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並河靖之七宝記念館並河靖之七宝記念館に行き、七宝ならではの美しい作品を見てきました。並河靖之氏は、明治から大正時代の日本を代表する七宝家です。この記念館では、彼が住んだ旧邸宅や工房、そして国の有形文化財に登録された七宝の作品や下絵、道具などが展示されています。七宝にはいろいろな技法があるそうですが、並河氏が探求したのは「有線七宝」という技法です。銅や陶磁器などの素地の上に金や銀の細い線で絵柄の輪郭を描き、その間に釉薬を挿して焼成しては研磨することを繰り返します。制作過程の展示説明を見ましたが、想像していた以上に細かな絵柄でした。緻密で根気のいる作業だったのだろうと思います。また釉薬の微妙な色彩(グラデーション)も興味深かったです。<アクセス>京都市営地下鉄東西線・東山駅より北東へ徒歩3分京阪本線・三条駅より東へ徒歩10分入館料 おとな800円休館日は月曜日・木曜日(祝日の場合は翌日に振替)夏季や冬季に長期休館があります
2017年05月30日
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「神宮丸太町駅」の駅名にもなっている「神宮」、平安神宮を訪れました。平安神宮の大鳥居(神宮道)平安神宮の参道(神宮道)應天門(おうてんもん)中央が大極殿(だいごくでん)平安神宮は、平安遷都1100年を記念して、明治28年(1895年)に創建されました。平安遷都を行った桓武天皇と、平安京で過ごされた最後の天皇、孝明天皇が祀られています。ちなみに、京都三大祭の一つ、時代祭は、平安神宮の祭りです。平安神宮の創建と同じ明治28年から始まりました。開催日の10月22日は、桓武天皇が長岡京から平安京に入ったとされる日です。拝観料金を払って、平安神宮神苑(じんえん)に入りました。ここは、明治時代の代表的な日本庭園として知られており、社殿を取り囲むように、南、西、中、東の四つの庭からなっています(見学もこの順番に回ります)。神苑入口左手が泰平閣(橋殿)かきつばた約1万坪もある広大な池泉回遊式庭園(池の周りを巡る様式の庭園)で、昭和50年に国の名勝に指定されました。旧・京都市電の車両なぜか、神苑の一画に、旧京都市電が展示されていました。屋根の下に置かれているので、保存状態としては悪くありませんが、ペンキがはげてきてますね。平安神社が創建された明治28年といえば、京都電気鉄道が、日本最初の電車を京都で走らせた年です。大正9年に京都市電と合併し、京都市に譲渡されました。京都市電は標準軌(1435mm、当時は広軌と呼んでいました)だったのに対し、京都電気鉄道は狭軌(1067mm、こちらが日本の「標準」)でした。上の写真は、京都電気鉄道からやってきた狭軌の車両(1形)です。京都市電の1形(広軌)と車番が重複したため、狭軌(Narrow)の頭文字を番号の前につけて区別されました。そのため「N電」と呼ばれるようになったそうです。その後、広軌1形が全廃されたため、残っていた狭軌1形に1~28番が付けられました。昭和36年、北野線(北野~京都駅前)が廃止されて狭軌路線が無くなったため、狭軌1形はすべて廃車になりました。<アクセス>京阪本線・三条駅、京阪鴨東線・神宮丸太町駅より東へ徒歩15分京都地下鉄東西線・東山駅より北へ徒歩10分神苑は有料(おとな600円)
2017年05月29日
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京阪電気鉄道の「鴨東線(おうとうせん)」は、平成元年(1989年)10月5日に開業した路線です。鴨川の東岸を通るので、この名が付けられました。路線は三条~出町柳間2.3キロですが、ダイヤ上は京阪本線と一体的に扱われます。ただし、建設費償還のため、運賃に60円が加算されています。鴨東線の中間駅として、開通と同時に「丸太町駅」が設けられました。2008年(平成20年)に、名称が「神宮丸太町駅」に変更されました。京都市営地下鉄の丸太町駅と区別するためなんだそうです。ちなみに、駅名にある「神宮」は、「平安神宮」のことです。地下2階がホームで、1面2線の島式です。地下1階に改札があります。改札内の柱には、平安神宮の社殿の写真が大写しで貼られていました。地上の出入口は、前後の駅と同じようなデザインです。それなりに景観に配慮した結果なのでしょうか。すぐ近くを鴨川が流れ、東西を丸太町橋が結んでいました。柳の枝が風になびいて涼しげです。途中下車したついでに、周辺を訪ねてみましたので、次回以降、ご紹介したいと思います。
2017年05月24日
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咲くやこの花館で見かけたサボテンの花。普段はあまりお目にかかれない、珍しい花々に見入ってしまいました。
2017年05月22日
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咲くやこの花館には、「ハイビスカス・ワールド」という独立した温室があります。きれいで艶やかな花が咲いていました。
2017年05月21日
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「咲くやこの花館」では、熱帯スイレンの花がきれいに咲いていました。手元の資料によると、熱帯スイレンは7月ごろから10月ごろまで咲くそうで、朝から夕方まで咲き続けます。中には夜に咲く性質のものもあるそうです。
2017年05月20日
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咲くやこの花館では、いろいろな果実が実っていました。台湾バナナキヤニモモピタンガマンゴー(網をかけてます)レイシ(ライチ)ジャボチカバ幹に直接、実がなりますパパイアパラミツ「ジャボチカバ」、不思議な実の付き方ですね。見た目はブドウに見えます。味もブドウそのものなんだそうですよ。「パラミツ」は、世界最大の果実なんだそうです。大きいものでは40kgを超えるものもあるとか。
2017年05月18日
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せっかく鶴見緑地に行ったので、咲くやこの花館にも入館しました。まずは、「プチ・イングリッシュ・ガーデン」のバラを鑑賞しました。咲くやこの花館 大阪市鶴見区緑地公園2丁目163番 大阪市営地下鉄 長堀鶴見緑地線・鶴見緑地駅より徒歩10分 入館料・おとな500円
2017年05月17日
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いろいろな花が咲く季節になりましたね。大阪近辺ではいま、バラの花が見ごろのようです。先日、鶴見緑地に行ってきたときの様子をご覧ください。
2017年05月16日
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三条大橋西詰にある弥次喜多の像江戸時代に整備された五街道のうち、京と江戸を結んでいたのが「東海道」および「中山道」です(滋賀県の草津以西は共用とされています)。京都側の出発地は三条大橋で、江戸方面に向かう多くの旅人が、三条大橋から東へと旅立っていきました。粟田神社三条大橋の東側一帯は「粟田口(あわたぐち)」と呼ばれています。ここには「粟田神社」があります。古くより厄除け、旅立ち守護の神として信仰されていたそうです。「粟田焼発祥之地」の碑三条通に面した鳥居のそばに、「粟田焼発祥之地」という碑が建っていました。粟田焼(粟田口焼)とは、江戸時代初期にこの地で生まれた焼物です。清水や五条坂なども含めたこの付近は、京の陶磁器の生産地として栄えたようです。鍛冶神社粟田神社の摂社に鍛冶神社があり、刃物・鍛冶の守神として信仰を集めております。この付近には、平安時代の末以降、刀鍛冶たちが住んでいたそうです。刀匠・三条小鍛冶宗近が、童子に化けた狐に相槌(鍛冶の手伝い)をしてもらって作った名刀「子狐丸」を打ったという伝説が残っております。京都市営地下鉄東西線・東山駅より徒歩5分京阪本線・三条駅より徒歩15分
2017年05月13日
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京都市東山区粟田口にある青蓮院門跡をあとにして、三条通の「神宮道」バス停から「将軍塚」行きの京阪バスに乗りました。将軍塚は東山にあり、青蓮院門跡の南東にあります。山道を歩くと30~40分ほどかかるそうです。バスは三条通を河原町まで西進し、河原町通を五条まで南下。そこから五条通を東に向かい、東山ドライブウェイを北上して将軍塚に至ります。所要時間は33分です。青蓮院門跡 福徳門将軍塚とよばれている場所は、青蓮院門跡の境内になっています。平成26年(2014年)、ここに「青龍殿」が建立され、国宝の仏画「青不動明王二童子像」が安置されました。青龍殿青龍殿の北側には大舞台が作られています。上の写真、建物の左側に少し見えているのがその大舞台です。また、そばには展望台も設けられており、京都市内を眼下に見下ろす場所として知られています。展望台から北西を臨む上の写真、右下の鳥居とその右奥の建物は平安神宮です。写真の上部、やや左側には、上賀茂神社から下鴨神社にかけての鴨川が見えています。将軍塚将軍塚は、8世紀末の平安京造営にあたり、都を守るために桓武天皇が作らせたと言われております。将軍塚西展望台境内の外、南西側にも展望台があります。こちらからは京都市内がよく見渡せます。京都が盆地であることもよくわかりました。帰りのバスは、東山ドライブウエイを北上し、蹴上まで出て三条通を通り、元の神宮道バス停まで7分。さらに5分で三条京阪に着きました。
2017年05月06日
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