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古典民謡では、荘厳な本歌の後に、1~3番歌詞分の歌を付けるものを〔ちらし〕と言う。 例えば、 「鶴亀節」を3番まで歌い、(歌待一回)続けて「矼(はし)ゆば節」の(歌待2回)1~3番歌詞 「赤馬節」を3番まで歌い、(歌待一回)続けて「しゅうら節」の(歌待1回)1~2番歌詞 と〔つなぎ〕を入れる事を〔ちらし〕となりますが、注意は〔ちらし〕専用の歌詞が、〔ちらし〕とされる曲に書き加えられている事です。 献上曲を荘厳とすると、〔ちらし〕は気分を和らげる効果があり、献上先役人に対し「恐れ多き事でありますが・・・、お近くに寄らせてください・・・、拝んでから下がります・・・。」と本歌の後に付ける事が〔ちらし〕の役割。 〔ちらし〕の歌待(イントロ部)は、本歌曲終わりの(歌待)に続けて(途切れる事の無い様に)〔ちらしイントロ部〕をつなぐ為、本歌歌待と似た〔ちらし歌待(イントロ部)〕は、2回続けるのではなく一回省略して弾く。(3回歌待となる為) 荘厳な本歌で「唄者は、気を張り詰めた雰囲気で歌い、聞者は身を引き締めて聞く」為、〔ちらし〕を使い「気分を緩め、和やかな雰囲気」を演出する。 歌舞伎では、「前歌 手事〔ちらし〕 後歌」となる。 後ろに垂れ下げている髪形を〔ちらし髪〕と言う。
2004年12月14日
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この曲は、軽快なテンポで、たいへん調子の良い歌。 五穀豊穣の様子を、軽やかに表現してあり、農業(一次産業)奨励民謡として、農家を中心に愛唱されている。 石垣市大浜村(読み人不明) 「大浜節・山入らば節」(本調子)1、山入(ヤマイ)らばぬ 山入らばぬ ヤゥ 山行(ヤマイ)きたむぬ 取(トゥ)りぶなりゃ為(タミ)す 〔山に入るなら山に行き、薪を取って来て炊事をして、妹の為に加勢する〕※、イサガションカネヤマウタキニヤマヘルラッチュンナマヤゥ2、原(ハル)入らばぬ 原入らばぬ ヤゥ 原行(イ)き 畑(ハタギ) そうりびぎりゃ為(タミ)す 〔畑に行くなら作物の雑草取りをして、兄さんの為に加勢する〕※、イサガションカネヤマウタキニヤマヘルラッチュンナマヤゥ3、麦(ムン)稔(ノー)らばぬ 麦稔らばぬ ヤゥ 麦ぬ なをりすや ザラ ザラしい 〔麦の稔っている状態は、クバ笠や手などに、ザラザラ音をたてるくらい稔っている〕※、イサガションカネヤマウタキニヤマヘルラッチュンナマヤゥ4、米(マイ)稔(ノー)らばぬ 米稔らばぬ ヤゥ 米ぬ なをりすや つぃだ まぐとに 〔稲の稔っている様子は、あたかも数珠玉の様に太く固い(実入りが良い)〕※、イサガションカネヤマウタキニヤマヘルラッチュンナマヤゥ5、粟(アワ)稔(ノー)らばぬ 粟稔らばぬ ヤゥ 粟ぬ なをりすや ならさ石(イシ)に 〔粟の稔っている様子は、(ウル石・サンゴ石)枝サンゴの様に〕※、イサガションカネヤマウタキニヤマヘルラッチュンナマヤゥ6、芋(ンム)みーらばぬ 芋みーらばぬ ヤゥ 芋ぬ みーりすや ぴんてぃかんてぃ 〔芋の稔っている様子は、地表に点々と突き出てくる〕※、イサガションカネヤマウタキニヤマヘルラッチュンナマヤゥ7、桃(ムン)折(ブ)らばぬ 桃折らばぬ ヤゥ 桃ぬ 実(ナー)りすや 枝(ユダ)実(ナー)りし 〔山桃を折るならば、実付きの多い枝から折るように〕※、イサガションカネヤマウタキニヤマヘルラッチュンナマヤゥ 赤露染めは、沖縄の日差しにも強く、色あせないのが特徴です。 西表島に自生し、大変貴重な天然染料。
2004年12月13日
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「うやき」とは、「富・財産・五穀豊穣の島」の意1、南風(ハイカジ)ぬ 押(ウ)しゅらば ヤゥ 北(ニスィ)ぬ あぶすぃば 枕(マクラ)ばし ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔南風に押されると、北側の畦(あぜ)を「腕マクラ」の様に倒れるほどの稔りだ〕2、北風(ニスィカジ)ぬ 押(ウ)しゅらば ヤゥ 南(ハイ)ぬ あぶすぃば 枕(マクラ)ばし ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔北風に押されると、南側の畦(あぜ)を「腕マクラ」の様に倒れるほどの稔りだ〕3、女童(ミヤラビ)ぬ 出乳(イディツイ)や ヤゥ かなしゃまぬ すり乳(ツイ)や ヤゥ ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔乙女の乳房をどうしよう、好きな女性の乳房をどうしよう〕4、誰々(タル)にどぅ 取(トゥ)らしょうる ヤゥ 何(ジ)り 何(ジ)りにどぅ 揉(ム)ましょうる ヤゥ ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔誰々に握らせるのか、どんな男に揉ませるのか〕5、肝(チム)知(シ)らん 女童(ミヤラビ) 胸(ンニ)知(シ)らん かなしゃま ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔男の真心を見抜く事を知らない乙女は、男の胸の内を知らない少女は〕6、肝(チム)ば 見(ミ)や 取(トゥ)らしょうり ヤゥ 胸(ンニ)ば 見(ミ)や揉(ム)ましょうり ヤゥ ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔男の真心を見抜いてから握らせなさい、男の胸の内を見抜いてから揉ましなさい〕7、うり取(トゥ)らし なうすが ヤゥ くり揉(ム)まし 如何(イキャ)すが ヤゥ ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔乳房を握らせて何をするのか、玉乳を揉ませて何をするのか〕8、染(ス)みるんでどぅ 取(トゥ)らす ヤゥ 抓(ツィネ)るんでどぅ 揉(ム)ます ヤゥ ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔真心を染める為に握らせるのだ、愛情を結ぶ為につねって、揉ませるのだ〕9、藍(アイ)や だどぅ 染(ス)みらりる 縄(ツィナ)やだどぅ つぃないらりる ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔藍であったら染められるのだが、縄であったら結ばれるのだが〕10、肝(クィム)どぅ 肝(クィム)染(ス)みいる 縁(イン)どぅ 縁(イン) つぃないる ウヤキ ヤゥヌ ウーラスミーガ ヤゥ 〔心と心を染めるのだ、縁と縁を結ぶのだ〕 西表島西部 網取部落の「ウリチ岳」は、崎山が展望できる「毛遊び(今で言う合コン)」の場。 「小浜屋の山戸主」が昔の青春時代を「ゆんた(ウリチィ岳節)」にして即興で詠っていたのを、後の音楽家の手により改作発表して「うやき節」が世に出る。
2005年01月30日
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殿様とは、ニックネームで、西表島祖納(そない)の筆者(今の役所の書記役人「1804年」に拝命された「石垣高端」。 彼は、頭が禿げ上がり、あたかも大和の殿様の月代(サカヤキ)の様だと持て囃されていた。 八重山で小町娘と評判高い「カマドマ」と言う美人を賄女としていた。 「1817年」この二人の恋愛実情を知り尽くし、大和歌にも精通していた「石垣用典」の作とされている。 殿様節1、浮世(ウキユ)に 名取(ナトゥ)たる 恋(クイ)ぬ 氏神 祖納(ソナイ)ぬ 殿様(トゥヌサマ) 我(バ)んどぅ やゆる かまどーまぬ 事(クトゥ)思(ウム)いどぅ 船浮に行くよば2、かまどーま 思(ウム)いぬ 殿様(トゥヌサマ) 抱ぎ欲(ブ)しゃぬ 立(タ)ちん びちん ぶらるぬヤゥ いらよまーぬヤゥ 立ちん びちん ぶらるぬヤゥ3、前崎先(マイザスィサクィ)から 殿様(トゥヌサマ)舟(フニ)ぬ とぅん出(ディ)だらヤゥ 船浮 かまどーま 焼酎(ショウチュ)呑(ヌ)まんでぃ しっちゃ うっちゃらヤゥ4、うりどぅ うり 殿様舟(トゥヌサマフニ)で 思(ウム)いまち ぶるけ 松田屋(マツィダヤ)ぬ 加那(カナ)ぶじどぅ 高間かい おるそぅぬヤゥ5、尚又(ナウマタ) とぅん出(ディ)たる 是(クリ)どぅ 確かに 殿様舟(トゥヌサマフニ)で 思(ウム)い かめぶるけ 西表屋(イリムティヤ)ぬ なーむぬ ビラマぬ 菜種(ナーダニ)あーしおるそぅぬヤゥ6、あまぬ 妬(ニタ)さん 照(ティ)る 太陽(ティダ)ん 闇(ヤミ)なる だきヤゥ どぅけぬ 辛酸(シンサン) くばでーさ本(ムトゥ)ば かい抱ぎ ぶたんよば7、船浮村 千秋万歳(シンシュバンザイ) くばでーさぬ 下(スィタ)なかヤゥ 脛(シニ)ぬ 傷(ヤム)むんけ 膝(つぃぶすぃ)ぬ 傷痺(ヤムン)け 立ち 待ち ぶたんよば 訳意 世間に恋の氏神とまで言われた、祖納村の殿様こと「石垣高端」とまで、浮名を立てたのは自分である。 カマドマ美人の事を思って、自分は船浮に船で行くんだよ。 カマドマ恋女の思いは、殿様役人を抱き締めたさに、立っても座っても居られないヨ、イライラして、心が落ち着かず、立っても座っても居られないヨ。 船浮村の前に突き出ている岬から、殿様の舟らしいのが、目に飛び込んできたので、船浮村のカマドマ美人は、「泡盛」のお土産を飲めると、ノド舌打ちしているよ。 今度こそは、殿様舟だと思っていたら、松田家の加那爺が高間牧場へいらっしゃる舟だった。 尚又、舟が飛び込んできたので是こそはと思っていたら、西表家の「長座癖・長いおしゃべり好き」の「ビラマ」がおしゃべりに来る舟だった。 余りにも「嫉妬」で照りつける太陽も闇にしたいくらいだよ。 その時の「苦しみ」に耐えられないので、クバデサ木を殿様と思って、掻き抱いていたんだよ。 船浮村に古くから生えている、クバデサの木の木陰で、スネが傷むほど、踵・膝が、痛み痺れるほど、立ったり座ったりして、待っていたヨ。 すごい凄い。。ここまで想いを通し、待ち焦がれている様子が、リアルに表現されています。 悪役人の歌が多いなかでの、恋焦がれる歌。「殿様(トゥヌサマ)節」 西表島に自生する(クール)と言う木の根っこで染めた布。 西表はなんと言っても、希少動物「いりおもてやまねこ」 ちなみに、この付近の島猫(野良猫)「山猫」と呼びます。 方言では、「まやー」。犬は「イン」・・「イングァ」犬小です。
2004年10月25日
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宮古民謡「新可愛者小よ(しんかぬしゃがまよ)」(本調子)作詞国吉源次貴女(ウワ)が 事(クトゥ)うゆあてい思(ウム)うやしどぅ 知(ス)しうたる字(ズ)うまい読(ユ)みうたる文字(アヤ)うまい忘(バス)きにゃんよ 可愛者小(カヌシャガマ)よ〔貴女の事を想う余り、知っていた字すら読めていた文章ですら忘れ去ってしまうようです。〕峯(ンミ)や七峯底(ナナンミスウク)や七底越(ナナスウククイ)なり来(ク)ばよ返(カイ)しふいなよむどぅしふぃなよ 可愛者小(カヌシャガマ)よ〔峰山を七山底を七底越えて来るので、断り追い帰す事はなさらないでね、愛しい人よ〕月夜(ツき゜ユ)が まんなあらだかかりやよ月中(ツき゜ナカ)がまんな音高(ウトウダカ)かりゃよ闇夜(ユアム)がまならば 月末(シミヤ)がまならば通(カユ)いふいるよ 貴男(ビキリヤ)がまよすうまりやがまよ〔明るい月夜は人目につきます、月の中頃も人目につきます、闇夜の下旬頃になってから通って来て下さいね、私の恋しい貴方〕以下省略します。
2006年01月14日
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リズム名 読み 部族 由来・説明 Abondan アボンダン バウレ族 王様に捧げる踊りの為のリズム Anene アネネ Denadon デナドン 若い女性の為のリズム Dja ジャー マリンケ族 成人式のリズム Djansa ジャンサ バンバラ族 Djabara ジャバラ マリンケ族 ギニア東北部ワソロンのリズム Djagbe ジャグベ マリンケ族 ギニア東、マリ、コートジブォワールに由来する Djagbewara ジャグベワラ ギニア東北部ワソロンのリズム Donba ドンバ バンバラ族 Doundounba ドゥンドゥンバ 男の力強さを表現するリズムで地域・部族ごとに50種類くらい有ります Fankani ファンカニ マリンケ族 ギニア東北部ワソロン固有のリズム Garanguedon ガランゲドン マリンケ族 マリのリズムでガランゲとは靴職人の事 Jole ジョレ ティミニ族 別名「Asico(アシコ)」元々アシコという四角い太鼓のリズムです Kasa カーサ マリンケ族 ギニア東北部のリズム Kakiranbe カキランベ スス族 農耕の神に捧げるリズム Komodenu コモデヌー コモデヌという人達のリズムで本来の名前は「KOTEDJUGA」 Konkoba コンコバ マリンケ族 農耕・耕作のリズム Koteba コテバ Kuku クク とても人気のあるリズムでお祝い事のリズム Lamba ランバ バンバラ族 年配の女性の為のリズム Makuru マクルー スス族 ヤンカディの後に演奏されるリズム Mandjani マンジャーニ 若い女性の踊りの為のリズム Mane マネ スス族 Mamaya ママヤ マリンケ族 結婚式などで演奏するリズム Marakadon マラカドン マラカ族 子供たちのリズム Ngoron ンゴロン セヌフォ族 成人式の後の少女達の踊りのリズム Sofa ソファ マリンケ族 王様や偉大な戦士に捧げるリズム Soko ソコ マリンケ族 成人前の子供の為のリズム Soly ソリー 成人の儀式のリズム、部族や地域ごとに違うリズムが有ります Sunu スヌー バンバラ族 Toro トロ マリンケ族 成人儀式のリズム、元はワサンバで演奏していた Triba ティリバ ランドーマ族 ギニア北部BOKE周辺のリズム Wolosodon ウォロソドン バンバラ族 Yenkady ヤンカディ スス族 誘惑のリズム、満月やラマダン明けに演奏主に、ジャンベなどで演奏されるリズムの一例です。 コートジボワールジャンベ ■【送料代引手数料無料】 REMO ジャンベ14″キンテクロス ■【送料代引手数料無料】 REMO ジャンベ12″アース アフリカンジャンベ TRIBAL BEATProfessionalDjemb/DJ10500 マリ製中型ジャンベ(062) ギニアジャンベ『フォラ』 ジャンベ <コート・ジ・ボワール> ジャンベ ビギナーモデル <セネガル> マリ製大型ジャンベ(051) ケンケニ ドゥンドゥン(ジュンジュン)大~ドゥヌンバ~
2005年04月13日
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寒さが続いていますね。温泉地や旅館(特に寒い地方)では丹前(たんぜん)を浴衣以外に備えていますね。「丹前(たんぜん)」承応・明暦(1652年~1657年)頃江戸神田四軒町雉子町の続は、松平丹後守(まつだいらたんごのかみ)屋敷があった。この屋敷の前に町風呂があり、湯女を置く一種の遊所として大繁昌していた。丹後守殿の前にあったことから、この風呂屋を「丹前風呂」と呼ばれ、そこへ通う遊客の伊達な風俗を丹前風と称していた。襟・袖口・フキに綿を沢山入れた一種闊達な仕立て方が、風呂上りの湯冷めを防ぎ、伊達な遊び着として扱われたのが始まりです。当時、丹前と同じ構造をした着物があったわけでもなく、後に「丹前」と呼ばれるようなドテラ風の小袖を丹前と俗称したのが起源とされています。当時一般的には、寒さ対策として、小袖の上に小袖を重ね着た着こなしであり、打ち掛け風に小袖を羽織る事が主流でした。その後、縞紬や縞木綿に染形も稀にある新しい形の着物が流行りだした。仕立て方は、綿入れ小袖に準じて広袖に作る。男物は、黒八丈。女物は、黒ビロードの掛襟をするのが一般的。「丹前」と「江戸ドテラ」の違い「丹前」は、蒲団と同様に数ヵ所を綴じ糸で綴じている。「江戸ドテラ」は、けっして綴じる事はない。綴糸があり、やや大形に製したモノを「カイマキ(掻巻)」と称して夜具に用いた。伝法な人達は、カイマキを外出着や部屋着に用いた。娼家の主人、博徒といった遊民、あるいは娼妓などは自家で常に着ていたようです。 本場久留米綿入長丹前 絵かすり丹前 おくるみ丹前 スーパートルマリンエナジーどてら送料無料、代金引換手数料無料保温・通気性にも優れたリラッ... ナカノヒロミチの家紋男物はんてん(男専科) 婦人用 あったか~い中わた入り半天 送料無料! シルクの感触がたまらなく気持ちいい!【東京西川】真綿かいまきふとん ポーランド産ホワイトグースダウン93%羽毛かいまき布団(綿衿カバー付) キャメル100%毛布かいまき
2006年01月03日
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