全33件 (33件中 1-33件目)
1

日本マクドナルドCEO、原田泳幸。彼が、ある時、仕事で長崎県へ行った時の話。仕事を終えて、長崎空港へ向かう途中、フライト時間までゆとりがあったので、彼は運転手さんにお願いして、少しだけ実家に立ち寄らせてもらうことになった。あいにく、原田社長のお父さんは出かけており、家には、お母さんがひとりいるだけでした。原田CEO”ちょっと寄っただけだから、もうすぐ行かなきゃならないんだけど、 親父になんか服でも買ってあげて ”と言ってお金を封筒に入れて渡した。お袋は ”ありがとう、ありがとう”と何度も言って封筒を受け取ると。。。庭先に停まっている、乗ってきた車に気づきました。”あの人、誰ね?”と聞いてきました。わたしが、”運転手さんだよ”と答えると。。。お袋”なんで黙って待っとらすと(待たせているのか!)と驚いていました。原田CEO”運転手さんだから、待っててもらっているんだよ ”お袋”座敷に上がってもらって、お茶でも飲んでもらわんね”と言います。原田CEO”車の中で待つのは運転手さんの仕事だからいいんだよ ”お袋”そういうわけにはいかん。母さんの気持ちが許さん”と言って、お盆にお茶とお茶菓子をのせて、運転手さんにお茶を出します。出発する時には、”どうぞ息子をよろしくお願いいたします。”と頭を深々と下げるんですよ。今から三年前、原田が、日本マクドナルドCEOとなッたとき、前社長が退任することになった。すると、ある新聞が、”原田新体制と意見合わず、確執か”という記事が掲載されたことがありました。さっそく新聞を見たお袋から電話がかかってきて、お袋”前の社長さんとケンカしたと?”と言うわけです。原田CEO”ケンカなんかしていないよ”お袋”だれとでも仲ようせんば”と子ども扱いされてしまいました。また、あるときは日本経済新聞社の雑誌に、”マクドナルドのサクセスストーリー”という6ページの特集が、組まれた時がありました。わたしが話すよりも、社員達がこの数年間を振り返って話すほうが良いということで、社員のインタビューが記事になると。。。近所の人から、”あんたんとこの、息子さんの会社出とる”といって雑誌を持ってきてくれたらしく、お袋”なるほど。見たら、ほんとうによう社員の人は頑張ってくれてるね。 皆さんによう感謝せんばいかんよ”と、やっぱり、子ども扱いでしたよ。お袋のこうした言葉を聞くたびに、”東京に出て忙しく働いている”といっても、人の心の大事な部分を忘れてはいけないな、と強く感じるんです。いくら、”ピープル・マネジメント”と偉そうなことをいっても、人間関係の本質を忘れてしまったのでは、本当の成功とはいえないと思うのです。キャリアを追い求めるあまり、家庭も、趣味も、社会貢献も、犠牲にして、仕事のみの人生を送る人がいます。しかし、仕事とは、人生の中にあるものです。決して、仕事のなかに、人生があるのではないのです。原田はいう ”求めるものが少ないほど、人は幸せになれる ”
2009.06.29
コメント(8)

松下幸之助は、経営者とは、組織の中で軍師になってはいけない。と語っている。”だいたい、 優秀な経営者ほど、”自分”が軍師になって作戦をたてようとします。 でも、作戦を立てるのは、あくまで軍師の仕事なんです。 経営者は、 軍師ではなくて、”大将”なんです。 軍師が立ててきた、いろいろな作戦の中から取捨選択をするのが大将の仕事なんです。 軍師が立ててきた作戦は、すべて正しい。 軍師という仕事は、 正しいことを考えればいいだけですから、楽なんです。 大事なことは、 正しいものの中から、 正しいものを取って、 正しいものを捨てていくのです。 正しいものを取ることは、誰にでも出来ます。 でも、 正しいものを捨てることが、なかなか出来ないものなのです。 この仕事をすることが、大将である経営者の仕事なんです。”将棋の有段者の場合、初段と二段では、圧倒的な差があります。しかし経営者には。。。段の認定はありません。だから自分で、きちんと自戒できないと、つい”自分は有段者だ!黒帯だ!”と油断してしまいがちです。世の中には、自己啓発本というものが多く出回っております。勘違いしてる経営者ほど、”社員がいかにあるべきか”などという事が書かれた本を探します。しかし、問題なのは、”経営者本人がいかにあるべきか”なんです。だから、戦争になると、兵隊は強くても、大将の作戦ひとつで負けてしまうのです。それは、戦術は得意でも、戦略に弱いからです。戦術に惑わされずに、いかに戦略的なレベルで物事を考えることができるかが大切なことなんです。また、幸之助さんは、こういう話もしております。”経営者は、学者になってはいけない。”だいたい景気が悪くなると、”いつ景気が良くなるのですか?”と聞いてくる経営者の方がおられます。経営者とは、 ”どうなる”ではなくて、 ”どうする”を、より大切にしなければならないのです。 ”こういう未来にしたい!”というビジョンが大切なんです。
2009.06.28
コメント(10)

朝取りトマト買った。ビンのコーヒー牛乳も買った。ちゃんと つくった んまいトマト。太陽の味がした。花と、みやこかぼちゃも買った。かぼちゃはホクホクであまい。
2009.06.27
コメント(6)

最近、車を走らせていると、駐車場がいっぱいの場所がある。”ジャスコ”でも”しまむら”でもない。それは、”病院”と”お寺”。 見た感じ、 昔より、病院の駐車場は大繁盛。 。。。いつの間にか、病院内にはドトールコーヒーが。。。 病院で、カプチーノとミラノサンドのAを食べることができる。 週末の朝、モーニングなら病院へ。 うちの近くの薬師寺の池 気温33度でも、クール。
2009.06.27
コメント(6)

医師 スマイリー・ブラントンのことば ”幸福であろうと思えば、 ”こうでさえあったならな”という言葉をやめて、 そのかわりに、”今度こそは ! ”という言葉に変えなさい。 ”
2009.06.27
コメント(4)

今年はじめ、トヨタで社長就任の記者会見が行なわれた。トヨタ創業家出身社長、豊田章男さん。記者の質問に対して。。。記者”14年ぶりの大政奉還ですが。。。” 世界企業トヨタが同族経営の会社に戻ったことをチクリと指摘した質問だった。豊田章男新社長”豊田姓に生まれたことは、私に選択肢があったわけではありません。”先日、ホンダのハイブリットカー、インサイトが発売された時、トヨタ新社長は、ホンダのインサイトについて記者から感想を求められた時、”もう少し待ってください。 これから、本物のハイブリットカーが出ますよ。”と答えていた。業界トップ企業の社長となる男としては。。。ずいぶん小物だなあと思った。しかし、今回のトヨタ人事を見ると。。。すごい。息を呑む。。。中部国際空港社長の稲葉さんをトヨタ取締役に復帰させ、炎上している北米市場へ。トヨタアドミニスタの前川社長もトヨタ本体の専務取締役として復帰。トヨタ輸送の伊原社長もトヨタ本体へ専務取締役として復帰。そして、奥田碩取締役相談役を退任させた。今まで、トヨタで異端視され飛ばされていた人々を呼び戻し、今まで、トヨタの功労者と呼ばれていた人を退任させた。こんな、すごい人事はサラブレット社長にしか出来ない人事だろう。今回の人事。。。はたして、こんなに個性の強いドリームチームを使いこなせるのだろうか。だとしたら。。。やはりトヨタは危機に強い会社だということか。 松下幸之助のことば ”見えない部分を、 きれいにしようとしている人は、 見える部分が輝いてくるものです”
2009.06.26
コメント(6)

戦争の天才、フランスのナポレオン。彼のイギリスへの上陸を阻止した、海軍提督、ネルソンのことば。若い頃。。。”自分が艦隊指令官だったら、敵艦をすべて沈めるか、 自分の艦をすべて沈められるかのどちらかだろう。”晩年。。。”わたしはいつも約束の時間の15分前には現れるようにしている。 その結果、わたしは現在の地位を獲得した。”日本の作家芥川龍之介の言葉。。。 ”運命は、自分の性格の中にある。”
2009.06.25
コメント(6)

” 草の雨 祭の車 過てのち ” 与謝蕪村 夏になると、蕪村の詩ですね。 白から、 あわい水色 そして青色、 そしてクライマックスは ふかい ふかい 紫色。 紫陽花は、 別名 七変化の華ともいう。
2009.06.24
コメント(6)

夏の空 やまがたは左です。 坂の上の雲
2009.06.23
コメント(4)

ストリート・スナップという言葉が勢いを増している。以前なら、ファッション誌に、一般人が登場してくるページは、せいぜい2ページ。しかし、今は違う。一般人が主役。一般人が主役の雑誌、フルーツやSEDAという名前の雑誌がすごい勢い!なぜ人気なのか?一般人のモデルは、だいたい、身長150センチ前後の子が多い。また、リーズナブルな着こなしの買い物上手。つまり、すぐに自分のファッションに取り入れることができるのだ。手に届かない、憧れを見て、なごむ時代から、手に届く贅沢を楽しむ時代に入って来たということ。ふと思った。なんとなく、芸能人が、自分の身につけている時計の値段を話している雰囲気より、一般の若い女の子が、屈託なく笑顔で、このリング、フォーエバー21で500円で買ったんですよ!という話し方の方が、芸能人よりも、お金持ちの話し方に聞こえてくるから不思議だ。そういえば、セレブから愛されるブランド、ココ・シャネル。。。彼女は、18歳まで、孤児院で育てられておりました。とても、貧しい子供時代を過ごしていたんですね。だから、デザインに、ぜい肉がなく、シンプルで清々しいんですね。ココ・シャネルのことばをひとつ紹介したい。 ”かけがえのない人間になるためには、 他人と違う必要がある。 ストリート・スナップ
2009.06.23
コメント(11)

将棋の史上最年少名人。。。谷川浩司。 彼が、若き日に残したことばがある。 ”負けました。とはっきり言える人は強くなる。” ”これをいいかげんにしている人は、絶対に上にはいけない。”彼が、はじめて将棋の名人になったときのコメント。 ”1年間、名人位を預からせていただきます” 彼が、名人位を初防衛したときのコメント。”これで弱い名人から、並みの名人になれたと思います ” 神に愛された棋士。と呼ばれた男のことばは。。。神ではなかった。 ”負けました。とはっきり言える人は強くなる。” ”これをいいかげんにしている人は、絶対に上にはいけない。” 雨ふり朝
2009.06.21
コメント(6)

”偶然は、 準備の出来ていない人を助けない。” フランスの化学者、パスツールのことば。 彼の仕事。。。 ワインを、酸による腐敗から防ぐ方法を確立。 のちに、フランスはワインの輸出国となる。 伝染病コレラの予防ワクチンの一般化に成功する。 大勢の人々の命を救った。 狂犬病ワクチンの製造に成功する。 あまりに、すごい”結果”を出し続けるパスツールに、 同僚の研究者がいった。 ”おまえは運がいいよ。 おれはついていない。。。” すると パスツール。。。 ”偶然は、 準備の出来ていない人を助けない。”
2009.06.20
コメント(2)

昨日は、仕事の打ち合わせで飯豊町(いいでまち)へ。同じ山形県内でも、二つ山を越えてゆきます。ちなみに、わたしは、トンネルの中を運転するのが嫌いです。東北地方の大都会、仙台市へ行くのに1時間しか掛からないのに。。。なぜか飯豊町へ行くには、まったく渋滞がなくても2時間以上かかる。途中、コンビニもガソリンスタンドもないので準備がとても重要です。電波が。。。携帯電話は何の役にも立ちません。ただのイタです。飯豊町が近づいてくると、とても、空気が美味しくなってきます。みどりも、山も、わさわさです。。主役が人間ではなく、自然に変わります。飯豊町は。。。空気と、星のきれいな町です。
2009.06.20
コメント(2)

あさ、 庭のアジサイが咲き始めた。 アジサイの学名は、”Hydrangea(ハイドランジア)。 学名のことばの意味は。。。 ”水の容器 ” 粋な名前。 雨の似合う花は 6月に咲く。 自然は、人間より演出がうまい。。。
2009.06.17
コメント(4)

リスクが大きいと思うと。。。 すぐに不可能だと判断しがちです。 でも、チャンスは、不可能の顔をして、 私たちの前を行ったり来たりしているんです。 チャンスは不可能のなかにあることが多い。 だから。。。 できないことに挑戦するしかないんです。” 日本マクドナルドホールディングス CEO 原田泳幸
2009.06.16
コメント(4)

昨日は、来月からスタートするウエブ店舗とリアル店舗の出荷の件で、ヤマト運輸のセンター長さんと打ち合わせをした。わたし”様々な会社さんから見積もりを頂戴いたしましたが、 さすが、 やっぱりヤマトさんの見積もりが一番高いですね。” これだけ不景気なのに、たいしたもんです。”くろねこヤマトさん”最近、やっぱり不景気で、 冬でも営業マンが半そでの会社さんの営業。。。強いんですよね。 うちの取引先も、先日も、数軒持ってかれたんですよ。。。 止めたんですけどね。。。 ”デリケートな商品”を扱っている企業さんだったので。。。わたし”わたしも正直、プライスに目がくらみました。 だって半額だもん。 でも、楽天さんやヤフーさんで、たくさん”デリケートな商品”を販売している会社さんの 運送屋さんを見ると、ほぼ、すべて、くろねこヤマトの宅急便なんですよね。 うちも、鉄パイプとか書籍の販売だったら、 半そでの会社さんに荷物をお任せしてもよかったんですが。。。 さすがに。。。 ” ヤマトさん”先日も、あるお豆腐屋さんと取引が再開したんですよ。”わたし”きっとお豆腐屋さんも、つらい判断だったんでしょうね。 でも、値段よりも信頼を取ったんでしょうね。””でもヤマトさん! それを承知の上で、 中部地区と関西地区を、 あと100円値下げしていただきたいのですが”ヤマトさん”どれくらい。。。売るご予定ですか?わたし”ウエブでは、楽天さんを抜くつもりです。 そしてリアル店舗では、 セブンーイレブン・ジャパンを抜きたいと考えてます”ヤマトさん”。。。。。。。。。。”わたし”この二つの会社、体はたしかに大きいと思います。 しかし、どうでしょう。 追いつけないほど、すばらしいサービスや商品を提供している会社だとは、 私には思えないんですよね。” センター長さんは、先週一週間で、 二つの会社のサービスを一つでも利用しましたか?”ヤマトさん”あんまいコンビニやインターネットで買い物しないんですよね。””昼飯も、コンビニだったら、まだ弁当屋のほうがいいかな。”わたし”ぜひ、ヤマトさんにはお願いがあります。””わたしがオオカミ少年にならないように、毎日嫌味を言いに来てください。 いつ楽天を抜くんですか。いつセブンイレブンを抜くんですか。と言う具合に、 毎日、ストーカーのように嫌味を言いに来てください。 これないときは電話でもいいですよ。 わたしも、ストレスで、はげないようにがんばります。” ”いい仕事をしましょう!”と言って別れた。こうやって、日記に書いてみると。。。だいじょうぶか?こいつ?と思えてくる。こいつ。。。。おれ?。。。いや、わたし。 くろねこヤマトの宅急便の生みの親、小倉さんのことば ”デメリットのあるところにビジネスチャンスあり”
2009.06.16
コメント(6)

山形晴れ。 時速40キロの夏。 名前はわかりません。 白い花です。グリコのチーザ チェダーチーズ味青空の下、 今日も ぱりぱり うまい。 スマイルクッキー わらってます。観光地ではない風景
2009.06.15
コメント(2)
向かい風だというのに。。。強い会社がある。そう、日本マクドナルドだ。マクドナルドCEOの原田さんは社員たちに問いかける。。。 ”それは、売れたのか? それとも売ったのか? ” ”商品がヒットしたからといって成功と考えるのは早い。””売れた”というは、 しょせん既存マーケットのチャンスをただ刈り取っただけにすぎない。いっぽう、”売る”という行為は、”新しいマーケットや、新しい顧客を創造し開拓した。”ということなんだ。同じ成功でも、まるで意味が違う。あんがい、世の中では失敗の反省や、失敗の研究は盛んに行なわれている。たとえば、”なぜ売り上げが落ちたのか?””天候不順が続いたためです。””去年のハッピーセットの景品の方が魅力的だったからだと思います。”と言う具合に失敗の原因はよく分析されており、スラスラと答えることができる。しかし、そんなことより、もっと大事なことがあるんです。それは”成功要因の研究のことです。””なぜ、マクドナルドは、この数ヶ月間、競合他社が苦戦する中で、 二桁成長を維持できているのか?”と、いきなり質問された時、理路整然と明確に答えることができなければいけないんです。”売れた””売れました!”だけでは、だめなんです。でないと、せっかく成功しても、次のビジネスの時に、なんの役にも立たないものになってしまうからなんです。。。わたしは、この、原田さんの話しを聞いて感動した。なぜなら、わたしは、今まで成功要因の分析などは時間の無駄だと思っていたからです。成功要因の分析など、かえってうぬぼれや自己満足を助長させるだけで、危険で無意味なものだと思っていたからです。原田さんの話を聞いて、どうしてマクドナルドが、向かい風のなかで絶好調なのか、すこしだけ理由が分かったような気がしました。最後に原田さんの言葉を一つ。”マクドナルドは、まだまだですよ。 だってそうでしょ、 IEO(手軽な外食産業)全体で見たら、 マクドナルドのシェアなんて、 まだ、たったの10パーセントもないんだから(笑)
2009.06.14
コメント(2)

山形の中心部には大きな城があります。城郭の規模は、全盛期には小田原城の次に日本で大きかったそうです。その大きさは、人工衛星からもはっきり分かるそうです。実は、私の働いている現在地も、全盛期のころの地図によると、城の内側になります。つまり、お城勤めということになります。この大きな城は、霞城(かじょう)と呼ばれております。なぜ、山形城は、霞(かすみ)の城と呼ばれているのかというと、直江兼続が、東北の関ヶ原のとき、2万の大群で押し寄せてきたとき、山形城は、霞(かすみ)で。。。あとかたもなく。。。消えてしまっておりました。それを見た、直江兼続が、”まるで、霞城だな。。。”とつぶやいたところから命名されたといわれております。二の丸東大手門が復元されました。この門の規模は江戸城の城門に匹敵するそうです。 城の内側は、以前は、野球場や剣道場、博物館などがありました。現在、城内の施設は徐々に郊外に移転されつつあり、移転された場所には、桜の木と芝生が植えられて、山形市民の憩いの場となっております。
2009.06.13
コメント(2)
”ポンヌフの恋人” ”存在の耐えられない軽さ”で愛と魂の演技で世界中の人々を魅了した女優さん。ジュリエット・ビノシュ45歳。二児の母。だが、結婚は一度もしていない。いい男からのプロポーズは全部断った。この名優に日本人記者がインタビューした記事が面白い。なかなかシンプルでカッコいい価値観。日本人記者が、ビノシュに、日本でブームになっている婚活についての話をした時だった。ビノシュ”その話は驚きだわ。 愛も、結婚も、所有物ではないのよ。 それに他人と同じ方法論で愛の絆は成就できない。 もっとも、他人の人生を生きるつもりなら話は別だけど。。。”日本人の結婚観にビノシュは。。。” い~ぃ 人間は他人と同じ人生は絶対に歩めないの。 けれど日本に限らず、多くの女性は、 誰かが用意してくれた道を歩むことこそが最良の選択だと思い込んでいる。 でも、 人がしているからといって、安易にパートナーを選んでは、 40歳になってから壁にぶつかるの。 人生は個々に違う。 恋愛も違う。 だから人生に勝ちたいなら、早いうちに自分だけの道を歩き始めなさい。”フランス統計局のデータによると。。。離婚者数がもっとも多いのは、若年層ではなく、女性で34歳~36歳、男性で36歳~40歳。40を目前にしたとき。。。男も、女も、考えを改める。ビノシュ”二人の愛する人間が生活を共にすることは、 地球上でもっとも困難なミッション。 わたしもまだ長期的には、成し遂げたことがありません。 でも、だからといって、 あきらめるつもりはまったくない。ビノシュの話によれば、 人は、独りで生きていると、知らず知らずのうちに、演技をして、 自己防衛して、 いい子になる。 その防御の壁を打ち破って、 自分の隠しておきたい弱い部分を、 ピンポイントで えぐってくれるライバルを得たとき初めて、 人は痛みを感じながらも 自分の核心に触れることができる。 だから時には、パートナーと強くいいあうことは大切なんです。 肉食女性という言葉は好きではないです。 女が、そうして肩ひじ張り合っても、 この狂った競争社会に拍車がかかるだけ。 おんなはそうではなくて、 許容することを学ばなければいけない。 それは、 理想からは、遠いでしょうけど、 しょうがないわね。 でも、それは、妥協することとは別。 相手を変えることで妥協するのではなく、 自分を変えて許容する。 そのとき初めて、 人は成熟したパートナーシップを築ける。 さすが恋愛大国フランスの、フロントランナーの言葉。
2009.06.13
コメント(0)
トヨタ自動車の新型プリウスは、発売前の4月受注分が、なんと、同じ月の、日産自動車の全車種の受注分を超えてしまった。。。さすが王者、トヨタ。大阪に、トヨタ自動車の販売会社、大阪トヨタがある。スタッフはおよそ350名。うち女性スタッフは35名。見谷(みたに)社長さんは言う。”本当のことを言うと。。。 社員は、全員女性にしたいんですよ。” その社長の言葉通り、 2009年の春の新入社員は、18人中16人が女性だ。なぜ、女性ばかり採用するのか?理由は簡単。男性は使えない。からだ。。。そうです。”男性営業マンは、 あんがいお客様の外見で、”どうせ買わないよ。”と判断し、 手を抜いた仕事をする割合が多いという。 それに引き替え、 女性の営業スタッフは、 経験が未熟な分、お客様の来店時の服装や乗り物(車のスペック)で差別することなく、 くだらない先入観を持たずに、どのお客さんにも全力投球をするという。 見谷社長は言う。 ”ベテランほど軽自動車で来店したお客様を軽視する傾向があるんですよ。”大阪トヨタの、ある支店の女性は、店頭だけで、しかもプリウス一車種だけで、一か月で8台受注したそうだ。だいたい、ひと月2千万円程度の売り上げを作るという。まだ24歳。その24歳の女性のことばを紹介したい。”最初から売り込もうというのではなくて、 私の人間性を認めてもらったうえで、 買ってもらえるような、営業スタッフになりたいですね。(笑)”また、別な女性スタッフの話も面白い。”店頭だけで車を売ろうと思えば、 好印象がポイントなんですよ。 だから仕草なんかも大切なんです。 女性のお客様には。。。 反感をもたれないように声を低くします。 夫婦で来店されたお客さんには。。。 まず、まっさきに奥さんに試乗していただきます。 そして、隣に座って説明するんですよ。 男性のお客様へは、 正面の姿を見せないんですよ。 向かって斜めに座るんです。 そして、最初のうちは目も合わせないようにすることで、 関心を引き寄せるんですよ。 お客さんの買う気が高まってきたと判断したら、 声を意識的に高くして女らしさをアピールするんです。 独身の男性なら。。。 東京に遊びに行く際の注目スポットなどの話をして、 友達感覚に訴えるんですよ。” 。。。。すごい。 確かに、これじゃあ、おとこは買っちゃうな。。。くるま。。。そして、トヨタ本体でも女性はがんばっております。”トヨタFFファクトリー”というプロジェクトが昨年、動き出している。”FF”とは、”Future”と”Female”の略語。未来と女性。。。プロジェクトリーダーの女性チーフは言う。”トヨタがこれまで提供してきた女性向けの商品やサービスは、 本当に女性の望むものだったのだろうか? 女性のことは、”FFに聞け。”と頼りにされる存在になりたいですね。”7月には、いよいよハイブリット・レクサスが発売される。ショールームでは、男性スタッフが女性スタッフに注意されている。”○○くん、家族連れのお客様へトランクの広さを説明するのに、”ゴルフバックなら3つ積めるって。。。それで、くるまが売れると思う?” ”ベビーカーも載せられます。でしょ”
2009.06.10
コメント(8)

山形には、一級河川の最上川(もがみがわ)が流れております。江戸時代より、紅花の栽培が盛んな土地でした。江戸時代、京都の舞妓さんの紅(ベニ)は、ほとんどが山形県産のものだったそうです。紅花は、じつは赤色の花ではなくて、オレンジ色の花をしております。そのため、赤色にするために、梅が用いられたそうです。そんな理由からか、山形には梅を使ったお菓子が昔からたくさんあります。代表的なものには、のし梅があります。のし梅は、今はお菓子のジャンルに入りますが、その昔は薬だったそうです。その他にも、梅羊羹、梅最中(うめモナカ)などもあります。梅のフレッシュさをうまく残した、ほどよい甘さの梅最中(うめモナカ)、あまりのうまさに、ご主人にお願いして製造現場を拝見させていただきました。あたり一面、梅の香りが漂う、さわやかな現場でした。まるで、モナカはデザイン画のように美しかったです!梅モナカは、一晩寝かせて完成するそうです。甘すっぱい大人のお菓子です。
2009.06.09
コメント(4)
今、日本で、お米がたくさん余っているそうだ。。。昔、お米が余っているといえば。。。それは北海道米のことだった。今、お米が余って神経質になっている県は、なんと、新潟県、山形県、福島県、秋田県だそうです。そう、食味ランキングで特A評価を受賞している常連県ばかり。また、私の住む、ワンダフル山形県は、さくらんぼの生産量、日本一の県ですが、現在、楽天さんのさくらんぼ部門の売上ランキング第一位は、なんと、北海道産のさくらんぼなんです。温暖化の影響で、いま、北海道では、おいしいお米、おいしいサクランボが取れるようになってきている。ウニやカニ、夕張メロン、花畑牧場の生キャラメルだけではない。外国産の農産物とちがい、北海道産は、うまくて安い。山形県のライバルは、じつは、すぐ隣にいた。いよいよ主役の登場か。北海道の土地の面積は、東北地方全部と新潟県をプラスした大きさ。まさに、でっかいどう、ほっかいどうなんです。昔の、北海道農家の方の苦労を思うと。。。本当におめでとうと言いたい。たぶん、みなさんは、”ゆきひかり”というお米を食べたことはないと思う。お世辞にも、おいしいとは言えないお米だった。。。むかしの北海道米は、どんなに農家の方が頑張っても、本州のお米には遠く及ばなかった。まっさきに減反の対象になる調整米だった。やはり、人間、苦しんだ谷が深ければ深いほど、のちの成功の山も、より高くなるということか。ちなみにある会社では、部下も、上司も、役職名ではなく、○○さんと呼ぶそうだ。なぜか、営業成績と役職が連動しているからだそうです。つまり、上下が頻繁に入れ替わるので、役職名で呼び合っていると、仕事上、都合が悪いのだそうです。わたしの好きな言葉 ”勝って兜(かぶと)の緒(お)を締めよ”
2009.06.09
コメント(2)

dandelion1410さんへお疲れ様です。コメントありがとうございます。 ”迷ってもいい、結論、道をはずさずして進む。 出来るようでなかなか難しいかも知れません。 どのあたりから道にはずれるか、微妙かもしれませんが、 私など、道に外れてばかりかもしれません(笑)”dandelion1410さんへ コメントの答えになるかどうか分かりませんが。。。 松下幸之助さんは、こういう話もしております。 ”ころんだら、立ちなはれ ” ”雨が降ったら、傘をさしなはれ ” 幸之助さんは、経営の神様と呼ばれておりましたが、 けっこう経営判断を誤ったケースもあったんです。 しかし、幸之助さんは、失敗を他人のせいにしたりしないで、 真摯に受け止め、一つ一つ改善して行ったことで成功をつかんだ人なんです。 彼を、 天才と呼ぶのであるなら、素直さの天才だった人だと思います。 素直だったんですよ。幸之助さんは。
2009.06.08
コメント(0)

先日、松下幸之助の”道”をブログに書きましたが、あの話には続きがあります。。。松下幸之助”よく、”迷わず進め”という人がおります。わたしは、こういうはなしには違和感をおぼえます。本当に迷わずに進むという順調な道を歩む人は数少ないと思うのです。わたしは、やはり、みんな迷いつつ進んでいくものだと思います。迷いつつ、進んでいくけれども結論は、道をはずさずして進んでいく。そしてゴールインする、こういうことになるのではないかと思うのです。 それが、わたしは人生というものではないかという感じがします。経営の神様と呼ばれた松下幸之助のことば。
2009.06.08
コメント(5)

ふるいことばがある。。。 人生は橋、 渡ることはできても、 その上に家を建てることはできない。。。 Life is a bridge. Cross over it, but build no house on it. 死が迎えに来たとき、 あっちへ持っていけるもの、 それは。。 お金。。。ちがう。 プライド。。。だけ
2009.06.07
コメント(0)
1960年、日本で話題になっていた米国の未来学者、ハーマン・カーン氏が来日することになった。”21世紀は日本の時代になる。”と主張したアメリカの学者さん。ハーマン・カーンは来日するにあたり、松下幸之助と対談する予定が組まれていた。幸之助は、部下に訪ねた。”きみ、ハーマン・カーンという人が今度くるんやけどな、どういう人物か知っとるか?”部下は答える。”その人は、アメリカのハドソン研究所の所長さんで、未来学者で、 21世紀は日本の時代になると言っている人ですね。”幸之助”ああ、そうか”次の日また幸之助が同じ質問をした。部下は、また同じように答えた。すると、また次の日も幸之助は。。。”きみ、ハーマン・カーンという人が来るんやけどな。。。”部下も、さすがに、イラッときた。”ですから。。。未来学者で。。。21世紀は日本の時代だと言っている人です!”幸之助”そうか”幸之助は小さくつぶやいた。。。そのあと、部下は、ふと考え込んだ。。。なぜ、社長は、何度も、何度も、わたしに同じことを聞くんだろう。。。まてよ、もしかしたら私の答えが不十分だからではないか。そうだ。そうに違いない。部下は、ハーマン・カーンの書いた分厚い本を書店で買って、その日、深夜3時までかかって読み込んだ。そしてレポート用紙3枚にまとめあげた。さらに高齢の幸之助のことを考えて、テープレコーダーに、まとめたレポートの内容を録音した。作業がすべてが終わったとき。。。朝になっていた。部下は、なんとか社長(幸之助)が、また同じ質問をしてくれないものだろうかと祈った。。。すると、出社して、まもなく、幸之助が近寄ってきた。幸之助”きみ、今度、ハーマン・カーンという。。。。”部下”ハーマン・カーンさんですね。”幸之助”そやっ ”部下は待ってましたとばかりに、ハーマン・カーンについて、まとめたレポート用紙を取り出して、30分ほど説明した。幸之助は、部下の話を聞き終わると、”ようわかった。”と言って笑顔で深くうなずいた。そして、部下は、もし、よろしければ。。。と言って、幸之助にレポートの内容をまとめた録音テープを手渡した。翌朝、部下は、社長(幸之助)が車から降りてくると元気よく挨拶をした。すると、幸之助は、開口一番、笑顔でいった。”あんた、いい声しとるなあ~ ”部下は、この瞬間 ”この人のためならどんなことでも努力しよう。”と思ったという。幸之助は、部下に対し。。。”もっと詳しく調べてみろ!と言ってもよいところ、 あえて何度も、何度も、同じ質問を繰り返し部下の”気づき”を待っていたのだった。 ”松下電器は、人をつくる会社です。 あわせて家電も作っております。”
2009.06.06
コメント(6)

”男は一生に一度でいいから、 子孫に自慢できるような仕事をすべきである”この言葉は、いったい誰が、どんな意味をこめて放った言葉か。。。1959年(昭和34年)9月26日超ウルトラ大型台風(伊勢湾台風)が日本を直撃。アメリカ軍の観測では、風速90メートルを記録した。風速90メートルとは。。。風が1秒間に90メートル移動するということ。。。とうぜん人は立っていることはできないし、日本の木造建築物は木の葉のように。。。また、当時、台風の接近と伊勢湾の満潮時刻が重なったことで、大規模な高潮が発生してしまった。。。死者4.697名、行方不明者401名、負傷者39.921名日本が、悲しみに包まれた一日となってしまった。日本は、この苦い経験を踏まえ、台風被害を予防するため、日本全土に近づくおそれのある台風の位置を、早期に探知することが社会的な要請となっていった。気象庁は対策として、日本全土をカバーできる強力な気象レーダーを設置することにしたのだった。レーダー波が、山などにさえぎられずに日本中をカバーできる場所。。。そんな場所は、たった一箇所しかなかった。そう、富士山、山頂だった。富士山、山頂とはどんな場所か。。。年間の平均気温はマイナス6.4度。ちなみに、日本最北端の北海道、稚内市(わっかない)で+6.6度、日本一の最低気温を記録した北海道の旭川市でも+6.7度。平地でこの寒さの土地を探すと、シベリアの北極圏付近の地域が相当する。そして真冬の富士山頂は。。。マイナス38度にもなった。また富士山頂は、常に強風が吹き荒れており、風速20メートルを超す台風並みの風の強い日が年間121日にもなった。。。。レーダーの設置を請け負ったのは三菱電機だった。山頂の現場に投入する資材の搬入方法はブルドーザー、強力(ごうりき。つまり人力輸送)、ヘリコプターの3つの方法を使い分けることにした。工事の資材は、じつに500トンを超えた。そして、もっとも問題だったものが、強力なレーダーを保護する「トリカゴ」と呼ばれる、白い球状型のドームを輸送することだった。この、”トリカゴ”、風速100メートルの強風にも耐えることができる頑丈な仕様になっていた。そのため、重量がじつに620キロにも達した。山頂へ搬送する際、分解して運送し、山頂で組み立てることは不可能だった。また、地上から輸送ヘリコプターで運ぶには、ヘリコプターの揚力(最大480キロまで)がぜんぜん不足していた。難工事、最後の障害となっていた。。。。。どうする。当時の日本。。。こういう時。。。追い詰められると。。。 ”安全”よりも”使命”を優先する国民なんです。富士山頂が、晴天で無風の日が来るのを、ひたすら、じいっ~と待ちます。そして1964年8月15日。元、ゼロ戦のパイロットが熟練の操縦技術でヘリコプターを操り、とうとう、620キロの巨大レーダー防御ドームを、無事に富士山頂に送り届けることに成功したのだった。このときのパイロットの言葉。”ご加護をいただいたすべてのものに感謝して、 ”ありがとう”を3回ぐらい叫びました。大声で。”。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。さて、前段で紹介した言葉の主の話に戻りたい。。。言葉の主は、まだ29歳、大成建設、若手社員の伊藤庄助だった。昭和38(1963)年夏、“おまえは若くて元気だから”という理由で、現場監督に抜粋された伊藤は、当初、期待に胸をはずませて、富士山頂へ向かった。 ”雪が解けた富士山はどんなだろう! 何かすごいことがあるんじゃないか!”しかし、作業が始まってみると。。。作業員全員が頭痛や吐気、呼吸困難に襲われ、次々と倒れていった。標高3776メートルの山頂の空気は、平地の三分の二の薄さだった。そう、作業員は次々と高山病にかかっていった。伊藤自身も仕事を始めて四日目から顔や手足がむくみだした。日中、世界が黄色く見え、夜は自らの動悸がうるさくて眠れない日々が続いた。過酷な工事が続く中で、伊藤は、まるで別人のように、やせ細り、衰弱していった。そして、構想から5年、ようやく世界最大の富士山レーダーは完成する。伊藤は、責任から解放され、ようやく下山することになった。その伊藤が、下山する少し前、自然と口からでた言葉。それが前段の言葉です。。。 ”男は一生に一度でいいから 子孫に自慢できるような仕事をすべきである” 富士山こそ、その仕事だ 富士山に気象レーダーの塔ができれば 東海道沿線からでも見える それを見る度に おい、あれは俺が作ったのだと言える。 子供や孫にそう伝えることができる。”
2009.06.05
コメント(6)

先日NHKの番組で、材料科学の第一人者、細野秀雄さんの特集があった。現在、ノーベル賞に日本で一番近い男。。。超電導スペシャリスト。超伝導とは、1911年にオランダの物理学者ヘイケ・カメルリング・オンネスにより発見されたミラクルな現象で、特定の物質が超ウルトラな低温に冷やされた時、電気抵抗が急激にゼロになったり、物質内部から磁力線が排除されたりする現象のこと。この超伝導現象が現れるときの温度は超伝導転移温度と呼ばれ、この温度を室温程度に上昇させることが、現代の物理学の重要な研究目標ともなっている。。。常温での超伝導が、可能となると、どうなるか。。。日照時間が、完璧な砂漠で太陽クリーン発電を行い、その電気を、超伝導技術を用いたパイプを通すことによって、世界中に運ぶことが出来る。超伝導は、電気抵抗がゼロのため、どんなに電気を長距離移動させても、まったく電気は損傷を受けな。現在のように、電気抵抗にしばられた世界では、電気の消費地の近くで発電する必要があるが、超伝導技術が確立されると、地球上のエネルギー問題は、すべて解決されるといわれている。すごい技術なんです。もう危険な原子力発電も、環境に負荷のかかる火力発電もいらなくなるということ。細野という科学者は、この未知の技術(超伝導)のヒントを驚くべきことに、なんと、新しい鉄系化合物から、しかも”高温”超電導物質を発見してしまったのです!!!鉄は、もともと磁石の性質を持ち、超電導との相性は、科学の世界では常識的に最悪だと思われていた。。。細野は、世界の常識を覆してしまった。細野は、この発見により、世界中に、超電導の実用化と物性研究の両面で大きな可能性を提供した。そして、世界は、細野の投げた可能性を実用化しようと、現在、世界中で開発競争がいっきに加速しているところです。そんな科学者、細谷のことばが印象に残ったので、書き留めて置く。。。”仕事はエンジョイ?””エンジョイだけなら科学愛好家ですよ。””プロフェッショナル?”プロフェッショナルとは、 ”他の人の、 できないことをする人のことです。”
2009.06.04
コメント(4)

東北に住んでいる人で、うさちゃんクリーニングを知らない人はすくない思う。。。東北を中心に563店舗を展開中。うさちゃんクリーニングでは24時間無人で洗濯物の受け渡しができる新型店舗や、車でも気軽に利用できるドライブスルーの店舗などもあります。今後は首都圏への進出を視野に入れ、売上高100億円(そのうちの11%である11億円の利益)を目標としているそうです。すごいのは、格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズの”日本SME格付け”で、2007年、2008年と2年続けて”aa”の評価を取得していることです。ちなみに、日本の代表的な企業、東芝がBBB、日本航空がB+だそうです。うさちゃんはすごいんです。この、うさちゃんは、じつは山形の会社なんです。従業員数は、およそ2000名、80パーセント以上は女性の社員さんです。先日、衣替えをすませ、冬ものをいっきに、うさちゃんクリーニングに出して行きました。なんと、この日は、クリーニング代50パーセントオフの日です。この日を逃すと大変なことになります。さっそく、うさちゃんへ行くと、店の中は。。。お客さんの持ち込んだ大量の衣類で、埋まりそうになっておりました。わたし”すごい量ですね。店が沈没しそうじゃないですか”うさちゃんクリーニングのお姉さん”ありがとうございます。今日はちょっと忙しいですね。(笑顔)”わたし”50パーセントオフの日を一か月に3回やるよりも、 20パーセントオフの日を10回やるほうが極端な集中をさけて 効率よく運営ができるんじゃないですか。 これじゃ、従業員さんのシフトもなかなか組みづらいんじゃないですか~”うさちゃんクリーニングお姉さん”お客さん、 もし20パーセント程度の割引率だったら、わざわざ、うちへクリーニングを 持ってきてくださいましたか? たぶん50パーセントオフという理由が大きいんじゃないでしょうか。”わたし”なるほど~深いですね~””たしかに20パーセント程度の割引率だったら、 わたしも、うちの近所のクリーニング屋さんに出しますね。” でも、 極端な割引は、クリーニング工場の稼働率をゆがめることになり、 トータルで見たときに、マイナスになるんじゃないんですか?うさちゃんお姉さん”じつは、 うさちゃんクリーニングは、各店舗で50パーセントオフの日を、 少しづつ、づらしているんですよ。 たとえば、うちの店は今日が50パーセントオフの日。 ジャスコ店は、火曜日。 村山店は、水曜日。という具合に、 だから、 お客様の衣類が、キャンペーンの日に店に大量にあふれかえっていても、 工場では、各店舗のキャンペーン日をコントロールしているので、 まったく問題はないんですよ。わたし”なるほど~””さすが、スタンダード・アンド・プアーズから評価されている会社ですね~”うさちゃんクリーニングおねえさん”なんですか??? それは?”やはり伸びている会社の話は、いちいち勉強になる。50パーセントオフで5000円近く割り引いてもらった上に、勉強までさせていただきました。ありがとうございます。
2009.06.04
コメント(4)

人生で成功された方々。。。ヒルズ族とは異なり、最期まで成功し続けた方は、あんがい”ふつうの人”。しかし、人生のドラマを長く演じてゆくうちに、”ふつう”が変色し、だいたいの人は。。。主人公になれずに終わることが多い。松下幸之助が最晩年、自分自身の人生を振り返って話したことばがある。”自分には、 自分にだけ、与えられた道があると思う。 どんな道かは知らない、 ぜったいに、ほかの人には歩めない。 自分だけにしか歩めない道があると思う。 しかも、その道は、二度と歩むことのできない、かけがえのない道だ。 その道は広い時もある。 せまい時もある。 のぼりの時も、くだりの時もある。 坦々とした時もあれば、 かきわけ、かきわけ、汗する時もある。 この道は、 はたして歩いて行ってよいものだろうか。。。 悪いものだろうか。。。 思案に、押しつぶされそうになる時が何度もある。 そして、なぐさめを求めたくなるような時も何度もある。 しかし、 しょせんはこの道しかないのだ。 あきらめるというのではない。 いま、立っているこの道、 いま、歩んでいるこの道、 とにかく、この道を休まず歩むことにしよう。 自分だけにしか、歩むことのできない大事な道なのだから。 自分だけに与えられている かけがえのない この道なのだから。 他人の道に心うばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、 道は少しも開けない。 道を開くためには、まずは、歩まねばならぬ。 心をさだめ、いっしょうけんめいに歩まねばならぬ。 それが、たとえ遠い道のように思えても、 休まず歩む姿からは、必ずあたらな道が開けてくる。 深いよろこびも生まれてくる。”この道が果たして良いのか悪いのか、 思案にあまるときもあろう。 しかし、所詮はこの道しかないのではないか。”この言葉は、400万部というベストセラーになった松下幸之助さんの、”道をひらく”という本の一説です。わたしは、心に迷いが生じたときにこの言葉と向き合います。
2009.06.03
コメント(10)

今日、6月2日は、日本が鎖国をやめた日だそうです。当時、開港された横浜村は人口200名。とらさん、八っつぁんがのんびり暮らしている港町だったそうです。横浜村の土地など、自分で線を引っ張ったところまで自由にもらえたうらやましい時代だったそうです。横浜村は国際貿易港になってからも、しばらくは人口2000名程度だったそうです。ところが、現在では、横浜市の人口は350万人を超えています。山形県の、”県”の全人口の3倍以上。。。横浜は、市、なのに、すごいですね。山形県の元県庁、文翔館。なかのカフェが何気に穴場です。
2009.06.02
コメント(4)
松下幸之助”大切なのは、まず、人を信頼すること。 信頼してだまされるなら本望と思えば、 あんがい、人はだまされんもんや”松下電器(現パナソニック)のスタートは1918年(大正7年)松下幸之助と、妻と、妻の弟の三人で始めた、”松下電気器具製作所”からだった。創業当時の主力商品は、電球ソケットだった。幸之助の作るソケットは、性能が良く、よく売れた。3人だけでは、忙しくて、どうにも仕事が回らなくなってきた。あたらしく人を雇い入れることにしたのだった。すると、幸之助は同業者の友人からこう忠告された。”やめといたほうがええ。 他人を雇い入れたら製造方法が外に漏れてしまう。 ライバルが増えるだけだ。わしらも、あんたも損するで。”そう、当時の電球ソケットは、俗に”練り物”と呼ばれる材料でつくられており、その練り物の作り方、配合は、企業秘密だった。”練り物”は、石の粉、アスファルト、などを混ぜ合わせてつくるもので、その配合の出来、不出来によって商品の品質が決まってしまうものだった。そのため、製造方法が外部にもれないように、当時の工場では、身内や親類縁者などで作業をするのが一般的だった。松下幸之助も、もともとソケットの開発がうまくいかなかった時、練り物の技術を盗むため、専門工場の窓越しに、よく覗きに行って追い払われていたのだった。幸之助は、同業者の忠告を受けて。。。考えた。”自分の工業で働いてくれる仲間に、 そんな態度でええんやろか。 第一、秘密にしたら面倒で能率も悪い。 大切なのは、まず信頼することや。 信頼してだまされえるなら本望と思えば、 あんがい人はだまされんもんや。 あらかじめ、この製法は大事な情報だからと、 ちゃんと説明すれば、 むやみに人は裏切ったりはしないものだ。。。。幸之助は、従来の慣習を破り、どんどん企業秘密を新人にも教えていった。新人は、幸之助のこの姿勢に、”こんな重要な秘密まで教えてくれて、 しかも、こんな新人のオレに大事な仕事を任せてくれた!と、ますますやる気をだした。その後も、幸之助は、これはと思う社員に思い切った責任と権限を与えていった。そして、信頼された社員達は、大きな結果をだし幸之助に応えたのだった。もし、幸之助が、従来からあった商習慣を守っていたら。。。同業者からの忠告を守っていたら。。。いまも、3人だけの町工場だっただろう。おそらく、世界企業パナソニックにはなっていなかったと思う。松下は、”技術力”で会社を大きくしたのではない。”人間力”で会社を大きくしたのだった。
2009.06.02
コメント(0)
全33件 (33件中 1-33件目)
1