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どうも腰の回復具合は緩やかで今週一杯もしょうがないのであまり動かないようにして安静にし、変わらず海外ドラマを鑑賞しながら、甥っ子とゲームをしたりしなが過ごしてますがそろそろと何もしないわけにもいかないので来週からは、病院に通いながら多くの事をしてみようと思います。けれども、この一年半程通ってる短時間の肉体労働のバイトは今年一杯で終了しようかなぁなんて思ってるのですが、その理由として、こうして腰への負担が激しく、絵方面の事が何も取り組めない事になるのはあまり都合良くないので、まだ確実ではないですがそこいらの事をしっかりと考えないと駄目ですね。なんやかんやとありますが、それでも短時間のバイトをするのはそれなりに気に入ってきてるので、なんらかのまた別の短い時間のバイトを見つけてみるのも面白いかもしれねぇなぁとそんな感じの事を考えてます。昔、絵売り以前に深夜のコンビ二のバイトをしてた事もあるのですが、それをまたするのもいいかなぁと感じてもいますが、けれども、一度した事がある同じ事をするのも味気なく折角ならば今だ触れた事の無い新たなる未知なる事をしてぇもんだよなぁと思うんですよね。そう言やぁ、僕はシュークリームが好きなんですが、だから十代の頃に、ケーキ屋さんでバイトでもしてみるかと唐突に思いついて駄目もとで頼んでみた事があるのですが、そうした場はあまり僕が関わる事のない敬い焦がれた健全な世界があるようにも思え、それにもちろんの事ながら、ケーキ屋さんでバイトをしてる女の子ってぇのが眩く(みっともない男の願望ですね)、なんかお近づきになりてぇとそんなよこしまな心持を携えてたのもその若さだなぁと今にしたら笑けます。だって、一日酒を飲んで時間を潰してたり、部屋で篭ってシンナー吸ってたり、道端で唐突に誰かに絡んだり、その他にもいかれた行為の数々を繰り返してた奴が面接して受かるはずもないのに、あんま何も考えてない頭の悪い僕はただ思いついた事をただ思いついたまんまただ短絡的に行動に移してたんですよね。で、びっくりな事に面接が受かり、やったぜ、これからはケーキ屋さんの女の子に囲まれへらへらしとこと、ご機嫌調子だったのですが、僕が連れいかれた勤務先はシュークリームを作る小さな工場でそこでの作業と言う事になり、カスタードクリームが詰まった機械から繋がる管にシュークリームのかわを刺し、足元にあるペダルを踏んでクリームを注入するそんな作業であり、しかし、その作業の過程で失敗したシュークリームは食べてもいいと言われ、やっぱほんと頭の悪い僕は、本来の目的とは全然違ってはいるけれども、俺は人生で気がすむまでシュークリームを喰った事がねぇからこいつはすげぇぜっと、わざと作るのを失敗して、一日二十個近くのシュークリームを食べまくってました。やはり、そんな不真面目な勤務態度は直ぐにばれるもんで、わずか三日でシュークリームを食べまくる僕毎日は終わりを告げ勤務場所移動が告げられました。しかし驚きな事に、数ある店舗先のケーキ屋さんでの作業をしてもらうとの事で、初めのもくろみ通り、ケーキ屋さんの女の子に囲まれ、ケーキに苺を乗せてたり、よく分からない液をケーキに塗ったり、ホイップクリームをケーキにつけたり、なんかがらじゃねぇやと恥ずかしくて、恥ずかしくて堪らなかったですね。お昼休憩も女の子と二人きりだったのですが、全然まったくタイプも違うので、何を話していいのかも分からず自分の何かが恥ずかしすぎてなんとも言えないそんな心境だったもんです。そうなんですよね、僕は人生、後先考えずただ思いつきで生きてるんですよね。思ったら、思った事をただ行動に移す。そんな調子なとこがあるんですよね。だから、そんな事から思いつきで取り組んだ事は数多くあります。唐突に九官鳥に馬鹿みたいな言葉を喋らしたいと思い立ち、突然九官鳥を飼い始め、けど何だか言葉を教えるのめんどうになってきて、部屋で放し飼いし始め、こいつを俺の肩に止まるようにしいつけたいと全然目的が変わってしまい部屋中ふんまみれになってたりもしました。で、確か大阪に戻ってきた十一歳の頃に僕は弟と、学校の帰り道にある大きな下水道が近くにある工事現場跡で遊んでました。工事現場、ドブ川、廃車置場、崩れ落ちた空家、そして、養豚場の豚に搬送され悲鳴を上げるその豚等、フェンス向こうの戦車、無造作に転がる野良犬の死骸に野良猫の死骸、それに群がる鴉の群れを見て育ってきたので、大阪に来ても遊び場と言うのはまた同じような所を選ぶもので、しかし、足を運ぶその理由は別にあったんですよね。その場には二匹の野良犬が住み着いていて、こいつらの面倒を見てやろうと何だかそう思いつき、そう思いたったのがその理由でした。名前をハク(白い犬だから)とセキ(赤茶の犬だから)と名づけ、学校帰りに給食のパンを持って行っては何時も遊んでました。で、この二匹の野良犬はめちゃめちゃ仲が良かったんですよね。何時も一緒で常に行動を共にしてて、、、僕は野良犬同士がこんなにも仲が良かったのを見た事がなかったし、もちろん今も尚、そうしたものをこいつ等以外に目の当たりにした事がありません。しかしある時にハクとセキは居なくなりました。危険な工事現場跡に住み着いた野良犬はやがり大人からしたら危険きわまりないもので、どうも通報され保健所行きとなった様子でした。学校の終礼で先生がもう工事現場跡で遊ばないように注意を促してた。それから、十数年して、僕は思いつきから路上で絵を売り始め、そんな日々ながらもセキとハクに起きた出来事が大人になったその時にでも許せなく思い、もしくはだからこそなのか偽善的な事にたいして許せない思いは強まり、ハクとセキへの冥福の為にとその出来事をとあるニュアンスで表現して路上の絵売りで売ってました。そして、それを歌を聞かせてくれた子が手にし解る、、、と一言そう口にした事を記憶してます、、、、、、、、、、、、、、、、、そう物心着かぬ遠いガキ時分、僕は立体アニメーション家なき子と言うアニメが好きで見てたのですが主人子のレミが義理の親父から金貨数枚で買い取った旅芸人のおじいさんに新しい皮の靴を買って貰い(それまでは硬い木の靴を履いてた)この靴軽いんですっ!!この靴軽いんですっ!!と飛び回り、はしゃぎ回り嬉しくてしょうがないといった様子の場面がとても印象に残ってて好きな場面でもあり、僕ある時に普段あまり物を買ってくれない母にスニーカーを買って貰ったのですが、その当初はハイテクスニーカーが流行ってて、やたらと軽く足元がぐにょぐにょしてて、それが楽しくて、あっちこっちと一、二時間歩き回りご機嫌なもんで、それがきっかけで、色んなスニーカーが欲しくなり、時に月に二十万円近く費やしてました。お店の人がアメリカに出張して最新の物を仕入れてたり、シグネチャーモデルに限定モデル、復刻版とやたらと値段が高騰してたもんです。で、気がつけば部屋に一杯のスニーカーだらけなもんで、しかしよくよく思えば、僕はそうしたスニーカーに合う服を持ってない事に気がつき、唐突にこのスニーカーの為にと思い立ち、スニーカーありけりにその為の服を買いあさってました。で、次第にシルバーやらアクセサリーにも妙に興味が沸き、やたらと買ってはジャラジャラつけて、そしたら今まで以前とは更なる服装とは異なり、まったく違う感じになり、意図した分けではないのですが、皆に音楽活動でもしてるのですかとか、バンドをしてるのかいと言われ、関わる回りもそうした事が好きな人達になっていき、触れ合う人等が極端に変わり、なんか変なのっと妙に楽しく感じながらも俺って単なるたちの悪い呑んだくれなのに、服装一つでこうも周りの目が変わるものかと微妙な違和感を覚えたもんです。それから数年後、僕は路上で絵を売ってました。そして、こうも長く語らい僕は言いたかったのはまったく知らない新たな事へと、深く考えず思い立ち、頭の悪いガキのようにただ無条件に後先考えず行動に移すのは、まったく予想外の事が起こり、まったく予期せぬ事が起こりうるもので、それが良い場合であったり、悪い場合であったりとそれらを都合よく選べる事は適わぬ事ではありますが、予想だにしないそれらからつならぬ出来事には極端に劇的なターニングポイントと感じ得る人生の分れ道にそしてその時には知らなかった新たな事を知る事になり、そうした刺激的なもんにぶち当たる機会に恵まれるんですよね。それを知り、それを学び、それを体感し、それを体験し、そして、なら、俺はどちらを歩こうかと、、、
2011.10.30
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どうも疲労からの腰の炎症は僕が思ってたよりも、かなり具合の状態はよくなく、今週一杯はまだ安静にするように病院の先生に言われてしまいました。確かに先週は立つ事も歩く事も出来ず、右足は真っ直ぐ伸びない状態でしびれは収まらず、痛みから涙が出る程であったのだからしょうがないのかもしれません。だから今日は一、二時間寝てしまうちょいときつい注射を腰にするとの事で、なんかちょいびびってそれは断り、何時もの治療法にして貰ったびびりで弱虫の僕です。けれども、この一年半ちかく、それぞれの想いからと全力で突っ走った証拠で、この痛みはその勲章で誇りに感じてもいいのかもしれませんね。藤堂君に男はどうなのかを散々口ににしてき、渡哲也の寡黙な男らしさについても語っていて、それを自分の為にも藤堂君への示しにケジメの為にも、体を壊す程に馬鹿な程に全力を尽くした。それに歌を聞かせてくれた子にも、僕と言う人間の器の小ささにただ悲しませてしまい、それが辛く、自身に罰を与えたかったのか、もしくは一生懸命多くを取り組み、君との最後は決して無意味なものではなく、意義があり、大切な事であったとそれを証明したく、俺ははまだやれる、俺はまだ疲れていやしい、俺に限界はまだない、俺にもう無理の文字はないと心でそう言葉にし、自身からより困難で過酷な事を選び、それらに尽くし踏ん張ってみた。それから猫好きの子を傷つけ失った事が自分が思ってた以上に自身の心に寂しさとして響き、何時でも、何処でもその一つ、一つの想いが蘇えり、それがあまりに心に痛く、馬鹿みたいに多くの事へ全力で尽くす事で、猫好きの子を頭から離したく、どうにも女々しいこの僕にはひたすら汗をかき体を動かす事で、何も考えないようにとするしか手段がなくてしかし気持ちはどうあれ、心の寂しさと言う悲鳴はどうにか誤魔化しましたが、そろそろと体が悲鳴をあげてしまってるみたいです。それに、それだけではなく、ある事を守る為の僕なりの闘いに、示しに、ある事への道を示す僕なりのケジメであり、どうしようもなく、不真面目な僕だからこそ、クソ真面目に取り組むからこそのその姿勢を伝えたく、それに、今現状の己の器を打破したく、自分がただ悔しく、自分がただ情けなく、けれども、それでもだからこそ、心に勇気を心に明るさを心に挫けぬ想いを携え、俺はまだやれる、、、友達も、仲間も、特別な誰かも、心許す者と言う自身の夢を捨てきれず、そいつをこの手に収めるには、てめぇの器を、てめぇのその中身を、てめぇの人間性に心意気に気概をと、、、、で、その全力が、本気さが、体にボロが出てきた事で、自身に証明でき、大丈夫、、、俺は全然余裕で本気なんだと、少し気が晴れてきました、、、この痛さがそれをそうなのだとこの僕に訴えかけてきて、人からしたら理解しがたいかもしれませんが、本望であり、そして全ての事にただただ感謝の限りです、、、
2011.10.24
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腰の調子が悪く今週一杯、安静にしてたのですが、どうにも回復具合が緩やかで、完治したとは言えませんが、そろそろと来週辺りから病院に通いながら色々と作業を再開しようと思ってます。けれども、ずっと家に閉じこもるのもしんどいもんですね。海外ドラマばかり観て、ゲームばかりをしてたら、何だか頭が痛くなってきたり、それに腰に注射したり、腕に注射されたり、色んな種類の薬を飲んでたら何時でも頭がくらくらしたり、胃が荒れ吐き気がしたりと、とうとう昨日は家で飼ってるダックスフンドに八つ当たりしてしまいました。で、逆に反逆に合い噛まれてしまい何やってんだかといった心境でした。人間やはりずっと一人の世界に篭るのは良くない事ってなもんですね。それを考えれば僕は十代の頃はずっと一人の世界に篭ってたように思います。高校を三ヶ月で中退し、一番の心許す友達と知り合いの職人さんの下で共に働き、色々と分けあり疎遠になってしまったんですよね。家庭でもほんの十代のガキにはとてもでは受け入れれない事実が多く浮き彫りになったりと、何もかもが耐え難く、漫画、小説を読み漁ったり、永遠ウォークマンで歌を聴き続けてたり、部屋の電気を真っ暗にして、ほぼ毎日、日本酒を一升飲み干してたり、救いようのない程に自分の殻に閉じこもってたもんです。何も人間関係が無かった分けではないのですが、新しい友達、知り合い、仲間がどれ程に出来ても、一番の心許す友達が居なくなってしまった事がつらくて、誰と遊んでても、誰と仲良くしてようとも、何をどうしようとも、ただ辛く孤独で何もやりようがなかったように思います。で、もう十代も終わるその頃に数年ぶりに再会した時、彼に言ったんですよね、、、お前は俺から遠ざかっていったよなと、、、そして彼は言ったんですよね、、、それはお前の方だろと、、、、、、、、、、僕はずっと彼が僕と言う人間に興味をなくし、そして立ち去ったもんだと思い込み、しかしその事実は間逆で、本当は僕の方が立ち去ってたのが答えだったんですよね、、、そう、彼には僕以外の新しい友達に仲間ができ、僕と言う人間、友達の位置が前程親しいものでもなく、かなりべったりと依存してたからそれが辛く、最終的にこの僕自身が連絡も何もしなくなって遠ざかっていったんですよね。で、根の所で彼の取った、友達とは思えやしない行動の一つ、一つが受け入れがたく、もう愛と呼ぶのが近い程に依存しながらも、憎くて、憎くてしょうがなかったんですよね。近くに居たいのだけれども、愛憎渦巻きそれもままならず、そんな彼を失い、で、彼に軽やかに、遠ざかったのはお前の方だとそう言葉にされ、なんとも言えない気持ちでしたね、、俺はこの4年間をどれ程、お前を思い、お前に焦がれ、また昔のように仲良しになれないか夢みてたり、誰と居ても全然面白くなかったり、全ての人をお前と比べて、誰もがお前程ではないとそう感じ続けてたり、酔い潰れる程に酒を煽り続け、そんな想いからどうにか逃げようとしてたのに、それとは引き換え、お前は何もなかったかのように、すこぶる軽やかに、ただ普通に、、、、、、、、、、、、、、、、で、僕は彼への興味を失い、空っぽになったんですよね、、、それからの数年は記憶が飛んで何をしてたのかあまり覚えてはいないのですが、更にきつい酒を煽り、そこいらのベンチで寝てたり、公園で寝てたり、家で狂った程に酒を煽ってたり、無意味に道端の誰かを殴ってたり、そこいらの奴に絡み喧嘩をふっかけたり、その他、人にはとても語れやしない程のいかれた行為の数々を繰り返してたのだけをうすっらと覚えてるくらいです。傲慢で支配的に道徳心は何一つ持ち合わせてはいない、協調性のかけた人とは呼べやしないそんな存在と化してた、、、誰もがびびる程の悪魔みたいな言葉ばかりを口にし、そこに心などは何もなく、あるのは敵意ただそれ一つ、、、で、そんな日々を過ごしてる内にやっぱりそれでもまともに、ただ普通の人間になりたい想いがぐすぐすとぐすぐすと命の奥底で燻り、真面目に働こうと、そしてなるべく似たような年の奴らが居るような所でと、多くの場所でバイトをしたり、社員として働いたり、そこで女の子と遊んだり、仲間内で皆で集まり酒を飲んでたり、皆と仲良くして、そして自分が生まれ変わっていくようで、何だかそれが居心地良くただ楽しかった。まぁ、僕の隠しきれない資質があり、バイト先の店長にぶち切れたり、職場の資材を持ち上げ投げつけたり、上司に絡んだり、あまり善からぬ事はあるにはあったのですが、出来る限り、人々と仲良くなり、みんなには楽しく面白い人で、やる時はやる男らしい人ですねと言われるようになってた。で、そんな日々の中で、深夜のコンビにのバイトを始めたんですよね、、、その時の僕の目的は、切れない、トラブル事を起こさない、仕事をクビにならないが目的だったんですよね、、、で、そこで藤堂君と猫好きの子と出会った、、、初めて藤堂君と出会った時は、無意味に理不尽に突き飛ばしたのを記憶してます、、、初日から遅刻するなよと言った具合に、、、で、そのバイト先である出来事が藤堂君に心許す事へと繋がった、、、けれどもまだ決して友達ではなかった、、、猫好きの子は、綺麗でおっぱいでかく、おしとやかでお上品な感じで女子大生で、僕とは生まれ育った環境が生きていく世界がまるで違うもんで、近寄りがたかった、、、言葉を交わした記憶はあまりない、、、けれども、ある時バイトの皆で飲み会をした時、(バイトをやめたその後)彼女も来てて、その日は体調悪く、それでもどうにかビールを二杯程飲んだのだけれどもげろっぱしてしまい、猫好きの子だけが僕を心配してくれ、背中を摩り、大丈夫?と優しくしてくれた、、、なんかその時に僕はときめいた、、、けれども、生きた環境に育ちが全然違うし、それに仲の良い知り合いが彼女を好きだから、それに(ときめき)気がつかないようにした、、、で、気がつけば僕はそのバイトをやめ、淡路島、小豆島、琵琶湖を1週に多くの神社にお寺を歩いて野宿しながら過ごし、それからまもなくして路上で絵を売ってた、、、その頃でも藤堂君とは仲をよくしてたけれども、決して友達とは思ってなかった、、、で、ある時に腹を立てて藤堂君に俺の目の前に姿を現すなと仲たがいした、、、また再会したのはそれから一年半程先で、僕の方から謝り電話した、、、その理由は夢に藤堂君が出てきたり、道々で何時も藤堂君を探してる自分に気がついたから、、、で、それからはめちゃめちゃ仲良くなった、、、この僕には多くの仲間に知り合いに、兄貴分に、慕う子に、父親的存在、母親的存在に、そ他諸々と出来てご機嫌なもんだったけれども、それでも藤堂君と居るのが一番楽しかった、、、そう、十代の終わり際に友達を失い、あれから随分と自分なりにそれでも何かかが諦め切れずにあぁでもねぇ、こうでもねぇと多くの事に足を踏み入れ、決して本来の自分では入り込みやしない所に勇気を振り絞りどんどんと強引にてめぇのやり方で捻じり込みやってきて、そしてまた友達がこの僕に出来た、、、、それが嬉しかった、、、何時でも酒を飲んでたり、互いに愚痴を言ったり、誰かの悪口を言ってたりしながらも、生き方哲学を語ったり、音楽の話、映画の話、思想共々多くを語らい合い、藤堂君の部屋でただ二人だけの世界に浸り寝泊りし、本当の意味で僕は遠い昔の友達の事を忘れる事が出来た、、、藤堂君に彼女が出来た時には嫉妬した、、、かっこ悪い話だけれども、藤堂君を独占出来ない事への嫉妬で、だから、情けない話だけれども藤堂の彼女に好感は持てなかった、、、他の仲の良い奴の話を聞く時も嫉妬した、、、俺が居るんだからいいじゃねぇかと、、、で、そんな調子と京橋で絵の個展的な事をした時に猫好きの子に再会した、、、何年ぶりなのだろう、、、6、7年振りくらいだろうか、、、かなり大人の女性になり、おしとやかで色っぽく更に綺麗にそしてエロフェロモン全快で、彼女から僕は目をはなせれなかった、、、違う意味で更に生きてる世界は変わってはいるけれども、僕はそれでも、今では自分なりに健全な世界を生きてると感じられ、彼女へと興味を感じるその心を自身に隠さず理解してた、、、で、僕は藤堂君と猫好きの子を失った、、、、歌を聞かせてくれた子にも本気で嫌われた、、、、、、、、しかし、もう昔のように腐りやさぐれたりはしてはいない、、、、、、、けれども、一つ昔と同じ事が僕にはある、、、、、、、ちょうどあの時と同じように、本来の自分では決して足を踏み入れないそんなとこに、あぁでもねぇ、こうでもねぇと、どんどんと踏み込み、新たな何かを、新たな自分を発見していけば、何かが始まり、何かが起こる事をこの僕はこの身を持って体験、体感してるのはその事実で明らに確かで、人間、それでもてめぇと言う存在を見限る事無く諦めなければ、どれ程に時間がかかろうとも、何かがどうとでも動く事は絶対で、僕の人生は生まれはマイナスからのスタートで、今だその精神はガキで幼稚なもんで、今もまだ自分の人生が始まったばかりだと感じてる、、、まぁ漫画のナルトと同じでまだけつの青臭いそんなところを僕は生きてます、、、
2011.10.23
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少しづつ腰の状態は良くはなってきては居るのですが、病院の先生に今週一杯は仕事も何もせず安静にするように言われたので、変わらず家で大人しく安静にしてます。折角、土曜日に飯を喰いに行ったりカラオケを行くお誘いを受けてたのに行けそうにないので残念な限りです。と、そんな状態なので、やはり海外ドラマを観てたり、けれどもそれだけでは時間は有り余るので、弟がお勧めしてくれたフォールアウト3と言うゲームを7、8ヶ月振りにやってました。昨日なんて、5、6時間ぐらいぶっ通しでやって、こんなにゲームをやるのは久々です。もうやっている内に現実世界と仮想空間の境目が損なわれ、まるでもう自身がゲームの世界の住人であるかのような錯覚がおき、やはり今のゲームのリアルさは目をみはるものがありますね。それとやはりドラマばかりを観続けてもいるので、何故だかLの世界の夢を見てしまいました。夢の内容はまぁめんどくさいので詳しくは言いませんが登場人物のシェーンと言う子が出てきて、大変な状況(警察に追われて共に逃げてた)の時に、気遣いある優しい言葉をかけてくれたそんな感じの夢です。ドラマの内容で、ある場面が印象に残り、どうにもここ最近はシェーンと言う人物に感情移入してて、それで夢に見たんですよね。その印象深かった内容は、シェーンが教会に足を運び、懺悔室だか、告白室だかで、(あまり教会の事は詳しくないので、状況説明が分かりません)神父さんにボロボロと泣きながら、自分の本当の気持ちを言ってた場面で、自分は人が求めるから、何時も自分を与えそれに応えるようにしてて、けれども、相手が本当に欲しいと願うものが与えれる自分ではないから、それにおいて相手が傷ついてる事を見るのが苦しいと、そして神父さんが、ならば相手にあなた自身を知って貰えばいいと答え、けれどもシェーンはわたしには何もないと、泣き続けそして教会を立ち去り、それから、ある時に同居してる(何人かで共同で暮らしてる)男が、シェーンに興味を持ってて、(シェーンは気づいてはいないけれども、この男はシェーンを知りたいとどんどんと興味を持ってる)その関わりの中、シェーンがどうにも今までの感じとは違う感じでとても嬉しそうにビアンの集まりに彼を誘ってて、そして僕はその場面がめちゃめちゃ好きで印象に残ってたんですよね。何だか分かるような気がするんですよね。僕はここ十数年路上で絵を売ってて男も女の人も多くの人が慕ってくれて、だから、その相手が望むものを、絵を描き、絵を売り、そしてそうした関わり事に、皆が興味を持ってる事は確かに伝わり、それに応えれる、分け与えれる自分で居よう、そして、そうした人間である自分に人が慕い、深く付き合いたいと望んでくれてる事は分かり、それと、やはり人の出会いは多く、苦しみに深い傷をおった人達との出会いも多く、どうもそうした人達が僕の所に足を運び、自分なりに相談にのったり、話し相手になったり、連絡を取り合ったり、何かを誘ったりと、それにおいてもどうにも苦しみ傷ついてるその相手の望んでる何かを分け与えたく、それに応えようと自分なりとそうした事に心向けてたんですよね。けれども、誰も僕が何かなんて知りたくもなく、そして僕自身もあまり自分の事は言わなかった。女の人と深く付き合っても何時も言われます。ほとんど自分の事は言わないねと、、、、そう僕の人生を、自分のこれまでを言えば誰もがひくそんなハードな世界で、言えるわけなんてなく、それでもそんな中、光明ある希望に満ちた話しを持ち出せば、どうしても歌を聞かせてくれた子の話しに行き着き、それ無しにはこの僕の十数年は語れるわけもなく、そしてそれを口にしたら、何時も関係は崩れ、終わる事はお馴染みで、だから僕は自分の事は何も言えないのが常だったんですよね。けれども、ある時に僕は猫好きの子と深い関係になり、その総合的な事、本音を言えば、シェーンと同じで、彼女が僕を知りたがってる事が嬉しかったんですよね。何から何と僕の些細な事でも知りたがり、けれども、絵の事も、僕の生い立ちも、生活の日々にも触れないでくれ、僕と言う人間だけにただ興味を示してくれる事がこんなにも楽しく居心地良く、嬉しいものかとただ楽しく、どんどんと好きになっていき、けれども、ある一定以上はこの関わり中では好きになっては駄目でどうにか僕はそれを抑えてました。そう彼女には婚約者が居た。だから、ずっと続けていける関係ではないのは確かで、そして、そうした人が居るのに、この僕がそれを邪魔してるだけで、そして僕と言う人間が彼女を悩ませ苦しめてる限りで、ある時にある事で彼女を傷つけてしまった事があり、だから電話でそれを謝ろうと電話して話してたら、色んな想いがこみ上げ、あまり人前で、と言うか、子供の時以来か、電話越しではあるけれども、人と向き合った中、うまく話しが出来ない程に僕はボロボロと泣きじゃくってしまいました。女の人の前で泣いて事なんてないのだけれども、彼女を好きになってきている事、何時かは終わらせないといけない事、僕と言う存在が彼女を悩ませ傷つけてる事、僕にたいして優しい事、一緒に居たら気持ち和む事、歌を聞かせてくれた子を思い出させないでくれる事、彼女が僕に感じてる穏やかな世界とは裏腹に僕の生い立ちが人には口に出来ない程に深くハードな世界である事への苦しみ、誰もが僕の生まれを言えば一歩後ろに引き下がり、そうした僕の本当の人生を彼女に語れない事、その他多くとそうした感情が、彼女をある事で傷つけた事で溢れ出し、僕は泣きじゃくりただ彼女に謝ってた、、、僕を知ろうとしてくれてる、、、けれども、これ以上僕を知るのはどう考えても、状況に、僕の本当の生い立ちを考えれば無理な話で、だから、嫌われるよう、酷い終わりを僕はした、、、、、、、、、、、、、、、、、で、どうしてだか、そうしたタイミングで、どう言う分けだか、ほんと、あり得ない事に、それから半月も満たない月日先に歌を聞かせてくれた子に再会した、、、ほんと、もうどうしようもないよな、、、強くなると言いなれなかった、、、守れるような奴になると言いなれなかった、、、猫好きの子との関わり中、その子がどんどんと好きになり、歌を聞かせてくれた子と同等、それ以上に好きになり、そして僕は猫好きの子を傷つけ関係を終わらせた、、、そして、目の前に夢にまで見た歌を聞かせてくれた子が居る、、、あまりに自分と言う人間を許せなく思い、だからこそか敢えて望んだ道のりはを誤らせたのか、友達を失くし、仲間を失くし、大切だと思えた子を失くし、自分と言う人間をも失い、何も胸を張り誇れるものは何もなく、猫好きの子に出会う以前は、この再会時にきっと何かを分け与えられるそんな男になってるはずだと信じ、そして無我夢中とやってきた、、、なのに、君の目の前に居る男はどんな男なのかは君は知ってるだろうか、、、酒を煽り、酔っ払いしらふな時なんて無しに何時も彼女の前に足を運んだ、、、自分と言う人間が悔しかった、、、自分と言う人間が恥ずかしくて、恥ずかしくて、目を合わせる事なんて土台無理な話だった、、、再会はあまりに甘美に甘い魅惑の蜜で、彼女の再会が猫好きの子の事を無かった事に出来そうなのは明らかで、けれども、そうであればある程に、歌を聞かせてくれた子を騙す事にもなるし、猫好きの子との出来事を更に台無しにする事になるし、僕は今の僕を見せ占めるしか方法はなく、もしもある一時以上にまだ彼女がその地に足を運んでたならば、彼女の連れてる多くの仲間を更にこの僕は誰彼と傷つけ続けたと思う、、、もうその場に居る彼女以外は誰も許せない程にあまりに僕は多くを憎らしく思い、ただ悪意の塊だった、、、、自分の生い立ち、生まれ、歩んだ道のり、何も誇れるものがない事、全てを自身の手で握り潰した事、、、、、、、猫好きの子に言った事と同じ事を言った、、、”俺達は全然気が合わねぇなぁ、、”その言葉に彼女がとても傷ついた事を知ってるから、だから、僕はそれを知った上で歌を聞かせてくれた子にも同じようにそうした言葉を口にした、、、、、、、、、あんなにも綺麗な言葉を書ける人なのにどうして、、、、、、、、、こんな酷い言葉しか口に出来ない男に彼女はそう言ってくれた、、、、、、、、、、とても綺麗な目をしてた、、、、、、、、、、胸がときめいた、、、、、、、、、、だから、また僕は酷い言葉を口にした、、、、、、、、、てめぇら皆嘘ばかりで、本当の事なんてないと言った感じの事を怒鳴り散らした、、、、、、、、、、もう僕には分け与えれるもんなんて何もありもしないのだから、嫌われてもいいから、根が深く、意味があり意義がある言葉をと、、、、、、、、、、彼女の傷を僕が知る事は出来ない、、、彼女もまた僕の傷を知る事が出来ない、、、、誰も何も分からないし、何も互いの本当を知らない、、、、、、、、、、、、、、、、、そして、僕はもう人を傷つけるのが怖くて、特に猫好きの子の事があって、二年近くも女の人とあまり深い関係に至ってない、、、、、、、、、、あっちこっちに足を運んでは、いい加減適当内容ない言葉を口にし、てめぇが好きだとか、家に上がらせろだとか、君が好きだだとか、デートしようぜだとか、おっぱいもませろだとか、もう目の前に女の人が居たら、誰彼そんな感じの言葉ばかりを口にして、真剣に向き合う事が出来やしない状態で、誰にでもそんな事ばかり言ってるね、と女の人皆に言われ、そして、もちろんそんな感じの男になってる、、、で、この月日で何人者の人に男も含め女の人共々善い感じの事を言われてるけれども全ての人を避けた、、、けれども、やっと自分を許せるようになってきたように思うんですよね、、、もうずっと優しいものに穏やかなものばかりに触れるようにし、家族とは仲良く、誰からも本当に仲の好い家族だねと言われたり、穏やか人ですねだとか、優しいだとか言われてたり、、、、、、そうなんですよね、、、もしかしたら、猫好きの子に歌を聞かせてくれた子は僕のそうした一面を知ってくれようとしてくれたのかもしれない、、、、暗い一面、、、人には語れない僕の生い立ち、、、そればかりが僕ではなく、人々が温かみやら穏やかさを得るそうした一面といったもんをてめぇの器に注ぎ込み、それを人に分け与え喉の渇きを潤そうと度量届かず失敗を繰り返しながらも本当にそうなりたく願いどうにか悪い一面引きずりながらも踏ん張ろうとしてる男で、それでも心捉えた人々の想いを大切に感じそれをどうにか形に表せたく馬鹿みたい絵を描くそんな男なんだと知って貰えばいいんだとそう思えてきて、だから、これからはまた人と深く関わり繋がっていけるよう頑張ろうとそう感じてます、、、やっぱ女の人は大好きですし、もう、真面目にやっていこうとそう思います、、、
2011.10.21
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どうも肉体改造計画とお小遣い稼ぎと、短時間のバイトを1年半と張り切り過ぎて、腰を痛め、この二日間寝込んでました。体力もつき、ちょっとやそっとの事では疲れないようになり、多少、腹筋共々筋力もついて、かなり貧弱と化してたのでこいつはいいぜと何だか張り切り過ぎちゃいました。腰が炎症を起こし、熱も出て、しんどいのだけれども、腰が痛すぎて寝つく事も出来ず、痛い中それでもしょうがないから布団に横たわり続けて、立つ事も座る事も出来ず、何もやりようもなく、そうした状況中、色々と考え事をしてたり、海外ドラマを観てました。そう言えば猫好きの子もある時、腰を痛めてたよなぁ、、、あの時、もう少し、俺は優しくする事は出来やしなかったのだろうかとか、そして、もしも、こうしてしんどい時は一体誰に優しくされたら俺は嬉しいのだろうかとか、来年は部屋の家具をいっしき変えてぇよなぁだとか、これからは、もっと絵の展示会やら、アート的なもんにどんどんと足を運び、興味を持ち、自分はそうした人間の塊になっていこうだとか、観覧した海外ドラマのOCの主人公のライアンはあまりはしゃいだり出来ず、根っこの暗さを持ってるよなぁ、、、何か育った環境やら、根っこの暗さ、疎外感、多くの事に置いてどうにも他人事に感じてる風なとこやら、何時まで経っても好きな子に好きだと言えやしないとことか、何か似てるよなぁだとか考えてたり、もうあまり観る海外ドラマもねぇからと、しょうがないから恋愛物でもいいから見るかと、まぁ風変わりなゲイの恋愛もんだったら見れるかなぁとがらではないけれども、Lの世界と言うビアンのドラマを観てて、よくよく考えれば俺は男に特別な感情と言い寄られる事がそれなりに多くて、そうしたゲイの恋愛ドラマを観てる内に、そうした出来事達の一つ、一つを何気に考えてたり、なんか最近はやたらと漫画を読みたい衝動に駆られてるよなぁだとか、けど、ほんと俺んちの家族は皆仲が好いよなぁ、、、それに母とは昔はめちゃめちゃ仲が悪く罵り合いばかりだったのに、今は仲が良く、とても優しく善い一面が次々と見えて、良い母親だよなぁとそう思え、そしてもちろんそうだよなぁと感じられそれが嬉しいもんだよなぁだとか考えてたり、そういやぁ俺は半月近く酒飲んでねぇなぁだとか考えたり、このごろ刃牙と言う漫画にはまってて、範馬勇次郎の意味やら、刃牙が勇次郎に褒められ頭を撫でられそうになるのをどうにか拒否しようとし、それでも強引に撫でられ褒められ泣いてしまったその場面をなんかあれって解るよなぁだとか考えてたり、俺には家族が居る、、、それは素敵な事だよなぁだとか考えたりと、何だか色んな事を考えてました、、、、で、今日の夕方、病院に行って、腰に麻酔をうって貰い、炎症を抑える注射をしてもらいましになり、様子見て後一日程、何もしないように、海外ドラマでも観ながら横たわり続け、うちはマダラが穢土転生とは面白い発想だなぁだとか、(漫画のナルトの話し)キン肉マンの次のシリーズはどんなんだかだとか、そんな幼稚な事を考えたりしようとそう思います、、、で、最近はとちおとめと言うイチゴジュースを飲んでて、何か乙女チックで誰にもばれたくねぇ等とそんな感じの調子です、、、
2011.10.18
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路上で絵を売るようになってからのプライベートを含めた上での嬉しかった事は何だろうと絵を今さっきまで描きながらそんな事を考えてた。嬉しかったり、幸せに感じれた事、そして楽しく思えた事を想うのはそこに一重の寂しさはつきまといはするのだけれども、それでも心穏やかになり前向きな気持ちになるから、僕はよくよくそうした事を考えるようにしてる。特に酷い心持の時は尚更、そうした素敵に想えた事に想いを馳せるのは大切で、僕の心の財産と呼べるべきそんなもん。きっとそれは誰の胸にもある、人が人として生きていけるそのようなもんなんだと僕は信じてる。===========嬉しかった事もう死んでしまったホームレスのおっちゃんとの出会いとその関わりをよく僕は想う、、、あんたは他の奴らとは違う、、、そう言葉をくれた、、、、酔っ払い、そこら辺の人たちに絡みいちゃもんをつけながら、この兄貴は違うんやと何時も言ってた、、、本当に違ったのか、今だにこの僕には分からないけれども、人の心に僕の人間性がそう受け止められ触れれたようで嬉しく思った、、、直也を含め子供軍団に囲まれ絵を売ってた日々をよく思い出す、、、膝に乗せ売ってたりもしたから、よく自分の子供だと勘違いされた、、、僕は子供にはあまり優しくないそんな世界ばかりを見ていたから、自分もそれと同じような人間になるのではないだろうかととても恐れていたから、沢山の子供になつかれるのがとても嬉しかった、、、辰兄と荒くれ飲んだくれ軍団の事を僕はしょっちゅう思い出す、、、辰兄は何時でも喧嘩してたり、酔っ払ってたりで、分かりやすく言えばたけし映画に出てくる菊次郎の夏の菊次郎が近いような気がする、、、喧嘩して負けて青たん作ってたりで、その喧嘩内容とか聞いてたら、菊次郎の世界そのもので、本人は至って真剣大真面目にそして、その出来事自体は大事で大変な事なのに、まるでコントの世界、コメディみたいなもんで、だからか僕は菊次郎の夏と言う映画がお気に入りだったりする。そして、そんな辰兄がこの僕を慕ってくれた事が僕はとても嬉しかった、、、歌を聞かせてくれた子との出会いの中でよく想う事がある、、、一時、路上で絵を売るのがブームになった時があり、関西の路上で絵を売る人達を関西ウォーカーで特集する記事があり、その当初、枚方で絵を売る人が僕以外も居てその人が紹介された事があった。その当初は、僕は路上で絵を売り始めてひと月も経ってなかったその頃合。ほとんど落書きみたいなもんを売ってた。それまで以前、路上で絵を売るその寸前まえまでの僕はと言えば、現実逃避に何時でもべろんべろんに酒に酔っ払ってた。公園のベンチで一人、呑み続け、人に喧嘩をふっかけられたり、もしくは自身がふっかけたり、、、何だか公園で寝てる事が多かったなぁ、、、で、ほんのひと月前まではそんな状態の男で、思いつきに路上で落書き程度の絵を売ってて、そんな者にそうしたアート的な特集において注目される分けもなく至極当然の事なのに、高校生がある時に僕のもとに足を運び、○うが言ってましたよ、、、兄やんらが載ったらよかったのに、絵が上手いんだからと、、、そう僕に言った、、、なんて無邪気で純粋な子なんだろうと、その時に僕はその場に居ない彼女に心から惹かれた事をよく想い出し、その言葉を嬉しく感じ続けてる、、、龍の刺青をいれたお姉さんの事を僕は何だか思い出す、、、何かが解り合えた分けでもないのだけれども、ただ優しく僕と言う人間を受け入れてくれ、僕と言う人間が許されたように感じられて心の何かがただ嬉しかった事を僕は思い出す、、、リンダとパトレシアの事を僕は今もまだしつこくも思い出す、、、最後の瞬間、リンダが抱き締めてくれた事が印象深く、本当に寂しく思ってて、けれども、リンダがそうしてくれる事で何だか気持ちが救われ、そして、そんなリンダがただ羨ましく、そして、何か大切な事を教わり、それを僕は今だ嬉しく思ってる、、、まだ、リンダのような明るく温かみあるそんな人間にはなれやしない事に心痛めながらもあの時の場面を僕はしょっちゅう思い出してる、、、ヒデの事をどうにも僕は思い出す、、、サム兄以前にこの僕が感情の多くをぶつけれた相手で、互いが互いを怒鳴り罵り合いながらも、次の日にはヘラヘラと機嫌良く、調子の方はどんなもんだいと言った具合いに声を掛け合い、また当たり前のように酒を飲み合い、楽しくしてた日々が嬉しく、僕はそれを今も尚、思い出してる、、、、猫好きの子の事をよく思い出す、、、僕と言う人間を僕と言う人間が感じてるもんとはまったく全然と違った視点から見て、そして一時でもそうした僕として必要としてくれた事をただ嬉しく思い、彼女の言葉と一つ、一つの行為を僕は大切な出来事で嬉しいものだと受け入れてる、、、
2011.10.15
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2011.10.09
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昨日は缶ビール二本程煽りながら、そろそろと時期がてらミニボトルのウィスキーを少々ラッパ飲みながら、機嫌良く枚方の路上で絵を売ってました。最近は枚方での絵売りが多い感じですね。どうもうら若きお嬢様方々が足を止めて下さり、絵を買ってくれたり、話し相手になって下さるので、なんやかんやと男のさがでヘラヘラ調子と機嫌よくしてます。けれども、根の所で路上での絵売りを始めて、ここ二、三年前程までは、ほとんどそうしたお嬢様方々がお客さんの大半で当たり前の事だったのですが、どうにも今年の半分を過ぎるくらいまでのその二、三年は何だか、酔っ払いの人、喧嘩腰の人、絡み調子の人、うらぶれた方々、怒鳴り散らす人、絵に関心なんて無い人、喧嘩をふっかける人、そうした方々がほとんどで、内心、もう変わりたいと願う自分がそうした事で試されてるのかもしれないと、怒鳴らず、ぶち切れず、喧嘩腰にならず、手を出す事もせず、なるべく相手を尊重し宥め、真剣に言葉を交わし、どうして、そうした具合なんだいと面として接して来てたんですよね。ただ受け付けず否定する事はとても簡単で、けれども、今、現状(その時の自分)の自分の前に現れる人々は、それが今、段階のその自分に必要不可欠な存在であり、このてめぇの器が成すその現状が導き出し、照らし出される道のりであり、だからこそ何一つ誤魔化す事無くこの僕は受け止めたく、自分なりと大真面目クソ真面目に接してきたとそう自負してるし、そしてそうでなければ、全てを無くしてみて、今のその時に居るその意味が損なわれ、今後と思い描き、目指す先に到底辿り着ける分けもなく、もしも、そこでまた同じような自分を繰り返したら、あしたのジョーではありませんが、ただ申し訳なく、心あった者達に顔向けなど出来る分けも無く、切れる事無く、否定する事無く、逃げる事無く、目を背けず、自分なりとそれらを受け止めやってきてたんですよね。で、僕が知った事は、皆、決してこの僕に本気で怒ってるわけではないのは確実で、もっと別の何かに怒りを覚え、そしてその行き先を見失い、誰彼でもいい、ぶつけたいその衝動性が収まり切らず、そいつが溢れ出し、それがただ、たまたま目の前でくりひろげられてるだけで、そう、まるで十代の頃の怒りに身を任せてた俺そのものじゃねぇかと、、、怒りに身を任せればただ苦しく、怒りに身を任せればただ悲しく、怒りに身を任せればただ虚しく、怒りに身を任せればただ寂しく、怒りに身を任せればただ孤独で、そして、向けるべき怒りの矛先の意味は更に別の物へとすり変わり、怒りの強さに己は損なわれ、人は去り、自分は無くし、何も無く、それがまた新たな怒りになり、怒りの連鎖反応を永遠繰り返し、もう何も許せやしない存在、、、人間とは呼べやしないモノになる、、、、、、、、、、、、、、、、、そして、最近の僕と言えば、そうした事に近く感じる人になるべく明るく前向きな言葉をかけるように心がけてます。本当は善い人なんだから、そんな事やめとけよだとか、貴方は楽しい人だから、そんな調子ばかりだったら損するし、本当の貴方の良さが損なわれ、俺はそれに腹が立つだとか、それだけが君ではないんだから、そんな君だと誤解されたら嫌じゃねぇかだとか、確かに、善い一面、優しい一面を誰彼持ってるのは確かなもんで、ほんとに、そうなのであり、だからこそ、人は人としてありたいのであり、そして自分が人らしく生きれるようただ人として当然と生きれるよう、、、皆誰もが自分も含めそうあれるよう僕は心から願うばかりで、そして、今の自分で出来る範囲の事でそして、今の自分として出来る限り大真面目なもんで、今は、もうそれでいいんじゃねぇのかなぁと思ってます。、、、、、、、、、、、、歌を聞かせてくれた子の言葉に、猫好きの子の言葉が、今現状の僕の歩むべく道のりを示してくれた、、、、、、、、、歌を聞かせてくれた子はこの僕が綺麗な言葉を持った人間として受け止めてくれた、、、猫好きの子はこの僕が穏やかで優しい人間なんだとした男として受け止めてくれた、、、、、、、、、、、、、、、俺は俺が思ってるような人間ではないのか、、、、?!!、、、、、、どれ程に驚愕し、天地がひっくり返る程にぶったまげ内心びっびた事だったか、、、、、、、、、本当に嘘偽る事無く、彼女らのその人間性に、そして、この僕の見方のその心がこの自分に変化をもたらした、、、、、、、、、、、、、、、、で、昨日、絵売りに向かう途中で、猫好きの子を見かけた、、、、、、、、、、もう、声をかける勇気はないから、通り過ぎる過程で、元気そうで良かったじゃねぇかと、心でそう呟いてた、、、、、、、、、、みんな、ただ元気に明るく、そして楽しく生きてくれてたらもうそれでいいんだよな、、、、、、、、、そうすれば、もらった言葉に、もらった心を、胸の奥底にしまい込み、そして、俺は永遠に繋がりって奴を感じられる、、、、、、、、、、俺の心の世界に存在し続け、もしもまた道を踏み外しそうになったら、本当にそれでいいのかと俺の心を叩いてくれる、、、、
2011.10.09
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何気に思い始めてる事があるんですよね。世の中は、世界は素敵で素晴らしいものであるべきだし、(心で見る世界)そうあるのだろうとなるべく感じていたいと。生きるに値するだけの価値あるそんなもんなんだと。目を向けようと思えば幾らでも誰でも悪い事にも醜い事、卑怯で欺瞞に満ち恐ろしい事と、興味をそちらに向ければ好いものに好い事以上に際限なく限りなく人の許容、器に収まり切らない程に溢れる程に出てくるもんで、だからこそ、そんなもんだけで日の一日を、命の断片達を食い潰したくはないように思えるんですよね。人は誰であれ、人には見せれやしない薄汚いもんはねほりはほりと探し当てれば出てくるもんで、そして、だからと言ってそれを知り、だからと言ってそれがなんだと言うのだろうとそう感じて止まないんですよね。僕の関わり合った人間関係は僕と言うそのものを含めて、互いを通し見てきた物は、築いたもんは、収まり切らない程の増悪、、、あいつが気に入らない、こいつが不愉快、そいつを許せない、悪口、不満、怒り、罵り何も好い事は何一つ認めやしないそんな世界、、、彼にも、あの人にもこの人にも素敵と思える素晴らしいもんがあった、、、そのはずだった、、、、、、、、、、、、、、、ただ、世界は救いようのない程に醜いもんでしかないはずで、そうでなければ、誰もが己の現状を受け入れれず認めれやしないからこそ、そうした世界を己の都合上築きあげてるもんで、自身の存在、価値観が損なわれあやふやと危ういもんになるからこそ、不満を撒き散らし、敵対するもんが必要でしかないのかもしれねぇよなぁと思えてきてるんですよね、、、、私は、、、、俺は、、、、何も悪くないんだと、、、、、、、、、こうも面白く無く不快でいらつくのは、世の中が、あいつが、そいつが、こいつが悪いからで、何も好い事好いものがなく居ない世界だからと、、、、、、、、、僕は世の人の醜さにただ悪戯に反発するのではなく、(自分も含めて)受け入れ受け止め理解し、その上で、世界は素敵で素晴らしいものだと、そう感じ生きて行きたくそう思います、、、
2011.10.07
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変わらず海外ドラマを観あさりながら、ちょいちょい路上で絵を売っては、一人ぶらっと呑みに行き、機嫌良く絵を描いてる毎日です。トラブル無しに、お酒の方はまぁそれなりにほどほどといけてるように思います。路上の絵売りはちゅる子ちゃんとその友達が顔を覗かせてくれ、弟を含め皆で機嫌良くお喋りしてました。他にも色々とあったように思うのですが忘れちゃいました。絵売りに立ち止って下さった皆様にただただ感謝です。家族の方はまた皆仲良く穏やかな調子で過ごしてます。やっぱ皆機嫌良くやっていけるのが一番ですね。で、この前ぶらっとちょいちょい呑みにく店に足を運んだのですが、バーテンダーの子が雰囲気が変わってて大人っぽくなってて、気恥ずかしながら柄にもなくときめいてしまいました。歌を聞かせてくれた子の出会いからか、そう言うのにはどうやら僕は弱いんだなぁといった発見が新鮮で妙に機嫌良くしてました。今年は大きく変わった出来事はなかったように思ってたんですが、よくよく考えれば随分前に言ったように、発見の年のように感じます。絵を描いてる事が一番楽しい。脱トラブル依存症への確かな想い。多くの人達は最早僕の大切な思い出でしかない自覚。本当に心ある出会いを確かと望んでる事。で、自分にはまだ至らぬ人間性がぐすぐすと残ってる事への発見。それと寺久保からも友達に置いての話しを彼から聞き、脳天直撃するような言葉を貰い、なんともまぁ身近な間からも大切な想いと言う物を教わる事があるんだとした気がつきに発見がありました。”そんなの友達じゃないやん、、、”寺久保のその言葉がとてつもない程にこの僕の心に響いてます。僕の人生は僕を含め、皆の関わりの中、まさに寺久保が口にしたその言葉の意味合い通り、そうした”関係”間柄しか築けてなかったように思い、だからこそ、自分の住む、生きていく世界を変えたく、あぁでもねぇ、こうでもねぇとやってきてるんですよね。と、まだまだ色々と多くあるのですが、どれもこれも言えば長くなるのでこんなもんにしとこ、、、
2011.10.04
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2011.10.04
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2011.10.03
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