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ちょっと軽い話です。スーパーの卵は常温で売っているのに、なぜ、冷蔵庫には卵置きコーナーが付いているのか? という話です。 もし、卵を保存する上で冷蔵が必要であれば、スーパーの売り場でも冷蔵コーナーにあっていいはずです。 実は、最初にアメリカから冷蔵庫を輸入した時に、卵置きコーナーが付いていたので、国内製品もマネをしてつけただけだったということです。それがいつの間にか冷蔵庫の常識となって定着してしまったということです。 スーパー(小売店)の売り方は、日本の習慣によるもの。家庭の保管は、アメリカの習慣を取り入れたもの。ということのようです。 普段は何とも思わなかったことでも、「何でこれが付いているのか?」とか「何でこうしているのか?」を考えてみると意外な発見があったりするものです。
2007.03.26
来年の夏(7月頃)に平泉が、東北では初めて、世界文化遺産に登録されることがほぼ決定していることは知っていると思います。 私は、”東北の文化”が世界から認められたということで、観光振興になるということと同じくらいに嬉しい思いです。私の持論として、「本来、日本は2つの国であった!」ということです。「大和の国」と「日高見の国」です。日高見の国(いまは北上となっている)は縄文人が源流となってアテルイから阿倍一族へ続き、藤原三代の平泉へとつながった、ということです。日本史では坂上田村麻呂が“蝦夷征伐”に東北に来たと習いますが、本当は“蝦夷侵略”なのです。征伐は何か悪いことをしたというイメージを作為的に大和朝廷がつくったねつ造です。(志戸平温泉は坂上田村麻呂の発見と伝えられていますので、蝦夷侵略がなかったら志戸平温泉もなかったかもしれないので複雑な気持ちですが・・・。) 武士の最高の位は「征夷大将軍」と江戸時代まで言われました。つまり、蝦夷を治めたものが日本を治めるということで、それほどに蝦夷(特に東北の人)を恐れていたということです。そこで花咲いたのが“平泉”ということです。「みちのくの小京都」という言い方をよくしますが、最盛期には京都よりも多い人口だったので、「大和の小平泉」が実態だったかも知れません。歴史は勝った方(大和朝廷)が都合よく変えていくものです。 平泉の世界文化遺産がきっかけとなって、東北、岩手の文化レベルの高さを認知されることを期待したいと思います。 一方、観光面では大きな課題があります。それは、「平泉に来た観光客が北へ上ってくれるか?」ということです。来年、宮城県は平泉の文化遺産登録に合わせ、大キャンペーン(億単位の予算)をやると聞きました。つまり、「平泉を見たら宮城県(松島・鳴子・秋保・仙台)へどうぞ」ということです。 “奥州平泉”は宮城県の観光地というイメージと商品を作ろうとしているのです。まさに、漁夫の利です。 「平泉に来た観光客をいかに岩手県内に引き止めることができるか?」が緊急の課題であり、岩手県をはじめ観光行政機関に働きかけて行きたいと思っています。
2007.03.18

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2007.03.05
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