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以前、メンテナンスフリーでエビを飼う「HOLOHOLO」にハマった話を書きました(残念ながら、生態系が乱れたのか、二匹が逝去しましたが、その代わりあとの三匹は、丸々と大きく、真っ赤なエビに育っております。いやはや飼育って難しい…)。が、もともとは、なんか、ゼリーの中をアリが巣を作る、みたいなキット(皆さん、ご存知ですよね)をやってみたかったんです。ところが、目の前で泳ぐエビの姿にほだされて、ついふらふらと「HOLOHOLO」に手を伸ばしてしまったのですが、「いや、やはり初志貫徹だろう!!」ということで、このたびアリの飼育も開始することに。 ゼリー、なんか実験みたいに作るんですね。最初からゼリーが入ってるのかと思いきや…ってんなワケないか。で、水が足りなかったのかな、加熱が強かったのかな…。表面がちょっと“金つば”っぽくなってしまいました。これでアリさんは巣を作れるのかな?と不安に思いつつ。なんせこのゼリーそのものが、この飼育ケース内でのアリの餌や水分になるわけですから。毎日“金つば”ってのはちょっとヘビーかな(あ、でもこんなご時勢に、永久就職だ。食うに困らぬアリはキリギリス化するかも…なぁ)。 さておき。ここまで来たら、主役のアリさんにお出ましいただかなければならないのですが、説明書読んでも「アリは近所で取ってきてください」的にサラッと流してある。だよなぁ、やっぱり。 翌日、はちみつを流したビンを持って、集めに行きましたよ。でも。思いのほか動きが早くて、ケースに移す時点でもう大変。入れた先から逃げ出すアリ様、いや有様。一匹入れて、フタ閉めて。で、二匹目どうするの?と途方に暮れたり。で、二匹めいれようとすると、一匹目が逃げ出す。素早いアリって、結構怖いんですよ(涙)。 こんなカンジなの、実際?と思っていたら、あるんですね。アリキャッチャーなるアイテムが。なんか、誤字を消すときの白テープみたいなケースでして。真ん中に甘いもの入れて、そこにゾロゾロ入る…仕組み。 じゃぁ、それを使おうと早速買い足しまして、いざ…と思うも、苦労して捕まえた二匹が今さら惜しい!!曰く、アリは環境に慣れてから数日して巣を作るそうで、ということは、キャッチャー入手までの間にアリさんがしてきた環境リサーチはどうなっちゃうの???と。 結局、アリキャッチャーは買いましたが、今はこの戦友でもある二匹のアリの動向に着目し、もう少し待ってみたいと思います(現時点で、巣作りの兆候なし…ですが)。(了)アリの世界を観察!ANTQUARIUMアントクアリウム キッズアントアリキャッチャーメンテナンスフリー☆ちっちゃいエビちゃんが泳ぎ回る不思議なBOX【HOLOHOLO】■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/28
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見出し:懐中電燈必携。下から照らせ、中野京子のほんとうにあった怖い話。中野京子著『怖い絵3』(朝日出版社) 世の薀蓄好きにも刺さった怖い絵シリーズ、完結篇である。このシリーズの素晴らしいところは、トーンが全三巻を通じて一切ぶれなかったこと。ともすれば、単調さやマンネリを避けようと、二冊目、三冊目には新たな趣向を挿し込みたくなるものだが、そうしたものは得てして、シリーズを騒がしく乱す。一貫して静かであることは美しい。こうした編集方針は、著者自身と編集者による徹底した「品質管理」への意識の現われであろうし、だからこそこれをもって最終巻とする姿勢、引き際や潔しなのである。 なんといっても、絵画のバックストーリーを暴いたり、あるいは憶測したりして、いかに、一見怖くもないものが本当は恐ろしいかを説いていく世界である。無知に多くを支えられた常識や固定観念は、恐怖という感覚に対して無防備である(ゆえに、人間は幸せである)か、を「指摘される」ことこそに、このシリーズの面白さはあった。 無論、最終巻も怖い絵が揃っており、絵画好きにも、そうでない人にも十分楽しめる内容になっているが、個人的には、生理的に一番怖かったのが第一巻だとすれば、第三巻は、より人間心理や歴史的背景から遡った怖さが主流となっており、その点、少々のこじつけがましさは散見されるし、また純粋に背筋凍るエピソードを求める向きには小難しく感じられるかもしれない(ケン・ラッセルの『ゴシック』への言及があったのは、ファンとしては嬉しかった)。 だが、このシリーズはなんと言っても、基本は稲川淳二の「ほん怖」の世界なのである。稲川節ならぬ中野節によって、「そうでしょう?怖いでしょう?どう?」と、畳み掛けられる、またそれを良しとして「怖い」と首を縦に振る、納得ずくのインタラクティビティが味なのである。どこから怖さの根拠を引っ張ってこようと、どう説明されようと、最後は黙って首を縦に振ればいい。「怖いなぁ」と呟けばいい。 秋の夜長、ベッドの中での本書読破にも、明り取りでない懐中電灯が無論必携なのである。(了)怖い絵(3)■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/28
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シルバーウィーク。やっと一息つけました。なんせ結局、お盆は休みらしい休みを取れなかったので、シルバーウィークも、どちらかと言えば骨休めというよりは、お盆休みで片付けようと思って片付けられなかった細々とした野暮用を解決することで終わってしまいましたが、せめて一つくらいは…ということで、某市の動物園に行ってきました。えぇ、アレが立ったとか、コレが逃げ出した…ということで話題になったあの動物園です。 私ね、動物園、好きなんですよ。子供の頃は、子供的にしか楽しめなかった動物園。でも、大人になって上野動物園言ったら、なんか新鮮で。以来、動物園は大人もテンションアガるスポットとして、大いに推しているワケですが。そういえば、シンガポールだったかな、大人になってからどこかで行ったナイトサファリも盛り上がりましたねぇ。夜のライオンは怖いですよ。昼は…基本グータラですけど。 まぁ、世界の珍獣を、植民地主義の発想から連れてきて見世物にして国威発揚しようという(それよりはるか昔は単に戦利品だったわけですが、動物が“展示物”になったところに近代化があるわけです)、まさにテーマパークの元祖中の元祖、動物園。 この某市の動物園には猛獣がいません。住宅地にあるからかな。多摩の動物園の近くに住んでいる知人は、「朝ライオンの声で目が覚める。すごくシュール」と話していましたけど。 でも、動物園は、基本を押さえていれば、あとは猿ゾーンでオッケーなんです、万事。あ、基本ってのは、キリン、象アタリですが。なんせ猿ってば、本当に可愛い&面白い。目の前で親子愛や権力闘争まで見せてくれるわけで、これはもう人間社会の縮図です。で、ちょっと小さい猿がボス猿に挑みかかったりすると、判官贔屓の日本人は、もう心の中ではやんやの大喝采ですよ(笑)。大概小さい方が負けるんですけどね。 ここの動物園は、おそらく人生で都合三回ほど行ってると思うのですが、個人的には、意図して足を運んだ今回が一番楽しかったです。え?意図???は…とにかく何も考えずに、童心に返ったり大人目線になったりしながら、動物たちの生命や生態に元気をもらうこと!!これだけです。(了)▲写真は看板。しかし、ムリでしょ、気をつけろったって(汗)。こらこら、投げるんじゃない(笑)。■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/28
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いろいろありましたシルバーウィーク。前半は、山積していた細々としたことなどの対応に終始しましたが、それでも、しばらく録りだめしていた『天地人』、観倒しましたよ~。もう目がガビガビ。もう鬼武者です!! ストーリーとしては、ちょうど秀吉の晩年から死後のごたごたまでのエピソードをまとめて観たわけですが、笹野高史氏の豊臣秀吉は、本当に絶品でした。基本、秀吉推しのドラマにはまったく共感できない私としては、これだけ嫌らしい、品がなくて、趣味の悪い、助平で我侭で、小心で、しかし恐ろしい、老醜(私は、この表現を使うことにここでは一切躊躇うつもりはありません)そのものの秀吉を作り上げたことは、もう巨人軍優勝並みの功績でしょう(苦笑)。 その一方で、小栗旬氏演じる石田三成が立ってきている。すごいオーラです。で、この秀吉と三成の師弟関係もまた、笹野氏の秀吉があるから、すごく響くんですよね。かつては大志を抱いていた秀吉。彼に拾われながら、恩人の変貌を目の当たりにし、なおも理想を信じようと孤独な闘いを己に課す三成。抑制が効かず、あるいは計算から早々と豹変したカリスマと、明晰ながら理想に対しては不器用なまでに純朴だった愛弟子のコントラストが、ドラマの軸を揺るがすほどの印象を与えてくれます。負けるな、三成。いや、負けるけど。 あぁ、それに松形弘樹氏の徳川家康がまたイイなぁ。我慢の人・家康。偉大なる家康。でも、実際は独裁政権樹立者ですから、現代の馴れてしまった民主主義の観点から言えば、決して偉人ではないはずで。そのあたりの、一筋縄でいかない狸っぷりが、本当に巧い。体制が変わった途端に、三成いびり&恫喝するあたり、なんか現代にもいそうじゃないですか?箍がはずれ、バランスが崩壊すると見るや、若手いびりで追い落としを画策する百戦錬磨の古強者。若い方が紳士的にことを運べば運ぶほど、ますます声を荒げて、徹底的に脅しをかけ、年嵩で攻めてくる。どす黒い経験知で、相手の理性を追い詰めると、暴挙を起こさせて足元を掬う。この家康、吉良上野介と同じ穴の狸でした。いやぁ、怖い。 ところで、前田慶次郎、出ないですねぇ。もうここまで来ると、登場はないかな。そういう情報ももうバンバン出ていますし。実際、HPの方の人物一覧にも、かつては前田利家の下にあった慶次郎の表記が、ここ半月くらいでしょうか、いつのまにか消えていまして。 まぁ、今出てきても、60歳前後での登場でしょう?『花の慶次』みたいなイメージではあり得ない。とすると、直江兼続とのより早い段階での遭遇を考えて高橋克典氏キャスティング説を支持してきた私も、これを撤回せざるを得ません。もしかしたら、老け役もこなせる高橋克実氏の間違いだったのはないか、と改めて思ったり思わなかったり。ないか。 最初は出すつもりだったのかな。で、引っ張って、引っ張って。逆に引っ張りすぎて、怖くなったのかな。ま、主役は兼続ですし。インパクトの強いキャラクターをある期間だけ登場(あるいみ、無責任に暴れますよね、こういうキャラは)させてドラマの筋を壊すことも出来ないし、かといって、ドラマの筋に忠実に登場させれば、コミックのイメージを大きく逸脱し、これまた心象はよろしくない。ファンや視聴者の期待に沿うこともまた、ドラマのエンタテインメントの側面では重要なことです。 そのあたりのバランスがうまく取れなかったのか、天下一の傾寄者に傾き倒された結果になってしまったような…。姿も見えぬいくさ人に、さんざん戦場を駆け回られ、高笑いのみ残されて、松風で去られてしまったかのように。 さぁ、いよいよ関が原に向けて発進だ(あ、あくまで私の鑑賞ペースにおいて、ですが)!!(了)戦国BASARA~第壱陣~ワンコイングランデフィギュアコレクション 1BOX戦国BASARA~第弐陣~ワンコイングランデフィギュアコレクション 1BOX■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/24
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『仮面ライダーW』がスタートした。2回ほど放送を観るチャンスがあったが、とにかくそのCGの出来に驚いてしまった。まさに特撮中の特撮。技術的なこと、予算的なこともそうだが、ボリューム感がとてつもない。たった30分にも満たない子供向け番組の中でこれだけのことを出し惜しみ一切なしでぶつけてくる。尋常でない。はて。子供向け番組…。 商業的な意味では、言うまでもなく莫大な量の派生ビジネスを仕掛けているのだから、番組は子供向けだが、財布は大人向けだ。あるいは。昨今言われるように、美男子育成願望をくすぐってやまないキャスティングには、子供の保護者がターゲティングされているだろう。あるいは、これまた商業的な部分と、文化的な側面から、比較的富裕で趣味人の成人男子も志向されているだろう。さらにはーこれが一番重要な点だがーこれらの成人男子より少々年齢の高い、いわば“昭和ライダーリアルタイム世代”への、新ライダーの本格披露も企図されているのではないか。 エポックメイキングな“昭和ライダー”をリアルタイムで視聴した世代は、一面頑固であろう。何にせよ、本当に革命と呼べるのは第一世代の登場だから仕方がない。それを経験した者にとって、“その後”をファーストインプレッションと同じ気持ちで受け入れるのは容易ならざることだ。 『仮面ライダーW』は、当然それを目指していたはずである。70年代かぶれの主人公、『探偵物語』のシーケンスを除外しても、その熱意は十分に推察できる。 というのも、いわば“平成ライダー”というのは、新規のライダーファンの開拓・獲得・拡大をしながら、同時に新しい本流の提案と受け入れのためのインフラ整備の役割を果たしてきたのではないだろうか。それぞれにそれぞれの魅力や新基軸を導入しながら、時代性との擦り合わせをも模索して来た作業は、『仮面ライダー ディケイド』における、新旧ライダーの総登場、世界観の総括・統合作業に結実し、この荒技をもって、まさに今、現代を生きる子供たちと、かつての子供たち=“昭和ライダーリアルタイム世代”という、W(ダブル)の目線が、まったく同じ地点から、ハンデもアドバンテージもなしに、ゼロスタートを切ることができる素地が整ったとの判断があるのではないだろうか。しかしなぜ、このような壮大な青写真が必要だったのだと想像するのか。 それは、何十年にわたって愛され続けて来たヒーロー(ないしヒーロー像)が、価値観の多様化する時代の流れの中で、常に新鮮さを失わず、普遍的な説得力と魅力を持って受け入れられるには、過去と現在、そして未来という時間軸の合間に、いわば“魂の継承”が不可欠であり、それは突飛なアイディアや、付け焼き刃のギミックで成し遂げられるものではないからである。 こうして、子供も、かつての子供も、「いま、仮面ライダーやってるんだ」と、同じボルテージで言えるために、その温度差を限りなく縮減するために費やされた創造力と戦略の重さは計り知れない。かつての子供は、自身の歳を数えることも忘れ、そんなことを考えていた。(了)≪32%OFF≫4つのガイアメモリで3フォームに変身仮面ライダーW 変身ベルト DXダブルドライバー 【9月27日より発送】仮面ライダーディケイド ファイナルカメン端末 DXケータッチ【ラッピング無料!】■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/14
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さてさて、天下御免の侍戦隊シンケンジャーですが。真打ち登場、肝心の登場人物、いきましょうか。しかし、さすがにお子さまのいる全国の主婦の皆様のご期待に沿うイケメン軍団(松坂桃李氏、相葉弘樹氏、鈴木勝吾氏)、揃えてきてますねぇ。大漁、大漁、日本晴れ。女性陣(森田涼花氏、高梨臨氏)も、しっかりキャラクターにはまっています。 あ、そうだ子供目線忘れてた。ゴールド(相馬圭祐氏)は子供に人気でしょうね。でも、寿司で変身するヒーローとか、カジキマグロで戦うロボット。子供たちも目からウロコが落ちたろうね(おっと、ウマイ)。 しかしまぁ、隔世の感ありヒーロー像。私の時代はどちらかと言えば、カレー担当、いやイエローでもそこそこマッチョというか、男っぽかったですからね。今は皆王子様風だ。みんな顔小さいなぁ。男性三人、女性二名、五侍の通常体での絡みもまた適度にシリアス、適度にゆるくて、テンポ良くコミカル。これぞ子供向け番組のあるべきトーン&マナー。最近の子供向け番組って、ちょっとディープ過ぎません?それにしても、ブルーってトホホなおいしい立ち位置だっけ?クール…じゃないの?個人的には、私大プッシュさせていただいております、シンケンブルー。 敵である外道衆たちも、くされ外道ながらもユーモラスで、和テイストがふんだんに盛り込まれた、粋な仕上がり。でも、子供番組に「太夫」なんて出していいのか???最近登場の、筋殻(すじがら)のアクマロ、お気に入り。そのネーミングに脱帽。蹴鞠すんな、って(苦笑)。 倒されちゃったけど、腑破十臓はマイ・ライフタイム・フェイバリット。いやぁ、格好イイ。斬り合いの中に究極の快楽を求めて外道に落ちた元侍。「たった数十年の人の一生でどれほどのことが出来る?まして死病に冒されていれば…」なんて言っちゃって、血に飢えた凶悪な名刀・裏正(村正じゃねぇんだ…とほ)の渇きが癒えぬと悶えるアンチ・ヒーロー。結構武士道精神もあって、格好いいですね。お面相も濃くてよかったです。変身後は甘納豆みたいでちょっと…でしたけど。 そうそう、やっぱり戦隊モノって、キャラ萌えするわけでしょう。言葉は違えど昔も今も。ざっと見てね、いないんですよ。6人のシンケンジャーの中に、私が。で、おそらく私は腑破十臓であろう、と勝手に妄想している次第でありまして。ただ、すべり具合とギャップのある内面、そして生きた化石並みに超絶時代錯誤なところをして、ブルーっぽくないか?の声も。いや、やぶさかではありませんが。 伊吹吾郎氏、新境地開拓。『天地人』でも頑なな昔かたぎの北条演じた、滅びの美学。格さん、全方位的に当たり年です。って、うっかり八兵衛(元祖イケメン、アイドルの祖)も出てるじゃんか!!ってな回もありまして。と、水戸様の流れじゃありませんが、侍戦隊というだけのことはあって、殺陣は美しいです。きっと、侍モチーフじゃない戦隊ヒーローでしたら、もっと別のアクションだったであろうアレもコレも、ベテランアクターたちの芸術的なキレのいい表情豊な動きで、本格時代劇を見ているかのような錯覚に陥る瞬間が何度もあります。 で。歌もいいんだなぁ。オープニングテーマもエンディングテーマもいいんだ。これが。コンセプトを読むと、「誤解された和テイスト」、サムライ・フジヤマ・スシ・ハラキリ。そんな何もかもが飛び出しそうな、疾走感あるメロディに散りばめられた、声に出して読みたい日本語(笑)で歌詞が。これぞ、言葉の力を借りたモヂカラでございます。「レッツ・武士道~♪」にはビックリしたけど。おいおい、カジュアルだなぁ、と(苦笑)。バーベキューするんじゃないんだから。 しっかし、アレだなぁー。真剣!!とか平気で言える若さ、純粋さって、大事だな。素敵なことだな。でも子供の特権…だけでは勿体無いのであります。大人だって、1から10までシンケンジャーしなくては勿体無いのです。不肖ワタクシ、銀幕版(あ、劇場版のことですが)の特別企画本やら、雑誌を大人読みしまして、子供よりも詳しくなっているはずであります。嗚呼もっと早くから観ていればよかった。そう後悔しながら、必死で韋駄天キャッチアップ。このまま最後まで、四六時夢中で全力応援していく所存です。いざ、参る!!わっしょい!!(了)≪31%OFF!≫シンケンジャーゴールドをサポートするおかっぴきロボ侍戦隊シンケンジャー 侍合体シリーズ 秘伝提灯 ダイゴヨウ!(9/22出荷予定分)侍戦隊シンケンジャー オリジナルアルバム 秘伝音盤 第一幕/TVサントラ[CD]侍戦隊シンケンジャー オリジナルアルバム 秘伝音盤 第二幕 ~ワッショイ!侍歌祭~/TVサントラ[CD]■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/12
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今間違いなく一番面白い連ドラといえば、毎週日曜朝7時放送『侍戦隊シンケンジャー』をおいてほかにない…。遡れば、幼時には憧れのモモレンジャーにサインを頂戴するなど、後の女性観を決定してしまう(ホントかよ)経験を持つ私であるが、間に海外生活を挟んで戦隊モノとは縁が遠くなり、結局この歳になって『侍戦隊シンケンジャー』に辿り着くまで、戦隊ヒーローも三人になってしまったのか…との思いを残しつつ観た『太陽戦隊サンバルカン』以来、四半世紀以上の空白があった。といって、途中でどんな戦隊ヒーローが現在オンエア中なのか全く知らないわけではなかった。「おー」「へー」「こんなのまで?」。あらかた出尽くした感があった。 とはいえ、イエロー=カレー好き。そんな偏見さえいまだに拭い得ないまま、ある日曜日たまたまテレビをつけて観たシンケンジャーたちの雄姿に一発ノックアウト。我ながら情けない…(シンケンブルー風に)。 正直、「なんなんだ!!この世界観は!!」とブッ飛びました(笑)。マスクだってコスチュームだって、そんなに格好良くはないぞ。レッドのマスクは、ちょっとうつむくと真剣なウミガメみたいだし。あ、でも顔の文字のサイドへの流し方なんかはデザイン、入ってますねー。 ってそもそも。侍戦隊、ってどんな戦隊だ(笑)。なんでも、シンケンレッドこと志葉丈留の家は代々、外道衆(こういうセンスもいいなぁ)を退治することを使命としてきた家柄。現代の殿様は、家臣(ブルー=池波流之介、ピンク=白石茉子、グリーン=谷千明、イエロー=花織ことは)を得て、ふたたび姿を現した外道衆たちを退治する宿命に対峙する、と。変身コールは一筆奏上!!よかった、喧嘩上等とかじゃなくって。文字の力を借りたモヂカラで変身…ケータイ…というか変身グッズ、筆になっちゃうんだ…。え?五人並ぶと黒子が左右から登場???無茶苦茶です(笑)。でも、これ絶対に作ってる側が面白いと思ってやってないと出てこない秀逸至極な発想。で、そんなサムライSPiritがディティールにまで抜かりなく配されている辺りも素晴らしい。これまた歴代に較べてそんなに格好イイわけでもないロボットさん。兜が脱げると、ちゃんと髷があってかわいいのだ(ロボットに髷ってのもまたスゴい)。やれ侍合体だ、天下無双だ、二天一流だ、天下御免だ、一件落着だ、一本締めだ。アレ?武士って一本締めしたっけ?まぁ、いいや。 さらにさらに。6人目のシンケンジャーを名乗るシンケンゴールド=梅盛源太はお寿司屋さん。使う武器・サカナマルは、完全に凍らせた魚みたいな形してますから。必殺技は“百枚おろし”。よ、日本一!!で、握り寿司型のグッズで変身、コールは一貫献上。マジですか(汗)。で、発明の名人で生み出した武器がイカテンクウバスターしちゃうわけで、もう何がなんだか。天晴れなのでございます。(つづく)≪31%OFF!≫シンケンジャーゴールドをサポートするおかっぴきロボ侍戦隊シンケンジャー 侍合体シリーズ 秘伝提灯 ダイゴヨウ!(9/22出荷予定分)【30%OFF!】侍戦隊シンケンジャー 秘伝再生刀 シンケンマル(おもちゃ)≪41%OFF≫侍戦隊シンケンジャー 斬撃勘定刀 サカナマル■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/10
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見出し:現代スペイン文学の至宝的作家によるアジな人間悲喜劇。アルトゥーロ ペレス・レベルテ著、佐宗鈴夫訳『フランドルの呪画』(集英社文庫)アルトゥーロ ペレス・レベルテ著、大熊栄訳『ナインスゲート 呪のデュマ倶楽部』(集英社文庫)アルトゥーロ ペレス・レベルテ著、佐宗鈴夫訳『サンタクルスの真珠』(集英社) 映画『アラトリステ』を観て、その原作者の初期作品を一気に通読した。はて中には、当時はそれと知らず読んでいた作品もあった(作品登場時期からすれば当然か?)。改めて、アルトゥーロ ペレス・レベルテが、単にミステリジャンルにとどまらず、現代スペイン文学の最重要作家の一人と目されているのがよくわかる。 所謂美術ミステリに分類される『フランドルの呪画』であるが、美術ミステリの映画化が一大マーケットとなっている昨今、こういう小説こそ映画にするべきだ、と思ってしまう。無論、大ヒットした『ダ・ヴィンチ コード』シリーズのような、絢爛で演出的―ある意味騒々しい―な展開はないが、じっくりとしたコシのあるストーリー展開と、適度なテンポ、キャラクター造形の濃やかさにおいては、実に映画向きでもあると思ったのであるが、何もそれが名画(物語の中心となる15世紀初頭のフランドルの巨匠ファン・ハイスの名作『チェスの勝負』を是非観ていただきたい)をめぐるミステリだからではない。 「誰が騎士を殺害したのか?」。名画に隠されたメッセージ。描かれたチェスの戦局、それを見守る貴人たちの三角関係。仕掛けられた謎は、いつしか現代をも呪うかのように、女性絵画修復師・フリアを、現実世界のチェスという、駒取り=殺人ゲームへと巻き込んでいく…。 私はチェスに明るくはないが、この作品で謎解きの手法として中盤から頻繁に登場するチェスのルールや手は、おそらくは意図的な作者の趣向であり、あるいは読者への目くらましで、それらを越えていないように思われる。なぜなら、それは物語を展開するエンジンでは十分にありえても、直接的には謎解きとしてはあまり機能していない。チェスが隠し持つ複雑さや知的遊戯性、錯綜する手順…それらを象徴として抽出し、本編にまぶすことで、事件の本質をはぐらかしているのだ。そしてまたチェスは、この物語の印象的な導入やプロットとの整合性の突き合わせに過ぎないのではないか。 小説自体としては、エンタテイメントの要素ももちろん極上ながら、いつか読んだハードボイルド小説的なドライな文体に、きわめて繊細かつ詩情あふれるニュアンス(同国の作家カルロス・ルイス・サフォンの『風の影』にも通ずるメランコリックなメンタリティがある)が混在して、納得の行く手ごたえを感じさせてくれる。騎士の華、ロジェ・ダラスの悲恋には、死ではなく花一輪を。 アルトゥーロ ペレス・レベルテの作品は、言うなれば人間ドラマだ。そこに描かれる人間関係が濃密で、時にテーマと力関係が逆転する。むしろ、人間とはどのような生き物かを、著者自身の目を通して伝えることが主題で、そのためにミステリや冒険活劇といったジャンルを活用しているのかもしれない。月並みだが、ジャーナリスト経験ゆえの人間観察力か。いささか感傷的な後味も、好感が持てる。 かくて私は、ふたたび、『ナインスゲート 呪のデュマ倶楽部』を再読する。違うエディションで。『ナインスゲート 呪のデュマ倶楽部』に関しては、だいぶ前に読んだときより今回の再読の時の方が面白く、そのせいか、やはりリアルタイムに劇場で観た映画をDVDで見返したところ、それが全く別物だったのだと思い知った。当時は、小説と映画両方にまたがる、全体が醸し出す不穏な雰囲気、悪魔主義や秘密結社、そうしたダークで前時代的な世界観を最大公約数的に結び付けて、別段違和感も覚えず愉しんでいたのだろう。しかしディティールは大きく違っている。ジョニー・デップが今よりもへそ曲がりだった交感の持てた頃、映画『ナインスゲート』(監督はロマン・ポランスキー)で主役を演じたが、そうした特殊に脂の乗った役者が放つ仄暗いオーラのようなものが、あるいは小説と映画の断絶をうまく煙に巻き、かつ結びつけていたのではないか。 ミステリとしては、この『ナインスゲート 呪のデュマ倶楽部』が、実は一番読ませる。また、愛書家の狂気という、ある種羨ましい世界、決して他人事ではない嗜好が、人間の悪魔的な側面を浮き立たせるのに大きな役割を担っていて、再読にあたってもその新鮮さは失われない。筆致から立ち上る、書棚の黴臭さや、装丁の革のすえたような甘ったるい薫りに酔い痴れながら、稀覯本狩猟家ルーカス・コルソとともにヨーロッパを股にかけた、“呪われた書物”をめぐる命がけの三銃士ごっこに興じていただきたい。余談だが、以前この『ナインスゲート 呪のデュマ倶楽部』を読んだ際には、エンブレムの世界にすっかり嵌り、アンドレア・アルチャーティ周辺を掘り下げた記憶がある。 一応三部作最新作とされている(どのような括りで連作とされているのかはあまり明確にはされていないが)『サンタクルスの真珠』。前二作に較べて明らかにタッチが異なるし、描きたいことも、より人間模様にシフトしている。したがって、無論ミステリとしては一番地味である(もはやミステリ小説とも呼べないかもしれない)。が、結果としてこの作品が、私にとっては一番のお気に入りであった。 重ねて、ミステリ小説としては非常に地味であるし淡白だ。物語の燃料となる殺人事件一つにしても、ショッキングに提示するがそれを深めるようなことをしない。ショッキングな事件=ことの発端は宙吊りにされたまま、物語の外部へと押しやられていく。そうして舞台の中心が人間模様へとスライドすると、殺人行為すら、ミステリという文脈ではなく、人間が時に陥る不条理な反社会的行動(断じて、犯罪を肯定するわけではない)として説明されていく(いや、不条理なのだから説明はされない。ただ、語られていくのだ)。そして、このj語り口に説得性を与えるのが、ここでもやはり、さらに筆力を増した綿密な人物描写である。 小説世界を歩いていると、スペインはセビリアの街角で、出会い頭に本当にぶつかりそうなリアリティを備えた人物たちの織り成すドラマがなんとも忘れ難く、作品を読んでいるうちから読了するのが惜しい気持ちになる。 特に『サンタクルスの真珠』では、主人公・ロレンソとナバホ警部が出色である(前二作では、主人公よりも脇役に、非常に深く個性的な人物たちが配されていたのだが)。さりげに、過去の作品で登場した人物が登場するのも心憎い。不遜なヒゲが嫌らしいフェイホ-警部や、あの如才ないモンテグリフォら、気になる名キャラクターを挿入する事で、過去二作品の登場人物がロレンソと同じ世界を生きている気持ちにさせるあたり、本当に芸達者である。 ヴァチカンのコンピューターの法皇のファイルに忍び込んだ大胆不敵なハッカー。残された糾弾と告発のメッセージ。現代を生きるテンプル騎士団、ヴァチカン外務局(かつての異端審問所である)のロレンソ・クァルト神父の、クールでニヒルでハードボイルドな佇まい、そしていつの間にか失ってしまった信仰の本質(いや、現実)への目線を奪回する、調査という名の旅路にしばし浸りたい。 アルトゥーロ ペレス・レベルテを読んだ、と言えることは、ちょっとした自慢や優越感だ。その意味が、三冊を通じてよくお分かりいただけるのではないだろうか。(了)フランドルの呪画(のろいえ)呪いのデュマ倶楽部サンタ・クルスの真珠エントリーでポイント5~9倍!9月3日23時59分までナインスゲート デラックス版(DVD) ◆20%OFF!■帯津良一・帯津三敬病院名誉院長推薦、出版記念講演・青木新門『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。
2009/09/01
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