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イラクでの人質事件でそれまでアメリカ寄りだったフィリピンでは、アロヨ大統領が51人のフィリピン軍の撤退を決めた。 記事その1 記事その2かつて私は日記で政治家の判断が人を殺すということを書いた。ここだこの日記を書いた時に人質になっていたのは韓国人だったが、日本人も人質になったので、とても他人事とは思えない。アロヨは批判を恐れずに、対米関係の悪化と自国民の命を天秤にかけた。その結果が今回の決断だったというわけだ。アロヨ大統領は悩んだだろう。決断をする者はいつも孤独だ。そしてその決断には人の命がかかっている。しかし最終的には海外での出稼ぎが多い国の苦悩を判断材料にしたようだ。もちろんこの判断には「テロに屈するのか?」という批判もあるだろう。日本人としてはダッカ事件を思い出す人もいるだろう。 ダッカ事件についてアロヨは今回の判断後にこう表明したらしい。第一に、私が責任を取ります。第二に、私は謝罪しません。第三に、私は大統領就任の宣誓に従いました。(ニューズウィーク日本語版8月4日号から抜粋)そして「この決断を後悔しない」とも言っていると聞く。アロヨの決断は正しかったのだろうか?それとも間違っていたのだろうか? 私は今でも考えている。ただひとつ言えることは、今回のような独自の判断をするということがとても困難なことだったということだ。それでもアロヨは撤退を決断した。ある意味これは「勇気ある決断」だったのではないか?大切なことは「自分で考える」ということではないか?私はそう考えた。
2004.07.29
近鉄とオリックスが合併するというニュースから、1リーグ制まで、プロ野球は今すごいことになっている。選手会ではこうした流れに危機感を持ち、署名活動をしている。合併と球界再編が結果として仕方ないなら諦めもつく。しかしファンと選手の声をまったく聞かないで会議室で決まるのはどう考えてもおかしい。選手会の言いたいことは簡単だ。署名にはこう書かれている。私はファン不在で進む、急速な球団合併、1リーグ制への動きに反対するとともに、 ファンにもわかりやすいオープンな場での議論を通じ、球界改革が行われることを望みます。(選手会ホームページから)ここから署名できます。「ネット署名はこちらから」をクリック。もしこのまま1リーグ制になったら日本シリーズはなくなるのか?オールスターも単なる東西対抗になって面白くなくなるのではないか?そして何より野球の裾野が狭くなるのではないか?選手会にはファンを差し置いて会議室で大事なことを決める老人たちに、最後まで抵抗して欲しい。
2004.07.28
私の掲示板を開けるように要求する者がいるが、そんなものは受け入れない。何でも命令すれば聞き入れられるとでも思っているのだろうか?まるで子どもだ。 この人だ>自分の言葉で語れない人間。或いは、他人から聞いた言葉を自分の脳内で消化し新たに発し直す事も出来ず、そのまま振りかざす人間など見ていて無様(ぶざま)だよ。私はすでに何度も自分の言葉で語っている。天皇制についても、長崎の事件でも。>貴方に魂の救済を。何度も言うが意味不明である。この人やはり自分の言葉に酔っているのか?無様だ。そんなに私に相手にしてほしいのだろうか?楽天はやはりレベルが低い。殺人を肯定したい者。掲示板に執着する者。>そんな低脳が「楽天は低レベルだ、救いが無い」と嘆いているなんて、喜劇以外の何物でもないだろう。おやおや「低脳」とはエレガントな言葉だね。君にお似合いだ。こんなこと言っているようでは君とは直接話ができないな。>「本当に弁護士さんがそう言ったの?」って疑いすら出て来そうだね。疑いたければ疑えば? まるでイラク人質事件での「自作自演」みたいだ。本当に言ったかどうかは本人に聞いてみればいい。また、「この(批判している)人による被害者は多い」というメッセージも私のところに来ている。この方は異常に執着することで多くの人に迷惑をかけているのだろう。気が付いていないのは本人ばかりだ。かわいそうに。同情するよ。天皇制について語りたいなら自分のページに書けばいい。どうして私の掲示板に執着するのか?
2004.07.27
楽天の中には殺人を肯定したい人が現実にいるようだ。狂っている。これでは私が何を書いても無駄だ。どうして殺人の肯定はもっと批判されないのだろうか?考えられることは二つ。その1 人が殺されることなんてどうでもいい。その2 意見を言ってしつこく反論されるのが嫌だ。これが現状だろう。殺人の肯定に何の意味があるのか。意味などない。殺人を当たり前のように肯定する人も驚きだが、殺人の肯定を批判した私を批判したがる人にもまた驚きだ。これは楽天に限られたことなのだろうか。それともネット全体のことだろうか。殺人の肯定など狂っている。救いようがない。追記 ある掲示板でこんなことを私に要求している者がいる。>私が救いをもたらしてやるからサッサと掲示板を開けろ。お題目は「天皇制」な。この人は何様のつもりか。ネット界の王様気取りか。誰が言うことを聞くか。命令すれば何でも自分の言う通りになるとでも思っているのか?こんな人とは話なんかできないね。*今もまだ掲示板や日記コメントは受け付けません。今開けても泥仕合になることは明らかですので。言いたいことはメッセージでどうぞ。なお、狂っている人のメッセージはすぐに削除します。
2004.07.26
日記を休止してから数日たつが、私を日記で批判している人がいる。 ここだ>この人は相手のレベルが低いと嘆く。・・・しかし他人から見れば目糞鼻糞。似たような低レベルだった。(私がROMで見る限り)この人は私のレベルが低いという根拠を書いていない。これでは反論すらできない。ここに知性のなさが見える。議論としては致命的な欠陥である。この批判している人はレベルが高いのだろうか?殺人の肯定について何か意見を述べたのだろうか?レベルの高いやり方で。殺人を肯定するような場所では何を主張しても無駄だ。最低限の共通認識がない人とは話ができない。私にメッセージをくれた弁護士もこう言っている。>>相手の方は議論のための議論を楽しんでいるとしか思えません。しかも、その議論も基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです。私の個人的感想としては、放っておくべきだなという感じです。むしろ議論を交わすことで、それを読んだ他の人がそんな理屈もありうるのかなどと変に納得してしまうのがこわいですよね。理屈にすらなっていないのに。楽天は殺人の肯定も問題にならないレベルだった。あまりに低すぎる。>この人は日記を読んで欲しくないと言う。・・・ネットは世界中に繋がっているのに? 少なくとも殺人の肯定をする人には私の日記を読んでほしくはない。殺人の肯定を批判しない人にも読んでほしくない。>「楽天には救いが無い」と嘆く有様は実に滑稽だ。殺人の肯定をしても批判らしい批判がされないのは明らかに悲劇だ。これでは長崎の事件のようなことはなくならないだろう。>では“救い”をもたらそう。魂の救済を。意味不明。「魂の救済」とは何のこと?この人自分に酔っているのか?やはりここはレベルが低い。もう駄目だな、この人は。*掲示板や日記コメント、トラックバックは現在すべて受け付けていません。言いたいことがあればメッセージでどうぞ。
2004.07.25
日記を書く気になれない。どうせ読んでいるのはこんなレベルの議論しかできない人だからだ。>議論も基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです。もちろんすべてではないが、「読んでほしくない」人が多すぎる。「レベルの低い議論」の本人もまったく反省していないところに哀れさがある。気が変わったら日記も書こう。意味のないところに真剣に日記を書いても無駄だ。楽天には救いがない。
2004.07.20
またもや反論している者がいる。 ここだ>>日本の法律では復讐は許されていない。>人間には法律を破る自由もあるのですよ。刑法は、行為に対してのペナルティを定めているだけです。ペナルティを引き受ける覚悟さえあれば、あらゆる行為がゆるされています。今度は「法律を破る自由」か。詭弁もここまでくるとすごいものだ。>>それではどうして現在の刑法では殺人を許していないのか? >刑法のどこの条文で殺人を許していないのか、具体的な条文を出して教えてください。各条文だ。復讐で殺したら殺人になる。>りゅうちゃんミストラルさんは、小役人的な発想しかできないのでしょうか?批判の主は殺人の肯定しかできないのだろうか?>>「表現の自由」を暴力で奪うことは問題ないと考えているのか?>掲示板や日記への都合の悪い書き込みを消しまくる行為は、「表現の自由」を暴力で奪うことです。自分が開いた掲示板だから、何をやってもいい!というのでは、件の彼女たちや、ぱど厨と変わりありません。私は自分のページには「独断と偏見で削除する」と書いてある。私のページに書きこむ者はその条件の上で書きこんでいるはずだ。何ら問題はない。書きたいなら自分のページにでも書けばいい。私は日記でもそう主張した。それとも表現の自由は私のページにしかないのだろうか?その前に、長崎の事件で加害女児は被害者の「発言の自由」を奪った。これは問題ないのか?追記 掲示板を開けましたが、再び閉めました。この日記の最後に書いてありますが、殺人の肯定についてもう話し合いの必要がなくなったからです。追記その2 弁護士菅谷公彦さんの見解。 楽天のページを持つ弁護士の方からこんなコメントをもらいました。相手の方は議論のための議論を楽しんでいるとしか思えません。しかも、その議論も基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです。私の個人的感想としては、放っておくべきだなという感じです。むしろ議論を交わすことで、それを読んだ他の人がそんな理屈もありうるのかなどと変に納得してしまうのがこわいですよね。理屈にすらなっていないのに。人を殺して良いという思想は憲法の容認するものでないことは明らかですよね。 なお、私の意見を表に出していただいても全然私はかまいませんよ。最初は、むしろコメントとして送信させていただきました。ただ、これ以上の議論はしませんよ。以上は、私の意見であり、これが議論することによってぶれることはありえません。発信はし続けます。というわけでもうこの話は終わりにしたい。また根拠もない「著作権法違反」と言われるのもくだらないことだしね。今回の教訓 殺人の肯定をする人がいるとは信じられない。また、殺人の肯定に賛同する人まで出てきたことも信じられない。 これでは凄惨な事件がなくならないわけだ。まさしく「話せばわからない」だ。 レベルの低い話には疲れた。
2004.07.17
またもや反論になっていない反論がある。 ここだなんだかこの掲示板では「2-1」とか下らないことを気にしているような人もいるようだが、それではどうして現在の刑法では殺人を許していないのか? そのことがまったく考えから欠けているようだ。そもそも掲示板は数の競争をする場所ではない。そして「数が多いほうが勝つ」のは民主主義ではなく「全体主義」だ。その場にいた数人で殺人の是非を決めてしまうのか?これでは「全体主義」ですらない。問題は人数ではない。殺人の肯定の次は「算数」か。レベルの低い話にはついていけない。>>殺人は許されないものだからだ。法律もそうなっている。>なっていません。一定の刑罰を受ければ許されます。法律はそうなっています。>殺人犯も初犯で模範囚なら5年程度で許されます。詭弁だ。それは刑罰を受けた後のことだ。殺人自体が許されたわけではない。刑罰を受けることそのものが殺人を法律が許していないということだ。>殺人の肯定をしたわけではなく、殺人を肯定できる論理をしめしただけでなんですけどね。思い込みの激しい方は困ったものです。同じことだ。殺人を肯定して何の意味がある?>>まさか批判の主は被害者家族の前でも殺人の肯定をするわけではあるまい。 >思考実験で、被害者家族の前で殺人を肯定してみましょう。>「あなたの娘の命を奪った犯人を殺して復讐をしましょう。あんな悪いやつを殺すのは正しいことです!」できちゃった(w ・・・・・・・人生には余裕が必要ですね(w日本の法律では復讐は許されていない。もし復讐が許されれば、法律そのものが成り立たなくなる。批判の主はそんなことも知らないのか。批判の主が言っていることは「余裕」などではなく、単なる「暴言」でしかない。こんな言葉に意味があるのだろうか?ところで批判の主は長崎の事件で殺された女児の「表現の自由」については何ら語っていないが、「表現の自由」を暴力で奪うことは問題ないと考えているのか?答えられないから答えないのだろう。やはりかわいそうな人だ。同情に値する。 参考資料1
2004.07.16
またもや私に反論している者がいる。 この日記だこちらも回答せねばなるまい。私は悪口がいいと言ってはいない。悪口はいけないことだ。だが、悪口があったからといって殺人してもいいわけがない。私はすでに6月10日にこんな日記も書いている。 ここだ>あなたが行っているのは「主張」です。なぜ、その主張が正しいのかを説明してください。>>誰も殺してはならぬ。殺人を正当化してもならぬ。>なぜですか?現在は殺人も殺人の正当化も許されていないからだ。殺してしまったものは元に戻せない。だから殺してはならない。殺してしまったら相手の発言を暴力で封じることになる。殺人は批判の主が嫌がる「表現の自由を奪う」ことになる。殺された者にも言い分は当然ある。殺すということは反論の機会を永遠に奪うことだ。表現の自由は殺人を正当化する者特有の権利ではない。殺された者が生きていればこれから楽しいことがあるだろうから、殺人は「将来の楽しみを奪うこと」にもなる。生きていたら被害者の女児は美味しい物も食べられただろう。恋愛もしただろう。しかし殺してしまったらすべては不可能になる。これは残された家族も同じだ。さぞや無念だろう。それでも殺人を正当化するのか。私には信じられない。>>いかに悪口を言われようとも殺す他に方法はある。>>必ずある。>論拠はなんですか?それは上記の日記を読んでみればわかる。悪口を言われたから殺すのではあまりに短絡的な思考だ。どうして殺すという選択をしてしまうのだろう。>>だから殺人に意味を持たすな。>なぜですか?では聞くが長崎の事件で加害女児は殺した後満足しただろうか?殺した翌日は?二日後は?後悔したのではないか?決して「殺してよかった」とは思うまい。「殺してよかった」と加害女児が今でも考えるなら、それなりの制裁を受けるだけだ。>>そして殺すな!>なぜですか?殺人は許されないものだからだ。法律もそうなっている。何度も言うが、殺したものは二度と元には戻らない。そして誰にも人を殺す権利はない。>>殺すことは何ら問題の解決にはならない。>なぜですか?長崎の事件で殺したことによって何か解決したか?何ら解決していない。私に「なぜですか?」とばかり聞く批判の主は、まるで小学生だ。こんな初歩的なこともわからないのだろうか?私は驚き、そして批判の主に同情する。また、批判の主は「表現の自由」というものを誤解しているようだ。誰にでも読めるところに書く文章に殺人の肯定をしてしまったら、長崎の事件での被害者家族も読めてしまう。事件が起こった小学校の児童も、学校関係者も読める。批判の主はそれでも殺人の肯定をするのだろうか?表現の自由とはそんなもののためにあるのだろうか?主張する場所を考えたらいい。私は今回の批判の元になった日記でもこう書いている。 ここだまさか批判の主は被害者家族の前でも殺人の肯定をするわけではあるまい。
2004.07.15
誰も殺してはならぬ。殺人を正当化してもならぬ。いかに悪口を言われようとも殺す他に方法はある。必ずある。だから殺人に意味を持たすな。そして殺すな!殺すことは何ら問題の解決にはならない。だから殺人に答えを求めるのは意味のないことだ。またもや「批判にならない批判」がある。 ここだ 何度でも批判の主が書いた以前の発言を載せる。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。>こういう考え方も、あるのです。(本文ママ)>相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。これが批判の主の「主張」らしい。何回読んでも暴言だ。>>殺人の正当化がまかり通ってしまうならば、>>法律の意味すらなくなってしまうではないか?これに対して批判の主はこう言う。>弁護士という職業はご存じですか?またもや詭弁だ。弁護士は殺人の正当化とは関係ない。批判の主は弁護と「殺人の正当化」の区別もできない。>>おかしい。何かが間違っている。>反論できない。という解釈でよろしいでしょうか?「だろうか?」ばかりで、明確な反論が無いようなんですが・・・。 私は明確な反論をしている。批判の主が私の質問に答えないだけだ。結局批判の主は「根拠のない殺人の正当化」ということしかできない人のようだ。大いに同情しよう。かわいそうに。参議院選挙は違憲?定数の格差で、参議院選挙は違憲の恐れがあるという。選挙前にも新聞などでこのことは報じられていた。資料1 資料2この件は訴訟になるのだろうが、裁判所の判断が注目される。まさか選挙結果が無効になったりしないだろうな?
2004.07.14
またしても批判にならない批判をしている者がいる。 ここだ ご苦労なことだ。こちらも反論しなければなるまい。もう一度批判の主が書いた以前の発言を載せる。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。>こういう考え方も、あるのです。(本文ママ)>相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。そして今回の日記。>「言論の自由」とは何を言ってもいいということです。それは、「内心の自由」とともに人類社会の活力と多様性を維持するために必要なものです。何のために殺人を正当化する?その意味は何だ?殺人の正当化が「人類社会の活力」になるのだろうか?「言論の自由」は殺人を正当化するためにあるのだろうか?言っていることがまったく無茶苦茶である。殺人の正当化がまかり通ってしまうならば、法律の意味すらなくなってしまうではないか?また、こうした殺人の正当化に賛成するものまでいる。こんなことを言っている。>単に人殺しを肯定するだけなら迷惑をかけることにはならないと思います。いつから日本では殺人を肯定するようになったのだろうか?殺人を肯定することは迷惑ではないのだろうか?おかしい。何かが間違っている。そして批判の主は今までの私の質問には答えようとはしない。答えられないのだろうか?追記 メッセージで私のほうが正しいと言って下さるのはありがたいが、各自がそれぞれのページでその考えを書いたらどうか?メッセージで私に向けて書いても意味があまり感じられない。暴言の発生源にも伝わらないし。
2004.07.13
まだ意味不明の批判をしている者がいるようだ。 ここだあまりに批判のレベルが低いが、答えることも必要だろう。まずはこのとんでもない発言について。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。>こういう考え方も、あるのです。(本文ママ)>相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。このとんでもない「考え方」の出所を、批判の主はこう言っている。>古代からあらゆる文明で見られる考え方です。死刑執行前の様々な儀式や手順もその考え方の系譜から来ているものです。具体的に例を示していない。これでは反論すらできない。もしかしたらこの方は死刑執行と殺人を混同しているのだろうか?そして、「純粋なら人殺しもあり」になってしまうのだろうか?悪口で殺されてしまうのだろうか?長崎の事件でも被害者家族に向かって、「人の精神を殺したから被害者は殺された」「悪口は殺人よりも罪が重い」と言うのだろうか?被害者家族はそれを聞いてどう思うのだろうか?とんでもない考え方だ。また、悪口を言われても殺さないという判断は、果たして「せこい損得勘定」なのだろうか?人間というのは、「理性」という損得勘定の中に生きているのではないか?そうでもなければ日本中あちこちで毎日、悪口を原因とする殺人が起こっていることになる。ところが現実はそうではない。殺さないことは恥ではない。殺すことに「美学」なんかない!私の言う「出所」というのは、刑法理論などにこうした考えがあるかどうかということだ。そしてその考えは現代でどれだけ認められているかということだ。「こういう考え方も、あるのです」などと言うのは、ただ一人でも考えている人がいれば、何とでも言えてしまう。批判の主の考え方はまるで、オウム真理教の「ポア」の考え方のようだ。かわいそうなことにそんな考え方しかできないのだろうか?そんなにまでして殺人を正当化したいのだろうか?こんな考えがあるようでは凄惨な事件がなくなるわけがない。こんな発言もあった。>あなたの意見に反論と別の見方を提示しただけです。。あなたが自身の人格を批判されたと考えているなら、単なる自意識過剰です。その「考え」というものが、どれほど支持されているのだろうか?しかも私は「人格否定」などと言ってはいない。この方は言っていないことを語るのが好きなようだ。>糾弾されるべきは、異なる意見を持つ人々を排斥しようとする、あなたのような人間です。言論の自由についてきちんと勉強してみましょう。「言論の自由」というのは、何を言ってもいいということではない。そして「言論の自由」というのは、「殺人を正当化」することではない。暴言を放置することでもない。そんなこともわからないのか?言いたいことは各自のページで書けばいい。そして読んだ人に判断してもらえばいい。私を批判している人は、どうやらこのことを理解していないようだ。あなたの考えが正しいなら、どうして法曹界はあなたの考えを反映させないのだろうか?批判の主は歴史を学ぶ前に、殺人がいかに人の尊厳を奪うかということを学ぶべきだ。これは「考え方の違い」で語る問題ではない。法律はあなたの考え方とはまったく違う考え方をしているからだ。つまりあなたの考え方は恐ろしく狭い考え方ということだ。また、以下の質問に答えていない。>まず、批判の主も「刺したほう、悪く無い」と思っているのだろうか?>どうして悪口が殺人に直結するのだろうか?>「殺人よりも罪が重い」というのなら、どうして名誉毀損は殺人よりも罰則が軽いのか?まったく疑問は解決していない。この反論したい人はまともに反論もできないらしい。大いに同情しよう。もう一度みんなに考えてほしい。この発言について。人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。日本の裁判で、こんなとんでもない考えが認められたことがあっただろうか?それともこの人の中では法律は意味を持たないのだろうか?殺人は果たして「相手の尊厳と名誉を守る」のだろうか?この人は以前、タイの少女の件でこんなことも言っていた。「善意の日本人がタイの少女を食い物にする」今でもなお意味不明である。誰がどう食い物にしていたのだろうか?そして「食い物にしていた」という人は、「食い物にされないように」どこで何をしていたのだろうか?追記 「刺したほう、悪く無い」と最初に書いた日記は削除されたようだ。削除されるべきかどうかは別として、暴言は批判されるべきだ。*今日も掲示板は閉じています。言いたいことはメッセージでどうぞ*
2004.07.12
私の日記は休止します。楽天には殺人を「悪くない」という意見、タイの少女に対する善意を「食い物にする」といった意見の方がいるようです。そうした考えがあることも、賛同することも驚きですが、そんな考えが批判されないのも驚きです。こうした場所で私が訴えても意味がないと考えますので、日記は休止します。私自身もう一度日記の意味を考えます。今後も日記の意味がないようなら、ホームページ自体も削除します。 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。 『草枕』 夏目漱石今まで私の日記を読んでいただいてありがとうございました。*何かご意見がある方は、メッセージでどうぞ。何日かは読みます*
2004.07.10
私のことを批判した日記がある。 ここだ。私はいくら日記で訴えても意味がないのではないかと考え、今日を最後に日記をやめようと思っていた。だから昨日のうちに何人かには挨拶もしていたが、批判があるなら少なくとも今日はその批判に答えなければなるまい。>「人道的在留」と、「不法滞在」。それぞれの場合で「悪く無い」と言ってしまったら、法律の意味が無くなってしまいます>ほんの数十行の文章の中に、これほどはっきりした二重基準を示すことができるのは、自分の中に統一された価値基準が無く、一時の感情で動いているだけだからですね。これは簡単なことだ。日本政府は何ら基本姿勢を変えていない。だから今回のタイの少女のことがあったからといって決して法律の意味がなくなったわけではない。小泉の意向だそうだが、タイの少女は日本で保護すべきと判断すべき人が判断した。文句があるなら判断した人に言えばいい。今後、外国人に対してどう対応するか? 今回のことはいい機会になったはずだ。そんなこともわからずに私のことを二重基準と批判するのは意味のない「批判のための批判」である。糾弾されるべきはこうした無駄な批判をする人であることは言うまでもない。私を批判した日記はこうも書いている。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。>こういう考え方も、あるのです。(本文ママ)>相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。こんな事言っていいの?殺人が、相手の尊厳と名誉を守るのか?これは批判と言うよりも暴言、詭弁である。まず、批判の主も「刺したほう、悪く無い」と思っているのだろうか?批判するにしても、「こういう考え方も、あるのです」ではなく、まず批判する人自身の考えを提示すべきではないか?そして、そうした「殺人よりも罪が重いという考え方」はどこにあるのだろうか?出所をを示していないようだが、それでは話にならない。もしかしたら、あなたが信じているだけ?少なくとも私は自分の日記でこう書いている。>悪口はいけないことだ。だが、だからといって殺してはいけない。>殺す他に方法があるはずだ。>悪口と殺人はどちらも悪い。だが、悪い内容に差がある。このように私は悪口はいけないとはっきり書いている。だが、悪口を書いたからといって「刺したほう、悪く無いと思う」などと言ってもいいのだろうか? 言っていいわけない! どうして悪口が殺人に直結するのだろうか?「殺人よりも罪が重い」というのなら、どうして名誉毀損は殺人よりも罰則が軽いのか?批判した人はこの点については語っていないようだが、これはどうしたことか?もし批判した者が刑法の不備について語るなら、刑法改正のために訴えればいい。そんな勇気が批判した人にあればの話だが。つまりこれも「批判のための批判」でしかない。くだらない。>自分の意見を述べるべきところで「他人の意見ではなく、あなた自身で考えて欲しい。」というのは、「俺様の意見に賛成しろ!」という命令です。これはまったくの曲解。私の文章をよく読んでいない人の言うことだ。私は訴えた。読んだ人がそれぞれの考えを持つことを。「他人の意見」はもちろん「私の意見」をも含む。これもまた「批判のための批判」でしかない。批判をするならもっと論理的な構築が必要だ。こんな批判にもまた失望する。この程度の批判ではレベルが低すぎる。*現在「泥仕合」を防ぐため、掲示板は閉じています**何か言いたいことがある人はメッセージでどうぞ。一度は読みます*
2004.07.09
とにかくタイの少女は滞在の延長が認められた。私も日記で訴えた甲斐があったし、今回のことは署名活動した人の勝利だった。昨日の日記にも書いたが、署名活動する人のことを批判する人が一部に見られる。「善意の日本人がタイの少女を食い物にする」などという批判もある。とても残念なことだ。本当にこんなこと考えているのだろうか?この文章を読んでいる人に問う。善意の日本人は本当に、「タイの少女を食い物にしている」のだろうか? 他人の意見ではなく、あなた自身で考えて欲しい。こうした批判をする人は、今回のことで何か動いたのだろうか?何か提案しただろうか? まさか行動も提案もなく批判するだけ?今回のことは政治的判断なのだから、その判断した人に文句は言えばいい。文句を言いたい人はそんな勇気がないのだろう。法律の問題にしても、ここで論じ合うのではなく、法務省に聞いてみたらいい。どうしてここでの議論に執着するのだろうか?私には理解できないことばかりだ。文句言いたい人は自分で疑問をまとめて法務省に聞いて、その結果を各自のページで訴えればいい。どうしてそうしないのだろう。昨日の日記にも書いたが今必要なのは、日本が今後、外国人に対してどのように対応するのか?その判断が求められている。少なくとも今回のような「人道的在留」と、「不法滞在者対策」は別に考えることが必要だ。こんな意見もあった。>この例を認めてしまったら、きっと法を利用したずるがしこい外国人がたくさん入国してくるのは必須。この例とは今回のタイ人少女のことだが、どうしてこう短絡的な考えしかできないのだろうか?今回の件は小泉も言っているように「人道的」なことだ。そして「一つを認めれば、すべて認める」ということにならない。ケースによって考え方、解決法が違うのは当たり前のことだ。さらに理解に苦しむのは署名活動が終わってから署名に文句を言う人たちだ。これって「後出しジャンケン」ではないか?署名以外の「他のやり方」があるのなら、どうして提案しないのだろうか?署名を提出して、その後に文句を言うのはやはり後出しジャンケンだ。議論のための議論、批判のための批判、そんなものに何の価値があるだろうか?長崎の事件での暴言その2またもやこんな日記が見つかった。読んで欲しい。 これです人を殺して「刺したほう、悪く無いと思う」というのが私にはまったく理解できない。殺人にはそれぞれ理由があるだろう。それぞれの場合で「悪く無い」と言ってしまったら、法律の意味が無くなってしまう。もし自分の子供が悪口を言ったことで殺されたら、やはりこの人は「刺したほう、悪く無い」と言うのだろうか?そして、この「刺したほう、悪く無いと思う」という文章を読んだら、被害者家族はどう思うのだろうか?こうした暴言を誰でも読める場所に書く意味はあるのだろうか?悪口はいけないことだ。だが、だからといって殺してはいけない。殺す他に方法があるはずだ。殺すかどうかの二者択一で物事を考える必要があるのだろうか?悪口と殺人はどちらも悪い。だが、悪い内容に差がある。どうしてこうした暴言が無くならないのだろうか?みなさんも同じ考えですか?
2004.07.08
ここ何日か日記で訴えてきたタイ人の少女については昨日も書いた通り、在留の延長が決まった。少なくとも90日は彼女が日本にいられるということだ。これは決して根本的解決ではない。日本が今後、外国人に対してどのように対応するのか?その判断が求められている。少なくとも今回のような「人道的在留」と、「不法滞在者対策」は別に考えることが必要だ。今回のことが移民の解禁に直接つながるものではないだろう。今回の判断は政治的なものであり、日本の移民に関する基本的な考え方が変わったわけではない。今回の政治的判断には不満がある人がいるようだ。何か言いたいことがあるなら、判断した人に言えばいいのではないか?それともそんな勇気はないのだろうか?フジテレビのニュースで木村太郎が小泉総理の判断について解説していた。それによると、内閣法の規定による「政治的判断」らしい。(もし違っていれば指摘して欲しい)内閣法を調べてみると、確かにこんな条文があった。第8条 内閣総理大臣は、行政各部の処分又は命令を中止せしめ、内閣の処置を待つことができる。(木村太郎が言っていたのがこの条文なのか、もし間違っていたら指摘して欲しい)昨日の日記にも書いたが、また同じような問題が起こったら、日記を書いて訴え、署名活動が起こり、政治的判断が必要になるのだろうか?また、こんな批判もある。 「むにゅう!の日記」から「善意の日本人がタイの少女を食い物にする。」というタイトルもすごいが、「地獄への一本道」という表現もすごい。日本滞在は彼女の願いではなかったのか?いつ、誰が「食い物」にしたというのだろうか?「人が規則を使う」のではなく、「人が規則に使われる」教条主義者が考えそうなことだ。こうした意見に賛同する人がいるというのもまた驚きだ。日本にはいろんな考えの人がいるということなのだろうか?人にはそれぞれ考えがある。しかし私はここで訴えたい。どこか心が狭くないですか?
2004.07.07
今日もタイ人少女の日本在留問題について書く。野沢法相は6日の閣議後の記者会見で、7日午前0時で期限切れとなるメビサさんの在留資格を延長する方針を明らかにした。(yahoo!ニュースから抜粋)報道1 報道2 ナーラック!(タイ語で「かわいい」。タイは微笑みの国です。)この対応は、ただ「在留延長」というだけで問題の根本的解決にはなっていない。今後も彼女には注目していきたい。また同様の事件は起きるだろう。その度に署名を集め、メールを送り、日記で訴えるのだろうか?その前に根本的解決はできないものか?そのことを考えると頭が痛い。私は素直に喜べない。問題はまだ終わっていない。ただ今回のことについては前進ではあります。今までこの問題に理解を示していただいた方に、改めてお礼を言います。ありがとうございました。(青線から下は、在留延長のニュースを聞く前のものです)昨日(5日)の報道ステーション(テレビ朝日系)、ニュース23(TBS系)で今回の問題を取り上げていた。私は自分でもニュース23にこの問題を取り上げるようにメールを送ったので、少し嬉しい。しかし、問題はこれからだ。今までの経緯です。 このことを書いた記事です その2日本人は捨てたものではなかった。6000人が署名に参加してこの問題を受け止めた。ここを読んでくださいタイ語で「良い心」のことをチャイディーという。きっと日本人のチャイディーは彼女にも通じていることだろう。これから協力できる方はどうかここにメールをお願いします。入国管理局のメールアドレスです。あなたの言葉を必要としています。info-tokyo@immi-moj.go.jp多くの方が協力しやすいように、入国管理局に送る「例文」を用意しました。拙い文章ですので、「自分のほうが良い文章が書ける」という方は、ぜひご自分の言葉で訴えてください。皆さんの協力をお願いします。吉田メビサさんの日本在留を認めてください!入国管理局の皆さん、こんにちは。私は といいます。すでにニュースなどで話題になっています、タイの少女吉田メビサさん(13)のことについてお願いがあり、メールした次第です。彼女は両親と死別して日本にやって来ました。日本の祖母を頼って来たのです。その彼女に対して日本は「7月7日までに出国するように」との対応をしたことは、多くの国民が知っていることでもあります。彼女はタイに帰国しても家族はいません。彼女がタイに戻って中学生が一人、どのように生活すればいいのでしょうか?彼女にはもはや選択肢はありません。日本にいることが最善ではありませんか?ぜひ日本での在留を認めてくださるようお願いします。彼女は何も悪いことはしていません。彼女を日本に滞在させることで日本の治安が悪くなることもないでしょう。せめて今彼女が起こしている裁判の結果が出るまで、彼女の在留を認めてください。それまでの間、彼女に対する「身柄の拘束」や「強制送還」を待ってください。すでに6000人の方が彼女の在留を求めて署名をしたそうです。この声をどうか受け止めてください。彼女に対して格別の配慮をお願いします。2004年 7月 日後は判断すべき人が判断して彼女を救うだけだ。チャイディーは日本の役人に通じるだろうか?何度でも問う。彼女を救いますか? それとも追い出しますか?入国管理局の言う「期日」は7月7日だそうだ。今年の短冊は「タイの少女を救え!」と書こう。
2004.07.06
連日日記に書いているタイの少女については、今後も注目したい。彼女を日本から追い出すのかどうかは、世論が決めると私は思っている。誰も何も言わなくても、私は「これでいいの?」と言い続けたい。すでに在留許可を求める署名が、6000人分も集まっているという。 ここを読んでください この署名が「救い」になるのか?それとも「焼け石に水」となるのかは、これから決まる。前にも日記で書いたが、政治家は判断で人を簡単に殺すことができる。今は判断で人を助ける時ではないか?今日の「報道ステーション」(テレビ朝日系列)で、このタイ少女の問題を放送予定です。注目したい。もう一度これを読んでほしい。このことを書いた記事です その2入国管理局のメールアドレスです。あなたの言葉を必要としています。info-tokyo@immi-moj.go.jp前に書いた天皇制でもそうだが、どうも私の日記には批判のための批判が多い。下手をすると自分が言ってもいないことで反論される。そうした意味のない意見には飽きた。今回のタイの少女については、私が提案した入国管理局へのメールが、「意味のないもの」であるという批判があった。その人によれば、「別の方法の方がいい」というのだ。ところがその「別の方法」というものがいつまでたっても示されない。これでは本当にその「別の方法」というものが存在しているかさえ怪しくなってくる。実はこうした人は「批判のための批判」が目的だったりする。私だってメールで簡単に法務省が動くとは思ってはいない。それでも私は「違う!」と言うことが大切ではないか?私は「みんな私の提案を受け入れろ」とは言わない。私には何ら強制力もない。ただ私には他の方法を考えることができなかっただけの問題だ。私のやり方を笑いたい者は笑ってくれて構わない。私の訴えをトラックバックとして貼らせていただける方がいたら、是非掲示板かメッセージで申し出ていただきたい。待っています。もう一度言います。タイの少女を救いますか?追い出しますか?
2004.07.05
昨日に続いてタイ少女の問題を書く。多くの賛同していただいた方には感謝します。実は「トラックバックの使い方がおかしい」との批判も既に頂いていおります。批判は承知の上での行動ですので、私の行動が迷惑に感じた方、どうもすいませんでした。ごめんなさい!それでも私はこんなことしか思いつきませんでした。「バカなやつ!」ですのでどうか笑ってやってください。私の考えに理解を示していただいた方には感謝します。どうもありがとう! タイの少女が救われる前に私が救われました。果たして少女は今後も日本にいることが出来るでしょうか?それとも「規則通りに」強制退去処分となってしまうのでしょうか?緊張感を持って見ていきたいものです。追記この件については、既に土曜日(3日)に「ニュース23」に取り上げるようにメールしました。過去にビルマ人の問題でこの番組が何回か特集していたものですから。みなさんも、報道関係にメールしていただけるとありがたいです。
2004.07.04
昨日、ある人の日記を読んでいたらこんな問題が提起されていました。・・・・・・・・・・(以下bonbonbontaさんの日記から抜粋)・・・・・・・・・両親を亡くした13歳のタイ人少女が祖母の再婚相手と養子縁組をして定住資格を申請。のんきなbonbonbontaはそれで即OKっとなると思いきや、東京入国管理局は「養子を理由にした定住資格は6歳未満にしか認めない決まり」とかで拒否したとのことです。その少女、タイには身寄りが無く、日本人男性と再婚した祖母が唯一の身寄りとか。ちなみに現在荒川区の中学校に通っています。現状のままでは7月7日に日本を離れなければなりません。・・・・・・・・・・・・・・・(抜粋終わり)・・・・・・・・・・このことを書いた記事です 報道その2前にもビルマ人の男性が強制退去させられそうになりましたが、今回も事態は予断を許しません。そこで誰にでもできることを考えました。入国管理局にメールを送ることです。「どうすれば最善か」ということを訴えてください。あなたの言葉で。もちろん他の方法があれば提案してください。ただ機械的にタイへこの少女を送り返すことが、果たして最善の方法なのでしょうか?もっと他に方法はないのでしょうか? 日本は冷たい国?入国管理局のアドレスです。info-tokyo@immi-moj.go.jp私は昨日(2日)にメールを送りました。こうしたメールが何か役に立つかといえば、かなり疑問もあります。それでもこんなことしか思いつきませんでした。こうしたやり方はまるでドンキホーテです。しかし何もしなければ何も変わりません。賛同できる方はメールをどうぞ。追記この文章をより多くの人に読んでもらいたいため、いろんな人のところににトラックバックします。と言ってもまったく知らない人のところには送りません。私のトラックバックがまったく知らないところに来ていたら、それは単に操作ミスです。トラックバックを理解されない方は、この文章を削除していただいて構いません。もし私のトラックバックが迷惑ならば申し訳なく思います。時間がないために他の方法を考えられませんでした。
2004.07.03
先日、日記で天皇について書いたら、反響が大きかった。今でもコメントが来る。それはそれでいいことだ。私も日記を書いた意味があるというものだ。しかし解せないこともある。私の日記に「反論」する人は、どうして自分のページで持論を展開しないのだろうか?そうすれば、賛同してくれる人もいるかもしれない。自分のページに書かないのは、自分の意見に自信がないからだろうか?それとも「批判のための批判」をしたいからなのだろうか?私にはどうもよくわからない。私は日記を書いて、反論されるようになってから発見したことがある。それは、「人の意見を変えることは不可能に近い」ということだ。人間は結構頑固だ。しかも日記に反論してくる人ならなおさらのことだ。これは私自身もそうだからよくわかる。だとしたら長い時間をかけて話し合うことは時間の無駄にもつながる。限られた時間なのだから、話し合うことに時間を費やすよりも、より多くのテーマについて語ったほうがいいと最近は考えるようになった。だから日記に対するコメントは自分の独断と偏見で削除するようにした。このことに対して文句を言う人がいるが、これは意味がない。私は以前から独断と偏見で削除すると言っているし、ここは私のページだ。私しか管理する人はいない。だから削除するかは私が決める。何ら問題はない。もしかした削除されて文句言っている人は、ここが裁判所か何かと勘違いしているのではないか?正しくあろうとすることは必要だが、「誰にも正しく対応する」ことなんて不可能ではないか?日記に反応があるのはいいことだ。しかし言いたい事は自分のページに書いたらどうか?あなたの意見に賛同する人がたくさんいるかもしれないよ。追記私の意見に反応して、日記で天皇制について書いた人がいる。ここですこの人の日記によると、日本が天皇制を廃止したら、「この国が破滅するのは目に見えている」のだそうだ。本当だろうか?読んでいる人が判断してほしい。この人は、天皇廃止を「短絡的で、勉強不足」と評しているが、共和制を「国の破滅」と考えることこそが短絡的ではないか?とりあえず自分の考えを批判を恐れないで書いたことは評価しよう。そして、普段は語られることの少ない天皇制について考えることは、意味がある。天皇制などのテーマは今すぐに答えが出るものではない。それでも考えよう。いつか答えにたどり着くかもしれない。お知らせ日記へのコメントが多くなったので、すべてのコメントに返信はできません。悪しからず。
2004.07.02
昨日に続いて禁止薬物について書く。ある掲示板にこんなことが書いてあった。 ここです その掲示板は薬物について語る場所だ。管理人は弁護士がしている。発言はこうだ。「(大麻を)少しの量から試してください」これには驚いた。この掲示板の規約では、「非合法な行為を推奨する内容を書き込むこと」を禁止している。当たり前だ。たとえ掲示板で禁止していなくとも、違法行為を人に勧めていいのか? 本当に大麻を所持し、使用したら逮捕されるぞ。 この人はこうも言う。「大麻は薬物ではない」本当だろうか?こうした発言に、誰も注意しないのがまた驚きだ。さらにこんな発言まで(別人)あるのだ。・・・・・・・・(以下抜粋)・・・・・・・・・・・・日本では、今だに非合法ですが他の国、特に欧米など大麻の非犯罪化が確実に進んでおります。人体に害がほとんど無いこと、依存症(中毒性)なども無い事はすでに常識になりつつありますそんな世界的な流れの中で日本人が海外・国内を問はず大麻に触れる機会は増えていくと想います。そのような事を踏まえますと、「少しの、量から試して下さい」これぐらいのアドバイスはアリかな?と私は思います。と言いますのは、大麻の感銘感(トビ)は初めての人ですとなかなか自分自身で実感、出来ません、それを知らずにいると、つい吸いすぎてしまいます。(私が、そうでした。気分が悪くなりライブハウスのトイレのひとつを小1時間占領しました)せっかく大麻をトライする訳ですから最初から楽しんでほしいものです。・・・・・・・・(抜粋終わり)・・・・・・・・・・・・・・・まさに「大麻を吸うこと」を前提にして話が進んでいる。日本ではもちろん大麻の使用は許されていない。 大麻取締法逮捕されることもあるし、懲役刑になっても文句は言えない。こんな発言もある。・・・・・・・・・(以下抜粋)・・・・・・・・・・・・・大麻問題だけでは、無いのですがこの様な問題を、ひとりひとりがちゃんと考えて少しずつ改善して行くこと、少しでもこの日本をみんなが住みやすい国に変えてゆく事、そんな事を自分なりに訴えたい、訴えて行きたいと思います。・・・・・・・・・・・(抜粋終わり)・・・・・・・・・・・これが「大麻解禁派」の主張なのだろうか?大麻が吸えることが「住みやすい国」なのだろうか?大麻が吸いたいならどうして法律を改正してからにしないのか?改正になるかどうかはわからないが。どうして禁止されている大麻を人に勧めるのだろうか?誰もが読むことのできる場所に、こうしたことを書く人の気が知れない。こんなこと主張していたら、いつまでたっても「大麻解禁派」は理解されないだろう。この掲示板の管理人も、こうした投稿には注意や削除が必要なのではないか?私にはまったくわからない。世も末だ。戦争について語ると時間がいくらあっても足りない。それでも語る意味はあるだろう。「戦争は勝った方が正義」というのはよく聞かれる言葉だ。本当にそうなのだろうか?私は考える。「今までそうだったから、これからもそうだ」というのでは、進歩というものがなさ過ぎる。大体において「今までがそうだった」という部分にはまったく疑問の余地はないのだろうか?そしてこの考えは歴史から学んでいるようでいて思考停止の始まりでしかないのではないだろうか? 資料1「ドラえもん」を思い出して欲しい。ジャイアンはたいていケンカに勝つ。それではジャイアンは正義なのだろうか?「世界のジャイアン」ことアメリカは正しいのだろうか?国連のプライドをを傷つけ、大量破壊兵器の存在をイラク戦争開始の大義名分にしたアメリカは本当に「正義」なのだろうか?アメリカが認めないものは「すべて悪」になってしまうのだろうか?私は問う。正義と戦争に勝つこととは別のことではないか?そして「正義」とは何だ? そして「勝つ」とは何だ?「正しい戦争」なるものは存在するのか?意地の悪い言い方をするなら、戦争をした当事者が「勝った」とか、「正義だ」とか言って自分を納得させたいだけなのではないか? そして自分以外の人に、「自分は正しかった」「正義だ」ということを後から「理由付け」したいだけなのではないか?私はそんな理由付けしたい人を見ると、「そんなに正しいことがしたいの?」「そんなに理由をわかってもらいたいの?」と哀れにも感じる。少し正義と戦争に勝つことを分けて考えられないものだろうか?そしてすぐに回答を求めることを大いに危惧する。必要なことは「忘れないこと」だ。
2004.07.01
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