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姿三四郎のことば。。。”花と咲くより 踏まれて生きる 草の心が俺は好き ”
2009.02.28
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焼肉店のメニュータン塩、上カルビそして食後のデザート、会計の時のガムのサービス。。。これらは、叙々苑(じょじょえん)ではじまり全国へ広がったサービスです。創業者、新井泰道かれは中学校を中退している。。。新井”わたしがはじめからこの仕事(焼肉店)が好きだったかといえば、 実はそうでもないんです。たまたま最初に入った(勤めた)のが、 焼肉店だったというだけのことなんです。””うちの家は、とても貧しかったんですよ。””昭和30年代ごろは、まだ日本はそれほど豊かではなかったんです。””私は横須賀の中学校に通っていたのですが、 当時、まだ給食というものがありませんでした。””みんなお弁当を持って学校に行くのですが、わたしは持っていけませんでした。 いまでも強く覚えています。 お弁当の時間になるとね、教室を出て 階段の下でじっと、ひとりで昼食の時間が過ぎるのを待っていました。 水だけ飲んでね。””いま、思うと、映画に出てくるシーンのようですよね。””教科書代も払えないし、定期券も買えないから、今でいうキセルのようなことをしたことも ありました。 そういう生活だったから、一日も早く家を出て、自分で働いて、稼いで、 食べたいものをおなかいっぱい食べられるようになりたいなあと、思っておりました。 それで、中学3年の時、中退し、学生服のまま家を出て、 新宿の焼肉店へ行くことになったんです。 朝は7時45分から、夜は11時までめいっぱい働きました。 休みは一ヶ月に2回、それが普通の毎日でした。 今みたいに、働きすぎるとダメとか、そういう時代ではなかったです。 働けるだけ、しあわせでした。。。。。。。。。。。。たたき上げの新井の話はおもしろい。新井”独立して飲食店を始める場合、 ホールスタッフが独立した店と、料理人が独立した店とでは、 大きな差が出ます。 ホールで修行して独立した方が、店を成功させる確率は圧倒的に高くなります。 なぜ、料理人の店はダメかというと、 料理人は、厨房の中の世界しか知らない。お客様とほとんど会話をしないから、 自分だけの世界で終わってしまうのです。余談だが、確かにすぐれた料理人として、テレビに盛んに登場していた方の店。。。あんがい繁盛していない場合が多い。。。新井”では、なぜホールスタッフがいいかというと。。。””たとえば、お客様が、最初に皿のどの部分から手をつけられるか、””このことがとても重要なんです。 なぜなら、最初に食べたものが良ければ、”美味しい”と感じ、 結果、”このお店美味しいよね。”となるんです。””一方、お肉は同じ部位でも、味は、どうしても少しずつ違いが出ます。 すべて同じというわけにはいきません。””脂の入り方も少しずつ違います。””だから、同じ皿でも、肉は一枚ずつ味は違うのです。””でも食べ続けてゆくと、人間の味覚は慣れてしまって、ある程度の違いがあっても 差は感じなくなるもんなんです。””だから、当店も、はじめのうちは、 いちばん上に、いちばん美味しいお肉を盛り付けておりました。””しかし、現実はそうじゃない。””お客様は、いちばん上からはお肉を取ることはないんですよ。 だいたい2枚目から3枚目の肉のところに箸を入れて引き出して食べます。 だから、叙々苑では、上から2枚目から3枚目の お客様が、最初にお召し上がり頂く確率の高いところの肉に、 ベストな肉を盛り付けるようにしております。” こういうものの考え方は、 残念ながら料理人にはできません。 ホールの人間の方が良くわかるのです。”新井はいう”わたしの人生はマイナスの出来事も多かったと思います。 たとえば、勤めていた焼肉店が突然、倒産してしまったこともありました。 しかし、もし、そのお店が倒産しなかったら、 たぶん私は、今もそのお店で板前として働いていたと思います。 居心地の良いお店でしたから。”。。。。。。。。。。。。。日本人で、叙々苑を知らない人は少ないと思う。しかし、叙々苑をつくった男が、中学生時代、教科書が買えず、昼食時には、水だけ飲んで飢えをしのいでいた男だと知っている人は少ないと思う。 完
2009.02.27
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将棋界、史上最強の男。。。”羽生喜治(はぶよしはる)”日本の将棋会ではじめて名人が誕生したのは、1612年まだ、徳川家康が元気な頃。以来、400年、この長い時間のあいだ、名人の地位を得たものは、わずか25人しかいない。ある記者が、羽生に質問する。”羽生さんの将棋には欠点はありますか?”羽生”もちろん、わたしは神様ではなくて、人間なのだから、 私の将棋にも欠点はありますよ。だから私がもう一人の自分と 対戦したら、勝つ方法はあります。 企業秘密なので、言いませんよ! ””欠点は自分でも分かっています。 自分で分かっているのだから、欠点を消すことが出来るかと言うと。。。 それは難しいんです。””いま、トップを争っている人たちにも、私、同様、欠点はあります。””しかし、欠点は裏返すと、その人の一番の長所でもあるんです。””だから欠点を消そうとすると、また別な欠点が出てきてしまうものなんです。”人間には二通りあると思います。”不利な状況を喜べる人間”と”不利な状況を喜べない人間”です。さいしょからピンチを招こうと思っている人はいないが、運悪く、ピンチに陥った時、奮い立ち知恵を出せる人と、萎縮してしまう人がいます。わたしはピンチになった時、”相手に勝てない”とは思いません。また”相手の戦法や、相手の出方も考えません。”自分のペースを淡々と守ることから、そのうち相手の手の内が見えてくるんです。それが勝利を導き出すポイントでしょうか。そして、わたしの考え方は、基本的にキス・アプローチです。”決断する時は、たとえ危険でも、単純で、簡単な方法を選びます。” ”だいたい、直感の七割は正しい。”*キス・アプローチとは元々アメリカ陸軍の軍隊用語から来ているものでエンジニアリングの基本的考え方でもある。 ”KISS”というのは、”keep it simple. stupid ”の頭文字です。
2009.02.26
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大原孫三郎が、私財をなげうってつくった岡山県、倉敷市にある美術館。。。 ”大原美術館 ”大原のおかげで、太平洋戦争末期、岡山県は、アメリカによる原子爆弾の投下場所から除外された。理由は二つ。ひとつは、昭和7年、満州事変の調査のため日本に訪れた、リットン調査団の団員の一人が、大原美術館を訪れた。そこで。。。驚愕する。。。”どうして、こんなアジアの辺境地に。。。””しかも、こんな地方の。。。”エル・グレコ、ルノワール、コロー、モネ、シャガール、マティス。。。。名画の数々。。。当時、大原美術館は、1日の来館者数が10名にも満たない人気のない美術館だった。 (現在、年間100万人の入場者)。。。皮肉にも将来、戦争相手となるアメリカ人が、大原美術館の価値を最初に認めたのだった。そのため、戦争が始まっても、世界的な美術品を焼いてはならぬ。とキョウトとならび、クラシキもアメリカの爆撃目標から除外されたのだった。そして、もう一つの理由。。。明治40年、岡山に陸軍の師団が設置され、倉敷にも一個連隊が配備されることになった。町では、お金が落ちることにもなり、軍隊受け入れ賛成派が大勢を占めた。しかし、大原孫三郎はひとり大反対!まだ30にもならない、若い女子工員を大勢、親から預かっている身として、”町の風紀が乱れる”といって激しく軍隊受け入れに反対。当時、軍に歯向かうということは。。。大原は。。。”非国民””国賊”だと罵られた。あるとき、軍隊誘致に反対している大原に、過激な若者が、”きさま 右の耳を切り落としてやろうか!”と言った。大原は、おだやかな顔で、”耳の一つぐらい、平気じゃ。まだ左の耳がある。”と言って笑った。大原の一歩もひかない態度に、とうとう軍隊受け入れ派も折れ、倉敷への軍隊配置計画は流れた。結果、倉敷は軍事基地を持たない町となり、さらにアメリカの爆撃目標から除外される理由の一つとなった。倉敷に隣接する、岡山市や瀬戸内の町が次々と爆撃されるなか、倉敷だけは、一度も爆撃を受けることはなかった。その影には、大原孫三郎の見えない努力があった。ここまでが、前回までのあらすじ ↑大原孫三郎が、やがて息子の總一郎に事業を継承する際のエピソードをすこし。大原は、息子を後継者にすることに少し不安を抱いていた。頭はいいのだが。。。なんとなく、ほそいイメージ。。。。そこで、息子の總一郎(そういちろう)を、2、3年、海外へ修行に出そうと考えた。大原は、取締役会にはかった。ところが、役員全員反対だった。”大原家にとって大切な一人息子であるだけでなく、 孫三郎の事業のかけがえのない後継者なのに。。。””若すぎるし、危険だ。”すると、大原孫三郎は、声を張り上げて。”きみらはしきりに總一郎は大事な後継者だというが、 跡さえ継げればいいというもんじゃないだろう。””子孫と言うものは、いったい何のためにあると思う?”。。。。。。。。。。。。。。思わぬ質問に、役員達は答えることが出来ない。孫三郎の言葉の意味がよく飲み込めないでいると。。。孫三郎は続けていう。”どうせ、お前達は 子孫とは、先祖の財産や事業を保つことが使命だ。”とか言いたいのだろう。”役員達、うなずく。孫三郎”その考え方が間違っているんじゃ! ””子孫と言うものは、先祖の誤りを正すためにあるんじゃ。””すくなくとも、わしは今までそう思って、やってきた。””先代の誤りを見抜く見識と、誤りを正す勇気や行動力が大切なんじゃ””そのためなら。。。”そのためなら、總一郎の身にもしものことがあっても、私は構わぬ。”こうして、總一郎は外国へ。。。ちなみに、總一郎が外国へ渡り最初に出かけた先は。。。じつは”動物園”だった。現地の出迎え人は不思議に思い、總一郎に理由を尋ねた。すると、總一郎は”動物が人間に似ていたり、似ていなかったりするのを見るのが、好きなんですよ。”と答えたそうだ。大原孫三郎は、そんな普通とは違う一人息子の總一郎のことを、”いちばんの傑作”とはなし、”学校の先生に褒められるような奴に、ろくな奴はいない。”といって かばっていたそうだ。總一郎は晩年、父、孫三郎からアドバイスを受ける。”10人の人間のうち、5人が賛成するようなことは、たいてい手遅れじゃ。 7~8人がいいと言ったら、もうやめた方がいい。 2~3人ぐらいがいいという間に、仕事はやるべきものだ。””ただし””一人もいいと言わないときに、やると危ない。”後に、總一郎はこの言葉を守り、当時、”クルシキ・レイヨン”と陰口を叩かれていた、”倉敷レイヨン”を見事に立て直したのだった。最後に孫三郎のことばをひとつ。”あれ(總一郎)は理屈が多い奴だ。””だから商売人にはならんかと思ったけど、まぁ何とかやっとる。””あれは、わしの一番の傑作じゃ。”總一郎の娘、麗子のはなしを一つ。”夕食のときは、いつも低く音楽がなっておりました。””父は、モーツァルトのピアノ協奏曲”戴冠式”を、 これが我が家のテーマ・ソングだ。”と言い、誰かが旅行から帰ってきたりすると きまってこの曲をかけるんですよ。”そして、ある時、こんなことも話しておりました。”シューベルトの曲を聴くと、 かれの肩を叩いて慰めてやりたくなるんだ。” 完
2009.02.25
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昨晩、コンビ二業界7位のチェーン店am/pmが、ローソンに身売りとのニュースが流れた。am/pmを売りに出したのは。。。そう、あのレックス・ホールディングスの牛角だ。以前、レックス・ホールディングスは、MBOを実施し株式市場から姿を消してしまった。その後。。。あまり元気なニュースを聞かなくなってしまった。。。わたしは、西山(レックスの会長で創業者)さんのファンであり、成城石井のファンでもあるのでがんばってほしいですね!話を本題に戻すと、牛角と対極にあるのが、新井さんの率いる叙々苑だ。新井さんは言う。”会社(店)を見て、社員を見れば、経営者のレベルが分かる。””逆に経営者を見れば、社員のレベルも大体分かる。”良い板前、良い店員は、見つけるものではなくて、育てるもの。だから、ウチは教育には妥協しない。”お客様が上着を着られた。寒い証拠だ。室温を上げなさい。”とか、”いらっしゃいませ”の言葉一つとっても妥協はしない。仕事がなれてきて、”いらっしゃいませ~”などというふざけたトーンでお客様を迎えようものなら。。。新井は烈火のごとく社員を叱る。叙々苑の接客のポジションを新井は、”ホテルのスマートさと小料理屋の愛想”だという。お客様は過剰なサービスを嫌う。だから新井は、社員に、”お客様からは出来るだけ遠くにいろ、お客様は見るな!””ただし視野だけは、うんと広げておいて、なにかお客様に動きがあったときは、 すぐに、その兆し(きざし)をとらえて反応しろ”と教えている。また新井は合理的。叙々苑で、店員が”お下げしてもよろしいですか”という言葉を使うことは絶対にない。だってそうでしょう!どうみても空っぽの皿。それを下げるのに、いちいち”下げてもいいですか”と聞くな!と言いたいんですよ。空の皿は、100パーセント下げてよいはずでしょう。過去の歴史で、空の皿を下げることに、”ダメ”といった人はいたんでしょうか。そんなことで、いちいち返事させるなと言いたい。お客様は”うん、いいよ”と言うに決まってるでしょ。うちは、お客様には出来るだけ自由にリラックスしてほしいんです。叙々苑では、料理や飲み物をお出しに行ったついでに、完全に空いている皿だけを、”お下げいたします。”と言って下げます。ただし、少しでも残っているものに対しては、絶対に下げてはいけない。と教えているそうです。それはお客様のものだから。さらに新井の話はおもしろい。あきらかにカップルのお客様が来店し、誰も後ろにいない。にもかかわらず、店員が、”何名様ですか?”という店がある。そういう対応を見ると、おもわず”君はバカか”と言いたくなる。”二名様でございますね。”と聞けばいいでしょう。もし持ち合わせなら、お客様のほうから”あとで二名来ます。”と教えてくださるのだから。お客様に余分な神経を使わせてはいけないと常々思っています。そうやって、ひとつ、またひとつとコツコツ教えていかないと、”プロ”には育たないんです。教えなければ、その子は、10年たっても”何名様ですか”とやるでしょう。また、叙々苑にはノルマがない。新井があるとき、有名なお店に行き。。。”このスープいかがですか、おいしいですよ。お勧めです。”とやられた経験があるからだ。新井は、うるさいなあとおもったそうだ。客単価の高い店になればなるほど、面倒なことを嫌うお客様が多くなるんです。”頼んだことだけテキパキやってくれれば それでいいんです。”なぜなら、高い料金を支払える人というのは、頭がよく日頃から神経を使って完璧な仕事をしている方がほとんどなんです。その分、余暇の時間は余分な神経は、使いたくないはずなんですよ。前回のブログで新井さんの名言を紹介しました!”うちで働いている職人は辞めない。””だから、私、元、叙々苑で働いておりました。”という板前は一人もいない。”なぜか?新井はいう。”飲食業と言う世界は、 どこでも店長を20年やった30年やったという人でさえ とても安い給料で使われており、何かあればお払い箱になる。 うちは、他の店よりも厳しいが、一生懸命に努力すれば、必ず報われる会社なんです。””だから、上司、先輩を見ると持ち家を持って、年俸1千万以上もらっているものは いっぱいいます。”その点は、自信を持って言えます。”うちよりいいところはないんですよ。”現在、車も家電も高額商品が売りづらくなって来ているなか、焼肉だけは、リーズナブルな焼肉店よりも、値段の高い叙々苑の数字の方がはるかに良い。叙々苑という会社、宣伝広告は一切しない。外部から腕のいい板前をつれてくることもない。成功の秘訣は、と尋ねると、きっと新井はこう答えることだろう。 ”いつでもお客さんを思うことが大切なんですよ。”
2009.02.25
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昨日のブログで、”普通の人を戦力にする”ことが、結果的に成功する。と書いた。。。叙々苑(じょじょえん)という焼肉店があります。芸能人の大好きな店。若い芸人さんは、"いつかビックになって叙々苑に行けるようになりたいと願うそうです。”また、最近では、政治家のお客さんもずいぶんと増えたそうだ。さすがに政治をしている人も、毎回、料亭にはいけないそうです。政治をやっている先生から見たら、叙々苑はリーズナブルな店なのだそうです。ビックネームがこれほど来店する焼肉店、他にはないでしょう。遠く、私の住む山形県でも、叙々苑の名前とディズニーランドの名前は、知らない人はいない。叙々苑の創業者の新井さんはいう。キッパリ! ”うちの店に腕のいい板前はいらない。”さらに、”うちで働いている職人は辞めない。””だから、私、元、叙々苑で働いておりました。”という板前は一人もいない。” なかには、素行が悪くて一人二人クビにしたものはおりますが、 その例外を除けば皆無だ。”なぜだかわかりますが?やはり、強い会社のいうセリフはカッコがいい。焼肉店にいくと、会計後、ガムをくれるサービスがありますが、このサービス、もともと叙々苑が日本ではじめて実施したサービスです。また、上カルビという商品も叙々苑が始めたものです。あるとき、女性客の一人が、カルビの脂身を取ってほしいとの依頼を受け、そのことをヒントに商品化したものだそうです。新井さんはいう。”飲食店は、お客さんの言葉を聞いているだけでうまくいくものなんです。 だから、テレビコマーシャルを流したり、新聞折込を入れたり、 駅前でティッシュを配るような馬鹿なまねはしません。 そんなお金があったら、来店したお客様に提供する商品のサービスのほうに お金をかけますね。”人気の焼肉店が、宣伝にお金はかけません。効果はありません。と言うのだから。。。テレビ局が赤字になるのは分かるような気がする。最後に、叙々苑の強さの秘密をちょっとだけお客様の声”うちの子、サラダはまったく食べられないんですよ~ ””でも叙々苑さんのサラダはおいしいおいしいといって食べてくれるんですよ~ ”子供は正直です。ちゃんとした野菜、ちゃんとしたドレッシング、うそのない提供でつくられたサラダは、お菓子よりおいしいのです。じつは、わたしが、山形に引っ越したのも、ちゃんとした食べ物がたくさんあるからです。なんといっても、映画、”おくりびと”の舞台となった土地ですから。。。 つづく
2009.02.24
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経済学の巨人ピーター・F・ドラッカーは断言している。”人はリーダーに生まれない。””生まれついてのリーダーなど存在しません。””リーダーとして効果的にふるまえるような習慣を持つ人が、 結果としてリーダーへと育つのです。”ドラッカーは、様々なカリスマ経営者や政治家と話をするなかで得た確信。。。偉大なリーダー、カリスマ経営者など。。。さまざまな呼称がもてはやされてきたがそれらすべてが。。。”馬鹿げた妄想。””不世出の存在”など迷信であり危険なだけだ。少なくとも私は賛成しかねます。”とキッパリ。ドラッカーの視点はするどい。たしかに当たっている。昨日まで連載した、連合艦隊司令長官の東郷平八郎も晩年は。。。海軍大将、井上成美の話”東郷さんは、無神経でボーッとしたところがあり、 平時にあの人が何か口を出すと、必ず失敗する。 知将でもなければ、名将でもない。”と嫌悪感たっぷりに話している。*井上成美とは?日本が、ヒトラーのドイツ、ムッソリーニのイタリアとの三国同盟を締結する際に、最後まで日本が同盟に参加することを反対した将軍。当時の国際情勢と日本のリアルな実力を、正しく把握していた数少ないクレバーな将軍の一人だった。ピーター・F・ドラッカーはいう。”普通の人間が良い仕事が出来るようにする。”このことが。。。重要で、大切で、一番難しいぃことではあるがやらなければいけないことなのです。たとえば医学に例証を求めるならば、”普通の人間に、いかに良心のある診断・治療をするように教えるか? どうすればそれは可能になるのか?”と問うことだけが、所詮、教えられるものの すべてなのです。”しかし、このように問う姿勢にこそ、すべての解答が隠されております。この、問いかけを経営に置き換えれば。。。”われわれの事業の目的は何か?””この事業の成果は何なのか?””そのためになにをすべきか?”日々の仕事に自ら動機を持っている人は、すべからくこのように問いかけを意識する習慣をもっているものです。投資家のジム・ロジャースがおもしろことを言っております。あさ、朝食にケロッグのコーンフレークを食べていたら、テレビのニュースで、トウモロコシが不作で値上がりするとのニュースが流れていた。ジムは、ふと思ったそうです。”トウモロコシが値上がりすると、 コーンフレークを作っているケロッグ社の株は上がるのか、それとも、下がるのか。”その後、様々な物事をそのように考えるようになった結果、すこし貯金が増えたそうです。
2009.02.22
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きのうは休み。山形市へ。わたしは、車より公共交通機関好き。用事を済ませ、山形駅から、私の住む、さくらんぼ東根駅へ。公共交通機関は勉強になります。それは、日銀の短観よりライブ感のあるリアルな景気状況が感じられるからです。駅ビルの1Fにはお土産売り場と飲食店がある。飲食店は3店のうち2店が閉店していた。次の店舗のオープン予定の張り紙もなかった。駅なかの一等地で、次のテナントが見つからない。。。お土産売り場は、各ブースで店員さんは一人。。。多くて二人。お菓子の陳列は凸凹がなく丁寧に並べられており、試食のお菓子もたっぷりと入ったまま。当然、お客さんもパラパラ。蔵王の樹氷や、スキーシーズン真っ只中で。。。駅やコンビニのゴミ箱のゴミの量は以前と比べるとずいぶんと少なくなった。駅構内でこだまする、人々の歩く靴音も小さい。自信とスピードが感じられない。電車に乗ると。。。いつもなら、やかましいくらい元気な高校生がいっぱい。そして、サーティーワンが食べたい。とか、新しい携帯がほしいとかいう話が、いつもなら声が波のようになって、聞こえてくるはず。。。なの。。。だが。。。昨日乗った、電車は、たまたまであってほしい。。の。だが。。。高校生の笑い声は聞かれず、かわりに。。。わたしのすぐ横に立っていた、女子高校生のグループは同級生の悪口を言っていた。それにしても、高校生の会話を聞いていると。。。恐ろしくなった。あまりにもドライでクール。世の中を達観している。。。。。。。。もうすこし、不器用さをもつべきではないだろうか。少なくとも十代の頃は。。。山形で人にあって、こういう感覚を感じることは。。。今までになかった。これは、がんばらないといけないと思った。
2009.02.11
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いままで、わたしは図書館が出来るくらいの本を買った。でも、あたりまえの話だが、買うつもりのない本は一冊も買ったことはない。すくなくとも昨日までは。。。昨日、閉店間際のジャスコの本屋さんで、はじめて買うつもりのない本を買った。先日、パートの石山さんから。。。”佐藤さんは本、大好きですよね。”わたし”はい”石山さん”うちの旦那が読んだ本なんですが、佐藤さんが読んだら喜ぶ内容の本かもしれない。と 言ってる本があるんですよ。”奇跡のリンゴ”というタイトルの本、知ってますか~””よかったら貸しますよ~”わたし”以前、本屋さんに行った時、エンドで山積みされていたので、どんな本かと思って パラパラしましたが、琴線にふれなかったので買いませんでした。””どうして琴線にふれなかったのかは、わたしにもわからないのですが。。。””本を借りて読まないのは失礼になりますのでごめん。”そして、昨日の夕方。ウエブショップの常連さんと話をしていたら。。。常連さん”佐藤さんは、”奇跡のリンゴ”という本は読みましたか?”と聞かれた。わたし”いいえ、読んでおりません。そんなに良い本なのですか?”常連さん”リンゴ農家の方のお話だけれど、リンゴのお話というよりは、”人のあり方”のはなしなんですよ。お勧めしますよ!”うちのジャスコの本屋さんは、夜10時閉店なので、早めに仕事を切り上げて本屋さんへ向かった。巨大戦艦ジャスコへ到着し、なかへ入ると。。。入り口付近に。。。おいしそうなチョコレートが山のように並んでいた!どうしてチョコレートは人の心をわくわくさせるのだろうか!わたしは、佐藤というだけあって、甘いものが大好き!机の上には、必ず甘いものがある。さっそく、これは買わないと後悔すると思い、寄り道をしようと思ったのだが。。。閉店10分前。本売り場は、2回のはじっこ。大好きなチョコレートを買うか、読みたくない本を買うか、重大な決断を迫られた。。。。読みたくない本を買うことにした。そして、買った。あらためて、本の表紙を見ると。。。すごい日本語が並んでいた!”ニュートンよりもライト兄弟よりも、偉大な奇跡を成し遂げた男の物語””絶対不可能”を覆(くつがえした)した農家。”脳科学者の茂木健一郎さんのコメントも載っていた!”来るべき未来への叡智を与えてくれる”智恵の果実”だ。”知恵”ではなくて、”智恵”という漢字だった。”死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってみたらいい。”尊敬する、ふたりの女性がすすめる本とは、いったいどんな本なのだろうか。。。でも、今日はごめんなさい。読みかけの、立石一真の本を読ませていただきます。立石さんとは。。。あの、経済の巨人ドラッカーが、”彼ほど、技術に造詣が深く、 その方向性とイノベーションについて明確なビジョンを持っていた人を、 わたしは他に知りません。”と言わしめた日本人経営者です。50歳を過ぎてから、従業員数を100倍、売上高を1000倍にした経営者です。本のタイトルは。。。”『できません』と云(い)うな ”
2009.02.10
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わたしが、社会人になってまもなく、どうしても苦手な先輩がひとりいた。わたしは、どうにかして苦手な先輩とうまく付き合うことを考えていた。そして、こんなふうに考えました。”そうだ、先輩よりも営業成績を伸ばし、だまらせてしまおう。”いま、思うと、恐ろしい後輩だった。あるとき、先輩が いつものように わたしに仕事を。。。わたしは言ってしまった。”すいません。いそがしいんです。”先輩は、その年 会社を去った。あるとき、上司から”お前は、一番が好きみたいだな。”わたし”はい、それはいけないことでしょうか。”上司”おまえは いったい だれと競争しているんだ。”わたし”だれ。と。。。と申しますと。。。”上司”お前の競争相手のことだよ、このフロアの同僚だろ。”わたし”はいそうです。”上司”お前が競争相手だと思っている連中は、競争相手ではなく仲間だ。””助け合うべき仲間なんだよ。””お前が競争しなければならない本当の相手は、””昨日のお前なんだよ。” 。。。。。。。。あの時の上司にわたしは遠く及ばない。。。だが、しかし、それは、いまのところだ。
2009.02.08
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パリのルーブルにゆくと。。。階段の踊り場のところに。。。目のさめるような彫像がひとりたたずんでいる。そう、サモトラケのニケ。。。彫像には、腕も顔もない。しかし、立ち止まって見ていると呼吸をするのを忘れてしまう。この彫像の前には、同じ建物内にあるモナリザも、ミロのビーナスも。。。色あせて見える。勝利の女神彼女の顔を見たことのある人は少ない。じつは、優しい顔はしていない。とても恐ろしい顔をしている。そして、彼女に見込まれると、大きな”困難”をプレゼントされる。だから、ほとんどの人々は、恐ろしくて彼女には近づこうとしない。しかし、そんななか、まれにだが、変わり者が時々あらわれてくる。そして、その変わり者は、勇気を持って恐ろしい彼女と対峙する。そして彼女に挑み、そして彼女に勝つものが時代の中で少しだけ。。。あらわれてくる。その変わり者で常識はずれの人とは、松下幸之助であり、本田宗一郎だ。女神に見込まれたとき。。。そして困難を克服した時。。。ひとは、はじめて女神の素顔を知ることになる。サモトラケのニケ。この彫像には大きなつばさはあるが顔はない。いつか顔が見たいものだ。
2009.02.06
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むかし”ラブストーリーは突然に” ... という曲があったような気がする。いよいよ今日から さっぽろ雪祭り。200万人もの観光客が訪れる、日本でも有数の大イベント。わたしはいつも思います。”さっぽろ雪祭り”と”IT企業、グーグル”は。。。”よく似ている。”札幌雪まつりのスタートの時のはなしを知っている人はあまりいないと思う。いまでこそ、巨大イベントに成長した札幌雪まつりではあるが、元々は、地元高校生の作った、5個か6個の小さな雪像から、この物語は始まっているのだ。一方、グーグルはどうかというと。。。二人の若い大学生が、在学中に友人のアパートではじめたビジネスだった。グーグルという不思議な名前の意味を知っていますか?そもそも二人の大学生が、検索エンジンの名前を考えて、ドメインを登録しようとしたとき。。。本来、グーゴル.ドット.コム(googol.com)という単語で登録しようとしていたのだが。。。*ちなみにグーゴルとは、アメリカの数学者の作り出した言葉で、 1グーゴルは。。。10の100乗の数字のことだ。 おそらく、”膨大な情報の海”という意味だろうか。いざ、会社名を登録してみると。。。誤って、グーグル.ドット.コム(Google.com)という名前で登録してしまった。”やっちゃった~”と言ったかどうかは定かではない。さっぽろ雪まつりと、グーグルの最大にして、最強の共通点。それは、”無料”ということだ。多くの人々に”価値ある無料”を提供する為には、”革新的な工夫”が必要となる。その”革新的な工夫”は、間違いなく、いつも、上からではなく、下からやってくるのだ。たとえば、世界一の自動車会社、トヨタ自動車は、もともと人力車のメーカーでも馬車のメーカーでもなかった。はた織り機の小さなメーカーだったのだ。 ”イノベーションは突然に!”
2009.02.05
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わたしが、山形に引っ越してきた時、季節は夏だった。物件をいくつか見て部屋を決めた。。。ロフトがあり、天井も高く、天窓まである部屋だった。窓はとにかく大きく、フローリングの床から天井近くまで伸びていた。そのときはいい物件を見つけたと喜んでいた!この時、わたしは、まだ、山形の冬を知らなかった。。。そして、いよいよ冬になると、高い天井、大きな窓、フローリングの床は。。。エアコンをつけても、さらに石油ファンヒーターを追加しても、布団を買い足しても、寒い部屋には変わりがなかった。春になるまで、吐く息は真っ白だった。今日、巨大戦艦ジャスコへ行き、大好きな本売り場へ向かう途中。。。家電コーナーを通りかかった時、巨大なテレビのスクリーンの目の前で、小さな女の子が正座をして一生懸命テレビを見ていた。不思議な光景だったので、わたしもふと立ち止まってテレビを見た。テレビはNHK大河ドラマの天地人を放送していた。ちょうど直江兼続と織田信長が話しをしているシーンだった。どうでもいいことだが。。。この時期の織田信長は、四方八方に敵を作っており、戦国最強といわれていた上杉謙信とは戦いたくなかったはずであり、上杉の使者に、あんなに横柄な態度は取らなかったはずだと思うのだが。。。かなりこの時期の信長は、上杉謙信にゴマをすっていたはずなのだが。。。。。。。。。それは、さておき、この時、わたしはテレビが売れなくなってしまった理由が分かった! たぶん。それは私の引越しと同じ理由だと思った。テレビは技術の進歩とともに、画面が恐竜のように巨大化していった。画面が巨大化していくと同時に、画像もとても緻密になっていった。しばらく大画面テレビを見ていたら。。。美しい女優さんの顔のアップが!。。。。。。。。わたしはショックを受けて本売り場へ向かいました。むかしと比べるとテレビの画面はずいぶん大きくなったが、日本の家のサイズはそれほど変わっていないのではないだろうか。大きいテレビは、映画と一緒でたまに見るから良いのであって、毎日、狭い部屋で大画面を見て、しかも見なくてもよいものまで見続けていると。。。テレビ離れが進むのもわかるような気がした。いま、わたしはタタミの和室の部屋に住んでいます。和室だから窓もそれほど大きくはありません。カーテンではなくて障子(しょうじ)と襖(ふすま)です。いま、冬ですが、ほんとうに暖かい部屋です。光熱費は、従来の半分以下で納まりそうです。変化をしながらも、セオリーは見失ってはいけなということ。二律背反の両立が大事だと感じました。北国で天井の高い部屋は危険です。
2009.02.01
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