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わたしは名医である。人の寝る間も惜しんで長年努力して、今の地位を築いたのである。おかげで、わたしには良き伴侶はいないし、これと言った趣味もない。わたしの唯一の楽しみは、不謹慎であるが、患者の家族にその患者の余命を宣告することだ。「残念ながら、あと1週間持てばいいとこころです。」「あと3,4日でしょう。もちろん私どもは全力を尽くしますが。」この瞬間にわたしはその患者の残りの人生すべてをコントロールしているという神に近い力を感じて、わたしの作り出す沈痛な面持ちの下に隠して、まさに喜びに近い感情が湧き上がってくるのが抑えられない。あと何日ですというのは、自分のその時の適当な勘で言っているのにもかかわらず、患者の家族が真剣にわたしの言葉に耳を傾け、わたしに視線を集中してくるこの瞬間に勝るものをわたしは知らない。これが名医と言う仮面の下にうごめく快感なのである。ただ、わたしにもばちが当ったのであろう。今、わたしはわたしに余命を宣告しなければならない。今朝のわたしの胃カメラの写真からするとわたしはもう助からない。いつも適当に余命の日数を告げているだけだから、本当のところあと何日生きられるのか、わたしにはわからない。近づいてくる終焉にわたしはおびえている。
Mar 25, 2006
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とんでもない女にひっかかったものだ。こんな子供に負けるわけがないと思った。実際のところ、彼女は少女ではなくて、もう何百年も生き続けている、少女のように見える化け物だった。時を賭けると言うのだ。どんな賭け事でもその少女は勝てると言い放った。なぜなら、私の時間には限りがあるけれども、少女には無限の時間があったからだ。軽い冗談のつもりでじゃんけんを始めたのだが、その賭けを始める前に私は気づくべきだった。じゃんけんで私は何度も彼女に勝ったが、本当の意味で決着がつくまでゲームは終わらない。結局、私は追い詰められ、もう私の持っている時間は1年分ぐらいしか残っていなかった。私は最後の勝負に出た。「私は自分のすべての時間を賭けるから、お前もお前の持っているすべての時間“無限”を賭けろ。」と挑発した。すると少女は嬉しそうに承諾するじゃないか。この化け物はこの時を待っていたのだ。こうして私は生きながらえている。これから何百年、何千年生きなければならないか、わからないけれども、ともかく時を賭ける愚かな人間が現れるまで、私は生き続けなければならない。
Mar 18, 2006
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昔、梅図かずおの漫画「半魚人」を読んで、私はえらく感銘を受けた。その漫画では、温暖化が進み氷山が融けて陸地が水没する地球に備えて、人間を半魚人にしようとする。人間を魚に近くするのもひとつのアプローチであろう。しかし、私は逆のアプローチを考えている。つまり、魚を人間に近づけようと考えている。魚の知能を向上させ、次に人間と融合させようと思っている。手始めに、私が水槽の中で飼っている金魚に勉強させ知能を向上させようと思う。水槽のひとつの側面に、日本語の読み書きの紙を貼り付けてある。小学校3年生程度である。今後のコミュニケーションを考えると、まず、日本語を学んでほしい。さらに、別の水槽の側面には、数学の問題集の1ページを貼り付けた。金魚には少し難しいかもしれないが、微積分の方程式である。これなら、日本語がわからなくても理解できる可能性があるし、金魚が天才になるかもしれない。このような学習環境に恵まれれば、そのうち金魚も勉強をしようという気になるだろう。遠大な計画の一歩が既に始められているのだ。
Mar 11, 2006
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現代の若者の精神がここまで病んでいるとは、私は知らなかった。私の嘆きは深い。最近の若者は、天玉そばと天ぷらそばの差は単に生卵があるか否かと考えている。そこに今日の若者の想像力の限界を感じるのは果たして私だけだろうか。生卵が天ぷらにからまり、さらに、醤油味のおつゆのなかに溶け込んでいく。つまり、天玉そばを注文することは、せっかくの生卵をきちんと食べきること、つまりは、卵の溶け込んだおつゆも一滴残さず飲む覚悟ができていることを意味する。最近の若者は、その心意気が理解できていないままに、天たまそばを注文し、せっかくのおつゆを残してお店を出て行く。立ち食いそば屋で、私は見事なまでにおつゆを飲みつくし、どんぶりの底にわずかに残った七味唐辛子の残渣を眺めながら、嘆いているのである。立ち食いそばの頂点にある天玉そばの将来を憂いている。
Mar 4, 2006
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