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| 16/03/08(火) |
| >>血ノ章 4-08【姫妹】 |
| 16/02/21(日) |
| >>血ノ章 4-07【姫妹】 |
| 16/02/06(土) |
| >>血ノ章 4-06【屍妹】 |
| 15/10/25(日) |
| >>血ノ章 4-05【屍妹】 |
| 13/04/30(火) |
| >>血ノ章 4-04【接触】 |
| 13/04/16(火) |
| >>血ノ章 4-03【煙街】 |
| 13/04/06(土) |
| >>血ノ章 4-02【目的】 |
| 13/03/29(金) |
| >>血ノ章 4-01【恋敵】 |
| 11/04/11(月) |
| >>血ノ章 0-01【血契】 |
| 11/04/03(日) |
| >>血ノ章 4-00【囚姫】 |
| 11/04/02(土) |
| >>血ノ章 0-00【夜娘】 |
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| 血ノ章【ラグナウェル編】 |
|---|
| 0-00【夜娘】 |
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| 4-00【囚姫】 |
| 4-01【変節】 |
| 4-02【目的】 |
| 4-03【煙街】 |
| 4-04【接触】 |
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