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今日は風もなく暖かな日だったので、自然の中を歩きたい気分になり、近くにある自然公園に行ってきました。近くにあるのに一度も行ったことのないところです。行ってみると、小高い山に遊歩道と広場とベンチがあるだけの本当に自然に満ちたところでした。公園の入り口から20メートルくらい入ると、もう空気が違います。マイナスイオン一杯の清清しい山の空気です。あなたのクリックをご協力ください。ありがとうございます!!鳥のさえずり、枯葉を踏むカサコソとする音、虫の音、遠くに街の雑踏の音それくらいしか聞こえてきません。静寂で、清清しい空間です。こんなにいいところなら、もっと早く来ればよかったなあと思いながら歩いていると、小さな男の子がお母さんと一緒に広場で自転車乗りの練習をしています。「もう少し、もう少し、大丈夫よ。」と声がけしているお母さん。右に左に揺れながら、エッチラオッチラ前に進む男の子。”ああ、懐かしいなあ。私もあんな風に自転車乗りを教えてたなあ。”と芝生に座って親子の様子を眼下に見る形で眺めていました。その場所は山の中腹で、親子のいる広場も街も見えます。見上げると青い空だけ。ああ、素敵だなあと感じているとき、「そうだ、ここで瞑想をしよう!」と思いつきました。周りには、その親子と、2,3人の人が散歩しているだけです。人目が気にならない状態だったので、胡坐を組んで、膝に手をのせ、親指と一指し指でわっかを作り、目をつぶりました。暖かな陽を浴びながら、深呼吸をしていると、さっき見た親子のせいか、自然に息子の存在に感謝の気持ちが沸きました。それから、夫、亡くなった両親、妹、私とつながる全ての人々を一人ずつ名前を言って感謝の言葉を小さな声で言っていきました。感謝の言葉を言ってるうちに、涙がどんどん流れてきます。気持ちのいい涙です。周りに誰もいませんから、気にもなりません。いろんな想いが凝縮された素敵な時間でした。ほんの15分だったのですが、自然の中に囲まれてした瞑想は部屋の中でする瞑想と違って、宇宙とつながっている感がとてもあります。ああ、幸せだなあと思いながら、立ち上がり、また、ゆっくりと歩き出しました。しばらく歩くと、斜め前に、私と同じように瞑想をしている30歳くらいの男性を発見!そうだよね、瞑想したくなるよね、ここは。帰路、こんな近くに森林浴のできる公園があることに感謝し、命のあることに感謝し、すべての人々に感謝し、とても平和な気持ちで歩きました。自然の中で瞑想するってとても素敵です。今度はいつか浜辺でやってみたいと思っています。 ベストライフ・コーチング2008コーチフォーラム 11/30 分科会B「自己実現を惹きつける」を担当します
2008年11月22日

VISAカードの今月号の冊子に面白い記事が掲載されていました。左脳が脳出血で機能低下して、8年間、右脳を中心に生活をされた脳科学者ティラー博士の話です。あなたのクリックをご協力ください。ありがとうございます!!「彼女は空間の広がりと時間の流れを認識することが できなくなってしまった。身体の境界が消え、身体が 流れているような感覚に陥ったという。また、「今」この瞬間だけ しか存在しなくなり、時系列で出来事を並べることもできない。 ティラー博士の体験で興味深いのは、空間の広がりや時間の流れ、 という誰でも当たり前に存在すると思っていることが、実は 人間の左脳が作り出した「概念」に過ぎず、宇宙に元から備わって いるものではない、という点だ。 言葉も空間も時間も、すべて人間の左脳が作り出した「創造物」 であり「想像物」なのだ。 ティラー博士は、左脳が働かなくなり、右脳だけによる世界の認識を 「この上ない幸福感」と形容している。それまで左脳が司っていた 細かいことへのこだわりや、理屈や、言葉での闘いのような仕事から 開放され、彼女は別の自分に目覚める。 」(竹内 薫さん作)ここを読んだとき、深く合点がつきました。”未来を憂い、過去を悔い、あるいは過去の栄光を偲んでいる時間がなんと多いことか、今この瞬間を大事に生きましょう”、ということをいろんな本でも読み、私もいろんな事例を挙げながらブログにも書いてきたことだったのですが、頭(左脳)で理解しても、右脳が働いていなかったら無理な話だったのですね。左脳が働かないと、スケジューリングもできないし、勿論言葉が分からなくなったら大変です。左脳は左脳でとっても大事ですね。(左脳さん、ありがとう!)けれど、私たちは左脳を開発する教育の方を受けてきて、右脳開発の授業はとても少ない(音楽や美術など)ので、多くの人が左脳を中心に思考し、行動しています。ということは、やはり、右脳をトレーニングしてもっと活発にするようにする、ということが必要なんですね。そうすると、無意識に「今」に生きる瞬間が増えていくことになります。こうやって頭(左脳)で理解し、残像トレーニングとかで右脳を鍛え、本当に全脳を使って日々を生きていけるようになると、「この上ない幸福感」を感じながら生きていけるようになるのではないかと希望が持てます。脳の研究が最近盛んになって、いろんなことが判明して有難いですね。ベストライフ・コーチング2008コーチフォーラム 11/30 分科会B「自己実現を惹きつける」を担当します
2008年11月20日

玉三郎さんがあまりにも素晴らしかったので、2日経った今も時々玉三郎さんのことを考えてしまいます。「今日一日を精一杯生きること、そして明日の舞台をまた演じられること、これだけを考えて生きている」と玉三郎さんがおっしゃっている訳が少しわかったような気がしてきました。待っているお客様がいる、玉三郎を目当てにワクワクしながら足を運んでくださるお客様がいるそれが玉三郎さんを本気にさせているんだろうなと思います。あなたのクリックをご協力ください。ありがとうございます!!自分ひとりのためだったら頑張れないことも、誰かのためだったら頑張れるという経験を私自身、今まで何度もしてきていています。玉三郎さんのそれは、その対象の数がはるかに大きく責任も伴っているので、もっと大きなものなのだろうなと感じます。 そして、さらに、すべての仕事には待っている人がいるということにも気づきます。すべての仕事は誰かの役に立っている、そして沢山の待っている人がいると想像すればするほど仕事の質があがるのではないか先に沢山のお客様を想像して、お客様が待っていると思って本気で生きるすると仕事の質が上がる、結果としてお客様が増えるそんな循環で考えるとわかりやすいのでは。そういえば、苫米地さんも森田健さんも現在は結果で、原因は未来にあると言われていました。沢山のお客様、もし自身が教育者であれば自分が影響を与えうるであろう生徒たちが、自分を待っていると思えば、舞台役者でなくても、今日の仕事、明日の仕事を今日の舞台、明日の舞台と考えれば、本気レベルが上がるのでは?とそんなことを考えていました。本気で生きるには、まだ見ぬ沢山のお客様を先に想像するこの順番が必要ではないかというのが今日の私の結論です。プロフェッショナルを5時間見続けても感じなかったことをライブでは短い時間に沢山のことを感じます。そして余韻が続いています。音楽も舞台もやっぱりライブがいいですね。まだまだ余韻に酔いしれている今日この頃です。 ベストライフ・コーチング2008コーチフォーラム 11/30 分科会B「自己実現を惹きつける」を担当します
2008年11月11日

玉三郎さんを、歌舞伎を、生まれて初めて観てきました。もう、口上のときから、玉三郎さんの所作の美しさに目が釘付けです。そして、舞。ひとつ、ひとつの動き、目のまばたきにさえも無駄がなく全神経を尖らせて舞っているような素晴らしさでした。休憩時間はあんなにざわざわしていたのに、会場全体が息をひそめ、玉三郎さんの舞に酔いしれているのが伝わります。あなたのクリックをご協力ください。ありがとうございます!!玉三郎さんの顔を正面で捉えて拝見できる瞬間が何度かあったのですが、目があったように感じるその瞬間、息をのむ感覚に捕らわれます。あの感覚は何だろう?ギラギラとしたところは勿論、全くないし、さわやかという言葉はあまりにも軽すぎる・・・他の役者さんには人間というか、その人そのものを感じたのに玉三郎さんにはそれがない演じているときの玉三郎さんは玉三郎でなくなっている・・・・そうだ!「神々しい」だ!玉三郎さんと目があったとき、息をのむ感覚に捉われるのは神々しいからだ!・・と、玉三郎さんの他の役者さんと違う存在感の違いを私なりに納得することができました。もう人間玉三郎から離れて、魂で舞っているそんな表現がふさわしい感じです。佐渡の太鼓集団(名前を忘れました)の方々と玉三郎さんがアマテラスの練習をされるドキュメントを見たときの話です。玉三郎さんに指導してもらっているときは、気楽に話せていた皆さんでしたが、いざ玉三郎さんが一緒に舞台稽古に入った途端、萎縮してしまいいつもの力を発揮できないという場面がありました。その理由がやっと昨日、わかった気分になりました。舞始めた途端、もう、彼は玉三郎を超えた存在になっていてその人と同じ舞台に上がる、ということに怖気づかれたんだろうなと感じました。亡くなった棟方志方さんが版画を彫っているとき、有名な演奏家やソリストが音楽を奏でるときなどにも人間が存在しているというより、魂が存在しているのを感じるときがあります。自分の大好きなことを仕事にして、それをそのレベルまで昇華することができたらなんて素敵なことだろうと思います。私もそんな風に仕事に取り組んでいけたら死ぬときに自分の人生全てに感謝したくなるだろうな、そんな風になれるように精進したいと感じました。ベストライフ・コーチング2008コーチフォーラム 11/30 分科会B「自己実現を惹きつける」を担当します
2008年11月10日

私は、以前からピアニストのフジコ・ヘミングさんが聴覚を失ったあと、どのようにして自分を支え、ピアノを諦めずに生きてこられたのだろうか知りたいと思っていました。たまたま、昨日の新聞広告で文庫の新刊『フジコ・ヘミング 魂のピアニスト』が紹介されていたので、早速近くの書店で購入し読んでみました。あなたのクリックをご協力ください。ありがとうございます!!文章は人となりを現す、と言いますが、彼女の文章はまるで絵を見ているような感じがします。聴覚を失った後、どうやって自分を支えてきたかということを論理的に書いてあるわけではなかったのですが、きっとこれではないだろうかと思われた箇所がありました。彼女はある日、本屋さんで、今にも捨てられるような安い価格でいくつかの本が売られていることに気づきます。その中の一冊に、第一次世界大戦下で負傷兵を助けながら生き抜いたドイツの女の子の日記がありました。「一度失くしたら、もう二度と手に入らないだろう。 有名な本ならたくさん作られるだろうから、失くしてもまたすぐ買える でも、こういう本は、二度と出版されることはないのだ。 私は、一人の無名の女性が確かに、そしてしっかりとこの世に 生きていたことを思った。人のために懸命に生きていたことを思った。 彼女は、後世に、多くの人に読まれることを望んだのだろうか? 誰の目に留まることなく、ひっそりと命を終えようとしていたこの本に、 私は何かとても大切なことがある、と感じた。 書かれている言葉に、いや書けなかった言葉に、その女性の人生がある。 私は想像する。そして再び表紙の彼女を見てみる。 私もまた、自分のピアノを、自分の音楽を続けよう。 たった一人の人間でもいい。心に届くピアノを弾くのだ。 そう強く思った。」国籍が無く難民としてドイツへ留学し、苦労に苦労を重ねる。やっとバーンスタインに認められる機会を得て、脚光を浴びるかと思われた時に聴覚を失う。彼女の落胆たるや想像を超えるものがあったろうと思われます。どうやって彼女はその絶望から立ち直ったのだろうかと私はずっと思っていました。たった一人でもいい。自分のピアノを聴いてくれる人がいれば、その人に届く音楽を奏でよう。そう思い直すことで彼女は立ち直れたのではないかとこの文章を読んで思いました。気持ちが落ち込むとき、凹むときは、誰にでもありますね。そんな時、人はどのようにして自分を勇気付け、立て直していくのでしょうか?パーッと気分転換にショッピングをしたり、スポーツで発散したり。友達と飲んでしゃべったり等、人それぞれいろんなやり方があると思います。しかし、どうしようもない絶望に近いような落ち込みに対しては一時的な対処では焼け石に水のようなものです。彼女の片方の耳の聴力は、少しずつ回復しますが、バーンスタインが認めるほどの実力を持っていた彼女にとってそれはあまりにも過酷な現実だったのではないでしょうか。一冊の今にもこの世から消えてしまいそうな本が彼女を支えました。その本の女性は、誰から認められようと思ったわけではなくたんたんと目の前の負傷兵を助けながら日々を送ります。自分もたんたんとピアノを弾こう、一人でも聴いてくれる人がいるなら、とドイツの名もない女の子の言葉にならなかった想いを想像し、心で感じ取ることで、彼女は自分をささえていきました。もし、あなたがどうしようもなく凹んだとき。あなたを支える物語を持ちませんか?小説でも、実際の人物でも構いません。ストーリの人物がいつもあなたの心に生きて、あなたに語りかけてくれます。その生き様があなたを支えてくれます。自分を勇気付ける物語を人は幾つか持っておくとどうしようもなく落ち込んだときにその物語が自分を支えてくれるこの本を読んでそう強く感じました。ベストライフ・コーチング2008コーチフォーラム 11/30 分科会B「自己実現を惹きつける」を担当します
2008年11月04日
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