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humipineさん、源義經さん、楽天!みちばたさん、JUN9766さん、お茶マスタさん、eejirowさん、ぷーボマさん、多忙椰さん、リバティ4132さん、ゼンダメンWさん、kacyou3さん、tamamarichoroさん、◆きゃらめる◆さん、ロゼーテをフォローして下さった楽天プロフの13人の方に感謝します。楽天ブログのお気に入りに入れて下さっている、赤いしゃつ7532さん、なっとうカレーさん、コメントありがとうございます。今ではどういうきっかけでお知り合いになれたかさえ思い出せないほど古くから楽天日記にコメント下さっている秋山白兎さん、ありがとうございます。皆様方のところへ、訪問も‘ナイス!’も叶わず、どうにも更新で手一杯なのをお赦し下さい。そして。足跡をつけることなくアクセス数だけに影を落とされて行くお名前も分からない方々、本当にありがとうございます。また。検索中に行き当たりばったり当サイトに出くわされた方々、瞬間的なご縁でしたが、ありがとうございました。
2012.12.31
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周利槃特とは違ってこちらは出来のいい優秀な弟子、目連(もくれん)。あらゆることを見通せた釈迦の一番弟子ともいえる存在でした。目連が瞑想中に亡くなった母親を探してみると、優しかった母親はなぜか餓鬼界に。神通力を使って水や食料を届けても母親の口に入ることなくたちまち炎と化してしまうのでした。釈尊に相談すると、生前、苦しむ者に施すことなく息子だけを溺愛していた報いである、ゆえに方法はひとつ、修行僧らに食料を施すことにより母親は救われよう、と。これがお盆の由来です。因果応報が見えるなら、どれほど私たちの人生は充実するでしょうか。しかし、この見えないということもまた仏のご慈悲であると、我が老師は言われるのでした。
2012.12.30
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釈尊の弟子で一番頭が悪かったのが、周利槃特(しゅりはんどく)です。思い余った彼は釈尊に還俗を願い出ます。「自分を愚かだと自覚する者は愚かではなく、己を賢いと思い上がっている者が愚か者である。お前の好きなことは何か?」師の問いに掃除が好きだと答える周利槃特。その時に呪文ともいうべき言葉を授かりました。「塵を払い、垢を除かん」と唱えよと。やがてその掃除行だけで阿羅漢の境地に達したと言われます。同じような境遇なので(笑)、私の憧れる釈迦弟子でもあり掃除をする時は心して彼を念じますが、どんなに夢中になって片づけようとも、なぜかいっこうに片付かないのが私の掃除なのでした。いいえ、頭が悪いとお掃除もできないはずよ!
2012.12.29
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毎年この時期、年に1回届くのが「クラーリヒト」。兵庫アイバンクの機関誌です。今年も忘れた頃に16号が届きました。登録したのはずいぶん昔で、何か思い立って献眼登録したのでしょう、実際に連絡するのは遺族ですから私が望んでも叶わないかもしれませんし、また死の直前に私自身の気が変わるかもしれませんので、何ひとつ確約はできないのですが。角膜移植は他の臓器移植と違って死後12時間以内、理想は心臓死から3時間以内。角膜提供だけでなく、いっそ全身丸ごとの献体でもいいのではないかしら、と死後の身の振り方にあれこれ思いを馳せる今日この頃です。
2012.12.28
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それから500年後。モミの木は街路樹へ取って代わり、キリストに捧げる蝋燭は人間の娯楽のためのカラフルな発光ダイオードに変じました。あなたが森で嗅いだはずの香りは排気ガスに変わり、祈りのための両手は、今、デジカメを持つために存在しています。誰?路上駐車して写真を熱心に撮っているのは。誰?ブログにUPしようとアングルを考えるのに夢中なのは。ルター先生…どうか、先進国と言われる日本の物質主義的な堕落ぶりをご覧ください。こんなところで無駄に電気を消費し、原発に頼らざるを得ない状況を作り出しているのは私たち自身です。光の波。悪趣味だけど綺麗(笑)ルターがこれを見たらどのように感動するでしょうか…
2012.12.27
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こんなふうに木々の枝に光る星の瞬きに感動した人を、もう一人見つけました。マルチン・ルター。中世というキリスト教の厳格な時代に、はっきり自分の意見を押し通すことのできた人物。修道僧にして学者、プロテスタント・ルター派の創始者です。ドイツは森に恵まれた国。今の日本では眺めることのできないほどの星屑を、裸木のたくさんの枝の隙間から見たのでしょう。あの密やかな感動を私はブログに書き留めることしかできませんでしたが、ルターは蝋燭の光に見出し、モミの木をその灯りで飾ろうと閃いたのです。なんと見事なクリスマスのお祝い! 天才ともいうべき彼は、芸術家でもありました。(イメージ画像)
2012.12.26
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深夜、ミロと歩けば…風は冷たく星しか楽しみがありません。ぼんやり空を仰ぎ、木星を確認し、北斗七星の傾き加減を見、いつも通る桜の木のところで立ち止まると、どうでしょう、まるでイルミネーションのように、木々の枝の間から星が瞬いているのです。LEDのように豪華でも華やかでもなく、また下品な色や形を作るわけでもなく、質素に、でも気高くはかなげに光を落す様は、なんという不思議さでしょう。つまらない夜空へ伸びる寡黙な枝に、ふと、たくましさと華奢さを感じました。ああ、きれいな錯覚。新月の寒空オリオン勇ましく
2012.12.25
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…て、なるほど。ぐいぐい読み進めていけるけど、な~んだ、何にも残らないじゃない!! まったく、これのどこが‘めちゃくちゃなおもしろさ’なんでしょうかね。美しき凶器というより、名実ともに『哀しき凶器』ね。それに推理小説ではなく、恋愛小説じゃない。この最後の結末がわからないって言うけど、そりゃそうよ、ここは妊娠しなければ、なかなか理解できない心情(苦笑)。「あんまりおもしろくなかった…」遠慮がちに感想を述べると、「じゃあ、これ!こっちは絶対の絶対におもしろいから!!!」と差し出されたのは『変身』。もっと心に引っ掛かるような本が読みたいのに…。脳移植の話なので、引っ掛かりそうだなと思うものの所詮、架空の世界。何カ月も経つのに、いまだ中途半端なページに栞が挟まれたままです。
2012.12.24
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教養人の読書家というのは本当に驚きます。こちらがひと言、何かを尋ねれば一瞬のうちに10冊は参考図書を紹介してくれるうえに、「これは本当に素晴らしい本だった!」などとしみじみ言われると、内容が気になりますし、わざわざ紹介して下さったオススメを読まないというのもバチがあたりそうに感じるのです。順番的には東野圭吾は当然ながらリストの最下位に回るのですが、そんな順番を簡単に覆すことができるのは、やはり娘。「はいはい、わかりました」
2012.12.23
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中学生のあいだでミステリー作家・東野圭吾が流行っている様子。「めちゃくちゃ面白いからこれ絶対読んでほしい!」と娘に頼まれたのが表題の文庫本。「あー、だめだめ! 忙しいし、ミステリーには興味がないから。それにねぇ、ママはこんなにもたくさんの本を読まなくてはいけないの…」美術書や宗教書なら手に取ってみようという気にもなるのですが、ミステリーやサスペンスは、カラダが受け付けません。しかも読書家の方から、山というほど書籍を紹介して頂いているので、読書予定リストはもう何年も先の分まで埋まっている状態です。
2012.12.22
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もう何年も前の話で、どういう経路で入手できたのかも、よく覚えていないのですが、エッチングの挿し絵が各、左ページにふんだんにあしらわれた宗教書を手に入れることが出来ました。初版は大正2年。ところが再版も大正時代なので、どなたか信仰に篤い方が近年、復刻されたのでしょう。片隅に「非売品」とありました。眺めるだけでも楽しく、見事な美術書とも言うべき書で、私などがまともに買えるような書物ではないはずなのですが、若干の献金だけで送って頂いたように思います。内容はカトリック教会の要理の解説書で、旧字体の漢字にはフリガナが打ってあり、もちろん歴史的仮名遣いで、紙も厚手の和紙のよう。これが秘蔵本です。
2012.12.21
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レンブラントが手掛けたものの中に銅板画(エッチング)があります。銅は金属の中でも柔らかいため、銅版一面を蝋でコーティングした後、鉄筆で絵を描き、酸に浸して腐食させて版画にする方法です。腐食時間やインクの拭き取りを調節することで微妙な濃淡や質感を出し、表現の幅を広げた画家であるとも言われます。華やかな油彩やテラコッタはこの時代の一般的なものですが、黒・単色のモノトーンでもあるにもかかわらず、不思議と惹きつけられる強烈な魅力はどこから来るのでしょう。‘シメオンの讃歌’の複製にしても銅版画の複製にしても、会場のショップで値札を見ると10万円は下らないので手が出ません。カラーコピーで充分なのに!素描のようなエッチング自画像を好んだレンブラントは、自己顕示欲の強い性格だったのでしょうか。
2012.12.20
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これはまさにレンブラントらしい、黒の背景に黒のドレスというまとめ方。髪と同色で描かれた繊細なベールに柔らかさを感じさせます。こういったレンブラントの黒は仕上げ寸前にうわぐすりを全体に掛けてしまうという驚くべき手法。照らし出したい部分を拭き取って、光の明るい部分を作り上げます。平面絵画というよりもまるで立体造詣。こうして闇と光がくっきり演出されるのですね。ちなみにレンブラントが愛用したインクは、イカ墨。「レンブラント・インク」と言うらしいです。イカ墨なら、考え事をしながら舐めても大丈夫。インクにはガーリックと塩・胡椒を効かせたいところです。妻サスキア・ファン・オイレンブルフの肖像画よくよく見ると…決して絶世の美女というわけではないのに、魔法の黒のおかげで、溜め息がでるほど美しい美人画となっているではありませんか。
2012.12.19
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レンブラントは「光と影の魔術師」と呼ばれるほど、油彩で明暗を見事に描きわけた画家。じつは私は誰よりも、この闇を描き切るレンブラントが好き。たえば今回、展示されていた「シメオンの讃歌」をご覧ください。まるでスポットライトを浴びているかのように明るく照らし出された聖母子。そして影の部分は、まさに対照的な漆黒色。これほどの演出は、どんな画家だってやった試しがありません! スポットライトは静寂を醸し出し、またそこに緊張感を生み出します。息が止まりそうになるほどの感動がありました。シメオンの讃歌演奏会場でもそう…チェンバロを演奏する時、スポットライトは緊張と一瞬の静けさをもたらします。
2012.12.18
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じつはこの少女は架空の人物ではなかったということです。フェルメールが抱えられていた貴族の屋敷にメイドとして働いていた少女は、画家に気に入られたびたびモデルとなっていたそう。そしてこの真珠こそ奥方のもので、それをフェルメールが少女の耳元に描きこんだということでした。
2012.12.17
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中央アジア・トルキスタンのラズワルド(アジュール)はラピスラズリの産地。そこからこの地名が深い青を表す色名になり「紺碧」や「群青」というラピスラズリを指すものになりました。そのウルトラマリンの顔料をこの目でしっかり確かめようと足元の柵ぎりぎりまで近付いても、それが・・・もうひとつなのです。舐めまわすほど至近距離まで近づきたいと思うのに。見る限り、粒子はとても細かく日本画の岩絵具のよう。少女に優しさではなく、強さを感じたのは私だけ? 実際の肖像画ではなく、画家によるフィクション性のある‘トローニー’だということは、フェルメール自身の性格がこの少女に投影されていると考えていいのでしょうか…。あの映画のタイトルではなく「青いターバンのおとめ」とあえて呼ばせて頂きますが、この最初にして最後の見納めはどうもメガネが恋しくなる一枚でした。(ちょっと恥ずかしい企画。額縁に入ってターバンのおとめになりきるというもの。本当にくだらない。主催の朝日新聞社のスタッフが考えたの~?)
2012.12.16
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青いターバンの少女。それはツタンカーメンの黄金のマスクのような紺碧色でもなく、またブログに貼り付けたあの画像ほどの青さでもなく、もっともっと薄いブルーでした。もしかすると年数経過による褪色の可能性があるのかもしれません。あのシスティーナ礼拝堂の天井画だって修復後の色合いはまったく違うものでした。賛否両論があったにせよ、あれは20世紀最大の偉業であり、当初の鮮やかで軽快なフレスコ画を目にできる私たちにとってはなんともいえない眼福でしょう。ターバンの少女の額の前には柵が設けられ、会場整理がなされ、鑑賞には時間制限があり、ものものしさが感じらましたが、幸い、私たちが到着した時間帯にはほとんど誰もいませんでした。
2012.12.15
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耳の聞こえない作曲家はいたけど、目の見えない画家はいなかったなぁ・・・などと思いながらマウリッツハイス美術館展のチラシを手に取りました。ああ、猫も杓子もフェルメールだわ・・・武井咲がフェルメールに扮し、メディアはこぞってフェルメールを取り上げる・・・いったい、いつからこんなことになったのかしら、と思えばどうやら10年ほど前に映画化されたことが発端のよう。だけど9月1日付け日記にラピスの色を紹介した以上、私にも責任があります。オランダまではおいそれと飛べませんが、タイミングよく向こうから来日してくれたのですから見過ごすのも惜しい話。娘に声を掛けると乗ってくれました。
2012.12.14
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縁なしメガネは、それほど存在感があるような感じのものではありませんでした。あ、これならいいかも。だけど実際問題、本当にメガネなんて掛ける?割ったり失くしたりしない?水族館の魚を見ている時のように、めまいだってするでしょ。だったらコンタクトの方が手軽かしら?いえコンタクトの手間を考えるだけで挫折してしまいそう。あれこれ思うとなんだか面倒になってしまい、メガネは後日にしました。免許証更新もギリギリ裸眼で通過できたので、もっと深刻な事態になってからということで。
2012.12.13
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パソコンのしすぎか、視力が落ちてきました。ずっと1.0ほどで若干、乱視が入っている程度でしたから特に眼鏡を必要とするほどでもなかったのですが、夕方、高速道路を走っている時に標識がよく見えずジャンクションで一瞬迷ったのが視力低下に恐怖を感じたときでした。ひんぱんに通るルートなので右か左か迷うこと自体、視力ではなく頭が悪いということなのですが。とりあえず眼鏡店を覗いてみました。メガネは初めてなのであれこれ手にとってみましたが、それがまたどれもこれも全然似合わないのです。
2012.12.12
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好きで視力を失ったわけではないのに、そのあまりの不自由さに言葉を失います。超音波センサーで障害物を振動で伝える電子白状というものもあるらしいのですが、いったいそれはどれほどの振動を伝えてくれるのでしょう。こんな障害物だらけの場所で、機能を果たせる? 私たちとはあまりにも隔絶された光のない世界。視覚は、五感の中では膨大な情報を取捨選択できる感覚器官なのに。障害者に振動を伝える杖ではなくて、健常者に、しかと伝えるそれであってほしい。改札の向こうへ無事を見送りながら、強くそう願いました。
2012.12.11
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もう見てられません! 「大丈夫ですか?!」と駆け寄り、抱きかかえるように移動します。本当はこんな誘導の仕方ではダメなはず、何かルールがあったはず。だけどそんなこと、咄嗟にできて? 学校で習うのは横断歩道の渡り方と自転車のルールといった交通法規で、せいぜい、車椅子や手話の体験程度。人工呼吸なんてよほど必要のないものは習うのに、AEDの使い方は知らない・・・。私たちにしてみても人混みの中、目隠しをして白状を持って歩くのは、どれほどの恐怖? 平衡感覚はどうやって掴めばいいの?視覚障害者の誘導方法
2012.12.10
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JR三宮。新宿・池袋や大阪駅ほど混雑する駅ではないのですが、人の流れが途絶えない駅。改札口付近にいると、白い杖でリズミカルに床を打つ視覚障害者の男性が・・・。なにげに見ていると、わ! 後ろ向きのおばさんにぶつかりました。危なっかしいな、とさらに見ていると、健常者の立場では、杖の位置があまりにも低くて見えていないんです。健常者は障害者を認識できず、障害者はもちろん健常者も周囲も何も認識できません。つまり、健常者と障害者の間にはなんの空間も保障されていないんです。なんということでしょうか。
2012.12.09
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感情から来る落ち込みは、やはり感情によって治すことができるよう・・・。こう毎回毎回、落ち込んでいると、さすがにどういう部分でどういう感情が発生した時に自分の弱点があるのか、明白になってくるというものです。再起不能だと思われるような限界まで落ち込んでも命に別条がないのが皮肉なところで、そうこうしているうちに私も苦しみの囚われから解放されていきました。いつも過ぎてから感じることですが、海底にいるようなあの息苦しさは、なんだったのだろうか、と。心を治せるのは心だけです。
2012.12.08
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これは、某精神病院の北隣に住む人から聞いた話。朝方のまだ夜の明けきらない内に遺体が病院から搬送されるというのです。しかもたびたびだとのこと。外科や救急外来でもないのに、どういうことだろうと思って話を聞いていると、どうやら薬がきついらしいのです。精神科・神経科・心療内科の診療科目で病床数240床。そのすぐ近くにも県立の総合病院があるので、経営のほうは大丈夫なのだろうかと余計な心配をしてしまう私ですが、そんな怖ろしい話を聞いて縮み上がりました。「心の風邪」と言われ、今や精神科は流行性感冒なみ。ベッドの回転率は良く、すぐに空きも出るのでしょう。薬を服用するための胃薬、副作用を抑えるための薬。処方される一方の大量のクスリに患者は従うしかないのでしょうか。
2012.12.07
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躁鬱病や統合失調症などの精神科の診察は基本、問診です。ところがネットや新聞で騒がれたものだから、皆が一斉に信じ込んでしまったのが鬱の血液検査。私も完全に信じ込んでいました。2013年2月5日現在、それを行なっているのは日本国内では東京の外苑メンタルクリニックだけで、それだって治験レベルのものなので、無料検診扱いとなっています。鬱の血液検査など、まだまだ研究段階なのです。 (ちなみに、認知症の脳ドックはあります。1万円ちょっとで受けられる検査です。私にはこちらの方が必要かも!) (この日記は12月6日付けですが、2月4日に前出のクリニックに真偽のほどは確認済みです。この件に関して情報を下さりご指摘下さいました方、あらためてお礼申し上げますとともに、私の認識不足をお詫びいたします。)
2012.12.06
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日照不足と鬱は、セロトニンとメラトニンが関係していると言われています。セロトニンの不足により鬱病が起こる報告は多くあるらしいのですが、セロトニンは暗くなると活動を停止し、代わってメラトニンが活動します。けれど、そのメラトニンの分泌が多くなり過ぎても鬱病を引き起こすとか。もう、ワケがわかりません。ならば、日照不足にならないようにおひさまを浴びれば済むだけの話。ここ数日間、15度以上の気温に恵まれ仲春のよう。重い身体とミロ君を連れ出し、枯れ草を踏みしめ、眩い光を吸い込みます。
2012.12.04
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というのも。最近、どうも体調がすぐれないような、そんな感じの‘気分’なのです。ありえないことに、私の周りだけは重力と気圧の単位が明らかに違うのですから、どうしようもありません。身のまわりのことは溜まって行くのに、動けない。でも動いているので、それは嘘。曇天の下、灰色のあまりにも美しい冬木立は心の中に幻想さえも生じさせず、うつろな現実だけを浮き彫りにさせています。
2012.12.03
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スーパーに買い物に行くと、隣に並んでいる男性が鼻歌を歌っているんです。日曜日で人が多いのは多いのですが、周りで誰かが聴いているというのでもありません。いったいこの人の心理状況は、今、どんな風なのだろう!とあまりにも驚いた私は、その人の顔を見ました。とくに頭の可笑しそうな人でもなく、どちらかと言えば品のある初老紳士。鼻歌ねぇ…、そんなもの、歌ったことないわねぇ。一度、人前で鼻歌を歌う気分にでもなってみたいものだわ。心から感心してしまった日でした。おみごと。
2012.12.02
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朝なのか。夕暮れなのか。わからないどんよりした空。葉を落し切った樹形の美しい街路樹が。モノトーンの世界で屹立している姿。絵に残したいと思いました。言葉にはならず、ただその冷やかで無言の空間に、じっと身を置き同化している私。こんな無愛想な冬が…どうにも美しいと思うのでした。
2012.12.01
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