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駅のすぐ近くのスーパーマーケットで花を売っている。多少、花に元気がないようであるが、値段は安い。黄色のカーネーションがいくらか売れ残っている。スーパーの真向かいの商店街の入り口付近にある花屋にも見に行ったが、沢山の人々が並んでいる。それだけでもう値段を聞く気力が失せて、スーパーの花売り場に戻った。 今日は母の日であるが、妻のためにカーネーションを買っていく。 家に帰る途中の交差点で僕は夢想した。 カーネーションを抱えている人が事故に会うのである。事故に会った人は既に現場にいないのだけれども、真っ赤なカーネーションが何本も何本も横断歩道の中央あたりに散乱したままになっている。その花は行き交う自動車に引き潰され、舞い上がった花びらが飛び散った血のように見える。現場に残された真っ赤なカーネーションが想像力を喚起する。僕はその光景が語るであろういろいろな物語にしばし心を奪われた。 ふと現実に戻って見ると、僕の持つ黄色のカーネーションが生気を失い、しぼみ始めている。スーパーの花だからといってこんなわずかな時間で弱ってはいけない。妻に渡すまでは、花は花らしくなければいけない。 この交差点を渡りきれば、早足で約5分で妻の待つマンションに着く。しかし、マンションに近づけば近づくほど、黄色いカーネーションが一本、また一本と弱っていき、どれも花びらが急速に開き始め、それからかさかさになり、花びらの色が黄色から褐色になって散っていく。 妻はまだ怒っている。今更、花の一束や二束を持って帰ったところで焼け石に水なのである。妻の怒りの念が空中を伝播し僕の買ったカーネーションを枯らしていく。 マンションの構内に入り、何とか花らしく見えるのはわずかに一本。エレベータを待つことをせず、5階まで一気に駆け上がる。マンションの戸を開ける鍵を取り出すためにポケットの中をまさぐる。 そこで時間切れであった。最後の一本のカーネーションも枯れ果て、花が茎に対して少し斜めに傾いていたが、カサッと乾いた音がしたかと思うと花がまるごとマンションの戸の前の床に落ちたのである。僕はそれを革靴で踏みつけて、何もかも失って手ぶらのままで僕は部屋に入っていく。 「去年の今頃、彼はそんな言い訳をしました。」と、意識不明の重態で入院している友人の妻がわたしに心配そうに語った。今年の母の日に、真っ赤なカーネーションの花束を抱えて帰宅する途中で彼は交通事故に会った。
May 20, 2007
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わたしも歳をとってふと思った。彼らは数年前までは実の親だったのであるが、いつのまにか他人になっている。そう言えば、最近、わたしの脳みそがだんだんと縮退してきた。空間の増えた頭蓋骨の天辺から伸びる細い一本の神経繊維に小さくなった脳みそが吊り下げられて、しばらくはぶらんぶらんとしていた。しかし、ある時、その神経繊維がぷつんと切れたようで、それ以来、すっかり脳みそはしわくしゃに縮んで小さな塊になって、歩くたびに頭蓋骨の中でころんころんと音をたてている。老いるということは、肉が削げ落ちて骨になることかとわたしはその無残さを恐れていた。でも、頭蓋骨に皮が張ってあって、ころんと飛び出ないように脳みそが執着しているその滑稽さと、今までの努力とか、情熱とか、苦労とかそれまでの過去の重みを一切無にして物になっていく運命に、わたしを世の中に送り出した罪も含めて何もかも許せるような気になって、実の親だった人はやっぱり他人のままなのだけれども、わたしは親孝行をしようと思った。
May 12, 2007
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わたしは40年間待っていたのである。 いつしかわたしに表現する意志がわきあがり、それを押し留めようとしても決してそうすることができない、そんな時が来る。毎日、何十年間に渡ってこつこつと努力してきた真面目な人間を容易に飛び越えていく、そんな熱情がわたしの内部を突き動かし、わたしを天才的な表現する者、世紀を代表する画家、音楽家もしくは作家にするはずだった。 しかし、40年間待っていても、そんな瞬間は訪れない。そしてわたしは気づいたのである。 ほぼ間違いなく、わたしはまだ意識のない幼児の頃に凡人の種を頭のてっぺんに埋め込まれたのである。その種から白い根がでて、頭の中に侵入していき、さらに全身に広がり肉体に食い込み、もう凡人の種を引き抜くことは決してできない。わたしはもはや凡人以外の何者にもなれない。 せめてもの慰みは、わたしは待っていただけで何の努力もしてこなかったことだ。無駄な努力をしなくてよかった。所詮、凡人の種にとりつかれたらどうあがいても立ち向かえるはずもなかった。今後ともわたしは努力をしないだろう。それはそれで今後の人生を気楽に送ることができるひとつの方法である。 わたしに非があったわけではない。何もかも凡人の種のなせる業なのである。
May 5, 2007
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