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まだまだ本調子にはいきませんがそろそろと週末には枚方の路上で機嫌良く缶ビールでも煽りながら調子良く絵でも売ろうと思います。絵を描くのも本来の半分くらいの時間に抑えつつも、どうにかやっていけそうですし、来週末くらいにはどこぞに一人ぶらっと呑みに行こうかなぁと待ち遠しい限りです。何だか二ヶ月間近くほとんど自宅で回復に努めてたので、どうにもそれなりにじっくりと多くの事を考える時間があったもので、そんな中ちょいと大人しい人間になったような気がします。と、言うよりも穏やかな心持ちが加速された感じなのかな。もう過去はこの僕の現実を脅かすものでも成り得なく、目の前の今のその瞬間、瞬間を大切に噛み締めたいそんな心境です。で、もうちょい調子良くなったら、もう少し枚方ばかりではなく(調子悪いから行動範囲は枚方ばかりでした。)あちこちと足を運んで色んな事を楽しみたいですね。絵の個展に行ったり、映画を観に行ったり、服を買いに行ったり、小物を見に行ったり、スニーカーを眺めに行ったり、(スニーカーは買い始めたら馬鹿みたいに買い漁るから買わない。)それ以外でも今までに無いそんなもんの多くに興味を持ち足を運びたくそう思います。なるべくアート的なもんに関心を持ち楽しみたいですね。けれども、ほんともうそんなに言う程には怒る事はねぇや、、、後は心自由に、どう生きるかってなもんで、今の自分に導かせてくれた数々の苦痛にありがとうってなとこです。
2011.11.28
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やっと少しずつながらも絵を描けるようになってきました。やっぱ絵を描いてない事にはどうにも自分と言う気がしないので機嫌良く思います。路上の絵売りはまだもう少し無理そうなので、どうにか来週末くらいには出来るようにしたいようなぁとそう思ってます。絵を売りながら缶ビール、もしくはミニボトルのウィスキーを煽り、知り合った誰かや、その時に出会った誰かと会話をしたり、わいわいと楽しく戯れるのが好きなので、そしてそうした時間を過ごす自分が絵を描いてる行為と同じく、自分だと感じる事が出来るのでそうした自分が見つけた貴重な時間の過ごし方と言うものを早く取り戻したいもんです。けれども、なんだか僕はますます怒らない人間になってきてるようです。もうちょっとやそっとの事では切れないそんなとこです。内面が大きく変わってきたのかもしれません。心が落ち着いたというのかなんなのか、ずっと静かで穏やと平穏ですね。ただ、まんまの自分で気楽に楽観的にしてれば、自分が自分としてただそれを普通に受け入れて生きていければそれにこした事がないように思えます。まぁ納得信念にそぐわなければ充分と人が驚く程にぶち切れるかもしれませんが、そんな自分で上等にも思えます。譲れる事と譲れない事への優先順位と言うものが自分なりにやっと分かってきたのかもしれませんね。人を見下す行為。弱い者をおちょくりからかう事。仲間を思いやらない行為。妬み、嫉妬からへのあからさまな敵意。そこいらには唐突に前触れ無くぶち切れるかもしれませんが、それはそれでよしってなもんです。けれども、心の平穏を得た事は素敵なもんですね。ものの捉え方、感じ方がまったくと全然と違ってくるもんです。やっと人に優しく出来そうです、、、散々と人からはそうだと言われてきたもんですが、どうにもあんまよく分からなかったのですが、多くの事を体感、経験してその優しさと言う答えに辿りつけたように感じます。その自分なりに見つけた答えは自分なりと気に入ってます。見つけれた事を幸運と思うと共に、僕に関わり痛い程に多くを学ばせてくれた全ての人にただただた感謝の気持ちで一杯です。良い奴だった者も、胸くそ悪かった奴も、愛おしく感じた者も、不快な者もも、その全てを含めたその全ての人に俺と出会ってくれてありがとうとしたそんな心境です。その一つ、一つが感情乏しく何もなかったこの自分に多くの感情に心を育み、喜んだり、悲しんだり、寂しかったり、嬉しかったり、泣いたり、笑ったりと、ぎこちなくともそう出来るようになり、てめぇら皆、随分とくそったれで、けれども愛おしくてしょうがなかった、、、そいつに尽きます、、、、で、多くを知り、魂は解放された、、、誰彼、人の命に感謝します、、、
2011.11.24
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やっとどうにか腰の具合は8.5割回復した調子です。まだ路上での絵売りは無理ですが、そろそろとあまり長時間でなければ絵の方は描けそうなので、頼まれ事の絵をそろそろと描こうと思います。それてと再来週くらいにはどこぞのバーでお酒でも飲みに行こうかなぁと思ってたりもします。どうもお酒を飲むと感覚が麻痺するもんだからどうせ酒が大量に入ればぶらぶらと調子にのるのは目にみえてる事のなので今はまだ我慢です。けれども、今年はよくよく考えれば自分なりに色々とあったように思います。なんだか僕の毒と言う毒の全て流れ落ち浄化されたそんな気分です。そして後に残るのは信念と体感、経験、そして心の財産ってなもんですね。フォレストガンプでのダン中尉みたいなとこです。年がら年中、何時でもいらつき怒ってて、常に不機嫌と機嫌が良い事なんて早々になく、ひょんな拍子でぶち切れたり、人には無表情、飲んだくれと言われたもんで、そりゃぁ感情と言う感情が乏しく自分には何も無かったのだから、(善い心)そいつはしょうがなかったもんで、それでもあるのは人とは呼べやしない如何わしいもんな限りでだからこそ今の心を僕は僕なりに気に入ってます。ウォーズマンの名言を使わせて貰えば、オモイヤリ+ヤサシサ+アイジョウ=人を許す気持ちがこの僕の行き着いた感情、心ですね。赦しってなもんです。根本の核にある根深い暗闇の底にある呪いとも言えるその気持ちから連なるとてもでは許せやしなかったその心を解き放ちそいつを赦せば、全てのささやかな事で怒ってた物事の多くはもう怒り憎しむべきものではなくなり、本当は持ち合わせてたであろう多くの恐れから包み隠し無いものととした多くの感情と言う感情が溢れ出し、喜んだり、泣いたり、幸せを感じれたり、安堵感を得れたり、人を好きになる心が芽生えたりとするもんで、それでも何かが諦めきれず、無理やり強引に自身の命にその多くを注ぎ込みこれまでやってきて良かったと心からそう思えます。恐れからもう、人を好きではない振りをするのは終わりを告げたんだよな、、、
2011.11.17
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なかなかと調子の方は戻りませんが、そろそろと来週くらいから、せめて二時間くらいは絵を描いてみようと思います。お酒も絵も無しの一ヶ月近くはどうにも気を紛らせるもんがなく、ポテトチィプスにチョコフレークにアイスを毎日食べてる始末です。お菓子と海外ドラマとゲームが恥ずかしい限りですが今んとこ僕の全てに成り得てるのが可笑しいです。それとこの前DVDをレンタルしに行ったら、何だかホスト風の二枚目の男の人が海外ドラマの同じシリーズを二十本近く借り、店員に抜けてる巻数の確認をしてたり、やたらとそのドラマにはまってる風なので、やっぱ人がやたらとはまってるものと言うものは人のさがとしてやたらと気になるもんで、そんなにも面白いのならばと、もうこれ以上は恋愛ドラマは観るつもりはなかったのですが、試しにゴシップガールと言うドラマを一本だけ借りて、しかし直ぐに観る気はしなくデーターだけをバックアップして半月くらいそのままだったのですが、(パッケージジャケットにタイトルからして本来の僕では絶対に受け付けない感じのもん)最近ちょいと見てみたら案外面白く、十日程で七巻くらいまで観てしまいました。で、主人公のセリーナとダンの仲の良さやら、互いが正直にいようとしてるとこに、自然体の付き合いに、それにとても幸せそうなその触れ合いがあまりに、微笑ましくキラキラと輝く宝石のように綺麗なもんに見えて、昨日はそのゴシップガールを観て三度程、涙が毀れてたそんな始末の僕です。もしかしたら、女の人との付き合いでこの僕に欠けてる事はそうした事なんだろうなぁと感じながら鑑賞してる調子です。それと、とうとうあまりに呑んでないので、夢で生ビールを美味しくいっき呑みして機嫌良くしてるのと、絵を描きたい欲求強く、繊細に細筆で墨汁絵を描いてる夢を見てしまってる感じです。あと、歌を聞かせてくれた子に猫好きの子の夢をしょっちゅう見てます。それだけ潜在意識にあるその証拠かもしれませんね。それはとても良い事なのだとそう受け止めたく感じてる次第です。心あったその証明に成り得ますもんね。
2011.11.11
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まだ腰の方が回復しないので、今出来てる事は、短時間のバイトに海外ドラマを観てゲームをする事ぐらいだけです。お酒の方も、もう一ヶ月程近く呑んでないかんじです。流石に絵を描く事も、絵を売る事も出来ない事が少々つらくも感じできました。やっぱそれが僕のアイデンティティーなので、早くまたそれらがこなせるようになるのを心待ちにしてます。けれども絵売りはともかく絵を描く事がまた僕のアイデンティティーに成り得たのは十九の頃以来ではないでしょうか。二十代は丸々、人との関係作り、路上の絵売り、生き方、己の内面への決着へとそれらに費やしてたもんで、何だか喜ばしく思えます。来年は絵の個展を観に行ったり、画集収集に絵を購入したり、それに大掛かりにキャンパスに絵を描いてみたりもしようかなぁとそんな感じの事を思ってます。実は僕はイラスト的なもんを描いてる中で、ウェルカムボード、カタログのイラスト、パンフレットのイラスト、似顔絵、フライヤー、DMデザイン、個人用イラストというものをこなしてるもんで、決してアーティスト、アート的な事へは皆無と、自分はそれとは違うと思ってるので、だからこそ、そうした事(キャンパスに絵を描く)に興味は無かったのですが、何だかこの頃はそうした事をしたく、だから腰の状態も良くして来年はそんなアート的な事に挑戦してぇよなぁと思うと同時に、もしくは墨汁絵で和風的なもんを描いてみたいようにも感じてます。なんか、この五、六年の月日での出来事、もしくは絵売りから始まった多くの出来事にやっと気持ちの上で決着でき、その全てを受け入れれたので、なんだか今から始まるまっさらな人間、真っ白な紙用紙みたいなもんで、日々の生き方、人との関わりに触れ合いへの描き方もまたこれからの自分の心、魂からへと連なるもんで、なんやかんやと色々と全てが目新しく新鮮な心持です。生まれ持った資質に生まれに環境からと、己が果たして善人なのか、悪人なのかで揺れ動き随分と苦しんでもきましたが、どうやら僕の魂は解放されたように思います。良くも悪くもただ僕は僕なだけで、そこから多くの経験からと、見たいもの、見たくないものを、喜びから苦しみへとそれらの感じたその感情、心が導き出すてめぇの意思が彩りてめぇを形作るもんで、その果てに、そう色々ととことんと気が済むまで頭が悪い程にやり尽くし、そう、僕ははっからただ僕だった、、ただそれに尽きます、、、
2011.11.08
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どうにも自分が思ってた程には腰の回復具合は緩やかで、まだ路上での絵売りやら絵を描く事はまったく出来ない状態で、それでは生活は大変なもんで、一先ずなかなか強い麻酔を腰に打って貰い夕方から夜にかけての短時間のバイトだけは行くようにしてます。働きながら病院に行き治していこうと思うのですが、あまりに状態悪い事が伝われば、もう明日からは来なくてもいいと言われるのはあまり嬉しい事ではないので、思いのほか痛いのですが、痛くもないし、治りかけて全然大丈夫ですよと言ってはいるのですが、それでも右足をびっこひいた状態なので、痛々しく大丈夫そうに見えないと言われてる感じで、なんかやべぇなぁと、家に帰ったら堪らなく痛く動けない状態になるのですが、今現在での状態ながらも、なるべく出来る限りの全力で働くようにしてます。それでも麻酔をして貰い、更にきつい薬を貰い、少しづつ状態は良くなってきているように思います。それと、今年の秋の初めから短時間のバイトで全体での場所移動があり、また違った部署での勤務になったのですが、そこでの人達がみんな驚きな程に優しいんですよね。皆僕が何も言ってないのに、僕が大変だろうと仕事を手伝ってくれたり、何時も腰は大丈夫かと気遣い心配してくれたり、形、形式上だけではないそうした感じに本当に職場で優しく接してくれて貰った事は僕の人生での経験上ないのでそれがとても嬉しく、バイトに行けば腰は痛くなるのですが、それに置いてバイトに行きたくないと言った気持ちはなく、なんかこの頃みんなに会うのが楽しみなんですよね。それと、重たい物があったりしたら、班長さんがこっそり誰かに持ってあげるように言ってくれてたりして下さり、それに終礼での終わりの挨拶の時は大体、仕事の話で、そこでの全体でのミス話しやら作業内容変更が他での部署、もしくは今まで僕が勤めた多々ある職場ではそれが当然と恒例なのですが、ここでの班長さんは仕事の話だけでは面白くないので、休日に家族で出かけ穏やかな気持ちになった話しをさせて貰いますと、川に釣りに行き、そこで色々とあったそうした話しをしてくれたりと、何だ優しくかっこいい班長さんで、上の立場の人間ながらも僕もそうした人格者、心ある上司と言う者になりたい気持ちを学び教わってます。僕はこんな僕ながらも、人の上に立ち、人を引っ張っていかなければならぬ事は立場上とても多かったもんで、そこでの僕の接し方と言うものはとてもそうした穏やかで優しく人を気遣い合うそうした関係上のもんではなく、なんだかそうした事が眩く羨ましく思うと同時に、その内にどう避けてても何時かまた僕は人を引っ張ってやって行くのは絵を描き絵を売るそうした行為をしてる人間上、当然とやっていくのもんで、その時、今度こそは、そうした班長さんみたいな人柄になれるよう多くを見習っていきたく感じてます。こうしてよくよく感じれば、藤堂君に散々と口にした渡哲也みたいな班長さんですね。全てを失くした、もしくは捨てたといった言葉が適してるのか、そうした今の僕に、あの時多くを口にしたものに触れれる事は、この今だからこそ意義があり価値があるのかもしれないと感妙深く色々と学んでます。
2011.11.05
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