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2004年11月25日
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カテゴリ: 沖縄関係
「まつぃがねーゆんた」

現在も八重山の新築祝いの席で唄われています
 石垣島の大川村に、「松金」と言う若者が居た。

16歳で両親と死に別れ、75歳の祖母と弟二人、妹二人の六人家族で、大変貧しい暮らしをしていた。

 「ムイアッコン」と言う、畑主が掘り残した芋を捜す、そんな生活(当時の風習)だった。

 ある日、「松金」は「嘉手川松・筑登之」の畑に入って居る所を見つかり捕えられる。

 有らぬ疑い(麦・粟等も盗む)をかけられ、決め付けられムチ打ちに遭う。

 血だらけになりながら、家に帰り、祖母に話すと

の言葉に従い、後に最高官の頭職になる。

 新築の祝いと頭職昇進の祝賀会を開く事になり、その席上で、
「嘉手川松・筑登之」は存命かを確認させ、会場まで案内し、上座に座らせて、感謝し御礼を述べた。
 「頭職まで昇進できたのは、貴方様のおかげ」
 「ムイアッコンのおかげ」
と、公衆面前で、その経緯を話した。
 会の献立は全て芋料理。
「嘉手川松・筑登之」は、即興歌を唄わせて欲しいと、願い出て「松金」の生い立ちを唄い「松金ゆんた」として後、新築祝いの席で、必ず謡われる様になりました。「1791年」作



 「まつぃがねーゆんた」甲乙交互に謡い合います

甲、まつぃがねーぬ 〔ヒハーヒ〕 まいふなーぬ 〔ヒヤサー〕 家(ヤー)建てぃや 〔ヤラムツィムツァイ〕



甲、くゆさから 〔ヒハーヒ〕 掘(フ)るぃ建てどぅ 〔ヒヤサ ー〕 うだそぅぬ 〔ヤラムツィムツァイ〕

乙、内家戸(ウツィヤドゥ)や 〔ヒハーヒ〕 つぃにふ家戸(ヤドゥ) 〔ヒヤサー〕 やだそぅぬ 〔ヤラムツィムツァイ〕

甲、外家戸(フカヤドゥ)や 〔ヒハーヒ〕 取るぃくびどぅ 〔ヒヤサー〕 やだそぅぬ 〔ヤラムツィムツァイ〕

乙、ならふどぅぬ 〔ヒハーヒ〕 たきふどぅぬ 〔ヒヤサー〕 いくだら 〔ヤラムツィムツァイ〕

 ここまでの訳意


乙、幼少の時から(穴堀るぃ家)掘建て小屋で生活していたが
甲、小さい時から掘建て小屋で生活していたが
乙、内側の戸は、葦(アシ)の戸であった
甲、外側の戸は、茅(カヤ)の戸であった
乙、自分なりの、背丈も伸びて、成長していった


甲、於茂登山(ウムトゥヤマ) 〔ヒハーヒ〕 照(ティ)らすぃ頂 (ツィズィ) 〔ヒヤサー〕 登(ヌブ)りょうり 〔ヤラムツィムツァイ〕

乙、キャンぎ木ば 〔ヒハーヒ〕 白身(シルミ)じょう木ば 〔ヒヤサー〕 出(イ)だしょうり 〔ヤラムツィムツァイ〕

甲、時(トゥクィ)いらな 〔ヒハーヒ〕 暇(ピマ)いらな 〔ヒヤサー〕 家持(ヤーム)ちき 〔ヤラムツィムツァイ〕

乙、島々(スィマズィマ)ぬ 〔ヒハーヒ〕 村々ぬ 〔ヒヤサー〕 内(ウツィ)から 〔ヤラムツィムツァイ〕

甲、大工主(ダイクシュ)ば 〔ヒハーヒ〕 手勝(ティマサ)りゃーば 〔ヒヤサー〕 見立(ミタティ)よぅり 〔ヤラムツィムツァイ〕

乙、大工主(ダイクシュ)ぬ 〔ヒハーヒ〕 手勝(ティマサ)りゃーぬ 〔ヒヤサー〕 考(カンガ)いぬ 〔ヤラムツィムツァイ〕

甲、五(イツィ)ぬ貫(ヌクィ) 〔ヒハーヒ〕 七(ナナ)ぬ貫(ヌクィ)ぬ 〔ヒヤサー〕 くい建てぃよぅり 〔ヤラムツィムツァイ〕

乙、内家戸(ウチヤードゥ)や 〔ヒハーヒ〕 キャンぎ木し 〔ヒヤサー〕 はい建て 〔ヤラムツィムツァイ〕

甲、外家戸(フカヤードゥ)や (ヒハーヒ〕 白身上質(シルミジョウシ) 〔ヒヤサー〕 はい建て 〔ヤラムツィムツァイ〕

乙、うんから 〔ヒハーヒ〕 まつぃんがねーや 〔ヒヤサー〕 名通(ナトゥ)らり 〔ヤラムツィムツァイ〕


甲、於茂登山(石垣にある沖縄県下一の高山標高525m)に登り
乙、キャンぎ木の白い部分の木を切り出し
甲、時間を掛けず、休憩もせず、家に持ち帰り
乙、島々・村々の中から選ばれた
甲、大工達は、腕が冴え、見立ても良く
乙、大工達の腕利きの創意工夫によって
甲、五つの貫木を入れ、七つの貫木をいれ、建てた家は
乙、内側の戸は、キャン木の上質材で造り(いぬ槙・マキ)
甲、外側の戸は、イーク材の上質材で造り
乙、それから、松金の名前は、世間に轟いた。(広まった)


 〇〇ゆんたと〇〇節の違いは、11月18日の日記を見てください。
 この時代、仕官役人に成る事は、大変難しく、新築出きる様になるまでは、どの人も苦労を重ね、ねぎらいの歌。

 士族・平民の差が、かなりあった時代の話。

 男性士族は、黄色の鉢巻。着物は黒朝衣、カンザシは銀製・べっ甲。帯は赤・黄の緞子。白足袋に草履下駄・竹皮の草履。

 男性平民は、鉢巻なし。着物は黒木綿・黒苧麻無地・丈が短い。カンザシは真鍮製。帯はミンサー。下駄・草履・傘は許されず、褌は黒。特別の時のみ、アダン葉の草履。ふだんは裸足。

 見るだけで、身分が判る様になっていた。




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最終更新日  2009年03月29日 10時19分59秒
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