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「香港の住居はどこもとてもせまくて、ペットは鳥ぐらいしか飼えないのが現実です。毎日やることもない、退職した老人たちが自分の鳥を持ってこの公園に集まるようになって、いつのまにかここに鳥屋が増えたのです。写真でも撮りますか。」何もレスポンスがないので彼女は話を続け、その鳥屋の店頭で売られているビニール袋に入れられたたくさんのバッタを指差す。「これは何のためかわかりますか。」観光客はこれには関心を示し、「何か、特別なバッタですか。」「これ、鳥の餌なんです。香港では、はさみで頭を切り落として鳥に食べさせているようです。」 観光客が香港に着くや、花屋が5,6軒連なっている程度の小さな花屋街とそれに隣接しているこの公園に連れてくる。ここが本当に香港を代表している観光地なのかと訝しがりながらも、これも仕事だと割り切って会社の指示に従って彼女は観光ガイドをしている。 今日の観光客も、怪しげな日本語を話す現地人のガイドでなくてよかったと言う。同時に濃い化粧のために彼女の年を推測しかねている。 この細長い公園を押しつぶすような威圧感を与えながら、その両側に高層のアパートが立っている。観光客は香港はあまり住みやすい場所ではないということを十分に感じながらも、「ひとたび海外に住むと日本になんか帰りたくないでしょう。」と聞く。「とんでもない。日本に戻りたいですよ。日本の方が良い点がたくさんありますよ。」 どうでもいいことなのに、この客も彼女が以前日本のどこに住んでいたのか聞くだろうと彼女は察した。本当に日本に帰りたいと彼女は思った。 ガイドの仕事からの収入が家計を助けているのは確かだったが、それよりも息の詰まるような狭いアパートから、一時的にしろ、脱出できることが何よりもありがたかった。夫と子供だけならまだしも、夫の両親が同居していた。 彼女もペットとして鳥を飼っていた。篭の中の鳥をかわいそうに思うときもあるが、日常をやり過ごすためには彼女には自分よりも惨めなものが必要だった。 彼女は家に戻るとすぐに鳥に餌をあげた。いつものようにバッタの胸のあたりを左手の指で押さえつけると、右手の指でその頭を引きちぎり、足がまだばたばた動いている無残なバッタの胴体を鳥の口のあたりに持っていった。
Jun 24, 2007
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泳ぐのにはそれほど便利ではないが、飛び魚の長い胸ビレは飛ぶのには役にたった。群れをなして飛び魚が泳いでいるときに、大型の肉食魚が襲ってくると海面から飛び出す。1センチでも2センチでもより長く飛ぶことが時に生死を分けた。 命を賭けての飛行であったが、時に飛ぶこと自体に喜びを感じる飛び魚もいた。自分が追われていることを忘れ、飛ぶという行為に陶酔した。努力さえすれば、仲間の誰よりももっと遠くに飛べると信じた。確かに飛ぶ距離は伸びて、その飛び魚はどの飛び魚よりも長く、遠くに飛べるようになった。後はもはや自分の記録との勝負であった。 大きな肉食魚が突然襲ってきても、その飛び魚は悠然と海面から飛び出し、肉食魚が追いつけない安全圏に逃げることができた。 努力の成果なのである。その飛び魚は決して口には出さなかったが、飛ぶ努力をしない仲間たちに失望し、哀れんだ。何年にも渡って生き抜いてきた飛び魚の長老はその飛び魚の驚異的な飛距離を知っていたが、それを賞賛することも非難することもしなかった。 ある日のこと、肉食魚の群れが飛び魚の群れを襲った。たくさんの飛び魚が餌食になり、歴戦練磨の長老の飛び魚さえも力尽きた。体の半分以上を食いちぎられた長老の飛び魚が最後に見たものは、遠くまで逃げるために海面からまさに飛び出さんとしている例の飛び魚の姿であった。 持てるだけの力を振り絞り、そして最高のタイミングで空中に飛び出した。その飛行はそれまでの最高記録であったにちがいない。 しかし、残念ながら、海面に再突入しその最長飛行記録を実感する前のとてもわずかな時間に、その飛び魚は空に連れ去られたのである。飛び魚の何倍も大きな海鳥が、くちばしの先でその飛び魚を捕らえ、少しくちばしの力を緩めたかと思うと、一口で飲み込んだ。 こうして飛ぶ努力をする飛び魚はいなくなり、自分の与えられたままの力に満足しているたくさんの飛び魚は、今日も短い飛行距離に運命を託し、海中の肉食魚や空の海鳥から逃げようとしている。
Jun 17, 2007
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卵を産み終えた蛇は今日も平和な一日であることを願った。本当にそれだけを願っていた。しかし、空腹で蛇が餌を探しに卵から離れ、藪から出てきた時に運命が変わった。 こんなことは滅多にないのだが、鷹はその鋭い爪でしっかりと蛇を掴んだはずだったが、蛇がするりと爪から抜け出し、逆に鷹に襲いかかったのである。蛇に巻きつかれて身動きがとれず、地面で鷹がのたうちまわっていたときに、たまたま通りかかった人が鷹を助けたのである。 心やさしい人である。鷹が蛇に締め付けられて苦しんでいるのを見ると、日頃は気持ち悪がって決して触ることができない蛇を、しかも自分が噛み付かれるかもしれないにもかかわらず、鷹から引き離したのである。 鷹は瞬時の内に力を回復し、少し飛び上がると、まだその近くにいた蛇に襲いかかり、今度は蛇の胴体にその爪を食い込ませしっかりとつかむと大空に飛びたった。 蛇は自分の巣に戻り、卵を守らなければならなかった。蛇が戻らなければ、卵は他の動物に踏みつけられたり、食べられたりしてしまうだろう。我が子を一目見たいと思った。 しかし、蛇は観念せざるを得なかった。もはや我が身は助からぬことを悟ったが、何故人は鷹を助けるのに蛇を助けてくれないのか、その不条理に涙した。 あの心やさしい人は家路を急いでいたが、苦しんでいる鷹を助けた満足感と夕食の団欒のときにその武勇伝を家族と分かち合える喜びで満たされていた。 既に意識のない蛇を運びながら、鷹は何事もなかったかのように自分の巣に向かって飛んでいった。
Jun 10, 2007
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親切な奥さんのようであった。娘が夜店の金魚すくいで捕まえてきた金魚3匹に、エアーポンプ付の水槽をあてがった。 毎日夫が帰宅してしばらくすると、必ずその奥さんは金魚に餌を与えた。金魚には意味がわからなかったが、何かをささやきながら、金魚の餌の箱に書いてある分量よりも少し大目に餌を与えた。 その成果は確実にあって、金魚は数ヶ月すると元の大きさの3倍以上になった。そうなってくると、最初は広々としていた水槽も窮屈になり、金魚も将来はどうなってしまうのだろうと不安を抱き始めた。 餌をそんなに食べてはいけないと金魚は思ったが、毎日、奥さんがいつもの量を水槽に投げ入れるとどうしても全部食べてしまう。その様子を奥さんはいつもずっと見ている。その眼は金魚を見ているようでもあったし、考え事をしていて実際は何も見ていないようでもあった。 金魚は「もうそんなに餌を入れないでください。」と口をぱくぱくさせて伝えようとしたが、工場で同じ作業が繰り返されるように同じ量の餌が投げ込まれていくのである。 金魚はますます大きくなって、本当にこの水槽では狭すぎると感じるまでになった。「この家の奥さんは親切な人なんかではない。」金魚はようやく気づいたのである。 深夜、夫が帰ってきて食事の準備を終えると奥さんは自室に戻っていく。その途中で玄関脇の水槽に立ち寄るのである。「夫が帰って来なければいいのに。夫が帰って来なければいいのに。」金魚の餌に呪いをかけるようにして金魚に餌を与えていく。「いつかこの金魚も息絶えるときが来る。その時こそ夫が帰って来なくなる日だ。」いつかそういう日が必ずくると奥さんは信じている。
Jun 3, 2007
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