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サツキが仲良くおしゃべりさせてもらっているブルガリアから来たジェニーちゃんは本名は違うんだって。ブルガリア人なので、本名は日本人にはとっても発音しにくい音だそうで、ニックネームを自分でつけてるんだって。そういえば、以前知り合った台湾の女の子も、日本名を自分でつけていたっけ。ということで、サツキも本名は「サツキ」以上にさらに発音しにくい名前なので、アメリカにいったらなんて呼んでもらうか考えているらしい。日本人の名前って、けっこう言いにくいよね。きっと。とくに「子」のつく名前って言いにくいような気がする。わたしは「子」のつく名前が好きなので、サツキの本名も「子」がついている。でももっと世界に通用しやすい(?)名前のほうがよかったかなあ・・・「えみ(エミー)」とか「まり(マリー)」とか(笑)で、ジェニーちゃんとはメールアドレスを交換して留学先でもメールのやりとりしようね、って話しているみたい。便利な時代になったものです。まったく。
2006年01月31日
きのう、とても悲しいことがあった。サツキもメイも今の団体に加入して以来ずっと(メイは2歳のころから)とってもかわいがってくださっていたお父さんが、急死されたと。暮れに癌が発見され、もう手の施しようがなかったとか。たぶんまだ50代後半。すごくすてきな「スイートハート」(と彼がいつも妻をそう呼んでいました)と、かわいい3人のお嬢さんがいるダンディな方でした。でも子供たちといっしょになって体ごと遊んでくれて、小さい子たちがいつも周りから離れない、そんな方でした。父親っていうものを知らない我が家の娘たちにとって、ちょっとお父さんみたいでもあり、あたたかく見守っていてくれる親戚のおじさんのようでもありました。そういえば最近姿をみないなあって思っていたのですが、まさか病気だったなんて。ほんとうに信じられないのですが。なんとなく、最近は姿を見ていなかったけれど、サツキが留学から帰ってきたらいろいろ話を聞いてくれるような気がしていました。そこの2番目のお嬢さんがたくさんの国にホームステイをしていて、とても開かれたお宅だったから。でも、もう聞いていただくことができないのです。実感がわかなくて呆然としてしまいました。とても仲のいいご家族だったので、どれほどのショックだろうと思うと・・・。・・・とにかく、とにかく、冥福を祈ります。ありがとう。わたしたちは、ただもう、今を大事に生きますとしかいえないのだけれど。
2006年01月29日
サツキ念願のMYアルトサックスを買いました。ネットショップで買って、今日届いたの。わたしにはよくわかりませんが、セルマーUSAのやつです。今部活でつかっているのは、セルマーフランスのもので、その親戚みたいなメーカーだそうです。セルマーUSAは日本ではあまり人気がないらしく、ネットショップで新品ですが15万という破格値。ま、値段をいうほど腕もないんですけどね。で、そのお金のうち10万は、以前書いたおばあちゃんからの入学祝と、サツキが地道にためていたお年玉貯金です。のこり、足りない分を「出世払い」で貸しました。いつ返してくれるやら・・・(笑)とにかく、アメリカにも持っていくそうです。ほんとうにうれしそうな顔を見て、すごく幸せな気持ちになりました。親って馬鹿ですね。ところで、サツキがジェニーちゃんにブルガリア語を教えてもらってそれをわたしも聞きました。なんにも覚えられなかったけど、ひとつだけ。ロシア語とよく似ているってことがわかりました。スラブ系だって。ロシア語を知っているひとにはわかると思うけど、「こんにちは」のロシア語は、最初の文字が数字の「3」みたいな字です。ブルガリア語もおなじで、最初の文字は「3」みたいな字です。音も「ズ」から始まってました。ロシア語は、(ズ)ドゥラストゥビィーチェ、みたいな音です。(ズ)はあまりはっきり言わないよね。それにちょっとだけ似ていました。面白いですよね。
2006年01月27日
サツキの学校におとといからブルガリア人の女の子が来ている。高2の元・部活の先輩の家にステイしているそうだ。名前はジェニーちゃん。冗談みたいな名前だと思ってしまう母。うちの娘たちは小さいころ「ジェニー」(人形・リカちゃんみたいな)が大好きだったので・・・。ステイ先の先輩は今はブラスバンド部にいなくて、ジェニーちゃんはフルートを吹きたいらしくて、部活のときだけやってくるんだって。で部活のおわったあととか、休憩中とかに英語のおしゃべりを楽しんでいるらしい。「明日はブルガリア語教えて!って頼んでみたんだ☆」とうれしそうにいっていた。今夜わたしもおしえてもらおっと。
2006年01月25日
久しぶりに予定のない日曜日。たくさんの留学生たちのレポートを一気読みした。今行っている子たちの前半分と、昨年夏に帰ってきた子達の後半分。圧倒された。行き先は英語圏、スペイン語圏、フランス語圏、そしてドイツ。後半にいくにつれて現地語で書かれる比率がどんどん増えてきて、手書きだし高校生の癖字だし、読みにくいし、苦労した。むかしドイツ語を学んだので、ドイツ語も少しは読める(はず)なんだけど、英語もドイツ語もほんと、3行くらい読むとギブアップ。フランス語とスペイン語は論外。サツキは「英語もわかりやすいよ」といって、根気よく読んでいたけど。ほんとうに、一言では言えないすごい体験のかたまり。日ごと月ごとに成長し、たくましくなっていく子供たち。同じことをしろといわれても、果たしてわたしにできるのか?と自問自答。きっとできないね(笑)1年の留学は後半に行くにつれてみんな「毎日が早すぎる!」と。それだけ充実していくんだろうね。それでも、短い期間にいろんなことがおこってる。致命的っていうくらいつらいホストファミリーとのいざこざも、たくさんある。半年後、この嵐のなかに自分の娘がいるのだという実感がまだ持てないけど、まぎれもなくこのなかに入っていくんだよね。最近、サツキがいってしまったあとのことを時折考える。彼女の出かけるための準備ばかりを心配しているけど、ほんとうはいなくなったあとの自分のほうがヤバイんじゃないの?と、ちょっと自分に問いかけてみたりする・・・そんなかっこわるいこと、サツキには絶対内緒です☆
2006年01月22日
きのうサツキが「楽しみなことがあるんだ」といった。「なになに?」って聞くと、「もうすぐ学校にブルガリア人の女の子が1週間くらいくるみたい。うちの部活(ブラスバンド)にくるってことになって、みんなが『サツキちゃん、たのむね~』って。高校の先輩もいうんだよ!」と、にこにこ。「なんで?」というと、「英語とフランス語を話すんだって。だから」くわしいことはわかりませんが、だれかのおうちに来るゲストが学校にもいっしょにくるってことだろうと思います。サツキが留学することもみんなが知っているので、英語が得意なサツキちゃん、ってことになってるらしい☆ところで、ブルガリアって、ブルガリア語だよね。ブルガリア語のほうが聞いてみたいな。わたしは。(わたしが会うことはないんだけど)
2006年01月18日
日記、というくらいだし、こまめにかかなくては・・・と思う。だって前回の日記長すぎ!すみません。読んでいただいた方。ということで、短めに。あんなに大騒ぎしたアプリケーション。やっと終わったと思ったらきのう電話。「パスポートのコピーがついてません」って!えーーー?あんなにチェックしたのに(涙)しっかりものと評判のサツキとわたし。2人がかりだったのに、いかに舞い上がっていたかということでしょう。それ以外にもちょっと(かなり)腹立つことがありますが、書くのはやめておきます。きょうはね。あー、明日は楽しいことがかけますように。
2006年01月17日
ここ2日、タイトルどおりジェットコースターのような気持ちの浮き沈み。とりあえず、急降下して跳ね上がって今落ち着いて書いてます。10日に出しそびれた医療証明書もろもろの書類を11日夕方に仕事後あわてて出しに行って、夜家に帰ってみたらポストに「不幸の手紙(冗談)」が。アプリケーションの下書きに東京本部がチェックをいれたものと、もう一つ速達のお手紙。玄関先で開けてみると、サツキの書いたものはほぼOKで、わたしがたった1枚書いたお手紙のページに点点とチェックが(5箇所くらいかな。複数のSがぬけてたり、前置詞が違ったり、単語の順番がかわってたり・・・)はいってた。ま、いいか、と思いながら通信文を見てみると「再度下書きを提出してください。その結果で清書をしていただくかどうか決めます」という一文。えー?意味がわかりません。サツキのほうにもいくつか赤字ははいってますが、再度下書き提出とは書かれていません。すぐ清書です。これって・・・ぜんぜんいけてないから、修正いれるものいやになった?それとも・・・英文としてよりも、内容に問題あり?いろんなことを一瞬で考えましたが、さっぱり不明。それでやむなく英語に強い信頼できるお友達に、夜遅く無理を言って英文を見てもらいました。もはや、文法がどーの、とかスペルミスとかじゃなく、表現が通用しないのではという不安があったのです。・・・突然の夜遅い無理な御願いにもかかわらず、状況の意味も知らないのに協力してくれて、すぐに読んでくれ「大丈夫、伝わるよ(多少英語直したほうがいいところもあるけど)」というニュアンスの返事をくれました。わたしは留学帰りでもないし、留学に行こうとしているわけでもないので、完全な英語で送ることができるはずもなく、親として稚拙であっても思いが伝われば・・・と半ばやけっぱちで、多少の修正だけして下書きを完成。そのままメールで送りました。翌夜。東京本部の担当から直接電話が来ました。メールも来ました。「大丈夫です。すばらしい内容だと思います。清書してください」って。・・・え?なんだったんでしょうねえ。それとほぼ同時に友人が英文の修正を送ってくれました。原文を生かして直すのは、最初から作るよりずっとめんどうだと思うんだけど、わたしの稚拙な原文を生かして、すばらしく直してくれてました。なので、その表現をちょこちょこと使わせてもらって清書しました。(全部使うとすばらしすぎて、ホストファミリーが誤解しそうだから)友達って、ほんとうにありがたいです。それから、その速達で同時に届いたもう一つの通信文がさらに大問題。あいかわらずの急なお知らせで、「急遽予防接種の規定が(受け入れ団体の都合により)変更になりましたので、追加の書類を送ります。清書と同時におくってください」って。送るのは、わたしが書くだけなので簡単なことですが、問題は内容。予防接種にありえないくらい追加がでています。しかも理不尽と思えるような。もう完全に頭がパニック。予防接種の予定日を書いてだすだけなのですが、そもそもそれだけ打たなくてはならないというのは、子どもの体に関わることなのに、いいのだろうか。・・・接種日程を決めるには、何をいつ、どんな間隔で、という知識が必要なため、気を取り直して先日お世話になった病院の予防接種相談用のFAX(24時間受付)に夜11時半ごろ質問を送付してみました。先生がかなり留学生やアメリカへの転勤などにくわしいプロフェッショナルだったのですがるのはここしかないわけですし。ま、翌日の夕方くらいに回答いただけそうな感じだったし。それから20分くらいして、なんと、病院から回答のFAXが!!「深夜申し訳ありません。お急ぎのようなので送ります」と書いて、手書きで意見が書かれていました。先生ありがとう!!わたしは1度しか会ったことがないのに。。。で、結局、理不尽で無謀な指示変更であることに間違いはないようでした。「○○と○○については追加してはいけません。わたしの書類をアメリカのドクターに見せれば大丈夫です」と。これはこれで、ありがたいですが、また悩みがふえたかなと。そうしたら、翌日の電話のときに、この件については本部も問題視しているようだということがわかり、しばらく考えずにすみそうだとわかりました。ふう。なんだか、疲れました。でも、友達やお医者さんの誠実さには心が癒されました。ほんとうに。まだまだ続くのね・・・あれこれと。
2006年01月13日
きのうが学校初日。サツキは実力テスト。でもテストより重要な医療の証明書を取りに行かなくてはならない日。テスト終了後、そうじとか早退して病院へ。(サツキ一人で行きました)病院がうちからは逆方向。遠いけど、前にも書いたように「留学とかに慣れてる」病院なので、みんなそこへ行っている。病院にはいったのが4時。予防接種センターの受付最終が4時なので、ぎりぎり。きのうの予定は、年末の血液検査の結果をうけて必要な注射をするのと、書類をもらうこと。書類は当然事前に書いてあって注射がすんだらもらってきて、おしまい。まあ込んでいても2時間でおわるはずという読み。・・・なのに、おわったのは8時30分!しかもサツキよりあとの子が先におわった。理由は、1、休み明けでとってもこんでいた。2、ごねる小学生(低学年)と説得できない親のせいで40分くらい滞った!3、サツキの書類だけがなぜか未記入だったので、その場で先生が書かなくちゃならなかった(これで30分余分にかかった)で、夕食も食べられないまま待たされ疲れたあげくに、家にたどり着いたのが9時45分。おつかれさん!ということで、さんざんな年始ではありましたが、ようやくこれも終了。免疫検査の結果、かかってないはずの「おたふく」にも免疫があり、きのうはポリオの追加と風疹だけうけました。あと、2月と6月にB型肝炎の予防接種をうければ完璧です。そうそう、これのついでに杉花粉のアレルギー度合いも調べたのですが、いやあ・・・振り切れてましたねえ。すごい「どアレルギー」っぷり。アメリカに杉花粉症はあるのか・・・?あるよねえ。。。
2006年01月11日
サツキの冬休みも今日まで。宿題やらテスト勉強やら追い込み中。そんななか、一昨日おばあちゃん(わたしの方の)に7月から留学に行くんだよという話をサツキから報告した。こっちのおばあちゃん(つまりわたしの実家)はいつも近くにいるので、前から話してあったような気がするんだけど、おじいちゃんしか認識していなかったらしい。「ちゃんと決まったのならおばあちゃんにも報告して」とおじいちゃんに改まって言われて、お昼ご飯のラーメンを食べながら(笑)サツキが報告したそうな。そうしたら「おばあちゃん、いきなりラーメン食べるのやめちゃってさ。」と。心配でドキドキして胸がいっぱいで食べられなくなったらしい。夜わたしが会ったときもまだ「食欲がないの」といっていた。もう10年以上前だとおもうけど、留学中の高校生の男の子が、ハロウィンかなにかのときに「please」と「freeze」を聞き間違えて射殺された事件、あのことをいっていました。確かにいろいろと心配をあげだせばきりがないです。でも、今の日本でも、心配しはじめたら、学校も友達の家にいくのも、なにもかもすべて送り迎えして、常に目を離さずにいないといけなくなる。そうやって安全を確保することと、子どもたちがチャレンジしていくこととをどう折り合いをつけるのか、親の覚悟が問われるのでしょう。何かおこってしまえば、親として選択を悔やむのかもしれない。でも、やっぱりチャレンジすることを応援したいし、わたしもチャレンジするひとでありたいと思うのです。そして昨日。こんどは父方のおばあちゃんとおじいちゃんがわたしのいない昼間、サツキとメイにお年玉やら入学祝(高校の)をもってきてくれました。こちらもおなじくらい田舎に住む人たちですが、サツキが留学の話をしたら、「おとうさん(サツキの)の夢をかわりにかなえてくれるんだね」とよろこんでいたそうです。そういえば、生前、彼も確かにそんなことを言っていたような気がします。そんなふうによろこんでもらえたなら、良かったかなと思いました。で、おまけ。その父方のおばあちゃんにいただいた入学祝が、あけてびっくり結構な額で、「留学準備のたしにするから」といったんわたしが回収したんだけど、「サックス預金にしたい!」と逆提案されて、ま、それでいいかということになりました。サツキは留学にサックスを持っていきたくてちびちび貯金をしてます。とても間に合いそうも無かったけど、これで一気に近づいたってよろこんでました。(ま、それでも安物しか買えませんけどね)母としては、制服(中高で同じだけど、もうぼろぼろなので)買い替えに使いたかったんだけどねえ・・・・ま、いいか。
2006年01月06日
新年初日記。きょう、留学用の資料に添える写真撮影に行きました。写真のために写真館に行くのって抵抗あるんだけど、「パスポートサイズで、ちゃんと写真館でとってください」っていう指令があったのでしぶしぶ。写真館の人は、「パスポートのサイズで、笑顔の写真をお願いします」というわけわかんないお願いに快く対応してくれましたが、6枚で3千円を超えてる。なんか理不尽。(4枚でセットだそうだ。いやでも8枚分払わなきゃならんらしい)とにかく、これで年初の準備で親が出る幕なのは全部終わったはず。あとはサツキが一生懸命作業するのみ。がんばれ~!わたしは明日から仕事です。テレビと読書とネットで、おばかになった頭が仕事に戻れるでしょうか。不安だああ・・・・
2006年01月03日
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