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5ヶ月ぶりに吟行に参加することが出来た。今月の大川端句会は本拠地「佃島」に戻っての散策。この佃島は、江戸時代初め摂津(大阪)の漁師が家康の命で集団移住したのが始まりだった、というから歴史のある町。私が初めてこの句会に参加した頃は、隅田川の堤防は蔦の葉が生い茂っていたが、この町も年々めまぐるしい変貌を遂げ、木造家屋が多かった古い町並みの味わいは今では超高層ビル郡が林立し景観はすっかり変わってしまった。それでも昔の名残の小さな船留まりと、住吉神社や浪除神社などは少しも変わっていない。厳しい残暑のなか引き潮の佃堀には釣りを楽しむ人達が賑わっていた。懐かしい思いと、つい最近自分の身に降りかかった様々な思いとが錯綜しながら俳句仲間に遅れがちに歩いていたが、ふと「悲しんでいる自分を見ている自分がいる」ことに気が付いた。「自分で自分を見ている作業」は俳句で修得したものだけれど、良い悪いは別にして、今回立ち直るために必要な大きな要素の一つであったように思う。みんみん蝉が息が切れそうに鳴き交う木々の下を通り、佃煮屋の老舗「天安」の前にくると濃い醤油の香りがふわっと、とどく。人一人がようやく通れる懐かしい路地を抜けながら「俳句をやっていて良かった」と、しみじみ思った。やがて勝ち鬨橋を通り句会場へ。 「大川端句会」の素晴らしい仲間がいて本当に良かった、と改めて思うことしきり。当日の高点句です。見事です。脱帽です。!↓ 天安の日覆昼風呂使う音 杉浦 一枝 みんみんの深きところを通るとす 杉浦 一枝
2007年08月26日
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仕事を再開してからはたとえ極暑であろうとも、やっぱり病院の中庭の池を覗きに行ってしまう。あの啓蟄の日(3月6日)ぴったりに後尾に出てきたという「ヒキガエル」のカップルに会ってからの私は…、オタマジャクシに孵るまでは見届けたけれど、その後のことが気になって、気になって…。「淋しいなー、つまんないなー」つい、ぽろっと出てしまう。そんな今日、中庭博士ことKさんに会えた。「あー、しばらくだねー。心配していたんだよ」、Kさんは医療廃棄物を乗せた台車を止めながら人なっこい笑顔で声を掛けてくれる。3ヶ月余り仕事を休んでいた経緯を手短に話し「ねえ!あれからオタマジャクシはどうなったの?」と知りたがる私に「ああー、ちょっと待ってね」と言ってカレンダーを持ってきた。そう、この日だよ蛙になって外で見つけたのは!と指をさす。うわっ流石!細々と書かれている。6月10日=昨夜池の外に出たのか煉瓦の道で踏まれていた。13日、もう池には残っていない、などと…。「池から登れるように板は早めに池に入れといたけどね。朝方2回見たよ!こうやって、そろそろと10匹くらい板を登って来たんだ、可愛いよー。だけど居なくなるときは一度に居なくなるんだ、不思議だねー」、と手振り身振りで教えてくれる。「ああー。見たかったなー」あの子達は今、池の外のどの辺にいるのかと目を凝らしている私に「ほら!あそこにメダカの赤ちゃんがいるよ!生まれたばかりなんだ!」、と気を逸らしてくれる。木漏れ日と藻草の間をすーい、すーいと泳ぐ新しい命を二人でしばらく眺めていた。「ほら、糸のように白いものを引いてるだろ、あれが赤ちゃんのうんちなんだよ!」。暑さを忘れた中庭でのひととき。 草ゆれて石ゆらゆらと残暑かな 新井せつ子(ザ・俳句歳時記)所収
2007年08月20日
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