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いったい、ここのスタッフの人たちはどうなっているのか。どうして他人のことにこうも必死でいられるのか?それが教義なのか?自分の職務に完璧であれと?客の質問にはすべて答えよと?昼食を取っていた小一時間ほどのあいだにKさんはどこの誰に訊ねたのだろう?ありとあらゆる疑問が浮かぶ前に私は感動のあまり口走っていた。「銅!・・・銅なんですね!」古代エジプトの全秘密を暴いたかのような優越感であった。あのファラオのガラスは銅で青く発色させていたのだ。ずっと不思議に思っていたことがわかった瞬間というのは、なんと尊く貴重な瞬間なのだろう。もう、この世のすべてがありがたかった。
2012.08.31
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さらなる状況が追い打ちをかける。バッテリー切れである。そうだ、何も今ここでメールを送信する必要はない。今夜にでもお礼のメールをひと言、入れておけば済むことなのだ。いや、この山上の美術館から送信することにこそ、意義があるのではなかろうか。二つの意見が格闘する。電波もバッテリーも風前のともしび状態の中、手探りでなおも電波を探しながらあちらこちらを見まわすが、この電波環境がわずかなバッテリーをも貪欲に食いつぶして行った。それにしても大理石の床のどこにもかしこにもホコリひとつないというのには驚嘆する。今さらながら、この完璧なまでの掃除に感動するばかりであった。挙動不審な私を見つけたのか、Kさんが声をかけて下さった。「あの・・・ファラオの発色ですけど」「ああ、ファラオですね」現実に戻る。いや、古代エジプトに戻る。「銅なんですよ」
2012.08.30
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それにしてもなんと長閑なところだろう。私はひとり、南館の中央ロビーでこの穏やかな空気を愉しむ。全面ガラスの向こうには教団の本部が山並みから見え隠れする位置にあった。空と山の狭間・・・そんなふうなところにあり、本部から見えるこの美術館もきっとそんなふうに見えるのだろう。そうだ、あの美学者にお礼のメールを入れておこう。そう思って携帯電話を開く。「ご紹介して下さった美術館に来ています。すばらしいところです。」当然のことながら圏外である。いや、このS社の電波環境がどうにもこうにも、なのである。以前も山中で遭難しかかった絶体絶命の肝心な時に‘圏外’であった。私はかすかな電波を求めて携帯を持った右手を挙げたり下げたりしていた。端から見ると、太極拳のようだったかもしれない。(美術館棟から見る本部。本部の左側がカリヨン塔。ガラスもとてもよく磨かれていて、ガラス越しの撮影とは思えないほど)
2012.08.29
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「ごちそうさまでした」レジで支払いを済ませる。黒いスーツがよく似合う背の高い若い男性が対応する。「あのぉ、こちらでは宗教上の理由でエビが入っていないのでしょうか」どれほどの執着だろう。自然農法の話をして下さる。途中から、胸ポケットのメモを取り出し説明して下さる。そんなたいそうな説明はいらないのに。きっと、上司からどのような質問にもきちんと答えよ、と言われているに違いない。メモ書きを見ても構わないから、と言われているに違いない。ひたむきさが感じられる。「ここにあるパンにも動物性油脂は使われていないのですか?」焼きたてのベーグルやフォカッチャなどが並べてあった。バターではなくオリーブ油だろう。「そうですね、こちらのクッキーにはバターが使われております。」先程、頂いたお蕎麦はこの信楽で栽培しているものではないが、ダシは鰹と昆布から取っているそうなので、完全な菜食が教義でもないらしい。おいしそうなクッキーを記念に買う。(オリジナル・ミックス・クッキー。抹茶・ピーナツ・チョコ・プレーン・胡麻の5種類が詰められている。バターのコクとしっかりした甘さで、とてもおいしい。税込300円。レストラン‘ピーチバレー’のみで販売)
2012.08.28
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やや遅めの昼食となる。お料理は今回、期待していたもののひとつである。自然農法で天塩に掛けて育てられた野菜、自家製調味料、こだわりの水で仕上げたメニューの数々。いろいろなブログを拝見しても、一様に「おいしい」というコメントがつけられている。狙いを定めていた‘天ぷら蕎麦’に挑む。美しく盛りつけられた天ぷらと温かいおだしのお蕎麦。一口すすると、だしは醤油ベースで関西風とは言い難い。信楽まで来ると名古屋に近くなるせいか、関東風のものになるのだろうか。しかし、だしの東西などどうでもよい。どれほど探しても、エビが見当たらないのである。エビだけではない。白身魚、いやホタテ、いや、およそシーフードといった蛋白源となるような具材は、盛り合わせの山をかき分けてみても見当たらなかった。これは痛い。やはり、精進料理と心得るべきか。魚介類を期待するほうが間違っているのだ。従って、ダシは昆布だしということか。 (MIHO MUSEUM HP より。これのお蕎麦を頂く。旬の野菜を揚げるのでこの画像の通りではない。)(信楽焼の箸置き。無釉薬で土の味わいがよく出ている。)
2012.08.27
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だれもいなくなったエジプト展示室で、私は今一度、ファラオに向かいひざまずく。「私は御身に仕えていたのでしょうか? このご縁はなんというものでしょうか?」 目だけはアラバスターを埋め込んだと言っていたKさん。それにしても、なんと哀しいまなざしだろう。3千年以上もこのアラバスターは何を見、何を思い巡らしてきたのだろう、そして今、何を。3千年を超えて存在している瞳の中に入れて頂いた私は、なんの記憶も持ち合わせていない。ただ、初めてお目にかかるこの果てた姿に静かな愛を寄せるのみであった。聖体のうちに潜むキリストを慰めるがごとく、しばしファラオと無言の時間をともにした。この現世ではもうないであろう沈黙の時間を。
2012.08.26
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「じゃあ、午後からはオリエントのほうにいますから、あとで見に来てね」「え?! リュトンを展示しているところ?」「そうよ。山猫のリュトンは、もう見たの?」「いえまだ・・・じつは、その山猫リュトン・・・」「すごいわよ~山猫の手がこんなふうにガッシリと鶏を掴んでいるんだから」 Kさんはゼスチャーを交えながら笑っている。これを奇跡と言わずなんと言おう。アメンホテプとリュトンは、今回、どうしても見ておきたい美術品だった。小山美秀子のようなKさんはガイドというより、もう私のスピリチュアルガイド、守護霊に等しかった。あと一日、ここへ来る日がずれていてもKさんには会えず、アメンホテプの発色を知ることもなかったのだ。「もちろん! ぜひ、後で解説してくださいね」 しかし、私が彼女からリュトンの話を聞くことは二度となかった。
2012.08.25
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ここで、トキの仲間であるイビスのことを少し語ろう。トキは東アジアに見られる鳥で、アフリカのイビスはまた別種である。トキというのは日本原産のトキにしても、なぜこうも軟弱なのだ? まったく、かわいさ余って憎さ百倍である。これがハヤブサの頭を持つホルス神のように、エジプト神話上の空想動物でもあったというなら私も憤ることはない。絶滅がある意味、自然界における自然淘汰だと信じ、種の発生に始まり進化の当然の結末であると個人的には考えている。しかしレッドデータに登録される生物は増え続けている。ヒト科ヒト属ヒトが絶滅危惧種となる日もきっと近い。悪いが私は、ヒトによる環境破壊を非難するつもりはなく緑豆団体でもない。ヒト生存のためには環境破壊も捕鯨もやむを得まいと思っている。始祖鳥が絶滅しようがイビスが絶滅しようが自然の摂理なのだ。ただやるせない。このかわいいイビスを見ていると「なぜもっとずぶとく生きなかったのだ」と叫びたくなるだけのことである。「ヒト以上に!」
2012.08.24
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その呟きが空中に消えるか消えないかという内に、もう次の驚きが突いて出た。「これは?!」 とても愛らしい鳥がいる。手のひらに乗る大きさ、クリーム色の躯がもったりすべらかで思わず手に取りたくなる。もちろんガラスケースには入っていないので、無意識下の行動には注意しなければならない。「イビスという鳥で19世紀までは存在していたんですよ」 アラバスター(石膏)の躯と青銅のくちばし。この異素材同士をいったいどんなふうにつなぎ合わせているのか。アロンなんとかという商品名の瞬間接着剤がひらめく。貧弱な思考である。しかし高度なエジプト王朝で「アロンなんとか」では、あまりにも軽薄だ。お手軽・軽薄なのは、この21世紀だけで上等なのだ。 (イビス像 MIHO MUSEUM HP より)(現在、生息しているオーストラリアンホワイトアイビス。くちばしの角度といい、羽の色といい、エジプトのイビスそのもの!‘オーストラリアのアニマル・ガイド’HPより )
2012.08.23
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さほど広くはないエジプトエリアで鑑賞していた何人かはすでに次のフロアに向かい、私たちだけとなった。ゆっくり歩みながらKさんの説明を聞き、納得しながらゆっくり歩む。「このファラオなんですけど・・・やっぱりラピスラズリを原料に混ぜ込んだものでしょうか?」再びアメンホテプの御前で立ち止まり、着色の由来を訊いてみた。「これは鉄か銅で発色させているんですよ」「ラピスラズリではないの?」「エジプトでラピスは取れないんです。アフガニスタンが産地ですから」‘エジプトの青’はすべてラピスだと信じていた私がいかに無知だったか。「鉄か銅・・・どっちだったんでしょうね・・・」
2012.08.22
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奇遇である。いえ、たまたまそういうことだっただけのことである。彼女の名は創始者の名に似ていたので、仮にKさんと呼ばせて頂く。月に一回、ここで解説しているとのこと。エジプトとオリエントが担当であること、等。「人から聞いて来たんですよ、ここが世界一の美術館だって・・・」「え~!! ありがとうございます!!」いたく喜んで下さった。私は聞いたことを伝えたまでである。そもそもエルミタージュもルーヴルもメトロポリタンも私は知らない。どこの美術館が世界一なのかは、世界の美術館を知っている人間だけが発言できるセリフである。そして私は彼女から、ついに驚愕の事実を耳にした。
2012.08.21
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説明の声が聞こえる。「手に持っているのがハスの花です」 ファラオに一礼し、声がするほうへ向かう。アルシノエのデコルテ周りにアクセントをつける柔らかい茎。その先にハス。ハス?ハスの葉ならいざ知らず、どうみても先程私を優しく迎えてくれたあの紅蓮華(ぐれんげ)ではない。品種違いか。そう思って調べるとエジプト原産のタイガー・ロータスであるように思われた。ハス科ではなくスイレン科のほうのハスである。いけない!植物のことになるとつい意地になってしまう・・・。そして見覚えのある彼女こそは!「あら、日傘を取って下さったかたでは?」そう。まさに今ここで解説している彼女こそ、JR石山からずっと一緒だった人物である。(「タイガーロータスの花」で検索するとそれらしい花が見られる)
2012.08.20
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しかし今はその説明を聞いている場合ではなかった。かの偉大なファラオが目前に。ああ、ついに時は成就した。畏れ多くもおそば近くへ走り寄る。大胆にも卑しい顔を近づけ、慇懃にもその尊顔をしかと見つめる。頭部だけだというのになんと威厳に満ちた迫力か。しかしながら、この憂い漂うまなざしは。もしも、このお姿が完全なままで出土されていたなら、ガラス製だということはわからなかったかもしれない。鼻の欠けざまが、石英であることを証明していた。人の手で彫り上げられた硬度5という硬さに、驚異を感じる。このような高度な技術は、マヤ文明の水晶ドクロのようなオーパーツにも似ていよう。ピラミッドを完成させた文明である。現代日本よりはるかに進んでいたかもしれない古代文明であった。(アメンホテプ3世 MIHO MUSEUM HPより)
2012.08.19
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さて。中央ロビーから直進すると等身大のアルシノエ2世妃が佇んでいた。ここがきっとファラオの間だ。それにしてもなんというなまめかしさ。同性でありながら目のやり場に困る。極薄の衣からは豊満な、とは言えないにしても形の整った乳房と尖った乳首、それにややふっくらとした下腹部が透けているではないか。否、正確に言うならバスト部分は露出させたような表現技巧である。センリョク岩のなめらかな彫刻が王妃の肌のキメをそっくりそのまま現わしていた。3人の子をもうけたといわれるが、これは出産を経験する前の身体だろうか・・・頭の中で(汗)やら(恥)のネット用語が飛び交い、私は自分自身で王妃の擁護に立ち回る。「ほら、エジプトって暑いから。もうこんなふうなスケスケの衣類でも仕方ないでしょ~!」すると学芸員が解説していた。無論、バストの大きさでもなければ乳首の固さでもない。あたりまえである。(南館エジプト常設展入口。正面にアルシノエ2世像。MIHO MUSEUM HPより画像引用)(アルシノエ 上半身。MIHO MUSEUM HPより画像引用)
2012.08.18
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勾玉である。べつにそれ自体は何のことはない。ところがこの一列に並んだ7つの勾玉、奇妙にも勾玉内部から光を発しまるで生きているような錯覚を覚える。とくに、右端の淡い翡翠色のガラスに純金が散りばめられた勾玉には生命力が宿されているのかと言うほどの、妖しい存在感に息を呑む。私は光源を探した。天井にも床にもどこにも見あたらなかった。スタッフの一人に訊ねる。「ええ、不思議に思われるかたも多いんです」透明の立方体の上に乗せられた勾玉は、その立方体の下部から光を当てているので光源が見えない仕組みになっているらしい。驚倒した。これはなんとしてでもカメラに納めたかったが、撮影禁止なのでそうもいかない。泣く泣く訊いた。「この写真は、ないのですか?」親切にもその人は隣のショップで聞いてくれている。この親身さは、いったいなんということだろう。
2012.08.17
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15周年の特別展は、時代や地域には関係なく「偉大な母」がテーマとなっている。今回、特別展だけでも3種類(他は「空想動物の世界」と「菩薩立像」)。それに古代エジプトからガンダーラ美術に至るまでの常設展と、それに加え、展示されていない収蔵品を合わせると、どれほど膨大な美術品がここに収められていることか。今はまだほんの入り口付近で私はその一部分を拝し、無邪気にもはしゃいでいるだけであった。それがここへ来て、にわか立ち止らざるを得ないものを目撃する。展示北館 夏期コレクション(抜粋)展示南館 夏期コレクション(抜粋) すべての解説は不可能なので、ここから ↑ お楽しみくださいませ。
2012.08.16
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開館15周年記念特別展。清涼感したたるお茶花でまずもてなされる。紺碧のガラスの夏茶碗に茶花。下方からの間接照明ですっきり仕上げられている。爽やかな気を一服頂戴し、いよいよ進む。暗い。ほのかに浮かび上がるヒエログリフや王妃のレリーフ、小山のイメージにつながるような平安期の女神像や菩薩像にいたるまで展示されている。それにしても照明の扱いが抜群である。しかも、展示品はガラスケースに入れられていない。正確に言うと、ケースに入っていないものは持ちだせないような大型のもので、ガラスごしに鑑賞できるものは比較的小さな王妃の装飾品などである。しかし、盗まれるとか触られるとか、もうそのような次元ではなく、小山の美への毅然とした精神と鑑賞者に対する母としての慈愛がそこかしこに轟いていた。見なさい!と。「美しいものを見なさい」小山美秀子(北館特別展入口の茶花)(特別展チラシ)
2012.08.15
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王宮の中は明るく清々しく開放的であった。映像で見たルーブルに、さすが似ている。無色透明のガラスを区切る天井屋根部分の梁が、直線美を展開する。真上近くの太陽がその光を大理石の床にまで落とし、ケヤキの一枚板のベンチに図形がいくつも綾なした。光の神による気まぐれなアートである。さて、ファラオの間がわからない。この中央ロビーから道は左右に分かれている。右の北館部分と左の南館。右に進むことにする。踊り場を上がり枯山水の中庭を目にし、さらに右に入ると、特別展であった。(一歩入ると、このように非常に気持ちのよい見晴らしが広がり、光に包まれる)(ケヤキの一枚板。長さ5メートル58センチ 幅98.5センチ 厚さ25センチの大型ベンチ)(専門用語では‘契り’というらしい。クサビのこと。蝶型の共の木材で亀裂が深まらないよう手が加えられ補修されている。この画像部分だけでも2か所。)
2012.08.14
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王の名はアメンホテプ3世(紀元前1386年 - 1349年、または紀元前1388年 - 1351年)。古代エジプト第18王朝の第9代ファラオである。即位名はネブマアトラー(真実の主はラーなり)。アメン神への信仰が篤かったと言われる。ああ、しかし、なぜファラオに会わねばならないのか。世に謎は多く、その因果は目には見えない。拙詩を第9代ファラオにたとえた、言いたい放題の美学者も美学者なら、それを真に受けるほうも方である。そしてその鍵は「ブルー」であった。つまりだ。かいつまんで言うと、我が拙き詩に青い風が吹いている、と評したのだ。そして、21世紀のこの地に君臨するアメンホテプ王こそ、青いファラオなのである。いかにも古代エジプトらしいブルーではないか。ツタンカーメンのマスクにラピスラズリと黄金が使われているように、青いファラオにもラピスラズリが使われていよう。そしてそれは驚くべきことに、ガラスを彫刻した青いファラオ像なのである。(美術館棟左横の青楓。爽やか。まるで「翠の風」である)
2012.08.13
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陶淵明の桃源郷だという。まさしく神慈秀明会の理念「美による感化」が具現された地。敷地内は、レセプション棟(インフォメーション・レストラン・ショップ)と美術品が展示されている美術館棟(喫茶・ショップ)の二棟に分かれている。その間、500メートル。歩けない距離ではないが、シャトルバスが用意され自由に往来できる。おもむろにそれに乗り込み異次元へつながるような緩やかな曲線を描くトンネルをくぐる。あきらかに外気温とは違うひんやりとした空気が心地よい。吊り橋を過ぎれば宮殿のような建物が見えた。夏休みだというのに人影はほとんどなく。ルーヴルのガラスピラミッドを手掛けたイオ・ミン・ペイ氏の建築を仰ぎ、はやる気持ちを抑え階段を昇る。エジプト王に謁見するためである。(シャトルバス内から見たトンネル。近未来的な不思議な空間である)(謁見への階段)(美術館棟前プラザ。短い吊り橋の先にトンネルが見える)
2012.08.12
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信楽町に到着する。運転手さんをいらだたせたようだ。5千円札ではバスに乗れないという。おつりを頂戴している間に、日傘のお礼をもう一度言おうとしていた人を見失った。この地をゆっくり歩む。焦っていたわりには、熱いアスファルトを踏みしめながら。そして、明るい開けた場所。優美な蓮の花がその‘うてな’をもたげ、レセプション棟のエントランスが訪れる人を歓待する。ミホミュージアム。神慈秀明会の創始者・小山美秀子の気宇壮大なコレクションである。今月でちょうど15周年だというのに、まるで新しい。信者さんぐらいしか訪れないのではないかというような僻地にあり、教団本部からもほど近い。宗教に抵抗がない私の好奇心が幸いした。(涼しげな鉢植えの蓮が訪れる人を優しく出迎える)(レセプション棟前の7人乗り電動シャトルバス)(レセプション棟入口)(噴水。この先がいよいよ美術館棟)
2012.08.11
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バスは、ずいぶん山奥まで入って行く。終点までの50分間。確かに地図で調べたときも、そこは秘境ともいうべき地だった。夏の山は鮮やかな木々の葉がとても美しい。まばらな乗客を乗せ、木洩れ日を受け、いつの間にか瀬田川から外れ、さらに登って行く。湖水は、南部にあるただ一つの瀬田川を辿り宇治川を経由し淀川から大阪湾へと流れ込む。琵琶湖を胃にたとえると瀬田川はちょうど十二指腸に当たる…以前、そのように教えてくれた人もいた。葉が煌めき、緑が透かされ、人影はなく、対向車もない。あの美学者も、タクシーでこの小径を駆け抜けたのだろう。思えば、私はいろいろな人たちからの影響を受けて、ここにいる。まどろんでいると、さまざまな思いが泡のように生じては消える。それにしても、このような奥地に美術館なるものが存在するのだろうか。いったい誰がこのような地を訪れよう?
2012.08.10
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とある人からの情報だった。「世界一の美術館だから」。なんて大げさな。しかし、そのような冗談を言うような人物ではなかった。美学に精通し、辛口で通っている人である。ならば、だ。一見の価値はあるだろう。私は琵琶湖の南部に降り立った。JR石山。次のバスまでは少し時間があった。タクシーにしようか。そう思ってバス停のベンチから立ち上がる。今日は開館から最終まで鑑賞するつもりなのに、時刻はすでに10時を回っていた。気がはやる。「傘、忘れてますよ」と日傘をさし出してくれた女性。「すみません」。呑気なようで短気なのだ。
2012.08.09
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甲子園球場で、今、流れている高校野球の応援歌‘アフリカン・シンフォニー’。ブラスバンド部員の健闘もなかなかです。炎天下では、金管楽器は非常に熱を帯びるので、音程がすぐに狂うのです。さて、この曲を耳にしたのは、じつは昨年、佐渡裕氏が中学生吹奏楽部総勢150名に楽曲指導しに来られた時です。リハーサルもなく、Tシャツ姿でいきなりホールに入って来られたかと思うと、これまたいきなり指揮棒を振られて。まあ、その身体の大きいことと言ったら!スポーツ選手のようでした。その時の指導曲目がこのアフリカン・シンフォニーだったんです。最初、一曲さらっと通されて、次にパートごとに的を得たアドバイスがあり、最後にもう一度、演奏があったんですが、最初と全く違ったそのメリハリ利いた演奏に指揮指導というのは凄いなと感動しました。すべての音を聞き分ける耳と、自分の中で完成された理想の曲が頭の中になければできないことです。曲が完成されて行く「途中経過」に立ち会え、とても勉強になりました。学生たちも大先生から直接指導頂く機会を得て、いい思い出になったと思います。(ベルリンフィル客演指揮者 佐渡裕氏 とってもアフリカン!←迫力満点ということ 2011.7.7)(ブラスバンド部150人。 右端が、身長187cm、靴のサイズ30センチの佐渡氏)(60歳目前にしてプロを目指された古市忠夫ゴルファー(映画‘ありがとう’の主人公となった)も来場、鑑賞されていました) ★ アフリカン・シンフォニー ←ここをクリックすると聴けます(佐渡裕&シエナ・ウインド・オーケストラ)
2012.08.08
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シイタケの栽培キットというのは、ホダ木もいらず、デコレーションケーキほどの大きさで、お値段もお手頃、キッチンで手軽に栽培できるものです。水を適度に掛けるだけで、これが結構、次から次へと収穫でき、新鮮な風味を味わえなかなかのお勧め品なのです。今回、発売されたのは、これの、なめこバージョン。朝のおみそ汁などに、手軽になめこを使えてなかなか便利、しかも雑貨店で手軽に手に入るというなら・・・違います、違いますって。これはなんと、今、はやりのアプリ、つまりなめこを増殖させて行くゲームなんです。そのゲームのキャラクターが、子供たちの間で人気なのだそう。一見、NTTドコモの景品である‘ドコモ茸’に似ているのですが、よく見ると、椎茸の傘の部分がないので、違うというのがわかります。それにしてもねーーー、まぎらわしいんですってば。何が「なめこ栽培キット」ですか。その「キット」という部分が‘いかにも’まぎらわしい。で、こんなことを小中学生の前でうっかり発言したら、もう白い眼差しを浴びること間違いナシですからね。中高年の家庭菜園好きの皆さんは、特にご注意ください。(なめこ栽培キットのキャラクター。「なめこ」ではなく「なめこ~キット」までが正式名称。なめこというより、「エリンギ」に見えるんですけどね)
2012.08.07
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ふと、あのツマミタケを思いだした。もう一度、連中の存在を確かめに行く。もう、すっかり干からびて見る影もなかった。植物(性)は、ついに勝利を感じた。こみあげてくる哂(わら)い。そして嘲哂いながら、足元の真砂土を靴のつま先で蹴った。ほじるように蹴って行った。と、足の動きが一瞬、静止する。まるで足のない人間のように、根は張っていなかった。根がない・・・。根を張らずにどうやって身体を支えるというのだ? 植物(性)は硬直し、蒼白となった。ただ痰のような白い粘液が広がるばかりであった。______菌糸。今まで口を閉ざしていたはずのやつらは、地中で一斉に哂っていた。
2012.08.06
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さらにめくるとガマの穂があった。茶色のフランクフルトが串にささったようなのがそれである。「そういえばガマも見かけなくなりましたよね…」子供の頃に見つけた時は、得体が知れず怖かった。「ガマ、コガマ、ヒメガマ。ガマには三種類あって、雄花と雌花の間がないのがヒメガマなんですね」因幡の素兎(しろうさぎ)は大国主命にガマの花粉(穂絮)を処方されたと伝えられているが、ガマの花粉には確かに薬効が認められるというのも興味深い。 ※ウサギが肌にまぶした蒲(ガマ)の穂絮(ほわた) 【穂黄(ほおう・がまのはな)】 池沼に自生するガマ科多年草ガマの花粉。血行をよくしてオケツを除き、沈痛・止血作用があるが、妊婦は内服を慎む。 ※こちらは別品種【香蒲(こうほ・めがま)】 池沼に自生するガマ科多年草ヒメガマの花粉。活血・おけつ除去・利尿作用がある。 (医心方 薬草考 第七巻 草部の上品の下より) 数年前にガマの自生地を発見。今回ブログにガマの画像をupできたらと行ってみたら、幸運にも1つ、雌花(ウインナーみたいなのがそれ)が見つかる。 花粉というのは雌花の先端部にある黄色い雄花部分(この画像では枯れている茶色部分)。これは稀少種のコガマである。2012.8.11
2012.08.05
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「これは?」「リンドウですな」今度はぶ厚い写真のファイルを見せてくださった。「園芸品種ではなくて…?!」驚く私を見て余裕の笑顔でいらっしゃる。リンドウは、竜胆(リュウタン)とよばれる生薬である。その写真を目で追う。まず、つぼみ。紫の花が咲く。枯れる。一連の経過が詳細に観察されている。もちろん枯れたところも観察対象である。「枯れた写真など珍しいですよねー。さすがですね、すばらしいです!」と言って次のページをめくった時、おたけびがあがった。リンドウはそこで終っておらず、サヤを伸ばし実を結んでいたのだ。上品に微笑む氏。研究者というものは、たしかに知りうる限りのどの研究者も皆、物静かだ。「最後の最後まで観察する」うめきながら、記した。【竜胆】リンドウ科多年草トウリンドウの根。 開花期に花の蕾を摘去し、春と秋に採掘して洗浄、晒し干す。屠蘇散の配合薬の一つで、解熱・健胃・利尿剤。(医心方 薬名考より抜粋)
2012.08.04
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時間の存在を忘れ延々とそのような話しが続き、もうすっかり学生気分であった。奥さまが恐縮にも何度もお茶を入れ替えて下さるが、貴重な書物を万が一つにも汚すわけにはいかないので、お茶菓子は視野に入れない。「これは・・・冬虫夏草?」「冬虫夏草はこんなふうに・・・」「おお、冬虫夏草を見つけられたのですか!」「はい」氏のほうも余裕綽々の笑顔で答えられ、来月、出版される校正刷りのもので説明して下さるのだ。ツマミタケに負けず劣らず不思議な姿の冬虫夏草を眺める。見つめる。覗きこむ。原稿は驚くべきことに、すべて丁寧な手書きである。なんという人だろう。氏こそ植物そのものではないか!これほどまでに、仲間を知りつくしているとは。※この場合の冬虫夏草は Cordyceps sinensis の、コウモリ蛾によるものではなくて、広義での冬虫夏草を指す。菌類。
2012.08.03
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「わあ、これ、ちよっと見てもいいですか?」書棚の書籍は、どれもこれも植物(性)を魅了した。ゆるゆると書物を引き出す、慎重に。「わあ!」植物(性)、人間の語彙に乏しい。氏はされど、そんなことには無頓着でいてくれた。「これをご覧になりますか」「わああ!」氏のほうでもあれこれご著書を出してくれ、ことこまやかに解説してくれるのだ。「椿の花は合弁花類と分類されていますがね、いまや離弁花類ですから」脳裏にポトリと落ちる椿の紅い一輪が浮かぶ。「へえぇ~」。これでは、わかっているのか、わかっていないのか、わかったものではない。合弁花類・・・双子葉植物で花弁が一体となっているもの。朝顔・桔梗・タンポポなど離弁花類・・・双子葉類で花弁が別れているもの。サクラ・ウメ・バラなど(ただしタンポポは集合花で、はなびらに見えるのは、ひとつずつの花が密集しているだけ)(藪椿は花びらの側面ではなく、前後で癒着しているから離弁花類に分類されている)もはやメモることは、追いついていない。たくさんの花がひとつになっているタンポポ? 時代によって分類が変わる椿?? 植物(性)の頭は完全に混乱していた。(あの‘非売品・絶版’のご著書を賜る。写真と解説が素晴らしい。もちろんサイン入り♪)
2012.08.02
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氏は南向きの明るい書斎に通して下さった。緑繁る庭に鬼百合が鮮やかである。朱色の鬼百合をこうして正座して眺めると、いっそう背丈が高い。よく整頓された書斎、眩しい鬼百合、勢いよく伸びる草むら、再びどんより曇ってきた天候。植物(性) には、なにもかもが心地よかった。「すごい!写真類の整理は大変でしょう!」こじんまりとした書斎部屋であったが、非常にきちんと整頓された数々の写真や整然と並ぶ多くのご著書に目を見張る。研究というのはまず以て整理と分類、これに尽きると感じ入る。どこぞの放縦な家とはまったくワケが違うではないか。ああ、このような乱雑な性格では、いくら自称「植物」であろうが植物研究など確実に無理。まずは性格改善からであった。‘整理と分類’ 肝に命じながら、ゆっくりと頭にメモる。
2012.08.01
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