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授業後、帰り際に男子生徒が「あしたの朝ごはん、何にしようかな~」と言うんです。まるで主婦のようではありませんか。「朝ごはんて・・・お母さんが作ってくれるん違うの~?」と私。「お母さんおらんから自分で作ってる!」というんです。しまった! 以前も別のクラスで「お母さんにこの手紙を渡して下さいね」と言ったとき「お母さん、おらーん」と言われたことがあったんです。以後、私の中では「お母さん」は禁句で「おうちのかた」というように慎重に言葉を選んでいたのですが。朝から手早くできるものと言えば、卵焼き? サラダ? おみそ汁は無理かな・・・。冷蔵庫の中に食材はある? 胸が詰るような男子生徒たちでした。それにしても、なぜ漁師町では離婚率が高いのか?しかも父子家庭・・・。
2012.09.30
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友人であるふみおさんの粋な計らいで、本田健さんの講演会に行くことになりました。このブログでもお二人は何度か登場しているように、健はふみおさんのメンターなんですね。講演内容である世界経済の動向より、作家になったとたん呼び捨てにされるとか、なぜか私はそういう雑談のみが頭に残ってしまうのですが、健はアメリカで徹底的にスピーチの練習をされたようでとても話し上手です。会場のお手伝いをされていたふみおさんも、あいかわらず爽やかすぎる笑顔でした。ありがとう! 帰り道、駅の方へ歩き出した私の真横にスルスルと止まったのが、運転手付きの高級車。健もなかなかだわ、こんな私のために粋な計らいをしてくれるわね~。というのは冗談で。誰? どんな実業家? ピカピカのベントレーで迎えをよこすなんて!と気になってチラチラ振り返りながら日本銀行大阪支店に熱いまなざしを注ぐ私のほうは、資本主義が破綻するより一足早く、お財布が破綻していたのでした。(綺麗に写せました! 円の流通量も魅力とはいえ、この明治建築にはうっとり。日銀横での迫力あるマジメな経済講演は、ヨシモト以上に笑いの渦)
2012.09.29
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いまどきの中学生の遊びといえばゲームですが、これが海に恵まれた地域になると釣りになります。中学生なので大きな声では言えませんが、彼らのアルバイトは‘なまこ釣り’。なまこというのはアメフラシのような、巨大なナメクジのような、ポン酢で食べるアレです。なまこの色には青・赤・黒とあるらしく、キロ500円で買い取ってくれるのだそう。一般的な黒色なまこは乾燥して韓国へも輸出すると、中学生から水産漁業を習いました。このほか稀に金色のなまこがいるらしく、こちらは1匹1500円だとか。「へえ~。なまこってそんなにいろんな種類があるの?! でも、1キロ500円だなんてお金にもならないでしょ」とロゼーテ先生。「いやいや、僕らにとっては500円の臨時収入は大きいんです!!」「それは何匹ぐらいなん?」「大小10匹ぐらいです!」 君ら・・・たくましいわ(涙)。勉強なんかできなくても立派に生きていけるから。
2012.09.28
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鴨野 葵、春日ふじ代、天満梅子、本宮さくら・・・これはタカラヅカの芸名ではなく、神楽のお稽古をしている私たちが勝手に名付けている愛称。ご神紋やご神花がキーワードになっています。先日、私が尊敬する梅子姉さんから愛らしい手ぬぐいを頂戴してしまいました。もちろん梅柄です。「梅子姉さん、お元気ですか? すてきな手ぬぐいを、ありがとうございました! 次回、4月には、ぜひまたご一緒に明治神宮でお稽古しましょうね。 ゆり子」 百合の名は、じつは、梅子姉さんと取りあいになったほど人気の高い愛称だったのですが、ご自分のお宮が天満宮なので、さすがに譲って下さいました(笑)。(大宰府天満宮の手ぬぐい)
2012.09.27
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「お骨上げは・・・お骨上げは2時半です」 暴風雨のさなか、固定電話からこんな内容のメッセージが携帯の留守電に残されていました。おこつ?! 誰のお骨だろう・・・。間違い電話? もし間違いならあまりにも不注意。もし、本当なら・・・。というわけで、真偽を確かめるために着歴から掛け直しました。「あの・・・。そちらは葬儀屋さんでしょうか?」 火葬場なのか誰なのか、まったく不明なので、 恐縮しながら、恐る恐るです。そしたら、支店がいくつもある料理屋さんだとか。「電話を掛けるときは、充分、気をつけて下さいね、‘おこつあげ’だなんて・・・」 カラアゲじゃないんですから。まったく縁起でもない(泣)
2012.09.26
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アイスと言うのは覚醒剤のことらしいです。〈 ネットに覚醒剤密売広告=看護師を逮捕-九州厚生局 - 「上質以外扱いません」などと書き込んでいたという。時事通信(10月2日) 〉 という記事がありました。それにしても、上質以外って・・・なかなかワガママなヤツですね。別に上等でも下等でも害毒は同じでしょうに。で、マネしてみたんですけど。どう? 密売広告に見えるかしら? おふざけが過ぎるかしら? 警視庁からお電話頂くかしら? こういうのって関西弁で「いちびり」って言うんですって! いったい、何を‘ちびる’のかしら?(爆) ・・・あ、取り締まりが入ったら、もち、報告しますね ♪
2012.09.25
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井村屋のロングセラー‘たまごアイス’がなくなったというニュースが飛び込んできました。大人ですから、たまごアイスがなくなろうと困りはしませんが、子供の頃から親しんでいたゴム入りアイスなので、やはりちょっと残念。聞けば、中身が飛び出すというクレームが殺到したのだそう。しかし・・・あれは飛び出す瞬間を上手に吸い取って食べるのが楽しいのであって、勘違いもはなはだしいところ。中身が飛び出して困るなら、カップ入りのアイスを食べればいいのです。さっそく、製造中止反対のクレームを出さなきゃ(笑)
2012.09.24
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北投石とは、世界広しといえども、いまだ、台湾と秋田県の玉川温泉でしか発見されていないラジウム石のこと。めのうのような縞模様が特徴です。胃カメラ撮影の際に飲む、‘バリウム’が含まれているそうです。この石の仲間には、同じく硫酸バリウムでできた‘砂漠のバラ(重晶石)’がありますが、そちらはラジウムが放出されないので鑑賞用。北投石をこんなふうに包んでいると、本当に掌がジンジンしてきました。ラジウム効果なのでしょう。(北投石)
2012.09.23
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その海藻は、夫婦岩の沖合700mの海中に鎮まる猿田彦大神の霊石と伝えられる‘興玉神石(おきたましんせき)’の辺りから収穫されます。ナギ、麻、オガタマ、榊といった植物は霊木として聞きますが、海藻というのは・・・(笑)、ちょっと初耳。アマモは無垢塩草(むくしおくさ)とか藻塩草と呼ばれ、短歌にも登場します。植物好きの私は、このお守りの「押し花」のような状態が気に入って額に入れて標本扱いにしていますが、お風呂に入れて清めに使ってもいいそうです。海藻ですからね、食べてもいいとは思います。(笑)藻塩草かくともつきじ君が代の数によみおく和歌の浦波 (源 家長)朝凪にあまの刈るてふ藻塩草たくや釜戸の関といふらん (足利義満)(無垢塩草。ワカメのミニチュア版という感じ)
2012.09.22
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伊勢の二見ケ浦は夫婦岩で有名な景勝地ですが、倭姫命が天照大神を祀る際に立ち寄った場所がこの浜であり、禊の聖地とされています。神宮にお参りする時は、ここで禊をするのが正式だそう。夫婦岩を祀る二見興玉神社では夏至の日の出とともに禊の神事が行なわれ、希望者は海水に入り、夫婦岩の中央から登る太陽を拝むことができます。みそぎはらえの、祓えの方も特有で、普通はヌサでお祓いをしますが、こちらではアマモという海藻を御幣のように束ねてお祓いをします。(二見興玉神社境内から拝む夫婦岩)(夫婦岩。年に3回、綱を張り替える神事があり、この日はその前日)
2012.09.21
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今年は古事記編纂1300年ということで各地で記念行事が行われており、私もいくつか参加させて頂きました。今回、三上博史さんをお招きしての古事記の語りは、初代・神武天皇が大和入りするまでのいちばん好まれる場面。NHK大河ドラマのテーマ曲でも演奏されている第一人者、田中之雄さんの琵琶演奏をバックに滔々と語られました。琵琶を目の当たりにするのは初めてでしたが、思った以上にこの楽器は大きく、西洋のリュートほどの大きさなのですがギターのようなリュートより、お腹にズシリと響く音です。邦楽がわからない私でももう感動するばかりで、有名な俳優さん(?)は・・・私の中でどっかへぶっとんでいました。 (語りに先立ち、紋付き羽織袴で神事に参加された三上博史さん)・・・そういえば、琵琶はチェンバロと同じ撥弦楽器ですね。
2012.09.20
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祈祷殿・神楽殿の中は薄暗く涼しく、ここでも鼻腔をくすぐるヒノキの香りに緊張し、柔らかなぼんぼりの光が魂をそっと包んでくれます。御守り授与所などの外巫女さんは濃色(こきいろ)の切袴ですが、祈祷殿・神楽殿で奉仕される内巫女さんは緋色の長袴。足元を蹴りながら進む様子は、ちょっぴりコツがいりそう。静寂と神々しさに充ち満ちた空間に長袴の絹擦れの音が響くと、気持ちはいっそう改まります。神宮は出雲と違って二拝二拍手一拝で良いのですが、神職さんは四拍手四拍手一拍手の八開手(やひらで)という特殊な拝をされます。ご祈祷料 5000円~50万円ちなみに50万という最高額の神楽奉納の内容は、倭舞(女舞)+ 人長舞(男舞)+ 舞楽2種(蘭陵王・納曽利)(待合場所から見た神楽殿)(カワラケは一枚一枚すべて手びねり。お神酒を頂いた後は持ち帰ります。撤饌の一つであるお塩は、カトリック教会のホスチアみたいなウェハースのような円形状。)
2012.09.19
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とくに自分から希望したわけではないのですが、伊勢神宮に行くことになりました。内宮は子供の頃に行ったきり。それが今回は、まるで天照大神様からご招待されたかのように何から何まで段取りが用意されていたのです。日差しの厳しい午後、玉砂利を踏みしめ、そこかしこから漂うヒノキの香りにドキリとしながらご正殿に向かいます。一陣の風が白い帳(とばり)をふわりと持ちあげ、かしこくもかけまき玉垣の内側をおろがむことができました。(宇治橋から五十鈴川上流を臨む。木除杭が目につく)(正宮正面)
2012.09.18
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夏場のさっぱりとした‘冷やそうめん’、冬場の温かい‘にゅうめん’・・・。同じ麺類でも、うどんやお蕎麦より繊細で、ラーメンほどコッテリしてない‘おそうめん’が私は大好き。奈良に来た時は「絶対、本場の三輪そうめんを食べる!」と勇んでインターチェンジを降りるのですが、なぜか、おそうめんにはありつけません。老舗の‘三輪そうめん山本’ も午後4時には閉店ですし。三輪あたりは小さな町なので、その辺の喫茶店でもなぜかメニューにおそうめんがあったりして「お!」と思うのですが、いざ、そういうところで注文してみると大葉の刻み方が乱雑だったりと、どうにもあの繊細で上品な‘おそうめん’が表現しきれていないのです。ところが大神神社の一歩、通りを入ったところで新たにおそうめん屋さんを発見。どっしりと風格ある門構えは武家屋敷のようではありませんか。「これは!」と思いました。しかし・・・今回もやはり、おそうめんにはありつけません。今から‘おいしい直会’を控え、‘おいしいおそうめん’を頂くわけには・・・。(泣)(そうめん處 森正 HPより引用)
2012.09.17
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4月の鎮花祭では、荒魂の神様に薬草であるスイカズラとユリを供えます。疫病をまき散らす神様であると同時にそれを鎮めることができる神様でもあるから。ユリの花は古事記では「さい」と呼ばれていたようですが、狭井のお宮はこれに因むよう。また「さ」という言葉には「神の尊い」という意味もあり「尊い井戸」という意味も。天満宮では梅がご神花であるように、こちらでは笹百合(ヤマユリ)がご神花。また供花である甘い香りのスイカズラはツル性常緑樹で蕾・茎葉とでそれぞれに薬効が違い、茶碗蒸しに入れるユリ根は滋養強壮、利尿、鎮咳に。そして、くすり道の終点は薬井戸。お社の奥の井戸から汲むことができるこの霊泉は誰でも持ち帰ることができ、醸造家や製薬業社からも大切にされてきました。まあこの献灯の数をみれば・・・その御寄進の額もハンパではないということですね(笑)。(夕闇迫る頃。献灯には有名な製薬会社の名前が連なっていて驚く)(昨年6月のブログにも登場した薬井戸。こちらの方が高画素。)
2012.09.16
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塩野義製薬さんとニプロファーマ(元・菱山製薬)さんのお二方の発案で出来上がったのが、この大神神社から狭井(さい)神社へと続く‘薬草通り’。道の傍らに薬草薬木が植えられ、ちょっとした植物園風になっています。大神神社はご神体が三輪山、主祭神が大物主大神。隣の狭井神社は狭井坐大神荒魂(さいにますおおみわあらみたま)神社ともいい、主祭神は大神荒魂神(おおみわあらみたまのかみ)、つまり同じ神様の和魂と荒魂であり、2種類の性格(属性)をお祀りされているお宮なのです。(くすり道の石碑「久すり道」)(これはメグスリノキと呼ばれるカエデ科の落葉高木。国内のみ自生。眼病の予防・視神経活性化・肝機能の改善に樹皮を煎じて服用。煎じ薬はその名の通り点眼薬になる)
2012.09.15
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十二単から裃にいたるまで、およそ着付けというものはたいてい出来るほど和装には詳しいほうだったのですが、この、ふんどしに限っては、あら?と思いました。禊の時に女性は白衣ですが、男性はふんどし一丁なんです。ふんどしは晒し木綿から作られていて、紐の部分と晒し部分とでパーツ構成されているようですが、一見、シンプルに見えてじつは、後ろから前なのか前から後ろなのか、割れ目の食い込み部分はどのような力加減で食い込ませるのか、前で包む部分はどのように袋状にするのか・・・まあ、じろじろ見る訳にもいかず・・・禊行の最中でも、もっともな疑問というものは発生するわけです。
2012.09.14
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神道の集まりや神楽のお稽古の式では、国旗掲揚・国旗降納があったり、君が代を斉唱したりすることがあります。普段、君が代を歌う機会なんて、学校関係者が卒業式で歌うこと以外、ないのではないでしょうか? 私にとっても、結構新鮮。つい、おなかの底から発声してしまうのは、いいとしても・・・君が代というのは、かなり音程の低いところから始まるので、ソプラノである私にはちょっと厳しいものがあります(苦笑)。いっそ、混声4部合唱とかに編曲していただけません?
2012.09.13
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みそぎとは霊的に身体を清めることですが、「身を削ぐ」という言葉に由来します。滝場や川辺、桶に水を貯めてかぶる方法などいろいろありますが、いずれにしても、現在、神社などで行なわれているのは明治から昭和にかけて活躍した神道家・川面凡児(かわつらぼんじ)(1862-1929) が伝えたもの。修行に修行を重ね、仙人のような人だったようです。さて、水行は真冬に行なわれる場合もありますが、夏場の禊が劣るというものではありません。某神宮での禊は、ひぐらしの鳴く夕べと、日の出が木々の間からこぼれる早朝、祓戸大神の御前で冷たい水に身を浸し大祓を唱えます。その清々しさといったら! (プール風の、御影石でできた禊場と祓を司どる祓戸大神のお社)(こんな感じです。おっと、これはハ・ジオン様でした…笑)
2012.09.12
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太陽はさらに高度を下げ、赤みを帯びた熱風がかすかにそよぐ。まるで遠い日のエジプトのような黄昏であった。斜めからの希少な光線によりシャッターチャンスはいくつも訪れるが、何も手元には残せず、来た時よりも熱せられたアスファルトを孤独に歩むのみである。美しく儚い現象は心には無関心であり、心だけがむなしく陽を追う。時間の流れに取り残されそうになった意思は、これら神々しい瞬間瞬間を二度と再現されない二つの水晶体の奥に焼き、やがて、この山あいから静かに消えた。「美しいものを見なさい。美しいものは人々にエネルギーを与える。」「自分のことだけじゃだめ。世界のことを考えなくちゃ。」 小山美秀子2012.7.27(金)
2012.09.11
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カリオンが鳴っている。5時だろうか。機能を果たさない携帯電話のせいで、時間さえ確認できない。気安く、名前も知らない‘友’に声を掛ける。「今、何時でしょうか?」「5時10分前です」・・・ということは、山の向こうから流している鐘の音(ね)ではない。「このカリオンは放送?」「そうなんですよ」‘夕焼け小焼け’のメロディが館内にきらきらと鳴り輝く。A・B・C・E・F・A のヨナ抜き短音階であるこの曲は、5つのベルのみを使用して奏でることができるものである。出口の扉の向こうには電気自動車が待機していた。家族連れの後ろに乗り込み、シャングリラの宮殿を後にする。(電気自動車の待合から天井をのぞく)
2012.09.10
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それにしてもどうだろう、この山猫と鶏は。私を忘我の境地へと誘(いざな)わせる。しかと捕らえ、しかと捕らえられた逃れようのない死の瞬間。鶏の甲高い断末魔の叫びと険しい目つきの山猫の咆哮による虚空での反響。もはや逃れようのない最期の刹那を、こうも形にとどめおくことができるものであろうか。息を呑んで見つめる。いつしか私は鶏であった。世にも幸福な鶏は、同時に、勝利に叫ぶ山猫となった。私は幸いなるリュトンになり、動物本能を究極にまで昇華させた聖なるリュトンの作者であった。(羽根部分 金メッキ)(顔部分 本体ともに銀製)
2012.09.09
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羽根には夢がある。地元のニケ像のことを少し語ろう。樹齢何千年かというユーカリの大木を囲む市民公園には、サモトラケのニケ像があった。青芝やオリーブが生える南欧風の広場に白いニケ像はあまりにもふさわしく、晴れた日にはイーゼルを立てる人が後を絶たなかった。それが、土台がゆるいというのでわずか数年で撤去となり、土台を修理するのかと思えば、無名の人による前衛的なオブジェに替わったときにはあいた口がふさがらなかった。市民のための公園でありながら、市民にはまったく無断で行なわれた役所仕事に誰もが憤慨した、という夢のない話である。羽根はまた、聖母マリアへの受胎を告げた天使ガブリエルのそれをも思いおこさせる。人間が所有するものではなく、鳥類と天使だけが持つ肉体の一部。私にとっての羽根は、ガブリエル、ニケ、山猫リュトンの鶏へと続くものであり、憧れと希望へ飛翔するためのわが精神の一部であった。(サモトラケ島 出土 勝利女神ニーケー 紀元前2世紀)(受胎告知 ミケランジェロ)
2012.09.08
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鶏をくわえる山猫型リュトンはHPで拝見して以来、眼を奪われた作品であった。それが今、超然と目の前に存在している。Kさんが教えてくれたように、山猫の爪は鋭く、鶏の羽は今にも飛び散りそうであった。しかし、謎の多いリュトンを前に、ここには誰ひとりいない。Kさん・・・頼りになるはずの彼女が見あたらない。訊けば、3時半で帰られたとのことだった。ああ、それは電波がつかまえられず、ようやく送信完了となった時刻である。申し訳なく無念であった。仕方がない。観念した私はたったひとりでこのリュトンに挑む。食い入るように、舐めるように、ガラスケースの周りをへばりつつ廻る。山猫と鶏は絶世の美しさであり、あまりにも激しい表情であった。(鶏をくわえる山猫型リュトン MIHO MUSEUM HP より)
2012.09.07
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リュトン。なんと優美な響きだろう。「流れる」という意味を持つこの器は、動物のツノを模した流れるようなラインが美しい。ツノ笛から花束がこぼれる絵を昔どこかで見て以来、角杯には遠い日の、魂に転写されたような憧憬があった。そのツノ型酒器が、宗教儀式として使われていたのだという。古代ローマ__当時は多神教であったが__キリスト経が確立される前のことで、ローマ教の典礼は今に伝わってはいない。上部の広口からワインを注ぎ、下部の小さな注ぎ口から注ぐ、なぜか安定感がまったく考慮されてないリュトンは、つまり、二人がかりで使用されたと思われる。つまり、ひとりがリュトン本体を支え、注ぎ口を指で塞ぎ、もうひとりがワインを注ぎ入れたのではなかろうか。コルクで塞いだりしたのではないだろう。リュトンにワインを流し通すことによって、ワインは神聖なものへと変化したといわれているが、どうにも謎が多い。(牡鹿型リュトン 青銅製 上部からワインを入れ、鹿の胸部分から何かへ注いだらしい MIHO MUSEUM HP より)
2012.09.06
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古民家にも行ってみたかったし、茶室をそこはかとなく彷彿させるような、展示品であるはずの須恵器や徳利への野花のあしらいが、掛け軸の前で佇んでいるさまにも好感が持てた。草花をもたげた、いにしえの器があちらこちらで息を吹き返しているのだ。そして鐘の音。「カリヨン・・・聞いてみたいものですね・・・。閉館までいれば、5時のカリヨン、聞こえるかしら?」音楽、美術、建築、あらゆる芸術が結集されているかのようなミホミュージアム。傾き始めた太陽をちらと見、ここでの許された時間があまり残されていないことを認める。 (こだわりの水のもてなしも、また茶道の精神か。オーガニックを感じさせる茶色の紙コップが置かれたウォータークーラーが館内で目につく)
2012.09.05
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「ここはね、世界一の美術館だと聞いてやってきたんですよ~」「ありがとうございますっ!!」二言目には、私もコレである。この決め台詞を出すと、もうどのスタッフも目を輝かせて喜んで下さる。だが決して私は調子に乗っているわけではない。聞いたことを、ただそのままに、オウム返しに伝えているだけなのである。笑顔の似合う、やや恥ずかしげに話す青年とおしゃべりが弾む。この山を少し下ったところに秀明自然農法の畑と古民家があること。創立者は武者小路千家に造詣が深かったこと。7時・12時・17時にカリヨンの音色があの山の向こうから流れてくること。美術館で宗教の話はご法度だと言われているらしいのに「まあ、いいじゃないの、教えて♪」と言って、ご本尊が観世音菩薩だということまで聞き出してしまった。
2012.09.04
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どんな味だろう。「どんなお味なんですか」ショップのスタッフに訊いてみる。「フルーティですよ、すごく」「おいしそう! 飲まれたんですね?!」「ええ、まあ、割り勘で」「わりかん??」あぁ、その手があったのか。「今度、割り勘にする時は仲間に入れてください!」「いいですよー」「やった!!」すでに、ここの誰とも友だちだった。スタッフの平均年齢は若く、どの人も気さくな感じなのだ。しかし、750mℓをいったい何人で割るというのか。10人で割ったとしても75mℓ 5000円のワインだ。私のほうは、もうこの300円のクッキーでも充分、楽しみであった。300円であろうが5万円であろうが、秀明自然農法の理念に基づいて作られたものに変わりはないのである。(スイス式結晶分析法によるグランダーマ2008の結晶写真 MIHO MUSEUM HP より)
2012.09.03
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送信完了。なにかの拍子に電波を拾ったのだろう。しかし、この送信とともにバッテリーは皆無となった。もう写真は撮れず、緊急連絡があろうとなかろうと、一切通信不能となった。このような‘やる気のなさ’で、私は果たしてファラオの広報部といえるのだろうか。ここからは画像に頼ることはできず、伝達の手段は文字だけが勝負となる。冷たい大理石の壁にもたれ、一呼吸入れる。ふらりと、ショップを覗いてみた。創立者の書籍を始め、展示品にゆかりのある雑貨や絵葉書、過去の図録など興味深いものが並んでいる。その中でも最高値をつける商品があった。GRANDAMA(グランダーマ)50,000円。赤ワインである。(電波状況の悪いロビー付近。吹き抜けの2階部分から眺める。ディオニソスのモザイク 352×357 センチ シリア出土)
2012.09.02
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ここで、エジプト美術に使われる青色について、少しさらっておこうと思う。まず、もっともポピュラーなツタンカーメンのマスクに使われている黄金とラピスラズリの青。瑠璃とも言うラピスラズリは群青色のことであり、エジプトでは採掘されず高価な舶来宝飾品であったこと。主成分である青金石の中に、鉄と硫黄からできた黄鉄鉱が含まれるため、星が散りばめられたような夜空の印象がある。聖なる石、叡智の石とされ、現代ではサファイアとともに9月の誕生石とされている。このラピスラズリから精製された青は、ウルトラマリンと呼ばれる顔料になる。後世、「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」を描いた画家フェルメールは、その輝度の高さを好み「フェルメールブルー」として誰もが知るところとなった。次に、エジプシャンブルーという顔料がある。銅鉱石+石英+アルカリ水溶液によって合成されるが、こちらは天然品ではないため、ずっとお手頃価格である。そして同じく銅で発色させた、あのガラスの頭部…。エジプト人がこんなにも青好きなのは、ナイルであり天空であり、それが命の色だからである。 古代エジプト第18王朝のファラオ(在位:紀元前1333年頃 - 紀元前1324年頃)、トゥト・アンク・アメン(Tut-ankh-amen)。(3000年後、ラピスラズリの扱いはこのように変わる)
2012.09.01
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