全4件 (4件中 1-4件目)
1

24日の新聞に小さな記事が出た。「世界最古の旅行会社ー英・トマスクック破産」と言うタイトル。旅行代理店、時刻表発行、トラベラーズチェック、航空会社などを含むトーマスクックグループが23日ロンドン裁判所に破産手続きをし、全業務が停止したというものだ。Thomas Cook Air はAir Bus41機でロンドンとマンチェスターを母港としている航空会社であり、それだけでも大変であるが世界中で約60万人の旅行者に影響が出るという。イギリスでは英国民間航空局(CAA) が同社を利用した約15万人の帰国援助を始めた。CAAがチャーターした数十便の空席のフライトが「マッターホルン作戦」と名ずけられて英国を飛び立ったということだ。Brexitで大揺れの英国にとって「泣きっ面に蜂」である。日本でたとえばJTBが破産したとしてこんな大作戦が展開されるだろうか。「腐っても鯛」、日沈むことのないかっての大英帝国の面目躍如と言ったところである。トマスクック社は1841年創立の世界最古の旅行会社で、1873年からはあの有名な”European Rail Timetabele"の発行を始め、1874年からトラベラーズチェックの発行を始めている。昔はベネチアの商人たちが聖地巡礼旅の斡旋をしていたし、日本でも富士講では「御師」と呼ばれる団体旅行の企画・斡旋・宿泊業があったが、キリスト教の伝道師であったトマス・クックは自ら先導する禁酒運動の大会に多くの信者を送り込むため、1841年に旅行の手配を始めたのが近代的旅行会社のはしりである。近年クレジットカードが発展するまで外国旅行に必須であった旅行小切手を日本でいえば明治7年に発行できるほど高い信用度であった。クレジットカードがまだ今ほど普及していない頃、私は無理してダイナースカードを手に入れ、これを使ってロンドンのトマス・クック本社でトラベラーズチェックに変えてヨーロッパを旅したことを覚えている。クレジットカードが通用しない田舎町でもトラベラーズチェックはほぼ100%通用し、便利な旅行道具であった。クレジットカードが普及した現在でも多くの日本人旅行者が頼りにしているのはトマス・クック社の”European Rail Timetable”である。1900年代の表紙は常にヨーロッパの地図を赤く印刷した本ブログ上部に掲載した写真のものである。日本のJTBやJRの「列車時刻表」のようなものはヨーロッパにはほとんどない、したがってヨーロッパで時刻表と言えばトマス・クックを指していた。時刻表は毎年発行されるが、あちらでは10年くらいは運行計画が変わることはなかったので私は上の写真の時刻表を長らく愛用した。旅行のたびに必要な部分を切り取ってホッチキスで留め、帰ると元に戻すといった具合で時刻表そのものは表紙以外ずたずたであった。インターネットが普及してくると時刻表は売れなくなり、2013年にはCook社からの出版は中止になったが、もとのスタッフが中心となり「European Rail Timetable Limited社」を設立して発行が続いた。1900年代、日本で若者の海外旅行が盛んになるとダイヤモンド社の「地球の歩き方」がよく売れ、ほぼ時を同じくして同社から下の写真にある日本語の解説を加えた日本版が発行されている。下の写真はもう海外旅行をしなくなった私が記念に求め今も新本同様で本棚にある2007年の日本版である。表紙の感じが昔のそれとは違うのが残念であるが、ページの紙質はThomas Cook 版に似ており工夫の跡は見える。 Thomas Cook社破産のニュースはショックであるが時刻表は現在別会社になっているので生き延びるのであろうか、ぜひそうあった欲しいものである。近年のネット社会ではかって総合旅行業者しかできなかったことが中間マージンなしで個人で簡単にできてしまう。したがって総合旅行会社はどこも苦境に立っているようである。日本の業者も座視できない傾向であろう。ちょっとばかり寂しい気がする。
2019.09.25
コメント(6)

例によって外出がなくブログ種がない。数日前の夕方、雨模様の空が晴れたので何気なくベランダへのドアを開けた。その時素晴らしい光景を目にしてしまった。ベランダの植込みの向こうに広がる新宿・渋谷のスカイラインの上に夕焼け雲がたなびき、その上に空中楼閣が浮かび上がった。夕焼け雲の中に浮かぶ黒いものがどうしても水面に浮かぶ島影に見えてくる。これが天空に建設中の楼閣に見えてきた。よく見るとベランダのサツキが秋の彼岸に狂い咲きしている。夕焼けがさらに進むとおぼろな楼閣がはっきりとしてきて現実の世界と天空の世界がだんだんと融和してくる。少し角度を変えると天空には病院やスーパーマーケットまであるらしい。実はこれらは私の背後に広がる現実の世界の映しなのだ。天空の楼閣と言えば近年有名になったのが兵庫にある竹田城がある。かって竹田城と言えば「荒城の月」で有名な熊本の竹田城を思ったものだが近年は兵庫のほうにお株を奪われてしまった。惜しむらくは竹田城に城郭はなくあくまでも城址である。隣の岡山県にある備中松山城には天守がありこれこそ天空の城にふさわしい。また楼も石垣もほとんど残されていないが、以前訪れた時ここも天空の城の仲間に入れてもよいのではと思ったのが津和野の城跡である。データーベースを探してみると下のような素晴らしい絵が見つかった。城影はほとんどないので街からはただの山にしか見えないだろう。また諸葛孔明が作戦を練ったと言う、あの長江に浮かぶ白帝城も川霧が立ち込めた時に水面から望むと天空の城に見えるのではなかろうか。今はそれほどでもないが、三峡ダムができるまでは川中にそびえるかなり高い小山であった。私が訪れた時は昼間で残念ながら川霧はなくすっかり晴れ渡っていた。そして思うのは三国志に倣って景色が似ているとこらから日本の白帝城と言われる犬山城である。長江からそそり立つ山の上にある白帝城と木曽川からそそり立つ崖の上に建つ犬山城は確かに似た景色であろう。残念ながら私は陸側からしか見たことがないがbaba8さんのブログに素晴らしい写真があるので紹介する。もう一つ有名なのが福井にある越前大野城、これもbaba8さんのブログから拝借する。昔オーストリア国境に近いドイツの町Burghausenの城についてブログを書いた記憶がよみがえった。川に沿った高い丘の上に建つ城が印象的だったので今回再検索してみるとやはり下のような素晴らしい写真に出会った。世界にはこんな景色がごまんとあるのだろう。なんだか無理やりに作ってしまったブログであるが、これも今生きて入りいる証拠を残すのためである。ご容赦願いたい。
2019.09.23
コメント(2)

9月6日(金)久しぶりに夏日で我が家の温度計は35℃を指している。このところほとんど曇り空で雨も多く日中も窓を開けて自然風で暮らしていた。8月テレビではエヤコンを効かせない老人が熱中症にかかると連呼していたで今日は我が家も29℃設定でエヤコンを聞かせている。涼しい室内から外を見ると気温とは関係なく今年初めて見る秋の空だ。梅雨時の灰色の蚊帳を天空に吊り下げたような雲、盛夏の地平線から火事場の煙のように舞い上がる雷雲,高空を漂う空飛ぶベールのような綿雲や鱗雲などの秋の雲がある。今日の雲は秋の雲でも夏の積乱雲もどきのちぎれ綿雲である。こういったちぎれ雲が面白いのは風に乗って動物や物語上の架空の生き物の姿に変身することだ。下の写真の左下の雲などもネッカチーフを巻いたプードル犬に見えなくもなく、その上の雲は鳥の雛にも見える。今日はあまり風が強くないが上空に風のある日はコマ送り動画のような動きをするので見ていて飽きない。右から左に流れる下の一連の雲は、川面をよそ見をしたりもぐったりしながら行列を作る小鴨を見守る親鴨にも見え、川底には水没した大東京が横たわっている。なんだか東京の空を遊覧飛行しているご一行である。楽しそうな雲達を見て羨ましそうなのはやはり風に揺られる風船かずらの風船袋。下の風景は右端の国立劇場を内蔵するオペラシティーのビル、左隣の黒いビルは徳川綱吉がホームレスの犬のために作った犬のホテル跡に建つNTT電波ビル、斜め屋根のあたりはパークハイアットホテル、手前のマンションの上に突き出たツインタワーは東京都庁舎、そしてその左側一帯は西新宿高層ビル群である。この新宿副都心の上空には富士山型の見事な積雲がある。位置的にはこの雲の真下が東京湾になる。つまり暖気が水温の上がった東京湾からドンドン水蒸気を吸い上げ、次々と雲の塊をこね回してクラスター状に積み上げて雲団を作っている。この積雲は表現は悪いが草食動物のフンのように団子の塊が集まってできているので風が吹くと塊から離れてちぎれて空を漂い綿雲になる。外出がままならないので今日も室内からの風景描写である。
2019.09.06
コメント(3)

我々の年代には「氏より育ち」と言う格言はなじみ深いが若い年代には「生まれか育ちか」言い換えなければ通じないかもしれない。現代的に表現すれば人の器量はDNAなのか学習・訓練によって身に付くものかと言うことである。そんなことを思ったのは我が家のベランダに咲く「初雪草」を見た時である。初雪草はトウダイグサ科トウダイグサ属の植物で、読んで字のごとく葉や実の付き方がトウダイグサに似ている。なおトウダイグサのトウダイは灯台ではなく、灯明皿(燈台)で、花の周りが似ている(?)ためとされている。初雪草は最近園芸店で見かけることもあるが樹液に毒性があり、皮膚に付くとかぶれることがあるので(私の体で実証済み)優雅な形にもかかわらず広く普及しないでいる。雪に見立てるのは白く変色する葉っぱで花はほとんど鑑賞に値しない。本題に入ろう。 八月中旬になると全体が緑であった頂上部の葉がだんだんと白なる。時間とともに緑/白の割合が逆転して下の写真のようにほとんど真っ白に変化する。同じ植え込みに生えているにも関わらずまだほとんど緑一色の個体もある。レンガ作りの植え込みに生えたものは幹が枝分かれして上部が大きく広がっているがその隣に置いたプランターに植えたものは猛暑のあおりを受けて焼け、分岐せずにひょろひょろと背だけ大きく成長し根元の葉はほとんど枯れている。同じプランターでも日焼けの少ない鉢もあるがやはり分岐していない。分岐しないのは栄養状態のためか密植のためかは定かでない。鉢植えのものはまた少し様子が違う。大地ほど安定しないまでもレンガ作りの植え込みでは湿・乾の変化が少ないのに比べてプランターや鉢では一日の中でも昼間の土の乾燥と温度が目まぐるしく変化する。愛好家であれば鉢を日陰に写したり寒冷紗で保護したりするが我が家ではカンカン照りの酷暑下でもただひたすら耐えてもらっている。これらすべての株は昨年採取しておいた同じ出自の種からである。人間でいえば「氏」はみな同じであり、姿形の違いは100%生育環境の違いによるものだ。捌の言い方をすればどの株も同じDNAを持っている。発明王エディソンは多くの格言を残しているが「最初のひらめきが良くなければ、いくら努力してもダメだ」「偶然のひらめきで、価値ある発明をしたことなど一度もない。その発明に関わった人の想像を絶する熱意が注ぎ込まれている」「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」最初の言葉と2番目の言葉は逆のことを言っているように見えるが、それをまとめたのが一番有名な3番目の格言であろう。要するに、ひらめき=天才=天賦の才=DNA=氏と考えるとことの成就には氏も育ちも大切だと言うこと。「99%の努力」は人々を励まし鼓舞する言い回しで「ひらめき」の重要性ははもう少し重いと考えられる。ことの成就ではなく人間性を評価する場合その努力に多くの評価点を与えることには大賛成である。
2019.09.02
コメント(7)
全4件 (4件中 1-4件目)
1