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毎月定例の「東京大川端句会」は、故古沢太穂先生がこよなく愛された句会の一つなのだが、かれこれ14、5年にはなるだろうか。その頃に比べれば参加者の顔ぶれは大きく変わっているけれど、また最近特に参加者が多くなっている。それというのも、会員の中に「吟行コーディネーター」の出来る方がいて、次々と魅力ある「吟行スポット」を計画してくれるので、一寸した小旅行気分が味わえるから。今回も参加者20名。先ずは大田区の池上本門寺へ向かう。この「本門寺」は日蓮聖人が、今から約七百十数年前(1282)10月13日辰の刻(午前8時頃)61歳で入滅(臨終)された霊所だとのこと。広大な墓域には、お万の方(徳川家康側室)、加藤清正、将軍大名夫人、幸田露伴、さらには市川左団次、市川雷蔵、松本幸四郎、力道山etc…などの方々が眠っておられるという。沢山の墓石が犇めき合っていた。 梅紅白他人の墓を見て回る 田原俊夫次は、そこを回り込むように歩き「池上梅園」へと入る。園内の梅の花はほぼ盛りは過ぎていたが、それでもみんなで上に登ったり、池の方に行ったり、水琴屈を聞いたりと大いに楽しんだ。その後、昼食を挟んでPM1時から恒例の5句出しの句会となるのだが、こうして吟行、句会共に私達の仲間はどんなときでも会えば必ず○○ちゃん、○○さんと、年齢男女を越えて名前で呼び合っている。いつも同級会気分で和気藹々。こんなに気楽で、こんなにいい句友!この一人一人がとっても大切な「いい仲間」なのである。 塔仰ぐとき如月の空無傷 脇りつ子 水琴屈春の小川のよみがえる 増田萌子 池上本門寺・仁王門(三門)です。
2007年02月25日
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朝8時に家を出るときには土砂降りの雨だったのに、昼過ぎにはまるで嘘のように晴れ上がった。そして窓越しの日差しは、寝ている患者さんの顔にまぶしいほどに差し込んできた。いきなり「あのね!お母さんが○○時には来ると言ったのに、まだ来ないよ!」と泣きじゃくりながら訴える。「今日は雨だったからきっと遅れているのかも知れないよ!」と私。もう、こんなやりとりを朝から何回やったことやら。Aさん78歳、男性。脳梗塞後遺症で片麻痺、片上肢硬縮、おまけに骨折して麻痺側に人工骨頭が入っている状態で入院されてから2ヶ月が過ぎた。入院当初は「家に帰りたい!帰りたい!」と言っては泣きじゃくり対応に困ってしまったが、最近はようやく諦めたように思えるけれど…。この「泣く」は=感情失禁で、脳の障害の部位によって現れる症状。リハビリでもどうにもならないこともある。いくら病気とはいえ、元は立派な一家の主。家族にしたらきっと辛いに違いない。案の定ご家族はとうとう面会に来られなかった。休日出勤を終えて、閑散とした待合室を通り帰路についたが、地下道を抜けたところの店頭にチューリップが飾られていて、ようやく我に返った。 チューリップ喜びだけを持ってゐる 細見綾子(現代俳句・データーベース)所収
2007年02月18日
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警察官の不祥事が報道される昨今、こんな立派な「おまわりさん」が居てくれた!と、誰もが祈るような気持ちで過ごした日々。とうとう、悲しい知らせが届いてしまった。以下新聞のコラムより抜粋させて頂く。↓〈交番〉は日本の警察がつくった世界に誇るすぐれものだ。警視庁板橋署常盤台交番の巡査部長宮本邦彦さんは交番勤務の警官の鑑(かがみ)のような人と思う◆東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅で線路に入った女性を助けようとして電車にはねられたあの人のこと。きのうのご逝去を悼み、心からご冥福(めいふく)を祈る。職務に一命をささげた53歳に合掌する◆「おまわりさん、一日も早く良くなって」と回復を祈る花束や千羽鶴が続々と常盤台交番に届いていた。その祈りのむなしかったのが残念。悔しく痛ましい◆交番は警察の最前線にある。いつも市民との接点になっている。見張り、パトロール、事件・事故にすぐ駆けつける警察官は市民の「よろず相談所」の窓口でもある◆「不審者から守ってもらった」「真冬の夜、酔客を懸命に介抱していた」……宮本さんの日夜は交番勤務のお手本のようだったと近所の人々が語っている。身を挺(てい)した救助活動が最後の仕事になった◆無責任の横行する世にあって、宮本さんの職務一筋の行為に、忘れられた人間の気高さを思う。(読売新聞)所収。続けて書き込む言葉もないが、忘れてはならないのは「どうせ助けてくれないんでしょ。私は死んだっていい!」と、身勝手な行動をした女性のことだ!!。そんなに死にたければ何処へでも行って「人に迷惑を掛けない所で死んだらいい!」と、いっては言い過ぎだろうか? 近年、人の迷惑も考えない「自己中心的」な人間が増えているように思う。豊かさとの引き替えの代償は、「人の心が病んでいる」この一言に尽きるように思えてならない。 年度末が近付いて、相も変わらず「道路工事」の音が聞こえるようになった。たまたま見掛けた看板だが「傷んだ舗道」のようには直せない事が、余りにも多過ぎるのではないだろうか。
2007年02月13日
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栄養課(厨房)は、病院の建物では地下一階にある。夜勤こそ無いけれど、朝は6時前から出勤され夕方は7時過ぎまでと、皆さん忙しく働いておられる。入院生活が長くなった患者さんの楽しみといえば、日に三度の食事と入浴日ぐらいのものではないだろうか。だからこそ一番大事なところだと思うのだが、何故かあまり目立たない職場。病人食は多岐に渡り、様々な患者さんのニーズに合わせて、緻密なカロリー計算の元で作られている。病名や症状により配膳のトレーの色が違い、食事の内容も違う。食札には名前の他にパン食禁、朝のみパン、乳製品禁、酢物禁、主食二分の一などなどと細かく書かれている。これは「医療事故防止」のために必要なことではあるが、その御苦労をしみじみと思う。きざみ食は→おかずを食べやすくするため刻んであるもの。流動食は→全てがペースト状になっているもの。その他に2分粥、3分粥、5分粥、7分粥、全粥となっていて、その一人一人の食器を開けると、どれもみな美味しそうに工夫されている。そして、折々の祝日には絵付きのメモが添えてあったりする。そういえば先日の節分の日は「豆」の変わりに「たまごポーロ」が付いていた。食事変更の伝票を出しながら「○○さんがとっても喜んでいたわよ!」と、栄養課の人達と患者さんの様子について話しあった。食器洗いの忙しい音など聞きながら…。今日も温かたっだ、寒さはいったい何処へいったのでしょう。木瓜の花が咲いていました。 口答えすまじと思う木瓜の花 星野立子(新版・俳句歳時記)所収
2007年02月10日
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病院の中庭は患者さんが憩うところ。職員の顔も勤務中とはどこかが違う。そんな中庭は50坪程はあるだろうか。両側が5階建ての病棟に囲まれているので、この時期は余り日当たりは良くないが中央に池があって、山茶花や万両が色を添えている。昼休みに中庭に出ると顔なじみのKさんと会った。何時もながらのにこにこ顔に思わず私から「ね!あの木は白樺に似ているけど、なんて言うの?」と聞くと、「ああ!あれね!ダテカンバだよ!別名暴れ木ともいってね!、ほら横にあんなに枝を広げているだろう?真っ直ぐに伸びないのが特徴なんだよ!」と、教えてくれた。そして、「あの桜のこと?ああ、あれは実生なんだよ!。私が清掃としてこの病院に入った28年前、50センチくらいの桜の木を見つけてね、此処に植えたんだよ。毎年花が咲くたびに、今年は幾つ咲いたと数えては楽しんでねェー。それがもうこんなに大きくなった。5月になるとひきがえるが子供を生むよ!小さい時からちゃんと模様があってね。可愛いよー!、5,6匹かな、いや多いときは10匹ぐらいいるよ。ほら!あそこだよ!あそこに今は寝ているよ!」と、眼鏡の奥の細い目をキラキラして話してくれた。Kさんの指さす先はダテカンバと桜の木の根元。そこは、落ち葉と柔らかい土とで格好の冬眠場所のようだ。そういえば昨年、ひきがえるが棒きれに乗ってじっとしているのをみたけれど、彼らの寝床まで知っているとは、すごい!!愛情があればこそである。改めて中庭を見回すとき、Kさんの長い年月と真心が随所に凝縮されているように思えてならない。さて問題の蛙さん達は、どんな顔して寝てるのかな?別々なのかな?それとも一緒なのかな?想像するだけでわくわくしてしまう。そんなドラマのあるこの中庭が、今までよりも、ずーっとずーっと大好きになった。 勇気こそ地の塩なれや梅真白 中村草田男(新版・俳句歳時記)所収
2007年02月03日
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