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ひまな会議の時は空気砲で遊ぼう。雰囲気的に自分が発言できるわけもなく、かといって、懸命に聞くほどの意欲もない会議では居眠りをするのもひとつの過ごし方であるが、居眠りをしている人達を空気砲の標的にするのも面白い。指をピストルの形にして、居眠りをしている人に狙いを定めて心の中でバシュッと空気砲を撃つ。うつらうつらしている人は、ついこらえきれなくなってかくんと頭が垂れることがある。このタイミングと空気砲を撃ったタイミングが合うと、あたかも空気砲がその人に当たったように見える。もっとも面白いのは、居眠りでくらくらして後ろに反り返る人がいる場合だ。空気砲発射!その人はちょうど頭を後ろに反り返らせ、後ろの壁に頭をぶつけてしまう。バシュッ、ゴチーン。さすがにこのゴチーンは会議室内全体に響き、笑いの波ができる。空気砲の成果、大である。ともあれ、もう将来もないサラリーマンの人々よ、会議の時ぐらいは童心に返って空気砲で遊ぼう。
May 27, 2006
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つまらない仕事のためにオフィスの机にしがみついているよりも、誰も乗っていない時を見計らってエレベータに乗ってみよう。エレベータの真ん中に立つことだ。エレベータの箱、ほぼ立方体の空間の中心で胸を張って、エレベータが上下に動くときの加速感を感じてみよう。この空間が自分のためにだけ存在し、自分の上下動に従属する。この立方体の空間と時間を占有したという感覚がやがて優越感に変わる。そして、立方体の各頂点からエネルギーの照射を、さらにエレベータの天井の中心から自分の頭、胴体、足元を貫く強烈なエネルギーの直撃を君は知るだろう。このオフィスビルの帝王は我なりと思えば、自然と力が沸いてくる。これを私はエレベータパワーと呼んでいる。しかし、覚えておくことだ。甘い樹液にたかるカナブンやコガネムシがクワガタムシに蹴散らされ、そのクワガタムシもカブトムシが出てくれば追い出されるように、このエレベータパワーも課長や部長が乗り込んできたら私も放棄せざるを得ない。そんな時には、せっかく活性化された私といえどもまた並みの人に戻っていく。そして、しょんぼりと自分の席にもどるというわけだ。
May 21, 2006
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老いると人間の習性も変わるものだ。子供の頃は、食事の時に大好きなものがあると、それを一番最後まで残しておいた。好きなものが食べられるという喜びが食事の最後まで続き、最後まで待つという行為がその喜びを増加させた。おなかが多少いっぱいになっても、好きなものならいくらでも食べられるという若さがあった。老いてきて、好物が食卓にあると、まずそれに箸をつけるようになった。食が細くなっているから、最初に食べておかないと、食べたいという意欲がどんどんと少なくなっていく。おなかがふくれた後では好きなものといえども食べる気がなくなってくる。そんな習性がいつしかすっかり身についてしまったが、それはなるほどいいことだ。ひとりさびしく食事をしている最中に、持病の発作が起きてわたしの意識が遠のきつつある。もうわたしは助からないだろう。しかし、この身についた習性のおかげで、ともあれ自分の好物を先に食べ終えていて思い残すことは何もない。
May 13, 2006
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超能力は集中力に近い。極度の集中がなければ、超能力は生まれない。毎朝、わたしが満員電車の中で試みているテレパシーによる命令も、多くの場合、断ち切れない邪念のためにうまく働かないように思われる。座席に座っている人の前に立ち、わたしは彼にテレパシーを送り込む。「あなたは次の駅で降りる。」と。おそらく、この男が次で降りれば、空いた席にわたしが座れるという邪念がわたしのテレパシーを弱めている。まずはこの欲望を捨て去り、「あなたは電車から降りる。」という思念に集中すべきなのである。この悟りに近い境地がわたしの潜在的な超能力を引き出すはずで、わたしは自分の思念の集中に最近自信を深めている。この集中のせいであろう、このところ、自分の降りる駅を忘れて乗り越すことが多くなった。この集中がさらに高まれば、わたしのテレパシーによって人々は席から立ち上がり、毎朝、わたしは座って通勤できるようになる。もっとも、遅刻の多くなったわたしを部長がいつまで寛大に見逃してくれるが、大きな問題であるが。
May 6, 2006
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