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私は一本の杭のように立ちつくしている。 最初は川辺にはえている木を救うはずだった。おそらくは蔦の一種なのだろう。その木の表面をほとんどすべてその植物が覆いつくしていて、いかにも木に日光があたるのを妨げている。その植物の根元あたりを切ってやれば、根からの水や栄養分が断たれ、その植物は枯れていくだろう。 けれども、根元を切断されても木を覆っている沢山の葉はそんなことに気づかずしばらく生きていく。その有様が、体の一部を切断されてもがき苦しんでいる人間のイメージに私の頭の中で転化されると、もう、その植物の根元を切ることができなくなった。 しかし、しばらくすると、恐ろしいことに、そのやさしさが残忍な行為に関心を抱く気持ちに変化していったのである。 もしもこのままであれば、木はこの植物に日射を奪われ衰弱していく。この植物が真綿で首を絞めるように徐々に木の生命を脅かしていく。これはこれで壮絶ではないか。 私は動けなくなっている。根元を切断された植物と植物に締めつけられている木。どっちがより苦しむのだろう、より残忍なのだろう。私はそれを想像することでわくわくしている。この想像の中に没入し私は動けない。
Sep 30, 2006
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またもや蜃気楼かと思ったが、わずかな希望を捨てられなくて、疲労困憊しているにもかかわらず私は砂漠の中にぽつんと立っているその物体に向かっていく。これが事実とはとても思えなかったが、砂漠のまん中に缶ジュースの自動販売機がある。砂中に伸びている電線から電気が供給されており、十分に冷やされた缶ジュースがこの中にあるのは間違いなさそうだ。ここまで来たというのに、やはり神は私を見放したようだ。その自販機にはコインの投入口しかない。私の財布の中には札束がぎっしりと詰まっているが、1枚のコインすらない。まさしく命が懸かっていた。道具は何も持っていない。自販機のドアを手でこじ開けようとした。無駄と知りつつ何度も自販機を打ったり、蹴ったりした。各種の缶ジュースの見本が見えるようになっている透明な前面パネルを壊そうとした。そういった行為がすべて無駄だとわかると、このお札で缶ジュースを一本でいいから売ってくれと泣き叫んだ。財布の中のすべての紙幣を宙に投げ出した。こうした行為は私の気力、体力を消耗させる以外に何も効果はなく、私はついに自販機の前で倒れたきり起き上がれなくなった。太陽はじりじりと容赦なく私を照りつけている。まもなく私は意識を失うだろう。そんな虫の息の中で私は考えている。自販機から砂中に出ている電源ラインを切断してやろうと。そうすれば、次に誰かがようやくここに辿り着き、その人がコインを持っていたとしても、この自販機から飲料を手に入れることができなくなる。私が助からなければ他人も道連れにしてやるという思いだけが、私の意識をかろうじて支えている。
Sep 24, 2006
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私は密かにほくそえんだ。効果はあった。深夜、大の字の形の藁人形の上に上司の名前を書いた白い紙を被せて、それを釘で庭の生木の幹に刺したのである。信念を込めて、ただし、近所迷惑にならぬように、一度だけ金槌で打った。思いのほか、高い音が深夜の闇に響き、私は驚いた。2,3日経って、ある朝、いつもより早く出社すると、その上司が声をひそめて、休暇を取るために総務課に電話で説明している。「どうも私は精密検査をする必要があるようです。胸部X腺で見ると肺に影があって、医者も不思議だと言っているのですが、その影が大の字の形をしているのです。」
Sep 16, 2006
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春先の夜明けになると、この竹林では竹の子が一勢に地面を突き破り、地表に現れる。竹林の中に潜む大きな虎ですら、その季節にこのあたりで横たわって夜を過ごすことはない。竹の子の先端が非常に堅い上にとても細い。竹の子が地面を突き破り、さらに成長する時の勢いで、虎の毛皮を突きぬけ、どくどくと動いている心臓を射るという。何千年もこの竹林に宿る霊気のせいかもしれない。柔らかそうな腹ではなく、横たわっている動物の心臓を一撃すると言う。私は人間関係でずいぶんと苦しんだけれども、どうしても自分の命を断つことはできなかった。ちょうどそこに不治の病の宣告である。これで自分に見切りをつけることができた。ただその病で長い間苦しみたくはない。そういうわけで、私は何日も歩き続け、ついにこの竹林にたどり着いたというわけだ。まもなく日が沈む。凛としたあたりの空気がますます研ぎ澄まされていく。私は私のやせ細った肉体を横たえる場所を急いで探さなければならない。深い眠りに入るまでのほんの短い時間を気持ちよく過ごせる、枯れた竹の葉の敷き詰められた平らな場所を。
Sep 9, 2006
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未来に賭けた結果だったと毛虫は納得しようと思った。 体の約3分の1を巨大なタイヤに踏みつけられ、大量に流れ出した体液で路面に張り付き、残った足をばたばたさせても、もう前に進むこともできない。 真夏の太陽が照りつけている時間帯だった。少し体を動かすのさえ気が進まなかったのに、なぜかその体にささやきかける声がある。 「この道路を横切って向こう側にある草むらに行け。そして、そこで眠れ。」来るべき時が来た。変身する夢がついにかなうのだ。 しかし、太陽光の直下、この自動車道路を横断しなければならない。今、本当に行動を起こさなければいけないのだろうか。 自分の内部の声が響き、その疑問ははねつけられた。この声は、太陽の直射やコンクリートの舗装面からの照り返しを苦にさせず、時々、走り抜ける自動車に対する恐怖すら消失させたのである。 この道路を渡りきった後の輝かしい未来だけが毛虫の心の中を満たしていた。 全力で毛虫は走り、後わずかというところで、この悲劇に見舞われたのである。既にほとんど動けなくなっていたけれども、毛虫は大空を見上げようと思った。夢を失なわなかったことを最後まで示そうと思った。 太陽はあいかわらずぎらぎらと照りつけ、そんな毛虫の小さな意志を黙殺していた。
Sep 3, 2006
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