全6件 (6件中 1-6件目)
1

泉涌寺 勅使門泉涌寺 勅使門勅使門は、普段は閉じられており、皇室方や天皇の勅使が訪れた時に使用されます。軒の瓦は菊のご紋が付いています。天保12年(1841年)の火災で焼失し、弘化2年(1845年)に再建されたものだそうです。勅使門を入ると白砂を敷いた庭が続き、建物への昇降口があります。ここを「御車寄せ」と呼びます。かつては実際に馬車が入っていったのかもしれませんが、いまは門の前で降りて歩いて入られるそうです。泉涌寺 本坊入口使門の左側、本坊入口の門をくぐると、拝観料を支払って、御座所などを見学できます。泉涌寺 本坊前庭園と御座所御座所車寄せ(手前の屋根)と霊明殿(奥)霊明殿とは、歴代天皇の位牌を安置する尊牌殿です。現在の霊明殿は、明治15年(1882年)に火災で焼失し、明治17年に明治天皇によって再建されました。霊明殿の再建時、京都御所内の建物を移築して御在所が置かれました。現在も、両陛下はじめ皇族方の御陵御参詣の際に使用されています。
2014年01月13日
コメント(0)

泉涌寺 浴室浴室の内部の床は高くなっており、その一画にある仕切りには、鉄釜で湯を沸かすかまどがあって、蒸気を床上に入れる仕組みになっています。つまりは古式の蒸し風呂であります。説明版には「浴室は仏前に仕える僧侶が身を清めるための施設であった」と書かれていました。「あった」ということは、今はもう使われていないということなのでしょうね。京都府指定文化財になっています。
2014年01月12日
コメント(0)

泉涌水屋形(せんにゅうすいやかた)泉涌寺の名前の由来となった清泉を覆う屋形です。寛文8年(1668年)に再建されたものだそうです。流れ出てきた聖水でしょうか、入口に溜まっていました。正面左側には清少納言の歌碑が置かれています。清少納言は晩年にこの地で過ごしたといわれています。そこに刻まれているのは、小倉百人一首にも入っている有名な歌です。 夜をこめて鳥の空音(そらね)は謀(はか)るとも よに逢坂の関は許さじ
2014年01月05日
コメント(0)

泉涌寺 大門(重要文化財)総門をくぐって参道の坂道を上り、Y字路を右手に進むと、左手に大きな門が見えてきます(上の写真)。その名も「大門」です。慶長年間(江戸時代初頭)に造営された御所の門を移築したものだそうです。仏殿(修理中)(重要文化財)通常は大門から中は拝観料が必要ですが、現在仏殿が修理中だからでしょうか、この日は無料で入ることができました。大門を入って正面にあるのが「仏殿」です。残念ながら下半分はシートで覆い隠されていました。修理中ですが、正面の入口から中に入ることはできます。仏殿は、寛文8年(1668年)に江戸幕府4代将軍の徳川家綱によって再建されたもので、重要文化財に指定されています。応仁の乱によって多くの伽藍が焼失され、江戸時代になって再建されたものが多いそうです。修理中で通常より内部が暗く、修理のための資材や足場が入っているので見づらいですが、運慶作と伝えられる阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来の三体の仏像が安置されており、それぞれ「現在」「過去」「未来」の守護尊として祀られています。また、天井や壁面には観音像や龍が描かれています。 仏殿(修理中)上の写真は、正面から左手に回り込んで撮ったものです。舎利殿一般に、聖人や仏の骨のことを舎利(しゃり)と言いますが、この舎利殿には、釈迦の仏牙舎利(ぶつげしゃり)がおさめられてれているそうです。仏牙舎利とは、お釈迦様を荼毘(だび)に付したとき、その舎利の中から得られた歯のことです。泉涌寺の舎利殿は、大門と同じ慶長年間(江戸時代初頭)に、京都御所の建物を移築し、上層部を付け足したものだそうです。仏殿と同時期に現在の場所へ移されたそうです。
2014年01月04日
コメント(2)

京阪本線・東福寺駅から東へ歩いて5分ほど、東大路通(府道143号)に「泉涌寺道(せんにゅうじみち)」という交差点があります。泉涌寺道は、本町通(旧・伏見街道)から始まって東へ延び、東大路通と交わって、泉涌寺(せんにゅうじ)へと続く参道です。泉涌寺道の交差点には、「泉山御陵参道」と書かれた石標が建っていました。泉涌寺は皇室の菩提寺でもあり、境内には後水尾天皇(ごみずのおてんのう)以降、江戸時代初期から幕末までの歴代天皇の御陵があります。参道を進むと、正面に「総門」が見えてきました。門には「御寺 泉涌寺」という寺名が掲げられています。泉涌寺をたんに「御寺(みてら)」とも呼ぶそうです。「御寺」とは「お寺様」という意味ですが、あえて寺名を言わなくても通じるということは、天皇家の菩提寺だからなのでしょう。昨年末、真言宗泉涌寺派総本山である泉涌寺を訪ねましたので、数回に分けてご紹介したいと思います。
2014年01月02日
コメント(0)
あけましておめでとうございます昨年もいろんなことがありましたが、なんとかまた、新しい年を迎えることができました。これもひとえに、ここにお越しいただいた皆様はじめ、縁があって出会い、支えていただいた多くの皆様のおかげと感謝しております。これからもどうぞよろしくお願いいたします。 昨年のNHKの大河ドラマで聞いた、主人公の新島八重のセリフです。「過去は変えられねえ、変えられんのは未来だげだ」これは、カナダの精神科医、エリック・バーン(1910-1970)の言葉、「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」に通じるものだろうと思います。もう一つ、年末のTVで誰かが言っていた言葉、「努力する人は希望を語り 怠ける人は不満を語る」これは、作家井上靖さんの随筆「わが一期一会」のなかで語られた言葉だそうです。なかなか先が見えない世の中ですが、新しい年を迎えて、今年も何かにチャレンジしてみたいと思っています。
2014年01月01日
コメント(2)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


