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今年のバラは見逃したと思っていたのにまたまた機会が訪れてしまった。下の写真で一番高い建物の病室に入院している家人の面会に連日通うことになり、下を見ると公園があるので昼食時に出かけてみた。道路より一段高く道路からは何も見えないが歩道橋のような階段を登るとそこには広い園地が広がっており、「水道公苑」と記されている。東京の水道給水所と言う施設の屋上に盛り土をして植樹したものである。盛り土と言っても日本庭園などには池があったり、かなりの大樹が茂っており外観上は大地の公園と変わりがない。西洋庭園には今バラが最後の盛りを迎えている。「友愛」と言う名の赤い茨は今が盛りであった。バラ園の中心には背の低い野バラの類に囲まれてロダン風女神像の彫刻が配置されている。深紅の「サラバンド)上品な黄色の「ゴールデンボーダー)上皇后さまをプリンセルと呼ぶのは失礼であるが成婚時に名付けられた「プリンセスミチコ」「ブライダルピンク」まさしく清楚な花嫁の気品が漂う。美しい黄色のバラ素晴らしい樹形の赤いバラ公苑の南北にはるバラを這わせた天蓋の下ベンチが設置されており、お弁当を食べる人や年配のご婦人グループが写生に訪れてバラの写生に精を出していた。そんなわけで思いがけなく人影の少ない手入れの行き届いたバラ園を堪能することができた。
2019.05.27
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前ブログで思いがけなく再びバラを見ることになったと記したのは病院面会の帰途デパートの屋上庭園で昼食を取ることを思いついたからである。一気に屋上までエレベータに乗ると夏日のこの日は強い日差しの下別世界が広がっていた。多くの人が屋根の下や木陰で思い思いの弁当を楽しんでいた。やや無粋な冷水塔の隣には緑いっぱいのジベルニーの庭が作庭されている。青空の中にそびえているのは清掃工場の煙突と旧豊島区役所跡に建設中の高層商業ビル。モネの庭は一段高くして睡蓮の池がしつらわれている。下の写真だけ見るとモネの庭そのものに見える。池には水連が咲いているそしてこの時期大株のバラが一面に咲き乱れている。水際にはみずみずしい観葉植物や草花が生き生きとしている。いずれにしてもデパートの屋上にしてはなかなか手の込んだ庭に出来上がっている。
2019.05.26
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ブログタイトルとはうらはらに今年もバラの季節はもう終盤である。例年なら各地のバラ園を訪ね歩いている時期であるが今年は家人の健康がすぐれずまだ一度もバラ見物に出かけていなかった。我が家の屋上植え込みのバラ、コックテイルが満開を過ぎて色あせてきたので今年の見納めにとある日散歩コースを変えてバラのある家の方向に向かった。このお宅は狭いながらもバラで溢れた庭を持っている。下の写真で手前の赤い花は我が家と同じコックテイル。あとはそれぞれ気品のあるバラが咲き誇っていた。個人のお宅で道路わきの手に取れる距離なのであまり深くのぞき込むのもはばかれるが一つ一つの花が気品に満ち溢れている。それぞれ名札の付いたバラ園で見たことがある種類であるがそこは花の名音痴の悲しさすっかり忘れてしまったがそれぞれロマンチックな名があるはずである。今年はバラを見逃したと思ってこの日の回り道散歩となったが後日思わぬ機会からバラ園を見ることになったので続編で紹介することにする。
2019.05.25
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いつもの散歩道を変えて川を下り小公園の丸太彫刻を見た後、同じ道を帰らず環状道路に出てみると街路樹のヤマボウシの白い花が咲いている。視線を上げると樹の上部には白い花がたくさん見える。この季節山間に入ると樹が白い帽子を冠ったように見えるのでこの名があるということだ。ほとんど野生か庭木だったが最近時々街路樹として見かけるようになった。秋になるとイチゴのような真っ赤な実がなり、かなり甘くておいしい果実である。実は昨年街路樹の実を一つ試食したがその毒々しい形状からは想像できない良い味であった。ヤマボウシの実この実のぶつぶつにはそれぞれ種が入っておりヤマモモと同じ実である。下の写真のように花は中心部だけで外の花びらに見えるものは「苞」と呼ばれ、他の植物では「ガク」と呼ばれる花を支える役目の部分である。言ってみれば姫様お付きの女中が着飾っているようなもの。ヤマボウシの花ヤマボウシはハナミズキと同縁でハナミズキのことをアメリカハナボウシと言うこともある。樹形、葉、幹相いずれを見てもハナミズキとそっくりだが花期が違う。今気が付いたがハナミズキの花に比べて花弁(苞)の先の凸凹に違いがあるみたいである。ハナミズキの蕾いずれの花も集合花である。集合化とはタンポポやアジサイなどのように一塊になって咲き、その実もイチゴ型や下のハナミズキのようにクラスター状に結実する。ハナミズキの花ハナミズキの実ハナミズキの実翌日の散歩ではちょっと寄り道をして近くの寺に立ち寄った。参道でふと見上げると梢の一部が赤い。もう紅葉したかと思ったがどうも一部の枝でまだ葉緑素の生成はが遅れていて、結果として先に生成したアントシアン系の色素が表に出たということらしい。つまり紅葉とは逆の順序で色素が生成しているのだろう。普通春にはまずクロロフィルが生成して新緑となり、後からアントシアン系色素が生成してどす黒い緑になる。隣の枯れかかった枝も赤いが下の方からクロロフィルが追っかけてきているようであった。隣のもみじはみずみずしい新緑であったがその中に赤い蝶のようなものがいっぱい見えた。よく見るともみじの種である。両羽を広げた蝶のように舞い散るモミジははよく見かけるがこんなに赤くて美しい形の種を見たのは初めてである。
2019.05.19
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普通私の散歩は石神井川に沿った遊歩道を上流に向かって度々紹介しているコースをとる。昨日は久しぶりに下流方面に向かった。下流方向の遊歩道は河川敷に降りることができず、水辺の散歩を楽しめないが昨日久しぶりに下流方向に向かった歩いた。都会の住宅地を流れる川とて農地が宅地化するたびに路面はアスファルトでカバーされ雨水は一気に川に流れるため川幅をより深く、より広くしなければ大雨の時溢れる。この辺りも東京都が住宅地を買収して1070年代に拡幅したものであるが個人住宅地を買い上げたため川に沿ってでこぼこの土地が余る。そんな所は植栽にして遊歩道に潤いを与えているが、大きく余ったところはベンチを設けて休憩所にしたり子供の遊び場小公園にしたりしている。小公園は遊具の周りだけ土が見えて「雑草と言う名の植物はない」と言うのは牧野富太郎の名言であるが、園地にはその雑草が生い茂る場所となっている。今咲き誇っている草はヒメジョオンである。この季節ほとんど見分けがつかない野草にハルジオン(春紫苑)がある。実は私を含めおそらく90%以上の人はヒメジョオン(姫女苑、英名 himejoon)を間違ってヒメジオン(姫紫苑)と綴っているが、たぶん園芸種であろうが小型の紫苑と思われるヒメシオン(姫紫苑)もあるそうで、いずれもみなヒナギク(daisy)の一種らしいが紛らわしい限りである。ハルジオンこの雑草を刈り取ると貧乏になるといわれ「貧乏草」の別名あり、ヒメジョオンは線路わきによく生える雑草なので「鉄道草」の異名もあるそうだ。Web 上ではハルジオンとヒメジョオンの見分け方がいろいろ出ているが2者を並べれば区別できるがどちらか一方では特定するのは極めてむつかしい。私は諦めており、早春に咲くのは春を告げるのでハルジオン、初夏に咲くのはヒメジョオンと決めてかかっている。しかし花期は重なる時期も長いのでお手上げである。ヒメジョオンの隣には琉球月見草が群生している。上に記したデイジー類と共にこれも外来種である。最初は園芸種として移入されたのであろうが今や雑草の類となっている。この小公園に足を踏み入れたのは雑草に惹かれてではなく、最近まで見なかった木製像を見かけたからである。まだ出来たばかりと見えて枝の切り口や下板も新しい。皆帽子をかぶっているので文字通り野外演奏をしている五重奏楽団だろう。弦楽四重奏(クアルテット)にもう一つ弦楽器を加えた五重奏(クインテット)やピアノを加えたピアノ五重奏はよく知られるがこの楽団を見るとクラリネット、フルート、バイオリン、ドラム(シンバル?)アコーディオンで、まあ楽団構成はクラシック楽団ではなさそうだ。そういえばクラシックなら室内楽なので全員帽子と言うのも変だ。舞台は一人ひとり切り株だったり丸太の上だったりする。さらに感心したのは太い幹や細い枝をのこぎりで切っただけの円柱や円盤を組み合わせただけで作っていることだ。、誰か分からない作家に敬意を表したい。この公園の日照を確保するために伐採した木材を使ったものであればなお素晴らしいがそれは不明である。詰め合わせても50人くらいしか入れない公園芝生でこんな演奏会があれば楽しいだろうなあと思いながら更なる散歩に出かけた。そういえば昨年は今頃近くのバラ園でこんな野外演奏会があり、楽しめたのですが 今年は残念ながら出かけることができませんでした。
2019.05.18
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最近東京の郊外にある最寄りの私鉄駅にも黒いミニバンのタクシーが出現している。なぜかそのほとんどが東京オリンピックのロゴマークをつけて走っている。タクシーと言えばトヨタ車であればクラウンやコンフォートという大・中型を連想する。したがって新しいバン型の車は安価なので個人タクシーが使い始めたのであろうと思っていたが、先日お茶の水の病院に行った時に乗ったのは大手タクシー会社だがまさしくこの車種であった。注意してみると都心では半分とまではいかないがかなりの割合で黒色のこの車種であった。ドライバーに聞いてみると最近発売されたタクシー専用の車種ということである。一見あのロンドンタクシーに形が似ており、それを意識したデザインであることは一目瞭然である。なるほど車種名は"JPN-Taxi(ジャパンタクシー)"と言うトヨタ車。大手タクシー会社は今急ピッチで車両をこの車種に入れ替えているようである。そしてどの社も東京オリンピックのロゴマークを付けているのはなぜだろうか。横姿だけでなく前姿もロンドンタクシーに似ている。タクシー会社のホームページを探してみると従来のセダン車に比べて低床背高でその天井までドアが開くので背の高い人や西洋人でも楽に乗り降りができる。そしてもう一つの特徴はおそらくタクシーでは初めてと思われるスライド式ドアである。外国人客はびっくりすることだろう。この背高、低床、スライド式ドアの特典を生かして、助手席を倒してスペースを確保すると車いすで座ったまま乗車できる。タクシー専用車種なので固定具やスロープ板が床下に装備されており、ドライバーの作業は増えるが障碍者には優しい構造である。運転席は各種操作パネルが前面に配置され、シフトレバーは運転席よりかなり飛び出しているので小型飛行機の操縦席のような気がした。障碍者のいる家庭などでも便利だと思うがタクシー仕様なのでLPガス、ハイブリッド車のためやや高価(350万円前後)なのがネックである。2017年10月末からタクシー専用車として販売開始されているが、まだ発売開始1年半しかたたないのい都心ではかなりの普及ぶりである。この調子だと数年もたたないうちに日本のタクシーはこれになりそうである。私はもう20年近くロンドンを訪れていないが、あのロンドンタクシーには好感を持っている。客室は背が高くて広い足元、そして角張った箱型客室に荷物も持ち込んでいた。1967年に初めてロンドンタクシーに乗ったときは内装にも木材が使われていて座席も本革製でだった気がする。とにかく私の印象では黒い箱が走っていると言う感じであった。当時人が乗る車と言えばアメリカでは馬鹿でかいワゴン車もあったが日本ではセダンしかなかった。流線形のセダンに比べてロンドンタクシーは文字通り走る箱であった。ところが1960年代のロンドンタクシーの画像を見ると下のもので私の印象に反して結構モダンなデザインであったことがわかる。ロンドンタクシーを作っていたLTC (London Taxi Company) もこれからは電気自動車に切り替えるということで最近社名をLEVC (London Electric Viecle Company)と改名したそうである。(トヨタの宣伝をするつもりは毛頭ないが結果的にその感が否めないのは残念である。日本のことである他のメーカーも近い将来追随することであろう)
2019.05.11
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近所を散歩していて以前から気にかかっていた光景の変化に気が付いた。右の赤い屋根の家も東日本震災以前は瀟洒な新築住宅だったが、地震で屋根が壊れ以後ずっとそのままだったが、次第に木立に覆われて壊れた屋根しか見えなくなっていた。瀟洒なデザインの洋館とぼろぼろの日本住宅。連休前に音がするので覗いてみると敷地から道路や隣の空き地に大きく伸びていた枝を業者が来て大掛かりな伐採をし1,2階部が見えるようになった。玄関ドアもうずまっているということは最後はどこから出入りしていたのだろうか。敷地内で屋根に覆いかぶさる枝は処分できないのかと昼休中の業者に聞いてみるとここれ以上は手が出せないという。道路に面した地下式ギャレージの空積にも車上を含めあらゆる種類のごみが詰め込まれており、以前からごみ屋敷であることは明らかだったが今回枝が払われてみると敷地内はぎっしりごみで埋まっている。それにしても近隣で一番洒落た家と一番汚い家が隣り合うのは奇妙である。上の二枚の写真の景色が隣り合っている光景は異常だ。隣り合うこれら2軒を見て思い出したのが黒澤明の1963年の映画「天国と地獄」である。現今のテレビではスリラードラマ全盛だが50年前のこのモノクロ映画は映像処理で鮮明化できれば今でも最高級ドラマであることは間違いない。数々の黒沢映画で好敵手を演じた三船敏郎と仲代達也が富豪と検事役で共演している。町工場やバラック住宅がぎっしり並ぶ下町と丘の上に建つ豪奢な一軒家、犯人の住む下町からはカーテンの開かれた豪邸の様子は手に取るように見られていた。一方豪邸に張り込んだ刑事達には犯人がいる下町は茫漠たる景色でしかない。今でいうインサイダー取引で巨額の現金を隠し持っている成金社長の息子が誘拐された。ところが犯人の取り違えで確保したのはお抱え運転手の子供だった。社長は身代金に応ずる気はないがインサイダーをつかれて仕方なく犯人の指示に従う。新幹線が走るのは1964年秋であり、この時代は特急「こだま」であるが当時最新式で窓は開かない、ところがトイレの上の小窓は5センチだけ開く構造である。そこで鉄橋に差し掛かった時その窓から河川敷に札束を落とせと指示があった。この手法はその後のスリラードラマでよく使われる手法となった。私はこの映画を1964年ボストンの映画館で見たがその時のタイトルは”High and Low"であった。「富豪」vs「貧困若者」、「丘の上」vs「低地」、「有名人」vs「庶民」、「上から目線」vs「下から目線」など色々な捉え方ができる"High and Low"である。映画の題名としてはオリジナルの「天国と地獄」より英訳の"High and Low"の方がぴったりのようである。Weblio辞典によると"High and Low"には「身分の高きも低きも」「至るところに」、また"Highs and Lows”には「栄枯盛衰」「人生の浮き沈み」などの意味があるそうだ。 形容詞や抽象名詞に複数形があるなんて昔の英語では教わらなかった。ごく最近「上級市民」という嫌な言葉がSNSで流布している。池袋での後期高齢者による運転事故の当事者が「上級市民」であるために逮捕されないという若者の反応である。法律上はそうなるらしいが庶民感情としてはスッキリしないことは事実である。ただここでは「上級市民」に対する語は「一般市民」にとどまり「下級市民」の語を見かけないのはせめてもである。散歩の一風景から勝手な連想をしてしまった、「気まぐれ日記」に免じて許して頂こう。
2019.05.09
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昨日はこどもの日、この日にふさわしい好天であった。前日は雹も降る異常気象であったが降水量はわずかであったでベランダの植木に水をやりながら空を見ると薄雲が色付いてみえた。あまり気にかけずに水をやり終わり上を見るとまだうっすらと色が残っている。急いでカメラを持ち出したが下の写真のように、もううっすらとしか認められなかった。シャッターチャンスを逃したことは残念だが後の祭り。それでも上が赤で下が青いバンドが認識できる。写真では認識し難いが肉眼ではこのバンドは大きな円弧の一部であることが分かった。随分昔のことだが私は飛行機の窓からまん丸い虹を見たことがある。私達が普通に見る虹も丸いはずだが下半分は地平線の下というだけだろう。考えてみると月や太陽の傘は月や太陽が薄雲の中によく見る現象である。そうならば太陽の下側だけに薄雲があれば上弦の虹があってもいい訳だ。そこで暇つぶしのネットサーフィンが始まった。今回撮った写真に虹の図を180度回転して挿入してみるとよく分かったが色の順序が逆である。虹の色については以前このブログで記したことがあるが一次光の虹(主虹)と二次光の虹(副虹)では色の順序が逆になる。つまり私が今日見た虹は副虹に違いないと考えた。探してみるとT-主婦の日記帳と言うブログに見事な写真がでていた。私の写真よりはるかに鮮明であるが横にたなびく薄雲に沿ってる上弦の曲線は似ている。さらにWeather News社のページには素晴らしい写真が多く掲載されている。どうもこれは虹とは少し性格が違うのかもしれない。虹はあくまで地平線にかかる橋で上向きのアークしかありえない。太陽や月の傘(輪)はハロ(halo 光輪)と言い、二番目の輪をラテラルアーク(lateral arc 外輪弧)というらしい。上に小さな弧のハロと大きな弧のラテラルアークの色の順序について考えたが下の2例の写真を見ると一応納得できた。ところが下の写真を見て分からなくなってしまった。この場合二つの弧のいずれも上側が赤くなっているので単純に1次反射光と2次反射光では説明がつかない。もう一つの違いは円弧の半径が随分違っており同心円には見えない。虹の場合観察者を挟んで太陽と雲は反対側にある。一方ハロやラテラルアークは同じ側で太陽は雲の向こう側にある。つまり虹は反射光でハロは屈折光ということになる。そこで私なりに考えてみたのが下の模式図である。雲の水滴に対して虹は太陽と人が同じ側に、ハロとラテラルアークは反対側に位置しており、主虹と副虹は同じ水滴からの一次反射光と二次反射光、ハロとラテラルアークは違った水滴からの屈折光と考えると虹では色の順序が反転するのにハロとラテラルアークでは同じ順序になるという推論であるが全く自信はない。昔の映画館では観客と映写機はスクリーンに対して同じ側にあり観客のたばこの煙がよく見え子供の私はこれを見るのが楽しむだったが今のシネコンでは映写機と観客はスクリーンで隔てられている。銀幕上のスターたちは体の右側に心臓を持っているのではないかと心配になってきた。ふと見上げた空の虹(?)から湧いた疑問について考えてみたがまだ正解は得ていない。
2019.05.06
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平成から令和への10日間にわたるビジネスの空白期間、世間では異常な日々が過ぎている。サンデー毎日族の私には 外出には最悪で家族の体調もすぐれないので 休日は単なる時間の経過に過ぎず、ブログネタに事欠いている。そんなわけで先週に続いてまた「散歩中見かける花」となる。毎日の散歩道は一か月前には遊歩道に覆いかぶさっていたソメイヨシノの白い天蓋も消え、新緑が美しかった道に吹きたまった桜の柄が汚らしい。そして春の連休となると今度はツツジの季節、遊歩道の並木は溢れんばかりの花びら。歩道はまさに 色とりどりのツツジの花であふれかえっている。アザレアと称するものも園芸店では見かけるが、日本などからヨーロッパに移植したツツジがかの地で改変されてアザレアと称したものを逆輸入したのであろう。日本では高地の花として知られるシャクナゲも スコットランドや北欧では家庭の庭によく植っている。ツツジとは近縁種と思われるがこちらはクラスター咲である。圧倒的に多いのは 紫色の種、エゾムラサキとかカラムラサキなど何種類かある。 ムラサキツツジと同大同形で色違いの白花つつじも街路樹として多く見かける。 土手の遊歩道から水辺の遊歩道に降りる階段に咲いている色とりどりのつつじはひな壇のお雛さあのようである。取り留めもないブログであるが今年の連休の記録として起こしておくことにする。
2019.05.04
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