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今日、デジカメの2代目を手配する。1台目はもう10年以上になるかな、パソコンを購入したとき、一緒に買ったもので、ずいぶん使いこんだ。 いろんなところが壊れて、もういかんともしがたく、何とかしないとと、思いつつ先立つものがねえ~ なんでもそうだけど、新しくなると、いろんなところが改良されていて、格段に使いやすくなっている。これから、やっと画像がアップできるかな。それにしても、見事に10年くらいすると、壊れるんだね。
2012.06.16
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今、少しでも時間があると、藤沢周平を読んでいる。読んでいて、その文章から渡辺謙さんが語りかけてくるような気がしながら、読み進んでいる自分に気がつく。 絵でも彫刻でも、映画でもそして、小説でも感じることができるものが、私はいいモノだと考えている。絵なら部屋に飾りたいと思うかどうか、小説なら、もちろん読みたいと思うかどうかだね。 氏の小説で惹かれるのは、そのなかでの人の細やかな語り口だ。それはどれだけ人を観察しているか、人生というものを、どれだけ深く考察しているかだろうと、思う。 表現者は表現したものでしか、価値は問えない。いろんな人がいて、全ての人がいいというわけではないが、少なくとも持てる力を発揮して、それを問うしかない。私は藤沢周平に共感を覚えている。 同じ表現者として、共感をもっていただけるような、モノを作りたいとおもう。
2012.06.07
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昨日、開港祭でにぎわう横浜で高校のクラス会がひらかれた。関東圏に住んでいる人たちが多いのだが、近年は名古屋やそれこそ、田舎の和歌山からの参加される方もいる。 60歳をすぎて、時間のゆとりができたこともあるだろうが、人生の中で夢見るころを共有した人たちと、語り合いたいという思いもあるのかなと、思う。私は大学をでてから食えない研究生活を21年やっていたので、時間的にも経済的にもとても参加するどころではない期間が長かった。やっと最近になって余裕ができたので、参加している。 もともと、そう社交的ではないので、クラス会でも話がはずむほうではないかな。やはり生まれが長崎で幼なじみという人が、まずいないということ。それに高校生の時に、仲間といえる人をつくらなかったということもあると、思う。小さいときから、一人でモノを作ることが、一番好きという性格によるのかもしれない。 でも、そんな殻は捨てて、話してみると、人それぞれ、それぞれの人生を生き、様々な交流をされている。話してみないと、わからないということが、とても多い。親が老境にはいり、看取ることもあり、子供たちが自立し、自分ももう何があっても不思議ではない年齢になった。 たぶん、私が子どもたちの年齢が低いのだと、思う。まだ現役でやらなければいけない期間があることが、かえって励みになるかなと、思っている。
2012.06.03
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