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トラックバックを連続6件もしている者がいる。この人だ。 同じ時間帯で連続6件とは嫌がらせではないか?そして言っている事も相変わらず無茶苦茶である。>何度も指摘していますが、結局、りゅうちゃんミストラルさんは、「とにかく俺様の考えを信じろ。俺様の考えを理解できないのはお前達の修行が不足しているせい」と言っていたオウムをはじめとするカルト教団の教祖そのまんまなんだよね。殺人がいけないことは、私だけが言っている事ではなく常識。法律もそのように決まっている。反論の主にはその事が理解できないだけだ。やはりこの人はかわいそうな人なのだ。同情する。>りゅうちゃんミストラルさん自身が「なぜ殺人はいけないのか」を説明しない限り、りゅうちゃんミストラルさん=カルト教祖と評価せざるを得ません。自分で考えないのは君のほうだ。「なぜ殺人はいけないのか」を自分自身で考えてみる事だ。私はすでに説明した。それを読むか否かは君次第だ。今まで説明して、それでも理解できないのは、この人がいかに救いようがない人であるかの証明だ。この人の考えによると、「殺人をいけないもの」とする裁判官はカルト教祖なのか?それは凄い意見だ!!追記この人の反論にならない反論に答える。>>殺人を賛美する人と話をするのは疲れます。>話なんかしていません。あなたが自分の意見を力ずくで押し通そうとしていただけでしょ。議論を避け壁や溝で自分達の殻に閉じこもってはいけませんよ。君こそ自分の殻に閉じこもっている。君は自分の考えに固執しているだけだ。>私のことを殺人を賛美しているというなら、あなたはカルネアデスの船板の故事をどう思いますか?もうそのことは説明した。特殊な状況にある場合を一般論にすりかえるのは、稚拙な根拠にありがちな間違いだ。そのことに君が気が付いていないだけの問題だ。>あなたは、カルネアデスの船板の示すことを理解しているのでしょうか?人は、ある状況下なら殺人を犯してもOKということです。もちろん理解している。君とは違ってね。その状況とは、特別なものだ。殺人一般で語ること自体が間違っている。>殺人を犯した人を無罪にした裁判官はいくらでもいますよ。また、法律は殺人を禁じていません。殺人を犯した時の罰則をさだめているだけです。法律は人の行動に指針を与えるだけで、人の自由をしばることはできないんですよ。無罪にしたのは、「人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる」からか?そんなこと言った裁判官はいたか?それは誰か??「人の自由をしばることはできないんですよ」というのは明らかに間違いだ。みんなが「殺人の自由」を訴えたら、この世は殺人だらけになってしまう。どうしてそうならないかと言えば、それは法律が人の無軌道な行動を縛っているからに他ならない。そんなことも知らないのか?>トラックバックは不要ですから、ゆっくり考えてください。考える必要があるのは君のほうだ。さすがに「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです」と判断される人は言うことが違うね。感心するよ。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。
2004.10.31
長崎の同級生殺害女児に「ブラボー」という発言をして人がいたことは、すでに私が日記で何回も書いている。この発言だ。>被害者の子にはほとんど怒りに近い感情を抱いてるし、加害者の子には「よくやった!」とブラボゥを送ってしまう。(この発言はすでに削除されています)その発言者を正しい根拠なく擁護し、「ブラボー発言」を指摘した私に向かって「揚げ足取り」「お門違い」と誹謗中傷した隼瀬氏が謝罪文を送ってきた。「ブラボー」発言したのはこの人 私のことを根拠なく「揚げ足取り」「お門違い」と発言した隼瀬氏のページ隼瀬氏の謝罪に応じ、ここで謝罪文を掲載します。(以下、謝罪文のコピーを編集なく全文掲載)今回は不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。それでは以下の全文を以って謝罪文とさせて頂きます。 この度は公の目にするところに貴方に対する中傷と取れる発言をしてしまい、申し訳ございませんでした。揚げ足取りやお門違いは、私が彼女を殺人賛美者ではないと理解していた故の発言でしたがブラボー発言そのものを目にしてはおりませんし、その後のコメントや日記による推察に基づいた理解でしたので、彼女を正しく判断できていないと思われるのも尤もです。また、彼女の思想について第三者である私がさも分かった風に発言することはそもそも彼女に失礼でしたしそれを根拠としてあなたに反論したことも、間違いでした。 彼女からは、りゅうちゃんミストラルさんには殺人賛美者だと思われても構いません、という内容のコメントを頂きましたので彼女が殺人賛美者であるとの論拠を以って書かれた貴方の日記に反論することは間違っていたと認めます。 大変申し訳ございませんでした。(コピー終わり)私は今後このような「想像での批判」をすることがないよう隼瀬氏に強く求める。根拠なく「揚げ足取り」「お門違い」と発言された私はいい迷惑だ。この人学生らしいが、レポートや論文を書く時にも根拠なく結論を導き出してしまうのだろうか?そしてそんな論文に担当教授は合格点を与えるのか?「ブラボー」発言の主にも、早く反省してもらいたいものだ。追記 その後の態度から判断して、隼瀬氏が本当に誹謗中傷を反省しているかどうかはとても怪しい。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。
2004.10.30
またしてもこの話題。 反論しているのはこの人 >日本帝国が朝鮮に総督府を作ったのは、無政府状態で無秩序だった朝鮮に法治のおよぶ文明国に生まれ変わらせるためです。これは「王宮を破壊して朝鮮総督府を作るという根拠」にはならない。つまり私の主張には正面から答えていない。この人結局は逃げることしか知らない。哀れである。この人は殺人の賛美をする人でもある。過去にこんなことを言っていた。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。(本文ママ)>こういう考え方も、あるのです。 >相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。「りゅうちゃんは落ち着け」だそうだ。落ち着くと殺人の賛美をするのか?相変わらずこの人は進歩がないね。「人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。」とは実に身勝手で恐ろしい意見だ。 どれだけの人がこの意見に賛同するか?もし賛同者が多いならこの世は終わりだ。この人は過去殺人の賛美に関することで、ある弁護士から「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです」と判断された人だ。本人はこうした批判に対して少しも反省していない。もうこの人に何を言っても無駄だろう。どこかで反省することを期待していたが、殺人を賛美したい人はすればいい。追記こんな反論が来ている。反論しているのはいつもの人。>>王宮を破壊して朝鮮総督府を作るという根拠>旧悪のシンボルを打ち崩し、跡地に新たに文明の発信施設を据えるというのはどこの国でもやっています。人民を苦しめていた朝鮮王朝の王宮の跡地に、総督府を作る立派な根拠です。おまけに王宮がある場所は立地的にも良い場所。朝鮮全土を支配するには最適の場所です。つまり日本は朝鮮半島の支配を目的としていた。日本は侵略者だった。殺人だけでなく侵略の賛美もするのか。この人救いようがないね。>>この人は殺人の賛美をする人でもある。>こんなことをいくら書いても、君の理屈の説得力は上がらないよ。りゅうちゃんミストラルさんは全然進歩が無いね。やはりこの人は弁護士から「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです」と判断されただけのことはある。少しは自分で殺人について考えなさい。追記その2またしてもくだらない反論が来た。この人には成長がないね。哀れでしかない。>>この人は過去殺人の賛美に関することで、>>ある弁護士から「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、>>反論の必要すら感じないレベルです」と判断された人だ。>この弁護士は、カルネデアスの船板の例を持ち出されて、退散した方ですね。法的判断の基礎教養に欠けていた(今は違うようですが)弁護士です。今はどう違うのか、根拠が示されていない。根拠が示されないものについて、語ることはできない。また、カルネデアスの船板についてだが、これは殺人を最初から賛美しているわけではなく、緊急避難でしかない。「自分が生きるためには他の人を殺さなければならない」特殊な事例だ。君のように最初から殺人を賛美しているのとはまったく違う。特殊な事例を一般化して正当化するのは君のような、「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです」と判断される者がすることだ。君はそのことを知らないだけだ。>相変わらずりゅうちゃんミストラルさんは進歩がないね。少しは自分で殺人について考えなさい。他人の尻馬に乗るだけでなくてね。私は自分で考えている。>>殺人賛美者>私は、人間の自由意志を賛美しています。ほう!「自由意思」による殺人の賛美か?それではどうして殺人は死刑までありうる犯罪なのか?説明できるかな?>なぜ、殺人がいけないのか。りゅうちゃんミストラルさんはいつになったら答えてくれるのかな?りゅうちゃんミストラルさんは私の主張には正面から答えていない。だめなものはダメ!と逃げることしか知らない。哀れな人です。 もうすでに何回も日記に書いている。人は再生することができず、殺人は取り返しがつかないからだ。殺人が賛美されるようになれば、この世は地獄となってしまうからだ。**反論者に注意**何回もトラックバックしなくてもわかるから、一回だけにしないか?削除するのが面倒だ。何をそんなに焦っているんだか?*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。
2004.10.29
10月6日の日記に旧朝鮮総督府について書いた。その日記に対してこんな反論を寄せている人がいる。 この人だ >>文化的施設である王宮を破壊して>王宮は文化施設ではなく、統治施設です。朝鮮人の方々に失礼です。どうやらこの人は私がせっかく用意した資料を読んでいないようだ。同じ事を言い出す人が出ないうちにここでその根拠を示すことにする。旧朝鮮総督府についてのある考察(この資料は10月6日の日記にも前々からリンクしてある)ここでは、張楊模(チャンヤンモ)国立中央博物館長の言葉が紹介されている。 >「その国の文化の象徴とも言うべき王宮を破壊し・・・・・」「朝鮮人の方々に失礼です」どころか韓国人の、それも国立中央博物館長の主張を受けて私はこうした日記を書いている。反論の主はせっかくの私が用意した資料をまともに読んでいないらしい。これでも、「朝鮮人の方々に失礼です」と言いたいのなら、韓国に行って国立中央博物館長に文句を言えばいい。この方が現在も博物館長かどうかは分からないが。私という日本人ではなく、韓国人が、しかも国立博物館の館長である人がこう言っているのだから、「朝鮮人の方々に失礼です」などと言うのは余計なお世話でしかない。これが、「朝鮮人の方々に失礼です」という批判にならない批判への回答だ。批判の主は資料を読んでいないのか、こうした説明を私から再びすることになろうとは思わなかった。まったく時間の無駄だ。追記 またしても向こうは反論している。 ここだ >ところで、張楊模(チャンヤンモ)国立中央博物館長は朝鮮総督府を「文化遺産」といっているのですが・・・。それはどの部分?この部分なら違うと思うが・・・追記 このことには無視か?>>旧総督府庁舎は戦後、韓国の中央庁、そして国立中央博物館として利用されてきた。しかし、民族の誇りとする文化遺産を植民地支配の「総本山」だった建物に収蔵することに疑問の声が上がっていた。>韓国の人がこういっているから、正しいなんてのは何の根拠にもなりません。韓国人が「失礼ではない」と証明している。私は「正しい、正しくない」ということではなく、「失礼でない」ことの根拠を示しただけだ。>それぞれが自分自身の考えで評価すればいいのです。私は自分でも「文化施設」と判断した。>古今東西の歴史において日本なんてのも嘘だし、日本が朝鮮王朝の権威しているなら皇族を嫁がせることなんてしませんよ。「日本が朝鮮王朝の権威している」というのが意味不明。文句があるならば発言した人に直接言えばいい。人の出した資料を読んでもいないくせに、反論だけはするんだな。私は「韓国人の発言」から、「朝鮮人の方々に失礼です」と言うことがいかに根拠がないかを言っている。よって「失礼かそうでないか?」ということについては「失礼ではない」と結論づける。以後、人の日記はよく読むことだ。>りゅうちゃんは、いつまでたっても他人の尻馬に乗ることしかできないんですね。いつまでたっても殺人の賛美をしている人よりはましだ。まだ「殺人がどうしていけないか?」を理解できないかい?かわいそうな人。6日の日記に書いた質問には答えないでまた逃げるのかい?君が忘れないように再び掲載しよう。(以下再掲載)>日本帝国が朝鮮に総督府を作ったのは、無政府状態で無秩序だった朝鮮に法治のおよぶ文明国に生まれ変わらせるためです。「無政府状態で無秩序」というのは文化的施設である王宮を破壊して朝鮮総督府を作るという根拠にはならない。つまりこの反論は私の主張からは逃げている。この文章は反論ですらない。この人は「反論すらできない」と人のことを言っておきながら、自分で反論が出来ていない。統治施設なら破壊して朝鮮総督府を作ってもいいの?私が日記で主張したのはこの意味だったのに、理解していないね。まったく答えになっていない。この批判の主はかつて殺人を肯定したとんでもない考えの持ち主で、ある弁護士からは、「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです」と判断されている。長崎の小学生殺人事件についてはこんなことも言っている。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。(本文ママ)>こういう考え方も、あるのです。 >相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。 純粋なら殺してもいいのか? くだらない考えだ。この「考えもある」というのは、誰の考えなのかわからないし、その考えがどうして法律に反映されていないのかも説明が出来ていない。論理が既に破綻している。反論するならもっと勉強しよう。こんな人とは話をしても無駄だ。殺人がどうしていけないことか理解できない人なのだから。しかも、どうして殺してはいけないかについて自分で考えもしない。「理解できないのは人のせい」だと言わんばかりだ。自分で少しは考えなさい。また批判の主はかつて、日記コメントを削除したら「著作権法違反だ」とも言ったことがある。根拠のない妄想に過ぎなかったが、批判の主はこうした妄想が好きなのかもしれない。こんな人はあまりにレベルが低すぎて相手にできない。批判の主に対して大いに同情する。追記その2 またもやこんな反論(?)が来ている。同じ人からのものだ。>りゅうちゃんミストラルさんが、またファビョってる正しい日本語を使わないと理解できないね。「ファビョってる」なんて私の辞書にはない。意味不明。>>日記コメントを削除したら「著作権法違反だ」とも言ったことがある。>直後に取り消しましたよね。以後こうした間違いをしないように強く求める。この人は思い込みが激しいようだから。人を犯罪者扱いするのは確証が必要だ。この人にはそのことがわからないらしい。何と言っても殺人を正当化、賛美、賞賛する人だから、人を確証なく犯罪者扱いすることなど何とも思わないのだろうが。>>殺人がどうしていけないことか理解できない人なのだから。>りゅうちゃんミストラルさんの反論はまだですか?「殺人はダメ」を繰り返していても、反論にはなりませんよ。「どうして殺人してはいけないか?」を人から教えてもらわなければならないのではもう救いがないね。殺人を君のように正当化したらこの世は地獄になってしまう。そして「どうして殺人してはいけないか?」については日記で何回も書いてきた。ところで反論の主はこんなことを言っていたが、どうしてこの考えは現在の法律に反映されていないのだろう。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。(本文ママ)>こういう考え方も、あるのです。 >相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。 もしこの考えが正しいならば、長崎で同級生を殺した少女はもっと裁判官や新聞から考え方を理解されてもいいのでないか?殺人が「相手の尊厳と名誉を守ることになる」のであれば。ところがこの殺人者に同情する意見は多く聞かない。殺人が「相手の尊厳と名誉を守ることになる」なんて私は聞いたことないがね。つまりこの考え自体が身勝手で、現在の法律、と言うより基本的な考え方からはかけ離れていることを意味している。ほとんどの人はそんなことを他の人から説明してもらわなくてもわかるものだ。何回訊いても回答なしでは逃げているとしか思えない。やっぱりこの人と話しても無駄かな?効果的な教育方法、むにゅうは殺人を賛美するな。>>もしこの考えが正しいならば、長崎で同級生を殺した少女はもっと裁判官や新聞から考え方を理解されてもいいのでないか?>殺人に理解をしめして、減刑や執行猶予の判決が出たことはいくらでもありますが何か?それは殺人を賛美している君とはまったく違う。わかっていないね。>あなたが議論から逃げているだけでしょ。君こそ資料は読まない、都合の悪い質問には答えない。まったく呆れるね。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。ではどうして名誉毀損は殺人よりも罪が軽いのか?「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです」と判断された人の言うことはまったく理解できない。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。
2004.10.28
日本テレビの「笑ってコラえて 吹奏楽の旅」で、青森山田高校の吹奏楽部を特集していた。厳しい練習、そして指導者の強い言葉による要求に吹奏楽部はまさに「青春劇場」と化していた。多くの高校でこのような涙の練習があったに違いない。「吹奏楽の甲子園」普門館を目指しているならば、厳しいのは日常のことだろう。それでも多くの高校が涙を流しつつ普門館に行けないでいる。青森山田高校が選んだのはミスサイゴン。私がこのミュージカルを観たのはもうだいぶ前のことだ。もちろん帝劇(帝国劇場)でのこと。ただただ圧倒された。一幕目の「命をあげよう」では涙が出たし、二幕目すぐの「ブイドイ」ではジョンの力のこもった歌声に驚いた。「ブイドイ」に感動して「帝劇に募金箱を置こう!」という投書が来たそうだ。カーテンコールではジョン(今井清隆)が人気でかなりの声援、拍手を浴びていたが、私が観た時にはキム役の入絵加奈子が一番気になった。彼女は「レ・ミゼラブル」でもエポニーヌ役を二番手ながら熱演していた。もちろんエポニーヌ役のメインは島田歌穂だ。島田歌穂は「ON MY OWN」をエリザベス女王の前で披露するほどの、ある意味「ミュージカル女優としては日本で一番とも言える」実力者だが、入絵エポニーヌは島田歌穂には負けるものの「いいチャレンジャー」だった。「かなわない」という部分が入絵エポニーヌにはあってとても感動した。そして「ミスサイゴン」で最大の驚きは帝劇の中をヘリコプターが飛ぶ、有名なサイゴン陥落のシーン!すごい迫力だった。実際のニュース映像では、逃げ出すアメリカのヘリコプターにしがみつくベトナム人を、アメリカ人は容赦なく殴ってヘリから振り落としていた。これがアメリカの、ベトナムでの考え方を象徴していた。このミュージカルとベトナム戦争で言いたいことはたくさんある。いかにアメリカの政策が間違っていたか。ベトナムでは枯葉剤などの被害が今も残っている。戦争で犠牲になるのはいつも一般人。あまりにミスサイゴンが印象的だったために、私はCDを買い、一時期は全曲歌えるまでになった。青森山田高校では先入観による影響を心配して、敢えて生徒たちにミュージカルを観せず、「青森山田のミスサイゴン」を目指していた。これはかなり困難な道だ。その結果は、11月3日の「普門館スペシャル」で観られる!「もう結果は知っている!」なんて言わないで、とにかく観よう!きっと私はこの番組を観て泣いてしまうだろう。皆さんもどうか高校生の「青春劇場」に泣いてください。(この日記に限りませんが、また書き足すかもしれません)*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし削除もあります。そのつもりでどうぞ。
2004.10.27
日本シリーズが第7戦まで熱戦を見せた。石井はすごかった。2試合で13イニング無失点は立派と言うより完璧だ。MVPは和田か石井を考えていたが、賞は投手に不利になることが多いので、石井になってよかった。松坂は第7戦も連投して「エースの意地」を見せたが、石井はそれ以上の働きだった。そんな裏では一場投手への金銭授受問題はなお混迷を深めている。「柳川事件」の再来?一場投手の事件は深刻だ!(23日の日記から)彼は悪かった。どんなに金銭を積まれても受け取りを断るべきだった。このことは言い訳ができない。金銭の授受はプロ側とアマ球界の根幹にかかわる大きな問題だ。今後も大きな影を野球界に落とすだろう。一場投手にはそのことを強く意識して反省してもらう必要がある。彼が心の中で「どうして自分だけバレたのか?」と、自分の「運のなさ」を嘆くとしたら、彼はもう野球をやめたほうがいい。そんな男は野球で少年(元少年)たちに夢を与えることなど不可能だから。彼は批判されつつも「野球を続けたい」とコメントしている。もしこのコメントが自分のしたことの反省から出ているとしたら、私は「甘い!」と言われようが、彼にもう一度復活のチャンスを与えていいと思う。「悪い!悪い!」と言うのは簡単だ。そして今回の問題ではプロ側が事件の背景を明らかにする義務がある。もちろん再発防止に向けた対策も求められる。しかし、一人の若者の野球人生をすべて奪っていいものかどうか?私には大いに疑問がある。「能力がある者は何をしても許される」ということを認める気はないし、そうなったら困る。もともと一場投手にプロでやっていけるという能力がなければ、金銭の授受は起こらなかった。そして「たかが選手」などと暴言吐きまくりの老いたじいさんは、もうこの先長くないからオーナーを辞めてもいいかもしれないが、大学をまだ卒業していない若者はこの先がある。責めるなら「オーナーを辞めることで幕引きにしたい連中」をまず責めたい。決して「辞めました。責任取りました」では済むまい。特に阪神の久万オーナーは合併問題では「このじいさんはまだファンの気持ちがわかる」と思っていただけに残念だ。日本人は時に甘い。芸能人が禁止薬物に手を出しても割と短い期間で復帰させてしまうところがある。これは確かなことだ。もし一場投手が今回の事件を反省し、今後厳しい世間の目にも耐え、選手としての功績を残したとしたら、私はその時の彼はすごいパワーを見せるのではないか?それはある意味楽しみではある。彼の今後に期待する。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし削除もあります。そのつもりでどうぞ。
2004.10.26
杉並高校吹奏楽部は、第52回全日本吹奏楽コンクール(普門館)に東京都代表として出場し、銅賞を獲得した。杉並高校はこのコンクール悲願の初出場。都立ということもあり、時間的、経済的な制約は生徒たち、そして関係者を苦しめただろう。普門館という「吹奏楽の甲子園」で演奏する彼らの緊張感は察して余りある。この努力を考えると、私は彼らに「私だけの金賞」を送りたいと思う。コンクールの曲目と結果です。杉並高校は「おほなゐ」~1995.1.17阪神淡路大震災へのオマージュ~より(天野正道)を演奏した。私はこの曲(ダイジェスト)を定期演奏会で聞いたが、地震による大きな被害と、そこから立ち上がる被害者たちを描いたものだ。新潟県での大きな地震があっただけに、この曲を演奏する杉並高校のメンバーひとりひとりは、それぞれに何かの思いを胸に秘めていたはずだ。杉並高校の音楽監督そして常任指揮者である五十嵐清さんからこのようなメールをいただいた。五十嵐さんの承諾を得た上で、その一部をここで紹介する。まず、杉並高校については、>杉並高校は派手な輝きはありませんが、長く心の奥に灯せる光のようでありたいです。私は知っている。杉並高校にはが多くのファンいることを。その輝きには多くの人が感動しているということも。そしてコンクールについては、>演奏した楽曲に対して感じている、自分達の素直な気持ち、心から込み上げた思いが、会場の皆さんに伝わったと思います。ホールにいる全ての人と共に「音楽を分かち合える興奮と感動」を味わえた12分間でした。私達の創ってきた音楽を会場の5000人以上の方が聴いていただき、ひとりでも多くの方が良かったそして、ファンになって頂けましたらとても嬉しいと思っています。生徒にとって一生の思い出となる演奏会(コンクール)だったと思います。そして、演奏した生徒たちは、陰で支えて頂いている多くの方々のお陰でステージで演奏できたことを感謝しております。これからも人間的にも音楽的にも成長していきたいと思います。また指導理念をこのように語っていただいた。>「演奏している楽曲を謙虚に感じて、そこから自分達の素直な気持ち、 心から込み上げた思いを、楽器に託して会場の皆さんに伝えることが大切です。 LIVEの演奏は、瞬間芸術であり空間芸術です。ホールにいる全ての人と共に 「音楽を分かち合える興奮と感動」を味わえることができます。 都立杉並高校吹奏楽部は「心から心への音楽」が活動のテーマです。私は思う。この五十嵐さんはまさに「青春」している。今年2月の定期演奏会で、生徒たちがソロの部分でマイクの前に立つとき、五十嵐さんは指揮をしながら「生徒がうまく演奏できるか?」そして「マイクがうまく生徒の出す音を拾えるかどうか」をすごく気にしていた。その姿がとても印象的だった。指揮者と言うよりもまるで「父親」のような目で生徒を見ていた。私はこの人はすごい指導者であると確信した。五十嵐さん、お疲れ様でした。杉並高校吹奏楽部のメンバーと指導者は、今回のコンクール出場で新たな歴史を作った。そのフロンティアスピリットは今後も多くの若者を勇気ある挑戦者とするだろう。中学生諸君!吹奏楽をやりたければ杉並高校へ行け!今後もこの高校の活動に大いに期待する。新聞社をはじめとするメディアも、こうした活動をしている高校生たちをもっと注目してもらいたい。彼らにはその価値がある。そして、杉並高校は古い楽器を買い換えることができずにいたりもする。20年以上使っている楽器も現役で頑張っているらしい。もしこの文章を読んでいる人の中で楽器の提供ができるという方がいたら、どうか杉並高校か私にメッセージを送っていただきたい。私からの切なる願いです。金賞は大阪府立淀川工業高等学校などが受賞した。この高校は、過去18回の金賞受賞を誇る名門だ。前にNHKの「ドキュメントにっぽん」(2000年1月放送)でここの活動を見たが、高校生とは思えないレベルに驚いた。公立の、しかも工業高校なのに「学内オーディション」があり、たとえ過去に実績がある生徒でも、「後姿で誰が演奏しているかわからない」状況で生徒が演奏者を選抜するやり方だ。たとえ部長でもこうしたオーディションに落ちれば、コンクールに出ることはできなくなる。しかも指導者が練習中「演奏が合わない!!」と指揮棒でばしばし叩くものだから、指揮台がボロボロになっていた。そして何度もクラリネットの二人に演奏をさせていた。淀川工業は驚くまでの真剣さで多くの金賞を得てきた。驚異的な集団だ。殺伐としたこの世の中にあって、こんなにひたむきになる人たちがこの世にはいる。そのことだけでも大きな驚きだ。世の中は広い。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし削除もあります。そのつもりでどうぞ。
2004.10.25
ずっと考えていたことがある。それは国会議員の定数のことだ。 こんな意見がある。衆議院議員の定数は480人、参議院議員の定数は242人。(間違っていたらどなたか正しい数字を教えてください)アメリカでは上院が定数100人だ。任期は6年。日本と同じ。下院は定数435名。ただし任期は2年。日本のほうがアメリカよりも人口が多い?そんなわけがない。ではどうしてアメリカより小さい日本の参議院に240人もの定数が必要なのか?日本では議論が盛んになっていないようだ。 アメリカの政治についてそれでは日本に果たしてこれだけの国会議員が必要なのだろうか?現在日本には巨額の負債がある。国会議員の歳費を削減することで、少しでも財政赤字を減らせないものだろうか?少なくとも定数を減らすことで国民に何かをアピールすることはできるかもしれない。私が考えるに、参議院が定数100人になってもそんなに困らないのではないかと考える。定数削減には、こんな反対意見もある。 これです。なるほど、定数削減で死に票が増えるということ。ミニ政党も定数が少なくなると当選の可能性が減る。これはこれでなかなかの説得力だ。けれども「少なくなる」というのは今の定数を基準に考えているのであって、そもそもその定数がどうなのかについては議論の余地があるのではないだろうか?実はこうした問題は国会だけではない。最近地方でも市町村の合併が盛んに行われている。もし二つの自治体が合併すると、議会や市長の報酬が両者で違っている場合、どうも高いほうに会わせることがあるようだ。そして、議会も定数が今までより多くなっていることもある。せっかく合併しているのに、これでは意味がない。 論説。合併での議員定数市町村合併から、国会議員の定数を考えるのは少しは無しが飛躍しているかもしれない。しかし、「何も知らないまま」話がどこかで進んでいるということなら、それは恐ろしいことだし、住民としては知っておいて損はない。皆さんもこのことについて考えてみませんか?結論はどうあれ、大切なことはまず知ることです。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし削除もあります。そのつもりでどうぞ。
2004.10.24
横浜も現金を計60万円渡していたことが分かった。砂原オーナーは辞任するとのこと。阪神も同様に計25万円を渡していた。久万オーナーは辞任する予定だ。これで巨人(合併問題で「たかが選手」と言っていた問題児オーナーは辞任。金額は200万円らしい)、横浜、阪神と3球団が現金を渡していたことになる。所属する野球部を退部した明治大学の一場靖弘投手へ、プロの球団側が現金を渡していた問題は深刻だ。まず、今回の事件を耳にして彼以外に現金をプロ入り前に受け取っていなかったといわれても、誰も信じないだろうということだ。夢を売るプロ野球選手がこれではスタジアムに観客を呼べまい。ただでさえ球団数を減らす動きがあったと言うのに、これでは野球が衰退してしまう。そして、かねてからの問題である「プロとアマの溝」はより深まってしまうことが懸念される。問題は必ずしも一場投手だけのことではない。これは第二の「柳川事件」か?「柳川事件」とは、昭和36年(1961年)中日が日本生命の柳川福三内野手を引き抜いた事件だ。プロとアマはそれまで選手獲得の期限を定めた協定を結んでいたのだが、この協定を無視した動きに社会人と学生野球は反発して「プロの拒否」にまで発展した。選手だけでなく、指導者としても受け入れを拒否したのだ。最近になって社会人側はプロ退団後3年以上経過した選手を受け入れることにしたし、オリンピックで野球が正式競技になったことから、少しずつではあるが「雪どけ」が進んできた。長い年月を必要として。あの「頭が固い」と言われてきた高校野球でさえも、5年間教職につけばプロにいた人材を監督として認めることとなった。今回の問題がきっかけになってまた両者の溝が深くならなければいい。今はそのことが心配だ。またしてもプロ側のルール無視によって、こんなあってはならない問題が起きてしまった。しかも現金をもらった側の選手生命が危ぶまれるという問題まで残して。一場投手はコメントを発表した。「できることなら野球は今後も続けたい」それはそうだろう。しかし一場投手がもしプロ野球で投げたら、相手側からこんなヤジが起こるだろう。「買収!買収!いーちーばー!!」「裏金!裏金!いーちーばー!!」「現金!現金!いーちーばー!!」これはしかたのないことだろう。事実なのだから。若くしてこんな汚名を着た彼を見る家族も不憫ではあるが、現金を受け取ってしまった以上は彼に同情できない。彼にしてみたらプロ側に現金を出されて拒否するのは難しかったろうと思う。それでも彼は拒否すべきだった。彼が在籍していた明治大学野球部の名物監督であった島岡吉郎がこの事件を聞いたらどう思うだろうか?まさか、「知らないのは一般人ばかりで、現金の受け渡しは野球界の古くからの常識だった」なんてことにならないだろうな?自分で言っていて心配になってきた。信じていいんだよね?こんなことはつい最近始まったことなんだよね?ウソだと言ってよプロ野球!もちろん現金を渡した側はもっと悪い。これで一場投手の選手生命が危ぶまれることにでもなれば、巨人、阪神、横浜の各球団は言い訳が出来ない。追記 多くのトラックバックに感謝します。すでにその数は25にもなりました。一日の日記としてこれは私の新記録です。一場投手にはかなり厳しいことを書いたが、こうなったら彼自身が奮起してヤジを黙らせるしかない。過去には江川が「空白の一日事件」でルールを勝手に解釈して巨人に入団した。江川の代わりに阪神へ行くことが決まった小林投手は記者会見で泣いていた。私は今でも小林投手の涙を忘れることができない。江川もその後はかなり批判された。しかし、江川は批判されるばかりではなかった。巨人のエースとしてプレーで存在感を十分に示した。一場投手も今後野球を続けるなら、今回の事件をプレーで取り返してもらいたい。それはいばらの道には違いないが、もし一場投手が一流の選手なら、決して不可能なことではない。今後の一場投手に大いに期待する。彼は江川のように活躍できるだろうか?試練は人をつぶすか?それとも育てるのか?一場投手の明日はどっちだ?追記その2プロ野球に新規参入することを希望しているライブドアと楽天は、現在参入の資格があるかどうか審査を受けている。この審査は、「プロ野球が公共財である」という前提で成り立っているが、もともとルールも無視した今回のような金銭問題を起こしておきながら、新球団を審査する日本の野球界そのものが問題だ。西武は株のインサイダー取引疑惑でオーナーが辞任したし、「たかが選手」と選手のことを軽視した元オーナーもいた。ダイエーは球団の保持そのものがかなり危うい。各親会社は多くが問題あり過ぎだ。これで果たして新規参入の「審査」ができるのか?既存の球団が問題山積で「審査」ということ自体が笑わせる。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし削除もあります。そのつもりでどうぞ。
2004.10.23
すでに定期演奏会や東京都大会などのことを日記で書いてきた都立杉並高校が、24日の第52回全日本吹奏楽コンクール(普門館)に出場する。初出場だ。都立高校がこのコンクールの出られるのはとても珍しいことでもある。曲目は「おほなゐ」~1995.1.17阪神淡路大震災へのオマージュ~より (天野正道)だ。残念なことに、私は当日は会場に行けない。そこで勝手ながら杉並高校吹奏楽部のメンバーと関係者に応援の言葉を送る。(以下メッセージ)杉並高校定期演奏会にGO! 杉並高校、東京都代表決定!こんにちは。私は君たちのファンの一人です。限られた環境の中であるにもかかわらず、いつもいい音楽をありがとう。杉並高校の活動は賞賛されるべきもので、吹奏楽部のメンバーにはその資格がある。私は時に、「音楽に優劣をつけるのはおかしいのではないか?」と考える。しかし(勝手な想像ながら)長い間練習し、時に指導者の厳しい要求を受け、理想の音楽と現実のギャップに悩んだであろうその日々は、いつの日か楽しい思い出であると同時に君たちの貴重な財産となると私は信じている。そしてステージでの緊張感、演奏が終わった時の充実感とその間の成長を考えると、どこかでコンクールは必要ではないのかとの結論に至る。もし君たちのうち一人でも「自分は練習でもコンクールのステージでもこれ以上ない演奏をした。しかし評価は低かった」と考えたとする。その時には私が君らに私だけの金賞を送ろうと思う。こんなことを言って「何も知らない人が何を言っているのか?」と思うのは当然のことだ。もちろんこのことについては笑ってもらって構わない。私は自戒の念を込めて言うが、「想像で人を批判するのはどこかおかしい」と思いつつ、「想像で人を応援するのは悪いことではない」と考える。私が君らに金賞を送るのは私が君たちの味方であり続けたいからだ。君たちの音楽にはそれだけの価値がある。だから自信を持って欲しい。私は金賞に値する、いやそれ以上の価値を、実際に演奏を聞いて君たちの中に見つけてしまった。そして知ってしまった。君たちは決して孤独ではない。目標に向かって進む多くの仲間がいるし、吹奏楽部のメンバー以外にも多くの人に支えられている。どうかそのことを頭の隅にでも入れておいて欲しい。そして多くのファンもいる。君たちは知らないかもしれない。今年3月の定期演奏会で車椅子の婦人がいたことを。演奏会当日は冷たい雨が降っていた。車椅子に乗っていた婦人は君たちの演奏を楽しみにやって来た。車椅子であるがために雨の中傘もさせずにいるというのに。演奏会は大成功だった。会場の拍手がそれを証明していた。私も3年生にとっての「さよならコンサート」に感動して泣いた。もちろん技術もすばらしかったが、笑いもあったいいコンサートになった。きっと会場に来た多くの人は満足しただろう。帰る時、会場のスロープを彼女は後ろ向きに、普通に健常者が歩くには問題ない会場の坂を苦労して車椅子で登っていた。誰も彼女を手伝わないのを見て私は思わず「(車椅子を)押しましょうか?」と声をかけたくらいだ。会場から駅まで雨の中車椅子を押しながら、私は彼女と今終わったばかりの演奏会について話をした。「いいものを見ましたね?」「はい!」彼女ははっきりと答える。「お金には換算できませんよね?」「はい!」やはり答えは決まっている。彼女は定期演奏会がある限り、会場に向かっただろう。君たちは彼女や私をを大いに感動させたのだ。彼女を雨の中演奏会の会場に向かわせたもの。それは何か?それを私は知っている。これも勝手な想像ながら、今まで長い時間をかけた苦しい練習があったことだろう。その情熱と努力が最大限であるならば、コンクールの結果を前にして君たちメンバーは一人一人がすでに勝利者だ。このことは自信を持っていい。だからコンクールで失うものは何もない。何も恐れることなく練習の成果を発揮して欲しい。杉並高校が最後まで立派に挑戦者であることを私は強く願うし、実際にそうなるだろう。コンクールの結果だけでなく、今までの杉並高校の活動に栄光あれ!杉並高校の、コンクールでの健闘を願う。祈る。*乱文は覚悟の上でのことだが、この文章はあくまでも私の勝手な想像を元にした勝手な応援だ。その責任はすべて私にある。杉高にとって迷惑が生じたなら、その批判は私にのみ向けられるべきだ。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし削除もあります。そのつもりでどうぞ。
2004.10.22
町村信孝外相は10月16日、沖縄国際大学のヘリ墜落事故現場を視察した際、「被害が重大にならなかったのはパイロットの操縦技術が上手だったのかもしれないが、よく最小限の被害にとどまった」と発言した。 「事故のせいで学生が授業をさぼると困る」とも言った。この報道をしたyahoo! newsの記事視察後の会見で外相は「操縦した人の技術レベルをうんぬんというのは確かに不適切かもしれない」と認めたらしいが、これは外務大臣にあるまじき失言だ。そんなに操縦が上手ければ、ヘリを大学の敷地内でなく基地の中に着陸させればよかろう。事故の状況と住民感情を考えていない外相の発言には怒りを禁じ得ない。問題の本質は決して「ヘリの操縦技術」ではない。こんな沖縄の人を怒らせる発言をした外務大臣は罷免すべきだ。この人には沖縄の状況がよく理解できていないのではないか?だとしたら外相として不適格だ。町村外相はすぐに失言の責任を取って辞任し、基地のすぐそばに住んで住民の怒りを実感するしかない。そうしたら外相としてでなく、日本人として評価する。どうしてこんな発言が出るのか?それは沖縄と沖縄以外の人に基地問題で温度差があるためだ。永田町の中には「沖縄の人を日本人とは思っていない」からこそこうした失言が存在する。今回の失言はこうした背景があると解釈されても仕方あるまい。基地問題は沖縄だけの問題ではなく、日本の問題だ。もちろんこんな外相を任命した首相にも責任はある。小泉総理大臣心の声。「人生いろいろ。外務大臣もいろいろ」細田官房長官は同日記者会見で、「発言には十分注意して欲しい。県民感情がある。誤解されないようよく説明することを希望する」と外相の失言を認め、注意する発言をした。当然のことだ。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。
2004.10.21
強い台風23号が来た。今回も大型だ。またも日本を縦断するらしい。台風のバカヤロー!!いいかげんにしろ!!台風の進路に住んでいる人、注意されたし!!接近中の外出は極力控えましょう。死にたくなければ。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。
2004.10.20
タバコを製造、販売しているJTは「大人たばこ養成講座」を開いている。JTはマナーの向上に必死だ。私には以前から疑問だったことがある。「タバコは健康を害する」と言いながら、タバコを販売し続けるのはどうしてなのか?これって「害を売っている」ことにならないか?しかもタバコは吸っていない人にも吸っている人の煙で害を及ぼす。タバコが嫌いな人にとってはいい迷惑にしかならない。愛煙家が吸わない人に十分なマナーを考えているとも思わない。そしてタバコは火事の原因にもなる。お金払って危険を買っているようなものだ。少し考えてみれば、結局はこの問題が「雇用と税収、つまり利権」であることは理解しやすい。タバコがなくなればJTは従業員を減らさなければならない。そして政府はタバコがなくなることによって税収が減る。簡単なことだ。国は「国民の健康と利権」を天秤にかけている。そしてその天秤は結論を「利権のほうが大切」としている。健康に悪いと知りながらそれを売っているのは大きな疑問だ。タバコが体に悪いのなら、売らなければいいのに。日本という国がタバコの販売を認めているのは、国家的な犯罪行為にもなりかねない。もし全面的な販売中止ができなければ、北欧のようにタバコにもっと税金をかけてもいい。スウェーデンではタバコが一箱500円とか600円もするそうだ。これは北欧がタバコを規制するというメッセージであると同時に、「福祉国家」であるとのメッセージでもある。「吸うならそれなりの覚悟を」という考えだ。喫煙マナーの向上も必要だが、タバコには今よりもっと強い規制が必要なのではないか?「健康に害があるもの」と認定されている以上、タバコは「薬物」だ。どうも日本人にはその認識が欠けているように感じられる。これは国民の健康にかかわる政治の問題だし、国会議員はこの問題を真剣に考えるべきだ。酒とタバコは自動販売機でも買えるため、未成年に販売しないようにIDを提示しないと買えないようにするとか、できることから始めたらいい。そして将来は「タバコを売らない選択」というものがあってもいいはずだ。「利権と健康」のどちらが大切ですか?参考になった日記タバコが、変わった?(NOBOLog)喫煙者の行為は棚に上げて(鰻の寝床の戯言)*意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。もちろん削除もあります。
2004.10.19
日本歯科医師連盟(日歯連)からの献金が今も問題になっている。東京地検特捜部は9月末村岡兼造元官房長官を、政治資金規正法違反の罪で東京地裁に在宅のまま起訴したが、これで幕引きになっては何のための捜査かわからない。村岡元長官は「いけにえ」ではないかと考えるのも当然のことだ。本当の黒幕は誰か?今回もうやむやになるだろう。いつものことだ。これでは「政治家と金」の問題は解決しない。首相もこうした問題でリーダーシップを取ろうとはしない。日本では個人献金がないと何人かの政治家は言う。このセリフはテレビなどでもよく聞く。確かにアメリカの大統領選挙でも有名になった個人献金は日本ではなじみがない。私自身、近くで個人献金した人のことは聞かない。だが日本には「政党助成金」という制度がある。事実2003年には自民党は150億円以上もの金額を政党助成金として受け取っている。そして今回の日歯連からの献金問題。これで個人献金が増えるわけがない。この文章を読んでいる人に聞きたいが、「政党助成金をもらって、さらに献金一億円もらってそれを忘れる人に献金したいと思いますか?」中には奇特な人もいるだろうが、私は嫌だね。一億円もらって忘れちゃうんだぜ! 忘れられるとわかっていてそんな人に個人献金するか?首相発言 「人生いろいろ」元首相心の声 「歯医者もいろいろ」*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.18
最悪の日は誰にでもある。英智にとってはその日が昨日だったということだ。日本シリーズの第一戦、西武は石井の好投もあって2-0で勝った。問題となった5回を抑えた石井の顔はまるで鬼のようだった。すごい気迫だった。この試合の不可解な判定と長時間にわたる中断については多くの人が日記に書いていることだろう。だが私は中日のライトを守っていた英智について書きたい。私は中日ファンでもなんでもないし、落合も好きではない。だが英智のことが気になった。まず試合の序盤2回、、和田の打球でクッションボールの処理にミスが出た。2塁打ですんだものを3塁打にした。英智の「狂い」はここから始まったのかもしれない。試合をしているのは中日の本拠地ナゴヤドームだ。ホームグラウンドでこの守備はいただけない。まずい守備だった。日本シリーズの緊張が生んだプレーだったのか。そして0―1で迎えた5回2死一、三塁、フェルナンデスが放った右飛をまさかの落球。このタイムリーエラーはエースの川上をさらに苦しめた。草野球のような信じられないプレーだ。5回の攻撃では落合監督の抗議で得たチャンスに打順がめぐってきた。だが結果はファールフライ。その後は代打を送られる始末だった。中日はどこかのチームとは違ってホームランで勝ってきたわけではない。守りとつなぎの打撃、そして優秀な投手陣で優勝まできた。エラーが出ては試合に勝てるわけない。中日ファンとしたら「英智のせいで負けた試合」ということになる。彼自身悔しかっただろう。昨日は眠れなかったかもしれない。彼には家族もいるだろう。つらい一日だった。だが彼の選手生命はここで終わりではない。日本シリーズは長引けばあと6戦ある。彼の守りが生きる場面はあるし、落合監督は今までも若手にチャンスを与えてきた。中日は実際に英智の守備で勝った試合もあった。今後の英智選手に期待する。まわりが何も言わなくても、彼は必死にプレーするだろう。その「必死さ」を私は見たい。野球の借りは野球でしか返せない。こうした「最悪の日」は誰にでもある。試練は人を大きくするか、それとも人を潰すかだ。英智の今後はどちらだろうか?追記 その後彼は第2戦、途中出場でタイムリーヒットを打った。何だか自分のことのように嬉しい。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.17
長崎の小学校で起こった同級生殺人事件で事件で、かつてこんな意見がある日記であった。>被害者の子にはほとんど怒りに近い感情を抱いてるし、加害者の子には「よくやった!」とブラボゥを送ってしまう。話がよくわからない人は過去の日記を読んでください。この発言についてはもう解決したものだと思っていた。発言した本人はこう言っていたのだから。(発言の内容公開は本人の承諾を得ています)>被害者の子にはほとんど怒りに近い感情を抱いてるし、加害者の子には「よくやった!」とブラボゥを送ってしまう。という部分だけを抜粋されてしまうと、多分ものすごく強い言葉になってしまいますが、確かに心無い言葉でした。ご遺族を責める気持ちは毛頭ないのですが、申し訳ありません。>ただ極言すれば>「娘が悪口書いたのだから殺されても仕方ない」という解釈は多分そのままズバリになります。(以上6月7日のメール) 発言したのはこの人だから悪口で殺人が起こるなら、一晩で何万人も殺されているだろう。それでも「よくやった!」とブラボゥを送ってしまうのだろうか?私は決して悪口をいいと言っているわけではない。だが悪口で殺人をするのは明らかに判断ミスだ。とても大きな。どうしてこの人は悪口が殺人に直結してしまうのだろうか?そして殺人を賛美するような、亡くなった被害者を殺されてまで攻撃する発言は明らかに意味がない。ところが最近来たメールはこうなっていた。(10月12日)>貴方のところで「暴言」に驚いて見に来てくれた方は、その後私の書いたものを読んだ後に「何故私が暴言と知りつつそれを使ったのか」ということは理解してくださいましたから。私の文章力がなかったわけではないことは、それで証明されるはず。そちらの読解力のもんだいですよね。一度は謝ったのに、今度は私の「読解力のもんだい」だと言う。ではどうしてこう言ったのか?「確かに心無い言葉でした。ご遺族を責める気持ちは毛頭ないのですが、申し訳ありません」そして何故削除したのか?これでわかった。この人はこうした暴言を悪いとは思っていない。よくわかりました。暴言の主は自分からこの発言を誤りと認め、削除したのに、そのことを忘れているようだ。この人は健忘症なのだろうか?「申し訳ありません」という言葉も心からのものではなかった。後から「ブラボー発言には意味があった」と言うのは説得力がない。残念だ。また、こんなことを暴言発信者の日記コメントで言っている人もいる。>彼の言ってることは全くの揚げ足取りですから、気にする必要はないかと思われます。その後、私からの指摘でこう訂正した。>一部誤りであった発言があると認識したので訂正致します。揚げ足取り→お門違い、かな。この、「揚げ足取り」「お門違い」と発言したのはこの人まったくおかしな発言だ。実はこの人は「ブラボー発言」の元の文章を読んでいない。文章を読んでいなくて私の批判をしている。つまりこの人の言うことには根拠がない。文章を読まなくて批判ができれば評論家は苦労はしない。これを「予断と偏見」と言わないでなんと言うのだろうか?お門違いはこの人のほうだ。追記の追記この、「揚げ足取り」「お門違い」と発言したのはこの人その後、この人は自分で「ブラボー発言」の主にその意味を確認した。そして私にこんなメールを送ってきた。>正当化って思ってもらっても構わないと仰いましたので私が貴方に言ったことは間違いということになりました。よってコメントは削除してもらいました。申し訳ございませんでした。もちろん正当化とは「ブラボー発言」についてである。人のことを誰にでも読める場所に「揚げ足取り」とか「お門違い」と書いておいて、私個人しか読めない場所に「申し訳ございませんでした」で済ませるこの人の気が知れない。そんなに自分を正当化したいのだろうか?この人の日記で経過説明と謝罪文の掲載を求める。少なくともこの人には説明責任がある。もともとこの人は「ブラボー発言」の元の文章を読んでいない。そして「想像」で私のことを「揚げ足取り」とか「お門違い」と言ってきたのである。つまり「偏見」で物事を判断していたということになる。まったく無茶苦茶な言い分だ。再び追記 「揚げ足取り」「お門違い」と発言したのこの人から、謝罪文がメールで来た。しかし、「揚げ足取り」発言の削除がまだのようだ。(10月29日17時30分現在)謝罪文の掲載は、削除の後とする。それまでは謝罪がなかったものとして考える。そうでもしなければ、「揚げ足取り」の主は発言を削除しないかもしれないからだ。「揚げ足取り」と言った者は早く発言を削除することだ。なお、ブラボー発言の主には「殺人賛美者だと思われても構いません」とのことなので、今後はさらに自信を持ってそう解釈させていただく。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.16
オマーン戦はとにかく勝ってよかった。前半は押されまくっていたからなおさらそう思えた。マコ(田中誠)の見事なバックアップは日本チームを救った。川口も飛び出した時のボール処理にはもっと神経を使ってほしい。キーパーが飛び出したら確実にボールをキャッチするか、遠くに弾き飛ばさなければならない。思い切りのよさが彼のいいところでもあるのであまり言いたくはないが、これから最終予選がある。キーパーはひとつのミスがチームの命取りだ。オマーン戦だって同点になっていたら展開はわからなかった。もちろん川口自身は自分のプレーに満足していないだろうが、マコはそう何度も助けてくれないぞ。サッカーは残酷なスポーツだ。観ている側もどこか残酷なものを求めているのではないかと思うことがある。サッカーは本来人間が創造できない「天国と地獄」を、人工的に作り出している世界ということもできそうだ。だが基本ができていれば、残酷を生む悪魔をピッチから追い出すことができる。代表だからこそ基本的なプレーが必要。中村は苦しい態勢からいいセンターリングをあげた。鈴木も見事に決めた。試合には勝ってよかったが、こんな気になる記事があった。敵地でオマーンを1-0で破り、W杯アジア1次予選突破を決めたジーコ監督(51)が13日、日本代表に三浦知良(37=神戸)と中山雅史(37=磐田)を復帰させることを明らかにした。カズとゴンだけではない。現役の35歳前後の代表経験者を広く代表に呼び、これに今回のオマーン遠征に間に合わなかった中田英寿(フィオレンティーナ)と稲本潤一(ウエストブロムウィッチ)を加えたジーコ流仰天人事で、11月17日、シンガポールとのアジア1次予選最終戦(埼玉)を戦うという。(夕刊フジから)ジーコの考えはわからなくはない。逆転の発想としてベテランの背中と戦い方を若い選手に見せておくこと、そして一緒にプレーすることは他の選手にとって財産になるかもしれない。それこそラモスの言う「魂の継承」につながる。ジーコは必ずしも「余裕があるから」こうした考えを示したわけではないと信じたい。しかしカズとゴンに必要なら、親善試合を組むこともできる。これでは「引退を強制されている」ことにならないか?私の考え過ぎだろうか?ワールドカップ予選でこうしたことをするのは私は賛成できない。シンガポールとの試合は今まで出番のなかった選手に与えられるべきチャンスではないか?日本にはこの先も最終予選が残っている。試すべき選手は国内に多数いる。最終予選では誰かがケガする可能性もある。ジーコはただでさえメンバーを固定して戦っているのだから、今後起こるかもしれないいろいろな場面を想定すべきだ。親善試合と公式戦、特にワールドカップ予選は分けるのが私の考えだ。オマーン戦を観て、「ジーコのサッカーは完成された」と感じた人はどれだけいるだろうか?「日本はもう最終予選は大丈夫だ」と感じた人は?残念ながら私にはそんな評価はできない。そんなのはあまりに楽観的過ぎる考え方ではないか。だとしたら大切な強化の場に必要なことは他にあるのではないか?もちろんジーコに賛成する人もいるだろう。皆さんはどうお考えだろうか?*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.14
ワールドカップ予選のオマーン戦。こうした状況では2月18日(埼玉スタジアム)、ロスタイムでの久保のゴールが大きな意味を持つ。ケガ人が多いなんて言っていられない。とにかく代表は結果だ!勝つしかない!負ければピンチ!!今日の試合に日本サッカーの未来がかかっている。祈ろう!そして信じよう!我々の代表を!最初からドローを狙ってはいけない。勝って最終予選だ!*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.13
どう考えてもおかしい。長崎の小学校で起こった同級生殺人事件で事件で、かつてこんな意見がある日記であった。>被害者の子にはほとんど怒りに近い感情を抱いてるし、加害者の子には「よくやった!」とブラボゥを送ってしまう。というものだ。 発言したのはこの人どう考えても、こんな発言は問題だ。これは「柔軟な意見」でもなんでもない。単なる「殺人の賞賛、賛美」にしかならない。何と言っても『殺人者に「よくやった!」とブラボゥ』だからね。もし、こんな発言を被害者の家族が読んだらどう思うだろうか?そして悪口を言われた小学生がみんな相手を殺したら、明日には小学生だけでも数万人殺されているだろう。どうしてそうならないかと言えば、殺人がいけないことだと知っているからだ。悪口がいいとは思わない。しかし悪口で人を殺すのは明らかに判断ミス。他の方法を探すべきだ。少なくとも殺すことに答はない。殺すことに意味を持たせるのは危険なことだ。それでもこの発言の主は、『「よくやった!」とブラボゥを送ってしまう』のだろうか?まるでオウムの考え方だ。狂っているとしか言えない。「殺人と悪口」を同じに考えているいる人がこんな発言をするのだろう。どうして殺人と名誉毀損が同じ罰を予定していないのか?この人の考えでは理解ができないだろう。こんな意見がまかり通ってしまうのは、何かが間違っている。この発言の主は、この発言を正当化しようとしているらしい。困ったものだ。私はその「正当化」について最近知ってしまった。一時はこの発言を「問題あり」だとして反省し、削除したはずなのに、発言の主はそのことをもう忘れてしまったようだ。私はもうこの話はやめようと思っていた。しかしこんな暴言を正当化しようとしている人がいるなら、はっきりと「それは違う!」と言わねばならない。こうした発言はなくならないのだろうか?追記 この暴言の主は集団自殺について日記でこんなことを書いている。>いやもう、好きにやってくれ^^;みんながみんな、自分勝手に生きてるんだよ。自分勝手に死んだっていいじゃないか。それが集団だってネットで知り合った仲だって、そんなことどうでもいいじゃない。彼らはどうして死に臨んだのかどうしてそこに考えが及ばない?今度は自殺を「勝手に死んだっていいじゃないか」ときたか。この発言の主は、目の前に今まさに自殺しようとしている人がいても、「自分勝手に死んだっていいじゃないか」ということで止めないのだろうか?素朴な疑問だ。>死んだ人が死んでまで断罪されるのは哀しいことだと、どうして分かってもらえない。彼らの死を、どうして悼んでやれない?「殺してブラボー」と殺人者を賛美しているのに、「死んだ人が死んでまで断罪されるのは哀しいことだ」というのは自己矛盾ではないか?この人が「被害者の子にはほとんど怒りに近い感情を抱いてる」なら、長崎の事件で殺された少女はこの人から「殺されてまで断罪」されている。すでにこの人の論理は破綻している。かわいそうに。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。もちろん削除もあります。
2004.10.12
台風の影響を受けたこの大会は、広島と磐田というクラブユースでの決勝となった。この大会は高校とクラブが戦うという場を設けた画期的な大会だ。以前まで高校が優勢だったが、クラブが優勝することによってサッカーの底辺は確実に広まった。これはある意味嬉しいことだ。試合は注目されていた広島のFW前田が後半にゴールを決めて広島が勝った。前田は確かに頼りになるエースだった。得点シーンでも落ち着いていた。2005年オランダのワールドユースに行くことは十分に考えられる。どうしてアジアユースのメンバーに選ばなかったのか、私には不思議だ。しかし私が気になったのは磐田のキーパー、八田直樹だ。前日の準決勝でも確実に相手のシュートを止めていた。試合終了直前にはコーナーキックのチャンスに、相手ゴール前まで飛び出して得点を狙った。見ていて面白い選手だ。もしかしたらこの大会はすごいダイヤの原石を出したのかもしれない。 彼にはジュビロのスタメンではなく、日本代表を目指して欲しい。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.11
アジアユースは日本が3位になった。またしてもPK戦になったが、日本選手は助走が短かすぎる!!一流の経験とキック力がなければもっと長い助走が必要だ。選手だけでなく、コーチや監督も気がついていないのだろうか?日本に決定力がないのは呆れるばかりだ。決定力もそうだが、「ゲームメイク」が出来ていない。だからこそ延長戦が続く。世界で恥をかきたくなければもう一度チームを作り直すことが必要だろう。PK5人目のカレンロバートのキックでボールはバーを叩いて下に落ちた後ゴールの外に出た。だが主審はゴールインの判定。審判に救われた。私はこの場面を見て、66年のイングランドワールドカップ決勝(対西ドイツ)を思い出した。延長戦になったこの試合は、イギリスが世界に誇る「エンパイアスタジアム」ウェンブリーで行われた。イングランドのハーストが放ったシュートはクロスバーに当たって下に落ちた。あの時のスイス人のレフェリーもゴールを認めた。結局このゴールによってイングランドはこの大会に優勝する。今でも論争になる場面だ。勿論今回とはレベルは違うが。それにしても韓国は決勝でも見事だった。今大会得点王(6ゴール)とMVPに輝いた朴主永(パク・チュヨン/高麗大)は将来日本にとって大きな敵となるだろう。選手も良かったが、マレーシアに集まった韓国人の応援が羨ましかった。韓国人になりたいとは思わないが、観客でも日本に差をつけた。東京オリンピック40周年記念の日本とハンガリー選抜戦は大久保が切れのある動きを見せたが、最後に逆転されて2-1で負けた。NHKの内山アナも言っていたが、大久保がオマーンに行けなかったのは失敗だったかもしれない。ジーコが自分の判断を正しいと認めさせるにはオマーン戦で選手の選択が正しかったことを証明するしかない。代表は結果しか評価されない。それが宿命だ。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.10
強い台風22号が来た。うちの近くでも雨が強く、排水溝が詰まったのか、道路が池みたいですごいことになっている。台風のバカヤロー!!*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.09
またしても台風が日本に来ている。今年日本に来た台風はもういくつになったろうか?台風の進路に住んでいる方は十分注意されたし。今度の台風は強そうだ。台風が来るたびに同じことを言うが、絶対に野次馬根性で海や川へ見物に行かないように!!野次馬が行方不明になるのも問題だが、あとで捜索するのもたいへんだ。捜索隊に危険が及び、二次被害にもなりかねない。台風の映像ならテレビで我慢しよう。そしてこの台風は週末のF1グランプリ(鈴鹿)に影響しそうだ。佐藤琢磨は母国でのレースに燃えているだろう。彼にはいい成績を残してほしいが、それ以上に誰にも事故がなければいい。台風が悲劇を招かないように願う。台風のバカヤロー!!追記 その後、F1グランプリは予選と決勝を同じ日に開催することになった。佐藤琢磨は4位。表彰台には届かなかった。ともかく事故がないように予選を延期した判断は正しかった。主催者の勇気ある判断に感謝する。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし私の判断で削除もあります。
2004.10.08
マンガでもこんな試合展開は描けないだろう。韓国に先制されながらも日本は終了間際に追いつき、延長戦でも突き放され、タイムアップ前再び同点にした。客観的に見ても日本のほうが個人も、チームとしても劣っていたが、よく追いついた。だが日本は追いつくことはできてもリードすることはできなかった。サッカーという競技から見たら、韓国が決勝に進むのは喜ぶべきことだ。そのくらい両チームには差があった。もちろん日本人としては悔しいが、これは認めなければならない現実だ。気温が20度を切る日本では考えられないマレーシアの気候は、夜になっても38度という信じられない環境で選手たちを迎えた。その上連戦で疲れた両チームとも大変タフなな試合をした。代表としての結果や試合の技術的な内容はともかく、選手たちの気持ちは十分に伝わってきた試合だった。私はこの試合のテレビ観戦中、夜中に大きな声が出せないので、日本のゴールシーンでも口をあけて声を出さず一人ガッツポーズしていた。この姿を人に見られたら「狂ったか」と思われただろう。昨日6日にクアラルンプール(マレーシア)で行われたアジアユース準決勝は、前の試合に続いて延長戦。それでも決着がつかず、PK戦の末に日本が敗れた。またもや日本のアジアユース初優勝は夢と消えた。日本は9日、シリアとの3位決定戦に進む。12年前実際に見たチェラススタジアムは、またもや日本にとっては勝利の場所にはなれなかった。平山はテレビで見ていてもはっきりと動きが鈍かったのがわかった。ケガの影響があったのかもしれない。頼りにすべき兵藤も見ていて痛々しかった。私が監督だったら、この二人は使わなかったか、途中で交代させたかもしれない。FWを次々に投入したのもすごい選択だった。まさにスクランブル状態だ。とても私にはできない。だが大熊は私とは違う選択をした。これは考え方の違いだ。結果として平山は延長で追いつくゴールを決めた。代表は結果が求められるチームなので、大熊の選択は正しかった。PKでは1人目の増嶋、2人目の中村、そして4人目の平山が外した。キッカー5人のうち3人が失敗したら勝てるわけがない。PKは蹴ってからキーパーが反応しても間に合わない。だからキーパーはインパクトの前まで見て蹴る方向を「読んで」反応する。韓国のキーパー(チャ・ギソク)は日本のキッカーをよく見ていた。動きをよく読んで、素早く反応していた。むしろキッカーにプレッシャーを与えていたのではないかとさえ感じた。キックの瞬間、キッカーの目にキーパーの動きが見えたのではないかと想像する。ある世界的に有名なキーパーが言っていた。「ゴールキーパーこそが攻撃だ」と。今ならこの言葉の意味が理解できるような気がする。日本チームに「よくやった」というのは簡単だ。年代別のチームは「負けたら終わり」の宿命がいつもある。だがこのチームはまだ終わりではない。来年のワールドユースがある。だから私は今の段階で選手を誉めることはしない。大熊監督は言った。「チームとしてよく頑張って追いついた部分と、足りない部分がある」大熊や選手たちは「何が足りないか」をよく理解できただろう。理解できなければ世界の大舞台で再び負けるだけのことだ。ワールドユースに向けて、問題は山積している。まだ9日の3位決定戦がある。このチームはJリーグ、大学、高校と選手を集めているために、世界大会へ向けた強化試合は時間的に難しい。3位決定戦はその第一歩として日本のすべきサッカーを見せてもらいたい。PKで失敗して試合後に泣いていた増嶋。泣くのはまだ早い。試合に勝って泣け!この悔しさを晴らすチャンスはまだある!今大会のスタッフと選手。(JFAニュースから抜粋)【スタッフ】団 長 田嶋 幸三監 督 大熊 清 コーチ 吉田 靖 GKコーチ 武田 亘弘【選 手】GK 1 松井 謙弥 ジュビロ磐田 18 西川 周作 大分トリニータU-18DF 5 増嶋 竜也 FC東京 3 吉弘 充志 サンフレッチェ広島 2 水本 裕貴 ジェフユナイテッド市原 17 柳楽 智和 アビスパ福岡 4 小林 祐三 柏レイソルMF MF 7 渡邊 圭二 名古屋グランパスエイト 13 寺田 紳一 ガンバ大阪 14 中村 北斗 アビスパ福岡 12 苔口 卓也 セレッソ大阪 10 兵藤 慎剛 早稲田大学 6 梶山 陽平 FC東京 8 中山 博貴 京都パープルサンガ 15 高萩 洋次郎 サンフレッチェ広島 19 高柳 一誠 サンフレッチェ広島FCユースFW 9 平山 相太 筑波大学 11 カレン ロバート ジュビロ磐田 16 渡邉 千真 国見高校 20 森本 貴幸 東京ヴェルディ1969 【バックアップメンバー】GK 山本 海人 清水エスパルス*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし殺人を肯定しない人に限ります。
2004.10.07
新聞を読んでも過去の歴史認識はバラバラだ。朝日新聞と産経新聞ではまったく解釈が違う。私は戦争を知らない世代だ。だから歴史について語るととんでもない間違いをする可能性がある。そんな中でも以前(96年だったと思う)韓国のソウルに行った時、旧朝鮮総督府の建物を見た。(注釈 朝鮮総督府とは朝鮮半島統治のための日本が置いた官庁のこと。初代総督は寺内正毅。ちなみに韓国人にハルビンで暗殺された伊藤博文は韓国統監府の統監だった。暗殺した安重根はソウル市内に記念館がある。)現在この建物は取り壊されており(私の記憶では解体は97年。建物の特徴だったドームのみ博物館に残されている)、存在しない。重そうな灰色の石でできた建物は、そこが李氏朝鮮の王宮である景福宮であることを忘れさせるような威圧感があった。王宮正門のすぐ裏にこうした建物があるのはいかにも異様だった。「どうしてこの建物がここにある必要があるのか?」という疑問には「日本による朝鮮半島支配のシンボル」としか回答を見つけられない。旧朝鮮総督府の写真その1 旧朝鮮総督府の写真その2 旧朝鮮総督府についてのある考察私はここで考えた。日本は太平洋戦争に負けたあと、アメリカ軍の占領を受けた。アメリカ軍はGHQの本部として皇居前のビル(日比谷の第一生命相互ビル)を接収したが、二重橋の内側にアメリカ様式のビルを必要とはしなかった。それは「必要がなかった」からであり、「占領が一時的であった」ことを意味している。そして日本人の感情を意識してのこととも考える。私はこのGHQ本部と朝鮮総督府の違いから、日本の朝鮮半島に対して行ったことは植民地政策であったと解釈する。朝鮮半島に住んでいた人からしてみたら、旧朝鮮総督府の建物の存在は感情を逆撫でするものであったとも考える。よく考えてほしい。アメリカの占領軍が二重橋の内側にGHQ本部を建造したら、日本人は怒らなかったろうか?そこにあった皇居を壊してまでGHQ本部を作ったらどうだろうか?私は天皇制には反対で、将来は天皇は廃止になると考えるが、「もともとそこにあるもの」を壊してまで建物を作るのは理解に苦しむ。ましてや朝鮮総督府は日本の存在ががなければありえなかった組織だ。「外国人がわが国の文化遺産を壊した」という眼で見られるのは当たり前だろう。現代の沖縄で少女を暴行したり、航空機による事故が絶えないあのアメリカ軍でさえ、GHQ本部の建物には気を遣った。日本人はそうしたことを考えられないのだろうか?そのことが残念でならない。朝鮮半島の文化を日本人が理解して、尊重していたら、朝鮮総督府の場所をもっと考えるだろう。そして文化の尊重がないところでは朝鮮の人たちを日本人と同格に扱うこともなかったのではないかと推測される。旧朝鮮総督府の建物は長い間博物館として使われてきた。しかし王宮を「本来の形にする」ために取り壊された。韓国人から見たらこの建物は屈辱の歴史でしかなかったろうが、セネガルにある奴隷貿易の基地として使われた歴史のあるゴレ島や、広島の原爆ドーム(ともに世界遺産に登録)と同じように「負の遺産」として残してもよかったのではないかと考えることがある。戦争を知らない私のような人間にも「歴史を考えるヒント」を残してほしかった。戦争体験がなく、どの新聞、どの意見を信じていいかわからない現代では、こうした「目に見える歴史の証人」が必要なのではないか。もちろんこれは日本人としての考えだ。韓国でもこの建物を残すかどうかは賛否両論あったらしい。そして最終的には取り壊しを決めた。もちろん韓国内にある建物については韓国人が決めるべき問題ではある。それは天皇制を廃止するかどうかを決めるのが日本人であるかのように。 東大学長を務めた西洋史学者の林健太郎が今年亡くなった。学園紛争で学生と直接170時間にもわたって交渉し、「機動隊を突入させるか?」とのメモに「ただ今学生を教育中」と申し出を拒否した名物教授だ。彼は「大東亜戦争肯定論」に対して、「自己の誤りを自虐と言って拒否するのは、自己を卑しめることだ」と批判した。簡単に言えば「間違いは間違い」ということだ。現在の、過去の歴史を忘れたかのような右傾化には私は大いに危惧する。あなたの近くもいませんか?右翼な意見に無意味に傾倒している人が。もちろん右傾化した意見にも良いものはある。しかし「自虐史観」を錦の御旗にした安易な右傾化はあまりに危険だ。 追記 こんな反論(?)がある。むにゅうという人の考えだ。 ここだ。 ここにもある。 >日本帝国が朝鮮に総督府を作ったのは、無政府状態で無秩序だった朝鮮に法治のおよぶ文明国に生まれ変わらせるためです。「無政府状態で無秩序」というのは文化的施設である王宮を破壊して朝鮮総督府を作るという根拠にはならない。つまりこの反論は私の主張からは逃げている。この文章は反論ですらない。この人は「反論すらできない」と人のことを言っておきながら、自分で反論が出来ていない。この批判の主はかつて殺人を肯定したとんでもない考えの持ち主で、ある弁護士からは、「基礎的知識に決定的に欠けているものであり、反論の必要すら感じないレベルです」と判断されている。長崎の小学生殺人事件についてはこんなことも言っている。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。(本文ママ)>こういう考え方も、あるのです。 >相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。 純粋なら殺してもいいのか? くだらない考えだ。この「考えもある」というのは、誰の考えなのかわからないし、その考えがどうして法律に反映されていないのかも説明が出来ていない。論理が既に破綻している。反論するならもっと勉強しよう。こんな人とは話をしても無駄だ。殺人がどうしていけないことか理解できない人なのだから。しかも、どうして殺してはいけないかについて自分で考えもしない。「理解できないのは人のせい」だと言わんばかりだ。自分で少しは考えなさい。また批判の主はかつて、日記コメントを削除したら「著作権法違反だ」とも言ったことがある。根拠のない妄想に過ぎなかったが、批判の主はこうした妄想が好きなのかもしれない。こんな人はあまりにレベルが低すぎて相手にできない。批判の主に対して大いに同情する。追記その2 またもやこんな反論(?)が来ている。同じ人からのものだ。>りゅうちゃんミストラルさんが、またファビョってる正しい日本語を使わないと理解できないね。「ファビョってる」なんて私の辞書にはない。意味不明。>>日記コメントを削除したら「著作権法違反だ」とも言ったことがある。>直後に取り消しましたよね。以後こうした間違いをしないように強く求める。この人は思い込みが激しいようだから。人を犯罪者扱いするのは確証が必要だ。この人にはそのことがわからないらしい。何と言っても殺人を正当化、賛美、賞賛する人だから、人を確証なく犯罪者扱いすることなど何とも思わないのだろうが。>>文化的施設である王宮を破壊して>王宮は文化施設ではなく、統治施設です。朝鮮人の方々に失礼です。私は文化施設と思っている。失礼とは思わない。ところで統治施設なら破壊して朝鮮総督府を作ってもいいの?私が日記で主張したのはこの意味だったのに、理解していないね。まったく答えになっていない。>>殺人がどうしていけないことか理解できない人なのだから。>りゅうちゃんミストラルさんの反論はまだですか?「殺人はダメ」を繰り返していても、反論にはなりませんよ。「どうして殺人してはいけないか?」を人から教えてもらわなければならないのではもう救いがないね。殺人を君のように正当化したらこの世は地獄になってしまう。そして「どうして殺人してはいけないか?」については日記で何回も書いてきた。ところで反論の主はこんなことを言っていたが、どうしてこの考えは現在の法律に反映されていないのだろう。>人を殺すのは、人として死なせるのだから、相手の尊厳と名誉を守ることになる。>人の精神を殺すのは、人を人ではないものにするのだから、殺人よりも罪が思い。(本文ママ)>こういう考え方も、あるのです。 >相手を弑するほどに憎んだその精神は、命あっての物種といったせこい損得勘定を越えて純粋です。 もしこの考えが正しいならば、長崎で同級生を殺した少女はもっと裁判官や新聞から考え方を理解されてもいいのでないか?殺人が「相手の尊厳と名誉を守ることになる」のであれば。ところがこの殺人者に同情する意見は多く聞かない。殺人が「相手の尊厳と名誉を守ることになる」なんて私は聞いたことないがね。つまりこの考え自体が身勝手で、現在の法律、と言うより基本的な考え方からはかけ離れていることを意味している。ほとんどの人はそんなことを他の人から説明してもらわなくてもわかるものだ。楽天では殺人の正当化や賛美、賞賛が流行っているようだ。まったく狂っている。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見があればメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。ただし殺人を正当化しない人に限ります。
2004.10.06
名物裁判長は言った。「唐突だが、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」うつむいたままの2人に、「この歌の、せめて歌詞だけでも読めば、なぜ君らの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と訴えた。この事件について これは2002年に行われた裁判の一幕だ。事件は2001年4月に起こった。犯人は19歳の少年2人。東急田園都市線の車内で川崎市宮前区の銀行員(43)と「足が当たった」などと口論。三軒茶屋駅のホームで、2人がかりで殴り、5月4日にくも膜下出血で死亡させた。(サンケイスポーツから)裁判官には閉廷前に自分の考えを述べる時間がある。もちろん義務ではないので何も言わなくても構わない。この発言は公式記録にも残らない。この発言で有名になった裁判官は山室恵氏。東京高裁判事の少女買春事件では、「言葉が悪いが、単なるロリコンかスケべおやじではないか」「君のやったことは司法の歴史でとんでもないことだと分かっていますか。こういう罪で裁判官を裁くとは思わなかった」と発言して有名になった。東京高裁判事の少女買春事件 リクルート事件江副浩正、傷害罪に問われた元プロレスラー前田日明、オウム真理教林郁夫の事件も山室氏の担当だった。批判もあったが「東京地裁のエース」という声すらあった。最近になって山室氏は昇進を伝えられた。もし昇進したら現場にはいられない。実際の裁判には関われなくなってしまう。「刑事事件の現場第一」をモットーにしていた彼は、判事から東大の大学院教授に転進した。今後は弁護士としての活動もするだろう。退任は今年6月のことだ。私は今年になって新聞でそのことを知った。日本の裁判制度は硬直化している。例えば刑事事件なら一審はほとんどが有罪だ。その確率は100パーセントに近いという話もある。つまりは「裁判官は検察官の言いなり」という批判にもなる。「有罪にはできないかもしれないが、起訴して事件として取り上げる必要がある」という勇気ある判断が検察には必要だ。これは未確認の話だが、ある本によると「どうせ検察官の言うままに裁判は進む」という「安心感」からか、裁判中に居眠りをする判事までいるという。山室氏は司法修習生(司法試験に受かって研修中の人)が裁判中に居眠りをしていたらこの修習生に、「何をやっているのか分かっているのか!」 と叱り、法廷から追い出したそうだ。山室氏には居眠りが我慢ならなかったのだろう。裁判官自身のこともある。いくつかの本を読む限りでは、裁判官は多忙で孤独、そして当たり前ではあるが緊張を強いられる。赤提灯で飲むことさえ許されていないという。ある裁判官は宅調(自宅で仕事をすること)の日に、日頃からの息の詰まる生活に嫌気が差してパチンコに行き、居酒屋で酒を飲んだそうだ。ただ、酒を飲んでいても「このことが上司に知れたら」と考えると怖くなってしまうのだという。山室氏自身退官してから酒を飲むことが増えたそうだ。こうした中で「一般人の気持ちがわかる裁判官」が誕生するかどうか非常に疑わしい。小さいころから「温室育ち」で勉強ばかりしていた人が、強盗犯や殺人者に向かうのはいかにも危険なことだ。こうした裁判の硬直化は政治的問題だ。「裁判の迅速な進行」が困難になったのは司法試験が「受験者を落とすための試験」であるために人手不足になったことから起きたことだ。山室裁判長はそうしたなかでも「地裁の裁判長」に拘った。この選択をどう評価するかは人によって違うだろう。裁判での判断については賛否両論ある。そして彼を有名にしたいくつかの発言はスタンドプレーだという批判もある。山室判事についての批判 ただひとつ言えるのは、「東京地裁から名物裁判長が去った」ということだ。今までお疲れ様でした。追記 もし東京駅近くにいて時間があったら、裁判を傍聴するといい。何しろドラマとは違ってすべてが「本物」の世界だ。無料で本物を見られる。ただし山室裁判長がいなくなっても裁判中に居眠りをしたら注意される。裁判所は居眠りをする場所ではないからだ。裁判傍聴の手引き 裁判傍聴同好会 *現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 意見はメッセージでどうぞ。トラックバックも受け付けています。
2004.10.05
内容ではカタールのほうが押していた。シュート数はカタールが上回っていたし、日本は「判定負け」になってもおかしくないくらいの劣勢だった。しかし結果は日本が準決勝に進んだ。これがサッカーだ。シンガポール国境に近いジョホールバール(マレーシア)でのアジアユース選手権準々決勝は、日本が準決勝に進んで来年オランダで開催されるFIFA世界ユース選手権(20歳以下)出場を6大会連続で決めた。試合は90分では勝負が決まらず、延長戦でも決まらず、PK戦(5-3)での決着だった。キーパーの西川周作(大分ユース)は緊張感を切らさずよく耐えた。PK戦でも3人目まで逆を取られていたが、4人目をよく止めた。この日の勝利は守備の勝利だ。消耗戦をよく闘った。ただ一瞬のために耐えるキーパーはヒーローになった。ジョホールバールと言えば、97年のワールドカップ予選でイランとの死闘が思い出される。暑くてサッカーの試合をするには過酷な条件だ。私も97年実際ここに行き、暑さは体験済みだ。だがこの日の若き日本代表も孤独ではなかった。多くの日本人がラーキンスタジアムにつめかけていたからだ。衛星中継でも幼い子どもたちの声援をマイクは拾っていた。海外でサッカーを観戦する時、在留法人の日本への関心には驚かされる。海外にいることで日本にいるとき以上に「日本人であること」を感じているのではないか?頼もしい声援は選手の耳にも届いていることだろう。若きサムライたちが「もうだめだ!」と走るのをやめそうになった時、声援は再び彼らを走らせるに違いない。サッカーの試合は選手だけが闘っているわけではない。97年のアジア第3代表決定戦(対イラン)でも延長戦前、選手だけでなくスタッフ全員が円陣を組んだ。日本代表の栄養士をしていた女性がその様子を見ていると、選手たちから「君も来い!」と呼ばれた。栄養士の女性は自分を指差して「私も?」と訊いたが、選手は「そうだ!」と彼女を再び呼んだ。選手は彼女が円陣に参加するのを待っていた。彼女が加わった円陣は感動的なシーンだった。その後岡野のシュートが決まって日本は初のワールドカップ出場を決めた。素晴らしい「総力戦」だった。今大会、暑い中での連戦で疲れもあるだろう。怪我や病気があるとも聞く。もちろん相手も強い。以前なら実力差があったネパールでさえ、その差はなくなってきている。かつては楽勝だったアジアの国相手にも、接戦が多くなってきていることはアジアのレベルが上がったということだ。このことは喜んでもいい。だがそれは同時に日本が苦戦する確率が上がることも意味している。アジアユースで日本は過去一度も優勝したことはない。ベスト4に入って世界への切符を日本はすでにつかんだ。もう失うものは何もない。次の試合は日韓戦。相手にとって不足はない。今回の韓国はイラクに0-3で惨敗した後、イエメンに4-0で勝ったが、タイと1-1で引き分け、D組2位で辛くも決勝トーナメント(ベスト8)に残った。アジアサッカー連盟(AFC)のホームページは「韓国がベスト4に進みたいなら、根本的に変わる必要がある」と指摘した。(朝鮮日報の報道から)このことから考えても日本にチャンスはある。もうひとつの山は中国とシリア。イラクを破ったシリアは不気味だ。試合後のインタビューで平山相太(筑波大)は日本の守備を称えていた。今度は攻撃が守備をカバーしてほしい。平山、カレン(磐田)、森本(東京V)とタレントが揃って注目されたFWがこのままで終わるわけがない。準決勝の日韓戦は10月6日。注目しよう。決勝は9日だそうだ。場所はクアラルンプール近郊のチェラススタジアム。私は今でもこのスタジアムを思い出すことができる。ここはバルセロナオリンピック予選で1992年1月30日、カタールと試合をしたスタジアムだ。もう12年前のことだ。この試合も私は実際に観戦していた。この最終戦を日本は0-1で負けた。この試合でも日本人が多数応援にかけつけた。日本人学校の生徒は初戦(中国戦)ではメンバーの名前も知らなくて、私に試合中でも多くの質問していた。だが、最終戦にもなるとかなりサッカーと若き日本代表のことについては詳しくなっていった。6日の試合も日本チームに声援が送られることだろう。このバルセロナ予選では日本は一次予選の段階から苦戦が続いた。今考えても選手は揃っていた。キーパーに下川健一、ディフェンスに相馬直樹、小村徳男、名塚善寛、 飯島寿久、 中盤に永山邦夫、原田武男、永井秀樹、名良橋晃、澤登正朗(キャプテン)、名波浩 フォワードに神野卓哉、三浦文丈、藤吉信次がいた。監督は山口芳忠。一次予選、スラバヤでインドネシアに2-1で辛くも勝ち、香港では1-3で負けた。その後台湾に連勝して日本でのホーム3連戦を勝って最終予選に進んだ。「独立」という意味を持つムルデカスタジアム(クアラルンプール)が最終予選の場だった。最終戦は各国が不利にならないように3会場で同時刻にキックオフした。日本は中国、韓国、バーレーン、カタール、クウェートと闘った。1992年1月19日の中国戦は原田(早稲田大)のミドルシュートが鋭く決まったが、その後逆転された。苦しいスタートだった。第2戦のクウェート戦は1-1の引き分け。小村のヘディングで先制したものの、追いつかれての引き分けは痛かった。第3戦はバーレーン相手に日本の攻撃が爆発。6-1で勝った。そして運命の第4戦。当時はライバルですらなかった韓国が相手だった。韓国のコーチは日本サッカーの基本を作ったデットマールクラマーだった。韓国人にとってはクラマーは邪魔者だった。韓国人ジャーナリストは「クラマーが韓国サッカーを壊した」と批判していた。韓国は決して万全ではなかったのだ。この第4戦、日本は韓国に押されながらよく耐えていた。もう引き分けかと思われた終了寸前にキムビョンスの当たり損ねのシュートが決まって日本は負けた。日本から来ていた女性ファンは人目も気にせず泣いていた。まだこの頃はサッカー観戦のために海外へ行くことが珍しい時代だった。これは簡単なことだ。長い間同じチームを見ていることにより、「最後まで観たい」という想いが強くなっていたのだ。だから彼女は泣いた。私も泣いた。この敗戦は事実上このチームの終わりを意味していた。そのことが何より悲しかった。今でも思い出す敗戦だ。キムビョンスはその後ひざを怪我して選手生命が危ぶまれたが、何と来日してコスモ石油でプレーした。日本でキムに会うことも、プレーを見ることになるとも思わなかった。運命というものは恐ろしいものだ。そして最終戦。日本はまだバルセロナ行きの可能性を残していたが、それはほとんど不可能に近かった。バルセロナ予選でカタールは予選に参加した国の中で一位となり韓国とクウェートとともに本大会行きを決めた。今回の若き日本代表はチェラススタジアムで新たな歴史を作ってほしい。残念なのは準決勝の一試合、そして決勝と3位決定戦がチェラススタジアムで行われることだ。(もうひとつの準決勝はイポーで行われる)確かに私にとっては思いで深いスタジアムではあるが、クアラルンプールには歴史的なムルデカスタジアムと巨大で美しい、アトランタオリンピックの最終予選が行われたシャーアラムスタジアムがある。このどちらかで決勝をできなかったものかとも思う。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 言いたいことがあればメッセージでどうぞ。
2004.10.04
イチローは2試合を残してメジャーの新記録を作った。ジョージシスラー(ブラウンズ)の年間最多安打記録(1920年、257本)を破り、年間通算安打は259本となった。実に84年ぶりの記録更新だ。「イチローはシスラーとは試合数が違う」(シスラーの記録は154試合でのもの。現在は8試合多い162試合)ということをどこかのテレビでやっていたが、同じ番組でのアメリカ人ファンへのインタビューでは、「それはホームラン争いをしていたソーサやボンズも同じこと」とすぐに否定されていた。アメリカ人の判断は政治的には問題もあるが、スポーツになるとフェアな見方をする。こうした意見を聞く時はアメリカ人に救いがあると感じる瞬間でもある。もちろんアメリカでも試合数を問題にしている人はいるようだが、今シーズンのイチローの記録を認めたくない人は決して多くはないだろうと推測する。これはイチローがアメリカでも一流として認められていることの証明だ。試合数が多かろうが少なかろうがイチローがすごい選手であること、今回の記録が偉大であることはすでに多くの人が認めている。こうした記録がうれしいことである一つの理由は、過去に埋もれた古い記録が人々の記憶の改めて残ることにある。多くの日本人にとってもシスラーが偉大な選手であったということは実際のプレーは見れなくとも記憶に残るだろう。つまりイチローは新記録を達成することによってシスラーをも甦らせたということになる。もちろん記憶を呼び起こしたのが日本人だから嬉しいということは否定しない。*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 言いたいことがあればメッセージでどうぞ。
2004.10.02
薬物による汚染が進んでいる。現在は高校生にもその手は伸びている。高校生が薬物に手を触れるのは「好奇心」と、「先輩や友人からの誘い」があるだろう。実は薬物への誘惑は巷にあふれている。「どうしたら薬物からの誘いを断れるか」ということを誰も教えないことも薬物乱用の原因だ。私の薬物についての考え方この薬物汚染の原因には薬物を憎まない社会の風潮がある。「大麻は薬物ではない」とか、「薬物を使うのは個人の自由」とかとんでもないことを言っている人もいる。よく考えてほしい。薬物はどこからやってくるのだろうか?厚生労働省の認定業者から供給されるわけではあるまい。そして「薬物事犯には被害者はいない」などと言われることがあるが、薬物中毒になった人の家族は泣いていないのだろうか?それでも被害者はいないのだろうか?今現在大麻を含む禁止薬物には厳しい刑罰が待っている。そして、禁止薬物に触れる必要性があるとは思えない。大衆が薬物を憎まない以上、いくら麻薬Gメンががんばったところで薬物汚染は防げまい。薬物を使うよう誘われたらとにかく逃げることだ。そしてあなたの近くに薬物に触れている人がいたら、迷わず警察に電話しよう。あなたは薬物を憎んでいますか?*現在掲示板と日記コメントは閉鎖しています。悪しからず。 言いたいことがあればメッセージでどうぞ。
2004.10.01
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