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この日曜日、そごう千葉店で開催されていた『四代 徳田八十吉 襲名記念展』に足を運びました。昨夏急逝された、三代徳田八十吉先生は、九谷焼の陶芸家として「彩釉磁器」の人間国宝の認定を受けられ、あの独特の碧、そして“耀彩”で世界観を確立し、世界中で愛され、賞賛されてきた、文字通り“宝”でした。かつて取材させていただくご縁があり、工房まで出かけていき、その多芸多才さ、豪放磊落で飾らないお人柄と生き様(「アートも大事だが、陶芸は日用の美を疎かにしたらいけない」、「日本人が正座から椅子に変わった時点で、伝統も変わらなくてはいけない」といった、地に足の着いた、地位に胡坐をかかない、大御所ぶらないお言葉を思い出します)、三代目としての重圧への苦悩と、それを跳ね除ける情熱と負けん気、そうでありながらどこか飄々とした洒脱な佇まいに惹かれ、また工房の作品群に囲まれ、圧倒されたことを今でも忘れられません。原稿を書いている間も、ずっとあの碧が瞼の裏に結露してしまって、胸騒ぎがしたことを昨日のことのように思い出します。 三代には濃やかなお心遣いもいただき、原稿が完成しますと、「言いたいこと、頭の中で整理できていなかったことを、うまくまとめてくれましたね」と喜んで下さったり、どうしても気に入ってしまった作品を求めましたら、「取材のときに企画中だった碗ができたので」といって、箱書付けて送って下さり、あまりに勿体ないことでしたので、ちょうど米寿を迎えた祖父にそのまま贈りましたと報告したら、とても喜んで下さったり。私などからすれば、あまりに遠い世界の大先生ですので、頻繁にコンタクトを取るということはありませんでしたが、ご縁をいただいて後、短い期間にも私にとって思い出深いエピソードがいくつかあります。最後にお目にかかったのも、やはり千葉で展示会を開いた際のレセプションでした。 三代の長女に当たる徳田順子先生のことは、雑誌などの記事からその活動について存じ上げるのみでしたが、三代の遺志を受けて2010年3月7日、四代徳田八十吉を襲名されたと知りました。 その記念として催された展示会では、それまで私が見知っていた四代の作品とは違い、九谷焼の古典・伝統復活に心血を注いだ二代のトラディショナルなニュアンス、初代・二代を徹底的に学ぶことで独自に編み出した三代の色を、より繊細で理知的にした「官能よりも透明感」を極めた凛とした色づかい、そして四代がこれまで築き上げてきた新しい時代の作風(模様の取り方に独自の世界観が顕著でした)が絡み合い、襲名した時点で、すでに強固な作風・作品世界を持っておられる方なのだな、と感じた次第。三代との出会いやつかの間のコミュニケーションを思い出しながら(四代の新作の中に、三代に捧げた哀悼と誓いのメッセージがこめられた作品も多々ありました)、その面影を残しつつ、新たに強く主張する四代の作品をしみじみと眺めていると、親子だからこそ、美しく受け継がれるものもちゃんとあるものだ、と“いのちのつながり・つらなり”を感じずにいられませんでした。児孫のために、残す美田もあるのです。 さて当日。たまたま時間を見つけて、ちょっとでも寄れたらラッキー、というくらいに、ラフな格好で訪れたところ、四代もいらして、ご挨拶することかないました。三代との出会いの経緯などお話しまして、非礼な格好を詫びましたが、きりりと着物を着こなし背筋をぴんと伸ばした四代、その作品に違わず、理知的な雰囲気に、お父様譲りの気さくさも覗かせ声を掛けてくださいました。徳田八十吉の新たな継承者の今後の活躍、ますます目が離せません。(了)【九谷特選作家】九谷焼 徳田八十吉 11号壷・耀彩鉢・黎明 【限定品】【九谷特選作家】九谷焼 徳田八十吉 7.5号壷・耀彩遊線文 【限定品】【九谷特選作家】九谷焼 徳田八十吉 8号花器・九谷三彩 【限定品】
2010/05/31
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「なぜSIMロック? 孫社長、iPadの疑問に答える」という記事に反応して読み進むニュース。ふむふむ、なるほど…と読み進むうちに、「?」!!「――iPadは出版を変えるのか。 出版社は紙に印刷したものを作品と思いこんでいるかもしれないが、印刷が大事なのではなく、中に書いてあるものが大事で、媒体は紙だろうが何だろうが同じ。iPadは、記事の写真をタッチして動画を再生したり、声を聞けたりなど、紙の印刷ではできなかったこともでき、紙より大きな感動や情報をもたらすことできる。(同リンク記事より引用)」 まぁ、いろいろあるし、あったけど。そんな日本のゴタゴタIT化戦争にあってひとり、スマートさの中にもちょっとアナログ的な泥臭さもあって、個人的には「リベラルでバランスの人」ではないかと(勝手に)想像していたのですが、もしこの記事が、記者によるさじ加減抜きの内容だとしたら、ちょっと幻滅ですね。 電子出版、電子書籍。やっぱり気になりますよ。それは絶対に新しい可能性を持っているし、新たな書籍文化、マーケットを開拓するでしょう。当然、出版技術、販売戦略のみならず、書き手の技術すら変革してしまうかもしれません。私も大変興味があります。 しかし。先の発言における同氏の認識は、計算づくかもしれないけれど、やはり軽率かなぁ、と。出版物や印刷物の中身=経済性に還元可能な情報、つまり商品・コンテンツ、という、あまり本を知らない人の考え方ですね。仕事や知識のために、あるいはセルフ・イメージのために本をたくさん読むことはあっても、生来の本好きじゃない。 メディアに出てしまった情報など、所詮はニュースでなくなってからの情報ですから、それに対して揚げ足取りをするのは自分のルールに反するし、これまでもあまりして来なかったと思うのですが、今回はちょっと疑問符、出ましたね。話題のアノ新商品を初手でガッチリ売らんがため、という問題だけではなさそうな気がして…。 エコ時代。無駄を省こうという風潮の中で、さまざまな意見があるでしょうけれど、やはり本というものは、装丁、文字組、紙の素材、インクの色合いや匂い、めくるという行為、テキスト、そして書き手、というものが、絶妙に絡み合い、ひとつの「内容」を構成しているもの。そのどれかだけを摘んで、本とは呼べないし、それで内容を「情報としてもれなく受信した」とは言えないもの。記述してある情報が同じでも、「媒体は紙だろうが何だろうが同じ」では断じてなく、絶対に異なるのです。それがテキストの解読という行為の根底にあります。それに、もはや書き手だって、媒体に合わせて記述の仕方を変えている時代。方法が変われば、本質がどう表現されるかの部分において、さまざまな違いが出ます。 紙を使った書籍は、やがてかつてのように、高級品、貴重品になる。そういう思いは以前から抱いていました。廉価な本と、豪華本で二極化し、その間を電子書籍が席巻して行くのかもしれません。しかしいずれにしても、それぞれに違う内容があり、その内包する本質の把握や理解に固有のプロセスが生まれる。その固有性を、どれかひとつの、ましてや媒体が標準化していく、という発想はあまりに味気なく、文化を感じさせない発言ではないでしょうか。また、受け手の感動というものは、決して未知のもの、新しい世界観、最先端の技術のみに立ち現れてくるものはありません。事実を再確認し、歴史を復唱し、既知の未知に触れる。反復の中にすら感動は生まれ得る。人間心理の複雑さを、浅薄に捉えてそれをくすぐったような気になる、というのは、かの天才発明家も常套手段としてきたことですが、あまりに商魂が見え透いてちょっと品格を疑ってしまいます。 人はバランスの中で、最上の価値に到達する。やはり、市場原理・競争原理の中ではあまり実現しない、「幸福な共存」を志向していくことが、真の意味での出版文化、書籍文化の醸成につながっていくのではにないでしょうか。少なくとも私はそう思います。(了)ページと力▲孫社長にはぜひこの一冊を。
2010/05/31
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最近、伊東屋も苦しんでいます。いや、伊東屋さんが苦しんでいるのではなく、伊東屋にいく私が苦しんでいるのでして。それも、東急ハンズがプランタン銀座にオープンしたからで、一昔前は「伊東屋でしか買えないモノ」がたくさんあったのに、いまは「伊東屋でしか買えないモノ」があまりなくなりました。というより、逆に言えばある時期から、「伊東屋でなくても買えるモノ」が占めるフロアの割合が大きくなったような気がするのです。我が家は代々伊東屋のファンなので、やっぱり伊東屋に足を運びます。相変わらず、画材やプロ仕様の文具やペーパーなどは、伊東屋さんが探しやすい。でも、伊東屋にいくと、「なんかいいモノに出会えそうでワクワクする」という感覚はだいぶ薄くなったような気がするのは確かなような。 そんな伊東屋、イベントはやっぱり楽しいし充実しています。経験値、なんでしょうね。季節には季節に関連するイベントもありますし、そんな時には通りかかるだけでも窓越しが楽しい。 先週の月曜日まで、実は『蒔絵の万年筆‐美しい日本の伝統‐』と題して9階のギャラリーで展示会が開催されていたのでした。国内外全12ブランドが一堂に会し、500アイテムが展示されていたとのこと。加賀蒔絵師や輪島の蒔絵師による実演あり、体験教室もあったとか。 折しもこの時期は出張などが重なっていて、とうとう足をチャンス、作れなかったです。仕事柄。いや、むしろペンが好きでこの仕事に就いたと言えるほどに文具好きな私としては、蒔絵に万年筆、という絶妙な取り合わせは垂涎の的。本当に美しいんです。今年のラインナップも素敵。案内状の写真を見るだけでも、今さらながら遠回りしても覗いてくればよかった!!と後悔することしきり。次のチャンスに賭けます。なんだかんだ言っても、やっぱり伊東屋にGO、だったのか!!(了)予約受付中7月発売 PELIKAN(ペリカン) 特別生産品シリーズ 限定品『蒔絵万年筆 花火』▲これを間近で見てみたかった…。
2010/05/31
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過日、従兄弟の結婚式に出席した。過剰な演出はなく、けれど家族や親しい友人を思う、あたたかいムード溢れる結婚式&披露宴。高層階の窓から望む都心の夜景、極上の料理の数々、何より、このたび誕生した新たな夫婦の笑顔が最高のもてなしである。“わさび味の飴”はご愛嬌。 母方の家族は、本来大家族であったのが、原爆で皆命を奪われてしまったため、残った命が精一杯真面目に、強く、その火を燃やして今の家族を作り上げてきた。戦争体験者、被爆経験者である祖父母の子達は、それぞれ新しい家族を作り、それが今の私たち兄弟であり、従兄弟である。そういう経緯と、さらに、我々も、この従兄弟たちも、場所は違えど同じ海外生活経験者なので、自然とファミリーの絆が強くなっている。だから、この結婚した従兄弟も、私にとっては兄弟のような存在で、生活環境の違いから、子供のころはなかなか互いに時間的にも心にも余裕がなかったけれど、成人してからは、ともに青春を語り、夢を語り、遊び学んだ仲である。 ちょっと変人風な私を長兄に、遊び人風だが人一倍バランス感覚に優れた実弟が次兄のポジション。結婚した従兄弟が、ちょうど上下の“兄弟たち”を締める重石のような立ち位置にあり、その下に、すでに新しい家族を築いている、フットワーク軽い社交家の弟、末に、どこかあどけなさを残しつつ、純粋で若々しい末弟が続く。願わくは従兄弟らが、この頼りない私を兄と慕ってくれていることを!! とまれ、この5人が祖父母にとって、自分たちが育て上げてきた“新世代”にあたり、その次も続々と続いている。“新世代”、“次世代”が一堂に会する結婚式は、祖父母にとって、きっと何より眩しく、また頼もしく充実した果実に思えたのではないだろうかと、一応“新世代の長男”は目を細めていたりする。 健全な心身に恵まれ、穏やかで気は優しく、けれど実は自他共に認める頑固者だったりもする“温厚なガッツマン”たる従兄弟が、このファミリーに新たな家族を呼び込み、さらに賑やかに、豊かに、この「家族の樹=ファミリーツリー」を繁茂させてくれることを期待しつつ、新たな二人の門出を心から祝したい。本当におめでとう!!(了)
2010/05/24
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続編いよいよ公開。「生涯で一番好きな映画」が『処刑人』。そんなツッコミどころの続きからです。さて、なぜそこまで『処刑人』にハマるのか。というのも、まずこの映画。主要テーマが「兄弟の絆」にあります(ま、最後は唐突に「親子の絆」になりますけど)。ロマンス要素の入る余地もまったくないほどに強い、兄弟の絆。これには無条件で降参です。私自身、兄弟と二人三脚ですから。 さらに。『処刑人』のエンドロールのあたりで、この映画のように、正義のための暴力を肯定するか否か、という街頭インタビュー風のシーンが挿入されます(演出だろうけれど、そのような議論が実際に起こるほど社会に波紋を投げかけた作品だったのです)が、私はいかなる理由にせよ、肉体的・精神的な暴力には絶対に反対です。しかし同時に、声なき声の正義が黙殺されること。あるいは、非力を突いた卑怯なハラスメントを受けたら、その人に代わって異議申し立てをする機能なり役割が存在するべきだとは思っています。今の世の中、ちょっと周りを見回してみても、意外とそういうコト、多いです。決して映画やドラマの中だけのことじゃない。カウンセリングの世界にいるから余計にそう思うのかも知れませんけど、匿名性や安全地帯を盾に、好き放題、蹂躙し放題、という破廉恥漢はたくさんいます。立ち上がれない人がいるなら、誰かが立ち上がる。それが『処刑人』の最大のテーマなのです(手段としての暴力をどう受け取るか、というのは、あくまで仕掛けの世界なのです)。 そういう理由で、この港町の名もなき聖人たちの暴れん坊なメッセージは、before『処刑人』からすでにそういうことを考えていた、兄弟愛深い私にとって、ドンピシャでハマってきまして、after『処刑人』では、自分の原点を忘れそうなときには必ず振り返る“バイブル(おぉ、まさにsaint)的作品”となるにいたったのです。 今でも事務所には、公開当時の特大ポスターが、バーンと…いや、ひっそり飾ってあります。なんせコピーが…「法で裁けぬ悪どもに…」みたいなノリで、さすがに来客に対して失礼だろうということで、引っ込めてありまして。はは。 さて、デビューは華やか、でも作品になかなか恵まれなかったショーン・パトリック・フラナリー。なぜか日本とご縁がございます&日本では結構人気あったけど海外ではもう一つなノーマン・リーダス。この二人が兄弟を演じると、こんな騒々しい映画でも、フィルム・ノワールなニュアンスまで醸してしまう。その相性、まさに兄弟。むろん両名のハマり役でしょう。だからこそ、ここまで難航した続編製作でも敢えて待って、ちゃんと出演してくれるんですから、漢(おとこ)ですねぇ。時間が経ちすぎて、ご両人、若干肉付きがよくなったような気がしますけど…大丈夫ですよね? そう、キャスティングのクドさもまた『処刑人』の魅力の一つでした。数ある個性的な出演者の中でも、FBI捜査官ポール・スメッカーを演じたウィレム・デフォーのキレまくった演技もまた、『処刑人』を語る上では不可欠な要素。キャリア十分なデフォー氏。後進育成のために、少ないギャラでも、無名の作品でも、すすんで出演するという熱いご仁。『処刑人』でも、手抜きなど一切なし。というか、むしろ一番楽しんでいる(笑)。あの荘厳なカフェラテ魂、時代錯誤なウォークマンにエア・指揮者、そして、ちょっと本気な女装&接吻。あなたは偉大です。残念ながら前作で昇天されましたが今作では??? 今回、悪の親玉を引き受けた大物俳優はピーター・フォンダ。テレンス・スタンプが激烈にシブかった『イギリスから来た男』での悪の大物ぶりでも、「こいつ…ホントは嫌な奴なんじゃないか?」と思わせる、嫌みで気障で腰抜けで、自己中な超絶演技を披露してくれましたが、今回は前作で「処刑」されてしまった悪役ファミリーの黒幕。あ、もうその時点で「処刑」対象ですね。ちなみに、『イギリスから来た男』の音楽プロデューサー(裏の顔は黒社会の顔役)でそのまま『処刑人2』に出ても、十分ストーリーは通りそうな…。大物&ベテランの本気演技が、こういう作品では重要なのです。 本当に、続編が観られるんだ…。信じられないような、そんな気持ち。それだけ心待ちにしてきました。途中、騙された訳じゃない(むしろ、自分を騙したかな)けど、似ても似つかぬ便乗作品など観て、ご本家の続編を待ち続けて来ました。こりゃ弟と行くしかないね、当然。(了)■似ても似つかぬトホホな別モノ『処刑人アナザーバレット』のトホホ鑑賞記事はコチラから!!◆アメリカ輸入初版ポスター!『 処刑人2』カルト・クラシック『処刑人』アクションフィギュア コナー/マーフィー (2種アソート)【ネカ】【21%OFF!】処刑人 【BEST COLLECTION 1980 ALL TIME】(DVD)▲続編公開に合わせて、待望のリイシュー!!観てない人は「観る前に、観る」!!▼こちらはお好きな方へ…。完全に別モンですが…(汗)。『処刑人アナザーバレット』◆70%OFF!『必殺処刑人 リベンジ』◆20%OFF!
2010/05/20
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とうとう、です。いや、ようやく、でしょうか。待ちに待ったこの日がやってきます。そう、あの超名作バイオレンス・アクション映画『処刑人』の続編、『処刑人2』が、5月22日(土)より、一斉公開、なのです!!しかも、コナー&マーフィー・マクナマス兄弟、オリジナルキャストでカムバック!!もう、興奮抑えられん。 法で裁けぬ悪に立ち向かう兄弟。超低予算ながら、本国で爆発的なヒットを叩き出して物議を醸し、某大物監督もリメイクや続編メガホンを即時オファーしたという脅威の作品。でも、こんな凶暴で美しいこだわりの作品を作っちゃうトロイ・ダフィー監督ですから。最初に作ったのと同じ理由で、徹底的にインディペンデント主義。オイシイ話を片端から断って、待たされること10年余り。やっぱり、イイ話断っちゃったし、若手の台頭もあるし、トレンドもあるし、ということで、資金的な問題が大きかったのかな。時間かかっちゃいました、続編。 その間私は、国内外のコアなサイトを探し当て、とにかく新着情報をチェックして夢を膨らませてきました。主演俳優による、続編製作をにおわすインタビューなどを読んでは、「おおっ」と小さく喜びつつ(だって、あんまり待たせるから…)、ちょっとは資金の足しにしてくれ~とばかりに、監督のサイン入りロザリオ(ロザリオは、もちろんこの映画の主要モチーフですので)をいくつか買ったり、オフィシャルなのか、オフィシャルでないのか微妙なTシャツを購入したり、グッズを買って友人や弟にあげて「絶対続編できるから」と一人盛り上げまくっていたのでした。ちなみに、その●万円のロザリオの一個は、弟の結婚の記念に贈呈。 とにかく、何かしたかったのです。この作品をもう一度観るために。話は前後しますが、私、どこでもここでも、ライフタイム・フェイヴァリットな映画に、必ず『処刑人』を挙げます。ほぼ、不動のナンバー1です。で、中には、「実は結構堅い仕事してるのにそんな物騒なタイトルの映画?」とか「あんまり『処刑人』なんて口にすると、ヤバいんじゃない?」なんて言われたりしてきました(カウンセラーですしね、やっぱり)。けれど、臆することなく堂々と「『処刑人』、ナンバー1」を掲げ続けてきました。 ま、邦題が物騒ですけど、原題は“The Boondock Saints”でして。アイルランド移民、守護聖人・聖パトリックらが作品のシーケンスになっておりまして、加えて勧善懲悪なストーリーをして、Saintを冠しているのであります。が、やっぱり物騒な内容に変わりなしです、はい。 なぜそこまで『処刑人』が好きなのか。理由は単純。萌えるからです。もう、なりきりですよ。恥も外聞もない。ドン引きオッケーです。 今日日流行のドラクエやらガンダムのカフェ。『処刑人』カフェできたら、行っちゃいますね。間違いなく。ま、ネーミングはこれまたキツいですけど。ロシアン・マフィアと一戦交えた酒場風の内装に、ナイスなキャラのマスター。料理で出てくるお肉は、奥の冷凍室でぶら下げてあります。ときどき女装した中年男性が見回りにきます。お会計は、ワンコインじゃなくて、ツーコイン。瞼にのせてお支払いください。トイレの便器は、当然取り外せます。ただし、窓の外には投げないでください(ネタ、分かるかなぁ)!!(つづく)【21%OFF!】処刑人 【BEST COLLECTION 1980 ALL TIME】(DVD)▲続編公開に合わせて、待望のリイシュー!!観てない人は「観る前に、観る」!!▼こちらはお好きな方へ…。完全に別モンですが…(汗)。『処刑人アナザーバレット』◆70%OFF!『必殺処刑人 リベンジ』◆20%OFF!
2010/05/20
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なんとも。試練続きの二週間でした。というのも、立て続けにPCトラブル発生。事務所のWindowsは、保守に入っているからまだいいものの、自宅作業用のMacに、Snow Leopardを入れ、ウキウキ気分だったところで、いきなりMailの不具合。ゴーストのように、重複メールが何百通も届き(というか、サーバーに取りに行ってるのかな)、気づけば一晩でメールボックス5万通。満員御礼です(涙)。しかも、その不具合を解消しようと、慣れないOSをいじくり回していたせいか、今度は受信メールのデータがゴミ箱に削除できない!!ま、5万通を一通ずつ削除するのも微妙なんですけど…。 じゃ、ご自慢のTime Machineにおまかせ…と思いきや、もっと根本的な、ライブラリのファイルの故障とか、そういう類いなのでしょうか、遡っても直らない。 その間、もちろんサーバーには大切なメールは届いているし、でも受信してしまうとやがて削除されてしまうし。どうも同じような不具合が、例証として過去にはあるようで、Appleのサイトのディスカッションアドを参考にしつつ、結局はOSの再インストールという手段に。 ところが。今度は、メールの設定ができない。こんな簡単なことがなぜ?なるほど、メールを使い始めtからずっと使用してきた某プロバイダ。途中で色々ありまして、技術的な進歩もありまして。で、確か設定に変更を要求された気が…。けれど、その移行段階がいつか思い出せないし、告知メールも残っていない、ときたもんだ。 結局、サービスサイトを網羅して該当箇所を発見、設定はできましたが、約一週間分のメールが、未読のまま消えてしまいました。確認できる範囲ではフォローしましたが、まだできていない方もあり、その間メールくださった友人・知人らには、この場を借りてお詫びします。 ついでについでに、修理してまで肌身離さず着用していたアンティーク・ビーズのブレスレットまで紛失する有様。いったいどうなんてんだよ!!と、半ば投げ出しそうな勢いでしたが、メール、重要アプリケーションのデータ復旧がなった昨日の明け方、なんと思わぬところからこのアクセサリーもひょっこり見つかりまして。 なんだよ、最後は丸く収まったけど、すごく無駄な消耗~。試されてるのかな、オレ。と思ってしまったところで、まずはご無沙汰失礼の記事でした。(了)
2010/05/20
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ちょっと前の話。そう、母の日のお話です。母の日と一口に言っても、我が家の家族の絆は時代錯誤的に結びつきが強く、女性を敬い、これに感謝する気風はまた古の宮廷文化のごとし。 というと、ちょっと大袈裟ですが、常日頃互いに感謝の言葉、感謝の気持ちを示し合っている(言葉にしてきちんと表現する、という部分は、誰一人とっても、我が家は「言わずもがな」の日本人的ではないですね)家族なので、「母の日」と言っても、「普段照れくさくて言えないことを…」的に大上段に構えるということはなく、比較的サラッとしています。 問題は、私が感謝を捧げる“母”にあたる人が、複数いまして。祖母も叔母も、皆“母”なんです。私にとって「母の日」とは、“常日頃お世話になっている、家族の中の女性すべてのための日”なのです。 “個別性よりも、平等”な一日ですので、この日は、毎年感謝の心を込めて、お揃いのモチーフのバージョン違い/カラー違いの小物を皆にプレゼントします。ハンカチだったり、フラワーアレンジメントだったり、晴雨兼用の携帯傘だったり…。皆も、どんなネタを用意してくるのか、ちょっと楽しみにしている部分もあって、結構ストレートに「今年はスベった?」なんてからかわれたりして。それもご愛嬌なのですが、かように、値段じゃなくて、アイディアを贈る、みたいな文化があるんですね、我が家は。「プレゼント選びのプロセスに感謝の気持ちがある」ということを、互いに共有し合っている訳で。 で。今年選んだのは…「ムッキーちゃん」!!たまたま実家に帰ったときに、グレープフルーツを剥いていまして。その剥き方がどうだとか、新しい剥き方を見つけたとか、ここは伊藤家か???と。それを横で聞いていまして、その場ではピンと来なかったのですが、これまた別の機会にたまたまテレビでクイズ番組にこの「ムッキーちゃん」が登場していまして、その画面上での革命的な機能に「これだ!!これしかない!!」と閃いてしまったのです。あ、ちなみに我が家の女性陣は柑橘系がお好きでして。 母の日。意気揚々と、「ムッキーちゃん」を皆に贈りましたところ、ネーミングのインパクトもさることながら、そのあまりの地味さに一同爆笑。こ…こんなはずでは…(汗)。気の毒な「ムッキーちゃん」。でも、確かに…テレビで見たときほどの衝撃がない…。ともあれ、気持ちは受け取ってもらえたようで、それで良しとしていたところ。 およそ一週間経って、喜びの声が続々と!!大袈裟だなぁ。どこの回し者かよ。と、自分で突っ込みたいほどですが、なんと「ムッキーちゃん」、無茶苦茶便利だというじゃありませんか。どうも、母の日当日に剥いたグレープフルーツ自体の熟成度に問題があったようで、その後それぞれ女性陣、「まぁ…もらったし。使ってみる…か」程度に別の柑橘類を試したところ、稲妻が走ったようで。もう、剥けて剥けて仕方がない、とのお言葉を頂戴した次第。いやはや(笑)。 こうして、今年の母の日も無事、感謝の気持ちを伝えることができた訳ですが、何といっても我が家は、女性が中心。それが男性陣の喜びでもあります。いつまでも、輝き続けてください!! じゃ、男性陣はミカンの皮か、って?いいえ。家族を思う気持ちは、「ムッキーちゃん」でも容易には剥がすこと、できません。お後が…よろしいのかな。(了)日本テレビ ひらめけ発明大将軍 大賞受賞みかん皮むき器 ムッキーちゃん
2010/05/17
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タイトルは大袈裟ですが(苦笑)。別段、ご先祖が着けて戦場を駆け巡っていた鎧兜があるという話ではなく…(刀は本家にあるようです、実際に)。ちょっと今さらなネタですが、端午の節句で今年も出しました鎧兜の話。 この鎧兜、今は実家に置いてありまして、節句の時期になると、帰省前に両親が必ず飾っておいてくれます。季節感を忘れないための心遣いにいつも感謝しているのですが…。 私が生まれたとき、母方の祖父母が私に贈ってくれた作家物の鎧兜(後で知ったことですが、関東では端午の節句のお祝いは母方で準備するらしいのですが、全国ルールはどうなんでしょう???)だそうで、今も昔の写真を見ますと、兜を横に、ちょこんと座った幼少時代の私が写っています。あ、まだこの頃は背丈があまり変わらない…。 以来、海外に住んでいたときも、この鎧兜を毎年出して、端午の節句を祝ってきたのですが、こうしていま振り返ると、私の誕生とともに我が家にやってきたこの鎧兜、なんとアラフォーじゃないですか!!単純に、スゴイことです。 およそ40年(35歳以上、40歳未満です)にわたって、毎年飾られてきた鎧兜を、今年は改めてしみじみと眺め返してみましたが、まったく綻びない作りの丁寧さ、質の高さもさることながら、その佇まいにどこか、まるで持主とともに生死を共にしてきた“歴戦の防具”たる雰囲気を醸し出していて、「確かに、生まれてからずっと一緒に経年変化してきたモノって、そうはないものな…」としばし感慨に耽ってしまいました。ホントに、いい顔してるよな(まぁ、面頬ですけど)。(了)
2010/05/12
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この季節は見慣れた景色に動きが出るから、なぜか楽しい。具体的には、虫が登場するからで、彼らの飛翔する姿が自然の中に見つけられると、なんとも賑やかで、過ごしやすい季節の到来を全身で感じることができる。 いつも通る近所の公園には藤棚があり、これが、名所でもない街中の公園であることが信じられないほど見事に手入れされていて、非常に美しい。日常の美、声高でない自然体の美である。 先日も、天気がよいので散歩がてらにちょっと立ち寄ったのだが、藤が鈴なりに花をつけ、棚の下に立つと少し強いくらいの日差しが葉陰からこぼれて花々を背から照射し、藤は初夏の青空に映えて可憐だった。 加えて、その香りの甘さは、こちらもぼぅとしばし惚けてしまうほどだが、なるほど蜂たちがこの藤棚目指して飛来する、あるいは自然と引き寄せられてしまうのも無理からぬことだ、と合点がいったのである。(了)
2010/05/11
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「無人島に本を一冊持って行くなら」。この問いには、実は最低二つの可能性が回答のフィールドとして考えられると思います。つまり、「自分の持ってるプライベート無人島に、ジェットで乗り付けて、バカンスを過ごす」というハッピーパターンと、「運命のいたずらで、無人島に一人残されてしまった」というサバイバルパターンです。そして、この問いに対して、一番真っ先に思い浮かべてしまうベタで、おそらく多数派の発想が後者。多数派、というか、これはもう条件反射みたいなもので。昔(というか、おそらく私のような世代くらいまで)は、無人島=サバイバルだと思うんです。リッチ系な発想は、明らかに平成以降、21世紀型ではないかと。ま、海外ドラマ『LOST』みたいな番組が人気になると、またステレオティピカルなサバイバル系無人島のイメージがメジャーになるのでしょうけど。 で、私。やっぱりサバイバル系がすぐ頭に浮かんでしまう。発想の貧困。で、これまたベタなんですけど、どんなにさまざまなジャンル、さまざまな分野の本を読んでも、「ロマンがあって、物語もすばらしくて、実用性がある(ような信頼感がある)」、三拍子そろった作品は、やはりデフォーの『ロビンソン・クルーソー』しかありません。三拍子の指標はそれぞれ、「現実逃避先としてのキャパ・文字への飢餓感防止・実用性」という形になっております。 やはり、不意に無人島ですから。かなりな程度現実を直視できなくなる。とすれば、ロマンが必要だ!!さらに、私のような人種は、きっと文字に飢えることが予想されます。文字がない=社会との断絶を強制された、という感情にと襲われるでしょうから、文字は不可欠です。ま、就寝時の子供にとってのお気に入りのタオルみたいなものでしょうか。そしてやはり、見つけ出してもらう、ないしはその場で生活を続けるには、生きていかなければいけない。生きていくには知恵が必要です。知恵が湧かないときは知識が必要になります。その知識が、『ロビンソン・クルーソー』にはあります。ま、もともとこの作品、冒険小説というよりも、発表当時盛んに議論されたユートピア的思想・理想郷的思想をベースした社会派小説だったわけですから、「無人島での生活」というのはかなり具体的に想定されていたはずなんです。「これ読んで、ユートピア作ろうぜ」、というカンジだったはず…。 ということで、「無人島に本を一冊持って行くなら」、間違いなく『ロビンソン・クルーソー』。もともと好きだったレーズンを、箱で買ってつまんでいるのも、「レーズンが完全栄養食だ」という記述を本書で読んで以来。都会の無人島でも、“レーズンまめ知識”は立派に活用できています。(了)追)ちなみに、自家用ジェットでマイ無人島行くんだったら、本なんか持っていきません(笑)。ロビンソン・クルーソー(上)ロビンソン・クルーソー(下)英国陸軍式男の必修科目270▲本気過ぎて面白かった、別の意味でサバイバルな一冊。
2010/05/11
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松井久子監督第三作を応援する会・マイレオニーから、待望のニュースレター第4号が届いた。表紙には、“今秋公開予定”と大きく見出しが付けられ、右下にはこの映画のサポーターが3274名になったことが報告されている。 中面には、やはり“角川映画配給決定”と大きく記され、映画の概要と、マイレオニーという頼もしい「松井部隊」の5年間の支援活動の歩みが掲載されている。何しろ映画は足掛け7年というロングスパンの賜物で、試練に耐えてじっくりと作られて来た作品。それとほぼ並走しているのだから、サポーターの情熱は松井監督にとって、心強いセーフティネットであり、テンションを維持し続けるためのよいプレッシャーであったに違いない。何より、このマイレオニーの仲間たちはパッシヴでなく、“行動する衛星”であった。末席を汚しがら、あまり貢献できていない自分を恥じつつ、この紐帯を牽引してきた皆さんに敬意を表したい。ロケ地となった愛知、札幌、高松での試写会も順次開催されるという、“横のつながり”への心配りの報告も嬉しい。 さて。本来ならば、ことの直後に書くべきだった記事を、大層時間を空けて報告することになり、これはサポーターとしてはなんとも申し訳ない限りなのだが、少し間が空いたが故に、結果としてスポットで貢献することになってくれれば、とムシの良いことを考えながら記事を書いている。ご容赦いただきたい。 去る2010年4月3日(土)、東京都港区の草月会館にて、 『レオニー』(主演:エミリー・モーティマー/ウディ・アレン監督「マッチポイント」ほか、中村獅童、竹下景子ほか)の完成披露試写会が行われ、サポーターとしてご案内・ご招待いただいた。まさに、待望。待ちに待っての作品とのご対面だ。 期待と緊張で会場に赴き、監督の挨拶も終わると、映画『レオニー』は始まった。二つの国に、引き裂かれて両親を持つ試練に挑み続け、ついには越境した表現者として自己を統合するにいたった、激情の彫刻家イサム・ノグチの母、レオニー・ギルモアの印象的な生き様を描いた映画である。時代の風習より己の信念に従った母・レオニー(エミリー・モーティマー)と、挑戦的でありながらヴァルネラブルな感受性ゆえに時代に抗えなかった父・野口米次郎(ヨネ。中村獅童)。 越境することを恐れぬ女性と、夢見る不実な越境者との間に生まれたことは、イサムが宿命の越境者として生き、その生き様の中で、やがて心の疼きのままにそれをまるごとアートへと昇華していくのは必然ではなかったろうか。 重ね重ね、構想から7年という歳月を経て、ようやく完成した作品は、日米の実力派俳優を得、また主演二人の息も詰まるような名演合戦に牽引されて、上映時間の長さをまったく感じさせないテンポのよい展開。物語そのもののドラマとしての美しさと監督独自の映像美が巧みに相まって、グローバルでありながら、日本的な「あはれ」への回帰も促す、ポエジー溢れる作品であった。ちなみにこの『レオニー』、日米合作映画で日本人がメガホンを取った初めての作品であり、同じく日米合作映画で女性が監督を務めた初めての作品として、映画史の面からも非常に意義深い、重要な作品となっている。 私は、第一作『ユキエ』を観ていないのだが、非常にデリケートな内容を扱った第二作『折り梅』を初めて観たとき、「コンセプトがそのままメッセージになっている」というのが松井作品の特徴ではないか、という感触を得た。重厚なメッセージを軽やかに描き出し、伝達するのが「松井節」というわけだ。 一転、最新作では、コンセプトは作品の全体に太く横たえておきながら、前面ではむしろ徹底的にドラマを描いている、という印象を持った。レイヤーの重ね方が、前作とは違うような気がしたのだが、しかしそれも飽くまで表現上の違いでしかない。やはり、強いメッセージ、ぶれないテーマは、軽やかに、涼やかに、鑑賞を終えた私の心に“吹いて”くる。 そうだ。松井作品には、いつも「風」がある。作品の中に、波風があり、大風があり、突風があり、時に凪ぎがあるが、最後はいつも、どこか上品な微風が吹き寄せて来る。これらの「風」は、撮影中の試練を象徴しているのかも知れないし、あるいはまた、実際に作品に画(え)としても描かれる。『折り梅』のラストにも、そして、『レオニー』のラストにも。千鳥ヶ淵で撮ったという、憤りや恨み、行き違いや無理解、寄り添えて交わらない運命を隔てたヨネとレオニーの間に吹く風に桜舞う時、何か、羨ましい程の“二人の世界”が立ち現れる(そのシーンの美しさよ!!)。それは、所謂ハッピーエンドにはならないが、別の視点から、相当に洗練されてハッピーであるような気がする。幸福感を喚起する、そよ風がそこに在るのだ。 Divideされねば越境者になれない。引き裂かれるから、そこに境が出来る。そこを越え、あるいは往来するとき、人はそのアイデンティティを、柔軟でしなやか―あたかも世界中のパスポートを持つような感覚―にできるのだろうか。そうして人はまた、自由で普遍の思想、生き方の美学の奥義に近づく。 では、Divideされなければ、人は美しく、強く生きられないのか。その心配はない。人間は誰でも、本質的に、どこかでつながりながら、実は断絶している。この断絶を転換し、昇華する者が、やがて越境者としてユニバーサルで欺瞞なき理解に満ちた世界を創り出していくに違いない。 完成披露試写会の後のパーティでは、舞台挨拶に引き続き中村獅童氏も再び駆けつけ、松井監督を中心に広がった縁は、賑やかに、華やかに宴を盛り上げ、またこの日を迎えるまで、引き下がらず、諦めず、前に進み続けたキャスト、スタッフ、マイレオニーの皆さんが労われた。そして、この日早くも、角川映画の共感を得て『レオニー』は、松井作品としては初めて、全国の劇場でのロードショーが決まっており、それに触れる挨拶では、インディペンデントにこだわり続けた監督の新たなステージの幕開けに、出席者の皆さんの気持ちは、はや公開予定の秋へ飛翔していたに違いない。 4月は、実に難しいひと月だった。いま、しばし落ち着いた時間を得て、これまで折々でメモしていたことを膨らましたり、投げ捨ててみたりしながら、短い感想にまとめた。改めて、この作品が、一人でも多くの人の心に届くことを願ってやまない。完成、おめでとうございます!!(了)
2010/05/05
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風太くん。キミはすべらない人気者だったのに、今はすべりやすくなっているのかい?(了)
2010/05/05
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